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2014年10月19日 (日)

田中雄一『まちあわせ』 ('14、講談社)

 おなじみの古本屋の前を通りかかると、粗末な花輪がいっぽん立ててある。

  古本好きの好青年スズキくんは思わず立ち止まった。

 「いやいや、しかし古本好きの好青年と呼ばれて早や5年、いつまでボクは青年で押し通せるんですかね。おっと、久々の登場なのに本業の仕事を忘れちゃあいけない。
 こりゃ、アレですね。
 絶対しぶといタイプと思っていたけど、遂にあのおやじも天に召されましたか、アーメン・・・」

 その瞬間、全速で古木戸を開けて表通りへ飛び出してきた古本屋のおやじ、真心込めたハリセンを立て続けに数十発喰らわせながら絶叫する。

 「違うでしょーーー!!!違うでしょーーーが!!!
 冠婚葬祭に使われるお花でも、葬式の場合は花環、めでたいときには花輪って言うんでしょーーーが!!!」


 「これはご亭主、このたびはご愁傷様で・・・」

 「違いますッ!今回は珍しいけど、慶事ッ!不幸の連鎖倒産みたいな、このゴミクズブログでも目出度い出来事は起こるものなの!信じがたいだろうけど、ともかく信じなさい!」

 「へ・・・・・・?」

 全開で動きまくったおやじは、しゃがんで肩を落とし息を整えている。

 「ハァー、ひぃぃ。死ぬ死ぬ。
 ゼエゼエ、実はな、わし、この度ご結婚なさるんだよ。」

 「・・・ひぇえぇぇぇえ???
 あんた、RCサクセション張りに宝くじは買わないし、ギャンブル競馬はやらない主義だし。財産ないし、金持ちの親戚なんていないし、古本屋だし。スポーツ観るのもやるのも大嫌いだし、歌も楽器も超下手くそだし。車なし免許なし、どころか家にTVのひとつもないし、スマホじゃないし、女どころかそもそも友達まったくいないし」

 「どんだけ寂しいやつなんだよ!」

 
「そんなあんたが結婚なんて、絶対おかしい。どんな手使ったんですか?洗脳ですか麻薬ですか拉致監禁疑惑幼女妻ですか?そもそも相手は普通に人間なんですか?押絵と旅するラブドールとかじゃないんですか?」

 「むむむ、かさねがさね失礼なやつ」
 口ではそう言いながら、心なしおやじは浮かれているようだ。
 「それじゃ紹介してやるから、その前にこのマンガ本嫁。否、読め!」

 「しらじらしい。結局いつものパターンじゃないすか。どれどれ、新刊ですか・・・・・・」

【あらすじ】

 読み切り4本を収めた著者初の作品集である。

「害虫駆除局」

 頭に虫の湧いたおやじを巨大な虫が襲う!虫は人類の存亡を脅かす勢いで東房総の団地を侵略し、町はパニックに陥るが、おやじは踏みとどまり徹底抗戦することを決意。その岩の如き堅い決意とは裏腹に、美人の嫁を持つ若手はあくまでうわついた勤務態度で、対昆虫戦争の様相を呈してきている害虫駆除仕事をライトなレジャー感覚でもってエンジョイしようと試みる。
 ふたりの主人公(ともに嫁持ち)の使用前使用後のごとき鮮やかな対比。そしていずれの男も、仕事熱心さのあまり愛する者を失くし、心身ともに回復不可能な痛手を負い、やがて来る全世界の終末を美しく暗示させて物語は幕を閉じる。

 「はて・・・?」
 スズキくんは首を捻る。「これって、いったいどんな物語なんですか?まともな読解力を持ってる人間ほど内容が全然伝わってこないですよ!」
 「所帯もって仕事してる人間にはホント身につまされる内容なんだよ!」
 おやじは、いつの間に焼酎のロックを片手に持っている。
 「知りたきゃさっさと現物を読め!
 ネットだけで知らないことをなんでもわかろうだなんて、そんな虫のいい話があるかボケ!
 ・・・虫だけにな!」

 
 「・・・虫だけに。
 いま、いいこと言った気まんまんでしょ?」

「プリマーテス」

 今回はおサルだ!おサルが人類を襲ってきた・・・ように見えて、実は襲っていなかった!
 人類なんかまともに相手にされていないのだというニューウェーヴSFではお馴染みの衝撃の事実が明らかにされる結末は心地よいデジャヴ感あり!
 仕事のそこそこできる偏屈ジジイが、偏屈ならではの頑固性を発揮して(義理の)息子とコミニュケーションをはかる姿には、初めてモノリスに触れて進化した『2001年宇宙の旅』のサル人間を髣髴とさせ興味深い。
 結論。おサルを大切にしよう。

 「・・・いよいよ、わかんないなァ~」
 スズキくんは頭の後ろで両腕を組んだ。
 「いまさらですが、あんた、根本的にストーリー紹介に向いてないですよね?」

 「いまごろ気づいたか」
 おやじはぐびぐびロックを飲み続けている。「伝達能力、ゼロ。ついでに言えば何かを伝える気も鼻っからゼロメートル地帯だ!」

「まちあわせ」

 ♪ゲンゲン、ゲロゲロ、げげろげろ~~~!!!(たま)
 突如地球に飛来した巨大な宇宙植物は、人類の細胞を勝手にサンプリングして子供を産んだ!生まれた子供は人間そっくりだが、やがて巨大植物に変身する運命!
 そんな悲惨すぎる宿命を背負った少女を愛した中学坊主は、とにかく待ち続ける。たこ焼き食いながら待ち続ける。彼女が約束の場所に現れるのを。
 けなげといえばけなげだが、間抜けといえばとことん間抜け。約束が果たされるのはなんと数万年後の未来なのであった。
 待つだけが愛ではないよ。
 それならむしろ逢いに行くべき、とおやじは思うよ。


 「・・・な・ん・で、あんたが恋愛エッセイ書いてんですか?!」
 スズキくんは抗議の意味をこめて机を叩きまくる。
 「すっかりキャラ変わっちゃってるじゃないですか・・・?!
 
ここ一年、ブログ更新もさぼりがちになってて、なにしてんのかと思ったら、女にうつつを抜かしちゃって、あんた、恥ずかしくないんですか?神田森莉を読んで、虐殺幻視に血道をあげてたあんたはどこへ行ったんですか?!
 中学生はそもそも殺人事件で十分なんじゃないんですか!?エロテロリストはインリンですか?おかずは三品、いいですか?!
 こうしてだべってる間にも、全国のできる子たちは着々と模試をこなして古本全国区を目指し日夜を問わず選挙活動、立候補・当選・SMバーでじっくり清談を繰り返してるんですよ?!もう、コレどうすんですか・・・?!」
 
 「いや、もう、なにもかもすべておっしゃる通りなんだが・・・」
 おやじ、悠然と構える。
 「正直なとこ、女と鼻突き合わせて6畳ワンルームで生活してみろよ、考えも変わるぜ。
 読んでる本は相変わらずでも、同居人のペースに引っ張られるぜ。DVD観る時間なんかまったく無くなったな。なんせ、地味な場面が続くとたちまち横でぐうぐう寝ちまうんだからなー。外人の名前は覚えにくいんだそうだ」

 「なに、リアル告白してんですか?!
 いまのあんたは全然、神秘でも探究でもないですよ!!!」


 「ま、いいじゃん。生活は変わっても人間性が変わるワケでもなし。相変わらずお下劣。
 いつもと同じ、おぬしの知ってる柳生十兵衛だよ!」

「箱庭の巨獣」

 きた!でかいやつ!
 この作者にはどうもでかくてグロい存在への偏愛があるように思えてならないが、今回はそのテーマの極めつけ、未来の日本を支配する怪獣天国レッドキングのお話だ!六十越えても幼児性のまったく抜けないウルトラ世代のバカどもはご用心!ご丁寧に巻末には大伴昌司の手になるとしか思えない怪獣図鑑まで収録され、俺の考えたオリジナル怪獣的な間抜けなグルーヴ感に拍車をかけている。
 さて、お話の方はといいますと、生態系の激変により巨大生物が暴れまわる怪獣島状態になった未来の日本で、各都市の住民は人間が融合した守護怪獣に守られて細々と暮らしていた。登場する怪獣名がラドンとかモスラとか洋風の温泉名ではなく、麒麟とか錆鰐とか画数多めのヤンキー日本語なのがいいですなー。私も考えました、蝦蛄単(シャコタン)。どうです、強そうでしょ。
 で、怪獣に変身した少年が悪い先輩と一騎打ち。送電塔を頭に突き刺してからくも勝利を収めるが、諸行無常、世代交代の波はすぐそこまで来ていたのだったという。猛烈に学生服が着たくなる、ビーバップ・ハイスクール系のお話でしたよ。


 「ぜったい嘘書いてるってわかってるんですが・・・」
 スズキくんは悔しげに言う。
 「残念、なんか面白そうですね!」

 「そりゃそうだよ、似たようなもんだよ。たとえば、おまえが読んでるあのタコ怪獣の話だがな・・・」
 「それはクトゥルー神話っていうんです!」
 おやじ、いまいましげに舌打ちし、
 「ケッ、怪獣出しといて、肝心なところでいつももったいぶりやがって。ケチ野郎が。
 所詮本質は異次元からの怪獣大行進じゃねぇのか?違うのか?」

 「むッ・・・むぅ・・・・なんと冒涜的な・・・」

【解説】

 「最後ぐらい役に立つことを書くぞ!
 この作品集でおやじが注目したポイントは、ズバリ各ストーリーの長さ、尺だな」
 おやじは脈絡なく襟を正した。焼酎ロックは既におかわり済みである。
 「へ・・・?!
 いきなり、なにを真顔で言い出すんですか、あんたは?」

 「これは編集の勝利だと思うが、各話の長さがちょうどいいの。ヘンに短く刈り込んだり、水増ししたりしてないので気持ちよく読める。だいたい100ページ目安かな。これは小説だけどさ、J.R.R.マーティンの『サンドキングス』とかあるじゃん?」
 「あー、確かあれも虫の話・・・」
 「自宅で息子と一緒に大量の甲虫を養殖してる佐藤師匠は必読の、確かネヴィラ賞受賞作品だよね。孤独な男が謎の虫を見つけて飼ってくと、どんどん怪しいことになる・・・。
 あと、これは短編だが、フィリップ・ホセ=ファーマーの『母』」
 「遠い惑星で岩山にへばりついた巨大生物の体内に飲み込まれた男が、胎内回帰願望を成就するやばい系のお話ですよね」 
 「ま、あれは短編だけど、なんとも諸星とか田中雄一っぽい。
 でね、『サンドキングス』くらいの長さの小説を、欧米ではノヴェレットって称するんだけどね、要は長編と短編の中間ぐらいの長さなんだよ。
 奇抜な設定を飽きずに語りきって、かつちょっとした人間ドラマを展開し易い。ショート・ノベルってやつですよ。日本の一般誌掲載の漫画って長期連載が当たり前の前提じゃないですか。それだけじゃちょっとつまらないわよね、料簡が狭いわよね、ってことでことでこういう本も出てきたのかなと・・・」
 「SFって、やっぱりアイディア・ストーリーですもんね。風呂敷だけは拡げまくって、飽きないうちにとっとと撤収、っていい考えですね!」
 「うん、やり逃げ。
 ま、オレはやり逃げてないけどな・・・!
 ・・・それじゃ、紹介しよう、ウチのカミさんだ!
 今後ともよろしくな・・・・・・!!!」


 その瞬間、上空から落ちてきた一杯の巨大なヤリイカが周囲一帯の住居を押し潰し、鄙びた古本屋の家屋を完全に倒壊させてのたくった。
 イカの吐く墨は夜の闇よりもまだまっ黒く。まっ黒く。スズキくんはなにもわからなくなってしまった・・・・・・。

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コメント

「虫だけにな!!」そうです。そうなんです。焼酎のロックと甲虫は付き物なんですね。

投稿: 佐藤 | 2014年10月23日 (木) 00時01分

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