« 「さまざまな原因が考えられる」 | トップページ | ウンベル、血迷って四足歩行 »

2013年10月 9日 (水)

竜介龍司『もう逃げられない!』 ('87、立風書房レモンコミックス)

 アトランティスのことは言わないで。

Img_0009_new


 幼馴染みのあの娘。近頃ちょっと気になるあの娘が、アトランティスの生き残りだったら、きみならどうする・・・?
 100%どうでもいい疑問を投げかけるこの本は、普通の審美眼を持つ編集者なら絶対に出したくない類いの本だ。つまりは穴埋め。代用原稿。背景も人物も台詞もありえないぐらい酷い。低レベル。話はひとり勝手で説明不足で、気分だけでなにかが成立した気になっていた悪しき80年代の空虚さを浮き彫りにする。
 オレは、「80年代がイカシてた」だなんていまさら平気で抜かす、超呑気な連中のケツの穴目掛け、この本を束にして全力で詰め込んでやりたいと日々真剣に思う。
 そういう価値ある一冊だ。

【あらすじ】

 オレの隣の家に住む女。同じ高校に通うあの女。片親だけどカワイイ彼女。
 余談だが「片親は片親を呼ぶ」という都市伝説は本物で、同僚の女はれっきとした片親であるが、派遣の面接に何度か立会い、採用した女は見事全員片親であった。彼女は履歴書は持たされていない。上司の横から流し見するだけ。なのに3人も4人も片親の連中が集う。世に片親は多いのか。片親育ちには独自のアトモスフィアが立ち籠めるのか。片親を廻る謎は深い。
 そんで、そんな主人公二名の通う高校にある日局地的な大地震が起こり、校庭に巨大な楔形の地割れが出現する。「これは怪しい」と内部に侵入してみると、古代の墳墓ようだ。並んだ棺のひとつには王冠をかぶった白骨死体が。保存状態よすぎ。

 途端、立ち眩みを起こす校長(ババア)。
 「コレは、もしや、13年前の・・・・・・。」
 読者には何がなんだかサッパリわからない。保健室に担ぎ込まれた校長先生、腹心のちょっと色っぽい眼鏡の女教師を呼び寄せると、秘密を打ち明けるつもりらしく、重々しい口調で話し掛ける。
 「藤崎先生・・・お願いがあります・・・。」
 緊張する女教師。
 ここで唐突に場面が転換し、以降校長と女教師は物語の本筋にはいっさい関与してこないため、この場で何が語られたのかはまったく闇の中。素晴らし過ぎる。13年前なにがあったのか。なぜ校長は気絶を・・・?それを思うと夜も眠れなくなりそうだ。
 
 ちなみに場面がどこへ転換したのか。主人公オレと彼女の下校風景である。これがマンガ史上空前絶後の凄まじい帰宅部描写なのであって、思わずページ捲る手を止めて唸ってしまった。現物をご覧いただこう。

Img_0010_new

 1ページまるごとブチ抜きで、夕焼け。ビル街。うろつきまわる不審な人々。やしの木。パームツリー。え。
 何か読み違えたかと思って次のコマを追っかけると、

Img_0010_new_0001

 やっぱり生えてる。海に突き出た逆コの字状の物体は突堤だろうか。不自然すぎる形状だが。しかもその真横に海坊主がいますなー。
 此処ってハワイ?いや待て、ワイハに海坊主はないよな。岐阜か?いや岐阜には海ないよ。
 
Img_0010_new_0002

 しかし、きみたち、呑気にはしゃいで帰宅している場合じゃないと思うぞ。学校の真下に古墳があるのは充分問題だが、事態はなにか最早それどころでない。とてつもない違和感を感じないのか?この現実に?世界に?
 きみたちが住んでる街はファミコンのカセットの中にしか存在しないし、そういやきみたち自身も異常に存在感が希薄で、まるでゲームの登場人物みたいじゃないか。
 『オホーツクに消ゆ』とか『ポートピア殺人事件』みたいな。
 これはなんだろう。われわれは立ち止まり途方に暮れる。この世界には奥行きというものが存在せず、万事は書き割りであり、明るくいい加減な空虚だけが降り積もっていく。 
 ひとつ確信を持って言えるのは、コレ、物凄く入り込みにくいタイプのマンガだってことだ。ちょっと画期的なレベルかも知れない。

 既にあらすじを語ることを放棄している気がするが、もう少々強引に続ける。
 借用だらけのイメージの夥しい羅列がストーリーの骨格を成しており、それ以上には何もない。
 物語性の徹底放棄という意味では既に前衛文学の閾。

 
 以下作中に起こる出来事を簡単に記述してみよう。 
 
 先ほど海坊主が描き込まれていた沖合いでは、釣り船にゾンビが出現し、ランチを食い荒らして海中へと消えた。喰うなら人間ではないのか?なぜマグロとか丸齧りにする必要があるんだ。鮮魚好きなのか。(ちなみに、おかしらはズッポリ喰っていたが尻尾残し。真の魚好きとはいえない。)
 続いて、T型フォードに乗った死神運転手※註が暴走し主人公たちを轢き殺そうとする。からくも逃れるオレと彼女。運転手は彼女を見知っているらしく、ニヤリと笑うのだった。
 ※註・死神運転手はダン・カーティスの映画『家』からまるまる無断借用。素晴らしい姿勢である。
Img_0002

 港町の廃屋では死霊の群れが大量発生、浮浪者を食い殺して市街地へ進撃を開始する。その間、ヒロインは自宅に戻り入浴し、巧妙に乳首を隠した全裸姿を披露。
 校長と女教師が再登場し、長かった恐怖の回想が締め括られる。戦慄する女教師。校長はいつの間に臨終間際の床に就いている。校長が何に脅え心臓を弱らせていたのか結局いっさい語られなかった。
 その夜。校庭に開いた遺跡の内部に、よりによって真夜中に潜入を図る高校の不良たち3名。石室に勢揃いした死神運転手と死霊軍団と正面衝突し、瞬時に踊り食いの憂き目に遭う。この世ならぬ者たち、彼らは常に飢えているのだ。
 遺跡調査D.B.オレガー研究所。
 唐突に登場するオレガー博士。どこの国の人間なのか、遺跡を調査してどうしようというのか目的不明の怪人物だ。明らかに知能が低そうな湘南大学に籍を置く男が、遺跡に描かれた古代文字を解読して貰いに現れるのが博士の自宅である。
 
 「こ、これはアトランティアではナイデスか・・・!!!」

 特撮映画に出てくる誰かわからん外人俳優のように喋るオレガー博士。
 「え・・・?なんですか、ソレ?」
 「一説には古代アトランティスの文字とも言われているのよネ!」
 「ア・ト・ラ・ン・テ・ィ・ス・・・?!」

 あーあー(泣)。

 ここでオレガー遺跡研究所は、死神運転手の唐突な襲撃を受け、殴り飛ばされた博士は頭にこぶをつくる(事実)。湘南大学が作成した古代文字に関するメモ帳を一息で灰にすると、運転手は悠然と立ち去っていったが、それ単なるメモ帳ですから。どんな重要性があるのか教えて欲しい、逆に。
 
Img
※不法侵入する死神運転手。身長3メートルぐらい。研究所の窓の高さは推定5メートル越え。「ガシャン」という描き文字に大友克洋の影響が感じられるが、それにしても雑な流線だ。

 その頃、750Ccで単身峠を攻めていたオレは、男の車から強制排除された、完璧夜の女にしか見えない不良少女でクラスメイトのアツコと偶然出くわす。
 「ホラ、あんなコのことなんか忘れてさ・・・ネ、風見くん・・・」
 露骨にモーションかけるアツコを無視して走り去るオレ。そうか、オレの名は風見というのか。初めて自分の名を認識し何事か決意した風のオレだったが、どうせ碌なことではない。
 早朝5時。
 彼女の家の窓を叩くオレ。ロマンチック皆無、遺跡の探求に誘いに来たのだ。そんな理由で朝早くから起こされても、文句ひとつ言わない素敵な彼女。明らかにどうかしている。
 バカとキチガイは朝飯も喰わず校庭に空いた古代遺跡の入り口へ。遺跡の壁に触れたキチガイの脳裏に幼少期の記憶か幻覚かよくわからない風景がよぎる。
 大空を舞うB-29。風船を差し出すピエロ。超適当な造形の未来都市。迫力皆無の死人の群れ。不足し過ぎな描写力のため、もう現代っ子の骨みたくポキンポキン折れてる。イメージの必殺パンチがすべて空を打つ。ちょっと見事なくらい無駄骨。
 結果、何が解ったかっつーと、

 13年前、この街に米軍輸送機が墜落。乗務員は全員死亡したが、護送されていたアトランティスの生き残りである彼女とその母親は助かった。
 その墜落場所が、なんでか、彼女の父
アトランティス王の墓がある学校の校庭だったのも不思議なら、町中の人間に謂われない迫害を受け彼女の母親が死亡したのもまた不思議。
 彼女は近所のおやじのご好意により、野良イヌを拾ったが如く育てられていたのだった!

 なにが衝撃って、ピエロ未来都市死人の群れも、ましてB-29※註もいっさい関係ない!
 ※註・と書いて遅まきながら気づいたのだが、もしやアレ米軍輸送機の描写だったのか?え、ええッ?!時代設定が全然わからない!メガフォースを呼べ!
 なんだこれ?しかも校長藤崎先生も全部不要じゃないか!一貫してすべて伏線を回収する気がない姿勢は、読んだ者すべてに深い絶望と後悔を与える。だいたい、どこにどう隠れていたんだアトランティスの生き残り?なぜ米軍が回収を?骨だけになった王は死んでいるの?生きているの?ここ、どこ?

 だが逡巡している暇はない。アトランティスと敵対する勢力である古代レムリアが不死のゾンビどもを使ってアタックをかけてきているのだ!(アトランティスが海中に没して数千年、この人達はよっぽど時間があるのだろう。不死だし。)
 ゾンビに憑かれたオレガー博士がチェインソーを振り回し、『死霊のえじき』の如く壁を突き破って現れる無数のゾンビの手!
 死神運転手
が牙を剥き、アツコはゾンビに操られ顔面を断ち割って物体Xのように内部からエイリアン似の第二の口を伸ばす!
 面白そうな、借り物要素満載!
まさに運動会の秋にはうってつけ!
適当すぎる超能力が開花する、驚天動地の結末を見逃すな!!!


【解説】

毎度誇張と捏造に塗れた『神秘の探求』であるが、今回はマジですから。本当にこういう話なのである。頭痛い。

物凄くスカスカの画面と描写力の無さは、たぶん子供が小遣い稼ぎに集団で描き飛ばしたからなのだろう。
 (これまた空前絶後に気持ち悪い)あとがきのクレジットによれば、作画グループ最低8名はこの大犯罪に関与している計算になるのだが、全員20歳以下の未青年であることを祈る。
 ちなみにこの作品の結末の意味不明さは、かの日曜洋画劇場をパニックに陥れた名作『宇宙からのツタンカーメン』に匹敵すると思われる。なにも解決しない、どころか全然別の話を読まされた気になるところが見事だ。
 それでいて、作者の小僧どもの、

 「どう・・・?いい話だったでショ?」
 
 とでも言わんがばかりの知たり顔がページの向こうから垣間見えてくるようで、堪らなく不快だ。誰か何とかしてくれ。
 もう逃げられない・・・!!! 

|

« 「さまざまな原因が考えられる」 | トップページ | ウンベル、血迷って四足歩行 »

もっと、あらすじが読みたいきみへ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 竜介龍司『もう逃げられない!』 ('87、立風書房レモンコミックス):

« 「さまざまな原因が考えられる」 | トップページ | ウンベル、血迷って四足歩行 »