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2016年1月 3日 (日)

ジェームズ・ブリッシュ『暗黒大陸の怪異』 ('62、創元推理文庫SF)

 ブリッシュ版『失われた世界』?腑抜けた感想を述べる前に、ブリッシュのバイオグラフィとこの小説を突き合わせてみよう。

 ブリッシュは1921年生まれ、コロンビア大学とエドガー・ライス・バローズ大学で生物学を学んだインテリ。18歳からSFやら詩や評論を意欲的に執筆し、製薬会社に就職していた頃には編集まで手掛けた男であるが、軍隊とは当然の如く折り合いが悪かった。徴兵期間に2年ほど陸軍生物学研究所にいたが、上官の便所掃除命令をガン無視したことを問題にされ、ドタバタ騒ぎの挙句晴れて除隊。SF作家として、業界で有名な出版エージェントのヴァージニア・キッドを嫁に迎え手堅くコツコツ頑張って、代表作『宇宙播種計画』、『悪魔の星』、『宇宙都市』シリーズ全四巻などを出すも、ヒューゴー賞貰ってもいまいち売れてる感がなく、やがて生活苦からたばこ会社に勤めだす。妻とは翌1963年離婚。
 本書はこのブリッシュ最大の苦難の時代に執筆されたおっさんによるおっさんの為のファンタジー小説。浅田次郎ですな。「ぼやぼやしてたら、もう40代になっちまったよ~」という中年の切実な嘆きを文章に込め、いまさら感倍増しの時代錯誤な冒険小説。精子の如く噴き出すおやじのリビドーの洪水をどっぷり浴びてみやがれ。

【あらすじ】

 舞台はベルギー領アフリカ、コンゴ。カンザス高校の教師時代に教え子の女子高生を妊娠させて解雇、というこっ恥ずかしい過去を持つアメリカ人キット・ケネディーは、今や60人の現地妻をとっかえひっかえするジャングルの王者として逞しく生きている。詳細は例によっていっさい不明だ。数百人の部族を束ねる大酋長ともマブダチ。あとお供はでかいニシキヘビ。最悪。
 こんな胡散臭い男が密林奥地からある日呼び出され、探検隊のガイドを依頼される。呼び出したのは、某国政府の手先のデブと、胃腸の悪そうな医者。それに謎の美女だった。
 これがどのくらい凄い美女かっていうと・・・・・・

 「(彼女は)話しながら、小形椰子の葉の扇で、肉の締まった剥き出しの足からツェツェ蝿を追い払っている。短く刈り込んだ銅色の髪、ぐっと突き出ているふっくらとした乳房、その乳房がトロピカルシャツの薄い絹地から透けて見えそうだ。キットは立ち止まり、まじまじと見つめた」
 (中村保男訳、以下引用は同)

 顔見てないじゃん(笑)
 おっぱいばっか見てて、主人公いきなり完璧な痴漢目線。こりゃやばい。しかしまじまじと見続けるうちに、彼の思考はますます失礼さの度合いを増していく。

 「キットはもう一度、女を見た。黒人女を十二年間妻に持ってきても、彼の目に狂いは生じていなかった。この女はまったく美しい。もう若い娘とは言えないが、まだ肉がたるんだり、くぼんだりしていない。ただれた年増にはなっていないのである。女をだめにする寸前に完成させるあの欲情の指先に、ふくよかに触れてくるのだ」
 
 確かに妙齢の美女なんだろうが、それにしてもこの訳文、さっぱり意味がわからない。「女をだめにする寸前に完成させるあの欲情の指先」とはいったい何か?
  チンコか?
 
「ふくよかに触れてくる」とは、チンコにビンビンくる、という意味なのか。どうもそれ以外には解せないようなのだが、なんか微妙に違うような気もする。本当のとこ、どうなんだろ?いつもながら直訳過ぎて悩ましい中村先生の翻訳。答え考えてないでしょ先生ってば。
 
 「この太陽のもとで、もしそうなることになることになっているなら、これはすみやかに起こるだろう。女はたちまち一人前の女になるだろう。しかし、キットはそうなるだろうとは思わなかった。この女はとても美しい。だが同時にえらく英国的なのだ。そんな女はここでは長く持ちこたえられない」

 これが身持ちの堅さ、貞操観念に関して記述した文章なのは明らかだ。ちょっと一安心。なんでまたこんな回りくどい書き方をしているのか全然わからないが、主人公の思考内容は、要するにこういうことだろ。
 この女、コマせるか。コマせないのか。
 主人公は登場してくるなり、初対面のヒロインに対し完全にセクハラ視点から欲情しまくっているのである。最初からそればかり考えていると断言してよい。それって何?って、出会って5秒で合体である。即ナメ即ハメである。お下品すぎ。
 しかし、このあからさまな下劣さの正体はなにか?いくらなんでもちょっと酷過ぎやしないか?古典的な冒険小説においては、こういう主人公のやばい系の独白は、まぁ頭の中ではなんぞ考えてるにせよ、あまり表沙汰になってこない。社会モラルによる規制もあろうけど、メリットにせよ、ハガードにせよ、バローズにせよ、本家はもう少しヒロインを大事に、崇高に扱ったものだ。
  (彼女が神秘の泡の中から黄金色に輝く裸体を晒すとき、冒険家の脈拍は必ず早くなり、脳内はぼぉっとした霞に包まれ、訳わからず夢遊病者の如く一歩前に踏み出した・・・。)
 これは、やはり作家としての品格の問題なのだろう。ブリッシュ以上に失礼なお騒がせ男といえばハワードで、これは元々サドだからしょうがない。女と見るや、女王も王女も女盗賊も奴隷女も、必ず裸に剥いて吊るして鞭打っている。が、レイプ描写無し。このへん、いかにも時代である。
 
 私がこの小説を面白いと思うのは、もともと糞真面目でエロ描写とは無縁そうに見えるブリッシュが、この本の中では欲望を素直に開放し、70-80年代のイタリア製のZ級密林アドベンチャー映画のように振る舞っている点にある。『食人族』とかその亜流映画みたい。安くて、おっぱい大きくて、金髪(もしくはそれに類する髪の色)のヒロインはその象徴だ。
 小説後段では、ウラニウム鉱山で素手で働かされてボコボコ死んでいく奴隷一族だとか、巨大太鼓の上で悪い人喰い酋長と一騎打ちとか、生きていた恐竜とか、『アポカリプト』で『マッドマックス3』で『燃える大陸』で、って年代無視のアメリカ映画ばかり羅列しておるが、やたらと派手で間抜けな場面が次々と連続。真面目な読者はいよいよ附いていけなくなるのだが、それらがまた、ことごとく倦んだ中年目線で語られる。爽快さとはおよそ縁遠い。単純明快じゃない、ぐじぐじしたリアリティがあってなんかスッキリしない。「痛快!」の一言が似合わない。なんでこんなの書いたんだ?
 たぶん、これはブリッシュなりにリアルに考えたターザン物語で(だから主人公には現地人のつけた愛称がある)、そのターザンってのはカッコいい青年貴族なんかじゃ全然なくって、生活に疲れたエロい中年アメリカ人、すなわちブリッシュ自身の投影なのであろう。

 だから、その後のヒロインとの恋の行方も、およそロマンティックと程遠い展開となる。闇の中から忍び寄ってきた人影を組み伏せてみると、なんとこれがくだんの美女ポーラ、ってとこから・・・・・・

 「彼は手を放し飛び上がるようにしてポーラの体から離れた。
 「これは失礼」と彼は堅苦しく言った。「すまない。てっきり------」
 ポーラは地面で半回転して半身を起こした。かがり火の燃えかすの光の中で、裂けたシャツから片方の乳房がほのかに現れているのが見える」

 はい、おっぱい見えましたー!
 このシーンが206ページの本編の中で55ページ目。それからエロとは無縁の活劇がいろいろあって、結局ヒロインが主人公を自分のベッドに呼び寄せるのは138ページ目。以降この小説からはエロ目線が消滅し、私の失礼極まる記事も終わる。

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