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2015年9月23日 (水)

《架空マンガレビュー》『ダウンロードの鬼』('02、日)

 (この奇妙なマンガは、児童向けコミック誌にごく短期間掲載され歴史の闇に消えた。誰も惜しむ者などいなかったのは当然だろう。)

 二宮キンジロー少年は、都立家政の学校に通うごく普通の小学生。膝を擦り剥いたっちゃあ泣き、お小遣いが減らされたっちゃあ泣き、やたらメソメソしているクソガキだ。
 
ときどき、パンツにうんこが付いている。
 それでも今どきの子供だから、自宅にパソコンの一台も持っていて、親がインストールした年齢制限ページ閲覧禁止ソフトの隙間をかいくぐり、怪しいサイトに連日アクセス。エロい動画やら、衝撃事件の映像やら、危険なファイルの入手に血道をあげる熱い毎日を送っている。そのハッキング能力は異様に高く、米国防総省の職員名簿も入手可能。情報界のシャーロック・ホームズの名をほしいままにしている。
 (って、どこが普通の小学生なのであろうか。)

 こんなクソみたいなガキにも仲間がいて、児童コミック界に君臨するドラ原理主義において、その数3名。それ以上でもそれ以下でないところに作者の誠実な姿勢が窺われるが、彼らの能力にはいささか問題があった。
 ミミコ。
 宇宙からの電波を受信するパラボラアンテナを乳首に貼り付けた小学生。下半身はホットパンツ。数百光年離れた異星の住人とも自在にチャネリングすることができる。彼女はいわば宇宙規模の人間無線LAN機器であり、グループの情報収集係である。
 ゴリポン。
 脳細胞が異常に増殖する病気にかかった人間ゴリラ。常人を遥かに凌ぐ記憶野領域を持ち、他人の人格や技能をロードし自在に使いこなすことが出来る、いわばひとりマトリックス。ロード方法は身体的接触であるため、近所ではエロガキ、変質者予備軍として知られる。
 ムツオ。
 高次元空間にひきこもる伝説の餓鬼。学校の裏山で通常世界に首だけ突き出しているところを運悪くキンジローたちに捉まった。無限の空間容量を個人的に使用することができる。(すでに家電ゴミの違法投棄等に使用。)また、空間を捻じ曲げパリと北京を繋げるくらいはお手のものなので、いわば生ける「どこでもドア」として重宝されている。
 
 設定だけとれば、ハリウッドアクション並みの派手な展開が繰り広げられるのではないかと思わず錯覚するだろうが、掲載が児童誌であることから解かる通り、第一話に登場する敵は単なるいじめっ子。人の髪をつかんで引っ張る凶悪ないじめを繰り返すこいつに彼らは敢然と戦いを挑み、脳内を完全に初期化するという悪辣極まる方法で勝利する。身体制御能力を喪失し床に倒れておしっこ、うんこを垂れ流す哀れな子供を前に、彼らD4(※グループ名)が満面の笑みでガッツポーズをキメるラストカットは明らかに様々な問題を孕んでおり、読者に賛否両論の嵐を捲き起こした。
 これを皮切りに、第二話では体罰教師、三話ではセクハラ発言を繰り返す町内会長、以下ストーカー疑惑の用務員、異物混入で学校全滅を謀る給食のおばちゃん、非道な小学生レイプを遂行する隣町の高校番長グループ、大物政治家等々を次々に血祭りにあげていく。

 その容赦ないやり口を、例えば第六話「給食のおばちゃんは大量殺人鬼?!」から引用し詳しく見てみよう。

 この、児童マンガにしてはちょっとだけ凝った時系列構成からなる一篇において、給食おばちゃん・堀口魔須美容疑者(54)は既に警察の取調べ室に拘禁されており、自らが犯した罪を淡々と自白していく。その口調は機械的で、感情の起伏が欠落していて不気味。取調べの刑事も面喰っているようだ。
「私が人を殺したのは、私が完全に狂っており、すべての人間は死ぬべきだという考えに凝り固まっていたからなのです」
 4人の子供の母親でもある魔須美は、ある日神としか呼びようがない至高の存在の声を聞くようになり、そのお告げに突き動かされ無差別大量殺人を計画し始める。いわば、プロデュースト・バイ・神だ。殺戮対象は、誰でもよかったのだが、一番簡単そうということで勤務先の無力な子供に大決定。自分の子供も通っているから、まとめて殺るには都合がいい。元準看護婦の経験を活かし青酸化合物を秘かに入手。Xデーに向けて着々と準備を進める。
「私の計画は完璧でした、あぁ、でも、あの子らさえ、あの子らさえいなければ・・・」
 いつものように薪を背負ってのキンドル読書の帰り道、キンジロー少年は「給食のおばちゃん、不審な行動」と書かれた同級生のツィッターをキャッチし捜査を開始する。「殺人、殺人、殺人・・・」とブツブツ呟きながら職場を出ていくおばちゃんを尾行したところ、書店に入り毒物に関する本を立ち読みしていたというのだ。(実際驚くべきストレートさである)
 おばちゃんとこれまで関わりのあった全人間のリストアップ、出身地和歌山県の卒業生名簿の入手から、現在の近隣住民の特定まで淡々とこなすキンジロー。そして遂に、おばちゃん所有のスマホの通信履歴からおばちゃんがときどき神と通話している事実を知ることになる。敵の黒幕は、神。衝撃の事態に打ちのめされるキンジロー少年だったが、戸惑っている猶予などない。時すでに遅くおばちゃんは既に校舎内に毒物を搬入し終え、その日のお昼のカレーに混入しようと企んでいた!
 ここで取調室に座る魔須美容疑者のクローズアップ。ニヤリと笑った口元がおっかない。
「すべては神のために、すべては神の御心のままに・・・・・・」
 このままでは自分はおろかクラスメイト全員の生命が危うい。便意を催したと嘘をつき教室を抜け出した(授業中でした)キンジローは、D4のメンバーを校舎の屋上に緊急招集。仲間たちもそれぞれ腹痛、生理、借金返済といった事情をでっちあげ、階段を昇り駆けつける。
「今ならまだ警察を呼んだら間に合うかも知れない。毒物という動かぬ証拠がある以上、彼女は間違いなく逮捕され取調べを受けることになるだろう。・・・ミミコ、警察無線に同調し、匿名で事件を通報してくれ!」
 
うなずくミミコ、乳首のアンテナをこすり上げトランス状態に。
 それを横目で見ながら、なおも冷徹な表情を崩さず並んだ仲間たちに話し続けるキンジロー。
「しかし、それでは本当の敵は倒せない。この事件を操っている真の黒幕、それは彼女にあやしい考えを吹き込んだ神そのものだからだ・・・!」
驚愕する一同。
「有史以来、人はしばしば神の声を聞き、聞いた者はそれを至上の命令として実行し、幾多の事件を起こしてきた。
 預言者、救世主、絶対君主、神主から、“八墓明神はお怒りじゃ”のババアに到るまで、神の意思を代弁し民衆を率いて戦った者、神の名のもとに大量殺戮を繰り広げた数多の大国、神の名を騙り人を欺く者。彼らは都度捕えられ、裁判にかけられ、滅ぼされたが、それでも本当の意味で神の声に踊らされた者たちを根絶することはできなかった。
 それは真の原因をつくりだした神の所在場所が不明だったからだ・・・」


「ぼくは、給食のおばちゃんの通話履歴から神のIPアドレスを割り出すことに成功した。
かくなるうえは、神をダウンロードし、ゴリポンにロードする。われわれは神に等しい能力を手にすることができるだろう。
 そしたら、やつのもとへ乗り込んで最終決戦だ!」

 いきなりトンデモないことになってしまった。
 ゴリポンがまごつきながら反駁する。
「しかし・・・神のデータ容量ってどれぐらいあるんだポン?ダウンロードするったって格納先は?受け取って展開するオリの脳の容積だって、常人を遥かに凌ぐとはいえ、やっぱり有限なんだし・・・」
「サイズは既に算出してある。たいしたことないよ、地球の月3個分くらいだ」
 ニヤリと笑うキンジロー少年。後ろを振り返ると、
「ムツオ、ゴリポンの脳内に亜空間ポケットを用意できるかい?」
 無言でうなずく“伝説の餓鬼”。見た目は小学生でも、実年齢は三千歳を越える(彼は有史以前から引きこもりを続けている計算になる)のだから、こんなクソ小学生どもとツルんでいなくてもよさそうなもんだが、そこはホラ、マンガですから。
「邪魔者がいない手頃なパラレルスペース(並行宇宙)を一個丸ごとゴリポンの脳に直結させてデータバンク化する。・・・準備OK?よし、ミミコ、ゴリポンに接続しろ!」
 高速手揉みによる連続刺激でいきり立ったゴリポンの男根が、ミミコの熱くぬめった股間に吸い込まれるまでには数十秒と掛からなかった。

「今だ、ダウンロード、GO・・・!!!!」

 威勢のいい雄叫びと共に、空中に飛び出しアクションポーズをキメる主人公キンジロー少年。(ただし、こいつがやってる仕事は実はこれだけ)
 ミミコは地球を遥か離れた宇宙空間にある神のIPアドレスにアクセスし、順調にデータを吸い出していくが、いかんせん人力による回線接続。データ流入量が細すぎる。少しでも助けになればと必死のピストン運動で、白目を剥き出し腰を突き上げるゴリポンも最早瀕死寸前!

「いかん、瞳孔が開いてきてるぞ!血管拡張剤、投入!」
「心臓マッサージ用意!電気ショック、まだか?!」

 ブラックジャック先生の手術みたいな状況になっている。
四苦八苦しながら神のデータを移し替えていくにつれ、なんだかゴリポンの身体が光り出してきた。

「・・・な、なんだこりゃ?しかも、得体の知れない花の香りが・・・」

 その通り、校舎屋上周辺には芳しく気品高き謎のフローラルが充満し、彼方を飛ぶは迦陵頻伽、いずことも光源が知れない淡い光に照らされて天上の楽園の如き様相を呈してきた。遠くより聞こえる楽の音とハリ・クリシュナの読経。さては今回の神はヒンドゥー方面からお越しになったのか。と思いきや背後に聳えるゴシック風味の大聖堂。隣に鎮座する大仏。どうやら有難ければなんでもよい、という鷹揚な思想が感じられる。神とはそんなものか。

 その後、神と等しいパワーを得たゴリポンは当然ながら暴走し、都市の気温を3℃上げたり、全国紙朝刊の活字を全部“ゑ”で埋めてみたりして悪さを働くが、残るメンバーの必死の説得に理性を回復、人類史上初となる神討伐の使命に燃える。
 熱い一億火の玉となったD4メンバーは神の居城である異空間・江古田へ潜入、虐げられていた江古田人(ぬかみその古漬けを無理やり食わせる等の暴虐行為を受けていた)を解放し神の居城へと迫る。途中この地球とは異なる時間線からやってきた美少女ムーチョ・カカリク(往年の国民的美少女後藤久美子似)と一緒になるが、彼女は実は神のスパイであった。断腸の想いで、彼女をふたつに引き裂くムツオ。空間に断裂を生じさせてなんでも切りきざむ恐るべき技である
 そして、遂に姿を現した神。その姿は寿司屋で勘定を払わずに千年昼寝したリッチー・ブラックモアに似ている。恐ろしい相手だ。

「ポッドキャスト、スキャン開始!」
 キンジロー少年は慌てず、まず相手のファイルを分析し始めた。

「敵は、定義ファイルのアップデートを要求してきています・・・!」

「ダメだ!リカバリーできません!味方のファイルが続々と免疫解除されていきます、555657・・・」

 悲痛な声が飛び交う戦場。周囲ではバタバタと江古田人が倒されていく。脳天から血を噴いて哀れな有様だ。当方の損害状況は片っ端からログが取られ、
あとで料金を請求される。
 イチかバチかで召喚された拡張子変更エディターが神の構造を書き換えて無効化しようとするが、膨大過ぎる作業量に完了までには百億年かかるとの計算を弾き出す。必死のキンジローは、近所で評判の犬殺しを呼び出し背後から神を邀撃する作戦に打って出るが奥様方の評判が悪くて役に立たない。

「ダメだ、犬殺しじゃマジ勝てねぇ・・・」


 ガックリ肩を落とすキンジロー少年。

 もはやこれまで、と思われたそのとき、すっかり存在を忘れられていた神に等しい力を手に入れた男ゴリポンが再起動(実は、彼は江古田突入のショックで長い喪心状態に陥っていた)、凄まじい異臭を放つ神の頬ひげを刈り取ることに成功。すっかり人相の変わってしまった神は怒りにまかせて地球へ小惑星ケレスを落下させる。が、江古田上空でミミコにコントロール回線を乗っ取られ、狙い誤って自らの頭上へ。(申し上げるまでもないが、神は江古田より大きい。)

 
「イッテェェェーーーーーーー!!!
 チクショウ、覚えてろよーーー!!!」


 額に小惑星を突き立てた神は、掲示板に独自のスレを次々立てながら沼袋方向へ逃走していったのだった。


 かくてクラスメートを毒殺の危機から救ったD4の面々(現実世界に戻ると、給食のおばちゃんがポリスに連行されていくところ)、江古田の人々からは心の底から感謝されたが、嘘ついて授業をサボったのがバレて先生には怒られた。

(このマンガがなぜ早々に打ち切りとなったか、あえて説明するまでもないだろう。)

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