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2017年1月

2017年1月14日 (土)

戸川純+Vampillia『わたしが鳴こうホトトギス』 ('16、VirginBabylonRecords)

 妻が化石を掘りに行ってなかなか帰ってこない。その隙にこの文章を書いている私は何者だろう。不甲斐ない夫ではないのか。一体こんなことって。深夜にわれわれ夫婦に何が起こっているのか。事態は既によくわからないのだった。

 戸川純に関して思い出す幾つかのことは、断片的な映像の記憶だ。例えばそれは、『夜ヒット』で観た、機械の腕をつけている「レーダーマン」の有名なステージだったり、たけしに徹底的ないじめを受けている(マジ蹴られたりしてた)『刑事ヨロシク』の清掃員姿だったりもする。
 あと、あの、ウォシュレットのCMね。あれを初めて見たころ、こんなに普及するなんて思いもしなかった。
 世間は意外とケツを洗うことに熱心であった。
 それが歴史というものだろう。

 歌手活動35周年記念として出た『わたしが鳴こうホトトギス』は、新曲1曲に旧作のリメイク9曲をプラスしたアルバムだ。
 戸川名義での新曲は12年振りだというから、まぁ全編新曲で揃えるのは最初から無理に決まってたのだろうが、それにしてもこの新曲は出来がよい。これをメインにするのを決めてから、全体の選曲をしたのだろうな。キャリアの中でも代表的な、押し出しのいいナンバーをずらり並べておいて、最終的に新曲ですべて持っていくという。ある種作戦勝ちみたいな。そりゃ「赤い戦車」で始められると、ねぇー。
 それでもね、『Men’s Junan』とか声色変化の際立ったやつだと、現在の戸川さんの声が大山のぶ代に聴こえる瞬間があったりしてヒヤリとしたりはするんだけど。でさ、次のドラえもんは戸川さんにお願いできないかな~、とか。これがまた意外と似合うし、黒いテイストも出てきて、現在の甘すぎて気持ち悪いお菓子みたいなカラーを完璧に払拭できるのに。その方が余程F氏の真実に近いってのにね。でも、本人に話したら、本気でキレられて100%断られるだろうなー。その場面がもう浮かびますもん。こりゃ妄想ですね。
 スターの存在意義って妄想の対象ですもん。
 これはね(と話を戻す)、声色が変化してるってのは、時間が経過しているってことの証しなんですよ。歌ってる人も聴いてきたわれわれも、気がつけばいつの間にか随分遠いところまで旅して来てる。もちろん中味は結局、ぜんぜん変わってないんだよ。でも、いろいろと、ホラ、そこに纏わるアレやらコレがね。劣化もしてます。風化してます。機敏じゃない。全盛期のスタイルをいつまでも演じ切るにはやはり無理がある。誰だってそう。
 ところがね。そういう無理が、タイトルチューンの新曲には奇跡的にないんですよ。獲れたての果実みたいにみずみずしい。嘘くさい表現けど、本当。
 ゲルニカの時代からして、レトロだ懐古だ、後ろ向き過ぎだとか、さまざま勝手に言われ捲りましたけど、歌ってる純ちゃん自身の資質からして、もともとそういう人だったんだね。三つ子の魂百まで。変わらない。本人がニュートラルに才能を出力すると、必然的にこういう結果に辿り着くという。
 
 人は変わらないが、時間だけは経過する。
 そういうことを考えながら、私は深夜妻の帰りを待った。バケツいっぱいに掘り出した化石を持って、彼女が笑いながら帰ってくるのを。

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2017年1月 8日 (日)

白木まり奈『犬神屋敷』('16、ひばり書房)

 正月明けだというのに、深夜勤務をあてがわれた怪奇探偵スズキくんは巨大削岩機を廻し続けていた。直径5メートルものドリルをグリグリ回転させて地下をえんえん掘り進むという、単純極まりなくも、確実に神経をやられる種類のお仕事である。

 「・・・やれやれ、こりゃもう、2017年も初っぱなから確実な不遇が予想される展開でありますが~。しかし。
 何はともあれ、読者皆さん、明けおめであります~~~!!!」

 おめ~、おめ~という大声が暗闇に反響して消えていった。あとにはドリルの爆音ばかり。
 地下坑道には、他に誰の姿も見えない。
 ポツン、ポツンと点る安全灯の黄色い光がかえって物寂しさを煽り立てる感じだ。影の部分、光の届かぬ闇は真っ黒に塗り潰され、いっそう深い。

 「・・・孤独だな・・・・・・」
 耳元でボソッと声がした。
 「・・・ノー・フューチャー、絶望一直線。もう全然ダメって感じだな・・・・・・」

 さすがに連載長いだけあってこの展開を完全に読み切っていたスズキくん、少しも慌てず、削岩機を停止。闇に隠された坑道の端々へ鋭い視線を走らせながら、威嚇に出た。
 
 「フン、今年も性懲りもなく出ましたね、おやじ?
 ここはひとつ、ボクの手裏剣に縫い止められる前に、さっさと姿を現したらどうですか・・・?」

 古本屋のおやじは、フフンと鼻先で笑うや探照灯の明りの中に歩み出た。
 安全第一につきヘルメットを着用しているのは良しとして、片手にダランと斧をぶら下げているのは、さすがにいかがなものかと思われる。
 その斧には、誰のものかわからない血糊が付着していた。

 「フフフフフ、イヒヒヒヒ、ふはッふはッ、アはははははは・・・・・・!!」
 狂ったような哄笑には、正気と狂気の階梯を踏み外した者に特有の嫌な響きがあった。
 「正月からダラダラ、こたつにみかん、こたつにみかんと同じ動きを繰り返しておったら、遂にキレたかみさんから、こいつを投げつけられたわ・・・!」
 真っ赤な血に染まった斧を高くかざす。そういえば、おやじの額がちょっと切れてるようだ。
 「もう、わしには恐れるものなどない!神などなんぼのもんじゃい!
 今年こそ日本の路線バス全線乗り継ぎ旅を完了してくれる。そして、世紀末覇者として、小池百合子と堂々百合りますよ!
 ゆりり~~~ん!!!」(『1986年のマリリン』のメロディで)

 スズキくん、少々慌てて、
 「いや、だから有名人とか実名出しちゃダメなんですよ。余計な面倒多いんだから。
 チェインソー持って宅配業者脅しにいった(自称)ユーチューバー事件を知らんのですか。日本の知能指数はもう急速に下がってますよ、恐ろしいくらい」

 「そんな傾向に歯止めをかけるべく、白木まり奈の新刊が出たぞ。これはもう事件だ。さっそく嫁。じゃない、読め!」
 スズキくん、再びちっとも騒がず、
 「ええ、もちろんボクが今地下を掘っているのは、決して生活費捻出のためばかりでなく、小池都政に対する暗黙のプロテスタントといっていい訳ですが。
 ・・・って、え?なんで、いまさら2016年にまり奈の新刊が・・・???
 しかも、ひばりのロゴ、装丁で・・・???」


【あらすじ】


 50年前に廃村と化した村に、そろって乗り込んだバカマンガ家とふたりのこども。安く行けるリゾートなんぞ他にたくさんありそうなもんだが、敢えて過疎すぎる呪われた物件にホームステイ。さすがセンスあるなぁー。
 並ぶ廃屋群の中でも、いちばん住んではいけないと北九州の狂ったヤンキーでも楽勝で指摘できるであろう、村を見下ろす不吉な屋敷(これが当然タイトルチューンの犬神屋敷)に住み込んだ親子は、案の定、連続して幽霊に遭遇。それも全身血塗れで、脳天に斧をブッ込んだ派手な姿で、絶叫しながら屋敷内を練り歩くというハードコア・スタイル。
 「おとうさん、もういやよ!こんな村、さっさと撤収しましょう!」
 ベタ墨のハイコントラストで、必死に訴える小学生の娘に対し、父親は、
 「幽霊は怨みのある人のところに出るはずなのに、なぜわしらの前に姿を現すのか。これは絶対なんかあるぞ!!」
 と、誤った方向にヒートアップ。
 「わしの友人に心霊にくわしい男がいるから、来てもらおう・・・!」
 これでは全然回答になっていない。ほとほと、あきれかえる娘。
 しかも、そいつは結局来なかった。
                         (完)

 「エ・・・・・・なんですか、コレ?」
 茫然として読み終えたスズキくん、本をパタリ置くと呟いた。
 「ま、要するに諸般の事情により未発表に終わってしまったまり奈先生の長編まるまる一冊が、今回初めて出版された、という記念すべき事態なワケだが・・・」
 おやじはニタリ笑う。
 「コレ、内容は確かにアレだけどさ、別に出来が悪いって程のこともなくて、安心のひばりクオリティーでしょ。ギャラで揉めたってことか知らんけど、作品としては白背でもヒットでも余裕で出せるレベルだよ。水準以上。かえってまり奈先生の作家性の確かさが浮き彫りになってると思う。
 具体的には、屍蝋の入った井戸水に対する的確なフォロー。見事だ」
 「たしかに読んで損は全然ない出来栄えですけど・・・・・・」
 スズキくんは唇を尖らせる。
 「現在、これを敢えてひばりロゴで出す意義ってなんなんですかね?ノスタルジィ?好き者達が夢のあと・・・?」

 「わからんのかね?」
 おやじは確信をもって断言した。
 「すべてのマンガはひばりを指向すべし、という明確なマニュフェストだよ。何が飛び出すかわからないおばけ屋敷。誰が得するのかわからない残虐展開、エスカレーション。こじつけ。悪意ある無理難題。いい加減極まる(毎度の)ご都合主義。
 まだまだ、こうした素晴らしい作品は、出版の機会を偶然逃したまま、歴史の闇にたくさん眠っているのかも知れん。具体的には、引出しに仕舞ったまま忘れたとか、上にマットレスを敷いちゃったとか。
 この本の売り上げがよければ、そうした作品に復刻のスポットがあたるチャンスも出てくるだろうし、そんなどうでもいい作品の集積の中に、実は本当の未来への扉を開く鍵が隠されているかも。
 もう、なんたら賞だの、なんたら大賞には心底飽き飽きだ!死ね!死んじまえ!選ぶ奴も、選ばれる奴も、読んでるそこのお前も。全員、共犯じゃねぇか。
 だから、キミも『進撃』だの『ワンピ』だの、毎週ジャンプを読み続ける惰性行為はいい加減辞めにして、自由なマンガの大地に羽ばたいてみてはどうか、という有難いお誘いなのだよ・・・!」

 斧がビュッと闇に飛んだ。
 髪の毛ひとすじ、スズキくんの傍らをかすめて岩に突き刺さる。ガキッと鋭い音がし、火花が散った。
 「怪奇の未来はこれからだ。わしに附いてくるがいい・・・!!」

 「イヤです」
 スズキくんは削岩機のスイッチを入れて仕事を再開しだした。ガガガガガ。
 「怪奇じゃ喰えないんだ、そんなこと、あんたも充分知り尽くした筈じゃないですか。これ以上、自己欺瞞を繰り返すのは辞めにしたらいかがですか・・・?」
 
 おやじはそれでもニヤニヤ笑いをやめない。
 「それじゃキミは、なんでいまだに怪奇探偵を名乗っているんだね。深夜労働者スズキくんでも、凡人サボーガーでもなんでもいい筈じゃないか。
 それは、いまだにキミが怪奇を好きで好きでたまらなくて、毎晩赤い夢を見て暮らす赤い部屋の住人だからじゃないのかね・・・?」

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