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2015年1月25日 (日)

サミュエル・レイ・ディレイニー『ドリフトグラス』('14、国書刊行会)

 積んである『ダールグレン』の一巻二巻を見ながら、この記事を書いている。この本、いつ読むんだろと溜め息をつきながら。いまは真夜中で、部屋は暗い。

 『ドリフトグラス』は好事家の間で待望されていた本で、本当に凄い内容だ。サンリオSF文庫で刊行された『時は準宝石の螺旋のように』全編に、ハヤカワの海外SFノベルズ『プリズマティカ』に入っていた諸編をプラス、新訳の短編2本を追加してディレイニーの中短編の集成を目指したもの。
 おまけも良くって、高橋良平の「ディレイニー小史」は、このデタラメすぎる伝説の黒人作家の人生をちょっと覗かせてくれる。(なによりの驚きは作家本人がまだまだ元気で存命中だってことだ。72歳!)
 これ以上なにを望むというのか。われわれは口あんぐり。言葉もない。

 あらためて振り返ってみると、『アプターの宝石』『エンパイア・スター』『ベータ2のバラード』『バベル17』『アインシュタイン交点』『ノヴァ』・・・とディレイニーは出るたびリアルタイムで買っていて、ほとんどを持っている。
 感想いろいろあるけれど、その魅力はつまるところ、
 何が書いてるのかいまひとつよくわからないくせに、ときどき妙に真に迫ってくる、マルチプレックスな多義性にあるのだと思う。

 例えば、この作家の本の中でも比較的わかりやすい部類の長編『バベル17』ですよ。宇宙から迫りくる正体不明のインベーダー。人類版図のいたる惑星で繰り返される破壊工作と、そして、その際傍受される謎の通信言語バベル17。単身宇宙船を駆り暗号の解読に向かう美人言語学者。
 ・・・という、非常に明確なスペースオペラの筋立てを持ったあの本の中で、例えば、男爵が殺される場面がありますね。宇宙要塞で。その直前、初登場した男爵は同盟の兵器開発の大物として、次から次へと開発中の大量破壊兵器のアイディアを喋りまくる。ディックなんかだったら、それぞれ切り分けて短編一本づつこさえて出してきそうな密度ですけど、ディレイニーの眼目はそこにはないんですよ。
 兵器開発者を前にしたリベラルという構図は、おびただしく羅列される大量殺戮兵器のパレードとノンポリ科学者って図式は、否応なく1966年当時のアメリカの現実を、ベトナム戦争そのものを想起させるじゃないですか。しかも暗喩とか隠喩だとか高級な次元の話じゃなくって、ひょっとしてもしやこの話って、ディレイニー本人にそう見えている現実を単にシュールレアリスティックに記述しただけのものじゃないのか。この人にとってリアルってまさにこんな感じなんじゃないか。
 ここまでの話って、ひょっとして・・・実話?そういうおそろしい疑惑だって浮かんでくるわけです。
 
 そう思ってもう一度読み直すと、幽霊乗務員ってなんだ、なんで将軍はヒロインに欲情してんだ、シャドーシップってなに?、ブッチャーって誰?、と疑問がとめどなく溢れて止まらなくなるんですが、ちょっと待って。この本自体に明確な答えがあるわけではない。
 文庫版のあとがきに「結末が弱い」と書かれていた記憶がありますが(現在手元にあるのがSFシリーズ版なので誰の言葉だったか確認できず)、つかみが華麗な割には意外と地味でおだやかな日常的エンディングを迎えてしまいます。
 実は、『バベル』の次に書かれ、今回『ドリフトグラス』に収録されている中編「エンパイア・スター」こそは真に重要で、作者自身を作中に出演させるという反則技を駆使することにより、もっともわかりやすいディレイニー作品すべてへの脚注となっている破格の一冊であります(※短い長編ですがサンリオ文庫では長い訳者あとがきをつけて一冊本で刊行)。
 ひとつのものごとをさまざまな観点から見ることができる意識、マルチプレックス。それをひとりの純朴な青年の成長と重ね合わせた、シンプルだけど奥深いきわめて感動的な物語。ここにすべての答えがある。読め。
 その結論のくだりたるや、あまりに美しく明確で、かつ簡潔に纏め上げられているので、読み終えるとちょっと眩暈がして啞然とするかと思いますが、一様に続く日常など単なるシンプレックスな意識のもたらす錯覚に過ぎず、真の現実とはもっと複雑で多義的であり、起こった事件のひとつひとつも、その結末もいろいろなレベルで捉えることができる。実は極めてあたりまえのことを堂々と述べているに過ぎない、でも敢えてそこを書く作家的勇気こそは、本当の意味で称賛に値するものだと思うのです。なかなかできることじゃない。
 
 ということで、読まない理由が見つからない。現代人の必読書。
 ・・・と、これだけで終われば世間体のいい立派な大人のブログなのですが、以下無駄を承知で全話あらすじ紹介をくっつけておきましょう、って。
 なんでわざわざそういう無駄なことをする。

【あらすじ】

 これはSF史上最も華麗で美しくきらびやかな短編集である。

「スターピット」
  銀河系規模にまで人類が進出した遥かな未来。港湾作業員ダーはすっかり尾羽うちがらした往年のスーパースター、ブラッド・ピットと出会う。銀河系から出られない人類の種としての限界と、過酷なハリウッド・ショービジネスの体力の壁とを重ね合わせて描く感動的なサクセスストーリー。でもやっぱ年齢にはかなわない。ラストの言葉「兄貴・・・腰が痛い」が悲痛すぎだ。

「コロナ」
 今回は有名ロックスターの東京ドーム来日公演に焦点を合わせ、黒人の超能力少女7歳(処女)と地元のツッパリ青年との不釣り合いな心の交流を描く。具体的には、「犬が飼いたいの、あたし」「飼えば・・・?」とか、「イスラム国の最新の動きは?」「知らない」などの時事ネタである。いちいち超能力なんかで喋るような内容ではない。

「然り、そしてゴモラ・・・・・・」
 ゴモラといえば大阪城を襲った怪獣である。そんなやつが大気圏外まで昇ったり、下がったり。とっても迷惑。で最終的にはやっぱりスペシウム光線を受けて大爆発してしまうという。虚しい話。

「ドリフトグラス」
 表題作。ウォムハイム&カーの年間SF傑作選『ホ-クスビル収容所』にも収録されていた。四輪ドリフト走行が得意な海底人間の骨が港に打ちあがる。骨はツルツルにガラス化しているので、海溝での火山爆発が懸念されるが意外と平気であった。海底人はやはり元気な方がいい、という庶民的な発想が盛り込まれた意欲作。

「われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む」
 なんとなくサンリオ色の濃い邦題(具体的にはピエール・クリスタン『着飾った捕食家たち』に収められていそう)だが、実はこれが原題。旧タイトルは「ただ暗黒」と地味すぎ。お話はというと、世界各地に電線を張って歩く異形の集団、白虎社がどっか僻地の山奥で天使を名乗るヒッピーと睦みあうという、SF界初の合コンもの。果たしてカップル成立にこぎつけるのか?そして何組?『ねるとん紅鯨団』を完全に先取りしていた大胆すぎる未来予測に頭がさがる。

「真鍮の檻」
 こりゃもう、あれだよ。放送できないあれしかないよ、実際。よく書くよ。作家ってすげぇよ。もっともアメリカじゃ流したようだが。読んでみろよ、一部始終が書いてあるんだから。最近は目を皿のようにしてネットをうろうろしていれば、驚くような残虐行為のあかしを幾らでも拾うことが可能だが、これが科学の進歩だなんて誰も言わないだろ。

「ホログラム」
 火星の洞窟で発見されたビックリマンシールの裏をこすると、当たりが出た。驚く探検隊一行。これまで第十三次探検隊に至るまでスカばっかりだったのだ。景品は火星文明一年分。ホログラムが再生されて、いたるところでガラスの塔が生え出し、奇妙奇天烈な音楽が鳴り出し、意味不明の飛行物体がビュンビュン飛び交いだすのだが、正直調査活動には邪魔だった。「アパートの前の入居者が誰のCD聴いてたなんて、まったくどうでもいい話じゃん!」隊長は即座の火星撤収を決意するのだった。

「時は準宝石の螺旋のように」
 盗んだヘリコプターで農場を抜け出し宝石店強盗を重ねる男ハロルド・クランシー・エヴァレット。指名手配がかかるたび名前を変え顔を変えるので、しまいに本人も読者さえも誰の話を読んでるんだかさっぱりわからなくなるという超問題作。あんまり問題がありすぎるので、米SF界最高の栄誉であるヒューゴー賞・ネヴュラ賞をダブルで獲ってしまった。世の中ってちょろい。変装マニアのバイブル的一作。

「オメガヘルム」
 「オメガヘルムから連絡があったわ。週休2日、時給は1,570円よ」妻が携帯見ながら報告する。男はいますぐ就職すべきか迷うが、面倒臭いのでとりあえず布団でごろん。仕方がないので代わりに妻が応募しオメガヘルムへの短い旅に出ていった。今月保険料も払わなきゃならないし。(オメガヘルムは京橋乗り換えである。)

「ブロブ」
 本邦初訳。若きマックィーンと戦ったあいつがニューヨークの銀河評議会に乗り込んで大暴れ!町に出ると、浮浪者を投げ飛ばし肛門から口から鼻孔からどろどろ侵入、あまりの気持ちよさにおっさんはたまらず公衆便所で大射精!ディレイニー(ガチホモ)の性的夢想が適度に昇華されずに残った澱モノレベルの糞ショートショート。

「タペストリー」
 一角獣に突かれて処女喪失というのは世界中の女子学生の憧れですが、今日も今日とて性懲りもない小娘が鼻をヒクヒクさせながら森をうろつきまわり、見つけた手ごろな丸太でオナニー。そんな下らない話をわざわざ訳す無駄さ加減が素晴らしい、本邦初訳。

「プリズマティカ」
 せっかく浅草橋駅前のアトランティスまで来たんだし、飲み屋で飲もうぜ!騒ごうぜ!昼飲みだ!船乗りはダイヤモンドもエメラルドも大好き。でも一番好きなのは、最近ではジム・ビーム。ブラックニッカより飲みやすい。剣士と漁師は根っからのビール党、アメ横高架下の路上屋台村から流れてきた筋金入りだぜ!・・・で、この話が最終的に行き着くのがスナック「遠い虹の三つめの端」だってのは、最近急速に飲み屋馴れしてきた俺様も意外過ぎだったぜ。まさに現代のおとぎ話!しかし連作長編『ネヴェリヨンの物語』って、そのうち訳されるのかなァ・・・?

「廃墟」
 浅倉先生の訳。そういや、『ファファード&グレイマウザー』ってのも先生の翻訳でしたね~的な豆知識が飛び出す、泥棒と婆さんの地味な話。僧侶のババアかと思ったら真紅のガウンを纏った豊麗な全裸美女でした、と思ったら、やっぱりその正体はババアで心底ガッカリ。男は荒野へとっとと去っていくのでありました~にゃんにゃん~

「漁師の網にかかった犬」
 普通、漁師の網にかかるのは魚でしょ?犬がかかったらしいのよ。東北沖のギリシャで。ヘロドトスもびっくりですよ。ホメロスも踊り出しますよ、T・小室のレイヴで。で物語の方は、網にかかった犬に気を取られたばかりに兄を殺された弟が仇討ちを誓って岬から飛び込むも海の女神の黒い乳房の間に溺れ、さんざんな目に会わされ夜明けの海辺に命からがら這い上がる。幼馴染の女が寄ってきて、話しかけると、「旧い網はいつか破れる。俺は新しい網を編む新人類になるぜ!」と都会(アテネ)へと去っていくのだった。ギリシャ3大悲劇のひとつ。SFでない。

「夜とジョー・ディスコタンツォの愛することども」
 グランドファーザークロック、すなわち大きなのっぽの古時計、イコール平井堅イズゲイ。国際的目配りに満ちた意欲作。

「エンパイア・スター」
 ・・・読め。ともかく読め。話はそれからだ。いいな?
 

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