書籍・雑誌

2023年3月 1日 (水)

ジャック ヴァンス『竜を駆る種族』('62、ハヤカワ文庫SF220) 浅倉 久志 (翻訳) – 1976/12/15

 武部本一郎が正直微妙だ。
 挿絵つきの本を久々に読めて嬉しいのだが、丁寧に細部の描写を拾って和だし風味で味付けしてくれる本一郎マジックが、ここでは皮肉にも逆説的に働き、本書の内容を単に関口幸男訳のエドガー・ライス・バローズの世界に近づけてしまった。
 『大いなる惑星』って生頼範義の表紙だけど、挿絵まで入ってたらなんか違うでしょ。
 『魔王子』が萩尾望都の表紙なのも完全に勘違い、私的にはどうでもいい興ざめ要素だ。ぬるい。

 ヴァンスは本質的にハヤカワ青背の人でしょ。硬派ゴリゴリでアダルティ。
 死ぬ人は死ぬし、たといヒロインだろうがヤラれるときはしっかりヤラれる。現実と一緒。ファンタジーじゃないんだよ。剣は剣だし、魔法はあくまで魔法。作動原理にブレがない。拳銃だろうが、物質分解砲だろうが、仕組み云々よりも実際それを持って使う手ごたえ、リアリティ。そこに命賭けてる。

「竜を駆る種族」は長さ的には長めのノヴェレット、実は中編サイズで、同じヒューゴー賞受賞作「最後の城」と対を成す傑作。
 短い中にコンパクトにヴァンス宇宙の特徴的要素がよく散りばめられているのだが、根幹は戦国武将ふたりの真向対決。野望と意地の張り合いであって、そこに超兵器と竜が絡む。
 「男は合戦!いざ鎌倉」と思う時代錯誤な人には堪えられない、峠攻め、城攻め、平原一騎討ちの連発。欧米だから残念ながら切腹はないけど、負けた方を斬り捨て成敗くらいは余裕である。負けた家臣は即座に恭順。忠誠を誓う。
 たぶん舞台劇を手本にして、登場人物を最小限ギリギリまで削ってあるので(表紙裏の登場人物欄には4人しかいない)、ホントはもう少し活躍したらいいのにと思える人とかもいるけど、いや、これはこれでいい。
  白黒で黒澤が撮ったらカンヌ!みたいな中味だよ。
 

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2022年7月24日 (日)

P.D.ジェイムズ『不自然な死体』(Unnatural Causes、1967年) <早川書房 世界ミステリシリーズ1410>

「怪奇探偵スズキくん、いま怪奇はどこにある?」

 古本屋のおやじは饐えた暗闇の中に座ってしゃがれた声で問いかける。
 昭和感漂う古本屋『運減堂』は、文京区本郷から台東区上野へ向かう暗闇坂の途中に、時代に取り残された遺物のように傾いで建っている二階屋である。なにせ目前は東大本郷キャンパス弥生門、嘗て樋口一葉など名立たる文人が本郷から上野を行き来した道も古式を偲ぶゆかりはまったくなく、門構えの大きい曰くありげな家もまだ辛うじてあるとはいえ、坂道沿いに繁茂してきた樹々の投げかける深い陰影など大半取り払われ、すっかり面白みの無い都心のありきたりな二車線道路の細い坂道と成り果てている。
 誰も来ない店内にイスを設え、お馴染み怪奇探偵スズキくんはのんびりお茶など啜っている。
 赤褐けた斜光が正面のガラス戸からうっすらと差し込み、居並ぶ本棚にぎっしり詰まった背の灼けた古書の山を照らし、カウンターに座った異様に真剣な面持ちの猿に似た老人の顔を闇に浮かび上がらせていた。 

「そりゃ読者の皆さんの心の中に、依然としてあるでしょ。怪奇を求める心は不変ですよ」
「うん。先日の元首相射殺事件だって主たる国民の関心は背景に拡がる闇にある。宗教団体、無茶な献金、一家離散と自殺未遂、元自衛隊」
「いや、自衛隊は闇じゃないでしょ(笑)」
「22歳元女性自衛官が実名・顔出しで自衛隊内での「性被害」を告発・・・という記事がAERAに載ってたが。わしの小学校の幼馴染が自衛隊の医官かなにかで結構羽振りいい筈だが、あいつ出身は仏教大だぜ」
「(笑)いや、ぜんぜん、闇を感じませんが」
「まったく風情のわからん奴だ」

 おやじは溜め息をつき、テーブルの煙草を取り上げ火を点けた。
 スズキくんは愛想笑いを浮かべて、腕を組む。

「ただ、なんとなく言いたいこともわかる。平坦に地ならしされ無味乾燥、アメリカナイズにフラット化されたつまらん現代社会でも、人間居るところには常に闇の影が付きまとう・・・ですか。あなたと川島のりかずの持論ですね」
「百年以上生きてみて分かったんだが、人間のやることなんて、そんなに変わらんよ。権威というものが悉く矮小化され貶められる明るいSNS社会にだって闇はある。普段出て来ない内面が吐き出され易い傾向を考えれば、一層闇は深まったと言えよう」

「あんた百年以上生きてたんですか。そりゃご苦労様です」
 怪奇探偵は半ば呆れた口調で言い放ち、お茶を啜る。
「その割に迂闊ですよね。隙が多い。このブログで言えば、2010年2月好美のぼる『悪魔のすむ学園』の記事をアップした時、あなた、パソコンを通じて悪魔が呼び出される設定が『女神転生』だって知らなかったでしょ?」
「うん、昨日YOUTUBE観てて気づいた。無知でした。謝罪しとく」

【ファミコン】女神転生 合体好きにはたまらない名作RPG
214,263 回視聴2022/07/20
https://www.youtube.com/watch?v=HUSr_CO6Bms

「ま、しかし、アレだな、スズキくん。ボルヘスだって『女神転生』知らないで「バベルの図書館」シリーズを編纂したんだろうしこりゃもうノーカウント、ノットギルティだよな!」
「・・・な、わけないでしょカスが!」
 卑屈な笑いを浮かべるおやじを軽く一蹴し、怪奇探偵スズキくんは本題に入った。

「さてさて今回は、42歳デビュー!元看護婦にして生活苦の育児ママ、英国ミステリー界の大御所P.D.ジェイムズおばちゃんの初期傑作、『不自然な死体』を取り上げる訳ですが・・・」
「ここで注意!文筆家の最大のタブー、推理小説の評論を敢行するためには犯人もオチもすべてバラさねばならぬ、を今回も忠実に実行するからな!この本に少しでも関心があって将来読むかもと思う人は、読んでから来い!読んでから必ず来ないと、ギロチンに架けられ首を捥がれた血塗れのおやじが真夜中にきみの後ろに立つからな!ま、ただ単に立ってるだけなんだけどな!動きにくいぞ、気をつけろ!」
「はいはい。本書のあらすじはおやじに任せると嘘を書くといい加減わかったので、Amazonの商品ページから引用します」

内容(「BOOK」データベースより)
 ダルグリッシュ警視が休暇でサフォークの叔母を訪ねた日、両手首を切断された男の死体が、小さなボートに乗って近くの海岸に流れついた。
 遺体は付近の村に多く住む物書きの一人、推理作家のモーリス・シートンだった。
 さっそく郡警察が捜査を開始したが、解剖の結果、意外な事実が判明した。死因は心臓麻痺。自然死だったのだ。
 だが、はたして純粋な自然死なのか。手首切断の背景には何があるのか?ダルグリッシュは否応なく事件に巻き込まれていった…。
 人間と背景の緻密な書きこみと謎解きの妙が見事に融合した、ミステリの新女王の初期の秀作。
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB%E4%BD%93-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766045

「確かに面白そうな発端ですね。掴みはオッケーな感じがします」
「P.D.ジェイムズはちゃんとしてるんだよ。エンタメをわかっとる。溢れる凶悪な遺体損壊とネガティブ極まる人間描写。端的に言ってこりゃ横溝正史だな!」
「は、唐突に横溝ミステリーですか。あの宇宙飛行士Dさんも最大級のリスペクトを捧げるという(笑)」
「あいつは、いい歳こいて『怪獣男爵』のハードカバー復刊を購入してしまう本物の痴れ者だよ。お前の方がよっぽど怪獣男爵だっつーの」
「(笑)しかし、レビュアーは全員これが横溝だとは誰も気づいていない模様です。以下ランダムに引用抜粋してみましょうか」

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 1989/8/1
P.D.ジェイムズ (著), 青木 久恵 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB%E4%BD%93-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766045

河童の川流れ-ベスト500レビュアー

結末も不自然な構成であり、ネタバレになってしまうが、あの男を、あの女が手足のごとく使いこなすことができるだろうかとの違和感は免れない。
他のレビュアーが書いていましたが、「障害者に対するあからさまな嫌悪感が書かれていて非常に不快です。」とのご指摘は評者も同じように感じていたから同感してしまいました。

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P.D.ジェイムズ
https://bookmeter.com/books/20419

kyoko
なんか気色悪い物語だった。好感を持てる人はダルグリッシュの叔母のジェインだけ。我がまま勝手な村の人たち、それぞれの人間性に興味を持てないまま(自分のせい)、突然の独白で事件解決。
(引用終わり)

「お前ら、本当バカだね!横溝だから人権無視なんだよ!(爆)特にkyouko!お前、小学生みたいな幼稚な感想書いてんじゃないよ!」
『只今不適切発言がありました。おやじは訂正してください』
「???」
「今のは今回から導入された違反行為判定A.Iです。当サイトの利用運営ポリシーに反する行為発言があった場合、自動的に稼働し反省を促す。度重なるルール違反が認められた際は利用者のアカウントを凍結する怖ろしい機能を有しています」
「お前が裏声で喋ってるんじゃないのか。だいたい貴様なんで後ろ向いて喋ってるんだ?」
「いいから先に行きますよ。次は好意的な発言の方です」

■不自然な死体 (1983年) (世界ミステリシリーズ)

mothra-flight
1、2作目で希薄だった探偵趣味が全面開花。両手首を切断されボートで漂う死体という最高のつかみから、自然な「不自然な死体」の解決ぶりは、その悪趣味ぶりとあいまって見事。

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 1989/8/1
P.D.ジェイムズ (著), 青木 久恵 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB%E4%BD%93-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766045

Nody-ベスト500レビュアー
ミステリとしても何故死体の両腕を切断したかという、後年の作品には見られない強烈なホワイダニットの面白さがある。中盤、ダルグリッシュがロンドンに赴く辺り、構成が緩むのが惜しいが、押し寄せる嵐の中、グロテスクな犯人の内面が明らかになるクライマックスは息もつかせない迫力だ。
(引用終わり)

「そうそう、遺体損壊にはちゃんとした理由があるんだよね。酷い理由が。途中両手の無い死人がタイプした手紙が届いて、容疑者一同ガクゼンとなるとか身障フル活用(笑)」
「クリスティは映画化されても、ジェイムズがされない黒い理由はその辺りにあるんですかね?」
「そうそう、ちゃんとクライマックスに大ネタでアクションを入れてくる。今回も終局に行くほどエンタメ指数が急上昇。メリハリの効いたプロの作劇術なのに。差別はおかしい」

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P.D.ジェイムズ
https://bookmeter.com/books/20419

はもやん
【ネタバレ】これは女性でないと書けない話だなぁ。犯人の怒りもわかる気がする。なんとなく彼女のことが嫌いなダルグリッシュの「男の内心」も見透かしてて面白い。最後、ダルグリッシュ自身がデボラにフラれる理由も理由だし。

花乃雪音
タイトルはセイヤーズ『不自然な死』のオマージュとなるが、不自然な死体というには両手首が斬られた死体というだけでは大仰な表現に思えた。しかし、その後に実は自然な死であったことがわかる。最後に語られる両手首を切られた不自然な死体とした理由は凡庸だが死体を不自然と自然の間で行き来させたことでタイトルが意味をなしたように思える。

セウテス
タイトルから解る様に、セイヤーズ氏「不自然な死」へのオマージュ作品であり、本家そのままと感じる描写も後半には在る。しかし何故手首が切り取られたのか、という考察が少ない上に面白くない。圧倒的に、本家に軍配が上がると思う。どうやら、独自性を出し始めた時期に当たる作品なのだろう。また名探偵の見せ場である犯人を特定するクライマックス、こうした演出にも作者なりの批判を込めて描いたと感じる。
(引用終わり)

「おいおい、花乃雪音!お前の文章、何回読んでもなに言ってんだかサッパリわかんねーんだわ!
『最後に語られる両手首を切られた不自然な死体とした理由は凡庸だが死体を不自然と自然の間で行き来させたことでタイトルが意味をなしたように思える』
 理由は凡庸?なに抜かす?そりゃ蓮見か?正体は蓮見学長だろう貴様?!お前の手首を切り落として、干して乾かして三越の贈答品の箱に詰めてメキシコ人達に送ってやろうか?!この凡庸にスカしたクズ野郎が!」
『ピーッ、ピーッ。只今不適切発言が・・・』
「うるせぇ裏声小僧。だったら、オレの発言、どこが具体的にまずいのか説明してみろ!」
『殺害予告はNGです。あと蓮見と三越は、特定出来てて完全にあかんやろ。特に三越。アホかお前は!無駄にリアル企業を敵に廻して何の得があるんだっちゅーねん!』
「わーわー、ハスミはともかく、三越さん三越さんごめんなさい。溢れる三越愛の為せるワザなんです頼むから許してちょんまげ。そしてにゃんまげ」
 おやじ、平伏し連続土下座で地面に頭を擦り付け、床に穴を開けてしまった。

 怪奇探偵スズキくんは嘆息し、気を取り直して言った。
「ところで、唐突に語られるセイヤーズ氏の「不自然な死」とは・・・?検索してみました」

■不自然な死 (創元推理文庫) 文庫 – 1994/11/16
ドロシー・L. セイヤーズ (著), Dorothy L. Sayers (原著), 浅羽 莢子 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB-%E5%89%B5%E5%85%83%E6%8E%A8%E7%90%86%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BBL-%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%82%BA/dp/4488183042

殺人の疑いのある死に出会ったらどうするか。とある料理屋でピーター卿が話し合っていると、突然医者だという男が口をはさんできた。彼は以前、癌患者が思わぬ早さで死亡したおりに検視解剖を要求したが、徹底的な分析にもかかわらず殺人の痕跡はついに発見されなかったのだという。奸智に長けた殺人者を貴族探偵が追いつめる第三長編!
(引用終わり)

 おやじは床の穴から泥だらけの顔を持ち上げ、
「なんか、これ、普通じゃね・・・?読んだことある感、満載なんじゃね・・・?」
「おそらく花乃雪音とセウテスは、『おまいら知らねーのかよこのカス』病の知識マウントでしょ。でも本書と確かに関連はありそう。タイトル原題. Unnatural Deathだし。暇があったら比較してみる必要がありましょうが・・・浅羽が訳してるんじゃ期待薄かな・・・」
「でも、絶対この本は横溝じゃないよな!!!もう断言しとくわ!ジェイムズの最大の長所は、英国人のくせに獄門島に勝手に出張してきているところにある」
「まだ無茶言いますか。あんまり言うとまたA.Iに怒られますよ」
「いや本当だって。P.D.ジェイムズには超有名作品『女には向かない職業』というのがあって、江口寿史かそれに似た人が文庫版カバーを描いているので、てっきりおしゃれな都会派ミステリー作品かと誤解していたら、実際読んで驚いた。ゴリゴリの昭和感溢れる因果物!」

■女には向かない職業 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 1987/9/15
P.D.ジェイムズ (著), 小泉 喜美子 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E3%81%AB%E3%81%AF%E5%90%91%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84%E8%81%B7%E6%A5%AD-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766010/ref=asc_df_4150766010/?tag=jpgo-22&linkCode=df0&hvadid=295642265223&hvpos=&hvnetw=g&hvrand=2059325656949457903&hvpone=&hvptwo=&hvqmt=&hvdev=c&hvdvcmdl=&hvlocint=&hvlocphy=1009303&hvtargid=pla-579065870607&psc=1&th=1&psc=1

「巻頭でおっさんが無惨な死を遂げるのは『八つ墓村』だし、その遺言は、娘よ拳銃やるから『獄門島』へ行ってくれ。ケンブリッジの若者描写はまったく『悪魔の手毬唄』の大空ゆかりと取り巻き衆と瓜ふたつ!マジいや本当よ!遺体を鉤爪フック釣りするのは『蝶々殺人事件』だし、主人公は井戸に落とされ決死のサバイブ『車井戸はなぜ軋る』。あまりに酷い犯人とその動機は完璧『病院坂の首縊りの家』レベルであり、一族の因縁と無惨なシンクロニシティ。終盤を締めくくるアクションは『犬神家の一族』松子大立ち回りだ!」
「・・・えー、途方もなく熱弁奮ってるけど、本当ですか~?」
 怪奇探偵スズキくんは目を三角にして疑っている。おやじは襟を正し、

「疑うなら、論より証拠。読んでみたまえ。そして実際読んでみてから私に文句を言え」

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2020年8月 1日 (土)

ショーン・ハトスン 『スラッグス』 <ハヤカワ文庫 NV モダンホラー・セレクション>茅律子 訳 

 不要不急の外出自粛。つまりはショーンハトソン祭り。ショーンハトソン帝国。

 とはいえ、これは本当にくだらない、唾棄すべき本だ。読書習慣を何か有難い物のように錯覚する者たちへ、本屋大賞選考委員の諸君へ渾身の力を込めて叩きつけてやりたくなる一冊だ。たかだか活字をたどる程度の行為がどのくらい有意義な価値を持つというのか。そんな金あったら肉を食え。まんこ買え。まったくお前さん、物事を知らなすぎるゼ! 
 例えばだ。なめくじに歯があるってのは知ってました?
 知ってる。
 あ。そう。そうだろう。カタツムリの歯は二万本あるそうだが、なめくじは一万本だってね。

 

 そうそう、こういう歯。
 いや、違うでしょーーーが!

 本書は無駄にご丁寧に映画化されており、原作にある奇妙な矛盾点(後述する)をスクリプト・ドクター的な観点から補完を試み、さらなる恥の上塗りを試みるという、宇宙船の上から宇宙船を打ち上げるような斬新なニューアイディアに満ちたプロレタリアート芸術を繰り広げてくれる。
 もはや嫌で嫌で仕方がないのだが、本書の恥ずべきストーリーを以下概要にて紹介するから、そう思え。

【あらすじ】
 舞台はイギリス。国家の首相自ら、EUから離脱したり感染したり治ったり、常にNEW WAVEな姿勢を失わないあの国だ。
 まずマッカートニーの’80年大ヒット「夢の旅人」を歌っては失禁する、どうしようもない飲んだくれが、自宅地下に異常繁殖した殺人ナメクジの犠牲になって死亡する。
 え?ナメクジに人が殺せるのかって?
 そういうことを言ってたら、立派な大人になれないよ。
 ここに出てくるナメクジはわれわれの知ってる概念を覆す、新種の生物だ。異常に知能が発達しており、群れをつくって行動し、リーダーと思しき大型の黒ナメクジに率いられて民家を襲撃し、人間を血肉の塊りに変えていく。その目的は不明だが、おそらく人類の絶滅とかそういう不毛な方面なのだろう。そう思わないとやってらんないよ。

 余談だが、先日仕事で地下鉄経由で東新宿に行きまして、帰路はそこからJR新宿駅を目指して歩いてみました。「夜の街感染」地帯へ入り込みたくないよなと思いながら歩いていきますと、ありましたよ。青い看板に「歌舞伎町」の文字が。金髪、茶髪に黒いシャツの若者たちのぶらつくスラム横を通り抜け、神舎前にどっかり座り込んだ、灰色あごひげを長く伸ばして野球キャップの古典ルックな浮浪者さんと素敵な出会いがあったり、タルコフスキーの撮った廃墟のような新宿ゴールデン街を覗いたり。あれだよね、ホロコースト映画の風景に似てるよね。ただの新宿なのに。

 で、ナメクジに話を戻すけど、レタスに混ざってナメクジ喰った男が脳内食い荒らされて血飛沫飛ばして頓死を遂げたり、ナメクジは体液字体が猛毒性だったらしく、飲んだ幼児が発狂して母親の喉笛食いちぎり、それが二階の階段踊り場だったりしたもんだから、母親は脳天を壁にこすりながら階段をでべでべでべって転落していって、帰宅したばかりのパパを驚かしたり。
 TPOを心得ない異常生物のアタックに街は滅亡寸前のピンチに。
 ここで立ち上がるヒーローは、ま、予測がつくでしょうが、保健所のおっさんである。連続する異常死の謎を追っていたオヤジは、ただひとり、すべての原因がナメクジだったという驚愕の真相を知ってしまうのだ。Oh、なんてこった。(確かに)
 ナメクジの潜んでいるのは市の全域に張り巡らされた下水道の中。
 おっさんは、下水清掃のプロ、メガネの生物学者とチームを組んで極秘裏にナメクジ絶滅作戦に取り掛かるのであった。
 さっさと警察に通報しろよ。

【解説】
 最後に出てくる疑問に関しては、この作品を映画化しようとした際に脚本家も思いついたらしく、主人公に敵対する存在として市長を作り出し、彼らが孤独な戦いに赴かざるを得ない理由を説明していた。
(原作では“どうせ誰も信じちゃくれないだろう・・・”という中二病過ぎる呟きしか出て来ない)
 だが。その結果、ハッキリしてしまった事実がある。
 中年の捜査官。若い学者。下水清掃のプロ。これってまるっきり『ジョーズ』じゃん。最もタフそうに見えるプロが死亡し、軟弱な主人公と学者が生き残る結末もいっしょ。安直だなぁー。
 そう考えると、一見無茶苦茶に聞こえる“どうせ誰も・・・”の方が、まだしもオリジナリティーを主張できるように思えるのであった。 

 


 

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2020年1月19日 (日)

エドマンド・クーパー『遥かなる日没』('67、中尾明訳、ハヤカワ・SF・シリーズ3276)

この本は、クリス・ボイス『キャッチワールド』の元ネタである。
 ゆえに『キャッチ』に魂を捕獲されてしまった哀れな読者諸君は、万難を排しても入手し絶対読まねばならない。それがディスティニー。人類のミッション課題だ。(ちなみに中古価格は高くないから今のうちだよ)
 大した本ではないが、意外と重要作。きっとK・H・シェール『オロスの男』並みには記憶に残る心の一冊になるだろう。

Haru
【あらすじ】
 乗組員が35日間離れていると勝手に自爆してしまう(!)難儀な仕様の宇宙船に乗って、アルタイル第五惑星にやってきた9人の調査チームは、想像を上回るヘタレさ加減を発揮しさっさと全滅。
 (そもそも異星探検隊のくせに人数が少なすぎだし、隊長アタマ悪すぎ。全員揃って原住民の掘った落とし穴にハマって(!)死亡。)
 生き残った主人公は、宇宙船内でお見合い婚した愛しの妻と生き別れ、現地の王様に指を切り落とされたり、少女妻を与えられてムフフなことになったり、近所のバカを集めて学校を開設するなど、なんとか現地人社会に溶け込もうと色々と苦労する。
 そう、誠に都合よいことに、地球から何十光年も離れたこの惑星にはどう見ても人類としか思えない種族が多数生活していたのだ。
 それはなぜか?真相は一応、終盤クライマックスを盛り上げる大ネタとして披露されるが、余りに薄い根拠と弱すぎる説得力には頭の悪い小学生だって納得しないだろう。

【解説】
 以下の文章は本書を読み終えた読者を対象としているのでそのつもりで。
 ※
 浅倉久志先生がジャック・ヴァンスの作風を「星際観光冒険SF」と評していたのを記憶しているが、その伝でいくなら、本書は「宇宙土人生活モンドSF」である。
 地味で慎ましく英国風に典雅なクーパーの筆致は、妙に真面目なドキュメンタリータッチなので、読んでいく感覚としては、ヤコペッティ『世界残酷物語』('62)みたいなモンド映画を観ている気分に近い。(実際、土人の娘が神の生贄に捧げられたり、主人公が指を鉈で切り落とされたりする典型的なモンド描写が存在する。)
 そしてインパクトあるのは、おやじ感あふれる素晴らしい性描写だ。 
 “(彼女は)血気盛んなバヤ二族の男を数多く経験していたのに、彼の陽物だけは受け入れるのに骨が折れて、われながら驚いた。そのたびに苦痛だった。でも、またそれは神が与えてくれるありきたりの悦びよりも遥かに深い歓喜を彼女にもたらした。”  
 とても地球を25光年以上離れているとは思えない泥臭さ。このゲスな感じがまさに難波弘之とセンス・オブ・ワンダー!イイネ。 
 物語の後半は『ロストワールド』や『ソロモン王の洞窟』みたいな秘境アドベンチャー行となり、恐竜に頭から喰われる奴が出たり、土人に弓で喉を射抜かれる奴がいたりで、波乱万丈に盛り上げたい作者の心意気だけは妙に感じられるのだが、基本、地味で淡々としているので驚くほど盛り上がらない。
 それよか、死んだと思われていた主人公の妻が、土人の部落に飼われて生き延びていた!(そして感動の再会の途端、槍で突かれて即死亡)とか、その後愛しの現地人妻と再会したら、お腹の子供も含めて王様の家来に惨殺されてしまった!とか、生臭い人間絡みのコテコテな鬱展開の数々の方があなたの心にはきっと残るはずだ。
 全体に、アステカ風の神王が支配する鉄器文明レベルの農耕社会が牧歌的なトーンで描かれており、違った世界で生きることの難儀さが地味に、ひたすら地味~に描かれている。実はこれって、裏『闇の左手』(ル=グィン)である。表『所有せざる人々』だ。おんなじやん。

<追記>
 そういえば、本書がなぜに『キャッチワールド』の元ネタなのか、まだ説明していなかったな。
 ズバリ、FTL船が先に着いていたからだ!この野郎!

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2019年11月 4日 (月)

三智伸太郎『呪いの首に白蛇が!』【ひばり書房】【ヒットコミックス119】('86、ひばり書房)

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↑この恐怖の場面はすべて本編中に実際に現れるシーンです。表紙に偽りなし!

 世の中には、「速いのがイイ人種」が確実に存在します。
 ジェット旅客機、スポーツカー、新幹線だって負けじとあくなきスピード開発に血眼になっている訳ですし、視点を変えれば、速弾きギタリストだって、超高速爆音演奏のメタルやパンクス諸君だって、あるいは300キロ越えの法定速度違反だって、牛丼早食い王だって、挿入前に漏らす早漏野郎だって、すべて世間一般からすれば「なにもそんなに速くなくていいだろ」レベルを乗り越え未知の次元に突き抜けようとする偉大なアウトローどもであり、言語道断無茶苦茶な人達なのです。
 そして私は、マンガにもたぶんスピード狂がいると思うのです。
 それがたとえば、三智伸太郎先生です。

 怪奇探偵スズキくんへ。
 きみはよく「内容スカスカなんですよ!」「15分あれば読めますよ!」とひばり系書籍をバカにしておるが、15分で180ページ強を読ませる技術って実はすごいことだよ。客がずうずうしくも、支払った対価以上の価値を当然の如く要求してくるコスパ重視のせこい世の中で、強烈なアンチとして機能する。明確な反社会的行為。
 いわば暴力テロに等しい行為だとおやじは思うのだよ。

【あらすじ】
 時代は1946年。広島長崎への原爆投下によって日本は敗戦を迎え、国民に不安と虚脱とが蔓延していたその時代。
 幼少期から病弱で布団を離れられない悲惨な生活をおくってきたブサイク少女・お菊は、かねてから計画してきた無謀なプランを実行に移す。親から貰ったこの身体、弱すぎてダメだ。最強ボディを集めて華麗なる輪廻転生を果たしてやる!
 動機は完全に私利私欲だけである。他人の迷惑など一顧だにされない。
 決意したお菊は、逆恨みの形相恐ろしく、家伝の日本刀を床の間の柱に突き立てるや、慌てる両親の見守る眼前で、自ら白刃の下へ全力ダッシュで飛び込んで一撃首チョンパに成功し自決!
 その際、「あたしの首は北の山の祠に納めてちょうだいネ!」と合間にチャッカリお願いするのも忘れなかった。

【解説】
 以上の場面はわずか合計8ページ。プロットと展開は以上の通り。
 この無理ありまくりなプロローグ、マンガの本編では欧米ホラー並みのインパクトを持つ異様なハイテンションでもって描かれている。

 具体的に細かく分析してみるが、まずファーストカット「床の間に置かれた、明らかに戦国時代の大将級の鎧兜と大振りな太刀」で1ページ。
 「ガシッ」と刀を掴み取り、ご丁寧にゴボゴボ吐血までしてみせる病弱少女・お菊のアクションに、両親がツインで駆け付けるところまでで1ページ。
 「こないで!」
 刀を振りかざし、癒えない病の連続に完全に心が折れたお菊の演技に1ページ。この間のお菊、セリフ吐きながら日本刀をビュンビュン振り回し両親を威嚇中。おやじ切りつけられ、からくも身をかわす。
 そして、大見得を切るお菊。
 「あたしは輪廻転生を信じ、かならず蘇ってくる!」
 「狂ったのか・・・」怯える黒髭に和服姿のおやじ。
 「約束して!私が死んだら、私の首を北の岩場に穴をあけ、その中に保存するのよ!」ここまで1ページ。
 しかし相当考え抜かれた計画であることだけは解るが、なんでわざわざ、そんなことする必要があるのか。必然性がさっぱり分からない。だが、問いかけても無駄だ。アンデルセン神父が放った弾丸の如き進行スピードで、三智先生は読者を常識の彼方へドライブさせていく。
 「もし約束を破ったら、父さんや母さんばかりか、村全体にまで災厄が及ぶわ!」
 え。
 どうやって?たたり的な?できんの。ホントに。おやじの頭は既にクエスチョン。
 「・・・わかった、菊。約束する」
 おいおい、涙目のかあさん、先走りで約束しちゃったよ。おやじ愕然。これで丁度1ページ。
 にやり笑った菊、日本刀を超高速アンダースローで床の間に投げつける。また斬られそうになったおやじ、瞬時に身をかわす。テンポいいアクションの末尾で、既にタタタと全力ダッシュを開始したお菊の姿。見つめる両親の恐怖の表情。これが1ページ。
 1ページぶち抜きで、勝手に斬首され、宙に舞うお菊の生首。噴き上がる真っ赤な血柱。
 次ページ、障子を突き破り庭に落下する、首なしの胴体。白漆喰の壁にビュシャーーーッと降りかかる鮮血。床に転がり(すべて自作自演なのに)無念そうなお菊の生首。
 
 どうです、すごいでしょ。
 まず指摘しておきたいのは、ミッチー(トラボルタ)先生が、あ、勝手に呼称を変えてますが、ともかくミッチー先生が映画的な記憶力をフル活用しながらこの場面を設計していることがわかりますよね。日本家屋の白壁や障子に鮮血がブシューーーッとしぶく演出は、もう誰が始めたんだかわからないくらい、日本映画の王道。残酷時代劇かジャパニーズ化け猫ホラーか中川信夫が先だと思うけど。でもね、自刃して果てる下りを独特のエクストリームなゴアシーンに仕立ててみせるのは、紛れもないミッチー・オリジナルクオリティ。だいたい行為自体がまず意味わかんないし、過剰すぎるし。ちょっとマンガ以外では成立しにくい独自性に満ちた表現であります。
 あと、この無茶を成立させるテンポ良さは特筆していい。 
 筋書きをポンポン叩きつけるようにカットを切り替えていく、その間画面は「ガッ」「ゴホゴホ」「ゲボ」「ガラッ」と騒々しい擬音に満ち溢れ、派手な音響効果の連鎖の果てに、お菊の無念すぎる形相の生首が宙に舞う名場面は、狙いすましたように無音でキメ。さすが演歌歌手ミッチー。サウンド効果も演出が完璧すぎる。
 そして後段への伏線として、刀を構えて見得を切るお菊の右腕に、大きめの紫紺のあざがあるところも完璧。ミッチー先生の構成力って的確なんですよ。実に無駄がない。

 ・・・・・・・
 これは素晴らしい名作を読めるぞ。居住まい正してあらためて本編を読み出してから15分後。

 「内容スカスカなんですよ!」
 「15分あれば読めますよ!」

 怪奇探偵スズキくんへ。
 きみは正しかった。この本には見事に内容が無い。
 この文章で本稿を締めてもよいのだが、蛇足を承知でもう少し続ける。ネタばれするけど、いいよね。

【その後のあらすじ】
 「あたしの蘇る前触れは、白い蛇!」
 豪快に予言し自刃を遂げたお菊の祠に、いつしか歳月は走馬燈のように過ぎ行き、万博、オイルショック、ジーパン殉職など日本の歴史を動かす幾多の星霜をけみしながら、時代は狂騒の80年代タケノコ族の世紀に突入していた。(註、タケノコ族とは南方の蛮族の意)
 こんな時代にたたりもなかんべと、祠に蛇の文様の入った不吉な石をわざわざ持ち込んだトンチキの行動が引き金となり、ミイラ化していたお菊の生首が大復活!石から抜け出た巨大白蛇に巻かれた生首は、竹とんぼを飛ばす原理と同一の手法で空中高く飛び去ってしまう。

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 「・・・マジかよ、まいったな・・・」
 頭を掻くお菊の父親。
 生首は故郷・岡山県(註、岡山県は日本一八つ墓な地として知られる)を抜け出し東進、出会う先々の小学生から身体パーツを勝手に拝借する非道でどろろチックな裏技を披露。具体的にどうやるかといいますと、もう説明になってないんだが、以下の手順。

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 お菊の生首が口から白蛇を吐き出す→少女がぐるぐる巻きにされる→蛇が外れるとアラ不思議、少女は脱水状態でミイラ化しバタリアンのオバンバになっている→お菊が気合一発クエッと叫ぶと、少女は五体バラバラ→両手足、アタマもギャグ漫画みたく、スポーーーンとすっこ抜けたあと、残った胴体にお菊の生首がパイルダーオーーーン!

 もう意味全然わかんないでしょ。でもスピードとアクションへのこだわりだけは充分感じてもらえるだろうか。
 こういう悪業を繰り返し、京都、名古屋と小学生を次々惨殺しながら、だんだん五体満足、完全体に近づいてきたお菊であったが、最後のパーツ、あざのある右腕を所有する少女には思わぬ苦戦を強いられることに。あろうことか、実の父が近所の山伏を連れて応援に駆つけるという地下アイドルもかくやという大盛り上がり。
 山伏は、うさぎで油断させておいて、首に荒縄も輪っかを捲きつけ、青竹しならせて宙に吊り上げ縛り首にし始末。(これまたスピード溢れる流れるような、見事なアクション描写)
 実の父親は、全身を枯れ葉まみれにし、かつその枯れ葉をブクブク溶かし、バッチイと電話ボックスに逃げ込んだところを、街路樹を引っこ抜いて即席でこさえた(割には先端がよく尖っている)3mはある巨大棒杭を投げつけ、ボックスのガラスを突き破って腹腔部を貫通させ見事に惨殺。『オーメン』と『エクソシスト』を中途半端な記憶力で脳内フルダビング再生し、無理やり繋げた奇想天外アクションの連鎖に、痺れるねぇ。SFは絵だねぇ。大友克洋の『童夢』とかとっくに出てる時代にこれだもの。素晴らしすぎる。

 でもね、きみ。
 大友マンガとひばり。どちらがマンガとしてより魅力的で、ワイルドで、アナーキーで、かつ野性の魅力に富んでいると思う?真の意味でのイマジネーションを体現しているのは一体どちらなんだろうか。(え?大友だって?あ、そう)
 
 右腕担当の少女とお菊の最終対決は、深夜の遊園地だ。
 全速回転するメリーゴーラウンドの上で、回転木馬を飛び越えながらロケットパンチの如く着脱式の手足をバシバシ撃ってくるお菊に対し、童謡かごめかごめを爆音で歌唱しながら、隠し持っていた日本刀でお菊の頭を唐竹割りに斬り下げる最後の見せ場を見逃すな!
 (そして、スピード狂につきものである、爆走後の死にたくなるような虚脱感もお忘れなく)

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2019年9月16日 (月)

フリッツ・ライバー『放浪惑星』('64、東京創元社 創元推理文庫SF)

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  ↑やはり最悪の表紙であることは疑いようがない

 この世は、いわばヒマ人のためにある訳ですよ。みんな、なにかやってるじゃないですか。生きてく為の必須活動以外のこと。
  しかし同じヒマ人でも、金のある奴には選択肢がいっぱいある。ハワイ行って炎上とか、ポルシェに乗って炎上とか。満漢全席全部食い残すとかね。愉快なもんですよ。
  一方で、金もない、時間もない、たいした才能も持ち合わせない大多数の一般大衆には、実はたいして選択肢がない。しかしそこはそれなりに考慮しましょうってことで、まー、そういうことで、みんなやってるよね。携帯ゲーム。
 でも、こないだ区役所へ向かうバスでさ、定年間際の、髪の毛フケだらけで小太りの、丸いおっさん公務員がキラキラアニメなファンタジー系バトル画面を操作してる場面に偶然遭遇しまして、正直オゲッってなったんですけどさ。ま、そういう人はかつて時代小説とか経済新聞読むとか、週刊誌のエログラビアとかいってたよね。昭和のころまでは。でも今年60歳定年を迎える模範的な公務員世代にしてみれば、25歳の時にはもう地球にスーパーマリオが存在している訳よ。あれから34年、そのくらいゲーム客は間口が拡がったんでしょうな。ファンタジー系公務員登場ですよ。うんざりだね。
 前置きが長くなりましたが、そのおやじの乗ったバスの背後の座席で、私が読んでいたのが今回取り上げるこの本である。

【あらすじ】
 
 1964年ビートルズ全米席捲の年。公民権法成立、トンキン湾決議(※合衆国によるベトナム戦争介入拡大政策を支持する議会決議)。激動と混沌の坩堝、シックスティーズのど真ん中。
 ある晩、カリフォルニアのUFO研究グループが熱心に夜空を眺めていると、突如、超空間から出現したムラサキと橙色の縞々に染められた銀河ヤンキー仕様の超カッコイイ惑星が、月を丸ごと一気喰いにする。
 「うわー、マジかよ、月が無くなっちゃったゾ~」っって、全員暢気に大騒ぎしている間に、磁気異常やら電波障害、潮汐力消滅による高潮の危機から地殻変動、巨大地震に火山噴火と、限りなく地球最後の日に近い事態となり果てまして。
 そして遂に、ピンクの豹柄メイクでギンギンにキメた、ニューハーフのドラッグクィーンみたいな雌猫宇宙人が地球の男をさらいにやって来た!

【解説】
 まず言っとく、これは圧倒的に大人向けのサービス本である。お子様は読んではいけない。
 性描写もあるし、残虐シーンも、有名殺人鬼のカメオ出演(!)もある。これだけやってもらって文句言うやつはイヌ以下だよ。おまえ。
  本書の間違った感想としては「盛りすぎ」「多角視点がうざい」「異星人とのファーストコンタクトまで400ページは長すぎ」というのがあるが、これらはクソの意見なので諸君は積極的に無視するように。
 実際本書のレビューをあれこれサーチしていても碌な文章が出て来なかった。お蔭様で中学の時途中で頓挫したこの本を、50越えてから新鮮な気持ちで読み切ることができたのは、ま、良かったんじゃないの。

 ドイツ系アメリカ人SF作家フリッツ・ライバーは1910年12月24日生まれ。本書はすなわちほぼ50歳の時の著作である。

 
 ↑フリッツさんには違いないが、これはフリッツ・ランバー。本物のライバーは晩年の杉浦茂似。

 かの有名なファファード&グレイ・マウザー第一作「森の中の宝石」が1939年発表なのを見てお分かりの通り、ライバーというのはデビュー当時で29歳。スタートから既に立派なおっさんであって、「嫁は全員呪術師!」という衝撃と偏見に満ちた処女長編『妻という名の魔女たち』('43)や、未来世界の単なる宗教的いざこざを極力かっこ良さげに描く話題作『闇よ、つどえ!』('50)、時空を越えたヘビ軍とクモ軍団との泥縄的闘争をわざわざ低予算の演劇仕立てにするという実験的試み『ビッグタイム』('53)などなど、もともと熟し気味気質であった男がさらに熟していって、濃厚果汁フレッシュマンゴー無添加成分を絞り切ってから、皮だけ煮詰めたようなパニック巨編がこの本ということになる。
 そんなライバーの全作品を貫く作風とは、ひと言に要約すると“おっさんによる、おっさんのためのファンタジア"。崇高すぎてリンダ困っちゃう。
 渋すぎる傑作にして最後の長編『闇の聖母』('77)はライバー思想の集大成ともいえる一冊になっておるので、長編でまず読むならここから。私がそうだったもん。断片的に短編とか読んでてもライバーの正体は見えにくいと思うよ。

 さて、2019年に読む『放浪惑星』はメディアミックス的な視点から面白い。
 そもそもライバーの執筆動機やモティーフの根幹が、自分の幼少期に愛読した『スリリングワンダー』とか『アメージング』とかパルプSF雑誌の表紙絵に代表されるような、豪快すぎるヴィジョンの再現であって、しかし、そこをノスタルジーに浸ることなく60年代のドス黒い現実を正面からぶつけて、デストロイ!という魁男塾的ぶっちぎり姿勢が素晴らしい。好きなものは躊躇うことなく全部載せ。ピザにお寿司。トッピングは辛子マヨ。月が真っ二つに割れて、その隙間を墜落寸前のアポロ13号がくぐり抜けて、反対側まで通り抜けちゃう“究極通りゃんせ”の場面なんか、もう最高にハードなパルプ感覚。今ならCGで簡単に映像に出来ちゃいそう。

 そして、些末なお遊びレベルでライバーはヒッチコックをライバル視していた可能性があって、先に述べた『ビッグタイム』が一幕劇として『ロープ』('48)のオマージュになっているいたりするし、本書でも崖から転落するトラックの運転席に乗る男、彼の被った黒い帽子のアクションカットが見事な映画視点になっていたり、これは怪しい。潮の引いた海峡を酔っ払い詩人がふらふら彷徨う場面なんかも、絵としていいんだよ。地下鉄をうろつく黒人ギャング3人を左右から閉鎖通路を爆走する真っ黒い海水の鉄砲水が一気に飲み込む名場面なんかも、いいよね。スペクタクル映画だよね。『十戒』('56)より70ミリだよね。
 あと「地球に急接近した謎の天体が影響を与える」プロットは、多角的視点の乱れ打ち構造を含め二―ヴン&パーネル『悪魔のハンマー』に直接的な影響を与えていると思うし、そういえばあの小説にも地上の惨事を目撃してきた宇宙飛行士が地上に帰還する場面があったな。
 でも、それよりなによりショッキングなのが、完全な未知のものでなく、まるでマンガのコミック描写みたいな宇宙人や超銀河社会の割り切った描き方ですよ。

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↑こういうネコ型宇宙人とキメられる!ネコが好きだ!イヌより好きだ!

 正直この本で宇宙人がファーストコンタクトしてきたとき、残りページ数を確認しましたよ。本の厚さからして、残り半分を切ってるんですよ。うわ、こりゃどうするんだ、濃密な現実感覚でここまで物語を引っ張ってきてるからさ、そのままの流れでやるとこのページ数じゃ足りないよ。だいいち。かったるくなっちゃう。だって完璧な絵空事でしょ。リアルに見せるにはページ数が全然足りなくなるんだよ。
 そこをライバーは完璧なマンガできましたね。印象的な絵をパッパッと切り替えていって、テンポよく見せる。現実とマンガを軽快に絡ませる、これって『ロジャー・ラビット』('88)の手法だよ。(いや、アニメと実写の究極セックス場面があるから、バクシの『クール・ワールド』('92)か)すげぇな。
 ライバーは大人なんですよ。いい歳こいて衝撃の異星人描写うんぬんもないもんだよ、という実に割り切った態度でエンターティメントを書いてる。作家としての誠実な姿勢を感じますよ。

 “キリストの生誕から2,000年も過ぎてるんだぜ。
  いい加減、俺たちも新しいクソったれに目覚めようよ”
 (フランク・ザッパ『シーク・ヤブーティ』’79)

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2019年6月27日 (木)

ショーン・ハトソン『闇の祭壇』('88、ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)

人骨!カルト!祭儀!意味不明の極悪な人体破壊描写と未成年者による異常セックスの連打!麻薬と闘犬、夢のコラボ!
―イイネ100連発!
 底の浅い、子供も騙せないミスリード満載の展開もGOOD!構成にとにかく無駄が多すぎる!(特に土建屋の)人体とか人命とかをあまりに軽視し過ぎ!
 ショーンくん(※ジョン・レノン次男)には厳重注意の上、訓戒だ!

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【あらすじ】
 アミューズメントパーク建設現場で発見された地下の古代の遺跡。それは二千年以上前の古代ケルト人が建造した秘密神殿だった。首を切られた子供の遺体が600体!切られた髑髏は、目玉刳り貫かれて床に敷き詰め飾られている。一体どういう信仰だったのか。なんでそんなことする必要あったのか。
 クーパー博士以下暇な考古学者様ご一行は、人類史上空前ともいえる巨大な謎の解明にワクワクしながら取り組むが、好事魔多し、次々に“超自然的”としか言いようがないオカルティックな恐怖に襲われ死んでいく。

 具体例を挙げよう。
 最初の犠牲者は地下の遺跡へ通じる縦穴から墜落した男。失敗したマリオのようにヒューーーッって落っこちて行って、落下地点に生えていた巨大な梁にグッサリ身体を貫かれ内臓ベロンとはみ出しホルモンぶちまけ死亡する。なんでまたこんな危険な重量物が地下数十メートルに設置されていたのか。
 いや、深い意味は無いんだよ。この設備に関する説明ないし。彼を最も惨たらしい死に到らしめる為に二千年前の古代ケルト神官はわざわざそんな面倒なものを坑道に運び込んで設置していたという。殺人のための殺人トラップ。こりゃもう、死因なんて呪いというよか絶対マリオの操作ミス。運が悪いだけだよ。

 一方で、土地開発により安住の地を奪われそうになっているカルトな地主。彼は高校にも行けない不憫な中卒男女をヘロインで操り、深夜の森の中で怪しい祭儀を繰り返しているのだが、これまた別に深い信仰とかたいした考えとかは無いの。ひたすら豚の血かけて未成年を番わせ、そこらの樹に動物の内臓掛けて廻ってるだけ。ご苦労さんとしか言いようがない人物。
 この人のやってる課外活動とメインテーマの邪神復活が当然リンクしてくるだろうと思ったら、まったく関連しないんだよね。出てきただけ。怪しいだけ。本筋と関係しません。斬新すぎる新本格一派みたいな小説手法に鴎外も号泣。

 あと、地元で闘犬トーナメントの闇営業を営むやくざ者とか出てきますけど、自分の妻をボコボコにし犬舎の床で強制結合をキメるとか、地味な活動しかしません。本業はヘロイン販売。権力者や嫌味な金持ちにガンガン売りつけ、闘犬に出す狂った犬を自宅地下で育成中。コイツで全国制覇だぜ。人間の手ぐらい楽勝で噛み千切る、やばいマッドドッグパワーは物語終盤ちょっとだけ役に立ちます。

 そんなグダグダな展開の中、とことん暇な人々を正体不明の殺人鬼が襲う!
 最大の被害者は土建屋とその手先。そもそも、ダンプのサイドブレーキをちゃんと引かずに昼飯喰いに行って、小屋ごと車輪で圧し潰されるなど、非常に事故の多い迂闊な現場でありますが、そこへ心臓をひとつかみで抉り出す怪力を持った熱心な殺人者が現れ、油断する人々をガンガン殺戮していく。地上げ屋とか土地鑑定士とか、金持ってるやつほど露骨に残酷にヤルあたり、ショ-ンくんの異様なルサンチマンを感じる。銀行員とか不動産資格持ってるやつとか全員死んでもいいよな。
 この謎の殺人者、常人とは思えぬ異常な腕力でドアを素手で突き破るなど、主にステゴロと眼球摘出と全身皮剥きに拘った高度な殺人テクを披露していくのですが、ま、正体が人間じゃないのはバレバレとして、最初は土建屋とそのスタッフ連中を重点的に狙って凶行を遂げていくので、「実は正義の士?森の精霊みたいな?」と思われましたが、ワンパターンな殺人行動に飽きると町に住む愉快なレズビアン・カップルをレズ性交の現場にて血祭りにあげたりして、「この人やはり暇なのではないか?」と真剣に考えざる得ない無軌道かつ不謹慎な展開が素敵だ。
 それでも最終的にはハルマゲドン、この世の地獄が到来し、ヒロインはゲロ吐きながらおぞましき変貌を遂げ、ここまで異常殺人を捜査してきた警部は、血涙流しながら年端もいかない子供を殺し捲り、やがて暗黒大魔神が地上に降臨する・・・!

【解説】
 正体不明の殺人者が何者か、という謎を盛り上げるため、ミスリードのための伏線として未成年セックスのカルト地主とか出てくるわけですが、もちろん有効には機能しません。
 例えば、これは事件ではなく、ただの偶然だと思うのですが、青年が棚から落ちてきた硝酸をモロかぶってしまうシーンがあります。そこでも酸で顔や体が溶けるシーンがやたら派手に描写されるのですが、ま、話の筋にはまったく関係がない。残虐のための残虐。好きなもの全部載せ。
 傑作だと思います、マストバイ。

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