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2014年11月 2日 (日)

牧眞司・大森望『サンリオSF文庫総解説』('14、本の雑誌社)、おおこしたかのぶ『美少女マンガ創世記』('14、徳間書店)

 地球を遥かに離れた宇宙空間。絶対零度の暗黒と死の静寂が支配する世界。微生物はおろか隕石の欠片すら飛んで来ない圧倒的な虚無の空間の淵をいま、よたよたと銀色のロケットが飛んでいく。
 先端の尖った砲弾型。底面の噴射ノズルの周りにはご丁寧に三枚の飛翼が突き出している。最近のもっともらしい実用的デザインには一切媚びない、レトロというよりアナクロ過ぎる、大昔の米国パルプ雑誌に準拠したという『へび使い座ホットライン』方式の由緒正しい宇宙船だ。
 ト、ル、ルルっと電話機が鳴る。

 『ヒューストンよりD、ヒューストンよりD。聞こえるか・・・?』

 「・・・んあ?」
 呼び出しに応えて起き上がった男、四十がらみのくせに妙に若々しい出で立ちで、どこぞの業界人らしく黒の七分袖にニットのストライプのシャツ、ストールを捲き小洒落たこれまた黒いハットを載せている。いったい何様か。
 
 『ひさしぶりだな、宇宙航海士D!貴様とまた会うとは、ま、連載の都合上いつかは出くわすとは思っていたが、まったく想像もしてみなかったぞ!』

 「Dよりヒューストン、ややこしい文法使うんじゃないよ。また悪文と酷評されるぞ」

 『ガタガタ細かいこと抜かすんじゃねぇよ!
 だいたい最近の若い奴らはどうしてやたらと上から発言なんだ?われわれが宇宙開発に乗り出した頃はもっと謙虚で先輩を敬ったもんだぞ!球拾いも嫌がらずにしたし、日参で部室にも顔出してたぞ!いじめという名の可愛がりだぞ・・・!

 「ウソこけ。・・・で、いったいなんの用だ?俺はお庭の手入れで忙しいのよ」

 『ヒューストンよりD。NASAの調査によると、きみは3LDKのマンション住まいで庭は所有していない筈だが?最新科学調査の成果を覆そうというのか?・・・って話が全然進まんから、まぁいいや。閑話休題。
 実はな、このたびサンリオSF文庫の全体像を網羅した本がでました』

 「ぬなーーーッッッ!!!
 俺に無断で出すとはけしからん!!!
 もう切腹!!!断舎利!!!」


 『・・・言うと思った』

 「いいか、俺の青春はサンリオSF文庫と共にあったんだ!サンリオがオギャァと産声を上げたとき、俺も生まれた。サンリオが恋に悩んだとき、俺も悩んだ。サンリオが教師を刺殺しようと思い詰めたとき、俺はすでに刺していた」

 
『あぁー、そうですか』

 「そうそう、なんたってやっぱラングドン・ジョーンズ『レンズの眼』!ニューウェーブでしかもエロ!ハヤカワの『ラブメイカー』もベッドシーン目当てに購入していた俺にはキンたまらんかったもんだ!
 海外小説というのは学生でも公然と買えるエロ本だったからな!画像に動画に、簡単にネットで無修正が拾える現代からすれば異様な感覚だろうが、昔はたいへんだったんだよ!裸写真一枚で骨肉の争い、野蛮人の集団バトルですよ!」

 『そういや、『手で育てられた少年』とか『迷宮の神』とか普通にエロ小説だったよなー。前者では“イギリスにはホモが多い”、後者では“イギリスではじじいも変態性行為”という隠された真実(準究極的真実)を教えられましたー。
 あと、これはサンリオじゃないが、『亡き王子のためのハバーナ』とかエロい場面の多い小説は、どんなに分厚くても自然と読破しておったわなー。読解能力つくよなー。
 ヒューストンよりD。
 デートの時は必ずポケットはやぶいておけ!』

 「Dよりヒューストン。あんた、なにを力説してるんだ・・・?
 オレ的ベストはやっぱ、『コンピューター・コネクション』。バカすぎてもう最高!!!」

 『あの本は明らかに反則でしょ。まともな要素が一個もないんだもん(笑)。すべて不自然なやっつけで、物語自体が完全に壊れてる。物凄く勘違いした超カッコいい人を見るような面白さがある。
 未来の地球でコンピューターと博士が電気的に接続されちゃうんだよ、確か。で博士がコンピューターになって、コンピューターが博士になっちゃう。そこへ冥王星から胎児化された宇宙飛行士が帰ってきて大騒ぎになって、そんな最中に主人公はインディアン居留地で可愛い娘に一目惚れして結婚するんだけど、初夜が明けてふとんを見たら血がベッタリ。処女だったという。
 で、ポカスカ彼女に殴られる』

 「・・・・・そんな話だったか・・・?」

 『いいんだよ、どうせこんな本いまさら誰も読まねぇよ!でも読んだやつならわかる、意外と俺のあらすじって原作に忠実ですから!』
 (「ウソつけ・・・」)
 サンリオSF文庫って、普通に考えるなら、ベストは『エンパイア・スター』でしょ?』

 「おぉー!」

 『あの本の幕切れは当たり前にカッコいい。なんか『レンズの子ら』みたいなオチだけど。
 小説としての長さも、長編にしちゃあ微妙に短くて、これまたちょうどいいんだよねー。飽きる前に撤収みたいな。オシャレ~な感じ。スターウォーズ一作目みたいな話だよね、ど田舎出身の青年が宇宙に旅立つもいろいろ苦労するという。
 ディレーニは、『時は準宝石の螺旋のように』に入ってる「スターピット」もよかったねー。新宿ゴールデン街で飲み歩く宇宙船整備員の話でね。こいつが蟻を飼ってるんだよ確か。で、子供が出てきて生意気言ってブッ叩いて。最後、“・・・世界風が俺の横で唸りをあげていた”(うろ覚え)』

 「Dよりヒューストン。つくづくおまえのストーリー紹介って最悪。
 重要作はまだあるな。『334』とか『歌の翼に』とか、ディッシュも良かったし、ディックだってそれなりに良かったぞ。オレ、『アルベマス』まで買っちゃったもん」

 『うん、そういやディック、いたいた。『銀河の壺直し』、買った買った。主人公が謎の異星の超知性体から、湖底に眠る先住種族の壺修理を依頼されるんだよ。でも最終的に割れた壺を直すよか、新しい壺を焼いた方がマシってそれまでの展開を全否定する凄いオチがつくんだよねー!』

 「つ・く・か?!確かあれ、即興で書いたって本人が告白してるんだよ。プロット無し、書き直し無しのナイナイ尽くしで一発書き。ま、相当疲れてたんだろーね。
 ・・・そういや、『ハローサマー、グッドバイ』、覚えてるか?よかったよなー。セックス場面が」

 『思春期だからいろいろドピュドピュ出ちゃう話。二重太陽系の海洋惑星を舞台に繰り広げられる大胆なヨット上青姦!でもハッピーな生殖行為の後には暗く悲しい現実が待っているという。
 でもあのラストは、微妙な希望を暗示する小粋な幕切れなんだけど、おまえ、そこがまったく読み取れてなかったよな!俺が真相教えてやったらキョトンとしてやがった。そんな貧弱な読解力でよく早×田に受かったもんだと感心するこの頃』

 「俺は、科学が根っから大嫌いなんだ!でも、ニーヴンは好きだぞ!悪いか!
 
そういやコニーさん、『ブロントメク!』もよかったぞ!・・・」

 晴朗な宇宙空間をしばしの沈黙が流れた。
 それは悠久の太古より不変の真空が、微かな軋みを上げるほどの気まずさを伴っていた。

 『・・・ヒュ-ストンよりD。きりがないな、この与太話』

 「あぁ。もう、やめよ。『カリスマ』『カリスマ』。
 それよか、もっと重要な話をさ。本質的な議論。どう考えても世間がわれわれに期待しているとも思えんが。クソくらえ。
 人はなぜサンリオSF文庫と聞くと熱くなるのだろうか?」

 『やっぱり、“自分しか読んでねぇよ、こんなもん!”とおのれ自身に激しく突っ込みながら、それでも読んでたからじゃないですか、みなさん。意味不明の熱いルサンチマン燃やして。青春のエナジーっつうかさ。
 だって、ハヤカワとか、まだしもジャンルの伝統に対しては忠実じゃないですか。あくまでSFらしいSFが中心で。ヒューゴー、ネビュラのアメリカ二大SF賞とか、話題作はガンガン視野に入れてて王道っぽい編集方針で。そうじゃないヘンなものはNVとかFTとか、細かくジャンル分けされた別の枠組みに入れちゃう。ちゃんと分類がされてるんですよ、本棚の中身が。安心できるの。普通はそうなんだけど・・・』

 「サンリオの場合、SF文庫と銘打ってるにも関わらず、SFといっさい関係ない作品を多数含みます。『ペガーナの神々』『地獄の家』も同じ扱い(笑)」

 『その喩え、無茶苦茶(笑)。だいたい、どっちもハヤカワだし!
 80年代のSFブームから何十年も経ったけど、世の中的にはSFなんて完全に外れもんのままでしょ?まともな神経の人は相手にしない。小説読者の中でも少数派中の少数派。完全にニッチ。差別待遇。
 そのマイノリティの中でさらに外れ者として考えると、つまりサンリオは外道の群れ、魑魅魍魎の集大成(笑)』

 「で、詰まるとこ、いきなり『ベスト・オブ・サキ』だもんな。誰か突っ込んでやれ。ロアルド・ダールとか異色作家短編集の向こうを張るつもりだったのかしらん。
 あと、『猫城記』(笑)」

 『老舎。中国SFですよ、中国SF!火星に猫の国があるという、水木しげる先生タッチのお話。誰が買うんだ、こんな本。読みたいやつは手を挙げてみろ!』
 (意外といるので唖然)
 『・・・あと、イタリア作家もあるし、レムもいるし、フランスSFの翻訳は結構出てたよなー』

 「『愛しき人類』は傑作。あと、『着飾った捕食家たち』も。アノミーの犠牲になりたい」

 『ミッシェル・ジュリは微妙だったけどな!ま、でも『熱い太陽、深海魚』、エロあったから許す。つまるところ世界SF満漢全席でも狙ってやがったのか。でも結果集まった食材はゲテモノばかり。闇鍋の会(笑)』

 「・・・ところで、おい、記事の表題にある『美少女マンガ創世記』の話を全然しとらんが、ちとまずいのでは?いい加減、萌え記事待ってるやつらの殺視線を感じるぞ・・・!」

 『ヒューストンよりD。飽きた。また今度な!』

 「ぎゃっふん!!!ひでぶ・・・!!!」

 『・・・・・・と思ったが、幾らなんでも酷すぎる。蛇足を承知でちょっとだけ。
 りえちゃん14歳先生が、44になっても童貞だ、という重要情報がわかっただけでオレはこの本に非常に満足だ。役目は果たしたと思う。
 あと、『タモリ倶楽部』が三峰徹特集を組んだというのは画期的だったな!TVのない我が家では知りようがない情報だったけどな!
 関係ないけど、TVが全然なくても平気な女って世の中にいるもんだな!』

 「あんたの個人情報なんか聞いてないよ!
 ・・・あ、あッ、あれはなんだ?!」

 突如、アンタレス方向から一方通行道路を逆走してきた巨大なメカ装備全裸美少女が、Dのスペースシップを一息に踏み潰し、漆黒の宇宙の闇のかなたへ走り去って行ってしまった。吾妻ひでお言うところの“好事魔多し”というやつ。
 突如、崩落した制御パネルに胸板を挟まれ息も絶え絶えの状態となってしまったD、    
 「雑司ヶ谷の墓地までやってくれ・・・・・・」

 と、呟いて目を閉じるしかなかった。

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コメント

おい
今読んだ、今知った…こんなんマジで出たのか~。

『逆転世界』と『人生ゲーム』にも触れてくれよ。ラファティは割愛して正解。急にメジャーっぽくなるからな…。

あとはアレだ、サンリオ名物は何と言ってもあの「以下続刊」コーナーだろう。『人の息子』を待ち続けてもう20年以上経ったな…。

最後に一言。俺がディックの長編で唯一読んでないのが『銀河の壺直し』だ。何故かって?当時キミがボロクソに言ってたからだよ

投稿: D | 2014年11月19日 (水) 12時32分

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