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2013年9月

2013年9月29日 (日)

ガチョン太朗『大相撲刑事』 ('93、ジャンプ・コミックス)

<記事その1>

  馬鹿げたマンガに本当に価値はあるのか。
 雑な絵。アタマで適当にこさえただけのストーリー。インパクト勝負と単なる思い付きの羅列。無自覚かつ無気力過ぎる作者は、常にバックレようとしている。その姿勢の見事さには呆れるばかり。
 マジック。マジック。マジックだ。またしても。
 ここには一種の魔法が働いている。

 
 「誰でもマンガ家になれる」という狂った信仰が、いつ生まれたのかは定かではない。トキワ荘の面々がそれぞれにマンガ家入門を上梓したころには既にその機運はあった。この世がマンガ家だらけになるという暗黒神話。まさに世界終末戦争開始の喇叭。
 『大相撲刑事』は、少年ジャンプ史上最もスカスカの絵柄ではないだろう。最も素早く打ち切りが決定されたマンガではないだろう。
 だが、同じことだ。
 いっけん漫★画太郎の親戚に見えて、実は青木雄二の描線に似ているガチョン太朗の作品とは、小学生が自分のノートに勝手に描きまくった“超おもしろいマンガ”のリビルドである。
 そんなものを18歳を越えてから敢えて提出しようというのだから、深いたくらみのひとつもあっても良さそうなものだが、そういうのはないのだ。
 全然ないのである。
 フライバイするジェット機から、土俵と共に両国国技館横の両国署に降ってきた大相撲刑事・大関。彼がメンチ切るヤクザを締め上げるだけの単純な物語はおそらくギャグマンガですらない。では何か、と聞かれると正直困るのだけれど、「お笑い」「お約束」といったタームからも切り離されて存在している。
 われわれは、耕されなかった畑を見ているのである。
 それが畑にとって幸福だったのか。荒れ果て、草は伸び放題だ。カラスも遠くで鳴いている。

 ガチョン太朗と西野マルタ。成長前/成長後ということでどうだろうか。

<記事その2>

 「なんですか、コレは?意味さっぱりわかりませんよ!」

 研修期間を終えて意欲満々の永遠の若手、スズキくんは言った。手元にはここまでの記事のプリントアウトを持っている。
 永遠のロートル、意欲の枯れすすき、ご存知古本屋のおやじが答える。

 「実は・・・そうなのだ。
 さすがに投げっぱなし過ぎるんじゃないかと思って、急遽きみに来て貰ったわけだ。」

 「そもそも、あなた、『大相撲刑事』に思い入れが全然ないでしょう?確かに印象に薄い、デタラメなマンガですよ!絵もご指摘通り、スゴイ雑で、ボクも好きかと言われりゃ正直疑問ですし。
 でもね、当時のジャンプ読者にとっちゃなんか感慨深いもんがあるんですよ!押せ押せの時代のアダ花っていいますか、ポストバブル期の浮ついた世情を象徴してるといいますか・・・」

 「うん。なんとなく、わかる。
 無邪気なデタラメが通ったギリギリの時代だよね。まだ、今ほどシビアな状況じゃないんだよ。なにをやるにも経済効率を求められる、最近はすっかりそんな風潮だが、銀行員が主役の勧善懲悪ドラマを観るくらいだったら、オレは大関刑事の実写版が観たいよなぁー。」

 「あー、『半×直樹』のことだ。『×沢直樹』のことだ。」

 「この名前と“浦沢直樹”の名前に妙なシンクロニシティーがあるのはなぜ?」

 「さぁ?
 それよか、あんた、こんな特設コーナーつくって、膨らましようがない話をどうやって拡げるつもりなんですか?また、あらすじ紹介でもやるんですか?」

 「それは絶対やらん!」

 おやじ、仁王のような顔になった。「今回は図版でポン!だ。」

 「・・・へ?」

 「新企画、勝手な基準でそのマンガの名場面を選んで、画像つきでたっぷりリプレイしてやるぜ。もちろん、役に立たない無駄なコメンタリー入りでな!
 第一回に採り上げるのは、『大相撲刑事』本編で一番素晴らしいと思った場面だ。まずは、この素敵なデザインのジェット機を喰らいやがれ!」

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 「うわ。明らかに写真参考にしてる筈なのに、描線が腐ってるんで全然ジェット機に見えませんね。なんか、半ナマって感じ。妙な生物感がありますね。」

 「これがこの作者の持つ、独特の描線だ。こういう半生物的なメカ、諸星先生の「生物都市」にも出てきたよな!」

 「明らかに、出てません。
 が、残念。言いたいことはわかる。」


 「よし、いいか、場面は第一話、大関刑事がニューヨークからの直行便で両国上空にさしかかったところだ。機内では、ギャグの定番・ハイジャック犯が暴れるが、大関の圧倒的なパワーによりあっさり無効化される。ここで出てくるのが、かの有名な、
 『明日までにレポート百枚書いとけ!!』
 「あの・・・それで罪は軽くなるんでしょうか?」

 『ならん!!!』
 というやつ。
 こうしてみると、どこが面白いのかわからないなー。ごく単純なやりとりだし。」

 「いや、それは大関の顔がテンション全開で描かれていてこそ初めて成立するんでしょ。一種の顔芸だと思いますよ。いかりや長さん系。」

 「ふん。
 で、桁違いの実力で機内の覇者となった大関、ハイジャッカーに腰を揉ませたり勝手しているんだが、機がいよいよ東京に近づき両国上空まで来ると、ふいに落ち着かなくなり意表を突く行動に出る。」

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 「(笑)・・・うわ。」

 「機内の圧力は低下。酸素マスクが降りてくる。機は墜落寸前。」

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 「それにしては、驚異的に緊迫感のない人々ですねー。画面右に見えてるのは、機の側面に開いた大穴ですよね?一体なに考えてるんでしょうか。
 逆立ち状態になったストライプの背広のおやじ、その体勢から判断するに、機外から機内へ向かって大風が吹いてる状態のようですね!」

 「物理法則、軽く無視。
 高度何万メートルを飛行中なら、機内は加圧されてて外気の圧力が低いだろうから、人間やらなんやらガンガン吸いだされてる筈だろ!」

 「航空法に触れるくらいに危険に高度を下げてたんでしょうね・・・。
 物理法則に矛盾するギャグを解釈するには二通りの方法がありまして、ひとつは所詮“お笑い”なんだからいいじゃないか、という大人の態度で接すること。コレ、実はあまり面白い考え方じゃないですね。
 そういうの、ボクは嫌いです。熱くないです。
 もうひとつは、柳田理科雄がやってるような、起こった現象に科学的説明を強引に嵌め込もうとする方向なんですが、なんか小賢しいですよね。投げっ放しの球を永遠に放り続ける狂ったピッチャーには絶対勝てないって解り切ってる。と学会の本にも同じ危険性を感じました。」

 「そこで、おやじの提唱する第三の選択。ファティマの大予言。」

 「ファティマ、まったく関係ないですね。」

 「ありのままを受け止めてみてはどうか。
 自分の物差しを当て嵌めて事をアレコレするのではなくて、作者の抱えた矛盾は矛盾として、すべて全体をガバーーーッと一気に受け入れる度量の大きさこそが、今いちばん問われているものではないだろうか?」


 スズキくん、ガックリ肩を落として、
 「エー、それって単なる思考放棄じゃないですか?」

 「バカな。」
 おやじ、そっくり返った。
 「これぞ、アントニオ猪木師の提唱する“風車の理論”なのじゃよ。フガフガ。相手の力を最大限に引き出すことが、勝利への鍵となる訳なのじゃ。」

 スズキくん、軽く無視して続けた。

 「しかし、こんなのどかなパニックシーン、『エアポート』シリーズにもまず出て来ないですね。逆立ちおやじに髪を鷲掴みにされ舌を吐き出した、死体みたいな顔のおっさんが素敵。」

 「で、大関刑事、国技館上空を飛び越えるなど力士にあるまじき行為、との理由でそのまま機外へ飛び降りた・・・と思ったら、数秒後まさかの帰還。」

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 「スキャンぶれで読みにくいだろうが、台詞は、
 “土俵を忘れたんだ!!”」

 「(笑)」

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 ・・・で、無事土俵に乗っかって地上へ降りていくという。まさにダウン・トゥ・アース!」

 「はァ。」

 「以上でオレの一押し場面は終了!最後のスチュワーデスの一言は蛇足だよね。マンガっていいなぁー、と思わせる痛快なデタラメっぷり。
 意味の向こう側へ突き抜けるナンセンスという比較で言うなら、この場面はマルクス兄弟やらモンティ・パイソンなんかに限りなく接近してると思う。惜しむらくは、こういう突き抜けたバカさ加減は全体にいまいち昇華しきれてなくて、常識的な返しや台詞でのフォローが入ってきちゃうんだ。
 もっと、とことんバカに徹すりゃいいのに。バカが見たいのに。
 なんか中途半端に崩れた印象。惜しい。」

 「ホント、バカがお好きなんですね・・・。」

 「うん、オレ、バカ大好き。」
 おやじは堂々と宣言すると、再びそっくり返った。
 「以下の会話のバカさ加減も大いに推奨するぞ。
 場面は、飛行機内。ハイジャッカーが相棒をあっさり張り手一撃で倒されて、大関に投降しようとするところ。」

 『・・・参った!!
 ゴメンなさい!!戦う気力なし!!
 無気力っス!!!』


 大関、眉を吊り上げて、

 「ぬぁーーーにィィィ!!!無気力だと!!!」
 「キサマ、相撲協会が、あれほど無気力相撲はいかんと言っとるのに、まだわからんのかーーー!!!」


 「読み上げますか・・・(笑)」

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2013年9月21日 (土)

『盲坊主対空飛ぶギロチン』 (’77、ドラゴンフィルム)

 (SKYPE経由のYさんとの会話。)

 「盲坊主ってわかる?座頭市のことなんだけど。」
 『・・・ひでぇね。』
 「座頭市のくせに、中国人って設定なんだよ。5年前に日本の海賊に攫われて行方不明になった男。そいつが故郷の鳳凰村に帰ってくると、すっかり盲の按摩姿になってるの。変わり過ぎ。
 そんな変人が兄の仇やら義理の姉やらと擦った揉んだの末、空飛ぶギロチンと対決するんだ。』
 『あんた、その映画の存在、どこで知ったわけ?』
 「ドラゴン系の雑誌やムックに情報だけは載ってたんですよ。でも、確かに、現物が国内発売されるとは予想してなかったなぁー。遭遇したらもう観るしかない。そういうことになるじゃないですか。」
 『ふーーーん。で、結局面白かったんだ?』
 「微妙。
 画質も音声も最悪だし。そもそも、市のコスプレして無理やり白目剥こうとしてる(でも結構黒目がちな)男、そもそも勝新太郎じゃないですし。」
 『・・・へ?!』
 「日本のそっくりさんが主演。クレジット表記は“勝新太郎(そっくりショー)”。」
 『えっ?ソレってありなの?』
 「中国のディズニーランド方式ですよ。昔、台湾版のドラえもん単行本とか見たことない?手描きで模写が酷くて、オリジナルと化しているという。」
 『フツウ知らねぇよね、そういうの。普通に生きてるとね。』
 「あ、そう。
 話は30分のTV番組レベルだし、でもアクションシーンは割りとちゃんと演出してるし。飽きずに観終えることができました。ジャンル映画の残り滓の底力を感じる。お馴染み、空飛ぶギロチンもちゃんと出てきて活躍するし。鳩を落としたりとか。」
 『空飛ぶギロチン、お馴染みじゃないよね。明らかに。』
 
「そう?
 赤い中国帽の内側に刃物がザクザク仕込んであるキテレツ兵器なんだけど。投げつけて、スポッと相手に被せて、首を捥ぐっていう。内気な鎖鎌みたいなもんですよ。」
 『見たことないね。
 俺は武侠派の出身だけど、そんな武器使うやつ、まず見たことない。』
 「でも、一番びっくりしたのは、このDVD、売れ残りが中古屋に流出してきたのを拾ったんだけど、シュリンクかかってて未開封だったの。
 開けたら、ケースの内側に真樹日佐夫先生の小型ブロマイドが二枚も混入してあったんだよねー。思わずびびった。」
 『Oh、マキ!!×クザ!!』
 「普通なら絶対出せない筈のこういう映画のDVDがポロッと出てくるところに、未だ衰えを知らない、マキ先生の底知れぬ黒いフォースをビシビシ感じるよねー。
 素晴らしい。」

 (こういう会話が明け方5時まで続くのであった。以下略。)

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2013年9月14日 (土)

浜尾四郎『殺人鬼』 ('31、ハヤカワポケットミステリ)

 「シロー、シロー!大平シロー!」
 「なんですか、いきなり。」

 
 内之浦宇宙空間観測所から久方ぶりの国産ロケット打ち上げ成功の報が齎され、同イプシロン号の便器の専用部品をつくっている都下の零細鉄工所でも、壮挙を祝うささやかな酒宴が催されていた。
 と、大げさに言っても、なに、缶ビールに柿の種程度だ。

 しょぼくれた年配の工員が、年若い座布団を大きくしたようにガタイのいい工員相手に真顔で語りかけている。遠くで部長が舞っている。陽気な喊声が聞こえる。

 「浜尾四郎の前振りに大平サブロー・シローを使おうと思って検索したら、2012年シロー師匠が亡くなってたことがわかり大衝撃。ショックで飯も食えません。」
 おやじ、気落ちした声で喋る。
 「あんた、いま、コンソメ飲み終え伊勢海老に手をつけようとしてるじゃないか。おかしいぞ、なんで此処にだけ帝国ホテル級のご馳走が用意してあるんだ。」
 一切説明は加えず、おやじ、

 「本題に入るが、スズキくん、きみは探偵小説に造詣は深いかね?」

 「ええーっ、またもいきなり。なんですか。
 知らんですよ、全然。特にはまった記憶もないもんで。金田一は金田一でも、金田一少年程度の知識。あと初期の『TRICK』は欠かさず観てましたねー。どんと来い、超常現象!」

 「そりゃいかんなぁー。ま、でも私も最初は結構観てたんだが(笑)。
 いや、でもその、あーいうんじゃなくてね。
 乱歩とか正史とかさ、もっと辛気臭くて、景気が悪くて、じめーっとヌメーっした質感で、日本の風土に強引に西洋近代論理を導入した明治以降の政府施策の無理やりさ加減が前面に押し出された格好の、矛盾に満ちた、でも魅力的なアレなんだよー。」

 「なにをおっしゃってるんだか、見事に全然わかりません。
 しかし、アレですね、でもね。世評の高い『ドグラ・マグラ』なんかは、現物を一度は押さえておかないと非常にマズイんじゃないかと思っとります。怪奇探偵としましては。
 あれ、とても気になる。」

 「そうそう、きみの守備範囲だと京極夏彦とかなんだよなー。
 悪くないけど、本質的にやっぱり違う。現代の作家さんなんだよ当然だけど。本物はもっと遥かにヌメッとしております。」

 このとき、構内で突け放されたラジオが大声で喋り出した。

 『・・・ガーガー。ガー坊。本日は晴天ナリ。
 ・・・宇宙航空研究開発機構JAXAは14日、新型ロケット「イプシロン」で打ち上げた観測衛星「スプリントA」の愛称を「ひさき」と命名すると発表・・・。
 これはキャプテン・翼くんのライバル、ひさきくんにちなんだもので・・・』

 
おやじ、軽く溜め息をついて話を続ける。

 「戦前の推理作家という括りでは、浜尾四郎も同じ探偵小説の系譜に属するんだが(お馴染み『新青年』に執筆してたりするしね)、乱歩やなんかとはちょっと毛色が違う。もっとロジカルでモダーンな作風なんだよ。翻訳されたばかりのヴァン・ダインに心酔してたというが、まさにああいう現代のニューヨークを舞台に連続殺人劇が捲き起こるといった様な高踏で都会的な雰囲気なんだ。」

 「あぁ、金持ってそうってことですねー。」

 「うん。
 一口に言って、たくわんレス。

 今回採り上げる'95年に出たポケットミステリ版だと、文体は旧カナ直してあるんで読み易いし、余り古めかしさを感じることなく楽しめると思います。円タクとか日常的に走ってる世界だけどね。主人公、良家の令嬢たちを引き連れて横浜にドライブとか行くし、ホテルでディナーにステーキ食うし。」

 「バブル期かよ!」

 「四郎は法曹界出身で、弁護士資格持ってて、検事もやってたらしい。父は男爵で、コメディアンの古川緑波は実弟。最終的に貴族院議員にまで選出されて執筆活動が中断したところで、脳溢血で死んじゃった。享年40歳。まだ若いのにねー。」

 「なんか凄く反感沸く存在。プロフィールだけだと贅沢な金持ち、イケメンを想像してしまいますけど。」

 「ところが実は本人、なんか好感の持てるショボクレたおっさんだったみたいよ。乱歩と並んで、名誉ある業界3大ハゲに選ばれております。」

 「3大ハゲ。あとのひとりは誰だろう?」

 「森下雨村。
 
作家にして『新青年』編集長。画像を検索してみると、なんか、湾岸署勤務時代のいかりや長さんに似たヘアースタイルです。」

 「ふうん。そうですか。」

 「・・・関心薄そうだな?あんまり気にしたことなかったけど、今じゃさ、中島河太郎先生の名解説でお馴染み戦前の探偵小説界の大物たちだって、画像入りで自由に資料検索できちゃうんだぜ。インターネットも多少は役に立つじゃないか。」

 「いまさら?しかもなんで上から目線?」

 「そんな、ハゲおやじの代表作『殺人鬼』のあらすじをこれより大公開!
 未読の人は頼むから本編を読んでからにして!
 ネタばれしないで推理小説のレビュー書くなんて、(私の嫌いな)嘘とデタラメを塗り固める以外、方法がなくなるじゃないか・・・?!」


 若い工員は嘆息した。
 「また、それか。」

【あらすじ】

 いつもの銀ブラを楽しんでいた主人公が、カフェプランタンの角で、友人である探偵と正面から激突したところで連続殺人事件の幕が開く。探偵は、これから依頼人が来ると言う。
 「・・・しかも」
 「きみ好みの若い美人だよ。」

 
 主人公は数年前に妻を亡くし子供もいない中年男。四の五もなく友人に付いて行ったところ、ちょっと気は強そうだが確かに美人だ。すっかり嬉しくなって菓子をバクバク喰っていると、探偵事務所に正体不明の脅迫電話が。

 『もォ~し、もォ~し・・・』
 相手は性別が曖昧になるしゃがれ声で言った。
 「はい、はい」

 『彼女に手を出してはならない。彼女は女王蜂である。』
 

 「・・・それ、なんか違うと思うなぁー。」
 ガシャンと切れた。

 とにかく得体は知れないが何らかの危険が迫っているようである。依頼を受け入れ、牛込区※註1に建つ豪壮な邸宅へと乗り込んでいく探偵たち。
 ※註1 牛込区は現在の新宿北東部。1947年新宿区に統合され廃止。
 家族構成は、秘密を抱えた父親、父と不仲な母親、依頼人が長女で娘三姉妹、それに長男は高校生で美少年。執事がいて、他メイドが数名だ。

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 「主要登場人物にじじい、ばばぁのたぐいが存在しないのに注目して欲しい。」
 おやじは目を剥いて指摘する。
 「浜尾自身が急逝するワケだから暗合めいた感じがするけど、老人が殆ど出てこないの、この話。実は。
 のちに過去の因縁の解明部分で、“村の故老に聞いた話だが・・・”といった断片的な出方をする程度。横溝なら絶対その場面、情景描写入れてカチッと組み立てるだろうがね。」

 「都会的ってそういう意味なんですか?」
 スズキは思わず聞き返す。
 「土俗色を極力排除し、若く、華やいだモダーンなエッセンスを散りばめる、みたいな?」

 「浜尾はヴァン・ダインに迫りたかったのだよ。」
 おやじの答えは単純だった。
 「そりゃヴァン・ダインに村の故老は出てこないからねぇ。」

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 邸内には長女に雇われた探偵以外にも、父親が雇った凄腕探偵が既に詰めていた。探偵VS探偵。かなりゴダール的状況。これは絶対負けられませんぞ。
 そんな商売上の緊迫感をよそに、一家の母親がその夜毒殺される。風邪薬を飲んだ筈が中味はいつの間にか劇薬(昇汞、塩化第二水銀に摺り替わっていたのだ。定番の殺害方法とはいえ、薬剤師が厳重に封緘した筈の中味がなぜ毒物に変わっていたのであろうか。
 かなり本格派の謎の登場に小躍りする主人公たちだったが、駆けつけた警察からは「プロの探偵が二名も揃っているのになんだ!」とこっぴどく叱られた。

 さっそく全員揃って反省会。
 の筈が、新たな脅迫状が舞い込んできた。この家の郵便ポストに直接投函されるという、郵政制度をあるいは前島密を舐めきった杜撰な犯人の態度。几帳面に和文タイプライターで打たれた文字は、
 
 『五月一日を警戒せよ。』

 「な、なんだこりゃ?!」
 思わずいきり立つ探偵。「つーか、今日なんにちだよ、おい?」
 「さぁ・・・」
 居並ぶメンバーは全員数字に弱かった。(弱すぎである。)結局家中の者に確認して、5月1日までまだ一週間以上あることが解りホッと胸を撫で下ろした直後、絹を引き裂く悲鳴が館中に響いた。

 「キャーーーッ!!おぼっちゃんが・・・!!」
 「・・・おぼっちゃんが、し、死んでる・・・!!」


 現場に急行する一行。庭の泉水付近で、偶然屍骸を見つけた女中のヨネが叫んでいる。持ち出したカンテラで暗がりを照らすと。
 この家の長男、まだ高校生の美少年が全裸に剥かれ、脱がされた猿股で後ろ手に括られて池にはまって死んでいるのだった。

 「ぼっちゃんだけに、ボッチャン、はまって死んどるな・・・」
 
 両親に聞かせられないような発言を無神経にかます探偵。焦燥の色が濃い。
 「だいたい、犯行は五月一日じゃなかったのかよ?一体なんなんだ、あの予告状は?」
 
 「犯人も、われわれと同じく、実は日付に弱いんでは?」
 主人公はすかさず鋭い推理を披露する。
 「そうだ、犯人は耄碌したくそじじい・・・?!」

 「いや、だから、この話、老人が極端に出てこないんだってば。」
 探偵はぼやく。頭ボリボリ。おっと、これでは金田一。路線変更して鼻毛ぬきぬき。
 「だが、きみの推理も一理あるな。うん。確かにそうだ。日付に弱いやつが犯人だとすると。」
 ふいに頷いて、叫んだ。 

 「犯人はこの中にいる・・・!!」

 「エエーーーッッ!!!」 

 全員がパニックに陥っていると、脇から執事が寄ってきて、
 「お取り込み中恐れ入ります。裏の竹林の中で、女中がひとり、縊り殺されて死んでおります。」

 探偵は面倒臭そうに返した。
 「いいよ、そんなの。どうだって。」

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 「幾らなんでも酷すぎませんか、この展開?絶対、四郎に怒られますよ!」
 スズキくんは意外と良識派の忠告をする。

 おやじ、暢気にするめを齧ってる。
 「いいんだよ、確かにちょっと膨らましてるけど、この“第二の惨劇”の場面は面白すぎなんだよ。ぼっちゃんが性的被害にあってないか、真面目に検視官が調べたりとかしてるし。被害者、後出しで増えてくし。」

 「あんまりヴァン・ダインじゃありませんね?」

 「この時点で『グリーン家殺人事件』を抜き去ったと見て良んじゃね?
 ありゃ犯人すぐわかっちゃうし、詰まらん小説だと思うよ。」 

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 相次ぐ殺人事件に警察は業を煮やし、怪しいと思われる人物を片っ端からしょっ引くという暴挙に出る。次女の婚約者、女中の元カレ。拘留し人権無視の苛烈な尋問を加えたが解決の糸口はサッパリ見えなかった。
 その間、探偵はカラオケの歌い過ぎで喉を腫らし、結局風邪でダウン。
 卑劣な犯人は予定を早めて着々と準備を重ね、15歳の三女を睡眠薬を飲ませ湯船に沈めてこの世から消し去ってしまう。
 三女のあまりの長湯振りに、おかしいと様子を見に来た主人公、

 「うわっ、またもハダカだ!しかも、またしても、未成年!」
 興奮して鼻血が止まらなくなり、それでもお役目果たそうと、片手で鼻を押さえながら殺害現場の浴室にツッと忍び入ったが、不覚にも石鹸に足を滑らせ、後頭部を床で強く打って失神してしまった。
 あとには静まり返る明るい陽光溢れる浴室。
 西洋風に小洒落た白い浴槽の中では、女子中学生の手入れされていない濃い目の陰毛がそよそよと蛇口から流れ落ちるお湯の動きに舞っている。
 その広重が一幅の絵にも似たロマン溢れる情景を、次に目撃したのがこの家の頑固親父(元製紙会社社長・45歳)だったからたまらない。すわ痴漢と勘違いした親父、

 「テメッ!!この変態が!!
 うらやましいことしやがって、この野郎!!」


 失神しているところへさらに連続で鉄拳制裁をかまされ、生命の危機に陥る主人公。
 (それにしても、この話、無闇やたらにハダカが多いよなぁー、これじゃ確かに土曜ワイドで映像化されるわけだよなぁー・・・
 しかし、キャスティングは酒井和歌子に中島ゆたか・・・微妙だ・・・)

 と、呑気なことを考えているうち、何もわからなくなってしまった。

【解説】

 「いや、話はまだまだ続くんじゃけどね・・・ゴクン」
 おやじはアペリチェフの筈のワインを今頃ガブ飲みしながら続ける。「頑固親父が鏡で頭を割られて息絶える、とか素晴らしい場面はあるんだけれども。あんまり長くなってもアレだから。」

 スズキくんはもはや真面目に聞こうとせず、ラジオが流す台風18号の被害速報に聞き入っている。
 『・・・ガー、ガー、土砂崩れ・・・河川増水・・・滋賀、福井両県で計2人が死亡し、福島、三重、兵庫各県で計4人が行方不明となった。けが人の数は・・・』

 宴は延々夜を越し、台風による交通機関の乱れをものともせず、結局まだ続いているというわけなのだった。もうすぐ週明けの業務開始だ。

 「一個の閉ざされた空間、館の中で連続殺人が捲き起こる。次々消されていく容疑者たち。となれば犠牲者のボディカウントが増えれば増えるほど、読者は犯人が見つけやすくなる訳だが、推理小説作家としてはこれほど腕の揮える素材はない。だから性懲りもなく挑戦してしまう愚か者が跡を絶たないわけなのじゃ。
 読者としても、犯人がわかった、わかった、とかケチ臭い見栄は捨てて無心になり、作者の奔放な筆先に翻弄されてみてはいかがかな?
 最初から犯人がわかったって、ちっともいいことなんかないし、1ミリも偉くなんかないんだからね!!!」

 「ははぁ。」
 顔を振り向けてスズキくんが冷静に言った。
 「あんた、いつも当たらないクチですね。」

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2013年9月11日 (水)

『蠅の王』 ('90、M.G.M.)

 いま観ると、フツーにいじめの話だなぁー。

 素朴な感想で申し訳ないが、「人間の内面に潜む闇」とかさ、キレイ事はもういいでしょう。2013年ですし。ゴールディングの原作小説、1954年ですよ。
 ガキってのは 放っとくとそこらに小便するし、セミ喰うし、女教師のパンティーの一枚も盗むような生き物ですよ。最低。でもそれが表沙汰にしにくいけど真実。

 それでも、この原作の「秩序のタガが外れた人間集団が何をしでかすか?」という一大テーマの発見は、本当に賞賛に値するものだったと思う。
 マンガでは『漂流教室』から『悪霊』『ドラゴンヘッド』に到るまで、映画では『食人族』『世界残酷物語』やら『ゾンビ』やら『ニューヨーク1997』『マッドマックス』まで、その発見の延長線上には巨大なマーケットが広がっている。
 オレは優れたヤマ師と見たね、ゴールディング。敬称“サー”がつくヤマ師。大英帝国にはいっぱいいますよね、そういう人。

 '90年の映画版は、そういう有名な原作の二度目の映画化で、割と忠実に原作の雰囲気を再現してくれてる気がします。(ごめん、中学の頃、集英社文庫版読んだっきりなんだ。勘弁してくんろ。)
 それでも、救難信号代わりの烽火に気づかず沖を無情に通り過ぎていく汽船が、映画ではヘリコプターになってたりとか、あと、たしか原作は実はSFで、第三次世界大戦の渦中に子供たちを疎開させる輸送船が遭難という設定だったのだが、今回の映画はそのへんまるっきり無視・・・だとか、細かい違いはあるにはあるが。
 まー、おおむね、こんな話ですよ。間違ってない。無責任に断言。
 さぁ、TSUTAYAで借りてきて、読んだ気になろう!

 ひとつ不満を。
 獣性も暴力も、野蛮への退行も描かれている『蠅の王』だが、無人島での少年たちの性生活はどうなっていたのか。実はあんまり描写がないんだ。
 絶対何かなんかあったと思うんだけど、それを正直にルポしていたら、ゴールディングはノーベル賞作家になれてなかっただろうし。ま、しょうがないさね。
 その欠落箇所を網羅した『蠅の王(完全版)』を次の冬コミに出品してくれるサークルを大募集します!がんばれ!時間はもうないぞ!

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2013年9月 8日 (日)

朝倉世界一『春山町サーバンツ②』 ('13、エンターブレイン)

 わたしたちの毎日が常に波乱やドラマチックな出来事にさらされていると思われても困る。
 だが、そこにまったく何も存在しないわけではないのだ。殊さら特別ではないにせよ、日常の中に埋もれてしまいがちであるにせよ、イベントはいつも起こり続けている。
 世界は変わっていく。
 わたしたちも変わっていく。

 大げさに語る必要などないし、毎日がスペシャルであるなどありえない(それではスペシャルでなくなってしまう)が、それでも生きるということは、なにかに気づくことだったり、なにかを忘れていくことの連続だったりする。

 そういうもんだ。
 
 春山町のひとびとの生活をふらふらするほど自由な筆致で描き綴った第二巻は、だから、相変わらずっちゃー相変わらずで、興味ないひとにはまったく興味ないだろーなー、っつう瑣末に徹した内容が楽しく描かれていて、やはり素晴らしい。
「ことばに出せない気持ちを蜃気楼のように噴出させる女」ってのは、ま、昔からよくあるマンガの手法ですけど、ボルヘスですよ。よく考えると。ね?
 マンガってのは、やっぱり素晴らしいし、いつも新しい。
 そういうことを素直に考えさせてくれる作家のことを、大家(たいか)っつーんですよ。(おおやじゃねーよ。)
 朝倉先生には全然似つかわしくないフレーズですけどねー。

 たしかに、ここには魔法が働いている。
 (引用元・「ハリー・ポッターと開かずの扉の三軒隣」←ウソ)

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2013年9月 2日 (月)

ガース・エニス/ジョン・マックレア『ヒットマン』 ('13、エンターブレイン)

(今回は偽装ツイッター方式でお届けする。) 

23:08運減@umbelle.k.com. ヒットマンの日本語版がなんと店頭に!快挙だと思う。売れるといいなぁー。

23:44熱血にくおくん@nikuo.odb-decome223.jp お疲れ様です。自分はヒットにヒットを重ねて、一人前のヒットマンになろうと修行している者であります。人生にヒットは欠かせないものだと認識しております。押忍!

23:45Dr.ジャーロ@123-568▲ バカだこいつ。

23:45バカ猫パーティー@ ヒットマンてのは、アメコミですよ。にくおくん。スーパーヒーロー専門の殺しを請け負う業者さんの話なんですよ。第一話からして「アーカムアサイラムに潜入してジョーカーを暗殺せよ!」とか無茶をかましてくれてますよ。飛び交う銃弾の量と死ぬ人の数では他所様に負けない自信がありますよ。

00:12けむ氏kemu-kemu  下品だなー。

2時間前 んんんん京急空港線....?か京急本線....???地下鉄どれだーーーー!?!?(◉◞౪◟◉)

00:36運減@umbelle.k.com. 解説しますと、京急線が遅れているようですねー。

00:37NoName そんな嘘書いてどうする。

00:38運減@umbelle.k.com. 以下Unko-Kantoさん(本名)の情報を転記しますが、京急本線,京急空港線,都営浅草線【列車遅延】京成本線内で発生した線路内立入の影響で、一部列車に遅れが出ています。(09/02 21:20) 

01:00けむ氏kemu-kemu   ツイッターって本当なんか役に立ってるんですかね?

01:04NoName 誰が儲けているのかも疑問。ツィート社の人たち?

01:11以下VIPに代わりデメテルがお送りします@ そんな会社ねーよ!

01:16バカ猫パーティー@ それよか普通にヒットマンの記事書けよコラ。いささかマジにツィートすると、これはオフビートアメコミの傑作だと思う。随所に『ニューロマンサー』の影響が感じられる由緒正しいサイバーパンク。

01:17NoName んなわけねーだろ!なんでも『ニューロマンサー』の影響で済ますなよ!タコ!その代わりクリント・イーストウッドとセルジオ・レオーネの影響は大。あと、たぶんタランティーノが入っているのだろうが、ごめん、俺タランティーノ一本も観てないの。

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01:18トルティアの気まぐれキャットonly-a-pawn.0569110*SUM:G5 読了!なんかロボとの共演作が一番薄かったわん!

01:56ベガス鬼麻呂@50s この記事、まだ続くん?

02:02Ben苦ボカス どうせまた、「このツイッターにはこれ以上ツイートできません」ってオチだろ?(゚m゚*)コレ出すんだったら、マイク・オールレッドのマッドマンとか出してくーれなーいかなー。アレ第一巻とか超面白いんだーよーねー。
 
02:56NoName おまえ、抑揚がへん。

04:23TIGAR-SHARKはカティサーク@FREE-MANTORU.com. なんでしょ ?ネタ切れかしら?あらすじ紹介とかいっとく?誰かやる?

「ヒットマン」に関する最新のツイート(つぶやき)β

02:77 きも嫁嬢のララバイ 東京アメッシュをみると、関東にみごとに1本の強い雨雲があるな

(ツイートまだ継続)

(ツイートつづく)

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