マンガ!マンガ!マンガ!

2010年10月15日 (金)

伊藤潤二「赤い糸」(’90、月刊ハロウィン掲載、朝日ソノラマ『脱走兵のいる家』収録)

医者の待合。周囲はもう暗い。

名前を呼ばれた怪奇探偵スズキくんは、プクプクのおなかを捲ると、引き戸を開けて診察室へ入って行った。
この病院は、いまどき木造である。赤い傘つきの裸電球が照らし、あやしげなオキシドールの匂いが漂っていて、戦時下の傷痍病棟みたいだ。
「はい、座って。」
医者はピカピカ光る大きな反射鏡をかざして、スズキくんの喉元を覗き込んだ。
「あー、きみ、こりゃいかんね。そうとう、病状が進行しとるな。食事に気をつけろとあれ程言ったのに。普段なにを食っとるのかね?」

「最近はそう無茶はしてませんよ。」
スズキくんは頭を掻いた。「でも、ゲッターを少々・・・。」

医者は大げさな溜息をついた。
「石川賢のゲッターロボかね?あれは健康に良くない。不健全極まりないことに、マンガそのものの面白さに溢れておる。読んだら、たちまちイチコロだよ!
・・・で、どこまでいった?」
「はぁ、新ゲッター、真ゲッター、ゲッターロボ號・・・あと残すはゲッターロボアークを制覇、ですかね。最後はてんとう虫コミックス版で〆る予定です。」
「三食すべて、ゲッター三昧じゃないか!脂分が多過ぎだよ、キミ!」
「ですから、〆はお茶漬けでサラサラと・・・。」
「石川賢は、全部お肉なの!それも霜降り!コレステロールの塊り!」
「ところで、早乙女博士、ゲッター線の正体っていったい何なんですかね・・・?」
医者は溜息をついた。
「こりゃいかん。脳まで完全に汚染されとるなぁ・・・。」

ゲッター搭乗員の如く常にギラギラしたオーラを纏わせ、いつでも沸騰点寸前の危険な状態のスズキくんを眺め、医者は懐から一冊の新書版コミックを取り出した。
「こういうときには、これで冷やすに限る。」

半ばミイラ化した、防空頭巾着用の腐乱死体と、戦時中の格好をした男女が描かれた表紙絵で、表題は『脱走兵のいる家』となっている。

「これぞ“JUNJIの恐怖コレクション”その①じゃ!」
「ジュンジ・・・?稲川?」
「違―――う!!伊藤潤二じゃ!!
でも、今気づいた。確かにジュンジは恐怖の水先案内人!!ジュンジとつく奴は、みな怖いかも!!」
「高田純次なんて人もいますが・・・。」
「それもある意味、怖いじゃないか。清川虹子の宝石を奪って飲み込んだときはどうしようかと思ったぞ。」
「どうもネタが古いなァー。嘘でもいいから現代に歩調を合わせるポーズをしてくださいよ。」

途端に黙った医者を尻目に、スズキくんはページを捲る。

「なるほど、今は亡き月刊ハロウィンに掲載された読み切りを集めた本ですね。今は亡き朝日ソノラマから刊行されたシリーズ本だ。」
「どんだけ、“今は亡き”なんだよ!当時なぜかホラーマンガのブームで、怪奇マンガ専門誌が各社から競って出ていたなんて、確かに夢のような話だが・・・。」
「時代の仇花のような状況でしたね。末期とはいえ、世間にはまだバブルの残り香が漂っていたし。」
「うむ・・・私も定職もなくブラブラしていたし、まさかこうして毎日日銭稼ぎにあくせく駆けずり廻る立場になるとは思ってもみなかった。」
「無駄に歳を喰ったってことですよ。」
医者のこぶしが反射的にグーになるのを横目で観察しながら、平然とした顔でスズキくんは続けた。
「さて・・・「赤い糸」はこの本に第四話として収録されている、独立した短編ですが・・・。」

「うむ。
この作品をチョイスした理由は、伊藤潤二の作風を解り易く解説するには最適と踏んだからなのじゃ。
潤二先生は基本的に優れた短編作家だ。代表作とされる『うずまき』も『富江』も連作長編のかたちをとっているし、そのうち取り上げたい長編『ギョ』など少数の例外を除けば、長い話はあまり見あたらない。
そして、その長編も他所のマンガ家さんとは構造からして異なる。
普通、我が国のマンガ家が長編を描く場合、登場人物のキャラクターをもっと掘り下げようとか、見せ場を徹底的に描こうとか(『ドカベン』の一試合が何巻続いたか、想起されたい)、凡庸な方向に走りやすい。
潤二先生は、登場人物の心理はすべて類型で構わないと踏んでいる節があり、丸尾末広的な神経質な細い線で描かれる主役級の登場人物は美男美女揃いだ。
類型的な美男美女が異常事態に遭遇し、ドヒーと発狂したり、死んだりする。
だから、ここでの主役は実は、異常なシチュエーションそのものなのだ。
「首吊り気球、現る!」とか「阿見殻断層に奇妙な人型の穴が!」とか、主役を担うのは異様な状況設定そのものなのだ。語りたいのは、その奇妙としか言いようのないアイディアであり、人間はそれに驚き、翻弄され、怒り、絶望し、死んでいく無力な存在に過ぎない。
潤二先生の超自然力に対する信仰の深さは、対話可能な存在として幽霊を貶めて描く凡百のオカルト作家とは比較にならないほどである。」

「確かに。」
スズキくんは、おやじの、否、医者の長弁舌に相槌を打った。
「今回、意外と真面目に語りますねぇー。どうしたんですか。」」

「潤二を読んでると、小説の方だとJ・G・バラードの世界三部作なんかを思い出すんだよ。あれを演繹して方法論を変えて毎回実験してる感じ。特に、風がある日どんどん強くなり始め、止まらなくなり、遂には海を巻き上げビルをなぎ倒し地上の文明を破壊し尽くす『狂風世界』なんか、典型的に伊藤潤二の世界だよなー。」
「ああ、面白そうですね。」
「人類があんまり無力なんで、世界滅亡テーマと誤解されがちだが、実は違う。核になってるのは、奇妙としかいいようがないワンアイディアなんだよ。それを地球規模にまで推し進めていくと、結果として世界が破滅する。」
「本人、“またこのオチかよー!”と自虐笑い。」
「そう、潤二先生の場合、サービス精神旺盛に恐怖マンガのお約束的展開やビジュアル的見せ場はちゃんと用意されているんだが、本人、そこでうっかり笑っちゃってるふしがありますな。」
「“こんなになるのかよー!”みたいな。」
「一種のギャグマンガとして捉える人がいるのも解りますよ。だって、潤二先生がたぶん最初にウケてる筈(笑)」

「うん、そこで「赤い糸」に話を戻すんだが、これ、俗に言う運命の赤い糸が実在したら・・・という思考実験の産物でしょ。
潤二先生の面白いところは、抽象的な観念の産物が具体性を持って主人公に襲い掛かってくるところだよね。登場人物は全員、状況の被害者。対処のしようがないから、事態はどんどん悪くなるばかり。」
「まず、主人公の高校生の男が彼女にふられるんですよね。すると、翌朝、手首に赤い糸の縫い目ができてる。」
「皮膚に糸が縫いこまれていて、ガッチリ食い込んでいる。切ろうとしても切れないんだよね。ここでうまいのは、糸が皮膚に食い込んでいる描写だな。生理的不快感を煽るうえに、単純な状況じゃないから、推理のミスリードを誘発してしまう。」
「昔死んだおばあちゃんが、あの世から針と糸を持って現れ、自分を千人針の土台にしようとしている、というありえない、意味不明な妄想(笑)しまいに霊界から裁縫の得意な老婆の集団を引き連れて襲って来る(笑)」
「文字にしてみると、無理ありまくりだよなー。でも、ひばり書房クラスの作家なら、平気でこんなオチに200ページ使ってしまいそうだ。」
「単行本一冊?杉戸先生、勘弁してください(笑)」
「潤二先生は一流作家だから、そんな小ネタは幾らでも湧いて来るんだろ。そこはあっさり使い捨てて、もっと恐るべき真相に突入だ!」

「男と女を繋いでいた運命の赤い糸が切れたら、どうなるか?
・・・答え、切れた糸が男にぐんぐん捲き付き始める!」>

「見えなかった赤い糸が物理的恐怖として、主人公を襲うんだよね。女には実は新しい恋人がいて、男の方が未練がましく執着している。その執着心の物理的比喩として、赤い糸がどんどん具象化してからみついて来る訳だ。」
スズキくんは腕組みして、嘆息した。
「見事な着想ですよね、あらためて考えると。無茶なアイディアを成立させるのに、男女の心理描写を巧みに織り込んで、ちょっとクラシカルな純文学的なテイストもある。でも、肝心の見せ場はちゃんとマンガの強みを最大限に活かしてる。」
「糸がぐんぐん巻き付いて、数十メートルの固まりとなって蠢く訳だからね。で、こうなりゃやぶれかぶれだ、女を飲み込んでしまおうと襲うが、誤って女の新恋人の大山くんを飲み込んでしまう(笑)」
「“ちがう!!大山くんじゃないんだ!!”」
「あやうく逃げおおせた女がホッと一息、“あぁ、よかった。あたしの糸はあんなに長くなくて。”」
「女の手首には、短い赤い糸の縫い目が刻まれている(笑)」

「完璧だ。パーフェクト。
・・・ホラ、どうだね、気分は?」
医者は笑いながら云った。
「ありがとうございます。なんだか、スーツとしたみたい。」
「結構、結構。
みんな、健康の為、マンガの読みすぎには注意しようね!!」

「お前が言うな、お前が!!」

突如、病棟に現れた杉戸光史が巨大なハリセンで医者の頭を一撃すると、吸血紅こうもりの集団と共に呪われた地獄の島へと去っていった。
あまりの急展開に呆然としたスズキくんが、思わず呟いた。

「なんだこりゃ・・・まるで、マンガみたいだ。」

医者、あらため古本屋のおやじは血まみれの唇を震わせ、苦々しげに言葉を吐いた。

「ググッ・・・お前が言うな、お前が・・・。」

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2010年10月 7日 (木)

あさいもとゆき『ファミコンロッキー①』 (’85、てんとう虫コミックス)

 
 全八巻。
 ジャリ向け。素晴らしい搾取の世界。後楽園遊園地で、ボクと搾取。

 まず注目すべきは、その隙の多さである。
 いや、誰もが指摘するキャラ設定や展開ばかりではないのだ。人物デッサンの狂いかたはもう尋常でない。輪郭と目鼻立ちのズレ具合はアヴァンギャルド芸術のようだ。
 芸術は一応、立ち止まっておとなしいが、あさいもとゆきのそれは動く、動く。見ているコッチが船酔いしそうなほど、画面狭しと暴れまくる。マンガの重要な本質をなす原初的エネルギーが息苦しいまでに充満し、ガキでもわかるパワーを演出している。
 もちろん、このマンガの『月刊コロコロ・コミック』連載(そう、この雑誌が月刊誌であったという事実に諸君はもっと注目しなくてはならない!)という出自からも明らかなように、この異常性は『ゲームセンターあらし』の達成を踏まえて出てきたものだ。
 
 巨大スクリーン展開するゲームバトル。
 単なるコントローラ早押しに過ぎない必殺技の応酬。
 幼稚な考えの悪の組織。
 年間、数億を稼ぐファミプロ(プロのファミコン・プレイヤー)の存在。

 これらは『あらし』が切り開いた演出方法である。そのルーツは、伝統的な少年マンガの決闘の作法にのっとったものだ。荒磯で、渦潮に翻弄される船上にファミコンを据えてバトルする必要などあるのか。
 答えはただひとつ、「勝負とはそういうもの」だから。
 すべての勝負は正気では考えられぬほどバカバカしく、ゆえにすべての勝負は輝かしい。
 男が燃えるところに、真実は間抜けな素顔を曝け出す。これを100%笑い飛ばせる人間は、勝負を捨てた負け犬だけだ。
 大人とは、負け犬の別名である。私は、これでもいろいろ見て来たから、わかるのだ。
 
 あいつら、全員、負け犬なんだよ。結局。

 と・こ・ろ・で。

 主人公、轟勇気はゼビウスやっても、バンゲリング・ベイやっても、「負けるもんか!オレは、ファミコン・ロッキーなんだぜ!」と事あるごとにどう考えても無駄なアピールを周囲に繰り返すのであるが、そもそも彼はなぜにロッキーなのか。轟だからか。勇気だったら、ユッキーでもいいじゃないか。それじゃダメか。
 そもそも奇妙なことに気づいた。
 彼はいつロッキーと化したのか。ページを捲って確認してみた。第一話「ロッキー登場」にその記述はない。タイトルが「登場」のなのに、登場しないのだ、こいつは。
 ようやく私がその名称に辿り着いたのは、第二話「ゼビウス魔の二千機攻撃」の途中からであった。(単行本では51ページ。項を捲って確認されたし。)
 かつて「赤い稲妻」とおそれられた空軍パイロット(どこの空軍だ?)の撃墜王、死神ジョージとの一騎打ちにおいて、
 「おまえ、とんでもない奴を敵にまわしたな・・・。」
 と述懐する仲間に対し、勇気は明るく宣言する。

 「それがなんだってんだ。
 おれはファミコンロッキーだ。相手が強けりゃ強いほど闘志がわくってもんよ!」

 自己申告であった。

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2010年9月29日 (水)

まちだ昌之『血ぬられた罠』 【風立ちて、D】('88、ひばり書房)

「この話、適当に考えているでしょう?」
と、Dが云った。
「それは否定しない。」ヒューストンの回答は、明確だった。
「だが、いきおいで適当に書きなぐるというのも、ひとつの立派な執筆態度である。」

彼らは現在、真っ白い空間にいた。
より正確に描写するなら、無菌・無臭の宇宙船内の一室に、円形の卓が置かれ、その上にポッド状の通信機器が設置されている。相手の姿は直接は見えないが、信号を受けて反応する立体映像の波形が表示されており、地球からの通信を知らせている。
宇宙ヘルメットに全裸のDは、さきほどからこの波形パターンに向かって話しかけている。

「状況は、こうだ。」
ヒューストンからの声はいつになく冷静だった。
「きみの宇宙船は前回の記事において、未知の次元断層に突入した。正体はわからないが、正常な宇宙空間を捻じ曲げる強力な性質のものだ。複数の次元、時間軸に渡って大規模な地殻変動が起こったと考えて貰ってもいい。きみの宇宙船はその渦中に巻き込まれ、制御を失い、現実とは違う異次元空間に放り出された。きみが現在居るのは、一見似通っているかも知れないが、実は構造自体からして根本的に違う別の宇宙だ。パラレルワールド、併行世界と言ってもいい。
こうした世界が存在することは、きみも何かで読んだ記憶があるだろう?」

「あぁ、『ドラえもん』で読んだよ。」
Dはのろのろと答える。
「いや、『みきおとミキオ』だったかな?・・・あれは、でも未来の話か。」

「ともかく、その世界は現実ではないんだ。
きみの嫁が鬼嫁だったり、異星人だったりするなど、現実にありえない話だ。」
ヒューストンは、たたみかけるように続けた。
「そこに留まっていては危険だ。どんな危害がきみに及ぶか、わからない。われわれは脱出方法を検討した。世界最高の頭脳を集めて集中討議を重ねた。大統領に電話した。神仏にすがって、見事、断られた。」
「ダメじゃん!」
「そこで悟ったのだ!人知を越えた未知の空間からの脱出には、人知を越えた未知のパワーが必要なことを!」
「オカルトに戻ってますけど・・・。」

「D、きみはそこに一冊の古書を持っているな。」
「これか・・・。」
Dはかたわらの書物を取りあげた。
顔半分が焼け爛れた女が睨む背景に、劇画チックな男女が抱き合い、怯えている。「HIBARI HIT COMICS 怪談シリーズ」の通しタイトルと、泥臭い赤の書体で「血ぬられた罠」の表題、著者名はまちだ昌之とある。
「それが脱出の鍵だ。その本の解説をしなさい。さすれば、再び次元の口がパックリ開いて、きみは正常な宇宙に帰還できるであろう!」
Dは、呆れ果てて呟いた。
「ど・・・どういう根拠だ?」
「世界最高頭脳を集めても、超高性能コンピュータで解析しても結論が出なかったので、私が適当に考えた。意外と当たっているのではないか?」
「ヒューストン、お前のギャンブル運は・・・。」
「急げ!時空間のほころびが致命的になる前に!船外スクリーンを見ろ!」

そこには、無数の惑星を喰い尽し、あまたの文明を崩壊させ、邪悪の種子を振りまきながら大宇宙に浸食を続ける、巨大な鬼嫁の姿があった!

 
恒星よりもでかい嫁というのは想像しづらいだろうが、ちょっと頭に描いてみてごらん。最悪だろ?

「さぁ、Dよ!急げ、時間がない。あの嫁はあと数分でお前の居る空間に到達するぞ!」


 (つづく)

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2010年9月27日 (月)

まちだ昌之『血ぬられた罠』【序説】 ('88、ひばり書房)

(ナレーション) 
 「無限につらなる宇宙空間。

 これは、人類の叡智も及ばぬ、広壮なる神秘世界に今日も挑み続ける男達の記録である!」

 [クレジットタイトル]

 ダイナマイト・ウォーズ 帝国の逆襲

 隕石がびゅんと飛び過ぎる。 

 「・・・ヒューストン、ヒューストン、応答せよ。こちら、D。」

 宇宙船のコクピット内で、銀色のヘルメットを着用し、あとは全裸の男が言った。ヘルメットの上から、わざとらしくインカムを装着している。
 
 『こちら、ヒューストン。久しぶりだな、D!』

 「まったく、われわれのシリーズはとっくに終了したかと思っていた。今後二度と人前に出る機会もないと思ったので、最近宇宙船内ではもっぱら、この格好で生活しているんだ。」

 『・・・ちんちんを引っ張るな!
 
一般読者が逃げるぞ!
  
 お前がどんなにエロエロでも、喜ぶのは火星で待ってる嫁さんぐらいじゃないのか?違うとしたら、深刻な国際問題だぞ。ま、ちょと、覚悟はしておけ。
 ところで、ここで恒例の質問タイムだが、
 信長、秀吉、家康。あなたが一番好きなのは、誰? 』

 「加藤雅也。」

 『こちら、ヒューストン。・・・・・・回答は無期限に保留する。
 それでだ、レイア姫の件だが・・・。』

 「(小声)シーーーッ、姫のことは言わないで・・・!」

 『姫は、お前が来るのをずっと待ってるってさ。伝えて欲しい、と頼まれた。』

 突如、スピーカーより狂ったようにファンキーなソウルミュージックが流れ出し、宇宙船内の人影は弾かれたように踊り始めた。
 制御盤から幾つも火花のスパークが走り、心なし、宇宙船が傾いだようだ。

 『うわッ・・・!!わッ・・・!!
 やめろ!!
 このままでは、航行の安全に支障をきたすぞ!!』

 ヒューストンからの制止をまったく無視して踊り続ける宇宙服の男は、勢い余ってコンソール中央にわざとらしく置かれた、真っ赤な「緊急」と刻印のあるボタンに触れた。

 途端、激しくローリングし始める宇宙船。

 「うわわわァーーー!!」

 
『(広川太一郎の声で)・・・だから、ダメって云ったじゃないの・・・・・・!!』

 
宇宙船は煙を吐きながら、間近に迫った巨大な未知の惑星へ墜落して行った。

    ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※ 

 
 『もし・・・。もし・・・。』

 揺り動かされ、目覚めると、機器類がバラバラに取り散らかったコクピットの残骸の中。

 全裸に宇宙ヘルメットの男は、頭を擦りながら起き上がった。

 「ありゃー・・・また、やっちまった。まいったね。
 またもや宇宙船一隻、オシャカにしちまった。今月、給与から天引きされるぞ。くそ。
 
 んん・・・おや・・・お前さんは、誰だ?!」

 かたわらに立っていた人影は、ひるむ様子もなく立ち上がった。暗がりに隠れていて、姿がよく見えないうえに、ご丁寧に奇妙な仮面を着けているようだ。
 もっとも、奇妙といっても、六本木のSMクラブで見かける程度の奇抜さだが。

 『私は、メーテル。過去を背負って旅する女・・・。』

 「嘘つけ!零士先生は著作権にはちょっと五月蝿いんだぞ。」

 『あわわ・・・嘘です。嘘。

 本当の正体は・・・・・・。』

 ガバ、と仮面をかなぐり捨てた。瞬間、照明が最大になる。

 『嫁という名の、異星人!!』

 「ギィヤヤヤァーーーーーーッ!!

 出たァーーッ!!!」

 再び狂って、周囲のものを投げ散らかすDに、懐かしい声が響いた。

 『・・・こちら、ヒューストン!
 取り乱すな、D!!そいつは、本物のお前の鬼嫁じゃない・・・!!
 その惑星の原住生物が仕掛けた、たちの悪い罠だぞ・・・!!』

 「止めるな、ヒューストン!!オレは、今度こそ、悪を滅ぼす!!」

 Dは宇宙船のスクラップで十字架を組んでいる。

 『いや、だから、幻覚だってば。』

 (転がっていた光線銃に飛びつくD。)

 『そいつの本当の姿は、お前の嫁じゃないの。ええい、わかんないかな?』
  
 (近寄って来る人影に向かって、光線銃を乱射しまくるD。まったく手応えがない。) 

 『よく、SFとかにあるでしょう、ソイツはお前が深層心理の中で、本当に恐れる存在を実体化してみせてるだけなんだってば。

 アレだよ、アレ。“イドの怪物”って奴ですよ!』

 (ふと、動きを止めるD。)

 「イド・・・?!井土紀州・・・?!」

 『こまかいボケはいらねぇんだよ!!
 
 ちくしょう、なんてことだ!久々のシリーズ再開だというのに、まったく本筋の古書レビューに辿り着かないぞ!!』

 (Dの撃ちまくる光線によって、周囲の壁はドロドロに溶けて崩壊し消滅していく。)

 『こうなりゃ、アレだ。禁じ手を何度も使うのは厭だが、仕方がない・・・。』

 その瞬間、画面の動きが静止し、中央に巨大なテロップが出現した。


     (以下次号)

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2010年9月12日 (日)

羽生生純 『千九人童子ノ件』 (’10、コミック・ビーム)

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これは、「過去が復讐してくる」話である。

懐かしいところでは、筒井康隆の短編「鍵」を思い出して欲しい。
あれは、都会で裕福に暮らす作家が、ふとしたことで昔使っていた鍵を手にし、暗い因果に引き寄せられるように、それを使って封印していた過去の扉を次々と開けていってしまう話だ。
サラリーマン時代、学生時代、幼年期。積極的に忘れてしまいたい、汚穢に満ちた記憶の遊園地。ここでは歳月の経過がまるで呪いのように描かれており、シンプルな物語を味わい深いものにしている。机の引き出しの中に放置された弁当箱は太古の原生林のように黴の胞子を撒き散らし、闇に照り輝く。かつて住んだ家。働いた会社のロッカー。次々とこじ開けられる過去は、どれもが呪わしく、未熟で、そのくせ過剰な熱情に溢れ、むせ返るような臭気を放ち、目を覆いたくなるものばかり。
この物語が「昔はよかった」ジャック・フィニー的な古き善きノスタルジーへの嫌悪感から発想されたものだとしても、主人公の記憶の連鎖が遂に、かつて犯して孕ませた片輪の娘の存在にまで行き着き、彼女がその時の子供と現在も暮らす貧しい家へと吸い寄せられるように消えて行く終幕に到っては、これはもう、優れてホラー的な醍醐味に満ち満ちていると謂っていい。

この結末は、羽生生純の新作『千九人童子ノ件』にそのまま重なる。

羽生生純はファースト、傑作短編集『強者(ツワモノ)劇場』の頃から押さえているので、まぁ、なんというか今さらコメントもないのだが、あいかわらずな、男子性剥き出しの作風である。
ハッキリ好みは分かれる筈だ。貧相なキャラが極太の墨ベタを駆使してアニメ的な空間を自在に爆走する。奇妙な擬音、奇怪な書き文字(本書のクライマックスで主人公は「第二次清張」と筆書きされた身も蓋もないTシャツを着用している)、つくりもの感バリバリな“搬入機材”といった人物名。
『千九人童子』は田舎に落ち延びた売れない漫画家が、地元に伝わる武田方の落ち武者にまつわる伝承に目をつけ調べるうちに、自身を取り巻く過去の因果に捉われ破滅して行く物語だ。
羽生生(ハニュニュウ)の泥臭くもモダンなタッチは、笑いよりも気色悪い不快感を優先し全面に構築することで、独自な生臭いホラーの世界を生み出してしまった。

主要登場人物がほぼ全滅する、極めて悲惨なストーリー展開なのに、妙に楽しい。
この楽しさは作者が、形状がさっぱりわからない千九人童子の造形を含め、類型を裏切って描くことの楽しさに強固な確信を持っているからだろうと思うのだ。
そして、結末までの強力な全力疾走。アメリカシロヒトリの大量発生と村人の無惨な大量死が見事に結び付けられるとき、われわれはこの作家力の確かさに眼を瞠るべきなのだと思う。

そうしない奴らは、たんなる開きめくらだ。

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↑まぁ、おおむね、こんな感じの奴らが襲ってくる。
 描いてみると寺田克也的デザインだと気づいた。が、これではまったくわからないな。

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2010年8月15日 (日)

川島のりかず③『恐ろしい村で顔をとられた少女』 【廃屋】 ('85、ひばり書房)

 白い背景、雑然と積まれた無数の文字ブロック。
 にゅっ、と背後からスズキくんが現れ、テキパキと文字を並べていく。

 「怪奇ハンター第三話、五回 【廃屋】」

 懐中からガソリン給油ノズルを取り出し、ジェームス・ボンドみたく射撃のポーズをキメるスズキくんに画面外から怒声が飛ぶ。

 「それ、ハイオク違うから!!」

[ナレーション] 

 この物語は、非人類生命体の脅威と戦い続ける勇敢な少年の成長の記録である。

 既にお気づきの通り、もはや川島でもなければ、のりかずでもない、ブックレビューですらない、勝手な創作の境地に突入している本シリーズであるが、
 作者としましては、つべこべ文句を云うよりも、黙ってひたすら読み続ける白痴的行為を、素晴らしく知的な読者諸君に求めてやまない。

 失踪した大手建設会社社長、UFO目撃談、偶然発見された怪奇現象の映っているビデオテープ、そして禁忌の対象となっている不吉な山。
  長い前振りは終わった。パーティーはこれからだ。
 物語はいよいよ、佳境へと突入する・・・・・・。

 ウンベル総司令「・・・のかァ?!キャッキャッキャッ!!」

[シーン14・屋内]

 身を屈めて廃屋のドアを潜る、黒沢刑事。
  カメラは前方より、その緊張した面持ちを捉える。外界の光が眩しい。 

ジャン・リュック・ゴダール「カット!」

 室内にはディレクターズ・チェアが据えられ、黒いサングラスのゴダールが座っている。

 「キミは映画のいろはが分かっていない。登場人物より先にカメラが室内に入っていたら、観客の緊張感は台無しだろ?
 お前は川口浩探検隊か、ってーの。」

 瞬時に反応した黒沢、拳銃を引き抜き、ゴダールを射殺する。

 「・・・隊長を悪く言うな。わかったか。」

 床に転がるフランス人の小柄な身体を跨ぎ越え、黒沢は前進する。
 廃墟となって相当の時間が経過しているようだ。壁の滲みや埃りの積もり具合い、煤けた唯一の窓ガラスから漏れ出す日光のぼんやりしたコントラストに、過ぎた歳月がフラッシュバックするかのようだ。

 「黒沢さーん、大丈夫ですかー?」

 建物の外でスズキくんが声を掛ける。銃声に驚いたらしい。

 「おぅ。表をしっかり見張ってろよー!
 この調子じゃ、どっからなにが出てくるか、わからん・・・!!」 

 云った途端に、天井から蛇の塊りがバラバラと降ってきた。

 「どわ、わッ!!!隊長ーーーッ!!!」

[シーン15・屋外]

 家屋の内部で閃いた数発の銃弾に、窓のカーテンが揺れた。
 反射的に一歩身を乗り出したスズキくんの足元に、ピンと伸びたロープが現れ、ググッと引かれる。
 もんどりうって転倒したスズキくんに向かって、藪を揺らして丸太が飛んできた。

 「のわッ!!ブービートラップ!!」

 丸太と一緒に吹っ飛ぶスズキくん。

 「あーれーーー!!!」

 罠は巧妙に張られ、僅かでも力を加えようものなら、大木に吊るされた丸太が飛んでくる仕掛けだったらしい。
 ボテ腹に丸太をめり込ませ、吹っ飛ばされる瞬間、スズキくんの視力2.0と無駄に目がいい眼球は、丸太の側面に彫り込まれた「731」の文字を確かに読み取っていた。

 「マルタだけに、731か・・・。古いなァ・・・。」

 そして、飛ばされていった。

[シーン16・再び、屋内]

 履いていたヒールの角で、蛇の頭を踏み潰しまくっていた黒沢刑事は、ようやく安堵の息をついた。

 「・・・はぁ、はぁ、ゼイゼイ。
 爬虫類の分際で、てこずらせやがって。このヤロ、このヤロ。」

 ブチブチ、潰れる蛇の体。

 「やれやれ、これで一安心。」

 その瞬間、壁をぶち破って、丸太とスズキくんが室内に飛び込んできた。

 「ギィヤァァァーーーーーー!!!」
 「のわァーーーーーー!!!」


 派手に激突し、床に転がる二名。
 パラパラとガラスの破片が辺り一面に降り注いだ。

[シーン17・廃屋内、別の部屋]

 「まったく、呪われてるというのは、こういう状態を言うんだろうな・・・。」

 黒沢が、スズキくんの腕の傷口を消毒しながら云う。
 アウトドア慣れした刑事は、旅行用の簡易薬箱を持参済みだった。

 「やめてくださいよ。
 ただでさえ、不吉な連鎖に心身ともにビビリまくってるんですから。」

 痛みに耐えかねながら、スズキくんが抗弁した。

 「しかし、家の中は全部調べましたが、これといった手掛かりも無いですね。この建物が例の大学生のビデオで撮影に使われた物だと思うのですが・・・。」

 「お前さんは肝心なところを忘れちまってるのさ。」

 黒沢はリュックを引っかき回し、懐中電灯を取り出した。

 「こういう、謎の建物には、地下室、もしくは秘密の部屋がつきもんだろ?
 間取りはさっき調べた。秘密室なんか造る余裕はない。そもそも、ちいさい丸太小屋みたいなもんだからな。
 となりゃ・・・。」

 絨毯を捲り上げ、上げ蓋のラッチを持ち上げる。

 「案の定だ。・・・ほれ、どうだい?地獄へ、ようこそ。」

 黒々と口を開けた地下へ通じる暗い穴倉を覗き込み、スズキくんは身震いした。そこから厭な腐臭が漂い出してきたからだ。
 かなりヤケクソな気持ちで、スズキくんは叫んだ。

 「次回、地下室!!!」

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2010年7月14日 (水)

朝倉世界一『デボネア・ドライブ②』 ('09、エンターブレイン)

 いやー、やっぱり面白ぇなぁー。

 感心しちゃうなぁー。
 でも、正直、導入部はどうかな、と思ったんですよ。二巻。
 朝倉先生は、ストーリーの風通しを良くするため、わざと細部まで考えない状態でネタを振ってる節があって、ま、そこがいいんですけどね。
 高級そうな言いかたをすると“偶然性の導入”、またの名を“行きあたりバッタリ”っつてですね、作者にもこの先どうなるかわからないんだから、読者はもっとわからんだろう、という(笑)。  
 もちろん、意図してやってるんですよ。
 作者本人も、会長が幽体離脱してどうなるか?なんて深く考えてなかったと思いますよ。
 さらに加えて、追跡してくる謎のふたり組の正体やら、さらに迫り来る、逃げ水の如きクラゲの大群とか、いろいろ面倒なものが絡んじゃってね。
 だから、最後に、死神が会長の肩をポンと押したときは、作者も読者も、なんかホッとしたんですよ。
 だから、道路の真ん中を去って行く死神の後ろすがたには、なんか知れん、寂しさと解放、滑稽さがあるわけですよ。
 いいよなぁー。

 でもね、行き当たりばったりそうに見えても、一方でエチゼンくんがクラゲ拳の継承者だとかね。
 マリちゃんが実は泥棒だとか、そういうキャラ設定(というか、お話)は事前に用意してあったんだろうな、と。さすがに。
 ただし、その設定をどう本筋にからめるか(あるいは、からめないか)は、細かく段どってないんだなー。
 その突き放し加減が、ちょうどいい温度をストーリーに与えてる。
 あたたかく、可愛い造形に目がいきがちだけど、朝倉先生、キャラクターの扱いは結構クールなんですよ。
 だいたい、みんな酷い目にあいますし。
 単純ないい話にしないあたりは、さすがだなと。

 それでいくと、第十七話がすごい。
 死神が去って、話が一段落した直後に入る傑作エピソードです。
 小名浜フラガールズの話ね。これは、もう、展開のさせかたかたからオチまで、とんでもなく、うまいです。
 (中途に突然入る、追跡者ふたり組のカットもすごいかっこいい。)
 ともかく、サイレントで閉められる、最終ページをよく見てください。
 あたしゃ、恥ずかしながら、号泣しましたよ。このさりげなさに。

 マンガは、やっぱり絵なんですよ。
 それを忘れちゃイヤですよ。

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2010年7月11日 (日)

岸本斉史『NARUTO~ナルト~』巻二十六 ('05、ジャンプコミックス)

 先駆者は常に模倣され、物語は肥大する。

 捉えるべき対象は既に膨大すぎて、一個人が読み解くには困難だ。だから、ガイドブックのたぐいが流行るのだろうが、逆説として申し上げるが、このマンガはすごくない。
 それほどには。
 まったく。いや、全然。
 にも関わらず、物語は続いているのだ。そこに読者がいる限り。なにか秘密がある筈だ。
 われわれは大いなる惰性と習慣の生き物であるが、なんの理由もなく読み続けていったりはしない。おそらく、その秘密は巧妙に隠されているのだ。鍵のかかる宝箱に、洞窟奥深く埋められて。それがジャンプ神話と呼ばれる構造だ。
 専属契約として知られる詭計。
 そこにしか存在しない作家たち。

 あなたは、『ワンピース』や『ナルト』の作者名を正確に答えられるだろうか?
 そうか、ならば『デスノート』の二人の作者名はどうかね?ふむふむ。
 そこで、解析の為の方法論の呈示だが、「断片にすべてがある」と信じてみるのはどうか。どんな大河巨編であろうと、一冊のマンガはあくまで一冊だ。

    ※      ※      ※      ※       ※

 「・・・なんか、難しいですねー。」
 二十代の好青年、スズキくんは微笑みながら云う。「要するに、ジャンプコミックを一冊拾ってきて、感想を書きますよ、ってことですね?」
 古本屋のおやじは、気難しげに腕組みする。
 「うん、きっかけはアニメの『ナルト』の戦闘場面ダイジェストをYouTubeで視聴したことですよ。難解すぎて、なにかの実験アニメかと思った。
 それで興味を持って、適当な単行本一冊105円で入手してきたんだ。これだ。」

 机の上に転がされたのは、いかにもアニメ的なポーズで、炎の中から怒りにまかせて立ち上がる主人公の姿がある。

 「この少年の名前がナルトだってのは、いかな私でも解る。
 でも、コイツの職業はなんなんだ?忍(しのび)でいいの?しかも学生?忍術学校一年生?
 舞台は現実世界とは異なる時空間だよな、これは完全に?
 でもなんか微妙にバタ臭いんだ。城とか、殿とか、忍者の必須アイテムは出てこなそうな雰囲気。あ、でも、姫だけは出てそう。
 そもそも、チャクラ・コントロールってなに(笑)?なんだその適当かつイージーなネーミングセンスは?真剣に考えた上での結論なのか?」

 「エヴァゲリ以降、設定でなんとかしようって話が増えましたね。」

 「いくら尤もらしい用語を並べ立てても、説明は単なる説明でしかない。
 だいたい、世界観って言葉の使用方法を、根本から完全に間違ってるぞ、お前ら全員!!バカもんが!!廊下に立ってろ!!」


 「まぁ、まぁ(笑)。」

 「それにしても、かつて『忍空』ってのがジャンプにあった筈だが、常に連載の中に“忍者枠”ってのがあるってことなのか?
 ってことは、もしかして流行ってるのか、忍術?忍術ブーム?ケムマキ?」

 「さぁ、ボクからはなんとも。」
 スズキくんは困ったように頭を掻いた。
 「ただ、ひとつ云えるのは、2010年現在の時点でジャンプの人気No.1はナルトじゃないか、という推測ですね。これは、毎週買ってるボクの実感です。」

 「散々文句を云っといてなんだが、この二十六巻、まぁ、解るんjだよどんな話だか。
 こちとら、無駄にマンガ読みのキャリアだけはある方なんだ。
 ナルトと幼馴染みのサスケが対決する。
 なんでかっつーと、サスケの兄の謀略で、さらに強い力を手に入れたければ、親友を殺せ!っつーことなんだね。
 どういう理屈か、サッパリ意味はわからんが(笑)。
 で、このふたりの対決は、鳥山明『ドラゴンボール』が描いた放物線の軌跡の中にある。
 すなわち、天地を揺るがす、派手な殴り合いだね。
 その過程でお互い、なにか憑依しているらしき描写が出てくる。」

 「実はアニメ版を先に見て、そこに興味を惹かれたんだよ、私は。
 アニメじゃ、ニセナルトみたいな奴と戦ってて、追い詰められたナルトが『もののけ姫』のタタリ神みたいになるんだ。」

 「あぁ。あれ、マンマですよね、いいのか(笑)?」

 「モサモサ、モサーッって変形してね。高速で不定形の奴が襲ってくる。で、その過程の台詞で判明するんだが、ナルトには九尾の狐が取り憑いているらしい。」

 「史上初、狐憑きのヒーロー(笑)」

 「自力で敵を倒す訳じゃないのが、新しい。アニメではそのブニョブニョの溶けた人体みたいな姿が、牛骨みたいなのを纏って、あ、このデザイン知ってる!って思った。」

 「ふむ、ふむ。」

 「で、マンガ読んだら、サスケの兄の名前がイタチだろ?
 で、サスケがもう一段階変身して、眼球真っ黒になった姿を見たら、作者は確信犯的にリスペクトを捧げているのが解った。
 こりゃ完全に松本大洋『鉄コン筋クリート』じゃんか!!」

 「ん・・・その通りですね。わかってて、あえて変形させずストレートにオマージュしてますね。」

 「二順目だな。そこで、私の口から出てきたのは以下の言葉だったって訳だ。

 先駆者は常に模倣され、物語は肥大する。」

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2010年7月 6日 (火)

古谷あきら『おやじバンザイ』 ('75、ひばり書房)

 「ん?なんですか、コレは?」

 二十代の好青年スズキくんは、一冊の古本を摘み上げた。
 血走った目でパソコン画面を覗いているおやじは、顔も上げず、「うぅむ、それか・・・。」 と、生返事だ。

 実際、それはあるまじき明るさを持った表紙だった。
 「ひばりのギャグ・コミック」と印字され、赤塚的な手描き文字で『おやじバンザイ』とタイトルが入っている。
 描かれているのは、赤鼻・無数の鼻毛に丸メガネで、すだれ頭に毛の一本生えたおやじのジャンプする姿だった。
 舞台は晴れた日の、家庭の縁側。
 空はもう全開に日本晴れで、庭の木々は鮮やかな緑に染まっている。
 スーツにかばんの通勤スタイルで、華麗に空中に舞い上がったおやじの股下を、大福盗んだ小僧が、はたきを持った姉に追われて全速力で駆け抜ける。

 王道の家族ギャグ。
 ・・・だが、この妙な違和感はなに?


 『サザエさん』の波平に、あるいはドリフのコントでの加藤茶に酷似した、トラディショナルな日本のおやじ。
 これはもう、記号的な表現といっていい、間違いなく足の臭そうなおやじだが・・・・・・。
 
 「あぁ・・・わかった!
 このおやじ、なんか妙にスタイル良すぎなんだ!
 でかいギャグ顔のくせに手足がへんに長いし、よく見りゃ顔にシワないし!」


 古本屋のおやじが口を挟む。

 「あぁ、その本ね。あまり、たいした内容じゃないが、まぁ、いいや。
 たまには、傾向の違うマンガの話もしないとバランス悪いだろう。

 ・・・ときにスズキくん、きみ、上田としこ、知っとるかネ?」

 「どっかの党の議員さんですかァー?」

 ポケーッと、アホづらで抜かすスズキくんの頬を、おやじは連続パンチを決めるポパイのように、ビンビン殴りつけた。
 スズキくんの顔がコントラバスの弦のように揺れ、ぶるぶる震え、ふいにもとに戻った。
 
 「おー、痛てぇ・・・!!
 見た目はマンガでも、痛みは本物とは、これ、いかに?!

 ・・・いきなり、ひどいじゃないですか。そんなに重要な人物なんですか?」

 「ウィ!シル・ヴ・プレ!」
 おやじは、胸に手を当て見得を切る。
 「上田先生は1917年生まれのハルピン育ち、惜しくも2008年お亡くなりになられたが、
 日本が生んだ女流マンガ家で、トップクラスに絵がうまいお方であーーーる。」

 「へぇ。それは、また。
 ちっとも知りませんでした。」

 「あれは90年代、アース出版局が旧いマンガの復刻をやってた頃だな。一峰大二『ナショナルキッド』なんかをゲラゲラ笑いながら読んでた私は、このとき上田先生の代表作『フイチンさん』に触れて、もう、驚愕しましたよ。
 パッと見て、書き込みの多い(=情報量の多い)絵ではないんだが、尋常でなく洗練されていて、ペンの流れが美しいんだ。
 コマの構成力も凄い。

 あきらかに凡百と一線を劃す、レベルの高さだった。」
 
 「そういや、虫プロコミックスからも何冊か出てましたね。」

 「特に60年代は多作で、いっぱい描いてるみたいだからね。ま、それは別の機会に取りあげることにして、今回は古谷あきら先生だ。
 つまり、この絵は、上田としこのエピゴーネンっぽいんだよ。」

 ちょっと読んで、スズキくんが顔を上げる。

 「うーーーん・・・こりゃ、また、微妙な出来だ。
 正直、ぬるいですね。」
 

 おやじ、うんうんと頷く。

 「田舎から、親戚の青年が上京してきます。お土産に、実家の農家で飼育しているにわとりの産みたてタマゴを持ってきた。
 こりゃいい、ってんでおやじ以下家族一同は、うでたまごにして、かぶりつきます。」

 「茹でる、と書いて“うでる”と読ませる。絶滅した日本語だね。」

 「ところが、ガキィン!!そいつは固い瀬戸物の抱かせタマゴだったんで、おやじ以下家族一同、歯を痛める、という顛末。
 あの、これ、どこが面白いんですか?」

 「養鶏場の出身以外の人には、抱かせたまごの存在自体が珍しいだろう。こいつは卵を産ませて取りあげたあと、メンドリにあてがうフェイクエッグでしょ。」

 「あの、これ、うんちくマンガじゃなくて、ギャグマンガなんですが・・・・・・。」

 「そ、そうだったのかッ!!ガビィィーーーン!!」

 
「わざとらしいですよ。
 この頃の読者って、本当にこれで大爆笑していたんですか?」
 
 「その答えは、たぶん付きで、Noだろ。
 ギャグマンガの技術革新は、もうこの時代、本格化している筈だ。例えば、山上たつひこ『がきデカ』の連載開始は'74年だな。」
 
 「大笑いしたい子は、そっちを読んでますね。」

 「だから、これはアレだよ。植田まさしとかさ、長谷川町子とか、そういうファミリー系の路線に連なる一作なんだよ。
 発表された当時から、既に古めかしいマンガだったんじゃないか。」

 「お笑いマンガの暗黒潮流ですね。」

 「なんか、マンガの歴史っていうと、流行もんばかりがクローズアップされる傾向があるけど、こういう地味でご家庭に密着したマンガは、なんか、戦争前から実はズーッと存在し続けてるんだよ。
 誰も大きく取りあげたりしないけどね。
 デフォルメも独特だし、笑いの質も特殊だし、こりゃ相当歪んだ世界じゃないかね?」
 
 「・・・もう少し、掘り下げてみます?」

 「うん、そういや、ひばりコミックスでは同傾向で、巨匠滝田ゆうの『カックン親父』というのが出ているんだよ。
   
 どう、カックンしてみる・・・?」

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2010年6月21日 (月)

古賀新一『殺し屋カプセル』 ('79、秋田サンデーコミックス)

 夏至。
 

 赤塚不二夫のキャラ。
 それは、べし。

 ・・・という書き出しが閃いて、なんとなく始まってしまった今回の文章、私の熱意はさしたる理由もなく夏枯れ気味である。
 あぁ、だるい。
 こんなときには、マンガでも読んで寝ちまうのが一番だ。
 『とどろけ!一番』。
 いや、そういう暑苦しいのではなくて。
 テーマとか、内容とかなくて、奇妙で、怪奇なのがいい。
 バトルも、うんちくも願い下げだ。
 
 という訳で、古賀新一先生の『殺し屋カプセル』。
 
 これは、へんなマンガという以外に形容が見つからない、立派なへんなマンガである。
 ちなみに、掲載誌は『少年キング』だよ、スズキくん。
 あったよね、『キング』。
 わりと昔に、なくなっちゃいましたけどね。

 で、これが、どういうマンガかといいますとね、映画『ミクロの決死圏』を観た若き古賀先生がうっかり思いついちゃった、バカげたアイディア。
 「ミクロ化した殺し屋が入ったカプセルがある。」
 これだけ。
 本物のワンアイディア。
 コイツを飲み下すと、中で殺し屋が暴れ出し、飲んだ人間をあの世に送ってくれるというね。
 どんだけ、手が掛かってるんだ。
 そんな面倒な手間ひま掛けるより、別のもっと妥当な手段は幾らでもありそうじゃないか。
 この無駄な発想が素晴らしいよね。
 まさに、マンガだ。


 先生、この強引な設定をなんとか膨らませたくて、2話、3話で「風邪薬に化けた殺し屋カプセルを世界にばら撒き、陰謀を進める旧日本軍に酷似した秘密結社」まで作り出してるけど、やはり第一話『殺し屋カプセル 1号』のバカバカしさには敵わない。

 自殺願望の、貧乏な青年が主人公ですよ。
 もう、本当にうだつがあがらなくて、喰うに困って、夜道をたらたら歩いていると、チンピラの車にガキーーーンって、当てられちゃうんですよ。
 意外に親切なチンピラは、「おいよー、にーちゃん、病院行くか?」とか気遣ってくれるんですが、助手席の女が最低の人格の持ち主で、
 「あたしはお腹が空いてるのよ、早くレストラン連れてってよ。」チュッ、とかやるワケですよ。もう、最低ですよ。
 仕方ないので、チンピラも諦めて、
 「にーちゃん、これでもつけときな。」って、軟膏をくれるんですよ。あとは、“バハハーーーイ”って。
 いいでしょ、この展開?
 最高の出来だと思いますよ。

 で、青年はそのまま、軟膏塗りながらだらだら歩いて、自殺願望のある人に「殺し屋カプセル」を飲ませるレストランに辿り着く、ということで。
 
 あとの展開は、本当に大バカ。
 殺し屋が皮膚のしたを泳いでる(黒いウェットスーツ着用、ライフル型光線銃を装備)のを見つけて驚愕したりとか、
 途中で死ぬのが怖くなり、怪しいレストランのおやじにすがると、
 「これをお譲りしてもいいですが、高いですよー。」
 と、正義の殺し屋(白いウェットスーツ着用)の錠剤を勧められたりとか。

 最終的に、青年は内部で神経系統を破壊されて顔面崩壊に到り、自暴自棄になって、全身の開口部という開口部に泥を詰めまくって窒息死してしまうんですが、
 お陰で殺し屋も体内に取り残され、あえない最後を遂げるラストもナイス。
 まったく、無意味なセンスが光る。
  
 画調はアバウトになった楳図先生調で、展開はちょっと「ミステリーゾーン」っぽい感じでね。
 あながち恐怖マンガとも言い切れない、この微妙な狙い目は、諸星先生や藤子A先生なんかもやってる路線ですけど、いいですよね。
 ブラック、かつ奇妙な味。

 こういう、うだるような暑さで寝苦しい夜には、最適だと思うんだ
 ニャロメ。

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