都留泰作『ムシヌユン①②』('15、小学館)
「・・・よーーーうやく、『マコちゃんのリップクリーム』が11巻で打ち切りとなったぞ!日本の夜明けがやって来たのだ!」
古本屋のおやじはテーブルを叩いて言った。思い切り埃が舞いあがる。
正面から対峙するスズキくんは暢気に大あくびしながら、
「そんな些末な去就を気にするの、都内であんただけですよ。世間は完全に冷え切ってますって。ボクが『憂国のラスプーチン』を最後まで読んだのだって、義理と付き合い以外の何物でもないワケですし・・・・・・」
春先のうららかな日差しが、古本屋「運減堂」の狭い室内に入り込んでいた。所狭しと積み重ねられた怪しげな書籍はくすんで一様に黒光りし、漂う空気も黴臭い。
「しかしあんた、宇宙イカと結婚してからめっきり更新遅くなりましたね。連日なにしてんですか?ずっぷりイカ刺し、わかめ酒ですか?」
「下品な口きくんじゃないよ、そんなワケないじゃんよ!日々魔道に精進する気持ちは変わりませんよ。新ネタも続々仕入れてますし。書こう書こうと思いながら賞味期限切れになってく残念な記事もたくさんあるんだよ。小林ひとみ緊縛写真集とか・・・」
「どんだけ賞味期限を長めに見てるんすか?!
そんな超レトロかつ懐古的記事なんて、日本じゃ佐藤師匠ぐらいしか喜ばないじゃないすか。米軍の保存携行食よりさらに保存期限が長めじゃないですか・・・!」
「うるせぇ、美女系AV女優は賞味期限が切れてからが勝負なんだよ!
小林ひとみなんか、全盛時のおっぱいは白くてふくよかで丸かった記憶があるんだが、1992年発行の写真文庫じゃなんかガリガリに痩せちゃって、全体にオーラが澱んでんの。乳首の色もなんか黒ずんで干し葡萄化しちゃってるしさ。もうなんかカンペキ、シャ×漬けセックス連打後みたいな感じなんだよ!」
「うひゃあーーー!」
「でもそれこそが性の本道に忠勤欣行した結果じゃないかと思うんだよ。励めばこれ必ず劣化すべし。どんな美しい花でも摘めば結局は萎む宿命でしょうが?諸行無常、祇園精舎の鐘の音響く!われわれは誰もが時代を越えてエロスを目撃する使命を負っているんですよ。そこから決して、もう決して目を背けちゃあいけないんだ!」
「要は、あんた、本気で勃つってんですか、劣化したひとみで・・・?
“スタンド!”だってんですか、スライ・ストーン発による?!」
「でも、ホント意外とよかったんですよ。信じてくださいよーーー。でも個人的な嗜好になるけど、終盤の和服セットはない方がよかったなぁー!」
スズキくん、くるり読者の方を向き直り、ここぞとばかり大音声で呼ばわった。
「そういう終わりなき不毛な性の荒野を彷徨うすべての旅人へ贈る、今回取り上げる一冊はコレ・・・!
生まれた時から世界怪作大全集の仲間入り確定、不憫すぎる南海昆虫セックスロマン、『ムシヌユン』第一巻だ・・・!」
「煽るよなァー・・・確かに誰が読んでも不自然でヘンテコなマンガなんだが・・・そもそも、このマンガ、作者は欲望のまま、本能の赴くままに進行させすぎでしょ~」
「・・・そりゃ、あんただ!」
【あらすじ】
大学院試に五回連続で失敗した男が、面接で会った博士課程のメガネ女子でオナニーする。虚しく凝固気味でプニプニの精液を放出する男。いきなりドン引きするダウナーなオープニング。
可愛すぎるあの娘は、異常にタカビーで男嫌い、そして昆虫好き。
ヒロインのキャラ設定がはっきりしていて、ライバルらしきナンパな茶髪サラサラ男まで登場してくるので、これは彼女を廻る恋の鞘当てドラマなのか、と早々勘違いするあなたは超甘い。
この主人公は、昆虫が好きで好きで好きで好きでひたすら好きで、小学生時代は昆虫博士としてブイブイいわせ、その興味の延長線から本物の学者を目指すも、研究対象へのスタンスが小学生の域から一歩も出ないため、「どんなにセックスが好きでも本職のAV男優としての適性があると限らない」説を実証するような、本職としてまったく使えないアマチュア弊害100パーセントの実に困った存在になり果てている。
そんな主体性のない男が状況にひたすら流され続け、行く先々で出会った女に欲情し捲る。それだけで本作のプロットは構成されているといっても過言ではないのだが、これって何かに似てないか。
そう、『男はつらいよ』だ。しかもシリーズ全編の拡大ダイジェスト版。BPM高め。
ということで、院試に失敗し故郷の島に帰る羽目になった男・寅次郎、空港で前述のメガネ女子や宿命のライバルと再会し、繋ぐ構成と見せかけて実はまったく関係なく、日本最南端の南国の楽園へ渡るフェリーのもぎり女子に欲情したりする。
黒髪、褐色の日焼けした肌に内気そうなこの乙女は、寅さんが小学生時代にコナかけてエッチな遊戯を繰り返した相手だった・・・りはするのだが、それが別段と新たなストーリーを生むことなく、やたらに明るい南の海の潮風にさらわれて、ガジュマルの林の向こうに消えていくのであった。
「なんだこりゃ?」とわれわれが首を捻っていると、島でカフェを営む主人公のおっかさんが登場。これがまた、腰にはパレオ、超巨大乳をデーハーな原色プリント地の水着に包んだ、モデルと見まがう年増美人。熟女系。
現在複雑な事情をかかえているらしい彼女(※本筋に関係ないので詳細はオミットされる)は、けんもほろろに主人公をあしらい退場。呆然と取り残される寅さんとわたしたち。
と、そこへ。マドンナ登場。
これも寅さんの同級生で、昔保健室で裸を覗き見てしまった過去がある。なんかコレ、学校になにか根本的な恨みでもあるのかという気さえして参りますが、まぁいいや、美人で人妻、でしかもホテルのおかみだという、佐藤師匠には本当キンたまんない設定。色白、巨乳でありながら、長い黒髪で和風のしとやかさも併せ持つリーサルウェポン。あきらかにボスキャラ。
この女、半端なく凶悪で、登場するや否やジャングルで夫と濃厚な立ち本番をキメてくれます。いきなりさっそく即。またしても主人公に葉陰からガッツリ覗かせておいて。
こりゃいかん、反則だ。物語序盤からここまでコツコツ積み上げられてきた性欲という名のドミノを一挙に倒され、主人公は完全に狂います。
犯す。
この女、ゼッタイ犯す。
ケツから犯す。
ひん剥いて犯す。
前から犯す。
ずっぽり入れて犯すぞ。
ゼッテー犯すんだ。
そしたら、もう思い残すことなんか、ない。
死のう。
と泣きながら決意し、遂に物語の目指す方向性が明確になったところで、突如として宇宙から不思議な存在が襲来。バイオ的に改造され、主人公のペニスに宇宙昆虫のスピリットが宿ります。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「・・・って、なんですか、これ?全然意味わかりません!」
古本好きの好青年スズキくんは言った。記事作成開始から既に三か月近くが経過し、若干ヒゲが伸びている。
「まぁまぁ、抑えて抑えて。あんまり記事作成が長すぎて、実はこの本先日第二巻が発売になってしまったんだが、続けて読んでみてもやっぱり意味全然わかんないんだよ!チンポは蛾とか蝶の頭部い酷似した形状に加工され、ググンと伸びるとなんかわからん物体Xか、鉄雄の右腕・成長バージョンみたいに巨大化する。そして、他人に種を植え付ける。」
「はぁ?!」
スズキくんはますます胡乱な表情になった。
構わず古本屋のおやじは続ける。
「いや、そんなのは欲望の暴走の視覚的表現ってことで片付けりゃいいんだよ。どうも今回襲来した宇宙人は、ソラリス的にその人間の潜在願望を物理的にかたちにすることができるみたいだし。そこはいつものSFですよ、いつもの!」
おやじの顔は紅潮してきて気持ち悪い。
「重要なのは、物語がどこを向いて走っているのかって問題なんだけれども。続けて読んでくうちに、なんかだんだんわかってきた気がするんだよ。
第一巻における大家の説教があって、第二巻にも建築現場の親方の説教が入っている構造からして、社会不適合者に対しての愛ある救済というのが裏テーマな気がするんだが、ズバリどうだ?!」
「いや、“ズバリどうだ”言われても・・・あんたの説明、毎回唐突すぎです」
「“愛ある”を“悪意ある救済”に言い換えてもいい気がしてるんだが。この辺は作者の資質によるんですよ。どっちでも似たようなもんですよ。でも悪意ましましが正解かも。
この主人公は、とにかくダメでダメでダメでダメで、金もなくって、チンポが臭くて、キモメンで、対社会的に有効な情報発信能力も持ち合わせてなくって、誰に対しても打たれ弱いという、我が国の青年マンガにおけるトラディッショナルかつ典型的キャラクターなんですが、二十一世紀を迎えた現在、そういうインキン臭い人間が救われるには、もう宇宙を持ち出して来ていい!っていう、スピリッツ編集サイド※註の度量の大きさが感じられる構造になってるんだよね~~~」
※註・正しくは『ビッグコミック・スペリオール』連載。
「なに、勝手に納得してるんですか!」
「だってそうですよ、例えば、この主人公と万年浪人やってる『めぞん一刻』の五代くんは明らかに同じ人物造形でしょ。あっちは仮想としか思えないくらいの理想の女性像ってのが登場していて、最後救済に向かって物語が動き出す(そして、つまらなくなる)んですが、あれって女の考える男の救済でしょ?違うか?本音はそんなキレイなもんじゃないんだ。
あんた、今どん底でしょ?
吹き溜まった性欲という名のマグマがゴリゴリでしょ?
あらゆる希望から見放されてしまってるんでしょ?
それでも死ぬに死にきれず、この虚しさから救われるんなら命を賭けても惜しくない状況でしょ?
そのくせ目標のひとつも見つけ出せず、生き恥さらして生きてるだけ、空虚な抜け殻野郎なんでしょ・・・・・・?」
「ひでぇ表現だ。でも、まぁ言わんとすることはわかりますが・・・」
「そんな男にとっての真の救いとは、なにか。わかるだろ、お前も成人男子の端くれなら。
・・・心底気持ちのいいファックなんだよ・・・!」
「そんな無茶な!」
スズキくんは悲鳴をあげた。「できりゃいいのか?!」
「うるせぇ、イッパツできりゃもう思い残すことなんか何もないんだよ!
追い詰められギリギリの瀬戸際に立たされた人間の決死行動ってのはそういうもんなんだよ!かの、もののけ姫も言ってんじゃねぇかよ?
生きろ!そして、出せ!」
「いや、出せとは言ってないと思いますけど・・・出せってどこに・・・」
「そりゃ、お前、当然、×××に決まってんだろーーーが!!!」
おやじが全身全霊を込めた魂のシャウトを放つや否や、古本屋の壁が崩れてどんがらどん。上空から戦闘機が突っ込んできてぼかんぼかん。飛来したオスプレイとドローンの編隊が一斉空爆を繰り返し周辺一帯は火の海ごうごうごう。虐げられた日頃の腹いせに旦那が妻の遺骨をトイレに違法投棄し、二万二千人の少女を買春していた元校長が些細な理由で逮捕送検、山奥で気違いが暴れ、借金のカタに18歳が生き埋め、掲示板は炎上中。日本は末永く平和な国として繁栄しましたとさ。あっぱれあっぱれ。
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