「・・・あー、もう、全然やる気がせんわ!」
古本屋のおやじは伏せていた顔を持ち上げ、ぼやいた。
「この『神秘の探求』ってのはね、もともと、無料で好き勝手書けるというんで始めたブログなんだが※註1、ときおり心底面倒臭いの。放っとくと記事がどんどん長大化するし、スキャナーの調子悪いし。『鬼面帝国』の単行本、行方不明になるし。」
※註1・当ブログは某薬局の全面スポンサードにより運営されている。が、掲載されるネタは一部例外を除きすべてウンベル個人の収拾物であり、勿論ギャラは出ない。万事が“好きでやってる”としか形容できない微妙な状況である。
縁側の柱に背中を凭れて、のんびり飼い猫と遊んでいたスズキくんが声を掛ける。
おだやかな二月の晴れの日だ。
「自宅で単行本一冊行方不明、とかって、そんなこと、本当にあるんですか?」
「あるから困っとるのだ。」
おやじは胸を張る。
「自慢じゃないが、次から次へと増える収集品をきちん、きちんと管理できてるなんて思うなよ!
探すの面倒だからもう一度買おうかとズボラな悩みに捉われることなど、しょっちゅうだ!」
猫の背中を撫でながら、スズキくん、
「それは、あんたが中年の独り者で、小金持ってるから出てくる発想でしょう。
ボクだったら、探しますよ!探すしかないんですよ!こちとら、失業保険貰って職探ししてる身なんですからね!」
「ホウ、怪奇探偵は廃業かね・・・?」
「いまの世の中、怪奇だけじゃ喰えないでしょーが!!」
スズキくんは怒りと共にシビアな現実を叩きつけた。
「あんたが悠長に二週間掛けて自宅で行方不明の本の捜索をやってるあいだに、こっちは職安かよって、職安かよって、また職安かよって、ジョリーズでパスタランチ食べて、また職安かよって・・・」
「しっかり、喰うものは喰っとるじゃないか。」
おやじは呆れて呟いた。
「これが現代日本の貧乏というものか。」
「貧乏、貧乏、言うなッ・・・!!
フリスキーモンプチ、喰わすぞ!!」
カッと目を見開いたスズキくんは、数秒間静止。ふと我に返り、着席した。まだ息が荒い。
「ハァ・・・ハァ・・・フハァ・・・。
・・・あんた、他人をキレさせる天才だな・・・。」
「唯一の特技です。」
おやじは肩を聳やかした。「よく生きてるよな自分、と感心しきり。本日モ反省ノ色ナシ!」
すかさず、ドーーーンと書籍を懐中から取り出した。眉毛が限界まで吊り上がり、顔面が倍以上のサイズに膨らみ破裂寸前。
「そんな哀れな失業者に贈る、本日のお題はコチラ!!いつかやろうと企画していた、構想十年、獣姦ネタで勝負・・・!!」
「エーーーーッ?!」
おやじ、急に真顔に返り、付け加えた。
「当然、18禁じゃ。よいこは見ちゃ駄目じゃぞい。」
「なァーーーにが、“駄目じゃぞい”だ。そんな年寄り、見たことないわ!!!」
スズキくん、ひとしきり怒りをぶちまけると、ふと真顔に戻り、
「・・・しかし、なんでまた、今さら、獣姦なんですか?
確かに数年前、獣姦専門マンガのアンソロジーが一部業界でかなり話題になりましたし、男優さんの代わりに動物が出演する牧歌的AVもコンスタントにシリーズを重ねてましたけど。
最近、どうなんですかね?」
「ぐぐぐ。
さすが情報は適確だな、元・怪奇探偵。」
「元、言うな!!」
「きみの指摘どおり、ブームの牽引を担っていた一水社の例のシリーズ最新刊『獣 for Essential10』は、2010年5月28日に発売され、その後は途切れている。2004年から年1~2冊程度のペースで刊行されてきたロングランシリーズだが、此処に来てあまりにニッチ過ぎる性格の特殊ムックに、なんか出版社側でも乗り気じゃなくなったような感じだな。
ま、売れなきゃ、当然本は出せないからね。ブームはとっくに沈静化してるようだな。」
「“獣姦の灯を絶やすな!”とかいいませんよ、ボクは。」
「ちなみにバックナンバーはAmazonか楽天をハシゴすれば、全冊新刊でコンプリートできるようですよ。お早めに!」
「・・・誰に薦めてるんですか?誰に?!」
「さて、そんな一時期は過熱気味だった獣姦も、すっかりブームも終わったようだし、このブログでも安心して扱えるってワケだ。
流行りモノってなんか、恥ずかしいじゃない?」
「流行りモノでなくても充分恥ずかしいわ!!!」
おやじは頭を掻いた。
「・・・たしかに・・・」
しかし、急に表情を変えて、吠え出した。
「だがな、実際読みもしないでマンガの何がわかるってんだよ?!
手にとって、読んでみて、それで初めて語れるってもんでしょーが!
まったく知らなかった未知のジャンルでも、実は抜けて抜けてしょうがないかも知れないじゃないか?!
あるいは、思わぬ感動が隠されているとか・・・」
「エ、抜きたいんですか?」
「むむ、真面目な話、マンガ単体で抜けるのは二十代ぐらいまでって気はするんだけどね。類型的表現に陥り易いし。最初の感動は持続しないよね。
おやじ化が進むと、生産力自体に問題が生じるから、どんどん高濃度なエロじゃないと反応しなくなる傾向もあるし。困ったことに。
でも、どうせエロ漫画を読むんなら、常に抜く気で読め!!!って気はするんだよな。」
「大きなお世話ですよ!
ちっとも話が前に進まないから、強引に仕切りますよ!
現象学的に見て、獣姦マンガの本質とはなんですか・・・?」
「・・・そんなもん、現象学的に見るなよ!
でも、まァいいや。正解を教えてやろう。
ドォォォーーーーン!!!
“獣姦マンガの本質とは、オナニーマンガである”!!
これ、正解!!!」
「ええーーー?」
「・・・まんこ、しっかり描かれてますが・・・」
「なァに、気のせいだ。
それよか、ホレ、このコマ見りゃァ一目瞭然でしょーが?
コミニュケーションが成立しない相手とのセックスは、常に変種のオナニーに過ぎないんだよ!
相手が犬だろーが、猫だろうが、熊だろうが、猿だろうが、オオアリクイだろーが(※吾妻ひでお)、セミだろーが(※日野日出志)同じこと!
異種族間恋愛なんて一種キチガイの妄想に過ぎないのは、きみも同意するだろ?」
「はァ・・・」
(このために“絶対連れて来い!”と、おやじに念押しされたのか・・・)
と、スズキくんは膝の上で愛猫を撫でながら苦い顔をする。
「でも、意思が通じているような、いないような。気が変わると、プイと何処かへ行ってしまう。気まぐれ過ぎるところが猫族全般に漲る魅力だとボクは思うんですが・・・」
「そこには、つまり、明確な一線、距離が存在するよね?」
おやじは、久々に理屈っぽい一面を全開に出来て、ニコニコ顔だ。
「性交の本質は、融合と離散のプロセスである。双方の距離の消失を着地目標とし、融合しようとする運動であり、当然ながら失敗する。失敗を運命付けられているとも云える。」
おやじ、何かに取り憑かれた表情で喋り続ける。
「距離を埋めるものが、言葉だ。精神による代償物だ。融合とは決して突起物が凹面に嵌り込むことばかりではない。なにかを分かり合うこと。相互に共有、共感すること。
オナニーとセックスを分かつものがあるとしたら、それはコミニュケーションの存在ではないだろうか・・・?」
「ちょっと話に飛躍が過ぎますけど、まァ、おおむね理解は出来ます。
一見セックスに見えるものが、“お互いの身体を使ったオナニー”に過ぎないケースがあるとかいう、話を拡げて言うとそういう感じですかね・・・。
あー、もう、なんか、渡辺淳一が日本橋の料亭でしそうな話で嫌になる(笑)」
「・・・(笑)。
今回取り上げてるこの本の作者によると、“元々SMモノとか触手モノとか好きだったから、編集部から依頼が来て、獣姦モノを描くことになったのは抵抗なかった”つー話なんだけどね。
最近のエロ全般、妙にジャンルの細分化が進んだ弊害からか、本質的には同じでも別種の括りとして存在しているものが多数見受けられますな!」
「オナニーに、触手を使うか、ゾウアザラシの舌を使うかの差異に過ぎない。
・・・ってだけの話ですか。一応、納得しときます(笑)。
なんか、この件、早々結論が出ちゃったんでおしまいにしますか。あんまり続けても発展性のない話になりそうだ。
あと、何か言い残したこと、ありますか・・・?」
「この本は作者の最初の単行本だったらしく、ごく普通の熟女・幼女モノも数本、それから巻末にはそれより初期に描かれたらしき暗黒耽美系の短編も一本入ってるんだ。
この最後のヤツは、手加減なしの凶悪さでね、
大陰唇を日本刀で斬り取り人面犬のペニスの根元に捲く、
というK点越えの鬼畜描写が素晴らしかったですよ。サービス満点。最悪の趣味だね。」
「獣姦、まだしもノーマル、ですね。」
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