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2012年9月23日 (日)

河合一慶『サイキッド謎丸①』 ('89、てんとう虫コミックス)

 「勉強ダメ!スポーツ、ダメ!
 だから、オレが目立つには、超能力しかないのだ!!」


 あまりに堂々としたこの世の敗者宣言から、不思議なマンガの幕が開く。明るそうに振舞っているが、主人公の敗北者意識は物凄く根深い。
 「諸君には充分な時間がある。」
 「たかが小学生時点での勝ち負けなど、まったく意味が無い。」
 「ちょっと先を見渡せば将来など如何ようにもなるものだ。当然大逆転だっていくらでも可能だ。」
 ・・・などと金八のように常識的な言葉を投げかけても、クソの役にも立たないだろう。

 お前は、敗者だ。
 そこから逃れるには、超能力や心霊、UFOしかないのだ。


 私は、これを“ムーな意識”と呼んでいる。(略して、ム意識だ。)
 小学校時代に種が蒔かれ、中学で感染。以後年を経るごとに致死性の病いとなっていく。
 われわれは常日頃こうした衝動に慣れ親しんできた。誰でもクラスに何名かは、ム意識を共有する仲間があったことだろう。実際ム意識の持ち主でなくても、超常現象・オカルトの世界は子供たちの傍らに常に存在したし、TPOに応じカルトな豆知識を授けてくれた筈だ。

 しかし、常識は反論する。例えば、赤点のテストを突きつけるゴリラ似の教師の姿を借りて。

 「ありもしない超能力にたよるのも、いいかげんにしろ!
 この世に超能力などはないのだ!
 このテストがいい証拠じゃないか!!」


 比類ない正論である。この世に超能力など存在しない。これは、紛れもない事実だ。確かに存在するのは、実在しないものに頼ろうとする怯懦心である。

 すべての卑怯者の王、サイキッド謎丸。
 
かれは、いったい如何なる人物であろうか。

 まず、記憶しておくべき事実は、かれはMr.マリックの友人であるということ。
 
 Mr.マリック。
 これまた微妙すぎる人物を持ち出してきたものだが、諸君が一定の年齢より上の世代なら、終日無駄にテレビを観て過ごすのが苦痛でないなら、脳裡に微かに閃くものがあるだろう。かのマリック氏とは、単なる手品とサイキックの境界線を意図的に曖昧にすることにより、瞬間視聴者の興味を引くことに成功し、一時代を画したタレントさんである。
 (主たる特徴として、口髭・色黒・パーマの効いた頭髪。外見的にはテキヤのおっさんに非常に酷似している。)
 『サイキッド謎丸』は、マリック氏の胡散臭い芸風とマンガとのクロスオーヴァーを実現するばかりか、氏自らがキーキャラクターとして作中に出演。

 「きてます・・・!!
 きてます・・・!!ハンドパワーよりも、すごいパワーを感じる!!」


 と、期待通りのセリフでキメてくれる。まさに、マニア垂涎。でも、なんのマニア。
 さっぱり有り難味のない特殊能力の持ち主として、「コロコロ・コミック」では既に高橋名人、毛利名人をスターの座に押し上げることに成功しているが、これらはいわば自社ブランドからのヒット商品。
 一世を風靡した有名人を招聘して来るスタイルなら、もちろん少年雑誌創成期からの王道であって、ここでのマリック氏の立ち位置は『巨人の星』における川上監督、『アステカイザー』における猪木に擬えることが出来る。大山倍達とか。しかし、明らかに同列扱いするには小粒過ぎるが。まぁ、いいじゃないの。
 (それにしても、マンガに出てくる有名人とは、どうしてああも全員薄らバカに見えるのであろうか?そこに私はマンガの素晴らしさを感じるよ。なんか。本当に。)

 そして、謎丸は、心霊界の事情にも詳しい。

 友人の家に代々取り憑いた悪霊が、庭の片隅にある埋もれた祠の供養という瑣末事でさっさと退散する第二話からもそれは明らかだが、ここでのプロットは極めて中岡俊哉的であり、『くらやみクラブ』を読んでいるような錯覚に陥る。別に『地獄先生ぬーべー』だっていいのだが、類型的な日本の怪談マンガにまた新たな読まなくていい1頁が加えられたような印象だ。

 「怪奇マンガの真髄を舐めてはいけない。
 われわれは、完全に本気で、死ぬほど怖ろしい目に遭いたいのだ。
 ふざけるな。」

 
 そう叫びたくなる極めつけは、第四話「霊界超体験」。
 当時流行の、キョンシーと霊幻道士の要素をフィーチャーしたこの他愛も無い作品において、呪詛の発生原因は、「ゴルフ場造成により鉄砲水が発生、濁流に呑まれ亡くなった子供の霊魂」である。父親は、植木職人となり、ゴルフ場を建設した悪徳不動産屋の社長宅に、怨みの霊魂の封じ込められた岩を運び入れる。
 そんなまわりくどい真似をせず、恨みがあるならさっさと殺しに行けばよかろうに。
 子供の霊は近所を通る車を事故らせたり、謎丸の友人のデブに憑依してみたり、脈絡のない行動を取るうち、実に適当過ぎる、単なる思いつきのような方法で強制的に成仏させられてしまう。
 不動産会社の社長は、小学生から「人を思いやる気持を持つことです!」とお説教されて、お咎めなし。なんだそりゃ。
 年末年始にやってるさだまさしの番組のように、意味がないじゃないか。ふざけるな。

 いい加減私がこのマンガに1mmも好意的でないことがバレてると思うので、あとは適当に終わらせるが、もう一点。ダメ押し。

 謎丸は、額にチャクラの刻印を持つ、唯一の小学生である。

 ある朝起きると、謎丸の額に星型のあざが浮かび上がっている。
 それを見た謎丸の祖父が、「う~ん、こりゃ、チャクラかも知れんぞや!」と叫ぶ。
 え?

 「インドではチャクラと呼ばれ、悟りを開いた者だけに現れる究極のしるし!
 いわば、宇宙エネルギーの吸収口みたいなものでな!
 シャカの額にもあったと言われとる!」


 それが、なぜ一介の小学生の額に?
 そもそも、チャクラの説明が根本的に違ってる気がするが、それよか、突然出現した正体不明のあざが何かの伏線になるかと思いきや、何の説明も無いままフェイドアウトしてしまう展開に唖然とした。
 謎丸の家のスプーンやおたまが全部、くねくね曲がっただけだ。あとはスルー。
 チャクラ、瞬間芸扱いか。
 
 なぜ、そこをもっと掘り下げないのか。真のオカルティストではないのか。その疑問の答えは単純だろう。
 作者はそもそもそんなもの、本気で信じてもいないし、たいした興味もないからだ。
 手品とサイキック能力の境界を曖昧にする行為とは、他人を上手に騙くらかす詐術の一種である。職人芸、タレントの持ちネタとしては正解かも知れないが、そんな嘘は子供ほど簡単に見破ってしまうものだ。
 作者が本気になっていないマンガが熱狂を生み出すことはない。
 このマンガが、わずか2巻でゲームセットを迎え、短命に留まったのは、しごく当然のことと言えるだろう。

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