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2019年11月

2019年11月 4日 (月)

三智伸太郎『呪いの首に白蛇が!』【ひばり書房】【ヒットコミックス119】('86、ひばり書房)

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↑この恐怖の場面はすべて本編中に実際に現れるシーンです。表紙に偽りなし!

 世の中には、「速いのがイイ人種」が確実に存在します。
 ジェット旅客機、スポーツカー、新幹線だって負けじとあくなきスピード開発に血眼になっている訳ですし、視点を変えれば、速弾きギタリストだって、超高速爆音演奏のメタルやパンクス諸君だって、あるいは300キロ越えの法定速度違反だって、牛丼早食い王だって、挿入前に漏らす早漏野郎だって、すべて世間一般からすれば「なにもそんなに速くなくていいだろ」レベルを乗り越え未知の次元に突き抜けようとする偉大なアウトローどもであり、言語道断無茶苦茶な人達なのです。
 そして私は、マンガにもたぶんスピード狂がいると思うのです。
 それがたとえば、三智伸太郎先生です。

 怪奇探偵スズキくんへ。
 きみはよく「内容スカスカなんですよ!」「15分あれば読めますよ!」とひばり系書籍をバカにしておるが、15分で180ページ強を読ませる技術って実はすごいことだよ。客がずうずうしくも、支払った対価以上の価値を当然の如く要求してくるコスパ重視のせこい世の中で、強烈なアンチとして機能する。明確な反社会的行為。
 いわば暴力テロに等しい行為だとおやじは思うのだよ。

【あらすじ】
 時代は1946年。広島長崎への原爆投下によって日本は敗戦を迎え、国民に不安と虚脱とが蔓延していたその時代。
 幼少期から病弱で布団を離れられない悲惨な生活をおくってきたブサイク少女・お菊は、かねてから計画してきた無謀なプランを実行に移す。親から貰ったこの身体、弱すぎてダメだ。最強ボディを集めて華麗なる輪廻転生を果たしてやる!
 動機は完全に私利私欲だけである。他人の迷惑など一顧だにされない。
 決意したお菊は、逆恨みの形相恐ろしく、家伝の日本刀を床の間の柱に突き立てるや、慌てる両親の見守る眼前で、自ら白刃の下へ全力ダッシュで飛び込んで一撃首チョンパに成功し自決!
 その際、「あたしの首は北の山の祠に納めてちょうだいネ!」と合間にチャッカリお願いするのも忘れなかった。

【解説】
 以上の場面はわずか合計8ページ。プロットと展開は以上の通り。
 この無理ありまくりなプロローグ、マンガの本編では欧米ホラー並みのインパクトを持つ異様なハイテンションでもって描かれている。

 具体的に細かく分析してみるが、まずファーストカット「床の間に置かれた、明らかに戦国時代の大将級の鎧兜と大振りな太刀」で1ページ。
 「ガシッ」と刀を掴み取り、ご丁寧にゴボゴボ吐血までしてみせる病弱少女・お菊のアクションに、両親がツインで駆け付けるところまでで1ページ。
 「こないで!」
 刀を振りかざし、癒えない病の連続に完全に心が折れたお菊の演技に1ページ。この間のお菊、セリフ吐きながら日本刀をビュンビュン振り回し両親を威嚇中。おやじ切りつけられ、からくも身をかわす。
 そして、大見得を切るお菊。
 「あたしは輪廻転生を信じ、かならず蘇ってくる!」
 「狂ったのか・・・」怯える黒髭に和服姿のおやじ。
 「約束して!私が死んだら、私の首を北の岩場に穴をあけ、その中に保存するのよ!」ここまで1ページ。
 しかし相当考え抜かれた計画であることだけは解るが、なんでわざわざ、そんなことする必要があるのか。必然性がさっぱり分からない。だが、問いかけても無駄だ。アンデルセン神父が放った弾丸の如き進行スピードで、三智先生は読者を常識の彼方へドライブさせていく。
 「もし約束を破ったら、父さんや母さんばかりか、村全体にまで災厄が及ぶわ!」
 え。
 どうやって?たたり的な?できんの。ホントに。おやじの頭は既にクエスチョン。
 「・・・わかった、菊。約束する」
 おいおい、涙目のかあさん、先走りで約束しちゃったよ。おやじ愕然。これで丁度1ページ。
 にやり笑った菊、日本刀を超高速アンダースローで床の間に投げつける。また斬られそうになったおやじ、瞬時に身をかわす。テンポいいアクションの末尾で、既にタタタと全力ダッシュを開始したお菊の姿。見つめる両親の恐怖の表情。これが1ページ。
 1ページぶち抜きで、勝手に斬首され、宙に舞うお菊の生首。噴き上がる真っ赤な血柱。
 次ページ、障子を突き破り庭に落下する、首なしの胴体。白漆喰の壁にビュシャーーーッと降りかかる鮮血。床に転がり(すべて自作自演なのに)無念そうなお菊の生首。
 
 どうです、すごいでしょ。
 まず指摘しておきたいのは、ミッチー(トラボルタ)先生が、あ、勝手に呼称を変えてますが、ともかくミッチー先生が映画的な記憶力をフル活用しながらこの場面を設計していることがわかりますよね。日本家屋の白壁や障子に鮮血がブシューーーッとしぶく演出は、もう誰が始めたんだかわからないくらい、日本映画の王道。残酷時代劇かジャパニーズ化け猫ホラーか中川信夫が先だと思うけど。でもね、自刃して果てる下りを独特のエクストリームなゴアシーンに仕立ててみせるのは、紛れもないミッチー・オリジナルクオリティ。だいたい行為自体がまず意味わかんないし、過剰すぎるし。ちょっとマンガ以外では成立しにくい独自性に満ちた表現であります。
 あと、この無茶を成立させるテンポ良さは特筆していい。 
 筋書きをポンポン叩きつけるようにカットを切り替えていく、その間画面は「ガッ」「ゴホゴホ」「ゲボ」「ガラッ」と騒々しい擬音に満ち溢れ、派手な音響効果の連鎖の果てに、お菊の無念すぎる形相の生首が宙に舞う名場面は、狙いすましたように無音でキメ。さすが演歌歌手ミッチー。サウンド効果も演出が完璧すぎる。
 そして後段への伏線として、刀を構えて見得を切るお菊の右腕に、大きめの紫紺のあざがあるところも完璧。ミッチー先生の構成力って的確なんですよ。実に無駄がない。

 ・・・・・・・
 これは素晴らしい名作を読めるぞ。居住まい正してあらためて本編を読み出してから15分後。

 「内容スカスカなんですよ!」
 「15分あれば読めますよ!」

 怪奇探偵スズキくんへ。
 きみは正しかった。この本には見事に内容が無い。
 この文章で本稿を締めてもよいのだが、蛇足を承知でもう少し続ける。ネタばれするけど、いいよね。

【その後のあらすじ】
 「あたしの蘇る前触れは、白い蛇!」
 豪快に予言し自刃を遂げたお菊の祠に、いつしか歳月は走馬燈のように過ぎ行き、万博、オイルショック、ジーパン殉職など日本の歴史を動かす幾多の星霜をけみしながら、時代は狂騒の80年代タケノコ族の世紀に突入していた。(註、タケノコ族とは南方の蛮族の意)
 こんな時代にたたりもなかんべと、祠に蛇の文様の入った不吉な石をわざわざ持ち込んだトンチキの行動が引き金となり、ミイラ化していたお菊の生首が大復活!石から抜け出た巨大白蛇に巻かれた生首は、竹とんぼを飛ばす原理と同一の手法で空中高く飛び去ってしまう。

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 「・・・マジかよ、まいったな・・・」
 頭を掻くお菊の父親。
 生首は故郷・岡山県(註、岡山県は日本一八つ墓な地として知られる)を抜け出し東進、出会う先々の小学生から身体パーツを勝手に拝借する非道でどろろチックな裏技を披露。具体的にどうやるかといいますと、もう説明になってないんだが、以下の手順。

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 お菊の生首が口から白蛇を吐き出す→少女がぐるぐる巻きにされる→蛇が外れるとアラ不思議、少女は脱水状態でミイラ化しバタリアンのオバンバになっている→お菊が気合一発クエッと叫ぶと、少女は五体バラバラ→両手足、アタマもギャグ漫画みたく、スポーーーンとすっこ抜けたあと、残った胴体にお菊の生首がパイルダーオーーーン!

 もう意味全然わかんないでしょ。でもスピードとアクションへのこだわりだけは充分感じてもらえるだろうか。
 こういう悪業を繰り返し、京都、名古屋と小学生を次々惨殺しながら、だんだん五体満足、完全体に近づいてきたお菊であったが、最後のパーツ、あざのある右腕を所有する少女には思わぬ苦戦を強いられることに。あろうことか、実の父が近所の山伏を連れて応援に駆つけるという地下アイドルもかくやという大盛り上がり。
 山伏は、うさぎで油断させておいて、首に荒縄も輪っかを捲きつけ、青竹しならせて宙に吊り上げ縛り首にし始末。(これまたスピード溢れる流れるような、見事なアクション描写)
 実の父親は、全身を枯れ葉まみれにし、かつその枯れ葉をブクブク溶かし、バッチイと電話ボックスに逃げ込んだところを、街路樹を引っこ抜いて即席でこさえた(割には先端がよく尖っている)3mはある巨大棒杭を投げつけ、ボックスのガラスを突き破って腹腔部を貫通させ見事に惨殺。『オーメン』と『エクソシスト』を中途半端な記憶力で脳内フルダビング再生し、無理やり繋げた奇想天外アクションの連鎖に、痺れるねぇ。SFは絵だねぇ。大友克洋の『童夢』とかとっくに出てる時代にこれだもの。素晴らしすぎる。

 でもね、きみ。
 大友マンガとひばり。どちらがマンガとしてより魅力的で、ワイルドで、アナーキーで、かつ野性の魅力に富んでいると思う?真の意味でのイマジネーションを体現しているのは一体どちらなんだろうか。(え?大友だって?あ、そう)
 
 右腕担当の少女とお菊の最終対決は、深夜の遊園地だ。
 全速回転するメリーゴーラウンドの上で、回転木馬を飛び越えながらロケットパンチの如く着脱式の手足をバシバシ撃ってくるお菊に対し、童謡かごめかごめを爆音で歌唱しながら、隠し持っていた日本刀でお菊の頭を唐竹割りに斬り下げる最後の見せ場を見逃すな!
 (そして、スピード狂につきものである、爆走後の死にたくなるような虚脱感もお忘れなく)

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2019年11月 2日 (土)

アルフレッド・ヒッチコック 『ファミリー・プロット 』(’76、ユニバーサル・ピクチャーズ)

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(※古本屋のおやじのシネマカフェにて、本編上映後フリートーク)

 「意外と見落としがちな本作のポイントとしては、バーバラ・ハリスの演じるブランチが胸のないセックス好きだってとこかな?やたら彼氏に“泊っていきなよ”とおねだりするんだが」
 「いや、セックス好きと胸は関係ないでしょ」
 「ヒッチはそう思わなかったみたいよ。終段の監禁室前のショットだったと思うが、上部からのぞき込む盗撮目線カメラがあるんだけど。ネグリジェだか薄いぺらぺらシャツだか、胸元の開いたやつを上から覗くセクハラアングルね。女優さんってたいへんよね。その場面で映る胸元の薄さは、こりゃもう、絶対狙ってやってるとしか思えないんだよねー」
 「偶然でしょ?そもそも何の意味が?」
 「失礼ながら、たぶんギャグの小ネタ(笑)サービスショットへのアンチ。ひねくれ者だから。
 この作品、実はヒッチさんの遺作として有名であるんだけどさ。往年の犯罪スリラーの70年代版を依頼されたのに、何をトチグルったか、明るくコミカルでベタベタな犯罪コメディにしちゃったの。終幕のカット、最後のオチなんか『奥様は魔女』風の粋な演出(笑)監督自身はもう体調崩してて、撮影中も心臓にペースメーカー入れてたそうだし(しかも、それをやたら人に見せたがった)。もうなんか、しんどいこと全部忘れて、楽しくパーッといきたかったんだろうね。堅物だったオタクがアイドルにハマるみたいな感じよ」
 「はぁ。たとえがよくわかりませんが・・・」
 「いや、いいんだよ。わかる奴、絶対全国に3人くらいいるから。
 あとこの映画の見どころはね、そう、成功したヒッチ映画には、かならず、特殊効果をフルに活かした必殺の見せ場が存在する。誰が見ても”面白い!”って言うMAXレベルのやつ。例えば『見知らぬ乗客』のメリーゴーラウンド全速ぶん廻しの場面。
 今回はアクセルの壊れた車で山降りする名場面を見逃すな!ここでのブランチちゃんの邪魔くささ加減はホント最高!リアル・ブラック魔王を越えて、リアル・ケンケン!最高だよね!」
 「はぁ、なんか全然わかりませんが、楽しんでいただけたようで有難うございます。・・・で、あの、もう一人のヒロイン、カレン・ブラックさんには触れないんですか?」
 「あれはキャスティング自体が高級なギャグの一環でしょ。『殺しのドレス』が億面なくパクった、例の金髪女のコスプレ姿が有名ですけどさ、わざとグラサンさせて寄り目隠して、高いヒールのブーツ履かせて、しかもセリフは一切喋らせない。でもピストルはぶっ放す!「男って、どいつもこいつもブロンドで背の高い女が好きよね~」ってブラックさんのセリフがあって、これってティッピ・ヘドレンに言い寄ったりしてた、ヒッチさん自身への自虐ネタでしょ。キム・ノヴァクとかさ」
 「そこへあえてブサイク投入ですか。なるほど、そうすると、音楽が『ジョーズ』で当てたばかりのジョン・ウィリアムスだってのも・・・」
 「ギャグです(笑)しかも当時サントラ盤出してもらえなかったっていう。シュールな高踏ギャグ(笑)」
 

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カイ・チーホン『魔 デビルズ・オーメン』(’83、ショウ・ブラザースエクセレントセレクション)

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タイ仏教の黄金力VS.アジア諸地域の危険な黒魔術パワー!

 国際問題になりかねない危険なサイキックバトルを、怖いもの知らずの英国統治期の香港映画界が熟練のカンフー技でねじ伏せて奇跡の映像化。
 音楽でもラグビーでもリーチマイケルでもなんでもそうなんですけどさ、その時しか創り出せないミラクルってありますやん。そういう形容不能のエネルギーを感じてもらえたらいいと思います。多少気色悪くってもね。
 さぁ勇気を出して、目の前の豚の内臓をガシッと素手で掴んで、そのままペロリと舐めてみようよ!そしてコレラに感染しちまえ。
 
【あらすじ】
 舞台は香港。ボクシングの試合において、タイから来た凶悪無類のムエタイ使い(ヤン・スエ)に、延髄斬り一撃で弟を廃人にされた主人公のヤクザ(フィリップ・コー)は、自宅で悔しさのあまり愛人と濃厚なバックをキメる(幾度も扉の遮光ガラスに押し付けられる豊満な乳房)。そして得心の爆睡。イヤなことがあったら疲れて寝てしまうに限る。
 
 しかし、思うようには寝付かれず、幾度も寝返りを打つ浅い眠りの中で、遥か彼方から何者かの呼ぶ声を聴く。
 「・・・来い~・・・私のもとへ来い~・・・」
 明らかにこの世のものではないそのダミ声に、汗だくでビビって起き上がったコーさん、宙に浮かぶ金色に輝く僧侶の幻影を目撃。どひーーー。
 にやり笑った謎の僧侶は、指でナゾの逆Ⅴの字サインを描くと、空気に溶けて消え失せた。
 「え、誰?・・・なんだ?!なんのまじないだ、ソレ・・・?!」
 思わず一歩前に身を乗り出したコーさんだったが、強力に肩を掴まれた。背後に険しい表情の愛人が。
 「ちょっと、あんた!またテレビが点けっ放しだったよ!寝惚けるのもいい加減にしてよね!」
 見ると、なるほど暗闇の中に突け放したブラウン管を流れるご存知砂の嵐。すいません。以後気をつけます。
 
 翌日。
 試合に判定負けしたくせにヤン・スエは何故かタイ・ムエタイ協会から表彰されるという、理不尽極まる報道をYahoo!ニュースで目にしたコーさんは、居てもたってもいられず、自腹でタイへ駆けつける。
 そして表彰式の現場に勝手に乱入。ヤンさんの貰ったチャンピオンベルトを地べたに叩きつけ、タイ警察数名が制止に入る大乱闘に。お騒がせすぎる二名に対する処置として、三か月後ヤンさんとコーさんの生死を賭けたデスマッチがものの5秒で決定事項となった。
 さて、話の流れが速すぎてイマイチついていけないが、まぁいいや。せっかくタイまで来たんだ、タイ飯のひとつも喰って帰るか。
 帰路、水上生活者のうようよ居る泥臭い運河を現地人女性の操るモーターボートで飛ばしていたコーさんだったが、突然とある寺院の屋根が目に留まる。
 「あーーー!あれは!」
 午後の日差しに輝く欄干飾り。あれぞ、夢で坊主が指していた逆Ⅴの字サインと同じ。でた。啓示だ。オーメン666だ。
 
 岸に寄せ、ここまでの料金をちゃんと払い終えるや否や寺院の扉を開けて駆け込むコーさん。居並ぶハゲ頭の修行僧たちに囲まれ、そこに待っていたのは、まぁ当然ではあるが、金色に輝く袈裟を纏った例の僧侶。大和尚。
 「フ、ワッ、ハッハッハ。フラガラッハはケルトの剣。ずっとお待ちしていましたよ、ミスター・コーさん!」
 「だったら、サッサと俺宛に電話して来いよ!!!(プンスカ)
  だいたい、あんた、なぜ俺の名前を知ってるんだ?お前はいったい何者だ?」
 「私の名は、正義の僧侶ムー。マジで世界の平和を祈願する、新陛下並みに広い心の持ち主です」
 「え?・・・ホントかな~?!」
 「幻影を見せてあなたをここに呼んだのは無論私です。ありがちですが、実は貴方に折り入って頼みがあるのです」
 「ふーーーん、やっぱりな~。ケッ、金なら無いぜ。あらかた愛人に巻き上げられすっからかんだ!」
 「あー、いや、ご安心ください。そういう現実的な方面でのご相談では全然なくて。ま、ともかくこれを見てください」
 コーさんの視界に唐突に精神幻覚ヴィジョンが示される。VRだ。サラウンド音声だ。ビジュラマだ。

(以下、脳内映画上映中) 
 香港の地下駐車場。鞄を抱えて歩くディスコ黒服風の男。
 「わたしの師匠、正覚大法師が先日香港にて、宿敵・悪の大魔術師マグーソを退治したのですが・・・」
 「馬・・・糞ぉ?」
 突如パーキングメーター横にプリズムに包まれ結跏趺坐する老法師が現れ、強力な念波を送る。
 「うげ~~~、ヤメテ、ヤメテ~」
 もがき苦しむマハラジャ店員。皮膚がゲル状に爛れて、仕込んだフォームラバー下の風船がぷくぷく膨らむ。でも最後なかなかきれいに破裂しないので自ら機転でパンパン割っていく。
 「ぶぼわっ。はげら。ぶぼら、げしげし」
 断末魔の表情となり、カメラ切り返しの初歩的トリックで白髪の老人と化し煙を吐いて息絶えるマグーソ。その干からびた死体の口を内側からこじ開けて、内部から一匹の妙に茶色いムクムクしたコウモリが飛び出す。
 地下駐車場の広い空間を自由に羽搏くその醜い生き物を瞬間移動でハシと片手に掴む正覚老師。あたかも一ミリも移動していないかのような神技だ。いや、絶対あんたに向かって投げられたんだよね、そいつ。

 さて、捉えたコウモリをこっそり寺院に持ち帰った正覚大法師、袱紗に入れ四隅を入念に釘止めしておいて、上から銀の小槌をこんこん振るいますってぇと、あら不思議。
 さすがの魔性のコウモリも「キー、キー」と断末魔の悲鳴をあげて木っ端微塵。ボヒュンという気の抜けた煙の後、白骨と化す。
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 一方宗教の違いから対立する、悪のアジア黒魔術寺院。本殿では、ショボい口ひげにバンダナ捲いた悪の呪術師(fromインドネシア)がウンウン唸っていた。
 「あかんやーーーん!コウモリくん、やられて もうたやん!」
 翼を背負った巨大な悪魔像をご本尊とする悪の寺院では、各種忌むべき使い魔たちの像が飾られ信仰の対象となっている。毒蜘蛛、ムカデ、サソリ、そして蝙蝠。あれ?一匹だけ昆虫系じゃないのね。
 「うわーーー、ええやん、ええやん、そこは適当でぇー。突っ込まんどいてーーー!」
 いにしえのコメディアンにしか見えないカワイイ悪の黒魔術師、骨壺を転用した魔界飼育箱に手を突っ込み、豚の腸を餌に丸々太らせた黒い野ネズミをむんずと掴み上げ、
 「はむ!はむ!はむ!」
 内腹にがぶがぶ噛みついて、生きてるやつを踊り食い。口の周りは血塗れになり、内臓のかけらが唇からぷらぷら垂れる惨状に。
 んで、
 「ぶりっ、ぶりっ、ぶはーーーーーーー!!!」 
 ネズミの生き血を蝙蝠像に思い切り吐き掛けると、正覚大法師の寺院で、骨になったコウモリがパペットアニメで生き返った。大腿骨を二本、打楽器代わりに打ち鳴らし気合い入れて念波を送り込む呪術師。
 「ホレホレホレ、踊れよ踊れ!カカリン、カマヤーーー!!!」
 聖なる寺院の床を這い、かなりスローな全力疾走で表に逃亡しようとする骨コウモリだったが、発見した正覚法師、全力で柄の長い金属ハンマーを振りかざし、木っ端微塵に叩き割る!見たか、これが正義の力だ!
 
 「クソ―、術を破りやがって!此ン畜生ッ!」
 怒り狂う黒魔術師は、ぷらー、ぱららら、ららーと蛇寄せのラッパを吹き鳴らす。まるでアジアのマイルス・ディヴィス。その渾身の音色に操られるジャズファン一同の如く、籠から毒ヘビが顔を出した。ちなみにカッコいいフレーズが尽きるとこのインチキマイルスは、チャルメラの唄にしか聴こえないフレーズをひとしきりブチかますので、きっとマイルス本人より腕は上なのだと思います。
 床を這い、ニョロニョロ集まってきた毒蛇をムンズと掴んだ黒魔術師、首ねっこを締め上げ、剥き出した牙から滴る毒液をビーカーに溜めるお仕事に精を出す。
 緑の毒液がある程度溜まると、今度は壺から髑髏を取り出し、頭頂骨の蓋をカパッと開けまして、ピンク色のとぐろを巻く脳内にケバケバしい毒液をジャバジャバ振りかける。
 そしてぐつぐつ煮詰めると脳内ヘビ毒茶が出来上がり。こいつを今度はクモに吸わせるんだ。ストローで。(本当にクモの模型にジョワに刺さるみたいなストローがついてる。)もはや何を目的にしているのかまったく分からない方向に描写は転がっていくのだが、話は依然として悪の術師と坊主の戦いである。

 以上の工程により超常的なパワーを身につけたスーパー毒グモを二匹懐に隠した悪の呪術師は、マント翻し真夜中のお寺に侵入。
 袈裟一枚、フリチンで、涅槃に入るブッダの如き、だらしない格好で寝ていた正覚大法師を発見。にやり笑うと、やもりの如く壁に張り付くとするする天井に登っていく。
 (・・・え、なんで?!なにすんの?なんで普通に襲わないの?)
 天井に背中剥きに張り付いた術師(背中が吸盤になっているとしか思えない)は、両手に毒グモ大を握ると、直下に横たわる正義の坊主目掛け「屋根裏の散歩者」方式の毒垂らし作戦を敢行!まぶた周辺にに毒汁垂らされ、じゅわっと赤く腫れて苦しむ坊主。
 魔術師はとどめとばかり、口に含んだ30㎝くらいある長い毒針をミサイル発射。
 「ぐわわ、わわわ!!!痛ってぇえーーーー!」  

(上映終了) 
 「・・・ということで法師は盲目になられたのです。これでは即身仏にはなれません(泣)」
 「エ。てことは今までの映像、すべて前振り?!」
  あまりの描写の無駄の多さに呆れ果てるコーさんだったが、ブチキレ一歩手前で踏みとどまった。
 「で、結局あんた、俺に悪と戦えってんでしょ?この話、詰まるところ秘密戦隊ゴレンジャーみたいなもんなんでしょ?」
 「ま、ゴレンジャーは5名、貴方はおひとりですが。がんばってくださいね」
 「はぁ・・・まぁ・・・」
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【解説】
 DVDのパンフレットリーフを読むまで皆目見当つかなかったが、この映画、登場する悪の呪術師は4人。最初の敵がインドネシア呪術師で、続いて登場する3人組の構成が、タイ呪術師・マレーシア呪術師・サバ呪術師。
 ※註引用(サバ州は、ボルネオ島北部にあるマレーシアの州。山頂から鋭く突き出た花崗岩が特徴的な国内最高峰のキナバル山(標高 4,095 m)がある。また、ビーチや熱帯雨林、珊瑚礁、豊富な野生生物でも知られ、そのほとんどが自然公園や保護区内で保護されている。沖合のシパダン島とマブール島は、有名なダイビング スポットである)
 そして、3人組が死から蘇らせる地獄の全裸美女がラスボスとして登場し、よくわからん魔界パワーを発揮し主人公を苦しめる。この女の蘇生方法も特殊で、腹を切り裂いた巨大ワニの内臓を3人がかりでエッチラ放り出し、墓地から持ち帰った埋葬したての若い娘の死体をワニ内部に格納。じっくり寝かせて、黒い蛆虫がウヨウヨたかる状態にしたところへ、3人で皿廻しながらカット済みニワトリの肛門(!)やら腐ったバナナやらを喰ってはモドし、喰ってはモドし、ドロドロのゲロゲロになった悪の咀嚼物を溶かしてジュースにして振りかけ、鉦を鳴らして魔神に祈るという。
 端的に言って、話を進める上で特に必要が無い、生理的に不快な描写ばかりが連続し無駄が多いのだが、その要領の悪さはなんか愛らしいものだ。
 悪の全裸美女という点ではトビー・フーパー『スペースバンパイア』('85)に先駆けてるし、『エル・トポ』('70)などホドロフスキー的な色彩感覚にも近いものがあるし、登場するクリーチャーの愛らしさは『ヴィ・妖婆死棺の呪い』かヤン シュヴァンクマイエルの映画みたいだし、やたら目玉のついたドクロが登場し重要な役割を果たすところは貸本怪奇マンガ、よく見てないと気付かないと思うが、口が開いたエイリアン・エッグそのものが登場するカットさえあるのでお見逃しなく。
Mv5bnzljzjkxmmytowezmi00njyyltk2nditmgmz  
 そういや映画の舞台は、香港とタイの往復だけで終わるかと思ったら、最終決戦の地はなぜかネパールでしたよ。アジアン呪術オリンピックみたいなもんなんすかね(思考放棄)。

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