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2013年1月 2日 (水)

玄太郎『鬼人菩薩』 ('86、日本文華社)

 「諸君、マンガの歴史は模倣の繰り返しである。」

 古本屋のおやじは、登壇するや口火を切った。
 きちんとプレスのあたったシャツに結んだ幅広のタイ。先日の呑んだくれとは別人のような装いだが、唇の端に乾いたげろの白い欠片が付着。残念だ。

 「優れた先駆的表現が支持を獲得すると、倍を越える模倣者が現れる。
 先人に比べれば薄められ引き伸ばされた亜流表現であったとしても、基本的に道義や質的意味は問われることはない。その中から再びヒットが生まれ、新たな表現が生まれていく。

 これは別段マンガに限定された話ではないのだが、ここではひとまず、マンガの話だ。」

 スズキくんは、鼻をほじりながら聞いている。

 「・・・つーかさ、スズキくん。」
 おやじは鋭い眼光をただひとつ埋まった聴衆者席に向ける。
 「きみ、永井豪には相当詳しいんだっけ?」

 「ひと通り、背取れるくらいには。」
 スズキくんは不審げに眉を顰める。「それがなにか?」

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 「こういうマンガを知っとるかね?記憶があると思うんだが・・・」

 「あ・・・!」

 「こういう格好の少年がおのれの能力に覚醒し、魔界の者と戦う。明かされていく少年の出生の秘密。人知を越えた力を駆使する敵は、クラスメイトを、ガールフレンドを、女教師を次々惨殺!そして、すべての鍵を握るのは昏睡状態で眠り続ける少年の母親だ!」

 「うーーーむ、そりゃあ著作権上、あまりにも微妙な問題を含みますね!」


 「ところが、どっこい。」
 おやじは左右に手を振った。
 「これが全然大丈夫なんだな。同じような材料をつかって似た料理を拵えるつもりが、スパイスひとつで大失敗。
 カレーではなく、雑煮が出来たみたいな感じなんだ。」

 「石川賢先生を筆頭とするダイナミックな面々とはまた違う、ってことですか?」

 「論より証拠。ストーリーを追ってみようか。
 主人公は、平凡な中学生だが、実は鬼の一族の血を引く少年。作品の設定では12歳まで普通だが、13歳の誕生日を迎えると鬼としての能力が発現することになっとる。」

 「・・・その数字へのこだわり、なんか根拠があるんですか?」

 「ないんだ。適当に考えただけ。
 で、物語の冒頭。主人公がめでたく13歳の誕生日を迎え、“お誕生プレゼントちょーらい”なんて呑気なことを言いながら、開業医である父の診察室へ入っていくと、ハイいきなりコレ!」

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 「ドォォーーーーーーン!」

 「困ったね(笑)。まあ、犬の生首が登場ですよ。しかもコレ、少年の愛犬なんだよね。衝撃力2倍。ハサミが描いてあるのは、楳図かずおチックだな。こういう縁起のいいものを正月からみなさんにお見せしたくて、この記事を書いてます。」
 
 「人として最悪の行為ですね。」

 「でね、診察室は格闘で乱れに乱れていて、血塗れになった父親が倒れている。慌てて駆け寄ると、父親はまだ30代ぐらい若々しい顔で描かれてるんだけど、恐ろしい形相で目を剥いて全力シャウトするわけ。
 “わしは、鬼じゃーーーッッ!!!”って。」

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 「台詞、微妙に違うじゃないですか。」

 「ここは絶対、菅原文太の広島弁だろ。“わしは鬼じゃけん・・・”」

 「そうやってあんたの記事は誇張と捏造に塗れていくわけですね。
 それにしても、父親の博士がおかしくなり、愛犬の生首をスコップでチョン切って、ホレとばかり見せつけるのは、『デビルマン』じゃありませんでしたっけ?」

 「いろいろと混ざってるんだよ。で、こっちの広島弁の方の父親だがな、いきなり鬼の歴史を語り出す。唐突に以降数ページに渡り、故事来歴の話。
 節分の由来、とかな!
 ちゃんと調べて書いてるんだろうが本筋に見事に関係ない。伏線にも何もなってない。驚くくらい、これから展開するデタラメとは無関係。まったく全身血塗れで瀕死のときに何やってんだ、という。」

 「エ・・・この人、瀕死なんですか?」

 「愛犬ポチに襲われて、内臓がはみ出すくらいの重傷です。
 
あ、このポチってのは実際ト書きに書かれてる犬の名前ね!意外とオレはツクリを入れずに、原作を尊重して記事にしてるんだ。
 オレのデタラメより、現実の方が遥かにデタラメだ。」

 「あんた得意の理屈ですね。いずれにせよ酷い話ですが。
 それにしても、なぜ愛犬ポチが突然飼い主を襲うんですか?通りすがりのデーモン族に取り憑かれたとか・・・」

 「“ポチは、わしの正体が鬼だと知って、襲ってきたのだ・・・!!
 なぜなら、わしら鬼と犬猫とは、不倶戴天の敵同士だからなのじゃ!!!”」


 「えええ・・・???」

 「いま初めて聞いたよ、その話(笑)!
 
当然だが、それを補完するような都合のいい故事伝承は存在しない。桃太郎のお供だってお猿にキジが必要だ。それに、異次元にある鬼獄界からやって来る鬼とか、実は地球先住民族であるデーモン族とかに比べ、危険なくらいスケールダウンし過ぎ!大丈夫なのか?
 まァ話もまだまだ序盤だし、軽い前振りだろくらいに思って、気を取り直しページを読み進めていくと、いきなり敵の総本山らしき場所が出てくるんだ。大暗黒死夜邪来を祭った暗黒寺みたいなもんですよ。凄く怖そうでしょ?
 それが、」

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 「おい!ある意味凄すぎ!負けたよ!!
 しかも建物、普通にお屋敷だし!!」


 「(笑)ボクもお手上げです。門についてるシーサーだが狛犬みたいな顔、可愛いですね。」

 「犬猫教団・・・って、過去フィクションに登場したいろんな悪の教団の中でも、確実にブッちぎりで最低辺クラスなんじゃないか?
 こいつらに勝てる悪の組織なんてあるだろうか?」

 「おそるべし、犬猫教団・・・」

 そこで、ふと我に返り、
 
「それにしても、この父、そんなに犬猫と仲が悪いなら何故家で飼ったりするんですか?わざと危険を楽しむタイプとか・・・」

 「いまは話せない、深い大人の事情があるんだよ。
 ともかく、父は息を引取り、死に際の餞別に鬼の角を刈り取る角きりバサミをくれる。角が生えてきたら小まめにカットしろ、ってことらしい。」 

 「世話焼きタイプですね。」

 「そうして深夜、思わぬ事情で母子家庭になってしまった主人公の寝込みを大量の野犬が襲う!
 犬猫教団の襲撃だ!

 アレ、母親はと思ったら、ネコに催眠術をかけられ眠らされていた!」

 「なんか、激安いピンチの連続。考えようによっては結構シュールですが。」

 「なに考えてやがんだ、という点では確かに(笑)。
 主人公は突如鬼の能力に覚醒し、全身光り始め、布団と一緒に宙に浮く。雷光みたいなパワーが迸り、食いついてきた犬を一気に跳ね飛ばして焼き犬に!」

 律儀にコマ割りを確認するスズキくん、
 「・・・なるほど、“ジューーーッ”って犬が焼け焦げてますね。ちょっと溶けてる。こりゃひどい。」

 「完全に動物虐待の領域だと思う。
 実は、背後で彼らを操っている仮面にマントの怪人物がいて、これが、申し遅れましたが、主人公の中学の担任・京子先生。犬猫教のかよわき下僕です!」

 「犬猫のためなら死んでもいい、貴重な人達ですね。たいへんな教義ですなァー。」

 「おまえ、既にどうでもよくなってきているだろ?
 ともかく鬼として覚醒した主人公は、全身から高熱を発して犬をフライにし、着ていたパジャマも溶かして全裸に。謎の仮面の怪人物をキッと見据えてダッシュ。いつの間にか、頭には巨大な一本の角が生えてる。
 フリチンの中学生が全力で突っ込んでくるのを、しかし慌てず騒がず京子先生、
 “待て、小僧、これを見ろ!”とばかり、人質にとった母親の首筋に登山ナイフを突きつける。
 気絶してる人を態々ここまで引っ張ってきたらしい。」

 「ご苦労なことで。
 さて、犯人に人質をとられたらどうするか?ダーティーハリーも一瞬悩んだ(のち、即座に犯人を撃った)命題ですが、徒手徒拳の中学生はどうするんですか?」

 「つめを伸ばして、投げつける。」

 「はァ・・・?」

 「いや、だから、なんか気合い入れて手に血管浮くと、左右の指のつめがグイッって伸びるの。そのつめをエイヤッって振りかざして投げつけるんだよ。
 そうすっと、ピューーーッっと飛んで、京子先生の仮面にビシバシ突き刺さる。手裏剣みたいなもんだな。」

 「随分都合のいい人体構造ですね。勝手につめが剥げる。これは痛い。」

 「ま、鬼だから人間じゃないんだけどね。だからって、なんでもアリってのもどうかとは思うよ。節度というのが大事です。
 で、仮面を割られた先生は慌てて逃げ出して危機は回避されるんだけど、最大の問題点は、以上のアクションがすべて主人公の勉強部屋の中で行なわれること。
 どんだけ広い勉強部屋なんだよ(笑)!」

 「(笑)まァ、この作品に限った話じゃないですけど。襲ってくる野犬5匹に、先生と、人質の母親。確かにこの部屋、すし詰め状態。」

 「以上解説長くなったけど、要は敵のスケールの小ささとバトルのこじんまり感がイーブンになって、話が膨らむよりは収縮に向かうの。石川賢のオハコ、風呂敷広げ過ぎてなんでも神と悪魔の最終戦争に持ち込んじゃう全力投球の姿勢がやたら偉く見えるもの。
 このあとも小競り合いが延々続くんですが、襲ってくる犬猫の刺客といえば、」

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 「あぁ、こいつも、デビルマン出演組ですね!お懐かしい!」

 「トレンチコート着た犬だよね。名作短編“ススムちゃん大ショック!”をリメイクしたようなパートに登場するやつ。
 あと、」
 
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 「おぉ、犬猫ケンタウロスですね!
 これはなんか、斬新な気がします。唯一のオリジナルモンスターじゃないすか。」

 「こいつら、上半身・下半身で分離するんだけどさ。上が猫姫、下が犬丸っつーんだよね。」

 「犬飼なら、ドカベンですけどね。もう少しネーミング、頑張って欲しかったかな。」

 「こういう、ちょっと塩分多めの連中ばっかりなんだよ。実は手前に見切れてる黒衣の人物が、犬猫教団の大司教みたいな奴。つまりは幹部級のボスキャラなんだけど、彼の手に持ってる杖のデザインにも注目してやってくれ。」

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 「(笑)」

 「いわゆる、ゆるキャラだな。完全に。
 でも、そうそう呑気な展開ばかりではないんだ。こんなニャンマゲみたいな連中でも一応本気で殺しに来てるんだから。
 殴り合ったり、角で突いたりしているうちに、ヒロインとして登場した筈の主人公のカノジョ、」

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 「・・・見事惨殺されてマス!余韻もへったくれもない、まさに冷酷殺人!」

 「でも、またしても短剣の柄のデザインがかわいい。これは確実に狙ってきてますね!」

 「・・・なにを?(笑)
 
もういい加減、飽きてきたんで纏めに入るけど、ストーリー的にはこんな感じでぐだぐだと犬猫との果てしなき戦いが繰り広げられて、ま、例えばあの、催眠術にかけられたチンピラが襲って来て返り討ちにされる(良心の呵責なく瞬殺)とか、駅前通りを大型のブルドックに追われて駆け抜ける(ブルはトラックに撥ねられ死亡)だとか、盛り上がり及び発展性に著しく欠ける展開が繰り返され、あぁもうジャンプ連載だったら確実に打ち切り!って思う頃をとうに過ぎて、ようやく、母親が誘拐される。」

 「・・・?なんか意味あるんですか?」

 「誘拐したのは、鬼畜山五神寺に住む、鬼の血を引く鬼和尚!!
 突然出てきたこいつが、実は主人公の祖父にあたる人物なんだ。敵の狙いが本当は主人公ではなく、その母親にあることに気づいて保護する目的で拉致しちゃう。ちなみに、冒頭で犬に食われたおやじが実の息子なのね。こっちは見殺し。
 和尚の残した手掛かり(鬼畜山へ来い、という簡単すぎるメモ)を元に、路線バスに乗って霊山へ辿り着いた主人公が知らされる、驚愕の真相!!
 それまで誰も気づいていなかったんだが、
 母親は、実は、弥勒菩薩の化身だったんだよ!!!」

 「うわ~~~、引くわ~~~」

 
「彼女は犬猫に支配される世を救うために、急遽予定を早めて降臨しようとしているのだが、まだ完全に目覚めきっていないのだ。
 母を救え!!
 愛を持って、生きろ!!」


 「うぷぷ・・・・・・満腹・・・」

 
「・・・だろ?!」

 
古本屋のおやじは、講義を締め括ろうと立ち上がった。
 「このアバウトさ、ダメさ加減は、まさにひばり書房以外から発行されたひばり本と言ってもいいんじゃなかろうか。
 とっても自由で野放し。よけいな編集者不在。」

 「セオリー無視。どっかで見たようなキャラ総進撃。」
 
スズキくんが引取って続けた。

 「そうそう。
 下手くそさが醸し出すアナーキー過ぎる展開。
 異様なスケールの小ささ。
 考えてないようで、やっぱり考えてなかったオチ。」

 
 おやじは興奮してバシバシ、テーブルを叩いた。毛穴が完全に開いている。
 
 「・・・完璧だ!完璧すぎる・・・!!
 すべての条件が揃って黄金率を描く!!
 凄いぜ、このマンガ!!

 さァ、読めるもんなら、読んでみやがれ・・・!!!」

 スズキくんは極めて冷静に答えた。

 「・・・絶対、イヤです。」

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