J・T・マッキントッシュ『300:1』 ('54、ハヤカワSFシリーズ3020)
【あらすじ】
急な話だが、地球はあと4日で滅亡することになった。
太陽表面温度の異常が起こり、降り注ぐ光線量が急激に増大。地球表面は気温200度を越える焦熱地獄と化す、という恐るべき観測を石原良純が発表したのだ。
良純といえば、この世で最も信頼するに足る気象予報士。各国首脳は良純の天気予報を意外にも真剣に受け止め、地球脱出のための宇宙船建造に着手した。行く先は火星。酸素と原始地衣類の存在は確認されているが、寒冷で荒涼としているため植民事業は捗っていなかった。だが太陽が高温化すれば、かつての地球のように住みやすい星に変わるだろう。
しかし、時既に遅かりし。
良純の予報精度がどんなに正確でも、何十億という地球住民全員が避難できるだけの救命艇を建造するには、もう充分な時間が残されていなかったのだ。「ヨシズミのせいじゃない!」激しくかぶりを振る善良な国民一同。ほくそ笑む森田さん。
政府要人たちはどんな方策を採るべきか深夜のファミレスで真顔で討議し、激しいドリンクバー往復の末、遂にある秘密計画を超極秘裏に採択。翌日の東スポの一面を飾った。
題して、「300:1」計画。
救命艇で地球を脱出できるのは300人にひとり。そういう冷酷な計算式をまんま表題に掲げた安直な計画の概要は、本質的にいい加減でズボラで、暴動のひとつも起こしてやろうかと人を投げやりな気分にさせるに充分な、ダルでダークなテイストに満ちたものだった。
人類の大部分が滅亡するのが確定したとして、生き残る者たちをどうやって選ぶ?
くじびき?
あみだ?
コンピュータによる抽選?
誰がやっても不満が出ること必須の難事業を、しかし行政は極めて安直に解決してしまった。
世界各地で建造が進められている救命宇宙船には、それぞれ宇宙経験者の船長がいる。乗組員を選ぶのは船長の仕事である。われわれのじゃない。
そんな無責任な。
かくして世界規模での、「第1回・船長さんに気に入って貰おうアピール大会」の幕は華々しく切って落とされたのだった。
脱ぐやつは脱ぐ。ケンカの腕っ節を見せつけるやつ、自慢の息子の可愛らしさを売り込むやつ。宗教方面から攻めるやつ、金を積むやつ、とにかくギャグ百連発続けるやつ。
ひねって、いかに自分は運が悪くこういう運命を左右するチャンスの選択に漏れ続けてきているかを強調する女まで現れた。
「えー、でもキミ、めっちゃカワイイやん!」
「高校の美人コンテスト、二位だったの!二位!」
主人公は何故か情にほだされ、「こいつ乗っけてやろうかな~」と思うのだが、とにかくドロシー・ストラットンみたく運の悪いこの女、宇宙船発進の土壇場になって狂った元カレに射殺されてしまった。そこで繰り上げ当選、とにかく脱ぎっぷりのよかった女を無条件に採用。
脱ぎっぷりのいい女は、人類の未来にとって決して欠かせない存在。正解。宇宙船は一路火星を目指して飛び立っていくのだった。
【解説】
以上が本書の第一部。地球は焼きソテーになって滅亡。
続く第二部以降では、せっかく無事に災厄を逃れたのもつかの間、宇宙船発射時の無理な加速でババアが圧死。船内の温度調整システムに不備があり(というか碌にそんな装置ついていなかった!)、船内では全員全裸が原則となり、大人たちは激しい嫁取りレースを展開。見事複数カップルがゴールインするも避妊に相次いで失敗。知能の低い男が考えたオリジナル堕胎法として、石で女の腹を思い切りどつきまわすという、暴虐にも程があるエクストリームな凶悪描写が炸裂する。
いろんな意味で非常にまずいと思う。
で、第三部。
散々苦労してようやく火星に辿り着いた一行を待っていたのは、連日続く過酷なキャンプ労働だった。一日十四時間働いて、休日なし。これじゃ精神も肉体もいろいろ参ってくる。
そして襲い掛かる火星の凶暴な自然。牛すら軽く巻き上げる巨大ハリケーン。横殴りに降りつける掟破りの集中豪雨。昼間は砂塵舞う灼熱地獄、夜は零度以下の酷寒世界。“癒し”とか“安らぎ”とかぬるい要素が一切ないの。なんかさ、生き延びた俺たちの方が実は間違い?みたいな気がしてくるわけ。
おまけに一行の中に潜んでいた悪の因子が首をもたげ、最強最悪の独裁政権が火星に誕生・・・いいとこ無しのこの話、読みたいやつは手を挙げて。
救いの要素がガンガン握り潰されていく、間違いない傑作。
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