« 2022年6月 | トップページ | 2022年9月 »

2022年7月

2022年7月24日 (日)

P.D.ジェイムズ『不自然な死体』(Unnatural Causes、1967年) <早川書房 世界ミステリシリーズ1410>

「怪奇探偵スズキくん、いま怪奇はどこにある?」

 古本屋のおやじは饐えた暗闇の中に座ってしゃがれた声で問いかける。
 昭和感漂う古本屋『運減堂』は、文京区本郷から台東区上野へ向かう暗闇坂の途中に、時代に取り残された遺物のように傾いで建っている二階屋である。なにせ目前は東大本郷キャンパス弥生門、嘗て樋口一葉など名立たる文人が本郷から上野を行き来した道も古式を偲ぶゆかりはまったくなく、門構えの大きい曰くありげな家もまだ辛うじてあるとはいえ、坂道沿いに繁茂してきた樹々の投げかける深い陰影など大半取り払われ、すっかり面白みの無い都心のありきたりな二車線道路の細い坂道と成り果てている。
 誰も来ない店内にイスを設え、お馴染み怪奇探偵スズキくんはのんびりお茶など啜っている。
 赤褐けた斜光が正面のガラス戸からうっすらと差し込み、居並ぶ本棚にぎっしり詰まった背の灼けた古書の山を照らし、カウンターに座った異様に真剣な面持ちの猿に似た老人の顔を闇に浮かび上がらせていた。 

「そりゃ読者の皆さんの心の中に、依然としてあるでしょ。怪奇を求める心は不変ですよ」
「うん。先日の元首相射殺事件だって主たる国民の関心は背景に拡がる闇にある。宗教団体、無茶な献金、一家離散と自殺未遂、元自衛隊」
「いや、自衛隊は闇じゃないでしょ(笑)」
「22歳元女性自衛官が実名・顔出しで自衛隊内での「性被害」を告発・・・という記事がAERAに載ってたが。わしの小学校の幼馴染が自衛隊の医官かなにかで結構羽振りいい筈だが、あいつ出身は仏教大だぜ」
「(笑)いや、ぜんぜん、闇を感じませんが」
「まったく風情のわからん奴だ」

 おやじは溜め息をつき、テーブルの煙草を取り上げ火を点けた。
 スズキくんは愛想笑いを浮かべて、腕を組む。

「ただ、なんとなく言いたいこともわかる。平坦に地ならしされ無味乾燥、アメリカナイズにフラット化されたつまらん現代社会でも、人間居るところには常に闇の影が付きまとう・・・ですか。あなたと川島のりかずの持論ですね」
「百年以上生きてみて分かったんだが、人間のやることなんて、そんなに変わらんよ。権威というものが悉く矮小化され貶められる明るいSNS社会にだって闇はある。普段出て来ない内面が吐き出され易い傾向を考えれば、一層闇は深まったと言えよう」

「あんた百年以上生きてたんですか。そりゃご苦労様です」
 怪奇探偵は半ば呆れた口調で言い放ち、お茶を啜る。
「その割に迂闊ですよね。隙が多い。このブログで言えば、2010年2月好美のぼる『悪魔のすむ学園』の記事をアップした時、あなた、パソコンを通じて悪魔が呼び出される設定が『女神転生』だって知らなかったでしょ?」
「うん、昨日YOUTUBE観てて気づいた。無知でした。謝罪しとく」

【ファミコン】女神転生 合体好きにはたまらない名作RPG
214,263 回視聴2022/07/20
https://www.youtube.com/watch?v=HUSr_CO6Bms

「ま、しかし、アレだな、スズキくん。ボルヘスだって『女神転生』知らないで「バベルの図書館」シリーズを編纂したんだろうしこりゃもうノーカウント、ノットギルティだよな!」
「・・・な、わけないでしょカスが!」
 卑屈な笑いを浮かべるおやじを軽く一蹴し、怪奇探偵スズキくんは本題に入った。

「さてさて今回は、42歳デビュー!元看護婦にして生活苦の育児ママ、英国ミステリー界の大御所P.D.ジェイムズおばちゃんの初期傑作、『不自然な死体』を取り上げる訳ですが・・・」
「ここで注意!文筆家の最大のタブー、推理小説の評論を敢行するためには犯人もオチもすべてバラさねばならぬ、を今回も忠実に実行するからな!この本に少しでも関心があって将来読むかもと思う人は、読んでから来い!読んでから必ず来ないと、ギロチンに架けられ首を捥がれた血塗れのおやじが真夜中にきみの後ろに立つからな!ま、ただ単に立ってるだけなんだけどな!動きにくいぞ、気をつけろ!」
「はいはい。本書のあらすじはおやじに任せると嘘を書くといい加減わかったので、Amazonの商品ページから引用します」

内容(「BOOK」データベースより)
 ダルグリッシュ警視が休暇でサフォークの叔母を訪ねた日、両手首を切断された男の死体が、小さなボートに乗って近くの海岸に流れついた。
 遺体は付近の村に多く住む物書きの一人、推理作家のモーリス・シートンだった。
 さっそく郡警察が捜査を開始したが、解剖の結果、意外な事実が判明した。死因は心臓麻痺。自然死だったのだ。
 だが、はたして純粋な自然死なのか。手首切断の背景には何があるのか?ダルグリッシュは否応なく事件に巻き込まれていった…。
 人間と背景の緻密な書きこみと謎解きの妙が見事に融合した、ミステリの新女王の初期の秀作。
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB%E4%BD%93-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766045

「確かに面白そうな発端ですね。掴みはオッケーな感じがします」
「P.D.ジェイムズはちゃんとしてるんだよ。エンタメをわかっとる。溢れる凶悪な遺体損壊とネガティブ極まる人間描写。端的に言ってこりゃ横溝正史だな!」
「は、唐突に横溝ミステリーですか。あの宇宙飛行士Dさんも最大級のリスペクトを捧げるという(笑)」
「あいつは、いい歳こいて『怪獣男爵』のハードカバー復刊を購入してしまう本物の痴れ者だよ。お前の方がよっぽど怪獣男爵だっつーの」
「(笑)しかし、レビュアーは全員これが横溝だとは誰も気づいていない模様です。以下ランダムに引用抜粋してみましょうか」

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 1989/8/1
P.D.ジェイムズ (著), 青木 久恵 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB%E4%BD%93-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766045

河童の川流れ-ベスト500レビュアー

結末も不自然な構成であり、ネタバレになってしまうが、あの男を、あの女が手足のごとく使いこなすことができるだろうかとの違和感は免れない。
他のレビュアーが書いていましたが、「障害者に対するあからさまな嫌悪感が書かれていて非常に不快です。」とのご指摘は評者も同じように感じていたから同感してしまいました。

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P.D.ジェイムズ
https://bookmeter.com/books/20419

kyoko
なんか気色悪い物語だった。好感を持てる人はダルグリッシュの叔母のジェインだけ。我がまま勝手な村の人たち、それぞれの人間性に興味を持てないまま(自分のせい)、突然の独白で事件解決。
(引用終わり)

「お前ら、本当バカだね!横溝だから人権無視なんだよ!(爆)特にkyouko!お前、小学生みたいな幼稚な感想書いてんじゃないよ!」
『只今不適切発言がありました。おやじは訂正してください』
「???」
「今のは今回から導入された違反行為判定A.Iです。当サイトの利用運営ポリシーに反する行為発言があった場合、自動的に稼働し反省を促す。度重なるルール違反が認められた際は利用者のアカウントを凍結する怖ろしい機能を有しています」
「お前が裏声で喋ってるんじゃないのか。だいたい貴様なんで後ろ向いて喋ってるんだ?」
「いいから先に行きますよ。次は好意的な発言の方です」

■不自然な死体 (1983年) (世界ミステリシリーズ)

mothra-flight
1、2作目で希薄だった探偵趣味が全面開花。両手首を切断されボートで漂う死体という最高のつかみから、自然な「不自然な死体」の解決ぶりは、その悪趣味ぶりとあいまって見事。

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 1989/8/1
P.D.ジェイムズ (著), 青木 久恵 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB%E4%BD%93-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766045

Nody-ベスト500レビュアー
ミステリとしても何故死体の両腕を切断したかという、後年の作品には見られない強烈なホワイダニットの面白さがある。中盤、ダルグリッシュがロンドンに赴く辺り、構成が緩むのが惜しいが、押し寄せる嵐の中、グロテスクな犯人の内面が明らかになるクライマックスは息もつかせない迫力だ。
(引用終わり)

「そうそう、遺体損壊にはちゃんとした理由があるんだよね。酷い理由が。途中両手の無い死人がタイプした手紙が届いて、容疑者一同ガクゼンとなるとか身障フル活用(笑)」
「クリスティは映画化されても、ジェイムズがされない黒い理由はその辺りにあるんですかね?」
「そうそう、ちゃんとクライマックスに大ネタでアクションを入れてくる。今回も終局に行くほどエンタメ指数が急上昇。メリハリの効いたプロの作劇術なのに。差別はおかしい」

■不自然な死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P.D.ジェイムズ
https://bookmeter.com/books/20419

はもやん
【ネタバレ】これは女性でないと書けない話だなぁ。犯人の怒りもわかる気がする。なんとなく彼女のことが嫌いなダルグリッシュの「男の内心」も見透かしてて面白い。最後、ダルグリッシュ自身がデボラにフラれる理由も理由だし。

花乃雪音
タイトルはセイヤーズ『不自然な死』のオマージュとなるが、不自然な死体というには両手首が斬られた死体というだけでは大仰な表現に思えた。しかし、その後に実は自然な死であったことがわかる。最後に語られる両手首を切られた不自然な死体とした理由は凡庸だが死体を不自然と自然の間で行き来させたことでタイトルが意味をなしたように思える。

セウテス
タイトルから解る様に、セイヤーズ氏「不自然な死」へのオマージュ作品であり、本家そのままと感じる描写も後半には在る。しかし何故手首が切り取られたのか、という考察が少ない上に面白くない。圧倒的に、本家に軍配が上がると思う。どうやら、独自性を出し始めた時期に当たる作品なのだろう。また名探偵の見せ場である犯人を特定するクライマックス、こうした演出にも作者なりの批判を込めて描いたと感じる。
(引用終わり)

「おいおい、花乃雪音!お前の文章、何回読んでもなに言ってんだかサッパリわかんねーんだわ!
『最後に語られる両手首を切られた不自然な死体とした理由は凡庸だが死体を不自然と自然の間で行き来させたことでタイトルが意味をなしたように思える』
 理由は凡庸?なに抜かす?そりゃ蓮見か?正体は蓮見学長だろう貴様?!お前の手首を切り落として、干して乾かして三越の贈答品の箱に詰めてメキシコ人達に送ってやろうか?!この凡庸にスカしたクズ野郎が!」
『ピーッ、ピーッ。只今不適切発言が・・・』
「うるせぇ裏声小僧。だったら、オレの発言、どこが具体的にまずいのか説明してみろ!」
『殺害予告はNGです。あと蓮見と三越は、特定出来てて完全にあかんやろ。特に三越。アホかお前は!無駄にリアル企業を敵に廻して何の得があるんだっちゅーねん!』
「わーわー、ハスミはともかく、三越さん三越さんごめんなさい。溢れる三越愛の為せるワザなんです頼むから許してちょんまげ。そしてにゃんまげ」
 おやじ、平伏し連続土下座で地面に頭を擦り付け、床に穴を開けてしまった。

 怪奇探偵スズキくんは嘆息し、気を取り直して言った。
「ところで、唐突に語られるセイヤーズ氏の「不自然な死」とは・・・?検索してみました」

■不自然な死 (創元推理文庫) 文庫 – 1994/11/16
ドロシー・L. セイヤーズ (著), Dorothy L. Sayers (原著), 浅羽 莢子 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AA%E6%AD%BB-%E5%89%B5%E5%85%83%E6%8E%A8%E7%90%86%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BBL-%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%82%BA/dp/4488183042

殺人の疑いのある死に出会ったらどうするか。とある料理屋でピーター卿が話し合っていると、突然医者だという男が口をはさんできた。彼は以前、癌患者が思わぬ早さで死亡したおりに検視解剖を要求したが、徹底的な分析にもかかわらず殺人の痕跡はついに発見されなかったのだという。奸智に長けた殺人者を貴族探偵が追いつめる第三長編!
(引用終わり)

 おやじは床の穴から泥だらけの顔を持ち上げ、
「なんか、これ、普通じゃね・・・?読んだことある感、満載なんじゃね・・・?」
「おそらく花乃雪音とセウテスは、『おまいら知らねーのかよこのカス』病の知識マウントでしょ。でも本書と確かに関連はありそう。タイトル原題. Unnatural Deathだし。暇があったら比較してみる必要がありましょうが・・・浅羽が訳してるんじゃ期待薄かな・・・」
「でも、絶対この本は横溝じゃないよな!!!もう断言しとくわ!ジェイムズの最大の長所は、英国人のくせに獄門島に勝手に出張してきているところにある」
「まだ無茶言いますか。あんまり言うとまたA.Iに怒られますよ」
「いや本当だって。P.D.ジェイムズには超有名作品『女には向かない職業』というのがあって、江口寿史かそれに似た人が文庫版カバーを描いているので、てっきりおしゃれな都会派ミステリー作品かと誤解していたら、実際読んで驚いた。ゴリゴリの昭和感溢れる因果物!」

■女には向かない職業 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 1987/9/15
P.D.ジェイムズ (著), 小泉 喜美子 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E3%81%AB%E3%81%AF%E5%90%91%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84%E8%81%B7%E6%A5%AD-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E6%96%87%E5%BA%AB-P-D-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4150766010/ref=asc_df_4150766010/?tag=jpgo-22&linkCode=df0&hvadid=295642265223&hvpos=&hvnetw=g&hvrand=2059325656949457903&hvpone=&hvptwo=&hvqmt=&hvdev=c&hvdvcmdl=&hvlocint=&hvlocphy=1009303&hvtargid=pla-579065870607&psc=1&th=1&psc=1

「巻頭でおっさんが無惨な死を遂げるのは『八つ墓村』だし、その遺言は、娘よ拳銃やるから『獄門島』へ行ってくれ。ケンブリッジの若者描写はまったく『悪魔の手毬唄』の大空ゆかりと取り巻き衆と瓜ふたつ!マジいや本当よ!遺体を鉤爪フック釣りするのは『蝶々殺人事件』だし、主人公は井戸に落とされ決死のサバイブ『車井戸はなぜ軋る』。あまりに酷い犯人とその動機は完璧『病院坂の首縊りの家』レベルであり、一族の因縁と無惨なシンクロニシティ。終盤を締めくくるアクションは『犬神家の一族』松子大立ち回りだ!」
「・・・えー、途方もなく熱弁奮ってるけど、本当ですか~?」
 怪奇探偵スズキくんは目を三角にして疑っている。おやじは襟を正し、

「疑うなら、論より証拠。読んでみたまえ。そして実際読んでみてから私に文句を言え」

| | コメント (0)

2022年7月10日 (日)

ウィルソン・タッカー『長く大いなる沈黙 』(1951、早川書房、矢野徹訳、<ハヤカワ・SF・シリーズ>3279)

『宇宙飛行士D!宇宙飛行士D!』
「・・・なんだよ、うるせぇな、ヒューストン」

 低い駆動噴射音が聞こえる。星屑が散りばめられた銀河系外空間の暗黒の彼方。真空のしじまを破ってロケットは飛び続けていた。

『こちらヒューストン。いや、実はな。ふと思い立って最近自分の書いた文章を遡って読み返してみたりしててさー・・・』
「うんうん」

 隕石遮断スクリーンに虚空に浮かぶ塵芥が衝突し、緑色の炎を上げて飛び散った。

『あらためて無駄が多いと実感。碌なことが書いてない。役に立たん。例えば、今回のレビューに宇宙設定いらない』
「Dよりヒューストン。・・・え、今さら?今頃になって、それを言う?この10年はなんだったん?!」
『ヒューストンよりD。われわれの初登場は2009年。スタートから既に10年以上も経過し、こりゃいかんと来し方を振り返り真摯に反省してみた。結論。絶望。一体なにがしたいんだろこの人。知識をひけらかしたい訳でもないし、そもそもたいした知識はない。身辺雑記要素もないし、人に共感を得たり繋がりたい願望もない。どこに向かって文章届けたいのか謎』

 宇宙飛行士Dは虚空を見つめ操縦桿を握ったまま、呟いた。

「俺は仲間のために書いてるよ」
『・・・え?』
「同じ趣味を持つ仲間や、興味を持ってくれそうな人。偉大な先輩や可愛い後輩、昔の友達や恋人。知り合ったすべての人たちに向けて」
『それセフレ含む?』
「うっせぇわボケ。ともかく自分の好きなものをより深く掘り下げて、世に広めていきたい気持ちは本当あるねぇー」
『ヒューストンよりD。ホントご立派。王道だと思う。俺にそういう考えは、一切ない』
「だろうな・・・」
『こないだアーカイブ読み返してみて、どっかのチンカス野郎に“ゴミクズレベルの文章”と揶揄されてるのに気づいたんだけど、よくよく考えたら、目指すのはそこかな?って思った。クズ以下の文章を強制的にお届けしてしまうこと。読んだ奴が全員後悔するレベルでぶちまけること。文字による拷問。そういうのがイイね!』
「はー、そうですか。最悪の目標だな!」

『褒め言葉ありがとう!!!(満面笑みでピースマーク)
 ということで、今週のピックアップはウィルソン・タッカー『長く大いなる沈黙 』。全然期待しないで漫然と読んでいったら、意外や面白かった』

「脈絡なくまた始まったな。本書は1979年1月あの久保書店Q-Tブックスから『アメリカ滅亡』の表題で復刊もされてます。同じテツ・ヤノ翻訳。その後文庫にはなってないし入手困難だろうが、そもそも入手したい奴がいない」
『で、このお話はね、細菌戦争によりアメリカ東部が壊滅。感染力の凄い細菌を封じ込めるため、ミシシッピ河沿いに軍隊が駐留し、川を越えて渡ってくる哀れな避難民を情け無用ない米兵が片っ端から射殺しまくるという。一種のジェノサイド、ワールドエンド系。若い子にはウォーキングデッド設定って言えばいいのかな。でもゾンビは出ません!細菌に感染した人は紫いろに変色して干からびて死んじゃうから』
「『大地よ永遠に』から続く破滅テーマのバリエーションか。ってことはポリティカルフィクションの要素ある?」

『ない!それが、全然ないんだ皆無。これには驚いた。社会的要素とかマクロな視点は一切ない。俯瞰描写もない。ハメットの影響なのか?グローバルな話でまさかのP.O.V.視点。爆弾落した元凶であるお馴染み赤い国との熾烈な駆け引きだとかさ、軍司令部の策動や政治の動き、本来最低限あってしかるべきものがほとんど書いていない。戦争が起きた原因すら憶測一行で終わりだし。医学方面、細菌の種類や、対処方法、解毒とか治療ともすべてが不明。潔ぎよすぎ。
 理由は簡単。叙述の視点が主人公の元アメリカ陸軍伍長からまったく動かないから。
 事件はもう、まったく現場でしか起こらない!マスマーダー絶賛実施中の過酷な状況下で、胡乱な人間数名が西へ東へうろうろ。それがこの話なんだ。貴様ら、ちょっとは状況を真剣に考えろよ!作戦会議ぐらいしろ!
 さらに言えば、この話の語り手、主役のサルは確実に人類として最悪レベル。性欲だけはゴリラ級の下士官ヤンキー独身30歳、低知能。絵にかいたような倫理無視っぷりで、モラル欠如のハラスメント行為を続々連発!コンプラ破壊の最低野郎すぎて、実に好感が持てるんだ』
「そんなやつに好感持つなよ!!!読んだ人はみんな憤ってるぞ!」

◆「奇妙な世界の片隅で」ウィルスン・タッカー『長く大いなる沈黙』(矢野徹訳 ハヤカワSFシリーズ)
http://kimyo.blog50.fc2.com/blog-entry-432.html
(引用)
主人公が、人を殺したり、利用したりするのに躊躇を覚えないという設定になっているのがユニークです。
積極的に悪事を働くわけではないにしても、自分のためなら基本的には何でもするという性格なので、読んでいて感情移入はしにくいですね。
この作品を読んでみると、他の「破滅SF」がいかに「ロマンティック」なものだったか、というのに気づかされます。
(引用終わり)

◆アルファ・ラルファ大通りの脇道
https://stillblue.ti-da.net/c44553.html
2006年02月01日12:30
「アメリカ滅亡」
(引用)
主人公はごく普通の人間。正義感があるわけでもなく、策略を企てたり、人を騙したりするのにも躊躇しません。悪人ではないけれども善人ではないのです。
(引用終わり)

『うーん、みなさん、本当うまく纏めてらっしゃる。恐ろしいことに、書かれてるみんなの感想は全部正解!すべてこの通りなのです!』
「Dよりヒューストン。つまりはアンチヒーローってことか?宇宙で女を見捨てる『ゲイトウェイ』一作目みたいなものか?」
『いや、そんないいもんじゃない。あれも最低だが知能はあった。綺麗事抜きに考えてみろよ。アメリカ人の本質って結構しょうもないものじゃないか。穴があれば突っ込むし、ポテチあれば喰いすぎて過食摂取でカウチから動けなくなるし。インディアンなら即座に撃ち殺すだろ?』
「不適切発言。差別偏見に満ちとるな。一応オレが宇宙から謝罪しとく。アメリカさんごめんなさい・・・って、ま、なんとなく言いたいことはわかりますが」
『所詮、金持った銃の国だからな。われわれは核の傘の下でふるえて眠る子羊ちゃんですよ。ぶるぶる。
 ともかく、この主人公は下劣なうえに卑劣で一切合切反省しないやつなんですよ。いいですね。それを頭に入れておかないとこの先展開についてこれないよ・・・!』

 と、ここで太陽表面で大規模フレアが噴き上がり、数秒間地球との通信が途絶。
 宇宙飛行士Dはその間に素早くコーヒーを淹れ、茶菓子を持って席に戻る。空間乱流に揺さぶれ無数の姿勢制御ジェットが舷側で閃く。
「あー、あー、お待たせ。Dよりヒューストン。聞こえるか?」
 
『ヒューストン感度良好。待ってた。続けるぞ。
 まずオープニングだ。休暇で街に出て安酒喰らって爆睡していた主人公が目覚めると、世界は既に破滅していた!限定的核戦争と細菌兵器使用が原因らしい。ここは『トリフィドの日』なんかでも定番、お馴染みの“覚醒すると世界の終わりが訪れていた”スタートなんだが・・・』
「普通じゃん?」
『いや、死体がゴロゴロ転がる通りを抜けて、食糧と水探しに出た二日酔いの主人公がまず最初に実行したことは、偶然出会った未成年の女の子をレイプすることでしたー!』
「へ・・・?」
『ここで目を疑って、マジかよ嘘だろ?と思ってると、話はさらに無軌道に展開。パトリシア・ハースト症候群で主人公に懐いてきた少女を、ちょっとの喧嘩であっさり見捨てます。理由は足手まといだから』
「ヒューストン。自分から襲っておいて?酷いな。そんなんでいいのか?俺はいいけど。確かにハメット以降のクールかつハードボイルドな世界観だな」

『ミッキー・スピレインでハドリー・チェイスで、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』だよネ。で、車パクって、盗んだガソリンで国道転がして、細菌爆弾喰らってない未汚染のアメリカ西部を目指すんだが、途中農家で食い物パクって愚劣な農民にミンチにされかけたり、軍隊崩れの暴力集団に襲われて泣きながら逃げたり。人として最悪の経験をしながら自分でもガンガン銃で人を撃ち殺し、人間偏差値を容赦なく下げ続け。秩序ない無法の世界からなんとか脱出しようと川を渡る橋まで来たら・・・。
 駐留している軍隊が橋を有刺鉄線バリケードで封鎖し、それを越えて渡ってくる奴をバシバシ射殺していた。婆さんも子供も見境なし。必殺の射撃手が最小限に節約した弾薬数で、パシパシ頭部を狙う精密射撃を駆使して、無実の避難民を容赦なく撃ち抜く!』
「え、そんな。公共がそんな暴虐行為してもいいの?」
『徐々にわかってくるんだが、細菌爆弾が撒き散らした名前のないウィルスは、物凄い感染力を持っていて罹患した患者の90%を確実に殺す。罹ると全身が紫色に腫れ上がり、短時間で紙みたくカサカサの灰色の干物みたいになっちゃう。これを防ぐためには感染地域を完全に封鎖し、ウィルスが自然消滅するのを待つしかない!だって研究しようとするとこっちがやられちゃうんだもの。コロナより最強』
「それにしてもなー・・・」
『結局、主人公含めて生き残ってる連中は、偶然抗体を保持していた珍しい人たちなんだよ。普通に捕まえて研究とかすりゃいいのに、問答無用に全員即座に射殺。橋に仕掛けた地雷で派手に吹っ飛ばす!かくて感染症対抗策に有効かつ貴重なサンプルはどんどん無益に失われていく』
「無茶しよるなー。なんか、人としても小説としても終わってる内容が平然と垂れ流されとるのね・・・」
『橋以外でも防備は無駄に完璧で、川底には爆雷。岸辺はトラップと有刺鉄条網。死角なく配置された監視台と周回する陸軍きってのスナイパー部隊の精鋭。河沿いに仕掛けられた防衛線を突破するのは、とても無理』
「この不条理な厳戒体制こそが現代の管理社会に対する痛烈かつ皮肉なアイロニーだとでも、無理にでいいから、心底感じろ!」

『さて、リバー突破を諦めた主人公は、河口なら、あるいは上流なら比較的警備が手薄なんじゃないかと思いつき、楽そうな方を選択し南下。知り合った同じ軍人崩れのやさ男とタッグを組み、物騒な奴らをバンバン撃ち殺し、農家を襲ってニワトリ盗み、フロリダまでやって来る。そこへこんなハードコアなホモダチ二名に割って入ろうという奇特な女が現れた!』
「・・・なんか、非常にヤな予感がする・・・」
『やることは、ひとつ。もちろんレイプです!!!輪姦です!!!』
「うわーーー、最低や~~~(涙目)」
『その上、人目につかない小さな無人島を発見し、そこに隠れ家をつくり籠城。そして、女をシェアします!』
「え・・・?カーシェアみたく???本当にリアルシェアするの?」
『がっぷり、どっぷり、ずっぽりシェアします!女の膣内では二人の男の精液がミックスされて混じり合います!見事に肉便器状態ですし、100%サセ子です!人倫モラルを越えてます!蠅の王です!』
「あちゃ~。めちゃモテ~(笑)」

『1951年といえば、かのサンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約が調印された年で、フィル・コリンズ、ブーツィ・コリンズのダブル・コリンズが生まれた年でもある。アカデミ賞ーはマンキーウィッツの悪女大作『イヴの総て』で、伝説の風俗嬢イブちゃんの花びらが全開になると国民的に大評判をとった』
「微妙な嘘を書くな。トルーマン・ドクトリン「武装した少数派あるいは外部からの圧力による征服の試みに抵抗している自由な国民を支援することが米国の政策でなければならない」から冷戦がスタートした象徴的な年。この小説を支配する強い不信感、征服と支配への苛烈な欲望はデスぺレートな時代背景を象徴してるんだろう」
『ヒューストンよりD。だからって、本当にシェアするか?(笑)』
「そうなると、妊娠が心配やねー・・・時間の問題だろ」
『は。この本の中で悪い予感は必ず的中。案の定、女は身ごもり、ハテサテどっちが父親だかわからない』
「最悪の状況じゃないか。どうするんだ?」
『でもね、よくよく考えると、実は女はモテ系細いヤサ男の方が元々好きだった(笑)
 といいますか、よくよく考えると、自分勝手なゴリラ野郎は大嫌い。乱暴なだけで勝手に中出しフィニッシュだし。
 かくてラブアタックを制覇した優男は一方的に父親宣言し、女と結託して主人公を楽園の島から追放します。最終的には銃で脅され、荷物のナップサック一個持って立ち去る破目に。非常に格好悪い。母親になろうという肉便器は終局で人間的な優しさを選択するのです。が、この選択は当然と思う』
「確かに外見なブサイクなだけじゃなく、この主人公、性格と行動面に難があり過ぎだろ。ヒューストン、人としていかがなものか」
『しかし、こいつ追放までされても一切反省しない。女に嫌われても特に恥と思わない特異な人格の持ち主。異様にメンタルだけ強め。ここはあっさり諦め北へと立ち去ります』
「なんか、野良犬の生きざまみたい。タフすぎ(笑)無敵のヒーローだな」

『その後、東の果てに生き残っているらしき軍司令部を求めて、隠密行動をとっていた特殊部隊の装甲車に遭遇。油断している小隊数名連中を夜闇に乗じて虐殺。ハリガネで縊り殺すなど手口も最悪のトリック駆使して車輌を不法占拠。そのままの勢いで橋を強行突破し感染地域を遂に脱出。念願の本土復帰を果たす』
「おお、燃える新展開。なにかこの閉塞状況を打ち破る大胆な作戦行動でもとるの?権力の中枢に攻撃を加えるとか、身分を隠して議員に立候補するとか?」
『取り敢えず、無傷な街に繰り出し、せんべろ(笑)』
「は・・・?」
『それから、売春婦を買って思う存分セックス(笑)』
「うわ、ダメなやつだなー。本物じゃん!」
『ズッポンバッコン大騒ぎの翌朝、抱いた女は全身紫の痣だらけになって瀕死状態です。こりゃヤベ。保菌者じゃんオレ。逃げろ~!(笑)』
「うつした女に同情とか反省とか謝罪とか全然せんのかい!」
『うん、まったく(笑)。とにかく自分さえよけりゃいいんだよこいつ。割り切り方が毎回物凄い。でも意外とそういう人って現実にいるよね?利己主義というか博愛精神皆無。会社のガムシロを纏めてパクるようなやつ。
 ともかくこのエリアじゃ捕まったら確実に殺される。最悪実験体で切り刻まれるかも。卑怯な人質作戦とかとってジープを奪い、地平線まで続くとうもろこし畑を横切って、なんとか再び河を渡り再脱出。命からがら東部へ舞い戻って来てみれば・・・』
「はいはい?」
『特に、その後の人生に目的希望など無いんだってことに気づく。空洞です。元の木阿弥、ジリ貧どん底状態に戻っただけ。
 ヒマだからってんで再び南下し、女をシェアしたエロ無人島に舞い戻ってみたが、あれから何者かに襲撃を受けたらしく小屋は壊され人の気配など無かった。散らばる薬莢のかけらが無惨。
 あぁ、俺はこのまま死ぬまで最低行為を繰り返し、朽ち果てて行くしかないのかと絶望に打ちひしがれていたら・・・』
「・・・誰も同情しないよお前になんか・・・」
『突如、廃墟の街に入っていく目を疑う美女を発見。よくよく見るってぇと、巻頭でレイプして捨てた女の成長した姿でした。しめた、ラッキー。より戻そっと。チャンチャン(笑)』

 沈黙の宇宙空間。土星の輪の乱反射が宇宙飛行士Dのヘルメットに美しく映える。カッシーニの空隙が鮮やかだ。
 
「・・・Dよりヒューストン。なんじゃソレ?」
『うん、さすがの私も幾ら何でもこの終わり方はないんじゃないかと・・・』
「あ・た・り・ま・え だーーー!!!」
『でも、このループ・エンディング(未成年の成長を待って結婚)がハインライン『夏への扉』(1956)に影響を与えた可能性はあるんじゃないのかな?』
「Dよりヒューストン。それ、ないわ」

| | コメント (0)

« 2022年6月 | トップページ | 2022年9月 »