かたよった本棚

2023年6月17日 (土)

『Yの悲劇』(1932、エラリイ・クイーン/砧 一郎訳1957、ハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブックス302)

 有名な作品というのは、みんな寄ってたかって勝手に色んなことを言っているものだ。

 有名税というやつで、マイナーで誰も知らない本よりも、不当で侮蔑的な扱いを受ける確率は高い。
 常連ばかりで構成される秘密のバーより、カス客クズ客が多く集まる繁華街のチェーン店。世にいう名作にはどれもそういう不憫なイメージがある。本当かわいそう。

 だが些末な細部、ゴミクズのような意見にこそこの世の真実はある。
 読んだ人間の数が多ければ多いほど、世評はグッと定まるに違いない。だれも読まない本などクソくらえ。多くに読まれなければ意味がない。暴言暴論の荒波を乗り越え、ロード・オブ・メジャーを目指すのだ。
 そうして、億千万のあまた煌めくカスども、虫けらレベル以下の読者連中の、まったくもってどうでもいい毀誉褒貶と斟酌を無限大に吸い込んだ真にタフな作品のみが、時の重みに耐えて次世代へ真の名作として語り継がれていくのだろう。

 とはいえ、そもそも誰が読んでも傑作というのは実に難しい。

 だってそうだろ、ダメすぎる意見も、意見は意見。民主主義では清き一票だ。
ギリシアの都市国家はかつて成人資格を厳格に定義した。弱き者、愚者には市民権が与えられなかった。そういう成人定義が厳格な時代もあった。
※註1.例えば紀元前451年ペリクレスの市民権法によれば、アテネ市民は、両親ともアテネ人である嫡出の男子(嫡子)のみに限定する。嫡出とは正妻の子であり、内妻の子(庶子)は除外。母親が外国人である場合も除外。
あるいは、スパルタでは参政権を持つ完全な市民は全人口の6.7%で、男子は7歳から集団訓練をおこなって戦闘能力と耐久性を養い、市民は常に共同食事をとって(!)連帯感を醸成。贅沢や娯楽は禁じられ、貧富の差を生じさせないために、国内での貴金属貨幣の使用も禁じられていた。

 現代日本は堕落したクソガキどもが支配する。意見はすべて、どこかのサイトのパクリ。引用人生。つまりはオレやキミのような普通にダメな人たちだ。

 しかし。
 優れた識者の意見だけですべてが語られるのでは片手落ちというものではあるまいか。
 どんな賢者でも将来書かれるすべての本を読み通すことなどできない。新しい本には新しい読者がいる。古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう。
 マニアの見解なんてクソだ。国名シリーズを全部読む奴はバカだ。そんなオタクは死んでしまえ。われわれはもっといい加減で適当であるべきなのだ。

 最初に、まずは本編の引用から始める。
(いまさら『Yの悲劇』あらすじ解説もないだろう。どうだ。オチは知ってるよな???全部バラすからそう思え。私の文章でこの作品に初めて触れる者=中学生は自らの不明を恥じてエデンの門から去るがよい。)
 この本には当然色んな翻訳があって、『ダ・ヴィンチ・コード』の越前敏弥から『ドラキュラ』平井呈一先生なんてのもある。
 しかし私は熱意を持って伝えたい。ここはポケミス版がベストだ。古くさい?あぁそうとも、グッドオールドデイズ。余計な配慮や表現に対する制約が無かった自由な時代の産物だ。
 格調高い砧一郎の名調子が冴え渡る。

P.81
「こんどの事件は、わしにはなにがなんだかさっぱりわからん。つんぼ啞に毒を盛って殺そうとするやつがいるかと思えば、こんどは、老いぼれババアをなぐり殺すやつがいる」

 ここで、私は膝を打った。
 本当『Yの悲劇』って、マジこういう事件なんだよね!!!実に的確な表現だと思う。
 私はこのフレーズが登場したとき、グリグリ赤線を引いた。全然期待してなかったけど、この版の翻訳を読んで本当良かったと思った。ワクワクするようなくだらない殺人。クイーンの本質はこれだと思った。
 そういうことなんだよね〰。
 今さらなんで『Y』の古い版なんか読む?そういう曖昧な疑問に捉われながら、ブックオフで100円投入して良かった。私は意外と古書勘はいい方なのである。そうでも思わなきゃこんなに長くやっとられんよ。
 ご存じあかね書房の児童向けも含め、この本には無数の翻訳が存在すると思われるが、しかし砧訳はWikiのリストに載っていないのが残念だ。黒い力で抹殺されたようだ。

日本語訳書
1937年 春秋社、井上良夫訳
1950年 ぶらっく選書 (10)、新樹社、井上良夫訳
1958年 新潮文庫、大久保康雄訳
1959年 創元推理文庫、鮎川信夫訳
1961年 角川文庫、田村隆一訳(2015年現在、グーテンベルク21より復刊)
1974年 講談社文庫、平井呈一訳
1988年 ハヤカワ・ミステリ文庫、宇野利泰訳
1998年 乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10 (4)、集英社文庫、鎌田三平訳
2010年 角川文庫、越前敏弥訳
2022年 創元推理文庫、中村有希訳
https://ja.wikipedia.org/wiki/Y%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87#%E6%98%A0%E5%83%8F%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88

↓以下Wiki引用し放題で情報を補完する。
■砧一郎先生備忘、
砧 一郎(きぬた いちろう、1912年4月30日 - 没年不明)
1936年北海道帝国大学理学部卒業。三菱化成工業勤務の傍ら、推理小説やノンフィクションを数多く翻訳した。
1970年代以降翻訳作品は確認されておらず、すでに故人と推定されるが、没年・死因は明らかではない。
『星団の侵入者』(W・P・マッギヴァン、アメージング・ストーリーズ 第7、誠文堂新光社) 1950
『暁の死線』(ウィリアム・アイリッシュ、早川書房、ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 1954
『斧でもくらえ』(A・A・フェア、早川書房、世界ミステリシリーズ) 1961
『影なき男』(ダシール・ハメット、雄鶏社、おんどりみすてり) 1950
『赤い収穫』(ダシール・ハメット、早川書房、ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 1953
『マルタの鷹』(ダシール・ハメット 早川書房、ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 1954
『ガラスの鍵』(ダシェル・ハメット 早川書房、世界探偵小説全集) 1954
『審判の日』(ポール・アンダースン、早川書房、ハヤカワ・SF・シリーズ) 1964
『地球人よ、故郷に還れ〈宇宙都市シリーズ〉』(ジェイムズ・ブリッシュ、早川書房、ハヤカワ・SF・シリーズ) 1965
『ユダの窓』改訂版(カーター・ディクスン、早川書房) 1975
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%A7%E4%B8%80%E9%83%8E

 まさに職人!肩書名刺代わりになりそうな立派な本がまったくないではないか。天才!
 実にかっこよすぎるキャリアで、ミステリ、SF、どうでもいいやつ、不屈の娯楽魂を感じるエンタメ翻訳者のまさに鏡か。砧先生についてもっと知りたいと思う。情報あんまりないけど。

■その他の翻訳者備忘、
井上良夫は1908年(明治41年)生まれ。戦前における最もすぐれた探偵小説評論家といわれる。『赤毛のレドメイン一家』『ポンスン事件』『完全殺人事件』とか、例のノックスの十戒で有名な『陸橋殺人事件』(ロナルド・ノックス、柳香書院、1936年)なんかやってる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E8%89%AF%E5%A4%AB
鮎川哲也と混同してはいけない鮎川信夫は、1920年生まれの詩人。早稲田大学中退。ホームズやクイーン有名どころの他に、アップダイク、『裸のランチ』(ウィリアム・バロウズ、河出書房新社、1965)なんかも訳してる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AE%8E%E5%B7%9D%E4%BF%A1%E5%A4%AB
私の中では早川文庫版ホームズ『ボヘミアの醜聞』の誤訳で有名な大久保康雄は、1905年茨城県が生んだ翻訳界のドン。無数の下訳者たちをこき使い約55年にわたり膨大な「大久保訳」を生み出す。「大久保工房」と呼ばれた下訳者の中には、戦前からの付き合いの中村能三、田中西二郎の他、白木茂、高橋豊、加島祥造など、後に独立し名を成した翻訳家たちが多くいる。 永井淳も大久保から翻訳を学んだ。清水俊二、双葉十三郎など洋画関係者とも深い交流がある。こいつはチェックだな。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E5%BA%B7%E9%9B%84
田村 隆一は、1923年(大正12年)東京府北豊島郡巣鴨村(現在の東京都豊島区南大塚)に生まれる。1950年より翻訳を開始する。処女訳書はアガサ・クリスティ『三幕の殺人』。その版元であった早川書房に1953年より1957年まで勤務、編集と翻訳にあたる。当時の部下だった福島正実、都筑道夫らの回顧文では「有能だが、あまり仕事をしない、風流人」として描かれている。『スタイルズ荘の怪事件』(アガサ・クリスティー、早川書房) 1957、『我が秘密の生涯』(1975、学芸書林)、『あなたに似た人』(ロアルド・ダール、1957、早川書房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E6%9D%91%E9%9A%86%E4%B8%80
宇野 利泰(1909年4月21日 - 1997年1月6日)は東京市神田区生まれ[2]。実家は太田鉄工所を経営し、裕福な一家に生まれ育つも、宇野の代で工場は人手に渡っている。旧制武蔵高等学校を経て、1932年東京帝国大学独文科卒。田園調布(4の70)の自宅の隣人は石坂洋次郎[5]であり、海外推理小説に詳しかったことから江戸川乱歩の知遇を得、雑誌『宝石』(岩谷書店)の創刊に貢献。大久保康雄などと同様、下訳者を使って次々に翻訳を発表、下訳者たちの育成にも秀でており、深町眞理子、稲葉明雄など数々の著名な翻訳者が出た。『帽子蒐集狂事件』(ディクスン・カー、東京創元社) 1956『はなれわざ』クリスチアナ・ブランド、『ドラゴン殺人事件』ヴァン・ダイン、『宇宙戦争』(H・G・ウエルズ、早川書房、ハヤカワ・SF・シリーズ) 1963年、『明日を越える旅』(Journey Beyond Tomorrow、ロバート・シェクリイ、早川書房) 1965年、『狂風世界』(The Wind From Nowhere、J・G・バラード、創元推理文庫) 1970年、創元推理庫版コナンも訳すが、多田雄二名義でリン・カーターのゾンガーまで。気になる男だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%87%8E%E5%88%A9%E6%B3%B0

さ・て・と。
 ではレビュー総まくり。まず潔癖症が登場する。彼は気が狂っていた。
(以下引用元下記)
https://www.amazon.co.jp/%EF%BC%B9%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%AF-19-2-%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3/dp/4042507166

本田直樹
1ページだけだが、乱雑に折れているページがあった。
もちろん読むのに支障はないが、かりにこの商品が書店に並んでいて、店員がこの事実を発見したら、間違いなく「不良品」として扱うだろう。
検品、梱包の際、ちょっと見てくれれば、この折り目は発見できたものと思われる。気を付けてほしい。

 む。む。なにこれ。
 大手Amazonさん、おたくで目にした一発目の商品レビューがいきなり、これ。ガッカリしちゃうね。そこかよ。
 ま、いいじゃないですか。実際ありますよ、そういうことって。
 交換行っても、俺が店員なら丁寧にお詫びして速攻追い返しにかかるレベルの瑕疵。社会に何を期待しているんだ新成人。バスは定刻通り来ないに決まってるだろ。中央線は遅れがち。そりゃ当り前の話じゃないか。
 電子版じゃないんだよ。そういう態度がアナログ文化を追い詰めるんだ。PDFに折り目が付くかよ。いやスキャンすりゃつくか。ともかくこれは味気ない時代に貴重な経験をしたと思え。
 なんならお前が実際自分で検品してみろよ本田。生ける昭和の残骸、印刷工場なんてのは本物の地獄なんだよ。紙束すごい重いし手を切るし、職場には人生終わってる奴しかいない。24時間稼働で交代制、深夜バイトは朝帰り。一発で生まれてきたことを後悔させてやるよカスが。

 さて、被せて個人的な恨みつらみをぶちまけたところで、次は読解力ありそうでまったくない例です。真面目ならいいってもんじゃない。

アウトサイダー
大きな失望は、意外性を狙って少年を犯人とした点である。
ハッター家は狂人の家系で、残虐な少年を生みだしたという設定は分からないまでもない。
このような快楽殺人者の少年は、人を殺すことに快楽を見出すのであり、自殺をする選択はしない。
ヨークハッターの小説の筋書きを、最後になって変更し、しかもレーンによってそれを阻まれてしまう。
少年が敗北感を味わったのか、あるいは逮捕される恐怖感から自殺を考えたのかは、筆者はまったく描写していない。
少年が自殺するよりも、少年院で更生させる方が、まだ少年の将来性があったはずだ。
これほど狡猾で残虐な少年に対して、野放しにするレーンの独善的な姿勢が評価できない。

 ・・・え、この人、ラストのオチの意味をまったく理解していない???そんなバカな。本当そんなことってあるの。小学校の図書室レベルですけど。
 これじゃ、まるでマイクル・コニイ『ハローサマー、グッドバイ』の最後で主人公の生命が救われてることに気づかない愚かなダイナマイトくんみたいじゃないか。
 「7人のお客様がこれが役に立ったと考えています」
 えーーーマジかー。その7人、なにを考えてるんだ。
 しかしさすがアウトサイダー。一匹狼。全レビュー必読だ。(『二都物語』とかやってます)

ここまで概ねアホの意見であるが、かしこい人たちは、この本をひとしなみバカにする傾向にある。
https://www.amazon.co.jp/Y%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A4-%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3/dp/4150701423

Satoshi Tanaka
推理小説って、だいたいがこの程度
ハッター家の「悪」って言ったって、ちょっとばかり異性関係に積極的であるとか、少々お酒が好きすぎるとか、その程度なのに、おどろおどろしくかき立てるのはバカみたいですね。
横溝正史が少々家族内の性関係が濃厚すぎるのを悪魔の所業みたいに大げさに騒ぎたてるのと同様。
こんなのを分野の最高傑作みたいに担ぎ上げて何の疑問も持たない人達ってなんなのでしょうね。

 タナカァ~!!!サ~トシ~~~、くくく。お前の意見は完全に正しい。
 まったくその通りだよ。かしこいよお前。『悪魔のいけにえ』の悪魔ってのは、ちょっと一般より知能の劣る人のことだ。『悪魔の赤ちゃん』はキバとか生えてる奇形児童です。いや差別はあかん。
だ・が・な!!!
 完璧でかしこいお前が、正常なバランス感覚を持ち合わせた優秀で立派な社会人のお前が、ウクライナ難民に義援金を贈る意識高い系のお前が、しかし、エンタメ精神を1ミリも理解しない完膚なきクソ野郎であることをいま爽やかな笑顔で断言する。
 つまらん戯言を偉そうにほざくな。正解はマウントやめろ。過大広告、過剰表現すべて分かった上で、異常な戦慄に恐怖するのだ。正気と狂気の境目は僅か数センチ間隔であることを知れ。悪魔はお前の隣にいる。

 んでもって、この人もあかん。

カエルマメ
ルイザの証言時に「それって子どもでは?」と閃いてしまったので、最後の謎解きのカタルシスが激減してしまった。

https://www.amazon.co.jp/Y%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A4-%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3/product-reviews/4150701423/ref=cm_cr_arp_d_paging_btm_next_2?ie=UTF8&reviewerType=all_reviews&pageNumber=2

結膜炎
暗闇で犯人を触ったら、肌がスベスベしていた。犯人が女性でなかったら、その属性から三段論法的に真犯人が判ってしまう。 推理ポケット読み物というか、児童雑誌のふろくレベルの「謎」に失笑してしまうだろうこと請け合いの作品。 中学生の時は推理小説が好きだったが、こいつは読むなり「くっだらねぇ」と壁に叩きつけてやったもんだ。
中身の無いこけ脅しの文章を持ち上げるのもどうかと思う。やっとベスト1位から陥落したようだが、過去の誤った読後感に捕われた年寄り達が死んだら、誰も評価しなくなるだろう。

 ううっ。かしこい。
 普通に俊敏。
 子供だましをわかってはる。テンカハル。来ない。
 そう、これが実は『Y』最大の弱点箇所で、ここが一番のネタバレする最重要ポイント。この辺の余分な一行で気づいてしまった人は実は結構多い。橋本治もここで見限ってたよな確か。
 こういう一部の者たちにとって推理小説というのは最後のオチまで軽快に突っ走るモンスターライドのようなものなのかもしれない。論理のジェットコースター。小説の出来とはアトラクションの性能うんぬんであって、つまらんものは断固つまらない。正解だ。
まったく見事な割り切り方で、ぜんぜん間違ってはいない。
 しかし、そんな不遜な態度が果たして楽しいのか謎だ。そういう人はそもそもエンタメを読むのに向いていないのでは。としまえん行け。小説読むな。

 あと、『読むなり「くっだらねぇ」と壁に叩きつけてやった』結膜炎。おまえ。おまえはまったく良い態度である。中二病というのはこういうのを言うんだろう。なんか知らんが、かっこよすぎ。泣けてくるぜ。
 だがな、愛すべきクズ野郎、結膜炎よ。小学校の校長がT字路で首切り死体でT字型に磔になって見つかる『エジプト十字架の秘密』だとか、棺掘り起こして開けたら本人以外の死体が入っててビックリの『ギリシャ棺の謎』とか、クイーンってのは徹頭徹尾そんなんばっかり。要はくだらないんだよ。そんな面倒な殺し方考える犯人もどうかしてるし、それをアレコレ真剣に推理する読者もまったくどうかしている。だいたい読者に挑戦状を叩きつける作者ってのはどうなんだ。立派な大人といえるのか。
 そりゃバカでしょ!!!
バカに決まってるじゃないか!当たり前だ。
 でも、そこがいいんじゃない、とみうらじゅんなら言うだろう。みうらが言うなら、ボブ・ディランが言ってるも同じなんだよ。あっちはノーベル文学賞だぜ。
 バカバカしいことを大真面目にたくらむ悪鬼の如き奸智に長けた犯人がいて、探偵はちょっと脳が足りないが、それでも一生懸命真面目に事件を真剣に推理して、およそあり得ない真相を暴き出す。どうでもいい過去の陰惨な因果を引き合いに出したりして。で、挙句に犯人死亡。
 そういう、バカげたくだらないことに大の大人が真剣に血まなこになってた、ふざけた時代があったんだよ!かつて。
 実に、いいじゃないか。
 泣けるじゃねぇか。
 そこに共感できる奴だけついて来い。論理が破綻とか、もうどうでもいいんだよ!理屈じゃねぇよ。インパクトで勝負だ!
 私は品性下劣なる聖エンタメ精神に忠実なこの本を断固支持するし、その理由は世間に誇れるような立派なことが見事に一行も書いてないからだ!
 薄気味悪さと後味悪さ。読んで後悔するような陰鬱さ。その本質は大バカ者の粗忽さ。うん、まったくいい本だと真剣に思うよ。
 見解は以上だ。
 さんざん偉そうに人の意見を取り上げて、勝手な引用繰り返してダラダラ書き連ねてはきたが、もちろん私の意見は最初から決まっていたのだ。

 ところで、今回の記事を編集していてあらためて気づいたのだが、事件の根本に潜む動機に関して以下の記述があることに着目したい。

https://bookmeter.com/books/2114

ymeshelf
ハッター家を気狂い一家という表現が何度もしつこく出てくる割に原因はサラッとエミリーの梅毒が原因とだけ。
梅毒が精神疾患を及ぼすイメージが無さ過ぎて、プラモ壊した弟を殺したお兄ちゃんの方が狂気を感じる。

 ・・・ん?本当か、ymeshelf?
 むかしは普通に言ってたなよ脳梅。低知能を表す悪口表現。脳に梅毒まわって頭悪くなる説。
 例えばさ、例えが古いが、梅毒をテーマにした放送禁止曲として有名な、泉谷しげるの『おー脳!!!』って知ってる?

アメリカじゃ梅毒になった人を
何年もあるところに閉じ込めて 薬も与えず
注射もせず ほったらかして
そうなればどうなるかという実験をした
結果はきみにも察しがつくだろう

(1973年11月10日 シングル『春のからっ風/おー脳!!』)

 うん、そうそう。こういう感じ。こういう感じでみんな気軽にネタにしてたんですよ、梅毒。パッと咲きます梅の花。
 要は、家長のエミリー・ハッター老夫人はかつて超ヤリマンだったってことが発端らしいんだ。
結婚前からニューヨーク社交界を喰いまくり、旦那のヨークが粗チンの激烈陰キャだったことから、その後もお盛んかつ奔放な性生活を営んでいたものと思われる。
 その乱れた性生活の過程で梅毒に感染し家庭内感染を引き起こし、呪われた一家が出来上がったということのようだ。

 さて、梅毒が子に遺伝することは研究成果から明らかである。

先天梅毒:梅毒に罹患した母体から胎盤を介して胎児に梅毒トレポネーマが感染することにより、母体のいずれの病期でも起こりうる。出生時は無症状のことが多いが、早期先天梅毒では、生後数ヶ月以内に水疱性発疹、斑状発疹、丘疹状の皮膚症状に加え、全身性リンパ節腫脹、肝脾腫、骨軟骨炎、鼻閉などを呈する。晩期先天梅毒では、生後約2年以降にHutchinson3徴候(実質性角膜炎、内耳性難聴、Hutchinson歯)などを呈する。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/syphilis/392-encyclopedia/465-syphilis-info.html

 で、その具体的な症状なんであるが。。。

■梅毒の末期症状
梅毒は第1期から第4期までステージがあり、第1期は感染後から概ね3週間後から3ヶ月の間に症状が現れる時期、第2期は感染後から概ね3ヶ月以上経過した時期、第3期は概ね3年〜10年以上経過している状態で、第4期は概ね10年以上経過している状態です。
第4期梅毒には、梅毒に感染してから10〜30年後に進行すると言われています。 第4期まで進行した場合、多くの器官系に影響を与えます。 心臓や脳、血管や神経に至るまでです。 心血管系梅毒、神経梅毒といった重篤な症状に進行します。
心血管梅毒
心血管梅毒とは、梅毒細菌による心臓及び関連血管の感染症を指します。
神経梅毒
神経梅毒は第2期梅毒でも引き起こされることがあり、髄膜炎や眼症状などの脳神経症状は早期神経梅毒とされ、第4期で引き起こす可能性のある神経梅毒とは区別されます。 第4期での神経梅毒は、主に脳実質(大脳、小脳、脳幹、脊髄)に病変をきたし、進行麻痺、脊髄癆(せきずいろう)といった症状を引き起こす原因となります。
進行麻痺
梅毒による精神神経障害です。 脳実質が広く冒され、頭痛や発音の不明瞭、痴呆を主症状とします。また、記憶障害や思考力の低下、妄想などの症状も進み、末期になると全身麻痺にまで至るとも言われています。
脊髄癆(せきずいろう)
梅毒に起因する中枢神経系統の慢性疾患です。 脊髄の病変が徐々に進行し、体の痛み、瞳孔異常、歩行障害や感覚障害、排尿障害をきたします。
https://www.aozoracl.com/syphilis_makki

 梅毒は全数報告対象(5類感染症)に分類される。
 いちおう梅毒が精神疾患を及ぼすケースは現実に存在するということでよろしいようだが、それってステージ4、末期症状の段階のようですな。ざっと10年かかる。
 とすれば、真犯人ジャッキーの年齢が13歳だから、ほぼ生まれた時から罹患していたとみるべき。母子感染により梅毒が遺伝していたとみるなら、コンラッド・ハッターの奥さんは割と普通の人だった筈で、ジャッキーに遺伝するにはちと弱い。母親が先に症状出てるべきでしょ。

 そうすると、こりゃあれだ。
 ジャッキーは実はエミリーの子供で、この話は実はそういうことだ。母親殺しだ。ジャッキーの父親が誰かってのが問題になるけど、ここは一番陰惨なコンラッド父親説を支持してみたい・・・。

(と、ここまでやれば、どうだ。賢明かつ鈍感なSatoshi Tanakaくんも、ハッター家が呪われた家系だと理解してくれたんじゃないかな?)

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2017年10月 1日 (日)

『三惑星の探求 (人類補完機構全短篇3)』(’17、ハヤカワ文庫SF2138)

 やっぱこの表紙でしょ。
 51muiqlixjl

 「なんだコレ?!」と思った方、中一の冬に「SFマガジン」1980年1月号でこの絵を見た私もまったく同じ心境でございましたよ。空気タンクを背負った馬、宝石の崖、ジャンプして飛びかかる虎に扮した谷津嘉章なんか知らんがこの本凄いんじゃないのか。内容がまったく想像できない。得体の知れない期待にワクワク。
 そして、あれから37年後(長い)、日本語で現物を読んだ正直な感想は、「この話、あの絵まんまだったんだ!」という、半ば呆れて途方に暮れる不可解な感覚でございました。

 コードウェイナー・スミス!博士号を持つCIAの手先!
 
米SF業界最強の隠れレジェンドにして、病弱なる男。人生の半分以上は病院送り。存在自体が徹底してカルトであり、書いた作品は全部残らずオタ妄想の先駆け。
 だって、実際スミスを読んでみますとね、「世界観」だの「架空未来史」だの「(動物から創り上げた)妄想美少女」だの、現代日本のアニオタとしか思えない、物凄い要素が満載なのでございます。私はスミスの作品に蔓延する美的センスを、完全にアウトサイダーアートに近いものとして捉えている。絶対ヘンだよ、この人。
 ただ、日本のオタが単純に引きこもりながら妄想紡いでいるのに比べますと、同じ妄想でもやっぱし国際的。得体の知れないスケール感がある。時間の単位だって最低1万年刻みで、これまた無駄に規模がでかい。宇宙も最低3つぐらいありますよ。太っ腹。
 あと作品全体に漂う異様な病院臭さね。
 メジャーデビュー作「スキャナーに生きがいはない」からして、超人体強化手術で改造人間にされた男のマン・プラスな苦闘を描いた衝撃作だったわけですが、ほかにも人体を混ぜてグジャグジャのスープにしてしまう、諸星大二郎チックな流刑惑星シェイヨル。主人公が目覚めると必ず真っ白い病室にいる名作『ノーストリリア』など、枚挙に暇もございません。
 そんな中で、本書「嵐の惑星」における最大のショックシーンは、寝たきりのじいさん(9万歳)を動物美少女が手コキでイカせる場面。じいさんはなにせ9万年も寝てるすごい人ですからして、血行がかなり悪くなる。内分泌系だって衰えてくる。そこで手コキ投入ですよ!発想が現代すぎ。一万年分溜まった精子をあっさりメカで吸い上げたりしないんですよ!そこらへんにスミスの衰えない人気の秘訣をみるね。

【あらすじ】
 人類が宇宙に進出して数万年以上経過した未来。人類補完機構なる胡散臭い巨大組織が無数の世界を統轄しているが、その実体はよくわからない。・・・って、これはもう、スミスの残した全作品読んでみてもわからないのだからして、作者自身もわかっていなかった可能性がある。でも巨大すぎる権力機構ってのは往々にしてそういう性質のもんじゃないのか、まぁいいじゃないか、俺はSFを読みたいんだ、楽しみたいだけだ、という意見もあるだろう。われわれの頭は頑迷に地球的すぎて、無限に広がる大宇宙を前にすると、認識の限界に対してすぐに不可知論者に成り果ててしまう。
 だが、それが別に悪いワケでもなし。
 おそらくスミスも同じ様に思った筈で、つまりは突飛な空想、拡げたままの風呂敷は拡げっぱなしでかまわない。オチなんかなくたっていい。空想のワンダーランドへGO!
 宝石の惑星は宝石だらけ!砂の惑星は砂だらけ!ということは当然、嵐の惑星はガンガン嵐が吹きまくり!
 事象と説明はシンプルな方がいい。しょっちゅう原因不明の猛烈な嵐が吹きまくり、人も車も飛ばされて、犬やらサルやらクジラまでもが宙を舞う(マンガみたいな)素敵な惑星にやって来た主人公キャッシャー・オニール、彼はある種の政治的亡命者。軍事独裁政権に乗っ取られた故郷の惑星を解放するため、宇宙戦艦を数隻借りにやってきました。
 本件、行政を司るエラい人に相談したら、少女をひとり殺してくれたら、お前に全面的に協力しようと言われる。
 「・・・え、マジ?女の子ひとり殺すだけでいいの?」
 色々あって苦労しているキャッシャーくんの倫理観、かなり緩んでいる。
 「そうよ」
 飲んだくれでアル中の司政官(®眉村卓)は手をブルブル震わせながら、目を向ける。
 「ただし、確実に仕留めてくるんだゾ。いままで刺客を百人以上送ったが、だれ一人還って来なんだよ」
 かなりJホラー的な怪奇と謎状況に包まれた少女の棲む屋敷「果無館」に向かうことになったキャッシャーくん、行政庁が出してくれたタクシー運転手は、これまた不気味な、全記憶を完全消去されクルクルパーになった重度犯罪更生者。まったく何した奴なんだコイツ。へこむニャー。
 「あ、気をつけてください。このへん、シャチが空から襲ってきますんで!」
 って感じで、道中明るく楽しく館に辿り着くと、笑顔で出迎えるのが亀を人間にトランスフォームして完成したという動物系美少女。瞬間、車を飛び降り、ナイフを握りしめて飛び出すキャッシャー。仁義なき戦い、抗争の火蓋は切って落とされた!
 と・こ・ろが。
 彼には使命を全うすることはできなかった。
 少女は、“愛”によって武装されていたのである!

 この話は、たぶんグンバツに凄くて、実際面白いので、読者は『三惑星の探求』なんてペリー・ローダン物みたいなタイトルに惑わされることなく、実際手に取ってから呆れてみるといい。このあとも狂ったゴー・キャプテンとの対決だとか、盛り上げる盛り上げる。亀少女なんてのも、なんで美少女をこしらえるのにわざわざ亀なんて動物を選んだか、そりゃ結局、「亀は万年というでしょ?」ってとこに落ち着く箇所なんて、実にエスプリ、とんちが利いてる。
 スミスの良さって、こうした哲学的事象をオブジェの域にまで具現化し昇揚してみせる、強引な力業にあるんだと思う。これっておとぎ話の語り口だよね、既に。すべてが薄っぺらいことに徹する凄み。表面にこだわってますね、相当。
 そうすると、スミス界もう一人の巨匠、E.E.を語ってるみたいにも聞こえちゃいますけど、E.E.にはドロシーちゃんのセクシー水着とボディペインティング、要は着エロはあるけど、手コキ描写がない。縄跳びで股間をこすり上げても、実際液は出してない。その差は極めて大きいって気がします。おしまい。 

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2017年5月25日 (木)

小松左京『果てしなき流れの果に』 (’65、早川書房ハヤカワ文庫JA1)

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『・・・目覚めよ宇宙飛行士D・・・!
 宇宙飛行士D・・・・・・!!』


 
突然スピーカーのボリューム最大値で飛び込んできた緊急通信に、寝棚に転がる男は大義そうに頭をもたげた。
 「んーーーー、なんやねんな、キミ。うるさいなー、たいがいにしなさい」

  空電音。多少の躊躇があって、
 『こちらヒューストン。非番の時に申し訳ないが緊急事態だ、宇宙飛行士D。実はな、太陽系にまた新たな危機が迫っているぞ!』
 「・・・・・・これまで、お前の伝えてきた事態が緊急だったためしなぞ一度もないわ、ドアホが・・・!」
 モゾモゾ寝床に潜り込む音。
 「宇宙も危険も、もう全部卒業。ボクはもう、そんなアホな世界とは金輪際オサラバしたいんや!放っといてちょ!」

 『どうか堪忍してやってつかぁさい!』
 影響を受けやすいヒューストン管制センター、悪乗りしておかしな訛りになり始めた。
 『随分前に始めたこの連載「宇宙飛行士D」シリーズ、ピルクスまでは届かなくともせめてランスロット・ビッグスぐらいは目指そうと、志高く意気軒昂、『2001年』ミーツ・キャプテン・ケネディ、そんな維新の志高い薫風香る名作群をここまで放置し野晒し荒れ放題、苔のむすまで生えるまで、千年紀の長きに渡り留守にしてもうたンは、まったくもって、マルっと、オール・オア・ナッシング、もといオール・スルー・ザ・ナイト、ザッツ・オール、ワテの責任だす。ホンマにすんません。すんません。すんません。関西きっての豪商たるおまはんでありながら、勝手に某ロートル歌手の応援団長買って出て、なにトチを狂ったこの人生。共に歩むと決めたのに、最後まで、終いまで歩み切れなんだのは、ワテが、ワテが、ワテが、全てあけまへんのんやーーーーーーー!!!(号泣)』
 
 「なにを言っているのか、全然わかりません」
 不穏当な発言に敏感な宇宙飛行士Dは、恐ろしい程クールに言い放った。「話が全然、目蒲線・・・・・・!」
 語尾が殺意を孕んでいた。

 鉄道越しにやばい気配を感じ取ったヒューストン、
 『・・・しかし、アレですね、話は飛びますが、最近ツレが電子タバコを購入しましてねー』
 「ふん、ふんふん」
 『アイコスとかじゃなくて、ニコチンレスのリキッドタイプ。あの、簡単に言いますとベープマットみたいな感じのやつですわ』
 「その喩えもどうかと思うが。ま、作動原理はたぶん同じだよね」
 『これがなかなか優れものでしてね。USBで充電しちゃうわ、長押しで爆煙を噴き上げるわ、近所のバァさん平気で犯すわ』
 (非常にウケて)
 「ゲフフ、ババァーは犯さねぇだろーがよ、ババァーは、さ!!!」
 『と思ってすっかり油断してましたら、先日うちのカミさんとベッドに入ってました』
 「ギャッフン。って、今回は落語オマージュか。小朝か」
 『ま、電子は寝タバコ可。とことん便利ってことで。しかし、話がちっとも前に進みませんな。これじゃ真剣に情報を知りたい、真面目な小松左京ファンの殺意をますます買うばかりではないか。Oh、なんたることだ』
 「お前は、そらぞらしいんだよ。小松のこと、嫌いなんだろ?」
 『・・・ええ。『さよならジュピター』以来です』

【あらすじ】
 「昔のことは水に流そうぜ!」が通用しない、極めて不便な世界。
 時間と空間はペラ一枚の平面図のように、アジの開きのように伸ばされ、その構造を理解し利用できる者たちによって勝手に管理されるようになっていた。その具体的方法は40世紀ごろに確立されたらしいのだが、細かい説明は実はない。全然ない。まぁ、ポール。アンダーソンの時の歩廊的なもんだろう、未来の超技術をいちいち説明できるもんか、するもんか、それより思考実験だ、という読者に対する甘えが感じられる。
 (その無駄な説明をあえて蜿蜒とやるのが、SFってもんの本質じゃないのか?)
 ということで、本来なら長大かつ膨大過ぎる内容で、誰も読めない、作者も書けない筈の内容を「ダイジェストでお届けしています!」
 
 「んーーー・・・・・・」
 長い沈黙の後で、Mebius 1mgメンソールの煙を吐き出して宇宙飛行士Dは溜め息をついた。
 「ま、この、別段深い話でもないのよ、って感じだよなー」
 『ストーリー詳細は、よそのブログに細かく記述してる人がいるから参照してください。アタマのつかみで最高潮まで盛り上げて置いて、あとはトントンっていう印象に終始します』
 「超進化を遂げた遠未来の知性による非人間的歴史操作計画ってのがストーリーのバックボーンにある訳でしょ。だったら、もっと人間離れした非情さを見せつけないと。ここで出てくるバイオレンス要素は、21世紀の避難民を原始時代に置き去りにした程度」
 『ともかく、いろんな時間線を追っかけこする必要がまったくないよねー』
 「第二次世界大戦パートいらねー。1963年アメリカとか酷すぎ。特に後半部、どのエピソードも枝葉の膨らませ方が中途半端すぎだろ!」
 『あれは確か堀晃だったかな、角川文庫版「ゴルディアスの結び目」解説で、小松さんはとにかくいっぱい引出しを持ってる。“破滅”って言うと、“あいよー!”っつって投げ返してくる。“セックス”っつっても“あいよー!”って(笑)
 でも、俺の断固たる見解として、引出しの数はともかくとして、恋愛描写、性描写の一本調子さは笑えない。ちょっと真剣に耐えがたいレベルなんですよ。全部、「ジュピター」の無重力セックス場面と同じ(笑)陳腐極まる』
 「浅いね確かに。ここはやっぱシルバーヴァーグで(笑)」
 『ヒューストンよりD。浅すぎだろ!!
    そういや、シルバーヴァーグ「時間線をのぼろう」のSFM版、伊藤典夫訳が出てましたね。「破壊された男」といい、典夫遺産は最近続々と発掘されてますね。
 ・・・ハテ「時間線」って、一体どんな話でしたっけ?』
 「先祖をコマして、おのれの存在を消される話。藤子Fの大人向け短編か、いや『T・Pぼん』だな。『ぼん』の一エピソードです」
 『ヒューストン了解。まとめっぽくなるけど、壮大な時間や空間を廻る話って、規模が大きければ大きいほど具体性が薄れていくんだよ。想像力に乏しい俺なんかは、すぐに付いていけなくなる。バカでもわかる明確な図式の提出と、個々のエピソードにちゃんとしたオチがつかないと。
 そういう意味では、野々村のエピソードの回収のしかたって、かなりFっぽいよ。Fに強力な影響を与えたんだと思うな、きっと』
 「Dよりヒューストン。ヒョンヒョロ~ってか?」
 『それは違うだろーが、それは!!!』
 

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2017年3月18日 (土)

ニーヴン&パーネル『悪魔のハンマー(上)(下)』 ('77、ハヤカワ文庫SF392・393)

 あッ、あッ、あ・く・まのハンマァァァーーーーーー!!!
 世界の終りの物語には、ある種の快楽がある。既成秩序が台無しになるのを横目で眺める面白さ、とにかく人がいっぱい死ぬ爽快感、無駄にスケールでかいスペクタクルと浮き彫りになる人間の矮小さ。
 世にパニック映画ブームが起こり、おもに白人が絶叫を上げながら大量死する映画がスクリーンを席巻していた70年代末、既に生まれついての億万長者(親父は油田王だか何かで、かつ生まれも育ちもビヴァリーヒルズっ子)、別に小説なんか書かなくても生きていかれそうなもんなのにそうもいかない不憫かつひょうきんなヒゲ男ラリー・ニーヴンと、生真面目すぎてまったく面白いことを言えない堅物すぎる、そのマブ友達ジェリー・パーネル氏の二名が寄ってたかって共作をブチかまし世間をブイブイいわして最も脂がのった第三作目。ここに世界でもっとも不謹慎かつ無責任なパニック大作ノベルが登場した!
 文学的な深みなんか、なんだってんだ!小説は面白ければ面白いほどいいんだ!そうに決まってる!
 この低能すぎるマニュフェストに、キングもクーンツもくんずほぐれつ大賛成。これは、だからキング牧師の偉業(奴隷解放)に先立つ無内容な上下巻、超大作ノベルブームの嚆矢となった記念碑的作品なのである。
 そう、無意味で分厚い上下巻ブームはここから始まった。

【あらすじ】
 彗星が地球に激突する!H・G・ウェルズの時代からしつこく警鐘を鳴らされてきた事態が、またも地球に襲い掛かる!ホントもういいよ!カンニンどすぇーーー!
 「発生確率、数億分の一」と巻頭で報道されていたありえない天空よりの危機であったが、たちまち数万分の一、数千分の一と縮んでいき、150ページ越える頃にはもはや既定事実になっていた。話が早くてイイネ!地球滅亡はたちまち大決定。誰もがそこまでされても、まだ科学者の発表をまだ信じて疑わないところがまたイイ。俺なら八つ裂きにしてやりますけどね、そんな無責任な連中。
 で、主人公は、ま、たくさん居すぎて本当どれが主役だかわからないんだが、とりあえず作者の一名をモデルにしたとおぼしき億万長者のアマチュア天文家は、地球滅亡より先に「なんで俺はこんなにモテないんだろう?」と悩んでいた。
 そこへ彗星到来。
 ロサンジェルスは洪水に呑まれて壊滅したが、リムジンで山へ逃げ込んだ先で、秘かに惚れてた向かいの自動車保険代理店の受付の女とカーセックス。
 「たった一晩で数万人が死んだが、やっぱりカーセックスはいいなぁーーー!!!」
 生きてる意味を取り戻した、元億万長者で現在現役の一文無しは、この女と結婚する意志を固め、合衆国上院議員の経営する秘密農場へ。この農場では、タネモミを植えるついでに広く、愚昧な大衆のクズどもに種付けの指導を行ってくださっているのだ。
 上級指導員の議員センセの娘(筋金入りのビッチ)は、近所の農家の長男(鉄壁のホワイトトラッシュ)と初体験後、さまざまな男遍歴(アラブ・ヨーロッパ含む)を重ね、ただいまのところ、やさ男のTVディレクター(妻を惨殺されたバツイチ)と絶賛交際中(交流場所は主に屋外のテント)。しかしそこへ、宇宙から元カレがロシア人連れてカプセルで降りてきて大騒ぎ。
 一方彗星落下による巨大地震、大津波に襲われて死の世界と化した地上では、元軍隊の人喰い集団が徘徊していた。災害後の世界ではとにかく食べるものがないのだ。ツナ缶一個で王様だ!この極悪非道な、親の頭の皮を剥がして乾かし酒のつまみにするような最低すぎる奴らが、ラジオの発狂キリスト教系宣教師と手を組んだ!どうしてそうなるのかサッパリわからないが、これも一種の現代アメリカの病んだ縮図。水野晴郎先生ならキッパリそう断言されるはず。
 そして、このヘンテコ集団同士の全面激突は、地球に最後に残された原子力発電所の再稼働問題をめぐって行われるという・・・・・・。
 このへんに、この本が東日本大震災以降まったく人目に触れなくなった原因があるのだろうと思う。ページは分厚く、中味は薄いが、そこそこ面白いんだけどね・・・・・・。

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2016年8月 3日 (水)

ジャック・ヴァンス『宇宙探偵マグナス・リドルフ』 ('16、国書刊行会)

 「なんで今更ヴァンス?」って疑問に思う方に、どうぞ幸あれ。誰もが七面倒くさい理屈を求められる、心底不快な世の中に対して、この本が提供するのは昔ながらのひとときの娯楽、つかの間の慰みに過ぎない。だが、そこに文句言うのも立派な大人の態度としてどうかと思います。客なら何を言っても許されるのか。そんな訳ねぇだろ。そういうやつは積極的に大嫌いだ。この古典的アナログ感にもっと敬意を払え。具体的にはいくらかの金を、ね。万事本を読むってのはそういうこった。
 宇宙を彷徨う、万能よろずごと解決人マグナス・リドルフは、時折街で飲み屋で見かける、仕事は何やってんだか全然わからないが毎日ブラブラしてる挙動不審な怪しいおやじに酷似。
 時代は適当に未来で、適当に宇宙の片隅で、早い話がこれがアメリカそのものなんですよ。説明飛びすぎて全然意味わかんないと思いますけど。ヴァンスの独特な倫理観、というかアウトロー感覚が結実した、公衆秩序に無関心な大宇宙のお騒がせ男が見事に異常トラブルを解決!あるいは解決しないでそのまま放置!基本姿勢は、だいたいが放置!そして勝手に豪華銀河客船で立ち去るケースが多いという、どれもこれも宇宙冒険活劇に分類するのもどうかと思われるような中途半端な話ばかりで素晴らしい。
 なんかオチでもっと笑わせて欲しい気はしますけど、結末の中途半端さもまたヴァンス。

【あらすじ】
 第一話、ココドの戦士
  宇宙のかなた、巨大アリさんばかりが棲息する謎の惑星では、蟻塚同士を戦わせるボッタクリ極悪ギャンブルが横行。宇宙人権無視の疑いがあると睨んだ汎宇宙人権協会が非合法トラブル解決人マグナス・リドルフに解決を依頼。単身潜入したリドルフが突き止めた影の黒幕、元締2名は、彼自身がかつてなけなしの老後貯金をボッタクられた“おっさん助けて”詐欺の常習犯だった!
 復讐に燃えるおやじの血潮が真っ赤に滾る、そこに機関銃乱射などのセガール的要素を持ち込まない、勝手に設定されたジェントル・ルールがやたら眩しい。パンチラおやじ。
 
 第二話、禁断のマッキンナ
  マッキンナって誰だ?マッキントッシュの男に訊いてもアンガス・マッキーに訊いてもわからない。闇のシンジケートを仕切る正体不明の覆面ボス、「その化けの皮は俺が暴く!」と意気込んで乗り込んでいった諜報部員たちは次々殺された。原因不明の謎の腹イタで。正体不明の病原菌が彼らを死に追いやったのだ。そんな器用なマネができるのって一体誰なの?謎だらけのこの事件、どんだけ正体不明の連続なのか。
 泥の惑星テラコッタ・パンナコッタに降り立ったマグナス・リドルフは単身危険な捜査を始める。って、実態は、昼間っから酒飲みながらあちこちぶらぶらしてるだけですが。容疑者はどうやらこの惑星の有力者たちの中にいるらしい。しかしこの貧乏惑星では、有力者といえるのは、すべて市役所勤務県庁の地方公務員ぐらい。わずかな手掛かりを繋ぎ合わせ、ズバリ犯人を特定。容疑者を全員一室に集めて得意げに推理を披露するマグナスを襲うのは、自暴自棄になった犯人の放つ、世にも危険な毒ゲロの洪水!
 「なにくそ、マッケンローには負っけんろー!」

 全身ゲロまみれになり半死半生のマグナスだったが、しっかり一張羅のクリーニング代だけはせびり取った。
 
 ・・・とこんな、読んでどうするって話が10本も入ってお買い得。ガジェットが古臭い、50年代風味がうんぬん抜かすクソ野郎がいますが、無視して結構。この本の値打ちはそういうとこにはないんだよ。

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2016年1月 3日 (日)

ジェームズ・ブリッシュ『暗黒大陸の怪異』 ('62、創元推理文庫SF)

 ブリッシュ版『失われた世界』?腑抜けた感想を述べる前に、ブリッシュのバイオグラフィとこの小説を突き合わせてみよう。

 ブリッシュは1921年生まれ、コロンビア大学とエドガー・ライス・バローズ大学で生物学を学んだインテリ。18歳からSFやら詩や評論を意欲的に執筆し、製薬会社に就職していた頃には編集まで手掛けた男であるが、軍隊とは当然の如く折り合いが悪かった。徴兵期間に2年ほど陸軍生物学研究所にいたが、上官の便所掃除命令をガン無視したことを問題にされ、ドタバタ騒ぎの挙句晴れて除隊。SF作家として、業界で有名な出版エージェントのヴァージニア・キッドを嫁に迎え手堅くコツコツ頑張って、代表作『宇宙播種計画』、『悪魔の星』、『宇宙都市』シリーズ全四巻などを出すも、ヒューゴー賞貰ってもいまいち売れてる感がなく、やがて生活苦からたばこ会社に勤めだす。妻とは翌1963年離婚。
 本書はこのブリッシュ最大の苦難の時代に執筆されたおっさんによるおっさんの為のファンタジー小説。浅田次郎ですな。「ぼやぼやしてたら、もう40代になっちまったよ~」という中年の切実な嘆きを文章に込め、いまさら感倍増しの時代錯誤な冒険小説。精子の如く噴き出すおやじのリビドーの洪水をどっぷり浴びてみやがれ。

【あらすじ】

 舞台はベルギー領アフリカ、コンゴ。カンザス高校の教師時代に教え子の女子高生を妊娠させて解雇、というこっ恥ずかしい過去を持つアメリカ人キット・ケネディーは、今や60人の現地妻をとっかえひっかえするジャングルの王者として逞しく生きている。詳細は例によっていっさい不明だ。数百人の部族を束ねる大酋長ともマブダチ。あとお供はでかいニシキヘビ。最悪。
 こんな胡散臭い男が密林奥地からある日呼び出され、探検隊のガイドを依頼される。呼び出したのは、某国政府の手先のデブと、胃腸の悪そうな医者。それに謎の美女だった。
 これがどのくらい凄い美女かっていうと・・・・・・

 「(彼女は)話しながら、小形椰子の葉の扇で、肉の締まった剥き出しの足からツェツェ蝿を追い払っている。短く刈り込んだ銅色の髪、ぐっと突き出ているふっくらとした乳房、その乳房がトロピカルシャツの薄い絹地から透けて見えそうだ。キットは立ち止まり、まじまじと見つめた」
 (中村保男訳、以下引用は同)

 顔見てないじゃん(笑)
 おっぱいばっか見てて、主人公いきなり完璧な痴漢目線。こりゃやばい。しかしまじまじと見続けるうちに、彼の思考はますます失礼さの度合いを増していく。

 「キットはもう一度、女を見た。黒人女を十二年間妻に持ってきても、彼の目に狂いは生じていなかった。この女はまったく美しい。もう若い娘とは言えないが、まだ肉がたるんだり、くぼんだりしていない。ただれた年増にはなっていないのである。女をだめにする寸前に完成させるあの欲情の指先に、ふくよかに触れてくるのだ」
 
 確かに妙齢の美女なんだろうが、それにしてもこの訳文、さっぱり意味がわからない。「女をだめにする寸前に完成させるあの欲情の指先」とはいったい何か?
  チンコか?
 
「ふくよかに触れてくる」とは、チンコにビンビンくる、という意味なのか。どうもそれ以外には解せないようなのだが、なんか微妙に違うような気もする。本当のとこ、どうなんだろ?いつもながら直訳過ぎて悩ましい中村先生の翻訳。答え考えてないでしょ先生ってば。
 
 「この太陽のもとで、もしそうなることになることになっているなら、これはすみやかに起こるだろう。女はたちまち一人前の女になるだろう。しかし、キットはそうなるだろうとは思わなかった。この女はとても美しい。だが同時にえらく英国的なのだ。そんな女はここでは長く持ちこたえられない」

 これが身持ちの堅さ、貞操観念に関して記述した文章なのは明らかだ。ちょっと一安心。なんでまたこんな回りくどい書き方をしているのか全然わからないが、主人公の思考内容は、要するにこういうことだろ。
 この女、コマせるか。コマせないのか。
 主人公は登場してくるなり、初対面のヒロインに対し完全にセクハラ視点から欲情しまくっているのである。最初からそればかり考えていると断言してよい。それって何?って、出会って5秒で合体である。即ナメ即ハメである。お下品すぎ。
 しかし、このあからさまな下劣さの正体はなにか?いくらなんでもちょっと酷過ぎやしないか?古典的な冒険小説においては、こういう主人公のやばい系の独白は、まぁ頭の中ではなんぞ考えてるにせよ、あまり表沙汰になってこない。社会モラルによる規制もあろうけど、メリットにせよ、ハガードにせよ、バローズにせよ、本家はもう少しヒロインを大事に、崇高に扱ったものだ。
  (彼女が神秘の泡の中から黄金色に輝く裸体を晒すとき、冒険家の脈拍は必ず早くなり、脳内はぼぉっとした霞に包まれ、訳わからず夢遊病者の如く一歩前に踏み出した・・・。)
 これは、やはり作家としての品格の問題なのだろう。ブリッシュ以上に失礼なお騒がせ男といえばハワードで、これは元々サドだからしょうがない。女と見るや、女王も王女も女盗賊も奴隷女も、必ず裸に剥いて吊るして鞭打っている。が、レイプ描写無し。このへん、いかにも時代である。
 
 私がこの小説を面白いと思うのは、もともと糞真面目でエロ描写とは無縁そうに見えるブリッシュが、この本の中では欲望を素直に開放し、70-80年代のイタリア製のZ級密林アドベンチャー映画のように振る舞っている点にある。『食人族』とかその亜流映画みたい。安くて、おっぱい大きくて、金髪(もしくはそれに類する髪の色)のヒロインはその象徴だ。
 小説後段では、ウラニウム鉱山で素手で働かされてボコボコ死んでいく奴隷一族だとか、巨大太鼓の上で悪い人喰い酋長と一騎打ちとか、生きていた恐竜とか、『アポカリプト』で『マッドマックス3』で『燃える大陸』で、って年代無視のアメリカ映画ばかり羅列しておるが、やたらと派手で間抜けな場面が次々と連続。真面目な読者はいよいよ附いていけなくなるのだが、それらがまた、ことごとく倦んだ中年目線で語られる。爽快さとはおよそ縁遠い。単純明快じゃない、ぐじぐじしたリアリティがあってなんかスッキリしない。「痛快!」の一言が似合わない。なんでこんなの書いたんだ?
 たぶん、これはブリッシュなりにリアルに考えたターザン物語で(だから主人公には現地人のつけた愛称がある)、そのターザンってのはカッコいい青年貴族なんかじゃ全然なくって、生活に疲れたエロい中年アメリカ人、すなわちブリッシュ自身の投影なのであろう。

 だから、その後のヒロインとの恋の行方も、およそロマンティックと程遠い展開となる。闇の中から忍び寄ってきた人影を組み伏せてみると、なんとこれがくだんの美女ポーラ、ってとこから・・・・・・

 「彼は手を放し飛び上がるようにしてポーラの体から離れた。
 「これは失礼」と彼は堅苦しく言った。「すまない。てっきり------」
 ポーラは地面で半回転して半身を起こした。かがり火の燃えかすの光の中で、裂けたシャツから片方の乳房がほのかに現れているのが見える」

 はい、おっぱい見えましたー!
 このシーンが206ページの本編の中で55ページ目。それからエロとは無縁の活劇がいろいろあって、結局ヒロインが主人公を自分のベッドに呼び寄せるのは138ページ目。以降この小説からはエロ目線が消滅し、私の失礼極まる記事も終わる。

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2015年11月24日 (火)

筒井康隆『霊長類 南へ』('69、講談社)、『馬の首風雲録』('67、早川書房)

(軽快な音楽流れる。) 
 ・・・いや、「『探偵ナイトスクープ』秘書が結婚」というニュースタイトルを読みまして、へっ岡部まりが?と咄嗟に連想してしまったくらい、時代から完全に取り残されてちゃってる哀れウンベルですけども。そ、そ、まりは二代目ですね。結婚したのは三代目。って誰だっけそれ。え、本筋以外の無駄口が多い?イェー正解です。ナイトスクープの記事から過去の探偵たちの中に地獄じじいの名前を見つけて思わず検索を試みるくらい、ヒマなんですもの。いいよね、地獄じじい。一家に一匹常備したい。
 ということで、いってみましょう。「神秘の探求」名物・誰が読むんだどくどく読書のコーナー!

(音楽切り替わり『ジョーズ』のテーマ)
 他人に頼まれたわけじゃない。
 暮らしに余裕があるでもない。
 俺が読まねば誰が読む。
 今日も真っ赤な緋毛氈敷いて読書の花道ひた走る。
 売れてる本にゃ目も呉れず、いまさら感のネタてんこ盛り。
 日本の読書は狂ってる。
 ならば楽しく狂おうぜ。
 読書狂人ウンベルケナシの、誰が読むんだどくどく読書?!のコーナー!!!


 ということで。 本日取り上げますのは筒井康隆先生の、第一回星雲賞受賞の傑作長編『霊長類 南へ』でございまーーーす。パフパフパフ。(まばらな拍手)
 南に行きすぎると、南極点に到る。これはそういう含深い重要なテーマで構築された小説なんですが、一体誰がそこを気にするというのか。実はそれがすべてなんですけど。本当。でも疑り深い人のために、まずはあらすじ紹介を。

 時は冷戦最中、“鉄のカーテン”という言葉がまだ生きていた時代。中国ミサイル基地での景気いいI.C.B.M.誤射に端を発し、ホワイトハウスとクレムリンがホットライン越しに仲違い。勢いにまかせてポラリス満載で原潜艦隊出撃、爆弾を飛ばしまくったから、さぁ大変。世界は核の劫火に包まれ、パリ、ロンドン、アムステルダム、テヘラン、アンカラ、北京、ベルリン、シカゴ、ミラノ、ブエノスアイレス、コペンハーゲン、シドニー、ウラジオストック、ナイロビ、仙台など各国主要都市は一瞬で残らず無残な穴ぼこに。
 え、東京は?っていうと、これは偶然助かった。直撃は免れたが、安心するのはまだ早い。当節流行の『渚にて』方式の採用により、北から刻々と迫り来る放射能を含んだ塵灰の脅威。
 生き残った人類は南へ、南へと生存を賭けた大逃走を開始し、見苦しくジタバタしながら先を争うように無駄に死んでいく・・・・・・。

 浅薄で深みを欠くようにわざわざ設定された登場人物たちが徹頭徹尾愚かしい行動をひたすら繰り返す。彼らのバカげた行為は切れのいい文章によって積み重なり、とにかく人間がどんどん死ぬ。もう画期的なくらい、ジャンジャン死ぬ!そりゃそうだ、だって地球滅亡なんだぜ。
 人類滅亡テーマの本質とは、とにかく人がひたすら死にまくることである。
 カッコも糞もあるものか。とにかく死んで死んで死んで死んで死にまくりだ!この認識こそパーフェクト。あまりにくだらない死の連鎖は逆に一種の爽快感すら呼び起こす。
 よく考えてみれば、そうじゃないですか?世界の破滅は細菌兵器の暴走や軍事シミュレーションの結果だったりするけど、そんなカッコいい要素はさておいて、実際に目撃されるのは、まずはなにをさて置いて死体ゴロゴロでしょー?
 世にあまたある破滅テーマSFなんて、個人の死にざまの描写においてまだまだ甘いぜ。どいつもこいつもキレイごとばかり抜かしやがってとんでもねぇ。人がジャンジャン死ぬなんて、不謹慎だが面白い。とっても面白いじゃありませんか。あぁ、そうとも。
 お前ら全員死ね。ひたすら死ね。意味なく死んじまえ!
 だから、地上に残った最後のゴキブリ一匹までが死に絶えるまでを大量殺戮の陶酔と勢いにまかせて活写したこの小説は、深い意味なんかない、思想やらもっともらしい理屈だのがついてこない部分こそが素晴らしいのであって、それ以外はスカスカ、絵に描いた餅のようだ。・・・でも、そこが画期的でよかったんだよね、あのころ。
 ちなみに、“あのころ”ってのは、少女が時を駆け、事のついでにお湯をかけ、月曜にはトレンディドラマではなくしてドラマランドが存在し、トルコが改名する前の、ロマンポルノがまだまだ現役だった時代。人類は金属バットで両親を殴り殺し、ところ構わず逆噴射しまくっていた。核の傘の下でぬるま湯に浸かれる、実にいい時代じゃった。懐かしいわいゴホゴホゴホ。

 (と、ここでアクシデント発生。PCが故障し二か月が経過する。)

 ・・・あ。
 記憶飛んだ。何の話をしてたんだっけ?『霊長類 南へ』か。いまどき、そんな本読むなよ。筒井なんて誰もが中学ぐらいで読んで、あとは完璧忘れる。書棚の隅でほこり被って眠りまくりで、きみがお受験に合格し晴れて上京、引っ越し荷物を纏める際にでもブックオフに持ち込まれ適当に処分されてこの世の外へと消えていくトラッシュ書籍の典型でしょうが?
 煎じ詰めれば、われわれは何を偉そうに消費を繰り返しておるのか?っつー話ですよ。それも、何様のつもりで、ってね。この国の文化はいつでもそうだ。私がなにを怒ってるのか既によくわかりませんけれども。わかる奴はわかる。
  あ、そいでね、明確にパロディーとしてさまざまな戦争戯画のパッチワークを繰り広げる、『馬の首風雲録』が軍隊一個まるごと温泉で全滅!という画期的すぎる名場面を持っているように、『霊長類』において心に残るのは、たとえば南極観測船が人間が詰め込まれすぎて地獄絵図と化しながら出港し、東京湾の突堤にぶつかり浸水、マストの最先端にしがみついた最後の一名が髪の毛を揺らめかして海の藻屑と消えていくシークエンスにあるワケですよ。
 SFってのは、絵だね(←パクリ)。

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2015年8月12日 (水)

マレー・ラインスター『地の果てから来た怪物』(’58、東京創元社文庫SF)

 ラインスターって、名前がいいよね。かっこいい。
 スタージョンもいいけど、シオドアと込みでしょ絶対。しかもあれ、正しく表記すると実はセオドアなんだよ。
 セオドア・スタージョン。
 こりゃダメだ。やる気無くす。マジへこむわ。

 さてさて、そんな、マレーって名字だか名前だか全然わからないとこも素敵なラインスター先生が、大胆にキャンベルJr.「影が行く」にオマージュを捧げたモンスターSFの佳作がこれだ!読んで得する要素はまったく無いが、とにかく読むんだ。話はそれからだ!

【あらすじ】

 南極大陸近くの絶海の孤島ガウには、国連の手により17名もの隊員からなる補給基地が設営され、日々なんだかわからない研究だの通信だの、心底どうでもよさそうな業務をこなしている。
 隊長は、自分の助手を務めるうら若き美人秘書に気があるのだが、部下の手前いまひとつ関係を深められずに悶々としていた。なにしろ島に女性は、お茶汲みのおばちゃん含め、わずか4名しかいない。この状況下で迂闊な性行為に走ったりしたら、集団リンチか謀反のひとつも起きかねない。まさに絶対ギリギリの限界状況だ。

 そんな島にある日、南極から珍しい積荷を載せた輸送機がやって来る。

 このほど新発見された南極唯一の温暖地帯ホット・レイクス地方(湧き出す温泉の効果で氷を寄せ付けないという、実にいい加減な設定)で採取された貴重な植物のサンプルを、本国で待つ間抜け顔の科学者一同にお届けするため仕立てられた特別便である。
 隊長は、またしてもライバルの人数が増え美人秘書の危険度が増すことを危惧しながら、歓迎の準備を進める(この最低の男は、終始一貫しておのれの面子と彼女の貞操しか心配しない。指導的立場として如何なものかと思われる。)

 だが、やってきた飛行機は明らかに様子がおかしく、無線での呼びかけに一切応答しないばかりか、島に接近しては再び高度を揚げ直してフライバイするなど、内部で何か深刻なトラブルが起きている様子。
 こういうヤバイときには、そうだ、女性の声で気持ちを和らげ事態解決だ、と次長のいい加減な思いつきで、秘書課の彼女にエロ声で生放送させる。 

 「そうよ、あなた・・・がんばって。いいわ。いいわ~、その進路よ、コースを維持して、舵面を下げるのよ。もっと深く、もっと深くきて。
 あ~~~ん、やだ、もう、感じちゃう~~~」


 嘘のようだが、このいい加減なセクシーオールナイト大放送が効を奏し、島唯一の飛行場にからくも胴体着陸に成功する輸送機。なんでもやってみるもの。
 しかし、勇んで救助に駆けつけた隊長以下一同が機中で見たものは、コックピットで頭部を撃ち抜いて自殺を遂げてしまったパイロットの姿。それに、いたるところに残る争った痕跡と、床一面に撒き散らされた血の海だった。他にまだ9名いる筈の乗組員の姿は、跡形もなく消え失せてしまっている。いったい、この機に何が起こったのか?
 疑心暗鬼にかられるスタッフたち。
 
 だが、この島を襲う真の恐怖はまだ始まったばかりだった。
 遭難機が現れたその夜から、何者かが闇を徘徊し、飼犬が殺され、島の駐在員がひとり、またひとりと姿を消し・・・・・・。

【解説】

 とにかく、襲ってくる謎の怪物の正体を隠したまんま、引っ張る、引っ張る。まさに簡単にネタを割ってしまっては話が終わってしまう、と言わんがばかりの勢い!(実際その通りなのであるが)
 一瞬、犯人の正体は、実はコックでした~、という脱力落ちが来るのではないかと期待したのだが、さすがそこはラインスター先生、老舗の意地でちゃんとストーリーをSF方面に持っていってくれるので、ご安心を。シチュエーションは酷似しているが、これは孤島連続殺人事件ジャンルではないのだ。犯人は判事でも和尚でもない。伏線も意外ときちんと張ってある。
 でね、この真犯人の正体ってのは、実のところキャプテン・フューチャーに出てくるアレみたいなもん(※雑すぎるヒント)なんですけどさ、まぁ、正体が暴露されてもそんなに腹が立たない(気がする)のは、ひとえにラインスターの地味でしっかりした筆力のお蔭でしょ。
 
 それでも、
 南極基地の連中はいったいどこに目をつけて調査していやがったのか?」
 とか、
 「しかし、機長が自殺するほど怖いのだろうか・・・ソレが?」
 だとか、物語の根幹に関わる疑問は残る。
 残るんですけど、読み終えて損したか得したか判定するマシーンにかけたら、私はマルを出すと思うよ。そういう中途半端でどうでもいい本をこそ積極的に評価し読んでいきたい。
 あなたも、そうでしょ?

※追記、
 この小説は'66年映画化されており、題名は『海軍対夜の怪物The Navy vs.The Night Monsters』というのであるが、誰が観るんだ。

【予告編】
https://www.youtube.com/watch?v=9fX3dcYw440

 

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2015年6月21日 (日)

スタニフワフ・レム『短編ベスト10』 ('15、国書刊行会)、『泰平ヨンの未来学会議』('71、ハヤカワ文庫SF)

 われわれにとって“ヨン様”といえば、無条件に泰平ヨン様のことを指す。

 そんな憧れのヨン様の大活躍を遂に映画館の大スクリーンで堪能できるのか!と、世界の心あるレムファンを驚愕させた『未来学会議』の実写/アニメ化作品が『コングレス』だったわけだが、蓋を開けてみたら実は、泰平氏は最初から登場しないことが決まっていた、という残念なオチが待っていた。
 「バンザイ・・・なしよ!」的な欽ちゃんお手上げ状態に放置される哀れなマニアたち。だがしかし、そりゃそうだよなー、レムはやっぱ小説に限るよなー、かの有名な『ソラリス』だってなんかもう全然違うもんなー、特に東京の高速道路がなー、と無理やり自分を納得させて家路に着く。
 かくて、世界はまたも良くなる見込みを失っていくのだった。残念。

 さてレムは、ある意味無条件に全作品が必読クラスの稀有な作家であるが、その作品傾向は多岐に渡っており、1)公務員並みに堅いもの、2)論文としか思われぬもの、3)本物の論文までを含んでいる。だがその本質は実のところ、4)燃えるもの(萌える、ではない)、5)極端に面白すぎるものにあるのであって、例えば文芸書評を模して書かれた作品にすら、これらの特徴は顕著に見出すことができる。
 要するに、全作品において『金星応答なし』の山登り探索行が永遠に続いているかのような特異な感覚を味わうことが可能だということだ。
 これ以上蛇足のような説明を連ねることは明らかにきみにとっても私にとってもあきらかに時間の無駄なので、ここはひとつ手に入りうる限りのありとあらゆるレムの本をゲットし読み尽くしてから後、あらためて前述のセンテンスを再読してみていただきたい。
 私の表現が単なる誇大妄想狂のたわごとではないことが実感できると思う。

 だから遂に姿を現したレムの短編ベスト10というのは、年季の入ったレム読者にしてみれば、ちょっと胸が苦しくなるせつない内容になっている。すべてが新訳とはいえ、実は結構遥か昔に読んでしまった想い出の作品ばかりだったりするからだ。
 すなわち下記のようなメニューである。

 「三人の電騎士」
 「ムルダス王のお伽噺」
 「自励也エルグが青瓢箪を打ち破りし事」

 なつかしの『ロボット物語』に収録。

 「航星日記・第二十一回の旅 」
 「航星日記・第十三回の旅」

 ご存じ『泰平ヨンの航星日記』に収録。イヨン・ティーヘは泰平ヨン、テオヒプヒプは,《超地歴最適化》計画のことです。(後者はすべて深見弾先生による翻訳)
 常人にはにわかに理解しがたい、頭よすぎる現代っ子翻訳エンジンが炸裂!

 「洗濯機の悲劇」
 「A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想記より」

 これまた『泰平ヨンの回想記』に収録。

 「探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人」
 かの有名な『宇宙創世記ロボットの旅』に収録。しかしトルルルっていったい・・・馴染まなすぎ。

 「仮面」
 ・・・これね、『すばらしきレムの世界1~2』にも『レムの宇宙カタログ』にも入っていないの。私はSFマガジンで深見先生訳で初めて読みました。わけわからんがエロい傑作。 

 「テルミヌス」
 『宇宙飛行士ピルクス物語』に収録。間違いなく名作だが、よく考えてみればピルクスシリーズは名作揃いなのである。

 以上だ。いい加減、私が何を言いたいかわかったかね。

 ・初めて読む話がない!
 ・過去の翻訳で定番化しているものを下手にいじりまわすな!(特にヨン物)
  深見先生が死んだと思ってなめんなよ!


 ストレスがどんどん昂じてきたので、試しに『航星日記』のSF文庫版(1980年初版)を読み返してみたら、これがもう面白い面白い。ぐいぐい読めて、引き込まれちゃった。

 諸君、そろそろ反撃の狼煙を上げようではないか。
 泰平ヨンの一人称をすべて“吾輩”で統一すべく、国会に働きかけるべきときが来た。議員募集!このページを読んでいる村会議員、町会議員、市会議員、州知事、県知事、都知事、婦長さん、衆参両院議員、国家元首、大統領職にある者はいますぐホワイトハウズに連絡されたい。提案書、陳述書、議決書その他をドローンとE-Mailにて大量配信し、すべての掲示板を炎上させる!

 (・・・もう本当、なんとかしてくださいよ、頼みますよ・・・)

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2015年1月25日 (日)

サミュエル・レイ・ディレイニー『ドリフトグラス』('14、国書刊行会)

 積んである『ダールグレン』の一巻二巻を見ながら、この記事を書いている。この本、いつ読むんだろと溜め息をつきながら。いまは真夜中で、部屋は暗い。

 『ドリフトグラス』は好事家の間で待望されていた本で、本当に凄い内容だ。サンリオSF文庫で刊行された『時は準宝石の螺旋のように』全編に、ハヤカワの海外SFノベルズ『プリズマティカ』に入っていた諸編をプラス、新訳の短編2本を追加してディレイニーの中短編の集成を目指したもの。
 おまけも良くって、高橋良平の「ディレイニー小史」は、このデタラメすぎる伝説の黒人作家の人生をちょっと覗かせてくれる。(なによりの驚きは作家本人がまだまだ元気で存命中だってことだ。72歳!)
 これ以上なにを望むというのか。われわれは口あんぐり。言葉もない。

 あらためて振り返ってみると、『アプターの宝石』『エンパイア・スター』『ベータ2のバラード』『バベル17』『アインシュタイン交点』『ノヴァ』・・・とディレイニーは出るたびリアルタイムで買っていて、ほとんどを持っている。
 感想いろいろあるけれど、その魅力はつまるところ、
 何が書いてるのかいまひとつよくわからないくせに、ときどき妙に真に迫ってくる、マルチプレックスな多義性にあるのだと思う。

 例えば、この作家の本の中でも比較的わかりやすい部類の長編『バベル17』ですよ。宇宙から迫りくる正体不明のインベーダー。人類版図のいたる惑星で繰り返される破壊工作と、そして、その際傍受される謎の通信言語バベル17。単身宇宙船を駆り暗号の解読に向かう美人言語学者。
 ・・・という、非常に明確なスペースオペラの筋立てを持ったあの本の中で、例えば、男爵が殺される場面がありますね。宇宙要塞で。その直前、初登場した男爵は同盟の兵器開発の大物として、次から次へと開発中の大量破壊兵器のアイディアを喋りまくる。ディックなんかだったら、それぞれ切り分けて短編一本づつこさえて出してきそうな密度ですけど、ディレイニーの眼目はそこにはないんですよ。
 兵器開発者を前にしたリベラルという構図は、おびただしく羅列される大量殺戮兵器のパレードとノンポリ科学者って図式は、否応なく1966年当時のアメリカの現実を、ベトナム戦争そのものを想起させるじゃないですか。しかも暗喩とか隠喩だとか高級な次元の話じゃなくって、ひょっとしてもしやこの話って、ディレイニー本人にそう見えている現実を単にシュールレアリスティックに記述しただけのものじゃないのか。この人にとってリアルってまさにこんな感じなんじゃないか。
 ここまでの話って、ひょっとして・・・実話?そういうおそろしい疑惑だって浮かんでくるわけです。
 
 そう思ってもう一度読み直すと、幽霊乗務員ってなんだ、なんで将軍はヒロインに欲情してんだ、シャドーシップってなに?、ブッチャーって誰?、と疑問がとめどなく溢れて止まらなくなるんですが、ちょっと待って。この本自体に明確な答えがあるわけではない。
 文庫版のあとがきに「結末が弱い」と書かれていた記憶がありますが(現在手元にあるのがSFシリーズ版なので誰の言葉だったか確認できず)、つかみが華麗な割には意外と地味でおだやかな日常的エンディングを迎えてしまいます。
 実は、『バベル』の次に書かれ、今回『ドリフトグラス』に収録されている中編「エンパイア・スター」こそは真に重要で、作者自身を作中に出演させるという反則技を駆使することにより、もっともわかりやすいディレイニー作品すべてへの脚注となっている破格の一冊であります(※短い長編ですがサンリオ文庫では長い訳者あとがきをつけて一冊本で刊行)。
 ひとつのものごとをさまざまな観点から見ることができる意識、マルチプレックス。それをひとりの純朴な青年の成長と重ね合わせた、シンプルだけど奥深いきわめて感動的な物語。ここにすべての答えがある。読め。
 その結論のくだりたるや、あまりに美しく明確で、かつ簡潔に纏め上げられているので、読み終えるとちょっと眩暈がして啞然とするかと思いますが、一様に続く日常など単なるシンプレックスな意識のもたらす錯覚に過ぎず、真の現実とはもっと複雑で多義的であり、起こった事件のひとつひとつも、その結末もいろいろなレベルで捉えることができる。実は極めてあたりまえのことを堂々と述べているに過ぎない、でも敢えてそこを書く作家的勇気こそは、本当の意味で称賛に値するものだと思うのです。なかなかできることじゃない。
 
 ということで、読まない理由が見つからない。現代人の必読書。
 ・・・と、これだけで終われば世間体のいい立派な大人のブログなのですが、以下無駄を承知で全話あらすじ紹介をくっつけておきましょう、って。
 なんでわざわざそういう無駄なことをする。

【あらすじ】

 これはSF史上最も華麗で美しくきらびやかな短編集である。

「スターピット」
  銀河系規模にまで人類が進出した遥かな未来。港湾作業員ダーはすっかり尾羽うちがらした往年のスーパースター、ブラッド・ピットと出会う。銀河系から出られない人類の種としての限界と、過酷なハリウッド・ショービジネスの体力の壁とを重ね合わせて描く感動的なサクセスストーリー。でもやっぱ年齢にはかなわない。ラストの言葉「兄貴・・・腰が痛い」が悲痛すぎだ。

「コロナ」
 今回は有名ロックスターの東京ドーム来日公演に焦点を合わせ、黒人の超能力少女7歳(処女)と地元のツッパリ青年との不釣り合いな心の交流を描く。具体的には、「犬が飼いたいの、あたし」「飼えば・・・?」とか、「イスラム国の最新の動きは?」「知らない」などの時事ネタである。いちいち超能力なんかで喋るような内容ではない。

「然り、そしてゴモラ・・・・・・」
 ゴモラといえば大阪城を襲った怪獣である。そんなやつが大気圏外まで昇ったり、下がったり。とっても迷惑。で最終的にはやっぱりスペシウム光線を受けて大爆発してしまうという。虚しい話。

「ドリフトグラス」
 表題作。ウォムハイム&カーの年間SF傑作選『ホ-クスビル収容所』にも収録されていた。四輪ドリフト走行が得意な海底人間の骨が港に打ちあがる。骨はツルツルにガラス化しているので、海溝での火山爆発が懸念されるが意外と平気であった。海底人はやはり元気な方がいい、という庶民的な発想が盛り込まれた意欲作。

「われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む」
 なんとなくサンリオ色の濃い邦題(具体的にはピエール・クリスタン『着飾った捕食家たち』に収められていそう)だが、実はこれが原題。旧タイトルは「ただ暗黒」と地味すぎ。お話はというと、世界各地に電線を張って歩く異形の集団、白虎社がどっか僻地の山奥で天使を名乗るヒッピーと睦みあうという、SF界初の合コンもの。果たしてカップル成立にこぎつけるのか?そして何組?『ねるとん紅鯨団』を完全に先取りしていた大胆すぎる未来予測に頭がさがる。

「真鍮の檻」
 こりゃもう、あれだよ。放送できないあれしかないよ、実際。よく書くよ。作家ってすげぇよ。もっともアメリカじゃ流したようだが。読んでみろよ、一部始終が書いてあるんだから。最近は目を皿のようにしてネットをうろうろしていれば、驚くような残虐行為のあかしを幾らでも拾うことが可能だが、これが科学の進歩だなんて誰も言わないだろ。

「ホログラム」
 火星の洞窟で発見されたビックリマンシールの裏をこすると、当たりが出た。驚く探検隊一行。これまで第十三次探検隊に至るまでスカばっかりだったのだ。景品は火星文明一年分。ホログラムが再生されて、いたるところでガラスの塔が生え出し、奇妙奇天烈な音楽が鳴り出し、意味不明の飛行物体がビュンビュン飛び交いだすのだが、正直調査活動には邪魔だった。「アパートの前の入居者が誰のCD聴いてたなんて、まったくどうでもいい話じゃん!」隊長は即座の火星撤収を決意するのだった。

「時は準宝石の螺旋のように」
 盗んだヘリコプターで農場を抜け出し宝石店強盗を重ねる男ハロルド・クランシー・エヴァレット。指名手配がかかるたび名前を変え顔を変えるので、しまいに本人も読者さえも誰の話を読んでるんだかさっぱりわからなくなるという超問題作。あんまり問題がありすぎるので、米SF界最高の栄誉であるヒューゴー賞・ネヴュラ賞をダブルで獲ってしまった。世の中ってちょろい。変装マニアのバイブル的一作。

「オメガヘルム」
 「オメガヘルムから連絡があったわ。週休2日、時給は1,570円よ」妻が携帯見ながら報告する。男はいますぐ就職すべきか迷うが、面倒臭いのでとりあえず布団でごろん。仕方がないので代わりに妻が応募しオメガヘルムへの短い旅に出ていった。今月保険料も払わなきゃならないし。(オメガヘルムは京橋乗り換えである。)

「ブロブ」
 本邦初訳。若きマックィーンと戦ったあいつがニューヨークの銀河評議会に乗り込んで大暴れ!町に出ると、浮浪者を投げ飛ばし肛門から口から鼻孔からどろどろ侵入、あまりの気持ちよさにおっさんはたまらず公衆便所で大射精!ディレイニー(ガチホモ)の性的夢想が適度に昇華されずに残った澱モノレベルの糞ショートショート。

「タペストリー」
 一角獣に突かれて処女喪失というのは世界中の女子学生の憧れですが、今日も今日とて性懲りもない小娘が鼻をヒクヒクさせながら森をうろつきまわり、見つけた手ごろな丸太でオナニー。そんな下らない話をわざわざ訳す無駄さ加減が素晴らしい、本邦初訳。

「プリズマティカ」
 せっかく浅草橋駅前のアトランティスまで来たんだし、飲み屋で飲もうぜ!騒ごうぜ!昼飲みだ!船乗りはダイヤモンドもエメラルドも大好き。でも一番好きなのは、最近ではジム・ビーム。ブラックニッカより飲みやすい。剣士と漁師は根っからのビール党、アメ横高架下の路上屋台村から流れてきた筋金入りだぜ!・・・で、この話が最終的に行き着くのがスナック「遠い虹の三つめの端」だってのは、最近急速に飲み屋馴れしてきた俺様も意外過ぎだったぜ。まさに現代のおとぎ話!しかし連作長編『ネヴェリヨンの物語』って、そのうち訳されるのかなァ・・・?

「廃墟」
 浅倉先生の訳。そういや、『ファファード&グレイマウザー』ってのも先生の翻訳でしたね~的な豆知識が飛び出す、泥棒と婆さんの地味な話。僧侶のババアかと思ったら真紅のガウンを纏った豊麗な全裸美女でした、と思ったら、やっぱりその正体はババアで心底ガッカリ。男は荒野へとっとと去っていくのでありました~にゃんにゃん~

「漁師の網にかかった犬」
 普通、漁師の網にかかるのは魚でしょ?犬がかかったらしいのよ。東北沖のギリシャで。ヘロドトスもびっくりですよ。ホメロスも踊り出しますよ、T・小室のレイヴで。で物語の方は、網にかかった犬に気を取られたばかりに兄を殺された弟が仇討ちを誓って岬から飛び込むも海の女神の黒い乳房の間に溺れ、さんざんな目に会わされ夜明けの海辺に命からがら這い上がる。幼馴染の女が寄ってきて、話しかけると、「旧い網はいつか破れる。俺は新しい網を編む新人類になるぜ!」と都会(アテネ)へと去っていくのだった。ギリシャ3大悲劇のひとつ。SFでない。

「夜とジョー・ディスコタンツォの愛することども」
 グランドファーザークロック、すなわち大きなのっぽの古時計、イコール平井堅イズゲイ。国際的目配りに満ちた意欲作。

「エンパイア・スター」
 ・・・読め。ともかく読め。話はそれからだ。いいな?
 

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