赤瀬川原平「お座敷」 ('15、河出書房新社『赤瀬川原平漫画大全』収録)
「なんとなく、漫然と過ごしているだけで、今年のゴールデンウィークもまた過ぎ去っていきますなァー・・・」
縁側にポツネンと座った怪奇探偵スズキくんは、お茶を啜りながら呟いた。
「・・・しかし前回登場は年始ご挨拶って、ボクは季節商品扱いですか?」
5月の空は眩いばかりの陽光に溢れ、遠くで鳥が啼いている。
「いっけん平穏無事に見えて、ギラリと光るものが出る」
不穏な気配のおやじは、煙草盆の傍らから低い声で応えた。
「今はまさにそういう時代だが、事が起こってからさんざん嘆いたって手遅れなんだよ。そこからあとの現実はもう変わってしまってるんだ。二度と元には戻せない。そうして、われわれは否応なしに選択を強いられることになる。今後果たしてこんな状態で続けていけるのかって、遅まきながらようやく真剣になってね・・・」
「ははァ。震災の件ですか?」
「うん、それもあるが、世相というのか、今年はなんだか随分と人が死ぬねぇー」
紫煙を吐いた。
「わが藩でもこのたび城代家老が一名、詰め腹を切る羽目になってしまった。もちろん家老は家老で滅私奉公、全力を尽くし働いた。しかしそれでも、事態を収束するには意余って力足らず。とうとうおのれの首を差し出すほかなくなった」
「うーーーん・・・確かに、そりゃ、まぁ・・・・・・その」
スズキくんは露骨にモジモジし出した。
「いいんだよ。無理やりコメントしなくても。われわれはテレビからギャラを貰ってる訳でも、新聞から頼まれてる訳でもないんだから。気の利いたセリフをいちいち捏造しなくていいんだ。
それに、本当に困ってる人は、なんにも言わないもんだよ」
「はァ・・・」
「そんな誰もが沈黙を強いられるとき、マンガはなんだか凄く効能がいい。ホラ、例えば、このチラシだがね・・・・・・・」
おやじが手渡したのは、カラー刷りポケット版の小さなチラシだった。
「ふーん、たこ焼き屋の宣伝じゃないですか。『たこ焼 お好み焼 焼そば』『マヨネーズはお好みでおかけください』『温める際はお皿に移して電子レンジをご利用ください』・・・よくポストとかに入っている安い感じのフライヤーですよね。なんか知らん、また守備範囲広げてきましたねー。
・・・で、これがなにか?」
「中央下に、ゆるキャラ風のたこ焼きキャラがメインとして描かれていて、ま、親子なんだろうね、オス・メス、ガキと三体並んでるんだが、こいつら全員頭髪がお好みソースだ」
「あ、ホントだ。マヨまでかかってら~~~♪」
「だんだん楽しみ方わかってきたろ。頭部が食べられるってのは、あんぱんマンテイストのカニバリズムだよ、ちなみに。
そんな無理やりな批評家目線から全体を検証してみよう。中央に店舗名を大きく配置してあるのはチラシなんだし当然として、その周囲を取り巻く図像がいちいち突っ込みどころになってるんだ。結論からいって、これぞたこ焼き曼荼羅図なんだよ。
まず角部は、上下段ともそれぞれで左右で対照構造となっている。左下はスカイツリーで右下は富士山なんだが・・・」
「この富士山、雪とみせかけ、お好みソースかかってますね!(ニンマリ)」
「うん。そんな小汚い姿の霊峰を背景に、フライ返しを握りしめて立ちはだかる巨大ロボ。頭部がなんだか『2001年』のディスカバリー号みたいですけれども。不自然な角度で棒が突き刺さっている。
そして、その対照位置では、通天閣似のスカイツリーを背景に、著作権微妙に緩めなゴジラ似の超巨大生物が凶悪な笑顔で元気にたこ焼きを頬張っております」
「ふーーーむ。ギリでアウトなデザイン。ロボと怪獣って、『パシフィック・リム』じゃないスか!?」
「その直上は“力(パワー)”をキーワードとする図像の配置がなされており、登場するのは、なんと力士とレスラー。地上最強の組み合わせですよ。逆エビ固めをかけられたレスラーが、嬉々満面としてソース焼きそばを喰っているのもどうかしてるし、化粧廻しの横綱がこの店の女店員から山盛りのたこ焼きを差し入れられて大喜び!威厳のかけらもありません・・・!!」
「全編ペンタッチとしては、コロコロイズムを感じさせる毒のないバカさ加減に溢れてますね。コロコロ第一世代は全員もういいお歳だし、そこから孫子供の代までコロ遺伝子は万遍なく伝搬している訳だから、万人受け入れやすい。まさにコロコロ化社会の到来(笑)」
おやじ、さらに身を乗り出し、
「さてここまでは、曼荼羅図の容易に解析可能な部分だ。対照構造はここから難易度を増すから、そのつもりで。
中段には親子図が左右に配置されていて、キーワードは世界で一番貧しい大統領もご執心である“経済格差”である!」
「なるほど、片や親二名子二名の一般サラリーマン家庭、路上でたこ焼き頬張るの図。片や子連れのセレブ夫人がレストラン風テーブルでワイン片手に給仕からお好み焼きをサーブされているの構図。
これは、もう格差社会の図式そのものじゃないですか!」
「セレブのマダムに、クソガキだけいて亭主がいないのがやけにリアルだね。しかし、一般家庭サイドでも、お母さん役の筈の人のポーズがやけに気取って他人行儀なのが凄く気になる。中学くらいの自分の娘に、爪楊枝でたこ焼き取ってやるなんて、行動からして怪しいよ。ひとりお出かけショルダーバック装備でフルメイクだし。ピンクのセーターで妙に巨乳を強調してやがるし。これ絶対、保険のおばちゃんだろ?」
「もしくは後妻ですかね。いっけん平和そうな家庭にも地獄が潜んでいるってことですね~」
「あとは雑魚キャラと見せかけ、一番の謎キャラのオンパレード。
画面左上は、UFOを目撃する母と娘です。娘はコンタクティーらしく、人さし指をE・Tポーズで突出し微笑みを浮かべている」
「それが、画面右下のグレイ風宇宙人2体の画像とリンクしているってことですか?」
「うん、だんだん、読み方わかってきたな。
この意味はズバリ、この店では宇宙からの来店を歓迎している、ということなんだよ!」
「スケール無駄にでかいですね。
すると、たこ焼きパックを捧げ持つ桃太郎は、時間を越えて、ついでに虚構と現実の垣根を越えての来店を勧誘しているってことか!ずうずうしい」
「残る画像、空を舞う第一次世界大戦型の複葉機はUFOとリンクしている、と単純に片付ければいいんだが・・・」
「ミニスカの美人バスガイドと、ミニスカの女子高生二人組の持つ意味は・・・?」
「そりゃ、単なる作者の好みじゃろ」
「ぎゃっふん!」
おやじ、新しいタバコを火を点けた。
「こういう発想を実際のアートに描き起こす作業が、例えば赤瀬川原平のマンガ作品の背景にあったんじゃないだろうか。
・・・時にきみ、傑作「お座敷」ぐらいはもう読んでるな?」
スズキくん、かぶりを振る。
「むむー、まったく残念なやつだな。じゃ、没後一年、ちょうどいいテキストが出版されてたから、これ読んどいて」
おやじが手渡したのは、『赤瀬川原平漫画大全』という黄色い表紙の大判本だった。
「さっきのチラシはどうしましょう?」
「そんなの、もう、捨てていいよ。
悪いがな、赤瀬川のオリジナル作品「お座敷」と、つげ義春「ねじ式」パロディーの古典にして到達点である「おざ式」は、読んでないと息してはいけないレベルの名作なのだよ。わかったね?」
まったく勝手な、と思いながら、スズキくんは本を開いて読み始めた。彼方で子供のはしゃぐ声が聞こえる。小遣い銭を握りしめ、たこ焼きでも食いに行くのであろう。
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