国北瑠璃『誰にも秘密よ、エンジェル!』 ('91、一水社)
「聞きたくてウズウズしてるくせに、ちょっと他人には尋ね辛い、SEXのすべてについて教えましょう!」ーウッディ・アレン
この不器用なSMマンガが語っているのは、煎じ詰めればそういった内容であり、描き手の技術的未成熟さ・ぎこちなさがゆえに、結果として真実の側へ一歩踏み込んだ表現がなされている。
われわれは何に欲情し何を忌避するか。道端に吐き掛けられたゲロ。だが、その中に倒れこんで動かないのが若い裸女だったら?幼女だったら?熟女では?髭の紳士だったとしたらどうだ?
しかし実のところ、対象はまるで重要ではないのだ。
巨乳マニアを自負する人達がいる。貧乳に拘る人がいる。対極的に見えて、これらは同じコインの別々の側面を語っているに過ぎない。
特定部位への固執。ミノが好きか、ハツが好きか。だが焼き肉屋のテーブルで饗されれば、人はどちらも喰うのである。本当に腹が減っているならば。自然にそうしないのは余程のひねくれ者だけだろう。
重要なのは、人はなぜ焼き肉屋に入ろうなどと決意するのか。その一点である。
そもそも、焼き肉屋とはラーメン屋ではないのだ。「たまには焼き肉でも・・・」ということか。あるいは、今日は焼き肉でなくてはならない絶対的な理由があるのか。
人を焼き肉屋へと駆り立てるものとは何か。
ソフォクレスですら語らなかった恐るべき真実が、このマンガには超適当にだらだらと記述されている。それを紐解くのはすべての学究の徒に託された使命である。
【あらすじ】
本書は三篇の物語によって構成されている。
しかし登場人物の設定、年齢、性行為のバリエーションとも被る箇所が多く見受けられ、実は同じ物語を執拗に反復しているのだと理解しても差し支えがない。
国北にとって何より切実に語りたかったモチーフとは、「彼氏のいる女が・彼の友達に強制的に犯され・欲情し・彼の友達に惹かれていく」という三角関係の縺れそのものである。腐ったドリカム編成。だが現実の社会でまま起こっていることだ。
しかし、こんな単純過ぎるテーマで単行本一冊まるまる持つのか?
持つのである。
国北はこの微妙に倒錯的なオブセッションに憑かれ、鼓舞され、悩み苦しみ、そして明らかに発情している。先ほど私は「対象はまるで重要ではない」と述べた。人は妄執に突き動かされる魂の乗り物である。きみの欲望の矛先が向かうのは、環境によって、外在的に内在的に齎された偶発要因に過ぎない。
先に言っとく。
欲望に選択の余地などあるものか。それが欲望だ。
※ ※ ※
第1話、「キッコーシバリでロマンスをッ」
狐の面をつけた少年は「狐さん」と呼ばれている。年齢は大学生くらい。働いてる節はまったくないのに都会のマンション悠々一人暮らし。
物語は、そのマンションから一歩も出ない。(正確には一歩出ようするが、止められる。他所のお宅に迷惑が掛かるといけないから。)
さらに恐ろしいことを申せば、背景として窓やドアから当然見えるだろう外界の描写がまったくない。これは注目すべきところだ。ディッシュ「リスの檻」か。
注意深く観察するなら、こうした空間の断絶は作者により明確に意図されたものである。
勿論意図的に省いたというより、“描けなかった”“描写する能力がなかった”が正解だろうが、物語の本質に関係ないものは一切描かなくてよい。余分なディテールは邪魔なだけだ。
例えばこの作者が谷口ジロー並みの描写力と執拗さを持っていたとしたら、この物語に何か欠かせざるエッセンスが付け加えられていただろうか?
否。断じて、否。物語は見えるがままにしか存在しない。世界には見える範囲の奥行きしか与えられていない。それはとても重要なことだ。
「狐さん」は、親友「エンちゃん」の彼女である「肉子ちゃん」に惚れている。
これが人間関係の基本図式。それ以外には何もない。
この三名は閉じ込められた狭い空間の中にひしめいている。「狐さん」は「エンちゃん」を緊縛し、蝋燭を垂らし鞭で打つ。カレシを奴隷として貶めることによって「肉子ちゃん」の歓心を買おうとするのだが、この迂遠な告白は「肉子ちゃん」には受け入れがたい。
かくて、レザーの拘束具で胴を締め付け、乳房を持ち上げた女王様が股間にディルドーを屹立させて登場する。彼女は一種のクリームヒルデの復讐として「狐さん」を先ほどのカレシ同様に荒縄で縛り、熱蝋を浴びせかけディルドーをしゃぶらせる。純粋に屈辱を与える行為として行なわれているそれらに反応し、次第に興奮し固くなり始める「狐さん」のペニス。
状況が収拾つかなくなり始めたところで、「エンちゃん」が自ら拘束から抜け出し、サングラスをかけたS男として物語をリードし始める。(ここで語られる物語とは性行為そのものであり、他の意味を含まない。)逆の懲罰として、「肉子ちゃん」は縛り上げられ、鞭で叩かれフェラチオを強制される。張り型を使った衆人環視でのオナニー。遂には1ℓのグリセンリン液浣腸を打ち込まれ、我慢できずに「狐さん」の目の前で排泄してしまう。
お湯で腸洗浄をし、きちんとアフターケアする「エンちゃん」。
「さァ~て、それじゃ次はきれいになったアナルを、「狐さん」に犯してもらうかァ!!」
「エッ・・・?!」
股間を限界まで膨らませ、それでも表面上体裁を取り繕おうとする「狐さん」。
その耳元に唇を寄せ囁く「エンちゃん」。
「いいよ、ヤッちゃって。
好きなんでしょ、肉子のこと。」
「あ・・・悪魔か、おまえはッ!!」
かくて「狐さん」のペニスは「肉子ちゃん」の腹腔に挿入され、肉体的に繋がることによって心理的な距離は消滅し、両者に共犯関係が成立する。そこへ、結果としてフィクサー役を務めた「エンちゃん」が乱入し場面は一応3Pとして展開するが、作者の眼目は憧れの「肉子ちゃん」と偶然ヤレて嬉しい「狐さん」の心理状態の追跡だ。
3Pの本質とは、2Pの連鎖。コンボである。
これがこのマンガの結論なのかも知れない。特定の誰かをひたすら求める気持。他人に対する欲望はまったく際限がない。見方を変えれば、「肉子ちゃん」にとって終わらない三角関係はひとつの理想。あちらに惹かれ、こちらに抱かれ。果てしなき欲望。
終幕は後日談、再び「狐さん」の元を訪れた「肉子ちゃん」たちがスポーツバッグから浣腸器を持ち出したところでお終いとなるが、そのコマに被せて以下の文字が“The End”の如く記載されている。
“UNLIMITED.”
第2話、「笑わない夕べ」
吾妻ひでおの純文学シリーズを思わせる掌編である。
真夜中、浴衣一枚の下は裸で、男の部屋を訪れる少女。背景は土蔵のような、旧い旅館のような。状況説明は一切ないし、ついでに言えば、アングルで断ち切られているのでここに出てくる男には顔がない。
「見て・・・」
格子窓から差し込む月光の下に、全裸の身体を転がす少女。
「だァめ。女の子がそんなことをしちゃいけないよ。」
優しく浴衣を着せてやると、自分の寝ている布団の反対の隅に寝かせる男。わざと背中を向け、このまま眠るように諭す。
彼女の内心の声。
(なんだか、私、責められてばかりよ。)
ここで背景に描き込まれているのは、縄で拘束された少女の両手だ。
(あなたが、私を嫌っている理由・・・たぶん、私は知っているのだけれど・・・。)
少女は自ら剥き出した乳房を、股間を眠る男の背中に擦りつけ、呻く。
「ねぇ、お願いよ。
して!
したくてたまらないの・・・!」
「・・・だめだよ!」
押し殺した男の声には、まだ少年の響きがある。
「前にもしてくれたこと、あったよね?
こんなこと、なんでもないことだって言ってくれたじゃない?
うそつきね。」
(・・・本当は、そんなに嫌がっていないこと、知ってるわ・・・。)
遂に布団から起き上がり、やがて激しく闘魚のように肉体を絡めあう男と女。
行為の後、少女は荒い息を吐き続ける男の耳元に囁く。
「ねぇ・・・わたし、ねぇ・・・」
「・・・ん?」
「もう、いやだな・・・」
「・・・なにが?」
「ううん、わかんない。なんでもないわ・・・。」
以下ナレーション。
(私があなたの思いを知っているように、あなたは、きっと私の言葉の意味を知っている。
それだけでもう、いいの。いいの。
いいんです。)
この物語は何だろう?
誰それが誰それを好きで、誰それは実は誰それとつきあっている。驚くほど不毛。絶対にプラスに転ぶことはない、碌でもない相関図。
しかしそれこそが快感を生み出す源泉であり、主人公が常に拘泥され続けているもの。
じゃあ、単純に「終わらない三角関係って最高よ!」と言い切れるかというと、そんな自信は全然ない。っていうか、世の中的に見てかなりまずいでしょ。その考え。100%突っ込まれるわ。自身でも積極的に肯定する気には到底なれない。
ここでの登場人物達は全員、親も友人も近所の人とも切り離された孤児の様な存在であり、お互いの肉体交渉によってのみ辛うじて自己確認し合っている。芽生える快感と憎しみの感情だけが真実。従ってそれは近親憎悪に極めて近い性質を持つ。
かなり特殊な人びとに見えて、実はわれわれのよく知っている人たち。
ここに展開するのは、そういう寄る辺なき孤児たちのロマンなのだ。
自由恋愛の喜びとは、概してとても不自由なものであり、時に苦痛を伴なう。そういうことかも知れない。
誰か、お願い。あたしを止めて。
こうして壊れてしまった人々をわれわれは知っているし、不安定さと無縁の生活を送っているくせに容易に崩れ落ちてしまう脆さをせっせと蓄えている者たちもいる。日常は常に崩壊の一歩手前にあるので、人はそれを隠そうとする。
いつもと同じ電車に乗る。いつもと同じ顔と出会う。
第3話、「闇に抱かれて(前編・後編)」
本書で一番の長さを誇る短めの長編(ノヴェレット)であり、これまで述べてきたモチーフがすべて結実する渾身の力作。従って、話の解決しなさ加減も天下一品。終始、うだうだします。
でも、安心して。これ、SMマンガだから。
やってる行為は本当えげつないし、そこに躊躇はないから。
舞台は日本家屋の一軒家。美緒子ちゃんは古典的セーラー服の女子高校生だが、なんでかカレシしゅうちゃんの家に居候中。なう。
事情はさっぱり解らないが、この家にはしゅうちゃんの友達・文夫も棲んでいて、三人は同居生活を送っている。これで揉めない訳がない。絶好のロケーション。
物語はいきなり、学校から帰った美緒子ちゃんがハードにオナっている場面から始まる。
おまえが好きなの好きなの
全部入れて ここに入れて
ハァハァ荒い息を耳元できかせて
私のことを好きって言って
ぎゅっと抱き締めていて 顔を見せて
おまえのそういう顔が好きなの
キプリングの叙情詩より数倍人の心をうつ見事なフレーズの連続。こういう直裁的かつ下世話な独り言をブツブツ繰り返しながら、指を入れたり出したり、つねったり抓んだりで今日も美緒子ちゃんはイッてしまわれるのでありました。
最近すっかりオナニーづいてる美緒子ちゃんでしたが、その原因はあいつにあるのでした。
ある日、突然あたしを犯したあいつ。
たった一回っきりの出来事だけど、信じられないくらい、すごくよかったあいつ。
あいつは、あいつは、大変装・・・!
あの体験を思い起こすたび、美緒子ちゃんの繊細な指先は股間に伸びて、くちゅくちゅと音を立てるまで花びらいじりを止められない(おぉ、ヴィクトリア調の表現だ)のでありました。
さてさて、オナられた後の美緒子ちゃんは疲れて眠ってしまわれます。
いつの間に辺りは暗くなりまして、すっかり夜。この家の持ち主、しゅうちゃんがお仕事から帰って参りまして、だらしなく寝ている美緒子ちゃんを見つけて怒ります。
「おまえ、なにやってんだよ?
寝るんなら、自分の部屋行って寝ろよ。」
「ねぇ、しゅうちゃん。あたし、やっぱりあの子と一緒に住むのイヤよ。」
脈絡なく突如シリアスかつハードな話題を振り始める美緒子ちゃん。
アタマん中には、あいつのアレのことしか入ってないんだから、しょうがありません。毎度のことなので無視して、カップヌードルを取り出しお湯を入れとうとするしゅうちゃん。
(※本編とたいして関係ない注釈=コマ奥に描かれたしゅうちゃんの持つカップには、わざわざ“カップヌードル”と最小クラスのフォントで写植が打たれている。乗り物図鑑に“しょうぼうじどうしゃ”と名前が書かれているのと同じ理屈。作者が下書きの消しゴムがけを忘れていたのを編集が律儀に拾った結果か。それとも、そこに何か深遠な意味でもあるのか。・・・ないな絶対。)
「じゃ、出てけよ。
ここは、オレの家であって、おまえの家なんかじゃないんだからな!」
「それ、お湯、入ってないもん。」
慌ててポットを見直し、ゲーとなるしゅうちゃん。
「あたしがいなくなったら、誰が家事やるの?困るの、しゅうちゃんだよ。」
身体を寄せ、核心に入る美緒子ちゃんは、しゅうちゃんの留守中に文夫にレイプされた件をカミングアウト。喋りながら、どんどん発情していきます。
しゅうちゃんは、冷静極まりない人ですから、この女が語りながら、告白することで性感を得ている事実を知っています。セーターを捲り上げ豊満な乳房を剥き出しにすると、せっせと責めに入るしゅうちゃん。
「いーじゃん、おまえ誰とでもやりまくってる女だろ?
よかったじゃん、やってもらえてさァ!!」
「あああんっ、昔のことだよ~・・・今はしないもん、そんなこと・・・」
「こぉの、インラン!」
「あぁ、もっと、言って・・・」
ぴちぴちのジーンズを脱がし、濃い陰毛を鷲摑みに性器を責め出すしゅうちゃん。潤い出した花弁へ素早く挿入。全開で狂い出した美緒子ちゃんは、喘ぎながら、でも目ざとく襖の向こうに蠢く気配を捉えます。
「ちょっと・・・!文夫、そこにいるんでしょう・・・?」
「あ・・・ごめん・・・」
バイトから帰ってきた文夫は、律儀に謝ります。
(つづく)
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