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2014年12月

2014年12月23日 (火)

ももいろクローバーZ『バトル・アンド・ロマンス』 ('11、スターチャイルド)

 年の瀬が近づくと、怪奇探偵スズキくんの周辺は急に慌ただしくなる。
 出入りの業者が増えるし、掛かってくる電話の件数も飛躍的に上昇する。自分の子供を認知して欲しい母親の行列は引きも切らず、新宿4丁目の事務所を十重二十重に取り囲んでうざったいったらありゃしない。

 「これは普段のボクがヒマなのでは決してなく、日本という国の悪しき習慣なのです」

 革張りの椅子に座って書類に判を押しまくりながら、スズキくんは読者に説明する。今日のいでたちは英国産三つ揃いのスーツに、緋縅付きのよろいにかぶと。全天候型球場の如く、不測の事態(米不足)にも万全の構え。
 57階のオフィスルームは外窓側が全面ガラス張りのため、燦々と陽光が降り注いで眩しいかぎりだ。

 「年末進行っていうのは、ホントもういい加減なしにしていただきたい。
 ・・・っていうか、積極的になしの方向で!ひとつ、よろしくお願いしまーーーす!」

 秘書がお茶を持ってやってきた。

 「依頼人がお見えよ、所長」

 濃いつけまつげでばちりとウィンクする。
 官能的なヒップラインをタイトなダークグレイのスーツにつつんで、胸のボタンは張り裂けんばかり。豊かな金髪は無造作に束ねられ背中に零れ落ちている。

 「あらら、ジェーンちゃんじゃないスか。ゆうべのカラオケは楽しかったでやんすよ~」

 C調に声掛けしながら読者にくるりと向き直ると、
 「元・監察宇宙軍パーサー、ジェーン・ペンティコスト。言わずと知れたアーサー・バートラム・チャンドラー『銀河辺境への道』の筆おろしヒロインでやんすが、彼女がなんで再就職口としてボクの事務所を選んだのか。話せば長いことながら、本筋にまったく関係ない話ですから、ここはあっさり省略するでやんす。悪しからず」

 「なにクッ喋ってるのよ。さっさと仕事して!」

 ベッドの中では甘えた子猫ちゃんでも仕事はきわめてカッチリ派の秘書は、てきぱきと異様に散らかったデスクの上を片付け始める。
 土人のおめん、吹き矢、自動ハエ取り器、ファラオの肖像画12枚セット、大判の『異色昆虫図鑑』、紙巻きだが吸うと危険かも知れないハーブ、ねんど、匠の謹製彫刻刀、ロングドレス仕様のこしみの、脛あて、バイキングの破城槌。よくもまぁ、これだけデタラメに散らかせるものだ。

 「さて、さて」
 気を取り直したスズキくん、汚い指でファイルを捲りながら、
 「本日の依頼人は、文京区にお住まいのAさん四十五歳。吊革に掴まりながらサルの群れが踊るのを模写するのが得意とおっしゃる一風変わった中年男さんでやんす。
 ・・・って、ホントかよ?!」

 ドアを開けて依頼人が入ってきた。
 吊革を片手に持っている。

 「いやー、その、いちおう前振りがあったんで、こんなもん持って参りましたけどねー。吊革なんか持って模写するだけで無理!もう絶対、無理!」

 男はいきなりジェーンちゃんの尻を撫で始め、強烈なビンタを浴びてひっくり返った。
 スズキくんは地の底から響くような重々しい声で言った。

 「・・・あんた・・・。
 さりげなく近所の粗忽者を装っちゃいるけど、正体は古本屋のおやじだろ・・・?」

 頬をさすりながら立ち上がった男、

 「き、貴様、なにを証拠に・・・?!」

 「青銅の魔人、実は二十面相。宇宙怪人、実は二十面相。鉄人Qはさすがに違うのかなーーー?と見せかけ、これまた実は二十面相。
 すべての事件の背後に二十面相あり。
 この理論を応用するなら、貴様の正体は、あのおやじ以外ありえない・・・」

 急に飛び出してバッと仮面を剥いだ。

 「・・・でやんすーーー!!!」

 おお見よ、白日の下にさらけ出されたその顔は、紛うことなき中年男の下品な狒々面ではないか。なんということでしょう、それはあの恐ろしい古本屋のおやじの顔だったのです。スズキくんは背筋がゾクリと凍りつく思いでした。

 「ケッ。」
 開き直った古本屋のおやじ、不逞不逞しく三白眼でにらんで磨き上げられたフロアに唾を吐く。
 「ちくしょう、バレちまったんじゃしょうがねぇ。とりあえず、オラ、ちょっとねぇちゃん、酒持って来いや~!!!」

 「もうイヤ~、ジャパニーズ・お下劣、イヤ~~~」
 ジェーンちゃんが半泣きである。よく見ると調子に乗ったおやじ、背後に廻って思い切り豊満な乳房を揉みまくっている。

 結構本気なその指の動きに眉を顰め、スズキくん、
 「わかりました。もう結構。あんた、今日は事件の捜査を依頼にきたんでしょ?フランス書院的行動原理に基づいて秘書の秘所嬲りにいらしたワケではないのでは?」
 ギクリとしておやじが動きを止める。

 「さらに読みを進めれば・・・」
 スズキくんは冷静に続けた。
 「今回の記事が唐突に柄でもなく、ももいろクローバーZを取り上げているだけに、ここは彼女達のメジャーデビュー曲『行くぜ!怪盗少女』に引っ掛けまして、“あなたのハートいただきます!”ってな方向で、最後に真犯人が指摘されてオチがつくんでは・・・?」

 「な、なにを根拠に、このクソガキめが・・・?!」
 おやじ、怒りにぶるぶる震え出した。
 「それでは、普通にアイドルに突然かぶれ出したおっさん、すなわち高年齢性奔馬狂アイドルヲタそのものではないか。誇り高き『神秘の探究』をなめんなよ。犯行動機はもっといい加減、かつ下品だ!」

 「それでは、あなたはご自分が犯人だと認めるんですね?」
 
 「あぁ、そうとも。
 このブログ内において捲き起こる、あらゆる下品な怪事件の裏におやじあり。今日も今日とて相原コージの記事に、最底辺レベルの嫌がらせコメがついておったが、これもすなわち、おやじの犯行。
 警視庁サイバー課がIPを洗えば、どこぞのネットカフェだか、小学生の個人端末がヒットするんだろうが、それを誘発したお下劣思考は元をただせばおやじ内部に起因する。

【過去記事参照】相原コージ『Z(ゼット)』 ('13、日本文芸社)
http://gyujin-information.cocolog-nifty.com/sinpinotankyuu/2013/06/z-13-dc8e.html

 ・・・それにしても、本当に酷いな。さすがにめげるわ!」
 
 世慣れた怪奇探偵は軽く手を振り、笑いながら、
 「いやいや、こんなのは児戯に等しいお遊びですよ。ネット上になら殺人予告だろうが、個人への中傷だろうが、なにを書き込んでもいいんだと思い込む幼稚な人間は後を絶たない。いっけん規制がないように見えて本当はすべてが見張られている、ってことすら積極的に知ろうとはしない。実はそれがネット社会というお化けの正体なんです」

 「中井英夫か(笑)今回はやけに推理小説めくな。
 相原の記事に関しては、【グロ注意!】とでも書いて張っておけば勘弁して貰えたってことなのかな?ひょっとして、それがネチケット(死語)ってやつなのか・・・?」

 「単純に、“不快には不快を”って発想なんでしょう。懲罰思想がハムラビ王以前だ。いいんです、そんな話は。もう。
 それよか、あなたはいったいどういう動機で、ももいろクローバーZのCDを購入されたんですか?
 相手はメジャー過ぎですよ。紅白三回出場、全国で大人気ですよ。全盛時にピンクレディーの『サウスポー』のレビューを書くようなもんですよ?」

 「いや、ヌケるのかと思いまして・・・」
 おやじは悪びれず、言い放った。
 「こんなに人気があるのは、こりゃきっと全国の若い衆がヌケてヌケてしょうがないのかな~、などと勝手に思い込みまして・・・」

 「はァ・・・???何考えてんですか、いい歳こいて」

 「うん。完全に勘違い。さっぱり抜けやしない」

 「そりゃそうだ」

 「
で、結論として申し上げますが、そもそも具体的に精子が出てしまいますってぇと、コレはもう普通のアイドルの領域ではないわな~、と。それはAVアイドル、もしくは人気風俗嬢の閾ではなかろうかと」

 「・・・あんた、落語家さんですか?」

 「ま、結論としてはちっともヌケなかったワケなんですが、グループ内のメンバー離脱に東日本大震災復興を絡めて書かれた(!)シングル『Z伝説』には、なんか泣けてきまして・・・」

 「・・・エッ?極悪人のあんたが?
 実は、涙腺あったんだ?」


 「はぁ、実はふたつほど。
 いやね、聴きゃわかるんですが、この歌、非常にわかりやすい特撮戦隊モノのパロディー形式なんですよ。Dさんなんかが、昔からお得意の。普通にやったら非常に薄っぺらい、仮面ノリダーの主題歌ぐらいのインパクトしか与えられない楽曲なの。もちろん、あたしもこの手は昔から大好きですけどね。エキセントリック少年ボーイとかね。系列があってね。
 で、一方でコレ、メンバー自己紹介ソングの伝統も踏襲してる。おニャン子会員番号の歌とかさ、RCサクセション『よォーこそ!』でもいいんだけどさ。要は、万事がノベルティーソングだってことなんだよね~」

 「あぁ、そこは理解できます。ミュージカルの楽曲なんかにも共通しますけど、楽しくてわかりやすくて人懐っこい感じ。恥ずかしい歌詞も素直に聴けて、つい感動してしまったりしますね」

 「そうそう、そういう聴きやすい軽い形式にのせて、震災とか重い現実を歌うもんだからさ、“♪やまない雨なんてない~”とか、浅薄で類型的な筈の言葉がよりによって輝いちゃってるの。で、勢いよく被せて、一生懸命な、お子様の声で“ぜったいあきらめない!”とか叫ばれるとさ、あぁ、俺も明日っから頑張ろっかな、って素直に思いますもの」

 「明日からってとこが、中年のリアルさだ(笑)」

 「これはスタッフが相当確信犯だったんだろうと思いますよ。言葉の方向性、全部が全部、限界までメーター振り切っちゃってますもん。いまの暗すぎる世相に敢えて希望を歌うんだったら、中途半端は絶対よくない、すかしてちゃダメだ、とにかく全力で全部見せきらないといけない。ゆえに振付けも思い切り全開だ!みたいな。
 でも、必然性のある全開っぷりなんだよ

 「確かにプロモの振り、異様に激しいですもんね。センターの子なんかエビぞりハイジャンプまでキメてる。えらい。惰性で生きてる連中は全員反省。丸坊主」

 「つまりは、可愛い女の子集団なのに、見事に男っぽいんだよ。歌詞含めて。
 軟弱化が極まった昨今の男子よりよっぽど男気にあふれていると思う。実際、“熱い熱い熱い思い、俺達は!”って歌ってるし。この逆転した男気にやられる男は意外と多いんじゃないかな。一方で、バラード系は純情系で。この倒錯度合いが実に2010年代って気がするね」

 言葉をちょっと切って、おやじ、唇を歪めて笑うと、
 「ま、これだって“夢に向かって普通に努力できた人たち”のためのアイドルなんだけどね。
 裏街道の人には、裏街道の人専用のキリストが必要になるんだ」

 「唐突に、でかく出ましたね。もしかして、伏線・・・?」

 「そう!毎度おなじみ・・・・・・!」
 
 (次回につづく)

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