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2013年8月18日 (日)

関よしみ「マッド・サマースクール」 ('96、講談社)

 「・・・なに、ぬるい記事掲げてるんすか?!マッカートニー関連とか、単なるアクセスカウンター稼ぎでしょ?」

 ちょっと見ないうちに体型が倍々増し、元気いっぱい成長期真っ盛りのスズキくんは喫茶店のぬるい水をお代わりしながら切り出した。
 おやじ、目を白黒させている。

 「いや、本当に好きなんだけど・・・」

 「必要ないです。やらなくていい。
 そういうのはもっと上手い他の誰かに任せておいて、あんたはもっと差別的で非人道路線のコアな記事を書くべきです。例えばこの数ヶ月間、ボクがクトゥルー神話を渉猟して稼いだ豆知識を披露しましょうか。いいですか。
 ラヴクラフト、才能無いですよ!
 確かに名作といわれる作品は面白かったですけど、ハズレは本当酷い。同人誌作家レベル。ワンパターンだし描写力も欠如。でも確かに、作品集一巻につき2,3個当たりはあります。でもそっちはほんの一部、スカの量が膨大すぎ」

 「・・・そうなの?」

 「そこはね、もう、ネットで広く言われてる通りなんですよ!圧倒的に世間が正しい。あと、翻訳者による当たり外れも大きい。大瀧は・・・まぁまぁかな。昔の訳者が酷すぎるからなー」

 「キングに於ける白石朗みたいなもんか?」

 「やっぱり深町眞理子先生が最高ですよね。そうそう、あんな感じ・・・」

 スズキくん、喋りながらピザに食いついた。チーズがだらり糸を引く。

 「ともかく。モグッ。もっと読み応え皆無で、一般性の無い記事を至急アップすること!あんたのクソブログの価値なんて、他になにがあるって言うんだ。グブッ」

 「そうさな・・・」

 おやじは顎を捻る。

 「今年の夏は屋台も吹っ飛ぶ異常な酷暑だったから、やっぱりアレかなー・・・
 しかし、このクソ暑い最中に読みたくないマンガNo.1なんだよね、正直」

 「・・・って、なに、日和って『デボネア・ドライブ』なんか読み返してるんですか?!さわやか、ほっこりですか?井上ひさしのほっこりひょうたん島ですか?!逃げたらいかんぜよ。
 熱には熱を。残酷には残酷をもって対処すべし!

 だいたい、あんた、関よしみマッドシリーズの全作レビュ-完遂が自分に課せられた使命である、と常々熱く語ってたじゃないですか!
 やるならいつ?今でしょ!」

 「どんだけ悲願なんだよ!!
 ・・・って、ま、確かにそれ実際言ってましたが。テヘ

 「三条友美の物真似したってダメですよ。さっさと書いてください!」

【あらすじ】

 高層ビルの姿も蜃気楼に歪む猛烈な酷暑。年寄りはジャンジャンくたばり、猫は溶けて車の陰にへたり込む。最高気温は連日40度に届き、夜になっても下がらない。太平洋上に広がる巨大な高気圧から流れ込む風は猛烈な熱気を運びて、死の町と化した都会の街路を吹き抜ける。
 殺人的な猛暑の中でも、やはりクーラーを持たない人は一定数いるもので、効果的な冷房対策(図書館等公共施設に行く・自室にこっそりビニールプールを張るなど)を講じないかぎり、熱中症で死亡したり発狂して暴れ出したりする。

 「ちくしょォーーーッ!!!
 テメエらだけ、涼しけりゃいいのかよ、コノヤローーー!!!」


 強烈な熱風を路上に吐き続けているエアコンの巨大室外機に向かって繰り返しバットを振るい続ける男。
 ネックのところに無理やり針金ハンガーを通したのでよれよれになってしまったTシャツに、薄汚れて黄ばみばかりが目立つジーンズを履いて、ぼさぼさの蓬髪を振り乱している。
 男の構えたバットが室外機のフェンス部に命中するたび、ガツンガツンとやたら大きな音が響くのだが、頑丈なのだろう、熱風を吐き続ける憎っくき羽根はなかなか停止しようとない。それとも男が余りに非力なのか。
 
 人々はそれを遠巻きに見ながら、近づこうとしない。

 堪りかねた近所の誰かが通報し警官が駆けつけるまで、男は延々と炎天下で孤独な一人芝居を演じ続けた。

 「いややわー・・・ホンマにィー・・・」

 女子高生の段原詳実(ひろみ)は、汗を拭き拭き溜息をついた。その名の通り腹がだんだん。でもマスクはそんなに悪くない。おさげがチャームポイントの、関先生描くいつもの平均的主人公キャラだ。
 それは、遂に合格した東大受験専門合宿ゼミナールへ向かう途中に偶然目撃した事件だった。
 のちの報道で、事件を起こしたのがそれほど歳の違わないクーラーのない部屋に下宿する浪人生だったことを祥実は知らされる。なんて悲惨な。蟻かよ。
 
 この世の覇者を目指すなら、やはり東大だ。
 
 拳法やるなら少林寺、と同じ単純な理屈であるが、それでは極真の立場はどうなるのか。東大出身といえばやはりヌード。そういう考え方だってある。
 ともかく、東大に合格しなければ絶対ダメだ。
 空手をやってもヌードになっても意味がない。政治家も官僚もみな東大。そのうえで空手をやったり、ヌードになったりしているではないか。
 東大最強。
 偏差値無限大

 そういう凝り固まった考えの両親に強力にバックアップされ、祥実は東大合格者を多数輩出している名門「久保ゼミナール」の、超強化夏季合宿特訓48手を受講する決心をしたのだった。

 「諸~君、がんばってましゅかァ~~~!?」

 超高層ビルの最上階に集められた、闘志に燃える受験戦士たちを待ち受けていたのは、意外やくたばり損ないの耄碌ジジイの腑抜けたあいさつだった。
 なに、こいつ。

 「わたしはコーチョーの久保社長でぇ~っす。ハッピー?」

 ハッピーなわけがない。

 「今日から二十日間、みなさんにはこのビルにカンヅメになってもらいま~しゅ。
 缶詰いうてもツナ缶やおまへんで。
 わかりまっか?ドゥ・ユー・アンダースタンド?」


 笑う者はなかった。
 
 「ま、ここで、あんじょう勉強しくさって、成績メキメキあげたって~や。
 とにかく、他人を蹴落として、蹴落として、蹴落として、蹴落として蹴落として、蹴落として蹴落として蹴落として、蹴落として蹴落として蹴落として蹴落として、この世の覇者に勝ちあがるんや!!!
 ええか、世の中っつーのはな、勝つやつと負けるやつしかおらへんねん。
 それはな、つまり、東大に行けるやつと行けないやつの差っちゅーことやねん。

 ・・・わかるな?」


 誰もが固唾を呑んで頷いた。
 いつしかアホの言葉を真剣に聞くモードになっているのだから、東大という文字の催眠効果は真におそろしい。ヌードにもなるワケだ。

 「よし、ほな、目的はひとつ、全員レッツ・ラ・ゴーや!いてこましたれ!
 ・・・ただし、言っとくが。」


 ジロリ、目を剥いた。

 「隣の生徒諸君も、にいさんも、ねぇさんも、じいさんも、ばあさんも、みぃ~んな、みぃ~んな、実は敵なんや。
 敵が一人減れば、それだけあんさんの合格率が増します。マシマシ、っちゅーこっちゃ。
 そこんとこ、よろしく。」


 登壇を終え、よろよろ立ち去る久保社長を塾講師たちが出迎える。 

 「さすが、大社長!」
 「名演説!よっ、この成り上がり!」


 東大進学を煽り立てる連中の、はてさて何パーセント東大出身であったのか。この社長に講師たちも怪しいもんだ。
 事実は厳秘とされ一切公表されていないが、恐ろしく危険な数字が出てくるだろうと思われる。だって、東大出身者はこの世の覇者なワケだから、東大東大とわざわざ啓蒙活動に勤しむ必要ないんだもの。むしろ秘匿に走る方向だろう。ね?
 しかし、三流私大出の彼ら、教育産業の片棒担ぎにもちゃんと生活がある。養うべき家族だってある。喰ってく為なら何でもするさ。

 でも、食い扶持稼ぎのために、純真な子供の頭に公然とデタラメなプロパガンダを一方的に刷り込むのは、やっぱりよくないと思うなぁー。

 
祥実は極めてリベラルな考えの持ち主だった。
 でも、それはソレ。やっぱ、勉強はちゃんとしなきゃ。
 
 その日から地獄の特訓が始まった。
 昼夜を惜しんで国語・算数・理科・社会・ザ・ムーン。
 最新のセキュリティーシステムにより24時間管理されている巨大ビルは、自家発電装置を備え冷暖房フルオートの超省電力設計。素晴らしい。だが、ご自慢の発電装置の調子が例によって悪いことは、配線工事に来たビル管理会社の下請け工務店の方々しか知らないのだった。
 生徒は全員外出禁止で、食料品の調達は教師がやる。校長がケチだから。
 「どんだけ経費削減だよ!」
 「まったくもって、ホントにおかしいザマス!」

 今日も今日とて不満たらたらで買い物袋をたくさんぶら提げてエレベーターに乗る先生方一同を、真夜中の落雷が襲った。
 「アギャーーー!!!」
 「うわわ、髪の毛が全部アフロに!!!」
 
ガックン、停止するエレベーター。墜落。
 地上階の底面に強く叩きつけられた脆い函の中では、しばらく教師たちの苦しげな呻き声が聞こえていたが、やがて静かになってしまった。
 
 落雷の影響はビル全体に及び、全館停電が発生していた。

 非常用の自家発電装置は、もちろん前フリ通りうまく作動せず、たちまち上昇し始める室内気温。夜間とはいえ真夏の都会だ。温度もなかなか下がらない。むしろ蒸し風呂。
 深夜飽くなき受験勉強に明け暮れる生徒たちも、すぐ異変に気づいた。
 「暑い~!暑いぞォ~!」
 「チクショウ、こんな劣悪な環境のためにオレは金を払ったのかよ!納得いかねェ!!」

 別にお前自身が払ってるワケではない。親だろ。
 騒ぎ出した受験エリートを尻目に、祥実は目端の利きそうな四浪の男と行動を共にし、脱出ルートを探る。こういう時の浪人は苦労しているだけに打たれ強い。人間すべからく浪人たるべし。しかし。
 ない。
 どこにも逃げ場がない。


 もう諸君、薄々お気づきと思うが、用意周到な関先生、この場所を都会の只中に出現した絶海の孤島のように扱っている。あるいは砂漠の只中か。このバラード的というか、NWSF的なアイディアに拍手喝采だ。無理やりな脱出不可能状況というのは、ディッシュもよくやるニューウェーブ一派の定番。誰に向けての解説だコレ。

 合宿所に充てられいるフロアは、33階。ビルの最上階。
 屋上への出入り口は、名目はセキュリティ対策、その実死にたくなるのを防ぐため、出入り禁止。厳重に施錠されご丁寧にも巨大な南京錠が掛かっている。 
 昇降用のエレベーターは停電により不通。
 階段はあるにはあるが、途中まで降りると巨大な鋼鉄扉に遮られそれ以上進めない。その先にはかの久保社長の経営する関連企業のオフィスがあり、学生の出入りは固く禁じられているのだ。開閉にはセキュリティカードの認証が必要。
 ところが、現在はお盆の真っ最中。
 この会社も当然、休業。

 地方出身者ばかりで構成される東京は、お盆時期は帰省ラッシュの影響で人間がまったくいない。殊にオフィス街の集中する此処丸の内近辺は、野良猫とカラスが車に撥ねられたイヌの屍骸を漁っているばかり。人間なんか誰も歩いてやしない。過疎の村よりまだ酷い局地的人口偏差だ。

 残る脱出ルート、それでは窓はどうかと言えば、鉄線入りの強化ガラス。嵌め殺し。なんでまたそこまで。異常に頑丈な特注品で、対爆ガラスかよというくらい硬くて、現代のもやしっ子が全力で怒りの鉄拳を叩き込んだくらいじゃビクともしない。罅(ひび)ひとつ入らない。ダイヤモンドは傷つかない。
 ちなみに外界との架け橋、換気ダクトはどれも細すぎ。防犯対策か。幼児ならともかく、高校生ぐらいの体躯ではとてもすり抜け出来そうにない。お見事な袋小路。

 「ウワ~、四面楚歌だわ。こりゃ。」

 あれこれ試した末、四浪のボサボサ頭が思わず嘆いた。
 祥実がすかさず喰いつく。

 「あ・・・四字熟語!それ、どういう意味だっけ?」

 「四方八方から、楚の国の歌、ソングが聞こえてくるっちゅー奇怪な状況ですよ!」

 「たのしい感じ・・・?うれしい、大好き・・・みたいな・・・?」

 「そうそう!曹操!」

 熱心jな祥実は手帳にすかさずメモるのだった。

【解説】

 脱出不可能な超高層ビルの最上階に閉じ込められた15名の受験戦士たちは、酷暑と渇きでヘロヘロになりながらガンガン死んでいく。
 残された烏龍茶を奪い合い、スーパーパワフル湿気取りの容器に溜まった水を啜る。果ては絶望の余り階段から身投げした仲間の血塗れの死体を眺めて、

 「そうだ・・・人間の身体の70%は水分だったっけ・・・」

 と、人の生血を啜る浮世の醜い鬼みたいなことになり、桃さんに退治されたりする。最低状況への追い詰めかたは相変わらずジャック・ケッチャム張りに冴えている。下関市在住ですけど。
 他の作品だと最後の最後にようやく救助隊が駆けつけたりして、ともかく主人公だけは半死半生で助かったりする場合もあるのだが、今回の関先生はそんな優しい気持ではない。
 偏差値社会が本気で憎いからだ。
 イデオロギーを盲信し、他人を蹴落とすことに何の躊躇いも持たない鬼畜どもなんか、全員死んでしまえ。


 かのウディ・ガスリーのギターには、「このマシンはファシストを殺す」毛筆で大描きされていたそうだ。
 関先生の単車の側面には、「このマシンはエゴイストを皆殺しにする」「略してエゴい奴らは皆殺し」とか割と本気で書いてありそう。そして本当に轢いてそう。
 およそ地上に人間が存在する限り続く、エゴとの無限闘争は関先生の作品に於ける一大テーマである。

 ・・・やがて盆明け、都会に久方ぶりに潤いの雨が降る。地方から戻ってきた人々は「明日から仕事だ」と例年続く憂鬱モードに突入。雨を見ている。
 そんな時間も、しばし。
 すぐに回復し晴れ渡った夏の青空のした、母と子はビニール傘を畳んで歩いていく。アスファルトの歩道に出来た水溜りを爪さきで跳ね上げ、子供は楽しそうにしている。
 15人の少年少女(と、エレベーターで圧死した教師6名)が死に絶えた後の超高層ビルの上には美しい虹が架かり、キラキラと輝いている。
 見上げた親子は、最上階の窓に張られた「タスケテ」「デラレナイ」という張り紙を見つける。

 慌てて携帯を取り出し警察に電話する母親の横で、子供は不思議そうにしている。 

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