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2013年8月

2013年8月31日 (土)

テレンス・マリック『地獄の逃避行』 ('73、ワーナー)

 マリックさんが超魔術を駆使して、かのチャールズ・スタークウェザー事件を実写映画化。ちなみにマリックさんは百年に一本しか映画を撮らないので業界では幻の映画監督として恐れられています。で、これがそんな男のデビュー作。うひょー。
 今回ネタになってるスタークウェザーってのは、名前こそなんか80年代アニメっぽいですけど(『光子力原潜スタークウェザー』主題歌ア×フィー)、アメリカ殺人史に残る連続射殺魔さんのことですね。知ってんだろうけど。悪い人だよ。すごい悪い。憧れちゃダメよ。

【あらすじ】

 清掃局に勤めるキットは、とにかく人を撃つのが平気な男。朝鮮戦争に行ってそうなった。
 この特技を活かそうと、常に極限まで自分を追い詰める選択肢ばかりをチョイスする習慣を身につけることを決意。安寧なんか全部敵だ。コマンドーを見ろ。プレデターを見ろよ。奴らは毎日危険と向き合って生活してるんだぜ。
 危険だけがオレを輝かせるビジネスだ。
 手始めに道端でバトンを廻して遊んでいた15歳の女子中学生をナンパし処女をいただく。わお、リスキー。しかもその女がシシー・スペイセクだっていうんだから豪快だ。

 「カノジョがキャリー。」

 もう、これは職場でも学校でもモテモテの超人気ですよ。男子限定だけど。
 「エ、マジ?マジやってんの、あの女と?!」「スゲエ、よくできるなー!」
 「なんか勇気をもらっちゃいました!」

 こういう会話が飛び交う。しかもキットはジェームス・ディーンみたいな男の子として近所でも定評のある二枚目。この時点で凡人の理解をまったく越えている。
 カノジョの父親が交際に猛烈に反対してくると、面倒臭いのであっさり銃で射殺。おやじの職業は看板描きなんだけど、演じてるのがペキンパー『ガルシアの首』でお馴染み悔しい顔させたら世界一のウォーレン・オーツ。ホール&オーツの片割れですね期待通り今回も飛び切り無念そうに死んでくれます。
 そのまま奪ったおやじの車で逃亡。キャリーはなんかショックなんだかボケッとしているので、「一緒に来る?」と誘ったら附いてきた。変な女だなぁー。

 逃走資金なんか全然ないので、近所の河ッぺりに小屋をつくり、畑のメロンを盗み食いしたりニワトリをパクってきたりして、ガキ大将みたく隠れ住んでいたら賞金稼ぎ3人組に見つかっちまった。しかし、そこは従軍経験者。かねてより準備済みのブービートラップを駆使して返り討ちに。
 最後、逃げる男を迷わず背中から射殺。キャリーが質問する。
 「それ・・・なんか、ちょっと反則っぽくないですか?」
 「そこがいいんだよ、全然わかってねぇなぁー!」

 キットは'71年アカデミー賞5部門制覇した『フレンチ・コネクション』にかぶれていた。時空を飛び越えポパイ刑事に憧れていたのだった。やれやれ。

 でも、そろそろ此処もやばくなってきたんで、清掃局時代の知り合いの家に相談に行く。友人もやはり清掃局から足を洗いブタ飼いに転職していた。なかなか凄いチョイスだ。一生モテとは無縁だろう。さすがオレ様のダチ公と勝手に大絶賛。
 だがあろうことか、やつは裏切り通報しようとしやがった。チクショウ。射殺。
 偶然その現場へ訪ねて来た知人らしき男女ふたりも、地下の蔵に閉じ込めると二三発盲撃ちにして片付ける。行きがけの駄賃だ。とにかく銃弾を惜しみなくバラ撒く男を、中3の女はボケッと見ている。
 愛ってそういうもんなのかなー、とか思いながら。父親が死んでも泣かないんだこの女。

 キットは金持ちの家を襲ってキャディラックを奪い、州境目指して荒野へ出発。ちなみに此処はテキサス州。あぁ、やっぱりね。
 道なき乾き切った平原を突っ走る。途中で、だんだん逃亡に飽きてきた女(キャリー)と険悪なムードになるが、そこはそれ、セックス三昧でネゴシエーション。
 でも、さすがにアメリカは広い。キャデラック1台じゃ走りきれない。
 何日も走って、「いい加減お風呂入りたぁーい」とかブータレられ、逃亡もロマンもだんだんアホらしくなってきた頃、汽車が見えた。貨物列車はラクダの隊商のように揺らめく地平を通り過ぎていくのだった。乗りてぇなぁー。でも近づいてみると、只直線の鉄路が引かれているばかり。地平線まで停車駅の姿なんか見えず。汽車はさすがに丘蒸気じゃないし、超スピード出してるから、ホーボーみたくタダ乗りなんて出来ない。
 あぁ、もうグッドオールドデイズじゃないんだね。
 そういう諦観と郷愁がアメリカンニューシネマの時代にはしつこく漂っている。疲れと諦めの心地よい空気。夜更けにラジオから流れ出したナット・キング・コールに合わせてふたりが踊る場面は、なんかそんな感じだ。逃亡不可。あとは捕まるだけ。

 ここ数日碌な食べ物を口にしていない、と愚痴る女にキットが言う。

 「街に着いたら、ビフテキ食わせてやるよ・・・だからさ・・・」
 「あたし、ビフテキ嫌い。」

 ※註・ビフテキというのは戸田奈津子先生の名訳。うむ時代。

 荒野で油田を掘っていたおやじを襲撃したら、警察のヘリに見つかった。ハイウェイパトロールがサイレン鳴らして飛んでくる。拳銃の名手のキット、格好よく警官を次々と射殺。
 「逃げるぞ!車に乗れ!」
 「イヤよ、あたし、行かない・・・」

 ここでのキット役、マーティン・シーンのガッカリ顔は生涯最大の名演技。
 「わかった!一年後、サンフランシスコの港が見える丘公園の桟橋のたもとに来い!必ず迎えに行く!」
 「そんなややこしい名前の場所、覚えられないわ!」

 しらけてキャディラックに単身乗り込むキット。
 不細工にふられた。
 不細工にふられた。
 もう、ダメだ、オレ。

 砂塵を撒き散らし追撃するパトカーと派手なカーチェイスを繰り広げるも、胸にポッカリ空いた穴を塞ぐ手段はないのだった。キットは自首するかたちで投降。護送の警官やら兵隊に大人気となるが、落ち着いた先は誰もいない特別収監房だった。つまらん。

 キットは特に反省することもなく、半年後、電気椅子で処刑された。
 未成年ということで、反省文百回書くことで保釈となったキャリーは、女子高に通うことを許されたが、その高校にはトラボルタとブタの血が待ち受けていたのだった。ちゃんちゃん。

【解説】
 
 マリックさんといえば、マジックアワー。
 マジックアワーとはハッピーアワーによく似た習慣で、野外で映画を撮影するのにもっとも適した時間帯、夜明け直前か日没直後のことを指す。光線の具合がいいそうだ。
 しかし、そんな時間帯にしか事件が起こらないというのは明らかにウソなので、マリックさんが本当は何を言いたかったのか、オレはいまひとつ理解できないでいる。
 だから、なんだ。

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2013年8月18日 (日)

関よしみ「マッド・サマースクール」 ('96、講談社)

 「・・・なに、ぬるい記事掲げてるんすか?!マッカートニー関連とか、単なるアクセスカウンター稼ぎでしょ?」

 ちょっと見ないうちに体型が倍々増し、元気いっぱい成長期真っ盛りのスズキくんは喫茶店のぬるい水をお代わりしながら切り出した。
 おやじ、目を白黒させている。

 「いや、本当に好きなんだけど・・・」

 「必要ないです。やらなくていい。
 そういうのはもっと上手い他の誰かに任せておいて、あんたはもっと差別的で非人道路線のコアな記事を書くべきです。例えばこの数ヶ月間、ボクがクトゥルー神話を渉猟して稼いだ豆知識を披露しましょうか。いいですか。
 ラヴクラフト、才能無いですよ!
 確かに名作といわれる作品は面白かったですけど、ハズレは本当酷い。同人誌作家レベル。ワンパターンだし描写力も欠如。でも確かに、作品集一巻につき2,3個当たりはあります。でもそっちはほんの一部、スカの量が膨大すぎ」

 「・・・そうなの?」

 「そこはね、もう、ネットで広く言われてる通りなんですよ!圧倒的に世間が正しい。あと、翻訳者による当たり外れも大きい。大瀧は・・・まぁまぁかな。昔の訳者が酷すぎるからなー」

 「キングに於ける白石朗みたいなもんか?」

 「やっぱり深町眞理子先生が最高ですよね。そうそう、あんな感じ・・・」

 スズキくん、喋りながらピザに食いついた。チーズがだらり糸を引く。

 「ともかく。モグッ。もっと読み応え皆無で、一般性の無い記事を至急アップすること!あんたのクソブログの価値なんて、他になにがあるって言うんだ。グブッ」

 「そうさな・・・」

 おやじは顎を捻る。

 「今年の夏は屋台も吹っ飛ぶ異常な酷暑だったから、やっぱりアレかなー・・・
 しかし、このクソ暑い最中に読みたくないマンガNo.1なんだよね、正直」

 「・・・って、なに、日和って『デボネア・ドライブ』なんか読み返してるんですか?!さわやか、ほっこりですか?井上ひさしのほっこりひょうたん島ですか?!逃げたらいかんぜよ。
 熱には熱を。残酷には残酷をもって対処すべし!

 だいたい、あんた、関よしみマッドシリーズの全作レビュ-完遂が自分に課せられた使命である、と常々熱く語ってたじゃないですか!
 やるならいつ?今でしょ!」

 「どんだけ悲願なんだよ!!
 ・・・って、ま、確かにそれ実際言ってましたが。テヘ

 「三条友美の物真似したってダメですよ。さっさと書いてください!」

【あらすじ】

 高層ビルの姿も蜃気楼に歪む猛烈な酷暑。年寄りはジャンジャンくたばり、猫は溶けて車の陰にへたり込む。最高気温は連日40度に届き、夜になっても下がらない。太平洋上に広がる巨大な高気圧から流れ込む風は猛烈な熱気を運びて、死の町と化した都会の街路を吹き抜ける。
 殺人的な猛暑の中でも、やはりクーラーを持たない人は一定数いるもので、効果的な冷房対策(図書館等公共施設に行く・自室にこっそりビニールプールを張るなど)を講じないかぎり、熱中症で死亡したり発狂して暴れ出したりする。

 「ちくしょォーーーッ!!!
 テメエらだけ、涼しけりゃいいのかよ、コノヤローーー!!!」


 強烈な熱風を路上に吐き続けているエアコンの巨大室外機に向かって繰り返しバットを振るい続ける男。
 ネックのところに無理やり針金ハンガーを通したのでよれよれになってしまったTシャツに、薄汚れて黄ばみばかりが目立つジーンズを履いて、ぼさぼさの蓬髪を振り乱している。
 男の構えたバットが室外機のフェンス部に命中するたび、ガツンガツンとやたら大きな音が響くのだが、頑丈なのだろう、熱風を吐き続ける憎っくき羽根はなかなか停止しようとない。それとも男が余りに非力なのか。
 
 人々はそれを遠巻きに見ながら、近づこうとしない。

 堪りかねた近所の誰かが通報し警官が駆けつけるまで、男は延々と炎天下で孤独な一人芝居を演じ続けた。

 「いややわー・・・ホンマにィー・・・」

 女子高生の段原詳実(ひろみ)は、汗を拭き拭き溜息をついた。その名の通り腹がだんだん。でもマスクはそんなに悪くない。おさげがチャームポイントの、関先生描くいつもの平均的主人公キャラだ。
 それは、遂に合格した東大受験専門合宿ゼミナールへ向かう途中に偶然目撃した事件だった。
 のちの報道で、事件を起こしたのがそれほど歳の違わないクーラーのない部屋に下宿する浪人生だったことを祥実は知らされる。なんて悲惨な。蟻かよ。
 
 この世の覇者を目指すなら、やはり東大だ。
 
 拳法やるなら少林寺、と同じ単純な理屈であるが、それでは極真の立場はどうなるのか。東大出身といえばやはりヌード。そういう考え方だってある。
 ともかく、東大に合格しなければ絶対ダメだ。
 空手をやってもヌードになっても意味がない。政治家も官僚もみな東大。そのうえで空手をやったり、ヌードになったりしているではないか。
 東大最強。
 偏差値無限大

 そういう凝り固まった考えの両親に強力にバックアップされ、祥実は東大合格者を多数輩出している名門「久保ゼミナール」の、超強化夏季合宿特訓48手を受講する決心をしたのだった。

 「諸~君、がんばってましゅかァ~~~!?」

 超高層ビルの最上階に集められた、闘志に燃える受験戦士たちを待ち受けていたのは、意外やくたばり損ないの耄碌ジジイの腑抜けたあいさつだった。
 なに、こいつ。

 「わたしはコーチョーの久保社長でぇ~っす。ハッピー?」

 ハッピーなわけがない。

 「今日から二十日間、みなさんにはこのビルにカンヅメになってもらいま~しゅ。
 缶詰いうてもツナ缶やおまへんで。
 わかりまっか?ドゥ・ユー・アンダースタンド?」


 笑う者はなかった。
 
 「ま、ここで、あんじょう勉強しくさって、成績メキメキあげたって~や。
 とにかく、他人を蹴落として、蹴落として、蹴落として、蹴落として蹴落として、蹴落として蹴落として蹴落として、蹴落として蹴落として蹴落として蹴落として、この世の覇者に勝ちあがるんや!!!
 ええか、世の中っつーのはな、勝つやつと負けるやつしかおらへんねん。
 それはな、つまり、東大に行けるやつと行けないやつの差っちゅーことやねん。

 ・・・わかるな?」


 誰もが固唾を呑んで頷いた。
 いつしかアホの言葉を真剣に聞くモードになっているのだから、東大という文字の催眠効果は真におそろしい。ヌードにもなるワケだ。

 「よし、ほな、目的はひとつ、全員レッツ・ラ・ゴーや!いてこましたれ!
 ・・・ただし、言っとくが。」


 ジロリ、目を剥いた。

 「隣の生徒諸君も、にいさんも、ねぇさんも、じいさんも、ばあさんも、みぃ~んな、みぃ~んな、実は敵なんや。
 敵が一人減れば、それだけあんさんの合格率が増します。マシマシ、っちゅーこっちゃ。
 そこんとこ、よろしく。」


 登壇を終え、よろよろ立ち去る久保社長を塾講師たちが出迎える。 

 「さすが、大社長!」
 「名演説!よっ、この成り上がり!」


 東大進学を煽り立てる連中の、はてさて何パーセント東大出身であったのか。この社長に講師たちも怪しいもんだ。
 事実は厳秘とされ一切公表されていないが、恐ろしく危険な数字が出てくるだろうと思われる。だって、東大出身者はこの世の覇者なワケだから、東大東大とわざわざ啓蒙活動に勤しむ必要ないんだもの。むしろ秘匿に走る方向だろう。ね?
 しかし、三流私大出の彼ら、教育産業の片棒担ぎにもちゃんと生活がある。養うべき家族だってある。喰ってく為なら何でもするさ。

 でも、食い扶持稼ぎのために、純真な子供の頭に公然とデタラメなプロパガンダを一方的に刷り込むのは、やっぱりよくないと思うなぁー。

 
祥実は極めてリベラルな考えの持ち主だった。
 でも、それはソレ。やっぱ、勉強はちゃんとしなきゃ。
 
 その日から地獄の特訓が始まった。
 昼夜を惜しんで国語・算数・理科・社会・ザ・ムーン。
 最新のセキュリティーシステムにより24時間管理されている巨大ビルは、自家発電装置を備え冷暖房フルオートの超省電力設計。素晴らしい。だが、ご自慢の発電装置の調子が例によって悪いことは、配線工事に来たビル管理会社の下請け工務店の方々しか知らないのだった。
 生徒は全員外出禁止で、食料品の調達は教師がやる。校長がケチだから。
 「どんだけ経費削減だよ!」
 「まったくもって、ホントにおかしいザマス!」

 今日も今日とて不満たらたらで買い物袋をたくさんぶら提げてエレベーターに乗る先生方一同を、真夜中の落雷が襲った。
 「アギャーーー!!!」
 「うわわ、髪の毛が全部アフロに!!!」
 
ガックン、停止するエレベーター。墜落。
 地上階の底面に強く叩きつけられた脆い函の中では、しばらく教師たちの苦しげな呻き声が聞こえていたが、やがて静かになってしまった。
 
 落雷の影響はビル全体に及び、全館停電が発生していた。

 非常用の自家発電装置は、もちろん前フリ通りうまく作動せず、たちまち上昇し始める室内気温。夜間とはいえ真夏の都会だ。温度もなかなか下がらない。むしろ蒸し風呂。
 深夜飽くなき受験勉強に明け暮れる生徒たちも、すぐ異変に気づいた。
 「暑い~!暑いぞォ~!」
 「チクショウ、こんな劣悪な環境のためにオレは金を払ったのかよ!納得いかねェ!!」

 別にお前自身が払ってるワケではない。親だろ。
 騒ぎ出した受験エリートを尻目に、祥実は目端の利きそうな四浪の男と行動を共にし、脱出ルートを探る。こういう時の浪人は苦労しているだけに打たれ強い。人間すべからく浪人たるべし。しかし。
 ない。
 どこにも逃げ場がない。


 もう諸君、薄々お気づきと思うが、用意周到な関先生、この場所を都会の只中に出現した絶海の孤島のように扱っている。あるいは砂漠の只中か。このバラード的というか、NWSF的なアイディアに拍手喝采だ。無理やりな脱出不可能状況というのは、ディッシュもよくやるニューウェーブ一派の定番。誰に向けての解説だコレ。

 合宿所に充てられいるフロアは、33階。ビルの最上階。
 屋上への出入り口は、名目はセキュリティ対策、その実死にたくなるのを防ぐため、出入り禁止。厳重に施錠されご丁寧にも巨大な南京錠が掛かっている。 
 昇降用のエレベーターは停電により不通。
 階段はあるにはあるが、途中まで降りると巨大な鋼鉄扉に遮られそれ以上進めない。その先にはかの久保社長の経営する関連企業のオフィスがあり、学生の出入りは固く禁じられているのだ。開閉にはセキュリティカードの認証が必要。
 ところが、現在はお盆の真っ最中。
 この会社も当然、休業。

 地方出身者ばかりで構成される東京は、お盆時期は帰省ラッシュの影響で人間がまったくいない。殊にオフィス街の集中する此処丸の内近辺は、野良猫とカラスが車に撥ねられたイヌの屍骸を漁っているばかり。人間なんか誰も歩いてやしない。過疎の村よりまだ酷い局地的人口偏差だ。

 残る脱出ルート、それでは窓はどうかと言えば、鉄線入りの強化ガラス。嵌め殺し。なんでまたそこまで。異常に頑丈な特注品で、対爆ガラスかよというくらい硬くて、現代のもやしっ子が全力で怒りの鉄拳を叩き込んだくらいじゃビクともしない。罅(ひび)ひとつ入らない。ダイヤモンドは傷つかない。
 ちなみに外界との架け橋、換気ダクトはどれも細すぎ。防犯対策か。幼児ならともかく、高校生ぐらいの体躯ではとてもすり抜け出来そうにない。お見事な袋小路。

 「ウワ~、四面楚歌だわ。こりゃ。」

 あれこれ試した末、四浪のボサボサ頭が思わず嘆いた。
 祥実がすかさず喰いつく。

 「あ・・・四字熟語!それ、どういう意味だっけ?」

 「四方八方から、楚の国の歌、ソングが聞こえてくるっちゅー奇怪な状況ですよ!」

 「たのしい感じ・・・?うれしい、大好き・・・みたいな・・・?」

 「そうそう!曹操!」

 熱心jな祥実は手帳にすかさずメモるのだった。

【解説】

 脱出不可能な超高層ビルの最上階に閉じ込められた15名の受験戦士たちは、酷暑と渇きでヘロヘロになりながらガンガン死んでいく。
 残された烏龍茶を奪い合い、スーパーパワフル湿気取りの容器に溜まった水を啜る。果ては絶望の余り階段から身投げした仲間の血塗れの死体を眺めて、

 「そうだ・・・人間の身体の70%は水分だったっけ・・・」

 と、人の生血を啜る浮世の醜い鬼みたいなことになり、桃さんに退治されたりする。最低状況への追い詰めかたは相変わらずジャック・ケッチャム張りに冴えている。下関市在住ですけど。
 他の作品だと最後の最後にようやく救助隊が駆けつけたりして、ともかく主人公だけは半死半生で助かったりする場合もあるのだが、今回の関先生はそんな優しい気持ではない。
 偏差値社会が本気で憎いからだ。
 イデオロギーを盲信し、他人を蹴落とすことに何の躊躇いも持たない鬼畜どもなんか、全員死んでしまえ。


 かのウディ・ガスリーのギターには、「このマシンはファシストを殺す」毛筆で大描きされていたそうだ。
 関先生の単車の側面には、「このマシンはエゴイストを皆殺しにする」「略してエゴい奴らは皆殺し」とか割と本気で書いてありそう。そして本当に轢いてそう。
 およそ地上に人間が存在する限り続く、エゴとの無限闘争は関先生の作品に於ける一大テーマである。

 ・・・やがて盆明け、都会に久方ぶりに潤いの雨が降る。地方から戻ってきた人々は「明日から仕事だ」と例年続く憂鬱モードに突入。雨を見ている。
 そんな時間も、しばし。
 すぐに回復し晴れ渡った夏の青空のした、母と子はビニール傘を畳んで歩いていく。アスファルトの歩道に出来た水溜りを爪さきで跳ね上げ、子供は楽しそうにしている。
 15人の少年少女(と、エレベーターで圧死した教師6名)が死に絶えた後の超高層ビルの上には美しい虹が架かり、キラキラと輝いている。
 見上げた親子は、最上階の窓に張られた「タスケテ」「デラレナイ」という張り紙を見つける。

 慌てて携帯を取り出し警察に電話する母親の横で、子供は不思議そうにしている。 

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2013年8月14日 (水)

ポール・マッカートニー&ウィングス『レッド・ローズ・スピードウェイ』 ('73、東芝EMI)

 マッカートニー容疑者が何度目かの来日を果たすそうで、でも東京公演はたったの3日間限定なもんで、岡村ちゃん(推定無罪)がチケット取れるのか非常にヤキモキしていた。

 容疑者といえば、今度のツアーでこそ、ウィングス時代の地味でうけそうもない曲を延々死ぬほどやるのではないか、やれやれやってくれ、と絶望的な期待感があったのだが、発表されてるツアーセットを見る限り、そういうことは全然なさそうで残念だ。
 この期に及んで「ヘイ・ジュート」を聴きたいやつ、一緒に歌いたがるようなバカは、本当に死ねばいいと思う。
 なぜ『レッド・ローズ・スピードウェイ』のB面メドレーを再現してくれないのか。散々『アビイ・ロード』のメドレーはやっているのに。本秀康がマンガで発言していたけど、本当にその通りだ。「♪Oh、レイジー・ダイナマイト」を今こそ合唱すべきである。歌って非常に虚しいが。いいじゃない。

 ・・・と偉そうな口ばかり叩いていると、いっぱしのマッカートニー通と思われかねないので、あらかじめ予防線を張っておく。私はまったく詳しくない。

 今回採り上げる『レッド・ローズ・スピードウェイ』を購入したのは2005年で、かのロシア盤が流行した頃だった。『RAM』は既に愛聴していたので、当時の映像が詰まったTVスペシャル「JAMES PAUL McCARTNEY」が観たくて買ったのだ。その特典DVDが付いたCD二枚組編集の「レットローズ」は全体にダルで、大人の感覚に満ちた奇妙な作品だった。
 既にニール・イネスのソロ『Taking Off』やなんかを聴いていたので、あぁ、あの心底寂しいレイジーなポップ感はここらあたりから来ていたのかと納得したのだが、いまひとつ気持ちが入っていかなかった。

 それがどこで変わったのか。
 一例として、かの大ヒット「マイ・ラブ」の聴こえ方の変遷というのがある。
 中学の頃(『ウィングス・グレイテスト・ヒッツ』で)初めて聴いたときは、ご多分に漏れず、あんなストリングス大量盛りの甘ったるい曲大嫌い、とバカにしくさっていたくせに、これが不思議と年々よくなってくる。あの、まったり感が堪らなくなる。
 きっかけはベスト盤『ウィングスパン』が出たあたりだったか、だって、なんでかギターソロだけ転調してるぜ、意味わからんぜ※註と、この曲独自の異常さに気もそぞろ。
 妙なロック感覚。絶対アタマおかしいって、アレ。
※註・この表現は不正確である。コード進行は転調なし、Aメロのまま。リードギターのみがキーを違えて弾いている・・・そうだ。実はよくわからん。こんな説明でいいのか、D?

 それを糸口に聴き直してみると、『レッド・ローズ・スピードウェイ』の持つ本質的にねじくれた構造が見えてきて、なんか夜中に興奮させられた。
 意味はまったくないのだが、このアルバムは前々作『RAM』から繋がるトリロジーの完結篇にあたる作品である。「RAM ON」リプライズの最後に出てくるフレーズが、一曲目の意味不明な名曲「ビッグ・バーント・ベッド」の冒頭に繰り返されていることでもお分かりの通りで、ともかくスターズ・オン45並みに強引に連鎖しているのだ。
 あと、これまたどうでもいい名曲「リトル・ラム・ドラゴンフライ」とかみたく、本当に『RAM』のアウトテイクだったりするものが収録されていたりとかするし。

 人によっては“ウィングスの最高傑作”と評価する、ヤバ過ぎな名盤『ワイルド・ライフ』を折り目として、『RAM』と『レッド・ローズ・スピードウェイ』は無理やり奇妙な相似形をとらされている。
 
 そして、そのことに深い意味はない。
 マッカートニー容疑者の無意識が勝手に噴出しているだけだ。でも、そのこと自体が凄く貴重なドキュメントと化してしまっている。
 大物だから。
 ちょっと前例のないような大物が、個人的動機でコソコソつくってしまった、いびつな被造物。あきらかに、人を驚かすという商売目的が露骨に感じられる『サージャント・ペパーズ』よかよっぽど芸術的価値は高いと思うのだ。無意識なだけに。

 だって、全然意味わかんないんだもん。最高だよ。

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2013年8月 8日 (木)

J・T・マッキントッシュ『300:1』 ('54、ハヤカワSFシリーズ3020)

【あらすじ】

 急な話だが、地球はあと4日で滅亡することになった。

 太陽表面温度の異常が起こり、降り注ぐ光線量が急激に増大。地球表面は気温200度を越える焦熱地獄と化す、という恐るべき観測を石原良純が発表したのだ。
 良純といえば、この世で最も信頼するに足る気象予報士。各国首脳は良純の天気予報を意外にも真剣に受け止め、地球脱出のための宇宙船建造に着手した。行く先は火星。酸素と原始地衣類の存在は確認されているが、寒冷で荒涼としているため植民事業は捗っていなかった。だが太陽が高温化すれば、かつての地球のように住みやすい星に変わるだろう。
 しかし、時既に遅かりし。
 良純の予報精度がどんなに正確でも、何十億という地球住民全員が避難できるだけの救命艇を建造するには、もう充分な時間が残されていなかったのだ。「ヨシズミのせいじゃない!」激しくかぶりを振る善良な国民一同。ほくそ笑む森田さん。
 政府要人たちはどんな方策を採るべきか深夜のファミレスで真顔で討議し、激しいドリンクバー往復の末、遂にある秘密計画を超極秘裏に採択。翌日の東スポの一面を飾った。
 題して、「300:1」計画。
 救命艇で地球を脱出できるのは300人にひとり。そういう冷酷な計算式をまんま表題に掲げた安直な計画の概要は、本質的にいい加減でズボラで、暴動のひとつも起こしてやろうかと人を投げやりな気分にさせるに充分な、ダルでダークなテイストに満ちたものだった。

 人類の大部分が滅亡するのが確定したとして、生き残る者たちをどうやって選ぶ?
 くじびき?
 あみだ?
 コンピュータによる抽選?

 誰がやっても不満が出ること必須の難事業を、しかし行政は極めて安直に解決してしまった。
 世界各地で建造が進められている救命宇宙船には、それぞれ宇宙経験者の船長がいる。乗組員を選ぶのは船長の仕事である。われわれのじゃない。
 そんな無責任な。
 かくして世界規模での、「第1回・船長さんに気に入って貰おうアピール大会」の幕は華々しく切って落とされたのだった。
 脱ぐやつは脱ぐ。ケンカの腕っ節を見せつけるやつ、自慢の息子の可愛らしさを売り込むやつ。宗教方面から攻めるやつ、金を積むやつ、とにかくギャグ百連発続けるやつ。
 ひねって、いかに自分は運が悪くこういう運命を左右するチャンスの選択に漏れ続けてきているかを強調する女まで現れた。

 「えー、でもキミ、めっちゃカワイイやん!」
 「高校の美人コンテスト、二位だったの!二位!」


 主人公は何故か情にほだされ、「こいつ乗っけてやろうかな~」と思うのだが、とにかくドロシー・ストラットンみたく運の悪いこの女、宇宙船発進の土壇場になって狂った元カレに射殺されてしまった。そこで繰り上げ当選、とにかく脱ぎっぷりのよかった女を無条件に採用。
 脱ぎっぷりのいい女は、人類の未来にとって決して欠かせない存在。正解。宇宙船は一路火星を目指して飛び立っていくのだった。

【解説】

 以上が本書の第一部。地球は焼きソテーになって滅亡。

 続く第二部以降では、せっかく無事に災厄を逃れたのもつかの間、宇宙船発射時の無理な加速でババアが圧死。船内の温度調整システムに不備があり(というか碌にそんな装置ついていなかった!)、船内では全員全裸が原則となり、大人たちは激しい嫁取りレースを展開。見事複数カップルがゴールインするも避妊に相次いで失敗。知能の低い男が考えたオリジナル堕胎法として、石で女の腹を思い切りどつきまわすという、暴虐にも程があるエクストリームな凶悪描写が炸裂する。
 いろんな意味で非常にまずいと思う。

 
 で、第三部。
 散々苦労してようやく火星に辿り着いた一行を待っていたのは、連日続く過酷なキャンプ労働だった。一日十四時間働いて、休日なし。これじゃ精神も肉体もいろいろ参ってくる。
 そして襲い掛かる火星の凶暴な自然。牛すら軽く巻き上げる巨大ハリケーン。横殴りに降りつける掟破りの集中豪雨。昼間は砂塵舞う灼熱地獄、夜は零度以下の酷寒世界。“癒し”とか“安らぎ”とかぬるい要素が一切ないの。なんかさ、生き延びた俺たちの方が実は間違い?みたいな気がしてくるわけ。
 おまけに一行の中に潜んでいた悪の因子が首をもたげ、最強最悪の独裁政権が火星に誕生・・・いいとこ無しのこの話、読みたいやつは手を挙げて。
 救いの要素がガンガン握り潰されていく、間違いない傑作。
 

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2013年8月 4日 (日)

渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァ・カバーを歌う女の一生』 ('13、扶桑社)

 愛だけが人の心を傷つける。
 悪意も憎悪もそこから生まれそこへ還るものだ。したがって、この世の悪の元凶は愛に決定。愛さえなければ地球だって救えるかもしれないよ、徳光さん。

 渋谷直角といえば「あ、『コロコロ爆伝』の人だ」くらいの知識しかなかったので、この本にはやられた。まいった。わー、うまいわー。
 これはうけるわ。どう考えてもロウファイとしかいいようがない描線で、これ。「よりによってこれかよ?!」とは思いますけど、技術的に上手かったら嫌味になるし、かわいく描かなかったら意味がなくなる。限界ドライブ。ギリギリの臨界線。必要最小限のエネルギーで遠距離に着地。
 絵って望んだだけで描けるわけじゃないからね。
 青筋立てて努力してるんですよ実は。まず、そこんとこまず解ってくださいよ。そのうえでこうなんですから。
 「みうらじゅん『アイデン&ティティ』みたいな感じかナ?」と半信半疑で購入してみましたところ、全然違っておりましたのでホッとしましたが。あれ嫌いなんですよ。所詮他人の話じゃんって。そういう意味では安心して読んでいられる。

 この本の場合、その点が巧妙になっておりまして、

 「これは、おまえの話だよ」

 と、読んだやつに思わせる技術(仕掛け)に優れている。そういう術策にはまりにくいと過信しているやつほど、射程にどんどん引っかかる。具体的にはサブカル依存症ですれっからしになっているつもりの連中ね。
 釣れます。
 驚くほど釣れます。

 その秘訣は、作者自身があとがきで明かしておりますが、「笑うあなたにブーメラン、描いてる僕にもブーメラン」ということなのだろう。リアリティーはネタではないのだ。
 
 あらすじ紹介はしません。
 驚きましたが、このちょっと無茶したタイトル通りの内容で過不足ありませんから。

 おひまな方は、西村ツチカ「アンダーグラウンド」という短編を探してみてください。この本と同じテーマです。こちらはショーン・タンの影響が濃いタッチで描かれた、キモい男たちが出る傑作ですが、短編集『かわいそうな真弓さん』特典でしか読めません。
 もったいない。

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