戸川純+Vampillia『わたしが鳴こうホトトギス』 ('16、VirginBabylonRecords)
妻が化石を掘りに行ってなかなか帰ってこない。その隙にこの文章を書いている私は何者だろう。不甲斐ない夫ではないのか。一体こんなことって。深夜にわれわれ夫婦に何が起こっているのか。事態は既によくわからないのだった。
戸川純に関して思い出す幾つかのことは、断片的な映像の記憶だ。例えばそれは、『夜ヒット』で観た、機械の腕をつけている「レーダーマン」の有名なステージだったり、たけしに徹底的ないじめを受けている(マジ蹴られたりしてた)『刑事ヨロシク』の清掃員姿だったりもする。
あと、あの、ウォシュレットのCMね。あれを初めて見たころ、こんなに普及するなんて思いもしなかった。
世間は意外とケツを洗うことに熱心であった。
それが歴史というものだろう。
歌手活動35周年記念として出た『わたしが鳴こうホトトギス』は、新曲1曲に旧作のリメイク9曲をプラスしたアルバムだ。
戸川名義での新曲は12年振りだというから、まぁ全編新曲で揃えるのは最初から無理に決まってたのだろうが、それにしてもこの新曲は出来がよい。これをメインにするのを決めてから、全体の選曲をしたのだろうな。キャリアの中でも代表的な、押し出しのいいナンバーをずらり並べておいて、最終的に新曲ですべて持っていくという。ある種作戦勝ちみたいな。そりゃ「赤い戦車」で始められると、ねぇー。
それでもね、『Men’s Junan』とか声色変化の際立ったやつだと、現在の戸川さんの声が大山のぶ代に聴こえる瞬間があったりしてヒヤリとしたりはするんだけど。でさ、次のドラえもんは戸川さんにお願いできないかな~、とか。これがまた意外と似合うし、黒いテイストも出てきて、現在の甘すぎて気持ち悪いお菓子みたいなカラーを完璧に払拭できるのに。その方が余程F氏の真実に近いってのにね。でも、本人に話したら、本気でキレられて100%断られるだろうなー。その場面がもう浮かびますもん。こりゃ妄想ですね。
スターの存在意義って妄想の対象ですもん。
これはね(と話を戻す)、声色が変化してるってのは、時間が経過しているってことの証しなんですよ。歌ってる人も聴いてきたわれわれも、気がつけばいつの間にか随分遠いところまで旅して来てる。もちろん中味は結局、ぜんぜん変わってないんだよ。でも、いろいろと、ホラ、そこに纏わるアレやらコレがね。劣化もしてます。風化してます。機敏じゃない。全盛期のスタイルをいつまでも演じ切るにはやはり無理がある。誰だってそう。
ところがね。そういう無理が、タイトルチューンの新曲には奇跡的にないんですよ。獲れたての果実みたいにみずみずしい。嘘くさい表現けど、本当。
ゲルニカの時代からして、レトロだ懐古だ、後ろ向き過ぎだとか、さまざま勝手に言われ捲りましたけど、歌ってる純ちゃん自身の資質からして、もともとそういう人だったんだね。三つ子の魂百まで。変わらない。本人がニュートラルに才能を出力すると、必然的にこういう結果に辿り着くという。
人は変わらないが、時間だけは経過する。
そういうことを考えながら、私は深夜妻の帰りを待った。バケツいっぱいに掘り出した化石を持って、彼女が笑いながら帰ってくるのを。
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