山上たつひこ「ウラシマ」 ('76、秋田書店『鬼面帝国』収録)
極太い線が必要だ。極太いアイディアが必要だ。整合性や洗練など二の次でいいのだ。描かれている内容のず太さは作品の価値に直結する筈だ。
多くの者が辻褄合わせに汲々とするなか、若き山上先生は畑から掘り出したばかりの大根を呈示してみせる。まだ土がついて濡れている。果たして美術館での展示に大根はそぐわないだろうか。好みの問題、美醜の問題、革新性について・・・議論の余地はままあるとして、重要なのは、それが彼独自の畑で採れた彼自身による生産物であるということだ。
彼はこれを売ろうと思う。
【あらすじ】
青森県の海岸で巨大な海亀の屍骸が発見される。
数百トンをゆうに越える巨体に年ふりた白髯を靡かせ、甲羅は幾多の星霜を経てきたものか、深海の海水層そのもの色の如く蒼黒く艶光りしている。
密猟者たちは小山にたかる蟻のようだ。
駆けつけた海上保安庁の巡視船が、手をつかねて双眼鏡で観察してみるに、死因はどうも頭頂部付近出来た大きな裂傷のようで、夥しい血糊が流れ出して周囲の浜辺はドス黒い色に染まっている。タンカーや客船といった大型船舶との衝突が原因か、あきらかに人為的な手段によるものらしい。
「・・・♪もしもし、カメよ、カメさんよ・・・」
誰が歌うともなく童謡が口を突いて出た。
巡視艇のデッキにしらけた沈黙が流れる。そこへインカムをつけた通信手が飛び込んできた。
「船長!本庁から緊急無電が入っとります!“大亀ノ遺骸ヲ、大至急、確保サレタシ!最優先事項!・・・”」
「・・・なんだそりゃあ・・・?!」
船長は思わず呆れて叫んだ。
------その頃、東京。
水産庁舎本館に奇妙な老人が訪れていた。
伸び放題の白髪が腰まで垂れ、握り締めた杖を振り回して警備員と揉み合っている。意外に矍鑠とした動きだ。
「ええい!放せというに!わしは怪しい者ではない!
警告しに来たんじゃ・・・!」
「なに?クソじじい、適当な嘘コキやがって!おまえに、何の伝えるべきメッセージがあるというんだ?愛は地球を救うとでもいうのかよ?この、薄汚ねぇコジキ野郎が!」
警備員には、口の達者な相手の場合、倍ぐらい喋り倒せという秘密ルールがあるのだった。
「ぐぐぐ・・・間抜けめ!貴様のような三下になど、絶対教えてやるものか!
長官を出せ!大臣を呼べ、大臣を!」
「なんだと、このヤロ、小職を侮辱するとは不敬千万!世が世なら斬って捨てたいところですぞ!プンスカ、プン!
だいたい、大臣大臣って、何大臣だよ?!水産庁なら農林省の管轄か?農林大臣・・・のうりん大臣・・・脳足りん大臣?!
なに、コラ、貴様お上をバカにするにも程があるぞ!かくなるうえは、絶対逮捕だ、逮捕!」
「話がちっとも前に進まないなぁ・・・」
老人は思わず愚痴った。「わし、なんだかさっぱり、わからんよ」
「ところで、あんた、誰?」
傍らで床を磨いていた掃除のおばちゃんが訊いた。
「このへんの人?」
「・・・ん、わしか?
わしは、浦島次郎というものじゃ!」
※ ※ ※
例えば、のちの山上作品『冒険ピータン』はアトランティスの子孫(実態は老舗最中屋の跡取り息子)が主人公というムチャクチャな設定の海洋冒険活劇だった気がするが(実はよく憶えていない)、ベクトルがギャグとパロディーに振れているからお笑いになるだけのことであって、物語の中核をなすのは、ある奇妙なアイディアそのものなのである。
アイディアの扱いがギャグとなるか、シリアスか。常に違和感そのものを物語の立脚点とする山上にとって、その違いは左程大きくない。もちろん完全に同一ではないが、この世ならざるものを遡及するうえでのスタンスの違い程度に過ぎない。向いている方向は同じだ。
「ウラシマ」はこの点を程よく浮き彫りにする。
「浦島太郎には双子の弟がいた!」
「ともに竜宮へ行った兄弟は何年間も乙姫の奴隷だった!」
「残虐無比の怪物・乙姫は、手下の海亀が殺された腹いせに、水死体を操り、地上侵略をたくらんでいるぞ!」
つまるところ、この物語のプロットは以上に尽きている。
明らかに無茶だが、わかりやすくダイナミック。構造が明瞭。その野放図なスケール感に私は素直に感心する。しかし短編に盛り込むにはネタがでか過ぎだよな。
だが、これはとりわけ強調しておきたいのだが、でっかいことはいいことだ。少なくともせこく纏まるよりいい。この短編は物語として破綻しており、いわゆる“いい短編”と呼べるものでは微塵も無いが、明らかに痛快で面白い。
そして、改めて申すまでもないが、
面白いということは、マンガにおいて最も優先される重要な要素なのである。
この後の物語としては、水産庁を追い出された浦島次郎を拾った少年が、介抱し自宅に連れ帰り、竜宮に関する恐ろしい真相を聞かされるも、時すでに遅し!中学校の先生は乙姫に操られ、生徒達を次々生贄に!(乙姫は人肉を好んで喰う。)
乙姫の手下は生ける水死体。ゾンビの一種ですな。全身腐乱してガスで膨張しているから、臭いし汚い。こいつらに追われて夜の町を逃げ惑う主人公。
屋台のラーメン屋のおやじに助けを求めるも、おやじ、惨殺されている。
(なぜ、そんな枝葉末節の描写に貴重な数ページが浪費されているのか理解に苦しむところだ。山上にとって、ラーメン屋のおやじは何を置いても守るべき平穏な日常の象徴なのかも知れない。・・・たぶん、違うが。)
ひょんなことから乙姫一味はクレゾールに凄く弱いことを知った主人公は、やつらの隠れていた中学校のプールに薬瓶をドカドカ投げ込んで連中を退治する。侵略の危機は誰も知らぬうちにあっさり回避され、浦島次郎は満足して高齢により死亡。
翌日。
海岸に日本国民全部を白ひげの老人に変えるに充分な大きさの、巨大な玉手箱が漂着した。
政府のヘリがぶんぶん飛び廻って、対応を協議している。
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