ジェリィ・ソール『半数染色体』 ('52、ハヤカワSFシリーズ3089)
処女の軍団が人類を侵略する!それも地球規模で!
刃向うやつらは皆殺しだ!
「エッ・・・なんだって処女が?!」
「物凄く弱そう!史上最弱の侵略者じゃないのか?」
「そもそも処女って人類の一員なんでは・・・?!」
諸君、温かいリアクションの数々どうもありがとう。
週刊プレイボーイかスポーツ新聞の風俗面にしか載らない地球侵略テーマの隠れた傑作、それがジェリィ・ソール先生の処女長編『半数染色体』である。先生は他にも、「錠剤飲んだらタイムスリップ!」という薄っぺらい危険ドラッグテーマの問題作『時間溶解機』なども手掛けておられる。
※(後日記事を読み直してみて)この記述は明らかな間違いを含むが、まぁ、いいじゃないか。どうせ儲からないんだし。
本書の解説で福島正実も、アイディアはともかく小説としては「安手のアクションもの」とバッサリ。たしかに一冊読み通してみても何も心に残らない内容スッカスカな本書ではありますが、あらすじだけ追ってみると典型的なペーパーバックスタイルで結構楽しめます。
キーワードはこれ。
「処女はスランだ!!」
【あらすじ】
仕事ばっかしやりすぎで、くたばりかけた30代新聞記者が、チンコの腫れる病気で入院し、ふと「自分の人生見つめ直してみようかナ?」って気になる。なんて、そんなの、どこにでもあるお話だヨネ?
上司は無茶振りばかりで気に喰わないし、まかされてる記事もコラムも全部腐臭がしていて心底ロクでもない。恋人もいない、友達もいない、たまに行った風俗店じゃ謎の奇病をうつされる。ま、抗生物質一発で治りはしますが。人生虚しい。趣味のガンプラづくりに充分時間を割くことができない。たまには「北斗の拳2」だって打ちたい。これじゃあストレス溜まって一年間休職しようかって気にもなるもん。って、ま、休職期間中なにする具体的なあてもないんですが。
そんな人生の空白期間に陥った微妙な若造トラビスが、入院先の病院で不審な急患に遭遇。救急車で担ぎ込まれたじいさんは、全身灰色のまだらになって意識不明の重体だった。
皮膚が灰色て。一体どんな病気だ。
興味深くウォッチしてたら、真夜中の緊急病棟に忍んできた謎の美女にじいさん、いきなり殺されかける。コートにサングラスの金髪女は、あやしい注射器を取り出し、既に瀕死状態の老人にさらなるとどめをくれてやろうとしていた。親切設計すぎ。
よし、美女との格闘なら望むところだ。手加減なしにボコらせてもらおう。ぼこぼこ。亀田並みに切れ味鋭いネコパンチの応酬に美女はたちまちキャッと悲鳴を上げて逃げ出すが、行きがけの駄賃とばかり、ハイヒールのかかとで思い切り向う脛を蹴り上げていきやがった。オー、イテテ。
「トラビスさん!あんた、夜中になにやってんですか・・・!!」
騒ぎを聞きつけオールドミスの准看護婦が飛んできた。
「どうもこうもあるかい。おい、いいからブサイク、今すぐあの女を捕まえるんだ!この状況がわからんのか!
ええい、この、どんくさブスめが!ブスブス!ドブス!肥溜めにはまって死んじまえ!!!」
「なんですって・・・!!!キーーーッ、くやしい!!!」
さっぱり話が前に進まないのだった。
傍らの低次元バトルのショックが決定打となり、じじいは敢えなく絶命。その死骸は、全身の体組織が灰色に焦げてるとしか形容しようがない、異様極まるものだった。しかも臭い。思わず鼻を抓みたくなる、異様な臭気を放っている。
「・・・んー、こんなへんな死に方、ボク、見たことないですよ。病原菌もウィルスも検出されないし、全身がローストされ壊死してるとしか表現しようがなくて・・・」
鉛筆舐め舐め、検死のインターンが言う。
「おたくら、どこで保護してきたんだよ、あんなじいさん?見たところ完全に気がふれているようだったが・・・」
「実はまちかどで、全裸で踊っていたんです」
「んーーー、やっぱり!さては新種の麻薬でも嗅がされたんだろ。チクショウ、オレの新聞屋(ブンヤ)魂が騒いできやがった。
こいつは新手の、巨大な陰謀の匂いがするぜ!!!」
・・・・・・そうかな?
インターンは冷静に机上のメモ用紙を摘み上げて手渡した。
「これ、担ぎ込まれたとき、じいさんがうわごと言いながら書きなぐっていたんですが。意味、全然わからんですよ」
乱暴に丸円が描かれ、棒線が四方に伸びている。円の中央には謎の言葉。<23X>。
「なに、これ?」
黙って首を振るインターン。トラビスも沈黙するしかなかった。
「とりあえず、あの女を見つけて締め上げれば万事解決だ!」
退院したトラビスは、『太陽にほえろ』並みの安直な推理をもとに老人が発見されたエリアで聞き込み調査を開始。女に関する情報はサッパリだったが、新たなる灰色に変色して死亡したじじいを発見。今朝方自宅の布団で壊死したそうで、いや、もう臭いわ臭い。鼻をつまんで泣きじゃくる家族連中。やはり、これは伝染病か何かなのだろうか?うわ、感染したらやだなーーー。
さっそく近所のスギ薬局に飛び込んで3D除菌マスクを購入。厳重な防疫体制で町に出たら、またしても目の前を堂々と横切る、全身灰色でプスプス焦げてるおやじ。やばい、大量発生だ。
そう、ともかくこの一帯では、おっさんとじじいがジャンジャン変色して死んでいくのだった。今日わかったこと。
・被害者は男ばかりである。
・年齢が高いほど症状の進行が早い。
高齢者ほど優しくないなんて素敵。具体的な手掛かりがつかめないまま、謎だけ抱え込んでアパートに戻ってきたトラビスを、奇声を発する所轄の刑事が襲う。すわ感染者の襲撃かと思ったら振りかざした警察手帳は本物。マジ?
「ワリャーーー、まだ気づかんのか、コラ!!ワリャーーー!!」
「・・・えっ?なにがじゃ、コリャーーー?!」
相手の鋭いカンフーに対し必死の防戦に努めるも、腰が引けている。
「実は、死亡者の発生ポイントは、つなぐと円を描いておったんじゃー、ワリャーーー!!
となればその中心点に何かがあるに決まっておるじゃろーーーが、このドタワケめが、ワリャーーー!!」
「え・・・なんでボクに、そんなに親切に教えてくれるんですか?」
急に素にかえったトラビスが問い詰めると、相手はごま塩頭をポリポリ掻いて倒れた家具やら食器やらを片づけ出した。
「いやー、わしの名前はセツメイ警部。取扱説明署の者だ。森羅万象すべての出来事を解説できる特殊能力を持っておる」
「・・・わ、うざ~~~」
「この記事、執筆に一か月以上かかっているのに、さっぱり終わりが見えてこないので、残念ながらわしが登場となってしまったのダ。わしが来たからには、もう安心。解けない謎などないですし、やまない雨なんかないですよ。ナイジェリア。光あれ。
よし、早速現場に急行するゾ!ワトソンくん」
「いや、ワトソンじゃねぇし!そもそも、あんた、まったく呼んでねぇし」
ということで、二名体制で、ツー・マン・セルで、円環を描いてるという感染者の発生ポイントの中心へ。
適当にタクって行ってみると、そこは、黒沢清の映画に出てきそうな怪しげな廃工場だった。生産ラインを停止して長い時間が経っていそうな鉄工所。すべてを埋め尽くす埃りの山にまみれて、旋盤もベルトコンベアも不気味な沈黙を保っている。
が、よくよく見ると白くなった床の上に最近歩き回ったらしき無数の靴跡がある。
「む、こりゃ、ピンヒールの跡だな。かかと12cmで、色は赤じゃ」
ペロっと埃りを舐めて、警部が言う。
「なんで、そんなのわかんだよ?!あんた、どっかおかしいんじゃねぇの?」
「いや、それが、そのヒールを履いているとおぼしき若い女性がさっきから向かいの路地からこっちを窺っておるのダ。むむッ、なにかバッグをまさぐっておるゾ。
って、あッ、危ない!!」
いきなりトムソン機関銃で狙撃された。別名シカゴ・タイプライターともいうアレね。外人さんたら、洒落た名前をつけはるわね。突如飛んできた銃弾の雨に右往左往するふたり。
懐から拳銃を抜き出したセツメイ警部ではあったが、ひと声叫ぶと床に転がった。まさかの死んだふり。表から見えない角度で必死にトラビスに合図を送るので、ええい、仕方ない。ままよ、と起重機の影に倒れ込む。
「・・・ヤ・ラ・レ・タ・・・!!」
嘘くさい断末魔の絶叫を上げる警部。
しかし、この原始的すぎる猿芝居に乗せられたのか、銃撃は止んだ。コツコツと近づく靴音。銃把を握りしめた警部は、まだ死体のふりを続けながら出を窺っている。
女は工場の中に入ってくると、フロアの隅からなにやら黒い包みを引っ張り出し、しばしジッと眺め入る。
「・・・あ、あれ・・・?」
(シッ、黙れ!!)
それは、病院で瀕死の老人にとどめをさそうとしていた、あの金髪女だった。
警部のゼスチャーに促され、トラビスが息を止めすぎ青くなり赤くなりしている間に、女はテキパキ仕事を片付けた様子で、すたすたと建物から出て行ってしまった。
慌てて追いかける二名、床に置かれた黒い包みにふと目をやると。グルグル捲きにされたコードの束が。油紙にくるまれた細長い筒が数本。コチコチ刻む秒針の音。
「うわわわ!!!」
「思いっきり、爆弾じゃん!!」
ふたりが出口目指してダッシュ全開でまろび出るが早いか、哀れ廃工場は跡形もなく消し飛んでしまった。
【解説】
その後の調査で、謎の黒い包みは男をダメにする放射線の発生機であることが判明。この科学的に怪しい装置が町中に仕掛けられ、一斉に作動するさまはまるで同時多発テロ。
これは男社会壊滅を目論む狂気のおばちゃん科学者による犯行だった。
どういう意味だなんて聞かないで欲しい。おばちゃんは、人工生殖により処女の軍団を増産。男性に恐るべき奇病を発症させる放射線を放つブラックボックスを世界中の都市に仕掛けて、二十世紀文明の崩壊をたくらむ。問答無用の勢いだ。
いちおうの犯行動機は、男社会の産んだ不合理。え?
男性優位社会の齎したさまざまな惨禍の例証として、やはりここで出てくるのが息子を戦争で失くした喪失感と怒りであるが、個人的過ぎ。少々弱い。弱すぎる。民間でやるにはいささか規模がデカすぎる計画(いったい世界中に何個の装置をバラまけば足りるのか?)の規模もアバウトなら、来たるべき未来に処女が世界を支配する根拠も薄すぎ。
処女といえども、普通に人間である。
それを勝手に優性人類扱いするのは、無知蒙昧や偏見からきた逆差別といえよう。処女懐胎といえば勿論キリストであるが、ここではマリアがマリアを産む。しかし、それって宗教家以外の一般にとって、どんな特殊な意味があるというのか?ま、珍しいけど。
いっそクローニングでおばちゃん(非処女)を量産すりゃいいのに。おばちゃん、秘密研究所を設立し、世界各地に武器と量産型処女軍団を輸出する、この物語最強のキャラ。ガタイよくって、冷酷非道で、ブサイクで、おまけに武道の達人だし。捕えた生き残りの男達をガンガン処刑してくれます。ひとりイルザ状態。いや、イルザはひとり。
ここに表出しているのは、「人工生殖」という科学技術に対する無意識的な恐怖心なのだろうけれども、いかなる手段を採ろうと、人として生まれた者は人であり、それ以外ではない。宇宙人が異種交流試合を挑みに英国の片田舎へやって来る、ウィンダム『呪われた村』とは違うのだ。
謎の暗号<23X>とは、お察しの通り、染色体の本数をしめす記号で、46本あるXY染色体の組み合わせにより性差を決定する通常の人間に比べ、半分の染色体数で単性生殖を実現する夢のシステムであるのだが、それって果たしてなんかメリットあるのかな?物凄く効率悪い無駄な研究している気がするんですが。
しかも、このシステムを開発したのが冒頭で灰色に変色して死亡した耄碌爺いであり、おばちゃん科学者の実は亭主でもあったという。100%夫婦喧嘩ですよ、コレ。近所迷惑な話だなぁ。そんな人類滅亡はイヤだ。
男性が多数死亡しわずか数ページで無秩序化した社会では、処女の武装集団が登場し、警察や政府機関をまんま乗っ取り未熟な統制を謀る。が、しかし主人公トラビス含め放射線の影響をまったく受けない連中がいた!
よくよく調べてみましたら、実は放射線はAB型の血液を持つ連中にはまったく効果なかったんでした。チャンチャン。全然ダメじゃん!新発明。
最終的には、おばちゃん科学者の娘である金髪女とトラビスがなんでか偶然デキてしまいまして、誇り高き優性人類が「イテテ!」と処女を喪くしちまって、トロンと瞳を潤ませて、おしまいです。
そうか、一回ヤッちまえば、処女でもなんでもなくなるんだ。
ということで、男たちが平和な日常を、腐りきった男性社会を取り戻すため、大義名分を掲げて世界中で処女をバンバンヤリまくって終幕。レイプ公認主義。事件後、世界各地で出生率が異常に急上昇。性差別を無くすつもりがとんだ逆効果でしたとさ。めでたしめでたし。
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