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2019年9月

2019年9月16日 (月)

フリッツ・ライバー『放浪惑星』('64、東京創元社 創元推理文庫SF)

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  ↑やはり最悪の表紙であることは疑いようがない

 この世は、いわばヒマ人のためにある訳ですよ。みんな、なにかやってるじゃないですか。生きてく為の必須活動以外のこと。
  しかし同じヒマ人でも、金のある奴には選択肢がいっぱいある。ハワイ行って炎上とか、ポルシェに乗って炎上とか。満漢全席全部食い残すとかね。愉快なもんですよ。
  一方で、金もない、時間もない、たいした才能も持ち合わせない大多数の一般大衆には、実はたいして選択肢がない。しかしそこはそれなりに考慮しましょうってことで、まー、そういうことで、みんなやってるよね。携帯ゲーム。
 でも、こないだ区役所へ向かうバスでさ、定年間際の、髪の毛フケだらけで小太りの、丸いおっさん公務員がキラキラアニメなファンタジー系バトル画面を操作してる場面に偶然遭遇しまして、正直オゲッってなったんですけどさ。ま、そういう人はかつて時代小説とか経済新聞読むとか、週刊誌のエログラビアとかいってたよね。昭和のころまでは。でも今年60歳定年を迎える模範的な公務員世代にしてみれば、25歳の時にはもう地球にスーパーマリオが存在している訳よ。あれから34年、そのくらいゲーム客は間口が拡がったんでしょうな。ファンタジー系公務員登場ですよ。うんざりだね。
 前置きが長くなりましたが、そのおやじの乗ったバスの背後の座席で、私が読んでいたのが今回取り上げるこの本である。

【あらすじ】
 
 1964年ビートルズ全米席捲の年。公民権法成立、トンキン湾決議(※合衆国によるベトナム戦争介入拡大政策を支持する議会決議)。激動と混沌の坩堝、シックスティーズのど真ん中。
 ある晩、カリフォルニアのUFO研究グループが熱心に夜空を眺めていると、突如、超空間から出現したムラサキと橙色の縞々に染められた銀河ヤンキー仕様の超カッコイイ惑星が、月を丸ごと一気喰いにする。
 「うわー、マジかよ、月が無くなっちゃったゾ~」っって、全員暢気に大騒ぎしている間に、磁気異常やら電波障害、潮汐力消滅による高潮の危機から地殻変動、巨大地震に火山噴火と、限りなく地球最後の日に近い事態となり果てまして。
 そして遂に、ピンクの豹柄メイクでギンギンにキメた、ニューハーフのドラッグクィーンみたいな雌猫宇宙人が地球の男をさらいにやって来た!

【解説】
 まず言っとく、これは圧倒的に大人向けのサービス本である。お子様は読んではいけない。
 性描写もあるし、残虐シーンも、有名殺人鬼のカメオ出演(!)もある。これだけやってもらって文句言うやつはイヌ以下だよ。おまえ。
  本書の間違った感想としては「盛りすぎ」「多角視点がうざい」「異星人とのファーストコンタクトまで400ページは長すぎ」というのがあるが、これらはクソの意見なので諸君は積極的に無視するように。
 実際本書のレビューをあれこれサーチしていても碌な文章が出て来なかった。お蔭様で中学の時途中で頓挫したこの本を、50越えてから新鮮な気持ちで読み切ることができたのは、ま、良かったんじゃないの。

 ドイツ系アメリカ人SF作家フリッツ・ライバーは1910年12月24日生まれ。本書はすなわちほぼ50歳の時の著作である。

 
 ↑フリッツさんには違いないが、これはフリッツ・ランバー。本物のライバーは晩年の杉浦茂似。

 かの有名なファファード&グレイ・マウザー第一作「森の中の宝石」が1939年発表なのを見てお分かりの通り、ライバーというのはデビュー当時で29歳。スタートから既に立派なおっさんであって、「嫁は全員呪術師!」という衝撃と偏見に満ちた処女長編『妻という名の魔女たち』('43)や、未来世界の単なる宗教的いざこざを極力かっこ良さげに描く話題作『闇よ、つどえ!』('50)、時空を越えたヘビ軍とクモ軍団との泥縄的闘争をわざわざ低予算の演劇仕立てにするという実験的試み『ビッグタイム』('53)などなど、もともと熟し気味気質であった男がさらに熟していって、濃厚果汁フレッシュマンゴー無添加成分を絞り切ってから、皮だけ煮詰めたようなパニック巨編がこの本ということになる。
 そんなライバーの全作品を貫く作風とは、ひと言に要約すると“おっさんによる、おっさんのためのファンタジア"。崇高すぎてリンダ困っちゃう。
 渋すぎる傑作にして最後の長編『闇の聖母』('77)はライバー思想の集大成ともいえる一冊になっておるので、長編でまず読むならここから。私がそうだったもん。断片的に短編とか読んでてもライバーの正体は見えにくいと思うよ。

 さて、2019年に読む『放浪惑星』はメディアミックス的な視点から面白い。
 そもそもライバーの執筆動機やモティーフの根幹が、自分の幼少期に愛読した『スリリングワンダー』とか『アメージング』とかパルプSF雑誌の表紙絵に代表されるような、豪快すぎるヴィジョンの再現であって、しかし、そこをノスタルジーに浸ることなく60年代のドス黒い現実を正面からぶつけて、デストロイ!という魁男塾的ぶっちぎり姿勢が素晴らしい。好きなものは躊躇うことなく全部載せ。ピザにお寿司。トッピングは辛子マヨ。月が真っ二つに割れて、その隙間を墜落寸前のアポロ13号がくぐり抜けて、反対側まで通り抜けちゃう“究極通りゃんせ”の場面なんか、もう最高にハードなパルプ感覚。今ならCGで簡単に映像に出来ちゃいそう。

 そして、些末なお遊びレベルでライバーはヒッチコックをライバル視していた可能性があって、先に述べた『ビッグタイム』が一幕劇として『ロープ』('48)のオマージュになっているいたりするし、本書でも崖から転落するトラックの運転席に乗る男、彼の被った黒い帽子のアクションカットが見事な映画視点になっていたり、これは怪しい。潮の引いた海峡を酔っ払い詩人がふらふら彷徨う場面なんかも、絵としていいんだよ。地下鉄をうろつく黒人ギャング3人を左右から閉鎖通路を爆走する真っ黒い海水の鉄砲水が一気に飲み込む名場面なんかも、いいよね。スペクタクル映画だよね。『十戒』('56)より70ミリだよね。
 あと「地球に急接近した謎の天体が影響を与える」プロットは、多角的視点の乱れ打ち構造を含め二―ヴン&パーネル『悪魔のハンマー』に直接的な影響を与えていると思うし、そういえばあの小説にも地上の惨事を目撃してきた宇宙飛行士が地上に帰還する場面があったな。
 でも、それよりなによりショッキングなのが、完全な未知のものでなく、まるでマンガのコミック描写みたいな宇宙人や超銀河社会の割り切った描き方ですよ。

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↑こういうネコ型宇宙人とキメられる!ネコが好きだ!イヌより好きだ!

 正直この本で宇宙人がファーストコンタクトしてきたとき、残りページ数を確認しましたよ。本の厚さからして、残り半分を切ってるんですよ。うわ、こりゃどうするんだ、濃密な現実感覚でここまで物語を引っ張ってきてるからさ、そのままの流れでやるとこのページ数じゃ足りないよ。だいいち。かったるくなっちゃう。だって完璧な絵空事でしょ。リアルに見せるにはページ数が全然足りなくなるんだよ。
 そこをライバーは完璧なマンガできましたね。印象的な絵をパッパッと切り替えていって、テンポよく見せる。現実とマンガを軽快に絡ませる、これって『ロジャー・ラビット』('88)の手法だよ。(いや、アニメと実写の究極セックス場面があるから、バクシの『クール・ワールド』('92)か)すげぇな。
 ライバーは大人なんですよ。いい歳こいて衝撃の異星人描写うんぬんもないもんだよ、という実に割り切った態度でエンターティメントを書いてる。作家としての誠実な姿勢を感じますよ。

 “キリストの生誕から2,000年も過ぎてるんだぜ。
  いい加減、俺たちも新しいクソったれに目覚めようよ”
 (フランク・ザッパ『シーク・ヤブーティ』’79)

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