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2012年12月16日 (日)

京極夏彦『魍魎の匣』 ('95、講談社ノベルズ)

 「ボク、会社を辞めます!
 あんたらのクソ采配には、もうウンザリだ!
 これからは自由の旗のもとに生きてやるんだ!」


 息急き切って断言したスズキくんの顔を見上げ、古本屋のおやじは溜息をついた。

 「ふぅーん。そりゃ、いいね。」
 読みかけのチェスタトン『四人の申し分なき重罪人』の頁を置いて、タバコに火を点ける。色褪せた背を見せて書架に並ぶ数々の名作たち・・・例えば、真木のり子『扉をあけると魔女がいる』やなんかを背景にして紫煙がゆっくり漂い始める。

 「真木といえば、断然よう子ではなくのり子だろ。
 そりゃ当然、きみが飽くなき探求の道を歩もうとするのを決して咎め立てする気はないんだ。人生、楽ありゃクロード・チアリですよ。
 っていうか、そもそも名刺に刷ってあるのは職業・怪奇探偵だろ!エッ、会社員だったの実は?!ショックゥーー!」

 「なにを空々しい。
 あんたの部下でしょーーーが。」

 
 「そうなのか。ちっとも気づかなんだ、知らなんだ。」
 おやじは明らかに不精で伸ばし過ぎの頭を掻いた。

 「むー。きみは職場で川島のりかずの話が出来る貴重な人材だったんだがね。」
 (背後で罵声が飛んだ。「それだけかい!」)
 「しかし、考えてみたまえ。広い世の中で、偶然のりかずを知る人間が出会う確率は何パーセントあるんだろうか。40?30?・・・10%以下か?
 それを、きみが初対面から事もなげに、ひばり・のりかず・日野日出志、と次々当たり前に口にするもんで、これは現在世間では相当に流行っているのかと。」

 「そんなワケない。」

 「遂に日本の常識となったのかと。
 マンガの実写映画化ブーム、『DEATH NOTE』の次は『地獄変』かと。『妖怪人間ベム』の次は『けもの喰いの少女』かと。」

 「ないない、絶対ない。」
 
 「でも考えてみれば、きみが入社して直後にこのブログが開始されている訳だから、ひょっとして浅からぬ因縁がありますよ。最大の功労者のひとりですよ!」

 「あんたが勝手にボクが主演の連載始めたんでしょーーーが!
 お陰でボクのセーターの着ずっぱり疑惑とか、パチンコの戦績公表とか、完全に個人情報だだ漏れ状態ですよ!しかも、最近はメタボ、メタボって・・・」

 「現在のスズキくんは、衣裳を含め、かの猿飛肉丸に酷似しております!」

 「なにが“衣裳を含め”だ・・・!!」

 「まぁ、まぁ。
 ・・・という訳で、長年借りていた京極夏彦、返すわ。悪かったよ、全然読んでなくて。きみが辞めると聞いて、記念に慌てて読んだのだ。」

 「あ、どーーーも。」
 思わず低姿勢で受け取るスズキくん。趣味のジャンルに限っては、まだまだ好青年のイメージでいけるようだ。
 「でも面白かったでしょ?間違いないでしょ?」

 「この本、発売当時から話題になっててさー。“新本格”って推理小説の薄いブームが当時ございまして、細い波に乗ることなら誰にも負けないDって男が、ノリノリで薦めてくれてたんだわー。
 だがオレは、あいつの薦めるものは読まない。聴かない。だいたいペリー・ローダンを全巻読んでる男だぜ。『竹馬男の犯罪』とか、吉村達也『惨劇の村』5部作とか、本当に酷かった。だから、奴の大推薦作だった『魍魎』も今回初めて読ませて貰ったのだ。」

 「ボクはもともと荒俣の『帝都物語』とか、あの辺から活字の道に入ったもんで。京極のコレなんかは初読で随分と感激したもんです。伏線が見事にバシバシ嵌まっていくでしょ?最後までテンション落ちないで突っ走ってくれますし。」

 「造りが丁寧だよね。ネタの出し惜しみもない。出来ることは全部やるって感じ。万人向けの優れたエンターテイメントになってると思う。間口狭い世界を逆手にとって、ジャンル読者以外にも吸引力のある物語をやっている。とても賢い。
 しかし、個人的な好みを言わせて貰えば、
 なげーーーーーーんだよ、コレ!!」

 「(笑)」

 「こんなに長い必要ある?っていう。しかも、そこには明確な計算が働いていて、この本はおそらく版型や書影からまずイメージされてるんじゃないかと思う。
 やはり、量だろ。圧倒するなら。他の誰もやれない分量でまず勝負をかけてやろうと。面白い話なら、誰も多めに喰っても文句はつけない訳だし。
 一方で例えば、リアル「押し絵と旅する男」をやれないか、ってアイディアがひとつあって。ありゃ短編ですが。その具体的、科学的な実現方法を考えてくうち、展開として箱男・箱女、猟奇殺人って連想がグングン拡がってきて。そこを基点にして話をどれだけうまく転がせるか。それも徹底的に。って基本の方向性が纏まって。
 あとの風呂敷は可能な限りデカくしよう。ただし、話は必ず根幹のシンプルなアイディアに戻ってくるように。ここが重要なんだけど、緻密に組み立てたつもりでもうまく戻ってこれないことは多々あるんだ。小説ってのは常に作者を裏切る生き物だからね。
 その点、『魍魎』はうまく戻って来れていて、しかも読後感がちゃんと、原点の乱歩の短編「押し絵と旅する男」とイクォールになってるんだ。その点は見事。あのテイストはよく再現できてると思うよ。愛情深いね。
 しかし、お前、だったら同じく短編でやれよな!!」

 「そこは許せないんだ(笑)」

 「人外はチラッと姿を見せて、すぐ闇に消える。クトゥルーか、ってくらい。
 荒唐無稽な話だからこそ、嘘を表面に出しすぎない。長編の場合、そういう気遣いが要る。
 高橋Qちゃんみたく、日常的に見慣れてくるとお化けに見えなくなるんだよ。
 そのへんは流石、よくお解りで。非常識なものを扱って、破綻がないのは作者がちゃんと手綱を取れてる証拠です。」
 
 「なるほど、そういうもんですかねー。

  ところで、このページでのボクのキャラクター使用継続の件ですがねー。
 今度忘年会も兼ねてジックリ打ち合わせたいと思うんですが、ご予定は如何でしょうか・・・?」



 (年末特番へつづく)

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