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2013年1月

2013年1月28日 (月)

山上たつひこ「ウラシマ」 ('76、秋田書店『鬼面帝国』収録)

 極太い線が必要だ。極太いアイディアが必要だ。整合性や洗練など二の次でいいのだ。描かれている内容のず太さは作品の価値に直結する筈だ。
 多くの者が辻褄合わせに汲々とするなか、若き山上先生は畑から掘り出したばかりの大根を呈示してみせる。まだ土がついて濡れている。果たして美術館での展示に大根はそぐわないだろうか。好みの問題、美醜の問題、革新性について・・・議論の余地はままあるとして、重要なのは、それが彼独自の畑で採れた彼自身による生産物であるということだ。
 彼はこれを売ろうと思う。

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【あらすじ】

 青森県の海岸で巨大な海亀の屍骸が発見される。
 数百トンをゆうに越える巨体に年ふりた白髯を靡かせ、甲羅は幾多の星霜を経てきたものか、深海の海水層そのもの色の如く蒼黒く艶光りしている。
 密猟者たちは小山にたかる蟻のようだ。
 駆けつけた海上保安庁の巡視船が、手をつかねて双眼鏡で観察してみるに、死因はどうも頭頂部付近出来た大きな裂傷のようで、夥しい血糊が流れ出して周囲の浜辺はドス黒い色に染まっている。タンカーや客船といった大型船舶との衝突が原因か、あきらかに人為的な手段によるものらしい。

 「・・・♪もしもし、カメよ、カメさんよ・・・」
 誰が歌うともなく童謡が口を突いて出た。
 巡視艇のデッキにしらけた沈黙が流れる。そこへインカムをつけた通信手が飛び込んできた。

 「船長!本庁から緊急無電が入っとります!“大亀ノ遺骸ヲ、大至急、確保サレタシ!最優先事項!・・・”」

 「・・・なんだそりゃあ・・・?!」
 船長は思わず呆れて叫んだ。 

 ------その頃、東京。
 水産庁舎本館に奇妙な老人が訪れていた。
 伸び放題の白髪が腰まで垂れ、握り締めた杖を振り回して警備員と揉み合っている。意外に矍鑠とした動きだ。

 「ええい!放せというに!わしは怪しい者ではない!
 警告しに来たんじゃ・・・!」


 「なに?クソじじい、適当な嘘コキやがって!おまえに、何の伝えるべきメッセージがあるというんだ?愛は地球を救うとでもいうのかよ?この、薄汚ねぇコジキ野郎が!」

 警備員には、口の達者な相手の場合、倍ぐらい喋り倒せという秘密ルールがあるのだった。

 「ぐぐぐ・・・間抜けめ!貴様のような三下になど、絶対教えてやるものか!
 長官を出せ!大臣を呼べ、大臣を!」


 「なんだと、このヤロ、小職を侮辱するとは不敬千万!世が世なら斬って捨てたいところですぞ!プンスカ、プン!
 だいたい、大臣大臣って、何大臣だよ?!水産庁なら農林省の管轄か?農林大臣・・・のうりん大臣・・・脳足りん大臣?!

 なに、コラ、貴様お上をバカにするにも程があるぞ!かくなるうえは、絶対逮捕だ、逮捕!」


 「話がちっとも前に進まないなぁ・・・」
  老人は思わず愚痴った。「わし、なんだかさっぱり、わからんよ」

 「ところで、あんた、誰?」
 傍らで床を磨いていた掃除のおばちゃんが訊いた。
 「このへんの人?」

 「・・・ん、わしか?
 わしは、浦島次郎というものじゃ!」

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※    ※    ※

 例えば、のちの山上作品『冒険ピータン』はアトランティスの子孫(実態は老舗最中屋の跡取り息子)が主人公というムチャクチャな設定の海洋冒険活劇だった気がするが(実はよく憶えていない)、ベクトルがギャグとパロディーに振れているからお笑いになるだけのことであって、物語の中核をなすのは、ある奇妙なアイディアそのものなのである。
 アイディアの扱いがギャグとなるか、シリアスか。常に違和感そのものを物語の立脚点とする山上にとって、その違いは左程大きくない。もちろん完全に同一ではないが、この世ならざるものを遡及するうえでのスタンスの違い程度に過ぎない。向いている方向は同じだ。
 「ウラシマ」はこの点を程よく浮き彫りにする。

 浦島太郎には双子の弟がいた!」
 「ともに竜宮へ行った兄弟は何年間も乙姫の奴隷だった!」
 「残虐無比の怪物・乙姫は、手下の海亀が殺された腹いせに、水死体を操り、地上侵略をたくらんでいるぞ!」


 つまるところ、この物語のプロットは以上に尽きている。
 明らかに無茶だが、わかりやすくダイナミック。構造が明瞭。その野放図なスケール感に私は素直に感心する。しかし短編に盛り込むにはネタがでか過ぎだよな。
 だが、これはとりわけ強調しておきたいのだが、でっかいことはいいことだ。少なくともせこく纏まるよりいい。この短編は物語として破綻しており、いわゆる“いい短編”と呼べるものでは微塵も無いが、明らかに痛快で面白い。
 そして、改めて申すまでもないが、
 面白いということは、マンガにおいて最も優先される重要な要素なのである。
 

 この後の物語としては、水産庁を追い出された浦島次郎を拾った少年が、介抱し自宅に連れ帰り、竜宮に関する恐ろしい真相を聞かされるも、時すでに遅し!中学校の先生は乙姫に操られ、生徒達を次々生贄に!(乙姫は人肉を好んで喰う。)
 
乙姫の手下は生ける水死体。ゾンビの一種ですな。全身腐乱してガスで膨張しているから、臭いし汚い。こいつらに追われて夜の町を逃げ惑う主人公。
 屋台のラーメン屋のおやじに助けを求めるも、おやじ、惨殺されている。
 (なぜ、そんな枝葉末節の描写に貴重な数ページが浪費されているのか理解に苦しむところだ。山上にとって、ラーメン屋のおやじは何を置いても守るべき平穏な日常の象徴なのかも知れない。・・・たぶん、違うが。)
 ひょんなことから乙姫一味はクレゾールに凄く弱いことを知った主人公は、やつらの隠れていた中学校のプールに薬瓶をドカドカ投げ込んで連中を退治する。侵略の危機は誰も知らぬうちにあっさり回避され、浦島次郎は満足して高齢により死亡。
 翌日。
 海岸に日本国民全部を白ひげの老人に変えるに充分な大きさの、巨大な玉手箱が漂着した。
 政府のヘリがぶんぶん飛び廻って、対応を協議している。 

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2013年1月25日 (金)

「ウンベル、大海の精霊と無断交信」

 先日某総合病院の医師の手により鼻腔粘膜をググッと採取され、インフルエンザA型と判定された。会社の上司同僚達からは「ウツスナ!」「クルンジャネェ!」等々の暖かい励ましのお言葉を頂戴し、晴れて自宅軟禁状態となったのである。
 お医者の見立てによれば、菌が死滅するまであと5日。発症が確認されたのが1月23日だったから、日曜日まではどこに出しても恥ずかしくない立派な保菌者。危険人物。人間核弾頭。いや、そんないいもんではない。だが世間の迷惑を考えるなら、極力外界をうろつかないに越したことはなかろう。勘違いして射殺されるかも知れない。ベンだって撃たれたんだし。
 
 ということで今日が籠城3日目。自室から一歩も出ていない。
 これはちょっと珍しい記録だ。たいてい食料品が尽きて、穴倉からすきっ腹で這い出していってしまうからだ。

 初日まったく食欲がなかったのでカラムーチョのみ食べた。お湯とカラムーチョ。40℃近い熱があっても、カラムーチョは変わらずカラムーチョの味がするので感動的だ。お試しあれ。(応用編として、MAXコーヒーのやたらしつこい甘さが挙げられる。)
 この日、実は病院の帰りにコンビニで「鮭とコーンポタージュのおにぎり」という意味不明の商品を買ってあったのだが、病んだ舌にはその斬新なコラボを受け止めるだけのパワーがなかった。鮭とポタージュは組み合わせとしてまだ理解できるが、そこになぜおにぎりが。この謎を解かないうちは死ねない気がする。
 二日目には熱が下がり出し、異様に腹が減ってきた。当然のリアクションである。とりあえずご飯を炊いた。おかずはどうしようか。選択肢はあまり無かったが、その中でもとりわけ貧乏臭いものを選んだ。かつお削り節パックに醤油数滴たらし。大根おろしが欲しいところだが、手の届く範囲にはなかった。しかし、空腹とは恐ろしいもので、こんなチープすぎる組み合わせで軽くお茶碗四杯を食す。
 そして三日目。完全に平熱に戻り、からめるだけのパスタソースで、パスタ100gを茹でて食べた。半分使って残っていたそのソースの袋には、「鮭と白ごまのり」と書いてあった。またも、鮭が。オレは潜在意識レベルでやつの存在を求めていたのだろうか。憎い。憎いけれど、憎みきれないあいつ。

 次に買出しに出るときには、鮭の切り身を忘れずに。心のメモ帳に刻んだのだった。

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2013年1月20日 (日)

ジョー・ダンテ『スモール・ソルジャーズ』 ('98、UNIVERSAL)

 心の底から感動できる、薄っぺらい映画こそが一番尊いのである。

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【あらすじ】

 軍事用のミリタリーチップを搭載したアクションフィギュアが、裏庭で戦争を始める。はげとオタクの技術者が回収に向かうが、当然、失敗。U-15のキルスティン・ダンストが緊縛され胸を揉まれるような深刻に異常な事態へと発展するが、近所の電柱をショートさせたお手軽な電磁波爆発により危機は回避されるのだった。

【解説】

 まぁ、なんというか、いつものダンテである。以上でも以下でもない。ピュア・ダンテ。
 業界と関わりのない一般の方々には、軽くて楽しめる王道アメリカン・ファミリームービーに見えるかも知れないが、随所に見え隠れする底意地の悪いユーモア(悪ふざけとも云う)、根本的にやりすぎ感の漂うストーリー、そして小学生でも理解できるあたたかみ。優しさ。
 こうしたダンテの作家性は年を経るごとに貴重さを増し、輝きを増しているように思われる。 

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2013年1月15日 (火)

『カンニバル!ザ・ミュージカル』 ('96、TROMA VIDEO)

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 前略、佐藤師匠。

 先日は新年会にご参加いただきまして、有難うございました。年々なんだかんだ理由をつけて欠席する不逞のやからが増える中、師匠は希望の星です。シューティング・スターです。おいおい、それじゃ落ちてるよ。
 
 別れ間際の上野の駅で、集団就職で東北から上京した一団が旗振る洪水に揉まれながら、私が師匠に申し上げました言葉は、

 「これから帰って、人喰いミュージカル映画のレビューを書きます!」
 
 だったのでありますが、そしてその際小生慣れぬメチルアルコールに脳細胞が激しく損傷気味に浮かれておったものと記憶しているのですが、
 残念でした。
 お楽しみの映画はいまひとつ冴えない出来でありましたので、ここに慎んでご報告させていただきます。以下よろしければ読んでやってください。

 師匠はTROMAビデオってわかりますか?悪魔の毒々モンスターは?カブキマンなんて知ってたりします?
 トロマってのは、80年代からあるインディーズ系の映画製作会社で、銭金の亡者ロイド・カウフマンっておっさんがやってる、下賎な映像業界では知らぬ者がない弱小プロなんですけど、「駄目」「くだらない」「安っぽい」「大学生の宴会芸みたいなバカげた笑い」をポリシーに、実は確固とした影響を裏に表に業界全体に与え続けている、結構難儀な存在なのでございます。
 よく考えてみてください。
 「駄目」が社風ってどういうことなんでしょ?
 一般社会の通念からいけば、ありえない筈です。われわれ全員、只でさえ厳しいんですから。それでも、そういう特殊なマイノリティーがあまつさえ生き延びて、しかもくだらないものを形容する際の代名詞として、事情通の間では「トロマっぽいノリ」などといった具合に限定枠内で通用しちゃってるのが、(ごく狭い範囲ですけど)現実だったりします。

 抽象的表現はやめて、師匠でも絶対観てる範囲での「トロマ的ノリ」の実例を挙げましょう。
 『ロボコップ』(’86)。ドーーーン。
 後半、山場のひとつで、廃墟の工場でギャングたちをロボコが掃討する場面。いささか隅っこっぽいですが、ゲーハーのチンピラおやじがドラム缶の産業廃液を引っ被ってドロドロに溶けるシーンをご記憶でしょうか。
 溶けてグログロの怪人に変身したおやじは、その後、ご丁寧に警察車に撥ねられドピャッと砕け散ってしまいます。わざわざ見せなくていい(不快になるだけ)ような、細かくて、かつ残虐でマンガ的でくだらない描写を必ず盛り込む。
 この精神、完璧な「トロマ必要主義です
 ※註・トロマ的要素は映画を面白くする上で必要条件であるとする主張。もしくはその主張を掲げる一派の略称。

 『ロボコップ』あと『トータルリコール(旧)』辺り、いずれもヴァーホーベン監督、間違ったハリウッド映画の文法を吸収し忠実に再現して見せた結果ではないか、と私は勝手に睨んでます。
 ※続註・すべての原点、トロマ悪夢の大ヒット「悪魔の毒々モンスターThe Toxic Avenger」は1984年の公開です。
 此処に滅多やたらと散見される、明らかに行き過ぎた残虐描写(『トータル~』での目玉串刺しとか)は、いずれも極めてトロマ的でして、これがまた、オランダ映画界から上京してきた成り上り者ヴァーホーベン監督自身がもともと持っていた変態的持ち味(嗜好)と、偶然ピッタリ波長が合ってしまったんじゃないかと思うのです。そして、性根の歪んだ人間の常として、娯楽映画には自分が楽しめる要素を必ず入れる。それがどんなにドン引きされようと、娯楽の基本はまず自分自身へのおもてなし第一。
 これがまた、さらに映画とは首が飛んだり手足がもげるのを鑑賞するものである、とする特殊趣味の持ち主たちのハートをガッチリ捉え、本家トロマの属するマイナー市場へプラス効果として還元される。マイナスがマイナスを呼ぶ悪夢のフィードバック奏法byニール・ヤングとして、昨今まで生き延びてきたのではないのか。
 
 でも、現在。2013年の特殊趣味の人民(圧倒的少数派)は最早それに飽食し辟易し、ネクストレベルの何かを求めてしまっている。そんな気がしたのが、'96年トロマからリリースされたトレイ・パーカーの長編デビュー作『カンニバル!ザ・ミュージカル』を観たウンベルの感想だったのであります。

(新年会続きで朦朧とした文章でごめんなさい。しつこく、つづく)

【あとがき】

 つづく・・・って、この文章、既に完結しちゃってるじゃん!
 おしまい。

 『カンニバル!~』の内容に興味のある奇特な御仁は、自分で観さらせ。

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2013年1月12日 (土)

朝倉世界一『春山町サーバンツ①』 ('11、エンターブレイン)

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 朝倉先生は現在おいくつなのか。1965年生まれ。読み解くうえでそこが重要なキーだと思う。
 今年区役所に就職したばかりの若い女の子を主人公に、町一個丸ごと描いてしまおうという『春山町サーバンツ』は、さまざまな年齢層の人達が行き来する。渋谷区春山町。(きみも既に検索してみただろうが、これは架空の地名である。)年齢とは来歴であり、生活である。
 冒頭で紹介される町の名物、樹齢800年のクスは、だから様々な時間や生活を束ね統合する、ルートディレクトリみたいな存在である。諸君はそこにぶら下がるフォルダだ。からっぽのフォルダもあるし、ファイルが多過ぎてサブフォルダを幾つも持っているものもある。町というのは、エクスプローラで充分検索可能なコンテンツである。現実はきみのデスクトップ上より遥かに複雑で未整理なものだから、理解できないように見えるのだ。
 たとえば第6話で、主人公の父が朝の料理をしながら鼻歌で岡村ちゃんの「だいすき」を歌うのは、此処に描かれる世界がわれわれの現在と繋がっている確かな証拠でもあるし、過ぎてきた時間を象徴してすらいる。あの歌は1988年のヒットだ。まだギリギリ昭和歌謡。もっと重要なのは、いささか種明かしめくが、岡村も'65年生まれなのである。
 これでこの物語の描き手がパパなのがわかった。
 その中味は以下のように展開される。

 「劇中に登場する市民の誰もがそれぞれに自分の生活をそのままに生きている。そのなかでのちょっとしたかかわりがこの劇の物語の流れであり、また細部になっている。」
 (ソーントン・ワイルダー『わが町』解説、Wikipediaより引用)
 
 相変わらず、朝倉先生はちょっと泣かせるのがお上手で、こじま輪業の絹さんを廻るエピソードでは涙腺がうるうるしてしまった。うまいなぁ。ちょっとってとこ、いいよなぁ。

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2013年1月 2日 (水)

玄太郎『鬼人菩薩』 ('86、日本文華社)

 「諸君、マンガの歴史は模倣の繰り返しである。」

 古本屋のおやじは、登壇するや口火を切った。
 きちんとプレスのあたったシャツに結んだ幅広のタイ。先日の呑んだくれとは別人のような装いだが、唇の端に乾いたげろの白い欠片が付着。残念だ。

 「優れた先駆的表現が支持を獲得すると、倍を越える模倣者が現れる。
 先人に比べれば薄められ引き伸ばされた亜流表現であったとしても、基本的に道義や質的意味は問われることはない。その中から再びヒットが生まれ、新たな表現が生まれていく。

 これは別段マンガに限定された話ではないのだが、ここではひとまず、マンガの話だ。」

 スズキくんは、鼻をほじりながら聞いている。

 「・・・つーかさ、スズキくん。」
 おやじは鋭い眼光をただひとつ埋まった聴衆者席に向ける。
 「きみ、永井豪には相当詳しいんだっけ?」

 「ひと通り、背取れるくらいには。」
 スズキくんは不審げに眉を顰める。「それがなにか?」

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 「こういうマンガを知っとるかね?記憶があると思うんだが・・・」

 「あ・・・!」

 「こういう格好の少年がおのれの能力に覚醒し、魔界の者と戦う。明かされていく少年の出生の秘密。人知を越えた力を駆使する敵は、クラスメイトを、ガールフレンドを、女教師を次々惨殺!そして、すべての鍵を握るのは昏睡状態で眠り続ける少年の母親だ!」

 「うーーーむ、そりゃあ著作権上、あまりにも微妙な問題を含みますね!」


 「ところが、どっこい。」
 おやじは左右に手を振った。
 「これが全然大丈夫なんだな。同じような材料をつかって似た料理を拵えるつもりが、スパイスひとつで大失敗。
 カレーではなく、雑煮が出来たみたいな感じなんだ。」

 「石川賢先生を筆頭とするダイナミックな面々とはまた違う、ってことですか?」

 「論より証拠。ストーリーを追ってみようか。
 主人公は、平凡な中学生だが、実は鬼の一族の血を引く少年。作品の設定では12歳まで普通だが、13歳の誕生日を迎えると鬼としての能力が発現することになっとる。」

 「・・・その数字へのこだわり、なんか根拠があるんですか?」

 「ないんだ。適当に考えただけ。
 で、物語の冒頭。主人公がめでたく13歳の誕生日を迎え、“お誕生プレゼントちょーらい”なんて呑気なことを言いながら、開業医である父の診察室へ入っていくと、ハイいきなりコレ!」

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 「ドォォーーーーーーン!」

 「困ったね(笑)。まあ、犬の生首が登場ですよ。しかもコレ、少年の愛犬なんだよね。衝撃力2倍。ハサミが描いてあるのは、楳図かずおチックだな。こういう縁起のいいものを正月からみなさんにお見せしたくて、この記事を書いてます。」
 
 「人として最悪の行為ですね。」

 「でね、診察室は格闘で乱れに乱れていて、血塗れになった父親が倒れている。慌てて駆け寄ると、父親はまだ30代ぐらい若々しい顔で描かれてるんだけど、恐ろしい形相で目を剥いて全力シャウトするわけ。
 “わしは、鬼じゃーーーッッ!!!”って。」

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 「台詞、微妙に違うじゃないですか。」

 「ここは絶対、菅原文太の広島弁だろ。“わしは鬼じゃけん・・・”」

 「そうやってあんたの記事は誇張と捏造に塗れていくわけですね。
 それにしても、父親の博士がおかしくなり、愛犬の生首をスコップでチョン切って、ホレとばかり見せつけるのは、『デビルマン』じゃありませんでしたっけ?」

 「いろいろと混ざってるんだよ。で、こっちの広島弁の方の父親だがな、いきなり鬼の歴史を語り出す。唐突に以降数ページに渡り、故事来歴の話。
 節分の由来、とかな!
 ちゃんと調べて書いてるんだろうが本筋に見事に関係ない。伏線にも何もなってない。驚くくらい、これから展開するデタラメとは無関係。まったく全身血塗れで瀕死のときに何やってんだ、という。」

 「エ・・・この人、瀕死なんですか?」

 「愛犬ポチに襲われて、内臓がはみ出すくらいの重傷です。
 
あ、このポチってのは実際ト書きに書かれてる犬の名前ね!意外とオレはツクリを入れずに、原作を尊重して記事にしてるんだ。
 オレのデタラメより、現実の方が遥かにデタラメだ。」

 「あんた得意の理屈ですね。いずれにせよ酷い話ですが。
 それにしても、なぜ愛犬ポチが突然飼い主を襲うんですか?通りすがりのデーモン族に取り憑かれたとか・・・」

 「“ポチは、わしの正体が鬼だと知って、襲ってきたのだ・・・!!
 なぜなら、わしら鬼と犬猫とは、不倶戴天の敵同士だからなのじゃ!!!”」


 「えええ・・・???」

 「いま初めて聞いたよ、その話(笑)!
 
当然だが、それを補完するような都合のいい故事伝承は存在しない。桃太郎のお供だってお猿にキジが必要だ。それに、異次元にある鬼獄界からやって来る鬼とか、実は地球先住民族であるデーモン族とかに比べ、危険なくらいスケールダウンし過ぎ!大丈夫なのか?
 まァ話もまだまだ序盤だし、軽い前振りだろくらいに思って、気を取り直しページを読み進めていくと、いきなり敵の総本山らしき場所が出てくるんだ。大暗黒死夜邪来を祭った暗黒寺みたいなもんですよ。凄く怖そうでしょ?
 それが、」

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 「おい!ある意味凄すぎ!負けたよ!!
 しかも建物、普通にお屋敷だし!!」


 「(笑)ボクもお手上げです。門についてるシーサーだが狛犬みたいな顔、可愛いですね。」

 「犬猫教団・・・って、過去フィクションに登場したいろんな悪の教団の中でも、確実にブッちぎりで最低辺クラスなんじゃないか?
 こいつらに勝てる悪の組織なんてあるだろうか?」

 「おそるべし、犬猫教団・・・」

 そこで、ふと我に返り、
 
「それにしても、この父、そんなに犬猫と仲が悪いなら何故家で飼ったりするんですか?わざと危険を楽しむタイプとか・・・」

 「いまは話せない、深い大人の事情があるんだよ。
 ともかく、父は息を引取り、死に際の餞別に鬼の角を刈り取る角きりバサミをくれる。角が生えてきたら小まめにカットしろ、ってことらしい。」 

 「世話焼きタイプですね。」

 「そうして深夜、思わぬ事情で母子家庭になってしまった主人公の寝込みを大量の野犬が襲う!
 犬猫教団の襲撃だ!

 アレ、母親はと思ったら、ネコに催眠術をかけられ眠らされていた!」

 「なんか、激安いピンチの連続。考えようによっては結構シュールですが。」

 「なに考えてやがんだ、という点では確かに(笑)。
 主人公は突如鬼の能力に覚醒し、全身光り始め、布団と一緒に宙に浮く。雷光みたいなパワーが迸り、食いついてきた犬を一気に跳ね飛ばして焼き犬に!」

 律儀にコマ割りを確認するスズキくん、
 「・・・なるほど、“ジューーーッ”って犬が焼け焦げてますね。ちょっと溶けてる。こりゃひどい。」

 「完全に動物虐待の領域だと思う。
 実は、背後で彼らを操っている仮面にマントの怪人物がいて、これが、申し遅れましたが、主人公の中学の担任・京子先生。犬猫教のかよわき下僕です!」

 「犬猫のためなら死んでもいい、貴重な人達ですね。たいへんな教義ですなァー。」

 「おまえ、既にどうでもよくなってきているだろ?
 ともかく鬼として覚醒した主人公は、全身から高熱を発して犬をフライにし、着ていたパジャマも溶かして全裸に。謎の仮面の怪人物をキッと見据えてダッシュ。いつの間にか、頭には巨大な一本の角が生えてる。
 フリチンの中学生が全力で突っ込んでくるのを、しかし慌てず騒がず京子先生、
 “待て、小僧、これを見ろ!”とばかり、人質にとった母親の首筋に登山ナイフを突きつける。
 気絶してる人を態々ここまで引っ張ってきたらしい。」

 「ご苦労なことで。
 さて、犯人に人質をとられたらどうするか?ダーティーハリーも一瞬悩んだ(のち、即座に犯人を撃った)命題ですが、徒手徒拳の中学生はどうするんですか?」

 「つめを伸ばして、投げつける。」

 「はァ・・・?」

 「いや、だから、なんか気合い入れて手に血管浮くと、左右の指のつめがグイッって伸びるの。そのつめをエイヤッって振りかざして投げつけるんだよ。
 そうすっと、ピューーーッっと飛んで、京子先生の仮面にビシバシ突き刺さる。手裏剣みたいなもんだな。」

 「随分都合のいい人体構造ですね。勝手につめが剥げる。これは痛い。」

 「ま、鬼だから人間じゃないんだけどね。だからって、なんでもアリってのもどうかとは思うよ。節度というのが大事です。
 で、仮面を割られた先生は慌てて逃げ出して危機は回避されるんだけど、最大の問題点は、以上のアクションがすべて主人公の勉強部屋の中で行なわれること。
 どんだけ広い勉強部屋なんだよ(笑)!」

 「(笑)まァ、この作品に限った話じゃないですけど。襲ってくる野犬5匹に、先生と、人質の母親。確かにこの部屋、すし詰め状態。」

 「以上解説長くなったけど、要は敵のスケールの小ささとバトルのこじんまり感がイーブンになって、話が膨らむよりは収縮に向かうの。石川賢のオハコ、風呂敷広げ過ぎてなんでも神と悪魔の最終戦争に持ち込んじゃう全力投球の姿勢がやたら偉く見えるもの。
 このあとも小競り合いが延々続くんですが、襲ってくる犬猫の刺客といえば、」

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 「あぁ、こいつも、デビルマン出演組ですね!お懐かしい!」

 「トレンチコート着た犬だよね。名作短編“ススムちゃん大ショック!”をリメイクしたようなパートに登場するやつ。
 あと、」
 
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 「おぉ、犬猫ケンタウロスですね!
 これはなんか、斬新な気がします。唯一のオリジナルモンスターじゃないすか。」

 「こいつら、上半身・下半身で分離するんだけどさ。上が猫姫、下が犬丸っつーんだよね。」

 「犬飼なら、ドカベンですけどね。もう少しネーミング、頑張って欲しかったかな。」

 「こういう、ちょっと塩分多めの連中ばっかりなんだよ。実は手前に見切れてる黒衣の人物が、犬猫教団の大司教みたいな奴。つまりは幹部級のボスキャラなんだけど、彼の手に持ってる杖のデザインにも注目してやってくれ。」

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 「(笑)」

 「いわゆる、ゆるキャラだな。完全に。
 でも、そうそう呑気な展開ばかりではないんだ。こんなニャンマゲみたいな連中でも一応本気で殺しに来てるんだから。
 殴り合ったり、角で突いたりしているうちに、ヒロインとして登場した筈の主人公のカノジョ、」

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 「・・・見事惨殺されてマス!余韻もへったくれもない、まさに冷酷殺人!」

 「でも、またしても短剣の柄のデザインがかわいい。これは確実に狙ってきてますね!」

 「・・・なにを?(笑)
 
もういい加減、飽きてきたんで纏めに入るけど、ストーリー的にはこんな感じでぐだぐだと犬猫との果てしなき戦いが繰り広げられて、ま、例えばあの、催眠術にかけられたチンピラが襲って来て返り討ちにされる(良心の呵責なく瞬殺)とか、駅前通りを大型のブルドックに追われて駆け抜ける(ブルはトラックに撥ねられ死亡)だとか、盛り上がり及び発展性に著しく欠ける展開が繰り返され、あぁもうジャンプ連載だったら確実に打ち切り!って思う頃をとうに過ぎて、ようやく、母親が誘拐される。」

 「・・・?なんか意味あるんですか?」

 「誘拐したのは、鬼畜山五神寺に住む、鬼の血を引く鬼和尚!!
 突然出てきたこいつが、実は主人公の祖父にあたる人物なんだ。敵の狙いが本当は主人公ではなく、その母親にあることに気づいて保護する目的で拉致しちゃう。ちなみに、冒頭で犬に食われたおやじが実の息子なのね。こっちは見殺し。
 和尚の残した手掛かり(鬼畜山へ来い、という簡単すぎるメモ)を元に、路線バスに乗って霊山へ辿り着いた主人公が知らされる、驚愕の真相!!
 それまで誰も気づいていなかったんだが、
 母親は、実は、弥勒菩薩の化身だったんだよ!!!」

 「うわ~~~、引くわ~~~」

 
「彼女は犬猫に支配される世を救うために、急遽予定を早めて降臨しようとしているのだが、まだ完全に目覚めきっていないのだ。
 母を救え!!
 愛を持って、生きろ!!」


 「うぷぷ・・・・・・満腹・・・」

 
「・・・だろ?!」

 
古本屋のおやじは、講義を締め括ろうと立ち上がった。
 「このアバウトさ、ダメさ加減は、まさにひばり書房以外から発行されたひばり本と言ってもいいんじゃなかろうか。
 とっても自由で野放し。よけいな編集者不在。」

 「セオリー無視。どっかで見たようなキャラ総進撃。」
 
スズキくんが引取って続けた。

 「そうそう。
 下手くそさが醸し出すアナーキー過ぎる展開。
 異様なスケールの小ささ。
 考えてないようで、やっぱり考えてなかったオチ。」

 
 おやじは興奮してバシバシ、テーブルを叩いた。毛穴が完全に開いている。
 
 「・・・完璧だ!完璧すぎる・・・!!
 すべての条件が揃って黄金率を描く!!
 凄いぜ、このマンガ!!

 さァ、読めるもんなら、読んでみやがれ・・・!!!」

 スズキくんは極めて冷静に答えた。

 「・・・絶対、イヤです。」

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2013年1月 1日 (火)

新春放談「スズキくん・都立家政は三鷹」

(スタジオ内に穏やかな新春の光が射している。壁が破れているということだ。隙間を縫って流れ込む商店街の有線放送は、祝詞的なサウンドを延々流している。)

 「うーーーーーーん・・・アレ、もう朝か。」

 スタジオの床に倒れていたスズキくんが起き上がって云った。
 誰の気遣いか、一応毛布が掛けられている。

 「結局おやじは帰って来なかったな。どーれ、もちでも喰おうか。」

 その瞬間背後から現れた古本屋のおやじが、振りかざしたピコピコハンマーで襲い掛かった。連打。連打。連打の嵐である。

 「喰うんか!!まだ喰うんか!!
 どんだけ喰うたら満足するねん・・・!!
 日本を全部食い尽くすまでか??コノ、喰うかい上人!!」


 攻撃から身を庇いながら、スズキくん、平然と、

 「あぁ、お帰りなさい。ネタの仕入れはいかがでした?
 そういえば築地市場の移転問題、一年先送りになってたみたいですね。」

 「・・・それどころではないぞ。」
 登場早々テンション全開で、さすがに疲れたおやじは、肩で息をしている。
 「江ノ電は崖崩れで、鎌倉から不通だ。」

 「われわれ、江ノ電を愛する者には心配な情報です。」

 「・・・本気だろうな?流山電鉄ではないぞ。
 
しかし、崖もよくこのタイミングで崩れる気になったものだ。犠牲がなくて幸いだが、保線夫さん達の休み返上を狙ってるとしか思えん。」

 「保線夫は見た。」

 「(無視して)激動の2012年を見事総括し終えたと思ったら、あッという間に2013年がやって来てしまい、正直、私も動揺を隠せないのだが。
 ちなみに、実家に新春の挨拶で電話したところ、うちの母親は今年が2014年だとばかり思い込んでいたな。」

 「親子揃っていい加減な家系なんですね。」

 「まったくだ。呆れて物も言えん。
 こちとら、終夜運転の山手線をホテル代わりにしていたもので、まだ眠いんだよ。都会は一晩中電気が点いてて便利だなー。」

 「なにか浮かれたこと、したかったんですね。虚しいなァー。」

 「田舎者の典型だよね(笑)。型どおりの正月を一回ハズしてしまうと、どう行動したらいいのか、解らなくなるんだ。
 “儀式は重要だ”と、稗田礼ニ郎も述べとる。」

 「あ。いま思いついたんですが、礼次郎ではなく礼ニ郎なんですよねー。いずれにせよ、次男。
 こりゃシャーロック・ホームズの実家みたく他に長男がいて、政府秘密機関の実力者として君臨しているって裏設定ですよね?」

 「兄の方が実は頭がいいのなー。勉強もスポーツもより出来る。」

 「で、頭が上がらないんで悔しくて、クスリに逃げたりして。」

 「そういう動機か、あのモルヒネ。」
 おやじは合点の相槌を打つ。

 「そうそう。ヤク中なんてそんなもんです。プロテインで強化したって一生悦ちゃんには頭が上がらないんですよ・・・ところで、正月早々ダベってばかりでもしょうがない。
 なにかネタ、ないんですか?」

 おやじは溜息をついた。
 「ある。」

 「ありますか?」

 「ある。
 迎春のお慶びムードを一気に払拭してくれる、飛び切り景気の悪いやつがある。」


 「嬉しくないなァ・・・」
 スズキくんは揉み手する。「ネタは新鮮なんでしょうか?」

 「もちろん、古本の深海に朽ちて横たわっておるわさ!
 超古代の遺物さ!意味なしオーパーツさ!
 敢えてサルベージする価値などまったくない、本物のガーベイジ野郎さ!」

 
 「ヒャッホォォ---ッ!!
 畜生、こいつを待っていたんだ!!」


(つづく)

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