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2019年11月 4日 (月)

三智伸太郎『呪いの首に白蛇が!』【ひばり書房】【ヒットコミックス119】('86、ひばり書房)

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↑この恐怖の場面はすべて本編中に実際に現れるシーンです。表紙に偽りなし!

 世の中には、「速いのがイイ人種」が確実に存在します。
 ジェット旅客機、スポーツカー、新幹線だって負けじとあくなきスピード開発に血眼になっている訳ですし、視点を変えれば、速弾きギタリストだって、超高速爆音演奏のメタルやパンクス諸君だって、あるいは300キロ越えの法定速度違反だって、牛丼早食い王だって、挿入前に漏らす早漏野郎だって、すべて世間一般からすれば「なにもそんなに速くなくていいだろ」レベルを乗り越え未知の次元に突き抜けようとする偉大なアウトローどもであり、言語道断無茶苦茶な人達なのです。
 そして私は、マンガにもたぶんスピード狂がいると思うのです。
 それがたとえば、三智伸太郎先生です。

 怪奇探偵スズキくんへ。
 きみはよく「内容スカスカなんですよ!」「15分あれば読めますよ!」とひばり系書籍をバカにしておるが、15分で180ページ強を読ませる技術って実はすごいことだよ。客がずうずうしくも、支払った対価以上の価値を当然の如く要求してくるコスパ重視のせこい世の中で、強烈なアンチとして機能する。明確な反社会的行為。
 いわば暴力テロに等しい行為だとおやじは思うのだよ。

【あらすじ】
 時代は1946年。広島長崎への原爆投下によって日本は敗戦を迎え、国民に不安と虚脱とが蔓延していたその時代。
 幼少期から病弱で布団を離れられない悲惨な生活をおくってきたブサイク少女・お菊は、かねてから計画してきた無謀なプランを実行に移す。親から貰ったこの身体、弱すぎてダメだ。最強ボディを集めて華麗なる輪廻転生を果たしてやる!
 動機は完全に私利私欲だけである。他人の迷惑など一顧だにされない。
 決意したお菊は、逆恨みの形相恐ろしく、家伝の日本刀を床の間の柱に突き立てるや、慌てる両親の見守る眼前で、自ら白刃の下へ全力ダッシュで飛び込んで一撃首チョンパに成功し自決!
 その際、「あたしの首は北の山の祠に納めてちょうだいネ!」と合間にチャッカリお願いするのも忘れなかった。

【解説】
 以上の場面はわずか合計8ページ。プロットと展開は以上の通り。
 この無理ありまくりなプロローグ、マンガの本編では欧米ホラー並みのインパクトを持つ異様なハイテンションでもって描かれている。

 具体的に細かく分析してみるが、まずファーストカット「床の間に置かれた、明らかに戦国時代の大将級の鎧兜と大振りな太刀」で1ページ。
 「ガシッ」と刀を掴み取り、ご丁寧にゴボゴボ吐血までしてみせる病弱少女・お菊のアクションに、両親がツインで駆け付けるところまでで1ページ。
 「こないで!」
 刀を振りかざし、癒えない病の連続に完全に心が折れたお菊の演技に1ページ。この間のお菊、セリフ吐きながら日本刀をビュンビュン振り回し両親を威嚇中。おやじ切りつけられ、からくも身をかわす。
 そして、大見得を切るお菊。
 「あたしは輪廻転生を信じ、かならず蘇ってくる!」
 「狂ったのか・・・」怯える黒髭に和服姿のおやじ。
 「約束して!私が死んだら、私の首を北の岩場に穴をあけ、その中に保存するのよ!」ここまで1ページ。
 しかし相当考え抜かれた計画であることだけは解るが、なんでわざわざ、そんなことする必要があるのか。必然性がさっぱり分からない。だが、問いかけても無駄だ。アンデルセン神父が放った弾丸の如き進行スピードで、三智先生は読者を常識の彼方へドライブさせていく。
 「もし約束を破ったら、父さんや母さんばかりか、村全体にまで災厄が及ぶわ!」
 え。
 どうやって?たたり的な?できんの。ホントに。おやじの頭は既にクエスチョン。
 「・・・わかった、菊。約束する」
 おいおい、涙目のかあさん、先走りで約束しちゃったよ。おやじ愕然。これで丁度1ページ。
 にやり笑った菊、日本刀を超高速アンダースローで床の間に投げつける。また斬られそうになったおやじ、瞬時に身をかわす。テンポいいアクションの末尾で、既にタタタと全力ダッシュを開始したお菊の姿。見つめる両親の恐怖の表情。これが1ページ。
 1ページぶち抜きで、勝手に斬首され、宙に舞うお菊の生首。噴き上がる真っ赤な血柱。
 次ページ、障子を突き破り庭に落下する、首なしの胴体。白漆喰の壁にビュシャーーーッと降りかかる鮮血。床に転がり(すべて自作自演なのに)無念そうなお菊の生首。
 
 どうです、すごいでしょ。
 まず指摘しておきたいのは、ミッチー(トラボルタ)先生が、あ、勝手に呼称を変えてますが、ともかくミッチー先生が映画的な記憶力をフル活用しながらこの場面を設計していることがわかりますよね。日本家屋の白壁や障子に鮮血がブシューーーッとしぶく演出は、もう誰が始めたんだかわからないくらい、日本映画の王道。残酷時代劇かジャパニーズ化け猫ホラーか中川信夫が先だと思うけど。でもね、自刃して果てる下りを独特のエクストリームなゴアシーンに仕立ててみせるのは、紛れもないミッチー・オリジナルクオリティ。だいたい行為自体がまず意味わかんないし、過剰すぎるし。ちょっとマンガ以外では成立しにくい独自性に満ちた表現であります。
 あと、この無茶を成立させるテンポ良さは特筆していい。 
 筋書きをポンポン叩きつけるようにカットを切り替えていく、その間画面は「ガッ」「ゴホゴホ」「ゲボ」「ガラッ」と騒々しい擬音に満ち溢れ、派手な音響効果の連鎖の果てに、お菊の無念すぎる形相の生首が宙に舞う名場面は、狙いすましたように無音でキメ。さすが演歌歌手ミッチー。サウンド効果も演出が完璧すぎる。
 そして後段への伏線として、刀を構えて見得を切るお菊の右腕に、大きめの紫紺のあざがあるところも完璧。ミッチー先生の構成力って的確なんですよ。実に無駄がない。

 ・・・・・・・
 これは素晴らしい名作を読めるぞ。居住まい正してあらためて本編を読み出してから15分後。

 「内容スカスカなんですよ!」
 「15分あれば読めますよ!」

 怪奇探偵スズキくんへ。
 きみは正しかった。この本には見事に内容が無い。
 この文章で本稿を締めてもよいのだが、蛇足を承知でもう少し続ける。ネタばれするけど、いいよね。

【その後のあらすじ】
 「あたしの蘇る前触れは、白い蛇!」
 豪快に予言し自刃を遂げたお菊の祠に、いつしか歳月は走馬燈のように過ぎ行き、万博、オイルショック、ジーパン殉職など日本の歴史を動かす幾多の星霜をけみしながら、時代は狂騒の80年代タケノコ族の世紀に突入していた。(註、タケノコ族とは南方の蛮族の意)
 こんな時代にたたりもなかんべと、祠に蛇の文様の入った不吉な石をわざわざ持ち込んだトンチキの行動が引き金となり、ミイラ化していたお菊の生首が大復活!石から抜け出た巨大白蛇に巻かれた生首は、竹とんぼを飛ばす原理と同一の手法で空中高く飛び去ってしまう。

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 「・・・マジかよ、まいったな・・・」
 頭を掻くお菊の父親。
 生首は故郷・岡山県(註、岡山県は日本一八つ墓な地として知られる)を抜け出し東進、出会う先々の小学生から身体パーツを勝手に拝借する非道でどろろチックな裏技を披露。具体的にどうやるかといいますと、もう説明になってないんだが、以下の手順。

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 お菊の生首が口から白蛇を吐き出す→少女がぐるぐる巻きにされる→蛇が外れるとアラ不思議、少女は脱水状態でミイラ化しバタリアンのオバンバになっている→お菊が気合一発クエッと叫ぶと、少女は五体バラバラ→両手足、アタマもギャグ漫画みたく、スポーーーンとすっこ抜けたあと、残った胴体にお菊の生首がパイルダーオーーーン!

 もう意味全然わかんないでしょ。でもスピードとアクションへのこだわりだけは充分感じてもらえるだろうか。
 こういう悪業を繰り返し、京都、名古屋と小学生を次々惨殺しながら、だんだん五体満足、完全体に近づいてきたお菊であったが、最後のパーツ、あざのある右腕を所有する少女には思わぬ苦戦を強いられることに。あろうことか、実の父が近所の山伏を連れて応援に駆つけるという地下アイドルもかくやという大盛り上がり。
 山伏は、うさぎで油断させておいて、首に荒縄も輪っかを捲きつけ、青竹しならせて宙に吊り上げ縛り首にし始末。(これまたスピード溢れる流れるような、見事なアクション描写)
 実の父親は、全身を枯れ葉まみれにし、かつその枯れ葉をブクブク溶かし、バッチイと電話ボックスに逃げ込んだところを、街路樹を引っこ抜いて即席でこさえた(割には先端がよく尖っている)3mはある巨大棒杭を投げつけ、ボックスのガラスを突き破って腹腔部を貫通させ見事に惨殺。『オーメン』と『エクソシスト』を中途半端な記憶力で脳内フルダビング再生し、無理やり繋げた奇想天外アクションの連鎖に、痺れるねぇ。SFは絵だねぇ。大友克洋の『童夢』とかとっくに出てる時代にこれだもの。素晴らしすぎる。

 でもね、きみ。
 大友マンガとひばり。どちらがマンガとしてより魅力的で、ワイルドで、アナーキーで、かつ野性の魅力に富んでいると思う?真の意味でのイマジネーションを体現しているのは一体どちらなんだろうか。(え?大友だって?あ、そう)
 
 右腕担当の少女とお菊の最終対決は、深夜の遊園地だ。
 全速回転するメリーゴーラウンドの上で、回転木馬を飛び越えながらロケットパンチの如く着脱式の手足をバシバシ撃ってくるお菊に対し、童謡かごめかごめを爆音で歌唱しながら、隠し持っていた日本刀でお菊の頭を唐竹割りに斬り下げる最後の見せ場を見逃すな!
 (そして、スピード狂につきものである、爆走後の死にたくなるような虚脱感もお忘れなく)

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