ドリヤス工場『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』 ('15、リイド社)
「ネットで読めるマンガの単行本をわざわざ金出して買ってるのって、一体どういう人種なんだろうか・・・?」
古本屋のおやじは呟いた。店内は薄暗く、埃っぽくて独特の異臭がする。正月も十日を過ぎれば町も普段通りの佇まいに戻り、似合わぬ晴れ着を持て余した新成人の輩が安い飲み屋で全員生ビールの祝杯をあげている。
「そりゃ、ボクやあんたみたいな、物好き連中でしょうよ。纏まってから紙ベースで読みたい。つまりは、ずぼらなクチだ」
古本好きの好青年スズキくんは、座布団の上で落ち着き払ってグビリお茶を飲む。
「でもね、そういう無駄こそいまの日本に必要。経済活性化のため必要な人材。貴重な少数派ですよ。
ところで、そんな素晴らしいみなさん、遅まきながら新年おめでとうございます~」
「・・・うるせえ、そんなの全員スマホにすりゃよかんべ!スマホにしたまへよ!!!」
ドンとテーブルを叩いた。
おやじはレジ横に置いたPCで地方競馬ライブを見ながら、せんべいを齧っているのだった。傍らに置いた温風ヒーターが暖かい風を送り込んでくるが、おやじの鼻は見事に真っ赤。風邪気味で機嫌が悪いらしく、声はガラガラ、首回りは茶色いマフラーでぐるぐる巻きだ。
「スマホなら、なんでも便利でいいじゃんよ!それで万事解決だよ!バカちんが!
読んで駅から駅まで時間潰し。現代マンガの立ち位置なんて幾多あるアプリのひとつに過ぎないんだろうがよ!」
「新年早々なにをいきなりMAXテンションで怒ってるんですか?アプリもなかなかどうして悪くないもんですよ」
「そういや、年始早々きみから携帯ゲームの招待状が届いておったな、ゲーム猿くん」
「フッフッフッ、紅蜂さん。あなたもなかなかどうしてお上手で」
「ふっふっふっふっ・・・って、ええい、話が全然進まんわ!だいたい、そのセリフ、どう見てもミスターXのものだし。でも、まぁ、ええわ!
ドリヤス工場の新刊がようやく出おったな!」
「遅い。出たのは去年の9月です」
「あぁ、そうですか」
「年末の冬コミでも新作出してますから、あんたが知らないだけで、工場はちゃんと操業を続けてる訳ですよ。メジャーで出してる本だけが本じゃないですよ」
おやじは、くしゅんと鼻を鳴らし、
「もともと水木系の脱力絵柄で最新萌えアニメなんかを解体してみせるのが得意なドリヤスだから、文学ネタもありだろう。あの絵で『テラフォーマーズ』描くだけで優れた批評になっちゃうんだから。これはもう、企画考えた人の勝利。ちゃんと面白く仕上がっているんだが・・・」
「ボク、原典が題名は知ってても実際読んだことがない作品ばかりだったんで、なんかお得感ありましたよ。普通に面白いじゃないですか、この本」
「そうだな。しかし、そもそも系列はあるんだよ。
一番近いとこでは杉浦茂『ちょっとタリない名作劇場』とか、案外ヒントになってるんじゃないかな。『檸檬』だってやってるし。もちろん杉浦先生のことだから内容、無秩序なデタラメだけど(笑)間違いなしの傑作だよ。
赤塚不二夫なんかもよく劇中で名作パロディやってたよねー。『ロミオとジュリエット』とか『王子と乞食』とかさ。落語ネタも含め、ギャグマンガでは類例数知れず。
あと、現代作家に古典のマンガ版をガチ描かせる企画なら、誰もがやる『源氏物語』とかさ、冒険的なとこでは永井の豪ちゃんが『神曲』やるとか。本当いろいろあるの。著作権フリーの世界」
「そういや、『ドグラ・マグラ』もかつて誰かがやったやつありましたね。耽美系少女マンガ絵で、店頭で見かけました」
スズキくんは呑気に出されたお茶を啜る。
「ん~、『ドグ・マグ』は、ねぇ~~~」
「・・・『ドグ・マグ』ぅ?!」
「あれは、実は小説でしか使えない叙述トリックが全編駆使してあるから、面白いんですよ。同じクリスティーでも『オリエント急行殺人事件』なら映画映えもするけど、『アクロイド殺し』とか『そして誰もいなくなった』とか、もう無理。あれと同じだよ。絵にした途端、嘘臭くなっちゃうんだ。
ということで、この本で初めてあらすじを知り興味を持ったラッキーなきみは、実際読んでみて。文体癖在り捲りで、叙述くど過ぎる箇所もあるんで、読破するにはすごくすごく面倒で体力いると思うけどさ。でも例えば、少女の屍体解体シーンなんて他で読めないくらいマジやばいっすから。お勧めっすよ。三一書房の全集版では伏字にされてる部分も、創元推理文庫版でならバッチリちゃんと読めるから」
「はァ~~~、テキストを比較検討してますね。珍しい。
・・・でも、ま、あんたの自慢話はまた今度ということにしまして、話をドリヤスに戻しますが」
「ぎゃっふん!」
「この本はWebコミックで連載されてた短編の集成なんですね。題名がすべてを語ってる内容で、古今東西の文学作品を脱力絵柄で勝手に漫画化。読者に好評で、現在も連載は継続中です。今回テキストに使用している単行本も三刷りですし」
おやじ、偉そうにあごをしゃくる。
「うん、この本の面白さを語ろうとすると、ネタ使いの的確さとかキャラ立てどうこうとかじゃなくって、マンガの叙述そのものに関わる面白さなんじゃないかと思う。
ぶっちゃけ、マンガって面白いじゃん?」
スズキくん、無言で頷く。
「それはいろんな要素を含んでると思うんだけど、そのひとつに話をマンガで語る面白さってのがあるんだよ。よく知ってる話でも、あらためてマンガにしてみると面白い。マンガにする、コマを割ってみる、という行為自体がもう面白いんだ。それが面白くならないとしたら、作者の側に問題があると疑ってみた方がいい。
この本の中では作者の強力な主張として、意図的に往年のマンガ誌『ガロ』を髣髴とさせる文体を採用しているワケなんだけれども。水木酷似のキャラばかり目立ちますが、背景やらト書きが多用がダブルつげ(義春&忠男)を連想させたり(写植フォントも似てるし、印刷の色味も往年の茶系統を駆使)、ストーリー展開やら脱力度合いが川崎ゆきおの作品にクリソツだったり。せこくて情けない感じがなんとなく杉作J太郎イズムに満ちていたり。出てくるすべてが日本マンガの暗黒潮流なんですよ。ダウナー系の系譜ですよ。路地裏物語ですよ。ハッキリいって最高じゃね?いま日本で一番ガロってますよ。
こうしたわれわれのよく知る文体を模倣して、さらによく知る話をやっていて、なおかつ面白い。これはとても画期的なことで、オリジナルな発明なワケですよ」
「なるほど・・・」
「間抜けな爺さん評論家が、ヒップホップにおけるサンプリングに酷似とか言い出しそうな気もするけど、ハッキリ言って、違います。あれはテクストの抜粋でしょ?ここで使われている手法は、再話(リ・トールド)というやつです。・・・ま、そんな批評用語どうでもいいんだけどね!」
「確かにどうでもいい話ですね。
じゃ、ボクは忍術学校の非常勤バイトがあるんでこれで。正月ボケで緩んだアタマに喝を入れる意味で、『暗夜行路』でももう一度読み直しますか」
「志賀直哉って、山手線の電車に撥ねられて助かった男なんだよ。既にその時点で不謹慎だが面白いじゃん?
いろいろあるだろうが、今年もひとつ活躍よろしく頼むよ!」
「へいへい~」
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