ロバート・E・ハワード『征服王コナン』 ('50、ハヤカワ文庫SF2)
「日本でよかった」「乗客に日本人はいませんでした」と言うが、本当にそうなのか。
この国は大陸と途絶された島国だ。われわれの中に無意識裡に、遥か海原を隔てる距離のギャップを、空想的かつ魅惑的なロマンに置換してことほぐ極めて卑しく面倒臭い心性が育っていないと誰が断言できるだろうか。
【あらすじ】
キンミヤ焼酎をぶら下げて東北からやって来た蛮人コナンは、都会の荒波に揉まれながら成長し、やがて歌舞伎町の帝王として近隣諸国に覇を唱えるに至る。
これを面白く思わない葛飾区の王トラサンは、亀戸王の甥リョウサンと錦糸町の領主JRAと共に結託し、高野山より盗み出した空海のミイラを復活させ、一気に新宿区制圧を目論んだ。
具体的には、かかるとチンコがくさる病気が流行する。
感染源不明の恐るべき古代病は通称梅毒と呼ばれ、風俗街のどぶ板裏側付近を徘徊する最底辺売春婦たちを媒介として、幾多の都市を壊滅状態に追い込んでいく。これぞ現世に復活した空海上人が放つ恐るべき呪力だ。想像を絶するペニスの腐れ具合とそれが放つ強烈な臭い、呪術パワーのあまりの威力に戦慄する三悪人ども。
そうして兵の士気が低下した歌舞伎町国境付近の峠を越えて、トラサン軍の精鋭部隊一千が突如奇襲。豪華シャンペンやフルーツをほしいままに掠奪。女とみれば強姦、男とみれば吊るし首。交番燃やしてワイワイガヤガヤやりたい放題。まさに悪のスターツアーズ。
王国に垂れ込める怪しの気配を敏感に察した帝王コナンは、まァこれ、やくざ者の性(さが)っちゅうんですかなァー、自ら事態解決に打って出る。無数に唐草模様の天幕を並べたトラサン軍と神田川を間に挟み一触即発の睨み合い。いつ合戦の火蓋が切られるかヒヤヒヤ緊迫する状況下で、呑気にお気に入りのルーマニア・ビール(缶入り)をグビグビ飲んでいたコナンの天幕を暗黒の影が覆う。
「おまえ、何者だァーーーッッ?!」
「赤胴ッ、鈴之助だ!」
そんなバカな。
すかさずナンチャッテおじさんに酷似したポーズを繰り出す黒い影。
「今お前の飲んだビールにな、カエルの小便を混ぜておいたぞ」
「へ?」
七転八倒苦しみだす歌舞伎町帝王、慌てて駆けつける家臣たちの目の前で、影はケロケロと不吉な嬌声を上げながら消え失せてしまった。「むむ・・・・・あれは一体・・・?!」
その翌日。まだ消えない小便の毒にもがき苦しむ王を休ませるため、軍を率いて影武者というかそっくりさんが出陣。こいつがあっさり敵の妙計(具体的には落とし穴)に引っかかり、五千を越える歌舞伎町軍がなんと全滅。新宿区全域は葛飾区の支配するところとなってしまった。
生け捕りにされたコナンは亀戸王の甥リョウサンの砦に運ばれ、やいのやいのと責められるが、宮廷に勤める一流風俗嬢の手引きで見事脱獄。体調が万全でないとボヤキながらも見張りの大猿を素手で引き裂いて殺し(!)、憎っくきリョウサンの顔にべったり墨を塗る(バトミントン真剣勝負の罰ゲームとして)。その後砦を脱出し、駅前の薬局へ。
購入した毒掃丸の効力でようやく生気を取り戻した帝王コナン、怒りと屈辱にぷるぷる震えながら政権奪還をミトラに誓うが、それよりなにより現在の状況では己が生命すら危うい。比較的足の速いタクを駆り、旧王党派が熱心な抵抗を続ける荻窪方面へ逃亡。途中練馬の農園主を助けて大根を貰ったり、おばちゃんと下町情緒について語り合ったり、庶民派の一面を見せつけながら、さらに西へ。やがて三鷹から国分寺一帯の領主を務めるかつての家臣ボレボレと再会。
「これは目出度い」「よくぞご無事で」
国王生還を祝し居酒屋一休において豪華な酒宴が催されるも、なお浮かぬ顔の元国王のところに、すり寄ってこっそり耳打ちする者が。
「王よ、裏口に使者が参っております」
「なにやつじゃ?」
「それがその、誠に申し上げにくいのですが、前王が国家に仇を成す邪教と認定され、全国的に弾圧されまくった唯一無二神バカモン教の最高司祭・トルケマーダとか申す者で」
「そりゃ怪しいな。斬れ」
命令を受けたボレボレの配下が出ていくと、居酒屋お勝手口でチャキンチャキンと剣戟の響きがしばらく続いていたが、やがて髪を茫々にふり乱した黒衣の男が入ってきた。
「ふーーーー・・・あんた、なにしてくれますのん。あやうく死ぬとこやったんやで」
国王は興味なさげに、血糊のベットリついた剣を仕舞う闖入者を眺め、
「フン。多少は使うようだな。・・・して、おぬし何用じゃ?」
「われわれは寺院を築くことも大っぴらに信仰することも禁ぜられ、今は帝国の闇に住まう者。しかし、火のないところを燻し狩り立て、見つけるなり獄門磔をかましていた前王に比べれば、王よ、あなたはまだしもわれわれに寛大だった」
「ふむ、おぬしらの教義はよく知らんが、衣装が黒なのがカッコいいぜ」
「???」
無意味すぎる回答に侵入者はしばし絶句したが、気を取り直し、
「と、ともかく、その恩義に報いるため、王国を襲う真の敵の正体をお教えしようと思い参上したのだ。われわれの調査網は完璧だからな!帝国一だ。TDB以上だよ!」
「それ帝国じゃん!」
「やかましい・・・・・・!!よいか、よく聞け!!
おぬしの命を絶たんと奸計を廻らしている男の名は、実は空海!」
「・・・・・・。」
完璧知らなかったらしい。
【解説】
裏切りや陰謀、想像以上にしぶとく人外に遭遇する危難に遭っても絶対死なぬ主人公。すぐ脱ぐヒロインと、邪悪すぎて笑ってしまうレベルの悪漢。極端な者しか出てこない物語がだらだら、だらだら続いていく感覚は、もはや爽快さとは無縁の快感。
この本、中学以来の再読だが意外と面白かった。ベタなマンガよろしく王道な要素がてんこ盛り。その後の小説や数々のゲームに置いて転用・援用・濫用が繰り返され、すっかり有名になってしまった“剣と魔法”ジャンルの基本ガジェットは既にここ出揃っている。アーリマンだの、クシュだの、ケチャだの、実在する神話や神々の名前を無断で登用して勝手に使いまくる手法も、既にあなたにはお馴染みだろう。
それに対するエクスキューズが、
「こちらの方が時代は古いんだから(なんせ、ホラ幻想の超古代)、現実に流通している名前の方が後出しでパクリなのだ。
ドン臭野郎め、わかったか!!!」
と盗人たけだけしいところも、また実に中二病っぽい。
予想外に緻密に組み立てられた古代世界ハイパーボリアは、なんか世界観光地図を適当にパッチワークして誤解と妄想で膨らましたキナくさい代物であるが、ヘビがサービス精神旺盛なまでにクソでかい、とか特筆すべきポイントはある。そいつらが街中を勝手にうろつき、運の悪い通行人を晩飯代わりにパクッと丸呑みにしてしまうとか、そういう行き当たりばったりな社会構造のいい加減さ、デタラメさ加減はなんかいいよね。あるか、そんなバカな都市。
ヒロイックファンタジーというのは相当キテる、精神的にいびつでヘンなジャンルの代表格なのであるからして、くだらないものは絶対にくだらない、という断固たる批判精神を持って、各場面必ず突っ込みながら楽しむべきだと思う。
ある意味劇薬。ハワードみたく母親の死に絶望してリムジン内で猟銃自殺したりしないよう、くれぐれも根を詰めすぎないように各自注意されたし。
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