ガチョン太朗『大相撲刑事』 ('93、ジャンプ・コミックス)
<記事その1>
馬鹿げたマンガに本当に価値はあるのか。
雑な絵。アタマで適当にこさえただけのストーリー。インパクト勝負と単なる思い付きの羅列。無自覚かつ無気力過ぎる作者は、常にバックレようとしている。その姿勢の見事さには呆れるばかり。
マジック。マジック。マジックだ。またしても。
ここには一種の魔法が働いている。
「誰でもマンガ家になれる」という狂った信仰が、いつ生まれたのかは定かではない。トキワ荘の面々がそれぞれにマンガ家入門を上梓したころには既にその機運はあった。この世がマンガ家だらけになるという暗黒神話。まさに世界終末戦争開始の喇叭。
『大相撲刑事』は、少年ジャンプ史上最もスカスカの絵柄ではないだろう。最も素早く打ち切りが決定されたマンガではないだろう。
だが、同じことだ。
いっけん漫★画太郎の親戚に見えて、実は青木雄二の描線に似ているガチョン太朗の作品とは、小学生が自分のノートに勝手に描きまくった“超おもしろいマンガ”のリビルドである。
そんなものを18歳を越えてから敢えて提出しようというのだから、深いたくらみのひとつもあっても良さそうなものだが、そういうのはないのだ。
全然ないのである。
フライバイするジェット機から、土俵と共に両国国技館横の両国署に降ってきた大相撲刑事・大関。彼がメンチ切るヤクザを締め上げるだけの単純な物語はおそらくギャグマンガですらない。では何か、と聞かれると正直困るのだけれど、「お笑い」「お約束」といったタームからも切り離されて存在している。
われわれは、耕されなかった畑を見ているのである。
それが畑にとって幸福だったのか。荒れ果て、草は伸び放題だ。カラスも遠くで鳴いている。
ガチョン太朗と西野マルタ。成長前/成長後ということでどうだろうか。
<記事その2>
「なんですか、コレは?意味さっぱりわかりませんよ!」
研修期間を終えて意欲満々の永遠の若手、スズキくんは言った。手元にはここまでの記事のプリントアウトを持っている。
永遠のロートル、意欲の枯れすすき、ご存知古本屋のおやじが答える。
「実は・・・そうなのだ。
さすがに投げっぱなし過ぎるんじゃないかと思って、急遽きみに来て貰ったわけだ。」
「そもそも、あなた、『大相撲刑事』に思い入れが全然ないでしょう?確かに印象に薄い、デタラメなマンガですよ!絵もご指摘通り、スゴイ雑で、ボクも好きかと言われりゃ正直疑問ですし。
でもね、当時のジャンプ読者にとっちゃなんか感慨深いもんがあるんですよ!押せ押せの時代のアダ花っていいますか、ポストバブル期の浮ついた世情を象徴してるといいますか・・・」
「うん。なんとなく、わかる。
無邪気なデタラメが通ったギリギリの時代だよね。まだ、今ほどシビアな状況じゃないんだよ。なにをやるにも経済効率を求められる、最近はすっかりそんな風潮だが、銀行員が主役の勧善懲悪ドラマを観るくらいだったら、オレは大関刑事の実写版が観たいよなぁー。」
「あー、『半×直樹』のことだ。『×沢直樹』のことだ。」
「この名前と“浦沢直樹”の名前に妙なシンクロニシティーがあるのはなぜ?」
「さぁ?
それよか、あんた、こんな特設コーナーつくって、膨らましようがない話をどうやって拡げるつもりなんですか?また、あらすじ紹介でもやるんですか?」
「それは絶対やらん!」
おやじ、仁王のような顔になった。「今回は図版でポン!だ。」
「・・・へ?」
「新企画、勝手な基準でそのマンガの名場面を選んで、画像つきでたっぷりリプレイしてやるぜ。もちろん、役に立たない無駄なコメンタリー入りでな!
第一回に採り上げるのは、『大相撲刑事』本編で一番素晴らしいと思った場面だ。まずは、この素敵なデザインのジェット機を喰らいやがれ!」
「うわ。明らかに写真参考にしてる筈なのに、描線が腐ってるんで全然ジェット機に見えませんね。なんか、半ナマって感じ。妙な生物感がありますね。」
「これがこの作者の持つ、独特の描線だ。こういう半生物的なメカ、諸星先生の「生物都市」にも出てきたよな!」
「明らかに、出てません。
が、残念。言いたいことはわかる。」
「よし、いいか、場面は第一話、大関刑事がニューヨークからの直行便で両国上空にさしかかったところだ。機内では、ギャグの定番・ハイジャック犯が暴れるが、大関の圧倒的なパワーによりあっさり無効化される。ここで出てくるのが、かの有名な、
『明日までにレポート百枚書いとけ!!』
「あの・・・それで罪は軽くなるんでしょうか?」
『ならん!!!』
というやつ。
こうしてみると、どこが面白いのかわからないなー。ごく単純なやりとりだし。」
「いや、それは大関の顔がテンション全開で描かれていてこそ初めて成立するんでしょ。一種の顔芸だと思いますよ。いかりや長さん系。」
「ふん。
で、桁違いの実力で機内の覇者となった大関、ハイジャッカーに腰を揉ませたり勝手しているんだが、機がいよいよ東京に近づき両国上空まで来ると、ふいに落ち着かなくなり意表を突く行動に出る。」
「(笑)・・・うわ。」
「機内の圧力は低下。酸素マスクが降りてくる。機は墜落寸前。」
「それにしては、驚異的に緊迫感のない人々ですねー。画面右に見えてるのは、機の側面に開いた大穴ですよね?一体なに考えてるんでしょうか。
逆立ち状態になったストライプの背広のおやじ、その体勢から判断するに、機外から機内へ向かって大風が吹いてる状態のようですね!」
「物理法則、軽く無視。
高度何万メートルを飛行中なら、機内は加圧されてて外気の圧力が低いだろうから、人間やらなんやらガンガン吸いだされてる筈だろ!」
「航空法に触れるくらいに危険に高度を下げてたんでしょうね・・・。
物理法則に矛盾するギャグを解釈するには二通りの方法がありまして、ひとつは所詮“お笑い”なんだからいいじゃないか、という大人の態度で接すること。コレ、実はあまり面白い考え方じゃないですね。
そういうの、ボクは嫌いです。熱くないです。
もうひとつは、柳田理科雄がやってるような、起こった現象に科学的説明を強引に嵌め込もうとする方向なんですが、なんか小賢しいですよね。投げっ放しの球を永遠に放り続ける狂ったピッチャーには絶対勝てないって解り切ってる。と学会の本にも同じ危険性を感じました。」
「そこで、おやじの提唱する第三の選択。ファティマの大予言。」
「ファティマ、まったく関係ないですね。」
「ありのままを受け止めてみてはどうか。
自分の物差しを当て嵌めて事をアレコレするのではなくて、作者の抱えた矛盾は矛盾として、すべて全体をガバーーーッと一気に受け入れる度量の大きさこそが、今いちばん問われているものではないだろうか?」
スズキくん、ガックリ肩を落として、
「エー、それって単なる思考放棄じゃないですか?」
「バカな。」
おやじ、そっくり返った。
「これぞ、アントニオ猪木師の提唱する“風車の理論”なのじゃよ。フガフガ。相手の力を最大限に引き出すことが、勝利への鍵となる訳なのじゃ。」
スズキくん、軽く無視して続けた。
「しかし、こんなのどかなパニックシーン、『エアポート』シリーズにもまず出て来ないですね。逆立ちおやじに髪を鷲掴みにされ舌を吐き出した、死体みたいな顔のおっさんが素敵。」
「で、大関刑事、国技館上空を飛び越えるなど力士にあるまじき行為、との理由でそのまま機外へ飛び降りた・・・と思ったら、数秒後まさかの帰還。」
「スキャンぶれで読みにくいだろうが、台詞は、
“土俵を忘れたんだ!!”」
「(笑)」
・・・で、無事土俵に乗っかって地上へ降りていくという。まさにダウン・トゥ・アース!」
「はァ。」
「以上でオレの一押し場面は終了!最後のスチュワーデスの一言は蛇足だよね。マンガっていいなぁー、と思わせる痛快なデタラメっぷり。
意味の向こう側へ突き抜けるナンセンスという比較で言うなら、この場面はマルクス兄弟やらモンティ・パイソンなんかに限りなく接近してると思う。惜しむらくは、こういう突き抜けたバカさ加減は全体にいまいち昇華しきれてなくて、常識的な返しや台詞でのフォローが入ってきちゃうんだ。
もっと、とことんバカに徹すりゃいいのに。バカが見たいのに。
なんか中途半端に崩れた印象。惜しい。」
「ホント、バカがお好きなんですね・・・。」
「うん、オレ、バカ大好き。」
おやじは堂々と宣言すると、再びそっくり返った。
「以下の会話のバカさ加減も大いに推奨するぞ。
場面は、飛行機内。ハイジャッカーが相棒をあっさり張り手一撃で倒されて、大関に投降しようとするところ。」
『・・・参った!!
ゴメンなさい!!戦う気力なし!!
無気力っス!!!』
大関、眉を吊り上げて、
「ぬぁーーーにィィィ!!!無気力だと!!!」
「キサマ、相撲協会が、あれほど無気力相撲はいかんと言っとるのに、まだわからんのかーーー!!!」
「読み上げますか・・・(笑)」
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