« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月

2013年4月29日 (月)

R,A.ラファティ『第四の館』 ('69、国書刊行会)

 たとえば、ゴリラのパンチを“ゴリゴリパンチ”と呼んでみる、としてだ。

 それで何かを説明していることになるだろうか。置き換えるということは、対象を持ち上げることだったり引き下げることだったりするが、本質に迫っている場合だって勿論ある。
 理解しやすいように輪郭をなぞって別のものに変換する。アナロジーからは予期せぬ笑いが生まれる事だってあるし、実際よりも迫力が増すケースも、あるいはうっかり現実より可愛く見えちゃったりする場合もあるかもしれない。
 でもきみが面白がって感心したり、笑ったりしているあいだに、ゴリラのパンチはきみの顎を撃ち砕く。どう言い変えようが、ゴリラのパンチはゴリラのパンチ。そりゃもう強力ですから。本質は変化しない。見誤るのはいつも観念を弄ぶ人間の方なのだ。
 哀れ、ゴリゴリパンチごときで、きみは一生奥歯でものを噛めない身体に。

 ラファティの小説はおおよそこのように作用する。彼の書くものはすべてゴリゴリパンチだ。洒落や冗談では済まされない認識の変革。独自すぎる視点で人類の霊的進化を扱ったこの本とて同じこと。“第四の館”とは意識の階梯、進化のブレイクポイントである。人間は人間以上の存在になれるかもしれない。なれないかもしれない。その為に何をなすべきか。
 神の前に立つことだ。みずから望んで、あまねく世界の苦痛と歓喜とを飲み干して絶対者との合一(霊的結婚)を果たすことだ。
 だが、しかし、

 “どう考えても「天」というか、「神」というか、 とにかく得体の知れない力ってのは堅気じゃあない。”
  (根本敬『因果鉄道の夜』)
 
 というわけで、とっても困った事態になるのであった。
(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月28日 (日)

『ブラッダ』 ('00、KUSHNER-LOCKE COMPANY、TVM)

 田舎の島でゴキブリパニック!っていうと9割がた予想がついてしまうんだけど、いいですよね、そういう映画。ま、これTVムービーらしいんですけど。
 この手のジャンルはC.G.登場以降どうも活気と独自のテイストを失っているようで、70年代のパニック映画ブームの頃なら、性格破綻者やらアル中、生活に疲れたおやじが渋々モンスターに立ち向かうという、後ろ向きでとことんダルな物語ばっかだった筈なのに、今じゃ爆発したり巨大化したり。ジャイアントスパイダー対メガクロコダイルとかさ。どう見ても知能の不足したジャリ向け映画しか存在しない不毛の地ってのが定番化してると思ってたら、この作品、
 「派手じゃない!」
 「地味なところが気に入った!」

 というヘンな評判を聞きつけまして、観てみました。

 舞台はですね、『モンスターパニック』に出てきたみたいな寒々しい田舎の漁村。しかも、島。島ってだけでワクワク。都会で疲れた若手の医者が転地療養みたく家買って訪れますと、ふとしたことから村人にハブにされる。
 「おまえの実家はブタ小屋臭いぜ!」と罵ったばかりに。
 誰だって自分が住んでた家の悪口は嫌なもの。まして若い都会人に言われると殊更むかつく。復讐だ。こりゃ絶対復讐してやんべ。
 具体的には前大家の電気屋のおやじに何度もブレーカーを落とされる。夜中に、ヒゲ剃ってる最中とかメシ時に。真っ暗でお湯も出ない。こりゃ酷いと電話して抗議すると、適当な返事されてまた繋げてはくれるんだけど、一日二日経つと、またしても夜中にバチン!
 これが無限に繰り返されるもんで、主人公イライラが限界に達し、遂に敵の本拠地・村で一軒しかない飲み屋に怒鳴り込みます。
 でもこの店、実は店主のおっさんも、飲んでた4,5人の客も全員が電気屋とグル。レジ横で羽交い絞め。殴る蹴るの暴行を受けます。この村にはあと残り3人ぐらいしか居ませんから、実質村全体を敵に廻した格好です。地味すぎる抗争劇。地元のツッパリ同士の喧嘩みたい。銃が出ないもんで余計そんな感じ。
 その間に、アフリカ産のハサミのあるゴキブリ(『漂流教室』に出てた怪虫の子ども)が、国籍不明船から投げ出された黒人の死体と共にひっそり島へ上陸。手近な釣り人を犠牲にし、ぐんぐん増え始めます。
 死体を餌に繁殖する設定なので、開いた口からモソモソ出てきたり、床一面を埋め尽くしてみたり。ダメな人は全然ダメでしょうけど、TVだから異常にグロな特殊メイクとかはなくて、必要最小限の血糊しか飛ばない。結構普通な感じです。誰でも大丈夫な範囲じゃないの。
 怪虫の襲撃場面は誇張を抑えて、日常的に捉えて。迫る虫の群れ多数といちばんキモい場面(内臓系描写)では、カメラは引きになって、あとはご想像におまかせで。
 音楽も入れすぎず品がいいんですが、唯一ジェリー・ゴールドスミス的に派手な音楽が鳴る場面がありまして、これが小学校に飼われていたハムスターちゃん大ピンチ!の場面。完全に意図したギャグだと思います。怯えるハムちゃんのアップとかちゃんとあります。

 全体に、地味で見せ場の少ない映画なのですが、ちゃんとしてました。普通でした。
 異常な人は出ません。おかしなことも起こりません。ゴキブリが大量に人体から孵化して襲ってくるだけです。
 
最後、飛行能力の進化した群れが一斉に飛び立ったりはしますが。基本、這って襲ってくる。地味です。地味。布石になりそうな30cmはありそうな大型ゴキブリ(ボスキャラ系)も一応出るには出るんだが、単に出てきただけ。犠牲者の口から体内に潜り込んで出番おしまい。なんじゃそりゃ。
 それでもこの作品、最後まで飽きずに観通せます。ぬるめのパニックホラー。テンポが落ち着いてて、人物描写が丁寧だからついつい飽きずに観ちゃうんですねー。本当のところヒッチコック『鳥』みたいにしたかったのかも知れません。群れが静まったとこを突っ切って車に乗って逃げるあたりは、明らかに意識してやってます。
 それにしちゃ随分と緊迫感少なめだけど。所詮、虫だからね。鳥って意外と大きいんですよ。そこが鍵だね。

 全体に印象に残りにくいけど、いい映画だと思いました。TVで観るなら文句ないだろう。
 ま、でも最後感想を聞かれてもうまく答えられない点では、メガシャークとおんなじなんですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月27日 (土)

佐藤健太郎『魔法少女・オブ・ジ・エンド』 ('13、秋田別冊チャンピオンコミックス)

■「連休の人込み摺り抜けあなたの街へ!出没、ウンベルケナシの“人生天国!って既に死んどるやんけ!ハイハイ!”のお時間です!いや、お時間じゃありません!本当すんません!
 本日のゲストは、象の鼻の穴に詰める新しい紙くずを丸めるのに余念がないタブラ奏者・佐藤哲也さんです」
 パチパチ。
▽ 「また、ウソやん。えー漬物大好きっ子の、佐藤ですー」
■「なんですか、それ?ネタ練ってきた?ちょっ可愛い感じで売ろうと思ってる?」
▽「いや、本気なんやけれども。今年はウンベルくんとは満足に飲めとらんなー。Dとか最近どうしとるの?」
「あぁ、あいつは死にました」
▽ 「え・・・?」
■「なんか末期に“ときめきに死す”とか言ってましたー。って、ウソです、言ってませんー。しかも死んでませんー。軽率な発言が多くてすいませんー。本当反省してますー。最近被害妄想が酷くて。頭の周りを銀色の小型UFOがぶんぶん飛び交ってる感じなんですよ」
▽「おいおい、大丈夫かいな?」
■「いやダメでしょう。ゴー!」

Img_00040036 ▲頸骨から脊髄まで一気に攣り出されます。

■「本日のご紹介は、同じ佐藤さん繋がり、別冊チャンピオンで好評連載中の『魔法少女・オブ・ジ・エンド』!とにかく人がバンバン死にまくり、たぶん関よしみ先生みたいなオチが用意されてんじゃないかと思われるスプラッターマンガでごんすー」
▽「あー、こらまた、ヒドイね~!毎回よく、こんなんばっか仕入れてくるよねー!」
■「師匠は御存じないでしょうけど、既にヒットしているチャンピオン本誌連載で本田真吾『ハカイジュウ』っちゅーのがありまして」
▽「ほう、どんな話?」
■「ま、怪獣が立川を襲う『クローバーフィールド』+『スターシップ・トゥルーパーズ』なんですが」
「知らんなー、どっちの映画も観とらんなー」
■「普通そうでしょうけど。『ハカイジュウ』の場合、当初の立川に徹底して拘ったつくりが斬新だったんですけれども。その後新宿、お台場と舞台が転々としていくので、そのへんはもったいないなー、普通だなーと」
▽ 「でも、なんで立川なの?」」
「作者が実際住んでるらしいんですよ。ご当地マンガの一種ですね。
 で、『魔法少女』はそのヒットがあったんで、柳の下に泥鰌がいっぱい、水野晴郎の映画がいっぱい的な感覚で企画が通ったんじゃないかと思います。後述しますが、最近やたら増殖している『ゾンビ』的要素もある」
▽「おー、『ゾンビ』!ピーター、ピーター」
■「スティーヴン(笑)
 物語はですね、ある日、昼間に高校の門のところにゴスロリの格好をした小娘が現れましてですね、不審尋問してきた体育の教師の頭を割る。実際ぼかん、と爆発させてますからねー。マジカルステッキ的なグッズでね。
 こりゃなんだんべ、と窓辺でうたたねしながら見てた主人公、てっきり自分が寝ぼけてるせいかと思い、授業中に手を挙げてトイレへ。表情なく白目を剥いた魔法少女、ぶんとジャンプ。窓を割って三階の教室へ乱入。主人公が顔を洗って戻ると、教室中が虐殺されて血の海だという」
▽「あー、最初の『ゾンビ』発生事態みたいなもんだ?」
■「師匠、妙にゾンビに詳しい。おかしい。確かに『ダイヤリー・オブ・ザ・デッド』的なもんですよ。日常に突然襲い掛かるアウトブレイク、そっからノンストップで襲ってくるゾンビ、じゃない、魔法少女を倒しながら逃亡。その繰り返しですな。魔法少女に殺された犠牲者も、黒い魔女コスプレみたくなって、ウガーッって襲ってくるんですよ」
▽「ところで、魔法少女っていったいなんなの?」
■「こんなんです」

Img_00050037▲連れてるブルが火の玉発射!

▽「おいおい、おっさんやん(笑)!!」
■「 タブラも萌えも解する風流人の師匠には申し訳ないんですが、こんなんばっか出てくるんですよ。複数。いろんなデザインのが無数にいるって設定みたいで。アニメ調だし少女ですけど、「けいおん!」の「け」の字もございません。いっそ作画を画太郎先生に依頼してみたら、という気も致します」
▽「ふーん。で、面白いの?」
■「説明をどんどん省いて先に進めようというのは、イイ考えだと思いました。説明しちゃうと失速しちゃいますから。でも本当に印象に残るのは、重くてヘヴィーでやりきれないマンガの方なんですけどね。このマンガ、爽快感がありますもんね。人死にまくりですけど」
▽「いろいろあるんやね。他に特徴は?」
■「舞台は吉祥寺でして、高校から始まりショッピングモールまで行くんですが、吉祥寺自体がマンガに採り上げられやすい性質を持っているんで、特に新鮮味は感じられません。
 でも、こんな人がブチ殺されてました」

Img_00060038▲・・・せ、先生!

▽「あちゃー。微妙に似た人やねー(笑)」
■「ハイ、微妙に似てるだけだと思います(笑)。顔ネタでは他にも、日野日出志というより犬木加奈子似の女が目玉咥えて『パンズラビリンス』してるキャラとか、いろいろと。吉祥寺上空に巨大な魔法円が描かれてそこから大量の魔法少女が出現する設定なんで、かなり自由度は高そうなんですが。
 第一巻を読むかぎり、もっとムチャクチャやったれ!って感じで」
▽「こりゃ誰かが魔法を使って召喚しとるんやろね」
■「はぁ、そいつが最後に長ゼリフを吐かないことを祈ります。黒幕が最後にすべてを説明して終わる話は、『犬神家の一族』だけでたくさんだ!」
▽「おー、犬神!!佐清、スケキヨ!!」
■「静馬、静馬って、あんた、そればっかりやん!ありがとうございましたー!」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月23日 (火)

ハナヨ「献上」 ('00、BeatRecords)

 金属音ゴリゴリもありますけど、ピアノもありますのよ。インダストリアルノイズをバックにしてゲンズブールの「アニーとボンボン」が飛び出したりもします。ジャケットにこっそり鉤十字が入っているのも見逃せません。あと、「君が代」のカバーもやってるんですよ。
 うわ。痛い記号の羅列ですね。でも基本ポップです。タイトル実はジャムのラストと同じですし。立ち位置が似たアルバムとして、スネークマンショーのセカンド「戦争反対!死ぬのは嫌だ」が挙げられます。「ホテルニュー越谷」のカバーバージョン 収録!というのはデマですけど。やって欲しかった。

Img_00030035

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月21日 (日)

「池」

 SM方面でよくある、過剰に女優にリアクションさせるパターン。声が裏返ったり咳き込んだり、大変なことになっているケースはよく見かけるけれど、それとは違った意味で深刻な事態になっている物件に遭遇したのでお知らせしておく。

http://www.xvideos.com/video2673873/helpless_asian_whore_receives_vibrator_treatment

 暗室で縛られ仮面の男たちにバイブで電マで責められ続ける女優。溢れたまん汁を執拗に指先でピンコ飛ばしする白おめん男もどうかしているが、この女優、「イク~」「イク~」と台詞を叫ぶべきところ、

 「いけ~」
 「いけ~」


 と、言い間違えてしまった。その直後の、責め手も女優も揃って気まずくなる空気は貴重である。
 なにせ茶化したり笑ったりしてはならないのだ。それがSMというものの宿命である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月14日 (日)

松森正『テキサスの鷹』 ('77、松文館エースファイブコミックス)

 おとなの夜へようこそ。
 夜の都会は牙剥く野獣が跋扈するアスファルトジャングル。危険を承知で飛び込む俺は、ちょっぴり脳天いかれぽんち。いいじゃないの幸せならば。手を叩こう。

Img_00010035

 さてさて、マンガは映画になりたがる。最近の国内事情、映画がマンガに擦り寄ってくる現象がウソみたいでありますが、映画はもともと憧れられる側だった。
 だから『テキサスの鷹』の主人公は、見た目が渡哲也に酷似しているのではなくて、渡さん(団長)本人をキャスティングして描かれているのだ、と解釈されなくてはならない。この違いは大きい。
 特徴を強調して外見だけを似せるというのは、ホラ例えば花形見鶴ですよ。粳寅 満太郎ですよ。カリカチュアという、本来はギャグマンガの手法なんですよ。
 「テキサスの鷹」において、松森正は、だから本気で俳優さんに出演交渉をしているわけでね。
 「え?それって明白な肖像権の侵害ではないの?」
 いいとこに気づいた。
 結論から申し上げるが、勿論違う。違うんですが説明がいささかややこしい。注意深く聞いてね。今回は珍しく論理的に説明しますから。

 '77年当時の技術では不可能だが、現代のコンピューターテクノロジーを使えば渡さん(団長)に実際にポーズをとってもらって、キャプチャー取込みし、そのデータを基にレイヤーを組んで自在に動かすことができます。
 そんな面倒なことを本気でやるかは別にして、作図したデータを紙ベースに落とし込んでマンガを作成することだって可能でしょう。
 これが肖像権の明白な侵害というやつであります。
 ただ、そんな面倒な作業をしなくったって要は写真を使えばいい。ゼロックスでコピーして線を描き込んだりトーン貼ったり。現実を切り取る作業。これなら70年代の技術水準でも可能。石井隆先生がモデルにポーズをとらせて、それを自分で写真を撮っては奈美を描いてたって話、知ってます?あとコピーした背景だったら、藤子A先生も忘れるべきでない重要人物。先生ったらなんでもコピーしちゃうんだ。ドーーーン。
 「テキサスの鷹」にだって写真はいっぱい出てきますよ。劇画家ってのは、リアリティをどこまでも追求するために写真過剰な描き込みを限度越えまで駆使した、失われた民族の総称なんですから。
 じゃ、「鷹」は渡さん(団長)の単なるスキャンなのかっていうと、それは違う。だいたい写真素材の流用なし。松森先生特有のゴリゴリのペン画過剰な描き込みだけで出来てるワケだし。

 五分刈り・垂れグラサン・黒ネクタイ。

 
コスチュームの特徴が(確かに)類似してるだけ。
 こんなものにいちいち著作権を主張されたんじゃ敵わない。そりゃそうでしょ。

 皮の上着にガンホルダー。
 忘れちゃいけない咥え煙草、常時装備。
 そして権力の手先のくせして旺盛な反骨精神。法律なんざクソくらえ。

 
 外見の類似よりなにより重要なのは、作者がキャラクターに織り込んだスピリット。そこを見誤らないでいただきたいのだ。
 どう見たって権力の犬(現職の検事)のくせに、反権力を標榜し勝手気儘に銃を乱射してはマフィアを射殺する、『ビッグマグナム黒岩先生』を倫理レベルで軽く飛び越えた、凶悪無比なでたらめ極まる男。この、無法を絵に描いたような法の手先を描くためキャスティングされた役者。
 今回その外見がたまたま渡さん(団長)似だった!
 コスチュームになぜか共通項があった!
 ・・・ってだけのことでしょ。まずは主役の存在ありき。ビジュアルはあとから附いてくる。

 そしてここでの松森先生と渡さん(団長)との出演交渉は、完全に魂レベルで行なわれたものだったため、現世のいかなる法律にも束縛されない自由取引が成立したものと思われる。真の男の交流とはそうしたものだ。
 
 瞳を閉じれば、やつが見える。
 そういうスピリチュアルなレベルでの有名人の出演は、卑小な現実を飛び越えてイマージュの領域に限りなく接近するものである。ふくしま政美の『聖徳太子』がお札とえらく違うのと同じ理屈だ。
 劇画は、現実社会に充満する暴力・非道の実相にひたすら肉迫しようとするあまり、リアリズムの階梯を踏み外し、闇雲な狂気の世界へとまっしぐらに突進していって自滅したのだ。そういう歴史認識からすれば、まァ納得いくかもしれない。
 ぐらいに、「テキサスの鷹」の行動は凶悪です。デタラメです。
 ヘリからターゲットスコープ付ライフルで犯人を射殺するような、立派な人格者の渡さん(団長)とはいっさい関係ないことはウンベルが保証するでやんす。

 しかし、おかしな理屈だな。私にゃ何のことだかさっぱりわからない。

【あらすじ】

 第一話、抱かれにきた女

 「結論から申し上げて、あなたにマフィア日本支部の総支配人になってもらいたいのです!」

 唐突に凄すぎる台詞で、特捜検事・鷹を誘惑しにかかる外人女・アンナ。
 横浜・国道1号沿いのステーキハウスにいきなり呼び出され、そんな話を持ちかけられたら、きみならどうする?
 アンナは薄手のブラウスに乳首も透ける、透けた乳首もそそり立つような逸材。
 だいたいマフィアって一枚岩の組織名じゃないでしょ。寅ヒゲ一家とかそういう群雄割拠する複数集団を大雑把に括ったカンムリでしょ。とは思うのだが、なにぶん乳首がピンコ立ち。これには鬼検事でもちと弱い。

Img_00020035

 お気づきでしょうが、松森先生、結構うまいんですよ。(何が?)
 
 この女、どうみても通りすがりのヴァンピレラなんですけどねー。イカス。
 男なら一度はこの格好の女と居酒屋でとことん飲んでみるべきだね。意外と人生とか語り明かせそう。
 鷹は凶悪無比ですから、もちろん飲むだけには飽き足らず、何発もキメます。それもマフィアに手土産がわりに貰ったマセラッティの車内で。ギアをLOWに入れて。カーSEX大全集。男の夢。マフィアって景気いいんだネ!
 ゴキゲンで下半身も軽くなり帰宅した鷹を、警視庁多国籍犯罪捜査班の警部とデブが襲う!こいつはワナだ!そんなザコキャラはナポレオンに混ぜたLSDで始末し、アンナに黒電話で連絡を取る。教えて貰った彼女のアジトがある油壺マリーナへ急行する鷹。

 「あんた、マークされてるぜ」
 「フフ、本部に報告したら日本上陸の予定を繰り上げると言ってきたわ」
 「なにッ?!」
 「今夜、兵隊や幹部を乗せたクルーザーがこのマリーナに・・・」


 油壺あやうし。
 突如本性を剥き出しにした鷹は、親指をアンナの片目に抉りこませ気勢を奪うと、風呂水のお湯に浸けて電気カミソリを投入。なんかダブルオー弦蔵って人がロシアからナントカで似たような殺しのテクニックを披露していた気がするが、国産の電気カミソリだから死なない。日本人の安全性に対する徹底した配慮に感心。
 片目で悶えるヴァンピレラ(ふざけた衣裳のまま)から、上陸部隊の細かいスペックを聞き出してはみたものの、機関銃やら弾薬やら満載でまともにやったら勝ち目はありそうにない。半死半生の女をほったらかしに桟橋へ走っていった鷹、呼び寄せたタンクローリーからホースを延ばし海面に重油を撒きはじめる。
 
 「おい、コラ!なにやっとるんだ、鷹!」

 上司の部長がデブデブと駆け寄ってきた。さっき報告入れたらすぐ来やがった。しめしめ。上役に暗黙の了解がとれるぞ。意外とサラリーマン根性。

 「なァーに、ちょっとしたゴキブリ退治ですよ!とうぶん悪さが出来ないようにね!」
 「なァーーーにィーーー?!」


 埠頭に侵入してくる大型クルーザー。凶悪そうな外人の目が無数に光る。
 海面の油膜を目掛けて、ふところに隠し持っていたスナイパーライフルを乱射し始める鷹。どういう加減か火が着いた。
 
 どっかぁぁーーーん!!!

 あれよあれよという間に炎上し、爆砕されて吹っ飛ぶクルーザー。背中が火だるまになった船員が空中を飛んでいく。波間に漂うタイヤ、木片。燃え続ける油の残りかすのあいだを赤い血の色がゆっくり拡がっていった。

 「・・・鷹、オマエさァ、人権とか法律とかって問題、真剣に考えたことある?」

 苦りきった部長の言葉を鼻で笑い飛ばし、

 「狙った敵は、必ず刺す。人呼んで“テキサスの鷹”!」

 「おぉ、カッコいい。でもニックネームは自分で言うなよナ!!ガッハッハッ」

 明々と照らす火事の灯りに笑い続ける部長と鷹。遠くで消防の鳴らす半鐘が聞こえてきた。

【解説】

 もういいだろ。話が長くなる。
 ほか特筆すべき点としては、第二話「悲しみを抱いて吹っ飛ばせ」で、亡き恋人の復讐に駆られるフランス女が横転した暴走パトカーに撥ねられ本当に吹っ飛んだところとか、第三話「死人には夢がない」で、鷹が『タクシードライバー』のトラヴィスの見事な物真似を披露する場面とか、第四話「男の夜は戦いの旅」でハシゴ車に乗り高層ビルに隠れ住む右翼の巨頭(もちろん日本を転覆させるクーデターを計画)のアジトを襲撃するところとか。(右翼は事件発覚後、軍服姿で切腹。)第八話「欲望へのバイパス」で、旧日本海軍の潜水艦を拳銃一発で海溝に沈めるところも素晴らしい。
 そんな血と暴力に飢えた諸君には以下の言葉を贈って締めとしよう。第六話「霊柩車をもう一台!」に登場する、原発をクリーンエネルギーと称して政府に売り込もうとしている政財界の黒幕が死亡直前に吐いた、ありがたいお言葉である。

 「女をつがいで交互に責めると、猛烈にレズり出して、極楽極楽!!!」
   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月13日 (土)

カーネーション「夜の煙突」 ('84、ナゴム)

 しつこいぐらいに言い続けないと、わたし達は忘れる。それはもう平気で忘れてしまう。
 だから、ただの紹介記事だろうが多少の意味があるのだと思う。
 すなわち、「これは名曲である」と一方的に決めつけ立ち去ること。重要なことはなにもない。通り魔がとおったようなものだ。
 世の中のブログの大半はこうした記事でできている。

 しかし、記憶のいい加減さでは国際秘宝級の自信があるわたしは、「夜の煙突」をはじめて聞いたのがいつだったか、すっかり忘却の彼方に追いやってしまっている。これでは思い出話はできそうにない。
 はてさて、あれはいつだったろう。森高千里が「煙突」をカバーしたとき、既にその存在を知っていたのは確かだ。とすると'89年より前か。みんな、今より金を持っていたよなー。

 さて、これはどういう曲だったのか。
 もっともおどろくべきは歌詞の簡素さ・ミニマルさであって、三行ぐらいしかない。ちょっと具体的に記述してみようか。
 (作詞・直江政太郎)

 ♪ボクは夜の煙突・・・

 というイントロの繰り返しがあって、

 ♪とんかち叩いて働いた あとの愉しみは
  ポッケに隠れている きみとデート


 これが、一応Aメロですわな。

 で、いったんブレイクしてからサビへいくんだけど、まずはサビと同じ進行で、しばらくキーボードのリフレインがのるの。
 このタメのつくりかたに、じつはこの曲の成功の秘訣があるような気がするよ。
 サビは、かの有名な、

 ♪はしごをのぼる途中で 振り返るとボクの家の明かりが見える
 
 という、すばらしいメロディーに追っかけコーラスの連打。完璧。
 そして、Cメロにあたるブレイク部分、
 
 ♪雲がかくれた ズックを捨てた

 ここまで。
 以上のパーツくみあわせで、この曲の構成要素はすべて。
 あとは適確な器楽演奏アレンジと、熱気のこもるボーカルと。おどろくほどの高揚感を生んでいる。
 名曲って、じつに効率いいんですよ。

 あと、これはあくまで耳で聴くための歌詞だよねー。
 以上の言葉だけ目で読んでみても、なんにもわかりませんもの。だから、じつさい聴いてみてくださいね。
 
 わたしたちはなにかを見つけ、かってに名作よばわりし、それからすぐに忘れてしまう。
 だから、こうした記事も多少は意味があるのだと思う。
 なにもかも忘れてしまう、わたし達のために。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »