ウィルソン・タッカー『長く大いなる沈黙 』(1951、早川書房、矢野徹訳、<ハヤカワ・SF・シリーズ>3279)
『宇宙飛行士D!宇宙飛行士D!』
「・・・なんだよ、うるせぇな、ヒューストン」
低い駆動噴射音が聞こえる。星屑が散りばめられた銀河系外空間の暗黒の彼方。真空のしじまを破ってロケットは飛び続けていた。
『こちらヒューストン。いや、実はな。ふと思い立って最近自分の書いた文章を遡って読み返してみたりしててさー・・・』
「うんうん」
隕石遮断スクリーンに虚空に浮かぶ塵芥が衝突し、緑色の炎を上げて飛び散った。
『あらためて無駄が多いと実感。碌なことが書いてない。役に立たん。例えば、今回のレビューに宇宙設定いらない』
「Dよりヒューストン。・・・え、今さら?今頃になって、それを言う?この10年はなんだったん?!」
『ヒューストンよりD。われわれの初登場は2009年。スタートから既に10年以上も経過し、こりゃいかんと来し方を振り返り真摯に反省してみた。結論。絶望。一体なにがしたいんだろこの人。知識をひけらかしたい訳でもないし、そもそもたいした知識はない。身辺雑記要素もないし、人に共感を得たり繋がりたい願望もない。どこに向かって文章届けたいのか謎』
宇宙飛行士Dは虚空を見つめ操縦桿を握ったまま、呟いた。
「俺は仲間のために書いてるよ」
『・・・え?』
「同じ趣味を持つ仲間や、興味を持ってくれそうな人。偉大な先輩や可愛い後輩、昔の友達や恋人。知り合ったすべての人たちに向けて」
『それセフレ含む?』
「うっせぇわボケ。ともかく自分の好きなものをより深く掘り下げて、世に広めていきたい気持ちは本当あるねぇー」
『ヒューストンよりD。ホントご立派。王道だと思う。俺にそういう考えは、一切ない』
「だろうな・・・」
『こないだアーカイブ読み返してみて、どっかのチンカス野郎に“ゴミクズレベルの文章”と揶揄されてるのに気づいたんだけど、よくよく考えたら、目指すのはそこかな?って思った。クズ以下の文章を強制的にお届けしてしまうこと。読んだ奴が全員後悔するレベルでぶちまけること。文字による拷問。そういうのがイイね!』
「はー、そうですか。最悪の目標だな!」
『褒め言葉ありがとう!!!(満面笑みでピースマーク)
ということで、今週のピックアップはウィルソン・タッカー『長く大いなる沈黙 』。全然期待しないで漫然と読んでいったら、意外や面白かった』
「脈絡なくまた始まったな。本書は1979年1月あの久保書店Q-Tブックスから『アメリカ滅亡』の表題で復刊もされてます。同じテツ・ヤノ翻訳。その後文庫にはなってないし入手困難だろうが、そもそも入手したい奴がいない」
『で、このお話はね、細菌戦争によりアメリカ東部が壊滅。感染力の凄い細菌を封じ込めるため、ミシシッピ河沿いに軍隊が駐留し、川を越えて渡ってくる哀れな避難民を情け無用ない米兵が片っ端から射殺しまくるという。一種のジェノサイド、ワールドエンド系。若い子にはウォーキングデッド設定って言えばいいのかな。でもゾンビは出ません!細菌に感染した人は紫いろに変色して干からびて死んじゃうから』
「『大地よ永遠に』から続く破滅テーマのバリエーションか。ってことはポリティカルフィクションの要素ある?」
『ない!それが、全然ないんだ皆無。これには驚いた。社会的要素とかマクロな視点は一切ない。俯瞰描写もない。ハメットの影響なのか?グローバルな話でまさかのP.O.V.視点。爆弾落した元凶であるお馴染み赤い国との熾烈な駆け引きだとかさ、軍司令部の策動や政治の動き、本来最低限あってしかるべきものがほとんど書いていない。戦争が起きた原因すら憶測一行で終わりだし。医学方面、細菌の種類や、対処方法、解毒とか治療ともすべてが不明。潔ぎよすぎ。
理由は簡単。叙述の視点が主人公の元アメリカ陸軍伍長からまったく動かないから。
事件はもう、まったく現場でしか起こらない!マスマーダー絶賛実施中の過酷な状況下で、胡乱な人間数名が西へ東へうろうろ。それがこの話なんだ。貴様ら、ちょっとは状況を真剣に考えろよ!作戦会議ぐらいしろ!
さらに言えば、この話の語り手、主役のサルは確実に人類として最悪レベル。性欲だけはゴリラ級の下士官ヤンキー独身30歳、低知能。絵にかいたような倫理無視っぷりで、モラル欠如のハラスメント行為を続々連発!コンプラ破壊の最低野郎すぎて、実に好感が持てるんだ』
「そんなやつに好感持つなよ!!!読んだ人はみんな憤ってるぞ!」
※
◆「奇妙な世界の片隅で」ウィルスン・タッカー『長く大いなる沈黙』(矢野徹訳 ハヤカワSFシリーズ)
http://kimyo.blog50.fc2.com/blog-entry-432.html
(引用)
主人公が、人を殺したり、利用したりするのに躊躇を覚えないという設定になっているのがユニークです。
積極的に悪事を働くわけではないにしても、自分のためなら基本的には何でもするという性格なので、読んでいて感情移入はしにくいですね。
この作品を読んでみると、他の「破滅SF」がいかに「ロマンティック」なものだったか、というのに気づかされます。
(引用終わり)
※
◆アルファ・ラルファ大通りの脇道
https://stillblue.ti-da.net/c44553.html
2006年02月01日12:30
「アメリカ滅亡」
(引用)
主人公はごく普通の人間。正義感があるわけでもなく、策略を企てたり、人を騙したりするのにも躊躇しません。悪人ではないけれども善人ではないのです。
(引用終わり)
『うーん、みなさん、本当うまく纏めてらっしゃる。恐ろしいことに、書かれてるみんなの感想は全部正解!すべてこの通りなのです!』
「Dよりヒューストン。つまりはアンチヒーローってことか?宇宙で女を見捨てる『ゲイトウェイ』一作目みたいなものか?」
『いや、そんないいもんじゃない。あれも最低だが知能はあった。綺麗事抜きに考えてみろよ。アメリカ人の本質って結構しょうもないものじゃないか。穴があれば突っ込むし、ポテチあれば喰いすぎて過食摂取でカウチから動けなくなるし。インディアンなら即座に撃ち殺すだろ?』
「不適切発言。差別偏見に満ちとるな。一応オレが宇宙から謝罪しとく。アメリカさんごめんなさい・・・って、ま、なんとなく言いたいことはわかりますが」
『所詮、金持った銃の国だからな。われわれは核の傘の下でふるえて眠る子羊ちゃんですよ。ぶるぶる。
ともかく、この主人公は下劣なうえに卑劣で一切合切反省しないやつなんですよ。いいですね。それを頭に入れておかないとこの先展開についてこれないよ・・・!』
と、ここで太陽表面で大規模フレアが噴き上がり、数秒間地球との通信が途絶。
宇宙飛行士Dはその間に素早くコーヒーを淹れ、茶菓子を持って席に戻る。空間乱流に揺さぶれ無数の姿勢制御ジェットが舷側で閃く。
「あー、あー、お待たせ。Dよりヒューストン。聞こえるか?」
『ヒューストン感度良好。待ってた。続けるぞ。
まずオープニングだ。休暇で街に出て安酒喰らって爆睡していた主人公が目覚めると、世界は既に破滅していた!限定的核戦争と細菌兵器使用が原因らしい。ここは『トリフィドの日』なんかでも定番、お馴染みの“覚醒すると世界の終わりが訪れていた”スタートなんだが・・・』
「普通じゃん?」
『いや、死体がゴロゴロ転がる通りを抜けて、食糧と水探しに出た二日酔いの主人公がまず最初に実行したことは、偶然出会った未成年の女の子をレイプすることでしたー!』
「へ・・・?」
『ここで目を疑って、マジかよ嘘だろ?と思ってると、話はさらに無軌道に展開。パトリシア・ハースト症候群で主人公に懐いてきた少女を、ちょっとの喧嘩であっさり見捨てます。理由は足手まといだから』
「ヒューストン。自分から襲っておいて?酷いな。そんなんでいいのか?俺はいいけど。確かにハメット以降のクールかつハードボイルドな世界観だな」
『ミッキー・スピレインでハドリー・チェイスで、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』だよネ。で、車パクって、盗んだガソリンで国道転がして、細菌爆弾喰らってない未汚染のアメリカ西部を目指すんだが、途中農家で食い物パクって愚劣な農民にミンチにされかけたり、軍隊崩れの暴力集団に襲われて泣きながら逃げたり。人として最悪の経験をしながら自分でもガンガン銃で人を撃ち殺し、人間偏差値を容赦なく下げ続け。秩序ない無法の世界からなんとか脱出しようと川を渡る橋まで来たら・・・。
駐留している軍隊が橋を有刺鉄線バリケードで封鎖し、それを越えて渡ってくる奴をバシバシ射殺していた。婆さんも子供も見境なし。必殺の射撃手が最小限に節約した弾薬数で、パシパシ頭部を狙う精密射撃を駆使して、無実の避難民を容赦なく撃ち抜く!』
「え、そんな。公共がそんな暴虐行為してもいいの?」
『徐々にわかってくるんだが、細菌爆弾が撒き散らした名前のないウィルスは、物凄い感染力を持っていて罹患した患者の90%を確実に殺す。罹ると全身が紫色に腫れ上がり、短時間で紙みたくカサカサの灰色の干物みたいになっちゃう。これを防ぐためには感染地域を完全に封鎖し、ウィルスが自然消滅するのを待つしかない!だって研究しようとするとこっちがやられちゃうんだもの。コロナより最強』
「それにしてもなー・・・」
『結局、主人公含めて生き残ってる連中は、偶然抗体を保持していた珍しい人たちなんだよ。普通に捕まえて研究とかすりゃいいのに、問答無用に全員即座に射殺。橋に仕掛けた地雷で派手に吹っ飛ばす!かくて感染症対抗策に有効かつ貴重なサンプルはどんどん無益に失われていく』
「無茶しよるなー。なんか、人としても小説としても終わってる内容が平然と垂れ流されとるのね・・・」
『橋以外でも防備は無駄に完璧で、川底には爆雷。岸辺はトラップと有刺鉄条網。死角なく配置された監視台と周回する陸軍きってのスナイパー部隊の精鋭。河沿いに仕掛けられた防衛線を突破するのは、とても無理』
「この不条理な厳戒体制こそが現代の管理社会に対する痛烈かつ皮肉なアイロニーだとでも、無理にでいいから、心底感じろ!」
『さて、リバー突破を諦めた主人公は、河口なら、あるいは上流なら比較的警備が手薄なんじゃないかと思いつき、楽そうな方を選択し南下。知り合った同じ軍人崩れのやさ男とタッグを組み、物騒な奴らをバンバン撃ち殺し、農家を襲ってニワトリ盗み、フロリダまでやって来る。そこへこんなハードコアなホモダチ二名に割って入ろうという奇特な女が現れた!』
「・・・なんか、非常にヤな予感がする・・・」
『やることは、ひとつ。もちろんレイプです!!!輪姦です!!!』
「うわーーー、最低や~~~(涙目)」
『その上、人目につかない小さな無人島を発見し、そこに隠れ家をつくり籠城。そして、女をシェアします!』
「え・・・?カーシェアみたく???本当にリアルシェアするの?」
『がっぷり、どっぷり、ずっぽりシェアします!女の膣内では二人の男の精液がミックスされて混じり合います!見事に肉便器状態ですし、100%サセ子です!人倫モラルを越えてます!蠅の王です!』
「あちゃ~。めちゃモテ~(笑)」
『1951年といえば、かのサンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約が調印された年で、フィル・コリンズ、ブーツィ・コリンズのダブル・コリンズが生まれた年でもある。アカデミ賞ーはマンキーウィッツの悪女大作『イヴの総て』で、伝説の風俗嬢イブちゃんの花びらが全開になると国民的に大評判をとった』
「微妙な嘘を書くな。トルーマン・ドクトリン「武装した少数派あるいは外部からの圧力による征服の試みに抵抗している自由な国民を支援することが米国の政策でなければならない」から冷戦がスタートした象徴的な年。この小説を支配する強い不信感、征服と支配への苛烈な欲望はデスぺレートな時代背景を象徴してるんだろう」
『ヒューストンよりD。だからって、本当にシェアするか?(笑)』
「そうなると、妊娠が心配やねー・・・時間の問題だろ」
『は。この本の中で悪い予感は必ず的中。案の定、女は身ごもり、ハテサテどっちが父親だかわからない』
「最悪の状況じゃないか。どうするんだ?」
『でもね、よくよく考えると、実は女はモテ系細いヤサ男の方が元々好きだった(笑)
といいますか、よくよく考えると、自分勝手なゴリラ野郎は大嫌い。乱暴なだけで勝手に中出しフィニッシュだし。
かくてラブアタックを制覇した優男は一方的に父親宣言し、女と結託して主人公を楽園の島から追放します。最終的には銃で脅され、荷物のナップサック一個持って立ち去る破目に。非常に格好悪い。母親になろうという肉便器は終局で人間的な優しさを選択するのです。が、この選択は当然と思う』
「確かに外見なブサイクなだけじゃなく、この主人公、性格と行動面に難があり過ぎだろ。ヒューストン、人としていかがなものか」
『しかし、こいつ追放までされても一切反省しない。女に嫌われても特に恥と思わない特異な人格の持ち主。異様にメンタルだけ強め。ここはあっさり諦め北へと立ち去ります』
「なんか、野良犬の生きざまみたい。タフすぎ(笑)無敵のヒーローだな」
『その後、東の果てに生き残っているらしき軍司令部を求めて、隠密行動をとっていた特殊部隊の装甲車に遭遇。油断している小隊数名連中を夜闇に乗じて虐殺。ハリガネで縊り殺すなど手口も最悪のトリック駆使して車輌を不法占拠。そのままの勢いで橋を強行突破し感染地域を遂に脱出。念願の本土復帰を果たす』
「おお、燃える新展開。なにかこの閉塞状況を打ち破る大胆な作戦行動でもとるの?権力の中枢に攻撃を加えるとか、身分を隠して議員に立候補するとか?」
『取り敢えず、無傷な街に繰り出し、せんべろ(笑)』
「は・・・?」
『それから、売春婦を買って思う存分セックス(笑)』
「うわ、ダメなやつだなー。本物じゃん!」
『ズッポンバッコン大騒ぎの翌朝、抱いた女は全身紫の痣だらけになって瀕死状態です。こりゃヤベ。保菌者じゃんオレ。逃げろ~!(笑)』
「うつした女に同情とか反省とか謝罪とか全然せんのかい!」
『うん、まったく(笑)。とにかく自分さえよけりゃいいんだよこいつ。割り切り方が毎回物凄い。でも意外とそういう人って現実にいるよね?利己主義というか博愛精神皆無。会社のガムシロを纏めてパクるようなやつ。
ともかくこのエリアじゃ捕まったら確実に殺される。最悪実験体で切り刻まれるかも。卑怯な人質作戦とかとってジープを奪い、地平線まで続くとうもろこし畑を横切って、なんとか再び河を渡り再脱出。命からがら東部へ舞い戻って来てみれば・・・』
「はいはい?」
『特に、その後の人生に目的希望など無いんだってことに気づく。空洞です。元の木阿弥、ジリ貧どん底状態に戻っただけ。
ヒマだからってんで再び南下し、女をシェアしたエロ無人島に舞い戻ってみたが、あれから何者かに襲撃を受けたらしく小屋は壊され人の気配など無かった。散らばる薬莢のかけらが無惨。
あぁ、俺はこのまま死ぬまで最低行為を繰り返し、朽ち果てて行くしかないのかと絶望に打ちひしがれていたら・・・』
「・・・誰も同情しないよお前になんか・・・」
『突如、廃墟の街に入っていく目を疑う美女を発見。よくよく見るってぇと、巻頭でレイプして捨てた女の成長した姿でした。しめた、ラッキー。より戻そっと。チャンチャン(笑)』
沈黙の宇宙空間。土星の輪の乱反射が宇宙飛行士Dのヘルメットに美しく映える。カッシーニの空隙が鮮やかだ。
「・・・Dよりヒューストン。なんじゃソレ?」
『うん、さすがの私も幾ら何でもこの終わり方はないんじゃないかと・・・』
「あ・た・り・ま・え だーーー!!!」
『でも、このループ・エンディング(未成年の成長を待って結婚)がハインライン『夏への扉』(1956)に影響を与えた可能性はあるんじゃないのかな?』
「Dよりヒューストン。それ、ないわ」
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