A・E・ヴァン・ヴォクト『スラン』 ('40、ハヤカワ文庫SF)
ヴァン・ヴォクトは唐突な男。
浅倉久志先生の訳文を読みたくなって、ひさびさにこの超能力テーマの古典SFを手にとってみたら、あらためて展開の余りの唐突さと説明不足と不器用さにちょっと痺れた。
『イシャーの武器店』も『非Aの世界』も、充分面白いと思いながらもなんか居心地悪い感じが付き纏っていたのだが、その原因がこれなのだった。
発生したアクションが、一切の経過説明もなく、次の段落では行動の結果呈示に摺り替わってしまう。
プロセスに関わる描写を抜くことが徹底しているのだ。
この情報不足感は意図して行なわれているものだ。
だから、この小説の中ではちぐはぐな出来事が理由もなく突然生起し、あからさまに嘘臭い疑似科学的説明が適当に加えられ、思いもよらぬ緊急事態がふいに訪れる。(だいたい、それは章の終わりごろだ。)
でも、なんで?
こりゃ、もう性分としかいいようがない。勝手すぎ。
一説によると、ヴォクトは物凄く頭が悪くて、通信教育で必死に作家になるハウツーを勉強したんだそうだ。そこで教わったいい加減な小説理論を忠実に実行したお陰で、俺はここまで成功したのだ。作家とは人に教えられる技術だ。テクノロジーだ。800語でクライマックスを作るんだ、と日頃から豪語していたという。
周囲の人は、「そんな変わったやり方をして成功したのは、お前だけだ」と呆れていたらしい。
【あらすじ】
登場するや否や、いきなり9歳の主人公と母親が警察に追われている。パン屋でパンを万引きしたのだ。こりゃしょうがない。
追い詰められて母は自害。少年はゴミ箱に隠れて難を逃れるが、ダストハンティングに来た近所のババアに見つかり、捕獲されてしまう。連れて行かれた先の掘っ立て小屋は、道路を隔てて、この世界の最高権力者が住まう宮殿と向かい合っている。
「あの中に・・・秘密の地下道に・・・」
少年は思う。「父さんの隠した世界を変える偉大な発明品がある。15歳になったら、それを取りにあすこへ行くんだ!
あぁー、金持ちになりたい!
パンとか、めたくそ食ってみたい・・・!」
理由はまったく解らないが、少年が約束の地に入るのは、15歳となった特定の日付けという心理的な条件付けがあらかじめ為されている。
ご丁寧に父親が深層心理に暗示をかけているのである。その後父がどうしたのかは不明。ま、話の流れからして、敵に殺されたんでしょうけど。
どんな理由があるにせよ、小学生が大人を続々ぶち殺していくのは、ちょっとまずいだろ。
復讐は大人になってから、というヴォクト先生の温かい配慮を感じますね。
ババアとモク拾いをしながらチャンスを窺う少年は、向かいの宮殿に住む少女と知り合いになる。彼女が外壁の上に日光浴に来るタイミングを見計らって声を掛け、見事ハントに成功したのだ。しかし、宮殿の外壁は100メートルを越す高さなので、いまいち彼女がブスか美人か判別できない。
「おーーーーい・・・!」
「・・・はァーーーー?!なにィーーー?!」
「きみって、遠めにわかるカワイさだねーー!」
「・・・ありがとーーー!」
大声で呼びかけあうだけだ。ロマンあるよなー。
曖昧な物事の場合、常に良い方に受け取る素敵な習慣を持った少年は、それでも日々うきうきハッピーに暮らしていた。その間、宝石店でコソ泥したり、銀行の金庫から小銭くすねたり。飢えた同居人のババアに童貞を奪われたり。
そして、迎えた運命のその日。15歳の誕生日。
なんで敵の本陣のど真ん中に秘密兵器があるのかサッパリわからないが、ともかくその日、宵闇を突いて宮殿に侵入した少年は、秘密の玄関からお邪魔し、秘密の地下通路を潜り抜け、念願だった父の発明品を手にする。
それは、ナンデモ溶かす光線銃だった。
原子力の平和利用を祈念する父親は、それとはまったく関係なく、物質の構成元素を無に還元する驚異の放射線を発見したのだ。そんなのあるかと怒られても、実際あるんだからしょうがない。嘘か真かSFか。信じる者は救われる。
遂にサクセスへの鍵を手に入れた少年は、裏庭にキー挿しっぱなしで駐車してあったロケットを奪取。エンジン全開フルスロットルで大気圏外へ。
その際、少女を連れてくればいいものを、暗闇で間違えて手を引っ張り、ババアを掴まえて来てしまったのは手痛い失敗だったが、ともかく追ってきたパトカーの追撃を振り切り(これは楽勝)、田舎に憧れのマイホームを手に入れる。単に過疎の村にヒッピーよろしく住みついただけだが。地元民とも適当に交流。農業を手伝ってやって、へちまとか貰う。
ロケットは目立つので、裏山に穴を掘って埋めた。ついでに、ババアも埋めといた。ナンデモ溶かす光線の威力はかくも凄まじいのだ。
少年はこうして地方に潜伏し、裏山を要塞化。有事に備える。
敵の追跡はしかし執拗で、どういう捜し方をしているのかはサッパリわからないが、ともかく4年後のオリンピックイヤー、次の開催地が何処だか全然知らないウンベルをさて置いて、遂に少年の住む村へと追っ手が。
飛来した爆撃機による機銃掃射で軽くふっ飛ぶ村人達。
さらに全長1キロに及ぶ巨大サイクロトロンの塊りであるバカ戦艦が到着し、圧倒的なエネルギー放射で裏山を溶かし始める。
これじゃ要塞戦もなにもあったもんじゃねェや、再びロケットに飛び乗り脱出を企てる少年。前回の失敗に懲りているので、ババアの手ではないのを念入りに確認し、コクピットに連れ込んだら、近所の山羊でした。ギャッフン。
それでも元々嫌いじゃないので、夢中で絞めたり絞ったり出したりしているうち、ロケットは地球脱出速度に到達し、天空をひた走り、火星に着いてしまった。
火星には、もちろん火星人がいる。
これは、金星には金星人がいるのと同じ理屈だ。当然だろ。
意を決して火星人との接触を試みる少年。いろいろ組織の形状が違っているので難渋したが、なんとか最初の接触は無事成功。疲労困狽、ベッドに倒れ臥しタバコを吹かしていると、携帯に電話が掛かってきた。広いな、通話可能エリア。
『あんた、なにしとるん?』
地球に置いてきた彼女だった。
『ええ加減にしなさいよ。あたしを四年も放っといて、そんなとこでバカンスか?GPSでちゃんとわかるねんよ!
そんなんでええんか?ええのんか?!乳頭の色は・・・?』
さすがに、知り合った当初からして遠距離恋愛、遥か真空を隔てての会話にも淀みがない。
確かにご指摘どおり、火星で遊んでる暇はなかった。敵の本陣に乗り込む決意を固める少年。そんな思春期の純情を引き裂くように、受話器の向こうで悲鳴が。
『あッ・・・!あんた、誰?なにすんのん?』
後には獣のような男の荒い息遣いと、濡れた妖しい抽送音が響き、女の悲鳴に次第に甘いものが混ざるようになってきた。
これはもう、間違いない。
距離を隔てた地球の一角、最高権力者の宮殿に残してきた彼女が、何者かに犯されている・・・!
「こりゃ、タマりまへんなァ・・・いひひひひ・・・
・・・いや、違った!
これは地球の危機だ!!
いや、どっちかっつーと、子宮の危機だ!!
今すぐ行くぞ!可愛い娘ちゃん・・・!!」
緊急発進で火星を飛び立った少年のロケットは、ありえぬ速度で宇宙空間を突っ走り、群がる敵の艦隊をナンデモ溶かす光線砲で続々撃破。いやはや、やりたい一念というのは恐ろしい。地球の誇る宇宙艦隊はたちまち壊滅。
あっという間に地球の引力圏に突入。層雲を突き抜け、最高権力者の宮殿に突っ込むと、警備の衛兵をジャンジャン溶かし捲くり、エレベーターで最上階のスィートルームへ。
そこで、泣き叫ぶ彼女を犯していたのは、豪壮な衣裳に奇怪な冠を被ったハゲじじい。
「あ、どーも!」
相手はかなりきさくな性格だった。
「わてが、地球の最高権力者でおま!ついでに云っときますと、これ、わての実の娘ですねん!」
仰け反り、驚愕する少年。
「人類を次の進化のステップに押し上げる原動力は、近親相姦やで・・・!
これ、サミュエル・ランの日記にも書いてある、厳然たる事実でっせ!
ただいま、まさに実践中というワケで・・・」
瞬時に嘘だと見抜いたが、押し倒された娘の顔が想像以上にブサイクだったので、まァいいかと引き上げることにした。
【解説】
以下S・ランの日記を引用(浅倉先生訳)。
「ニ○八八年五月三十一日。
娘たちは兄弟との性交という観念を、十二分に受け入れている。結局、倫理とは訓練の問題なのだ。できれば、この時点で生殖を成功させたい。異種交配は、あとから手をつければいいから。」
「ニ○八八年八月十八日。
娘たちはどちらも三つ子を分娩した。すばらしい。
わたしはつねに、この子供たちに、かれらの子孫が未来の地球の支配者になるのだと諭しつづけている・・・・・・」
近親交配が突然変異や遺伝子劣化を生むという考えは、現代科学では根拠のない謬説であるとして否定されてしまっているが(・・・知ってるよね?)、それ以前、誰でも出来る簡単な遺伝子実験として、世界各地の頭の悪い人たちに無用なハッスルを植え付けていた事実をわれわれは心に留めておく必要があるのではないだろうか。
ヴォクトがかくも愛され、業界の古典と化した事実は疑似科学の不可解な魅惑と切っても切れない関係にあろうから。
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