白木まり奈『犬神屋敷』('16、ひばり書房)
正月明けだというのに、深夜勤務をあてがわれた怪奇探偵スズキくんは巨大削岩機を廻し続けていた。直径5メートルものドリルをグリグリ回転させて地下をえんえん掘り進むという、単純極まりなくも、確実に神経をやられる種類のお仕事である。
「・・・やれやれ、こりゃもう、2017年も初っぱなから確実な不遇が予想される展開でありますが~。しかし。
何はともあれ、読者皆さん、明けおめであります~~~!!!」
おめ~、おめ~という大声が暗闇に反響して消えていった。あとにはドリルの爆音ばかり。
地下坑道には、他に誰の姿も見えない。
ポツン、ポツンと点る安全灯の黄色い光がかえって物寂しさを煽り立てる感じだ。影の部分、光の届かぬ闇は真っ黒に塗り潰され、いっそう深い。
「・・・孤独だな・・・・・・」
耳元でボソッと声がした。
「・・・ノー・フューチャー、絶望一直線。もう全然ダメって感じだな・・・・・・」
さすがに連載長いだけあってこの展開を完全に読み切っていたスズキくん、少しも慌てず、削岩機を停止。闇に隠された坑道の端々へ鋭い視線を走らせながら、威嚇に出た。
「フン、今年も性懲りもなく出ましたね、おやじ?
ここはひとつ、ボクの手裏剣に縫い止められる前に、さっさと姿を現したらどうですか・・・?」
古本屋のおやじは、フフンと鼻先で笑うや探照灯の明りの中に歩み出た。
安全第一につきヘルメットを着用しているのは良しとして、片手にダランと斧をぶら下げているのは、さすがにいかがなものかと思われる。
その斧には、誰のものかわからない血糊が付着していた。
「フフフフフ、イヒヒヒヒ、ふはッふはッ、アはははははは・・・・・・!!」
狂ったような哄笑には、正気と狂気の階梯を踏み外した者に特有の嫌な響きがあった。
「正月からダラダラ、こたつにみかん、こたつにみかんと同じ動きを繰り返しておったら、遂にキレたかみさんから、こいつを投げつけられたわ・・・!」
真っ赤な血に染まった斧を高くかざす。そういえば、おやじの額がちょっと切れてるようだ。
「もう、わしには恐れるものなどない!神などなんぼのもんじゃい!
今年こそ日本の路線バス全線乗り継ぎ旅を完了してくれる。そして、世紀末覇者として、小池百合子と堂々百合りますよ!
ゆりり~~~ん!!!」(『1986年のマリリン』のメロディで)
スズキくん、少々慌てて、
「いや、だから有名人とか実名出しちゃダメなんですよ。余計な面倒多いんだから。
チェインソー持って宅配業者脅しにいった(自称)ユーチューバー事件を知らんのですか。日本の知能指数はもう急速に下がってますよ、恐ろしいくらい」
「そんな傾向に歯止めをかけるべく、白木まり奈の新刊が出たぞ。これはもう事件だ。さっそく嫁。じゃない、読め!」
スズキくん、再びちっとも騒がず、
「ええ、もちろんボクが今地下を掘っているのは、決して生活費捻出のためばかりでなく、小池都政に対する暗黙のプロテスタントといっていい訳ですが。
・・・って、え?なんで、いまさら2016年にまり奈の新刊が・・・???
しかも、ひばりのロゴ、装丁で・・・???」
【あらすじ】
50年前に廃村と化した村に、そろって乗り込んだバカマンガ家とふたりのこども。安く行けるリゾートなんぞ他にたくさんありそうなもんだが、敢えて過疎すぎる呪われた物件にホームステイ。さすがセンスあるなぁー。
並ぶ廃屋群の中でも、いちばん住んではいけないと北九州の狂ったヤンキーでも楽勝で指摘できるであろう、村を見下ろす不吉な屋敷(これが当然タイトルチューンの犬神屋敷)に住み込んだ親子は、案の定、連続して幽霊に遭遇。それも全身血塗れで、脳天に斧をブッ込んだ派手な姿で、絶叫しながら屋敷内を練り歩くというハードコア・スタイル。
「おとうさん、もういやよ!こんな村、さっさと撤収しましょう!」
ベタ墨のハイコントラストで、必死に訴える小学生の娘に対し、父親は、
「幽霊は怨みのある人のところに出るはずなのに、なぜわしらの前に姿を現すのか。これは絶対なんかあるぞ!!」
と、誤った方向にヒートアップ。
「わしの友人に心霊にくわしい男がいるから、来てもらおう・・・!」
これでは全然回答になっていない。ほとほと、あきれかえる娘。
しかも、そいつは結局来なかった。
(完)
「エ・・・・・・なんですか、コレ?」
茫然として読み終えたスズキくん、本をパタリ置くと呟いた。
「ま、要するに諸般の事情により未発表に終わってしまったまり奈先生の長編まるまる一冊が、今回初めて出版された、という記念すべき事態なワケだが・・・」
おやじはニタリ笑う。
「コレ、内容は確かにアレだけどさ、別に出来が悪いって程のこともなくて、安心のひばりクオリティーでしょ。ギャラで揉めたってことか知らんけど、作品としては白背でもヒットでも余裕で出せるレベルだよ。水準以上。かえってまり奈先生の作家性の確かさが浮き彫りになってると思う。
具体的には、屍蝋の入った井戸水に対する的確なフォロー。見事だ」
「たしかに読んで損は全然ない出来栄えですけど・・・・・・」
スズキくんは唇を尖らせる。
「現在、これを敢えてひばりロゴで出す意義ってなんなんですかね?ノスタルジィ?好き者達が夢のあと・・・?」
「わからんのかね?」
おやじは確信をもって断言した。
「すべてのマンガはひばりを指向すべし、という明確なマニュフェストだよ。何が飛び出すかわからないおばけ屋敷。誰が得するのかわからない残虐展開、エスカレーション。こじつけ。悪意ある無理難題。いい加減極まる(毎度の)ご都合主義。
まだまだ、こうした素晴らしい作品は、出版の機会を偶然逃したまま、歴史の闇にたくさん眠っているのかも知れん。具体的には、引出しに仕舞ったまま忘れたとか、上にマットレスを敷いちゃったとか。
この本の売り上げがよければ、そうした作品に復刻のスポットがあたるチャンスも出てくるだろうし、そんなどうでもいい作品の集積の中に、実は本当の未来への扉を開く鍵が隠されているかも。
もう、なんたら賞だの、なんたら大賞には心底飽き飽きだ!死ね!死んじまえ!選ぶ奴も、選ばれる奴も、読んでるそこのお前も。全員、共犯じゃねぇか。
だから、キミも『進撃』だの『ワンピ』だの、毎週ジャンプを読み続ける惰性行為はいい加減辞めにして、自由なマンガの大地に羽ばたいてみてはどうか、という有難いお誘いなのだよ・・・!」
斧がビュッと闇に飛んだ。
髪の毛ひとすじ、スズキくんの傍らをかすめて岩に突き刺さる。ガキッと鋭い音がし、火花が散った。
「怪奇の未来はこれからだ。わしに附いてくるがいい・・・!!」
「イヤです」
スズキくんは削岩機のスイッチを入れて仕事を再開しだした。ガガガガガ。
「怪奇じゃ喰えないんだ、そんなこと、あんたも充分知り尽くした筈じゃないですか。これ以上、自己欺瞞を繰り返すのは辞めにしたらいかがですか・・・?」
おやじはそれでもニヤニヤ笑いをやめない。
「それじゃキミは、なんでいまだに怪奇探偵を名乗っているんだね。深夜労働者スズキくんでも、凡人サボーガーでもなんでもいい筈じゃないか。
それは、いまだにキミが怪奇を好きで好きでたまらなくて、毎晩赤い夢を見て暮らす赤い部屋の住人だからじゃないのかね・・・?」
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