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2012年8月

2012年8月30日 (木)

A・E・ヴァン・ヴォクト『スラン』 ('40、ハヤカワ文庫SF)

 ヴァン・ヴォクトは唐突な男。
 浅倉久志先生の訳文を読みたくなって、ひさびさにこの超能力テーマの古典SFを手にとってみたら、あらためて展開の余りの唐突さと説明不足と不器用さにちょっと痺れた。
 『イシャーの武器店』も『非Aの世界』も、充分面白いと思いながらもなんか居心地悪い感じが付き纏っていたのだが、その原因がこれなのだった。
 発生したアクションが、一切の経過説明もなく、次の段落では行動の結果呈示に摺り替わってしまう。
 
プロセスに関わる描写を抜くことが徹底しているのだ。
 この情報不足感は意図して行なわれているものだ。
 だから、この小説の中ではちぐはぐな出来事が理由もなく突然生起し、あからさまに嘘臭い疑似科学的説明が適当に加えられ、思いもよらぬ緊急事態がふいに訪れる。(だいたい、それは章の終わりごろだ。)
 でも、なんで?
 こりゃ、もう性分としかいいようがない。勝手すぎ。
 一説によると、ヴォクトは物凄く頭が悪くて、通信教育で必死に作家になるハウツーを勉強したんだそうだ。そこで教わったいい加減な小説理論を忠実に実行したお陰で、俺はここまで成功したのだ。作家とは人に教えられる技術だ。テクノロジーだ。800語でクライマックスを作るんだ、と日頃から豪語していたという。
 周囲の人は、「そんな変わったやり方をして成功したのは、お前だけだ」と呆れていたらしい。
 
【あらすじ】

 登場するや否や、いきなり9歳の主人公と母親が警察に追われている。パン屋でパンを万引きしたのだ。こりゃしょうがない。
 追い詰められて母は自害。少年はゴミ箱に隠れて難を逃れるが、ダストハンティングに来た近所のババアに見つかり、捕獲されてしまう。連れて行かれた先の掘っ立て小屋は、道路を隔てて、この世界の最高権力者が住まう宮殿と向かい合っている。

 「あの中に・・・秘密の地下道に・・・」
 少年は思う。「父さんの隠した世界を変える偉大な発明品がある。15歳になったら、それを取りにあすこへ行くんだ!
 あぁー、金持ちになりたい!
 パンとか、めたくそ食ってみたい・・・!」


 理由はまったく解らないが、少年が約束の地に入るのは、15歳となった特定の日付けという心理的な条件付けがあらかじめ為されている。
 ご丁寧に父親が深層心理に暗示をかけているのである。その後父がどうしたのかは不明。ま、話の流れからして、に殺されたんでしょうけど。
 どんな理由があるにせよ、小学生が大人を続々ぶち殺していくのは、ちょっとまずいだろ。
 復讐は大人になってから、というヴォクト先生の温かい配慮を感じますね。

 ババアとモク拾いをしながらチャンスを窺う少年は、向かいの宮殿に住む少女と知り合いになる。彼女が外壁の上に日光浴に来るタイミングを見計らって声を掛け、見事ハントに成功したのだ。しかし、宮殿の外壁は100メートルを越す高さなので、いまいち彼女がブスか美人か判別できない。

 「おーーーーい・・・!」
 「・・・はァーーーー?!なにィーーー?!」
 「きみって、遠めにわかるカワイさだねーー!」
 「・・・ありがとーーー!」


 大声で呼びかけあうだけだ。ロマンあるよなー。
 曖昧な物事の場合、常に良い方に受け取る素敵な習慣を持った少年は、それでも日々うきうきハッピーに暮らしていた。その間、宝石店でコソ泥したり、銀行の金庫から小銭くすねたり。飢えた同居人のババアに童貞を奪われたり。
 
 そして、迎えた運命のその日。15歳の誕生日。
 なんで敵の本陣のど真ん中に秘密兵器があるのかサッパリわからないが、ともかくその日、宵闇を突いて宮殿に侵入した少年は、秘密の玄関からお邪魔し、秘密の地下通路を潜り抜け、念願だった父の発明品を手にする。
 それは、ナンデモ溶かす光線銃だった。
 原子力の平和利用を祈念する父親は、それとはまったく関係なく、物質の構成元素を無に還元する驚異の放射線を発見したのだ。そんなのあるかと怒られても、実際あるんだからしょうがない。嘘か真かSFか。信じる者は救われる。
 遂にサクセスへの鍵を手に入れた少年は、裏庭にキー挿しっぱなしで駐車してあったロケットを奪取。エンジン全開フルスロットルで大気圏外へ。
 その際、少女を連れてくればいいものを、暗闇で間違えて手を引っ張り、ババアを掴まえて来てしまったのは手痛い失敗だったが、ともかく追ってきたパトカーの追撃を振り切り(これは楽勝)、田舎に憧れのマイホームを手に入れる。単に過疎の村にヒッピーよろしく住みついただけだが。地元民とも適当に交流。農業を手伝ってやって、へちまとか貰う。
 ロケットは目立つので、裏山に穴を掘って埋めた。ついでに、ババアも埋めといた。ナンデモ溶かす光線の威力はかくも凄まじいのだ。

 少年はこうして地方に潜伏し、裏山を要塞化。有事に備える。
 敵の追跡はしかし執拗で、どういう捜し方をしているのかはサッパリわからないが、ともかく4年後のオリンピックイヤー、次の開催地が何処だか全然知らないウンベルをさて置いて、遂に少年の住む村へと追っ手が。
 飛来した爆撃機による機銃掃射で軽くふっ飛ぶ村人達。
 さらに全長1キロに及ぶ巨大サイクロトロンの塊りであるバカ戦艦が到着し、圧倒的なエネルギー放射で裏山を溶かし始める。
 これじゃ要塞戦もなにもあったもんじゃねェや、再びロケットに飛び乗り脱出を企てる少年。前回の失敗に懲りているので、ババアの手ではないのを念入りに確認し、コクピットに連れ込んだら、近所の山羊でした。ギャッフン。
 それでも元々嫌いじゃないので、夢中で絞めたり絞ったり出したりしているうち、ロケットは地球脱出速度に到達し、天空をひた走り、火星に着いてしまった。

 火星には、もちろん火星人がいる。
 これは、金星には金星人がいるのと同じ理屈だ。当然だろ。
 意を決して火星人との接触を試みる少年。いろいろ組織の形状が違っているので難渋したが、なんとか最初の接触は無事成功。疲労困狽、ベッドに倒れ臥しタバコを吹かしていると、携帯に電話が掛かってきた。広いな、通話可能エリア。
 
 『あんた、なにしとるん?』
 地球に置いてきた彼女だった。
 『ええ加減にしなさいよ。あたしを四年も放っといて、そんなとこでバカンスか?GPSでちゃんとわかるねんよ!
 そんなんでええんか?ええのんか?!乳頭の色は・・・?』

 
さすがに、知り合った当初からして遠距離恋愛、遥か真空を隔てての会話にも淀みがない。
 確かにご指摘どおり、火星で遊んでる暇はなかった。敵の本陣に乗り込む決意を固める少年。そんな思春期の純情を引き裂くように、受話器の向こうで悲鳴が。

 『あッ・・・!あんた、誰?なにすんのん?』

 後には獣のような男の荒い息遣いと、濡れた妖しい抽送音が響き、女の悲鳴に次第に甘いものが混ざるようになってきた。
 これはもう、間違いない。
 距離を隔てた地球の一角、最高権力者の宮殿に残してきた彼女が、何者かに犯されている・・・!

 「こりゃ、タマりまへんなァ・・・いひひひひ・・・
 ・・・
いや、違った!
 これは地球の危機だ!!
 いや、どっちかっつーと、子宮の危機だ!!

 今すぐ行くぞ!可愛い娘ちゃん・・・!!」


 緊急発進で火星を飛び立った少年のロケットは、ありえぬ速度で宇宙空間を突っ走り、群がる敵の艦隊をナンデモ溶かす光線砲で続々撃破。いやはや、やりたい一念というのは恐ろしい。地球の誇る宇宙艦隊はたちまち壊滅。
 あっという間に地球の引力圏に突入。層雲を突き抜け、最高権力者の宮殿に突っ込むと、警備の衛兵をジャンジャン溶かし捲くり、エレベーターで最上階のスィートルームへ。
 そこで、泣き叫ぶ彼女を犯していたのは、豪壮な衣裳に奇怪な冠を被ったハゲじじい。

 「あ、どーも!」
 相手はかなりきさくな性格だった。
 「わてが、地球の最高権力者でおま!ついでに云っときますと、これ、わての実の娘ですねん!」

 仰け反り、驚愕する少年。

 「人類を次の進化のステップに押し上げる原動力は、近親相姦やで・・・!
 
これ、サミュエル・ランの日記にも書いてある、厳然たる事実でっせ!
 ただいま、まさに実践中というワケで・・・」


 瞬時に嘘だと見抜いたが、押し倒された娘の顔が想像以上にブサイクだったので、まァいいかと引き上げることにした。

【解説】

 以下S・ランの日記を引用(浅倉先生訳)。

 「ニ○八八年五月三十一日。
 娘たちは兄弟との性交という観念を、十二分に受け入れている。結局、倫理とは訓練の問題なのだ。できれば、この時点で生殖を成功させたい。異種交配は、あとから手をつければいいから。」


 「ニ○八八年八月十八日。
 娘たちはどちらも三つ子を分娩した。すばらしい。
 わたしはつねに、この子供たちに、かれらの子孫が未来の地球の支配者になるのだと諭しつづけている・・・・・・」


 近親交配が突然変異や遺伝子劣化を生むという考えは、現代科学では根拠のない謬説であるとして否定されてしまっているが(・・・知ってるよね?)、それ以前、誰でも出来る簡単な遺伝子実験として、世界各地の頭の悪い人たちに無用なハッスルを植え付けていた事実をわれわれは心に留めておく必要があるのではないだろうか。

 ヴォクトがかくも愛され、業界の古典と化した事実は疑似科学の不可解な魅惑と切っても切れない関係にあろうから。

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2012年8月26日 (日)

「合衆国」表敬訪問

 そんな国があるとは夢にも知らなかったが、行くことになった。大人の事情というやつである。大人には誰にも事情があるのだ。
 ※事前に注釈。ウンベルは数年前映らなくなったTVセットを捨ててしまい、現在のTV放送業界に関する知識がまったくない。TVブロスを隔週で読んでる程度だ。

 最寄り駅の名前が既にして不吉。「東京テレポート」。品川シーサイドというのもある。乗換えた駅は天王洲アイルだ。東京の湾岸地帯には何か呪いでもかかっているのじゃないのか。子供達はキャッキャッはしゃいでいるのだが。それにしてもテレポートはないだろう。グッキーも泣いている。
 炎天下の舗道を延々歩く。
 三途の川の罪人が責め苦を受けに同じように歩かされている。家族連れ。若者。よくわからんおっさんやおばさん。ガキ。おお、餓鬼。
 東京の夏の娯楽の正体はおおむねそんな感じだ。意外と本物の地獄の風景もこんなじゃないのか。それは怖い。順番待ちで、晴れて暑くて天気は常にピーカンなのだ。視界の隅に映るオブジェがなんか針の山に見えてくる。
 
 われわれはひとまず涼しい館内に退避し、休憩した。
 あきれ返るぐらい人間が溢れている。高速のサービスエリアを巨大化したような食堂ゾーンには、だらだら単身ビールをすするおっさんや食っても絶対片付けないバカ家族や空席を求めるゾンビ化した猿の群れが無尽蔵に詰め込まれ、騒音の限界を醸し出していた。
 たまらんので表に出ると、巨大なロボの足が。
 ロボと写真を撮るやつ。ロボについて語るやつ。皆んな、ロボが大好き。 
 ここまでは予測の範疇だったが、うちの子たちはそんなものには眼もくれず、向かった先がなめこ売り場。これには驚いた。なめこが全国的に大人気なのだという。専門の模擬店まで出ている。白いなめこ、ツタンカーメン風のマスクを被ったなめこのフィギュアを買った。
 たまりかねて、子供に聞いてみた。

 「おい、しかし、お前、なめこを食えるのか?」
 「嫌い。」


 なんだ、そりゃ。
 だいたい、なんで黄金仮面なんだ。菌糸類の分際で。現在ツタンカーメンは上野に二度目の来日公演を果たしているらしい(ヨン様か)から、露骨に便乗か。ミイラのくせに何度も来日するとは何事だ。面白いじゃないか。その絡みであろう、猫頭のなめこまで売ってる。だが、お子様の一番人気は、一番高級感のある金ピカのやつに確定。ヤクザとお子様のセンスには微妙な共通項があるようである。

 入場料を払い、展示場へ。
 子供達の母親は、しまむらに夢中。しまむらが新宿駅ビルにある楽器屋の名称でないことは、007並みに勘の鋭い私には充分見当がついたのだが、ピカルとはなにか。
 ピカルの碁。(5?)
 宇多田ピカル。

 おおそうか、囲碁クラブの女子高生5人組がいて、その差しつ差されつの、まったりした日常を描いたアニメがあるのだな。そのうちの一名の声を人気歌手の宇多田ピカルさんが演じていらっしゃるのだなー。これが。納得。
 ・・・しかし、しまむらって誰だ。
 しまざきじゃ駄目か。(島崎俊郎。)しのざきってのもあるぞ。(篠崎ミチ。)しまばらってのは、乱だ。
 結局、なんだかんだ言っても疑問は一点も解けていないのだった。しまった。振り出しじゃないか。またもしくじった。
 この手痛い教訓を決して忘れることがないよう、しまむらの名前を手の甲に最新式のレーザー刺青で焼付けながら、われわれは次のブースへ向かうのであった。

 模擬店の密生するよくわからんテント村を抜けると、巨大な糞から機械の足が突き出していた。
 なんだこれは。
 でかい。余りにでかいつくりものである。その大きさがこの一帯には珍しい、貴重な日陰ゾーンを作り出しており、老若男女が群れている。
 クソの下の憩い。
 まるでロンドンパンクの幼稚な妄想を現実化したような、画期的な現代美術である。そして、現代美術の常として価格は安い。村上隆レベル。ポリエチレン製。
 そして、時間と共にクソは全体に巨大な霧を散布しまくるのだった。なんだ。この光景は。
 恍惚とする人々。ほっぺたを真っ赤に腫らし、熱中症寸前までいっていたうちの子供達が喜んでいる。わざわざ過酷なサファリに連れて来て、甘露を与えて喜ばす。ローマ時代の奴隷教育か。凄いな、現代日本。そりゃ小学校、土曜が休みになる訳だわ。

 そのころ、母親はオカザイルの店にいるのだった。(さすがにこれはわかるので、無理なボケはつくらない。まだ、私がTVを所持していた頃から既にやってた。)
 しかし、なんかパロディーばっかだな、ここ。
 依然弱ってるガキどもを、ミストを浴びに連れて行く。日焼けした快活そうなお兄さんがホースをこっち専属で向けてくれる。全身ズブ濡れになり、みるみる生気を取り戻す子供。死なないようにライフを取りまくるシューティングの要領である。オレ様のゲーム脳フル活用。最近まったくやってないけど。

 あと、その先には、なんか巨大な人魚の置物があって、でかい乳房の谷間を子供用のウォータースライダーが駆け下る施設があったが、ここでなんか違うものに目覚める子供とかいたら面白いな。
 うちの子は、まだフロイト学派でいうウンコ・チンコレベルなので、全然関心なさそうだったが。そういや、なめこって見事なチンコ型である。理屈に合ってる。
 
 以上で観るもん観たし、鑑賞終わり。ホテルに戻って休むべぇと思ったら、売店を三軒はしご。なんかよくわからねぇステッカーだの、新幹線型の耳掻きだの、みるみる積みあがる。
 どさくさに紛れて、母親もウェットスーツを着た猿のぬいぐるみを買っている。
 胸に、“UMIZARU  ”と書いてある。そんな猿がいるのか。ふぅん。
 今度生物図鑑で探してみよう。と思いつつ、俺の財布からは面白いほど金が零れ落ちていったのだった。

 結論。
 オレは普段から自分を、「無駄なものにお金を使ってばかりのいけない人」と自己認識しているが、浪費家としてまだまだ甘かった。反省しきり。
 それからは、日々写経の毎日を過ごしている。

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2012年8月20日 (月)

メビウス/ホドロフスキー「猫の目」 (’78、ユーロマンガMoebius追悼特集号)

 メビウスとは何者であったのか。
 その問いにうまく答えられる人を見たことがないが、私の見解は到って単純だ。
 メビウスとは、メビウス線の発見者である。


 メビウス線とは、何か。
 フォルム(輪郭)とマッス(質量感)に対し独特の捉え方をする描線のことで、よく言われるメビウスにしか出せない浮遊感の表現や、誰もがパクった独自の陰影のつけかたなんかは、すべてこれに起因する。
 線一本で全部やってしまうところが凄い。

 メビウス線は、ジャストのタイミングで照射されない。

 物体の輪郭の正確な位置を手繰ろうとする、例えば写真トレースによる劇画の背景なんかを思い出して貰うとわかりやすいと思うが、一見シャ-プでリアリスティックな描線に見えて、あんな胡散臭いものはない。
 現実の風景に、明確な消失点など存在しない。
 水平線は、定規で引いた一本線ではない。すべては微妙に歪む。
 大気による屈折率など大げさに想定する必要はない、われわれの眼が歪んで腐っているってだけのことだ。

 スーパーリアリズムで描かれた絵画なんかをよく見て欲しい。
 輪郭線は一種のグラデーションである。コントラストの微妙な変化により、物体の外縁は緩やかに消滅するよう配置されている。
 光源と物体の位置関係が輪郭を規定する。
 そこには厳密な物理法則が存在しており、いわば塗り潰すドットを細かくするほど柔らかな消失点が得られることになる。これを無数に連続させれば、光源によって闇に溶け込む面が表現されるって訳だ。ホントお疲れサマ。

 以上のファインアートの技法をマンガ表現に援用する方法は、幾つかある。

(勿論、重要なのはマンガ表現の話であり、美術における散々使い尽くされ、腐れ切って蛆が湧き出した手法の件など、薬にしたくもない。)
 
 ひとつはスクリーントーンだ。
 削りまで加味すれば完璧。これは本気で難易度の高い技術で、完璧にこなせばあなたもアシスタントぐらい務まるかも知れない。残念ながら最近ではデスクトップ上でチャッチャとやってしまったりするようだが。腐れパソコンめが。でしゃばりおって。

 あるいは、細かい斜線を多用し、時にはベタを塗り、重量感を出す方法。
 「もっとリアルにしてください!」と頼まれたら、誰でもやってしまうのがコレ。
 確かに効果があがるけれど、うっとおしい。時間がかかるし、下手を打つと汚く重苦しい絵になりがち。“肉弾劇画”って言われるジャンルを思い浮かべて。楳図先生の闇とか。あんな感じ。

 他に、輪郭線を引かずに、光と影のコントラストのみで表現する手法もある。
 すぐ思い浮かぶのは、林静一やマット・ワグナーがやってた一連の作品だが、変格の少女マンガなんかにも似た表現があった気がする。
 まぁ、なんだ、現物を見て貰えば首肯されるだろうが、どいつもこいつも非常にしゃら臭い仕上がりであって、大の男が堂々と公開するようなものではない。
 アニメ絵が鼻の穴を描かないのと実は同じ。同工異曲。似た性癖。
 ミニョーラも実はこれらに似た傾向はあるが、あいつ、輪郭線だけはちゃんと引くからな。多分に達者なベタ塗りで誤魔化している傾向はあるのだが、一応キッパリとはしている。
 省略を多用するなら、小梅ちゃん程度にしておけ。

 さて、偉大なるメビウス線とは、上記のいずれにも属さない。

 一本線で引かれた輪郭とは、マンガ表現の作り出した虚構である。
 現実の物体は、そんな明確な境界線を持たない曖昧な存在だ。そこで達者な漫画家たちは、輪郭線に量感(マッス)を込めるという高等技術を披露する。
 一見単純に引かれたように見えるエルジュの絵をよく見てくれ。
 あの線は、ことごとく実は相当考えられた末に選択されたものだ。適確で実用的。しかもキャラクターにユーモアすら漂わせてしまうのだから、恐れ入る。
 あるいは、ディズニーからマッスの表現にヒントを得たに違いない初期の手塚治虫。あの流れるような輪郭線を得る為にどれだけの紙が費やされたのか。溜息が出る。知ってる人は知ってるけど、手は鈍重な道具だ。美しい線を描くには、鞭で叩いて徹底して鍛えるしかないのだ。
 だが、逆もまた真なり。
 費やした紙の枚数だけ、引かれる線は進化する。本気で1,000枚描く根性があれば、あんたもそれなりの絵を描けるようになりますよ。あとは、資質と運次第。自分の不器用さにめげない厚かましさも必要かな。

 ・・・ま、そんな余談はいいや。

 大抵の作家が“いかに美しい線を引くか”という大課題に精進している中で、メビウスは根本の発想が違った。
 メビウス線の根幹を成すのは、フリーハンドで引かれた、朴訥で一見達者とは言い難いような、素朴で人懐っこい描線である。
 究極の理想形を求めて求心的に繰り出される線ではなく、無造作に空間に配置された任意の描線。その自由度。そこに最大の魅力がある。
 なぜなら、その線は定規で引かれたものではなく、描く人間の曖昧で不確かな筋肉の蠕動を受けて不定形に震え、歪んでいるからだ。そして、それこそは、現実にわれわれが目にする世界の真の姿そのものではなかったか。

 絵とは、線とは、作家の哲学の結晶である。
 メビウスの齎したものは、われわれの世界認識の方法に根本的な刷新を強いるたぐいのものであったのだ。

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2012年8月19日 (日)

ウォルフガング・ペーターゼン『アウトブレイク』 ('95、ワーナー)

 感染アクションというジャンルの重要な分水嶺。
 『アンドロメダ・・・』『クレージーズ-細菌兵器に襲われた街-』、それにあの『カサンドラクロス』。パニック映画の変種として発展した感染映画は、観ると身体が痒くなるという、大いなるハンディーキャップを乗り越えて、エイズ・エボラ禍の時代に当然の如く復活を遂げる。
 その内容は、お猿さん探し。一言で完全に要約できる。
 これは、ダスティー・ホフマンと相棒の黒人がヘリでお猿さんを探す映画だ。いわば、「サルゲッチュー」劇場版。主演のお猿さんが可愛いので、そんなに騙された気はしない。
  
 しかし、これは実は意外と影響力のある映画である。
 ダニー・ボイルは、「そうか、やばい奴は感染者って呼べば問題ないのか!いただきだぜ!」と『二十八日後・・・』を思いついたのだし、松尾スズキの傑作長編『宗教が往く』になんか、まんま、猿が媒介する病原菌で人類滅亡寸前のパニックが捲き起こる。
 『感染列島』だって何だって、似たような病気関連映画はゴマンとある。
 私見によれば、『CURE』の両腕をX字に交差させた猿ミイラだって、この映画が発信源であること間違いなし。だって顔が似てるから。ね?

 そう考えると、『キングコング』を始祖とするお猿さん映画の系譜というのも実は重要ではないかと思えてきて、いよいよ連想が止まらない事態に。
 『猿人ジョーヤング』『2001年宇宙の旅』の猿、『猿の惑星』、『猿の軍団』、『北京原人の逆襲』『北京原人WHO ARE YOU?』、宇宙猿人ゴリやらラー、そうそう大島渚『マックス・モナムール』・・・・・・
 なんかもう、すべて傑作揃い。ある意味。

 「猿の出る映画にハズレなし。」
 
・・・というアバウトなまとめで、今回勘弁してくれ。なんか、もう。

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2012年8月18日 (土)

西野マルタ『五大湖フルバースト』 ('12、講談社シリウスKC)

 無茶だ無茶だ無茶だ、と幾度も叫びながら、玄関のノブをガチャガチャ動かしてみるが、ドアは開かない。鍵が掛かっているのか。掛けたのは誰だ。そして、鍵は何処にあるのか。

 開巻早々にわれわれは全員、見知らぬ場所に囚われの身である。
 「なんで?」と訊いても許して貰えない。どころか、殴られる。
 マンガはいつでも乱暴なものだったし、そこがもう、なんか非常に快感だった。
 説明不足はいつものこと。細かいディテールを詰めるより、無茶しっ放しの展開から立ち上がってくるダイナミックな味わい。佇まい。それを掴み取れ。

 この世には、拳を交わしてしか掴めない真実というものがあるのだ。

 ここは全米大相撲の聖地、デトロイト。そして、デトロイトといえば絶対キッス、ではなくてオムニ社のあるところ。『ロボコップ』でお馴染みの。
 そう考えてみれば、盛りを過ぎた白人横綱がカムバックの為にフルメタル化して土俵に登場しても何の不思議もないのかも知れない。明らかにその必然性はないが。
 だが、読者の都合など知ったことか。
 あらゆる無理を押して、なお語りたい物語があるのだ。

 そういう意味で、マンガという表現は無茶のしっ放しだったし、それなくして発展もなかっただろう。 

 西野マルタがここで語ろうとしているのは、何種類もの飛躍を掛け合わせた、いびつなハイブリッドロマンスである。
 語られる物語は、驚くほど伝統的な”少年と父親”テーマであるので、設定の異色さ、描法の独特さが一層異物感を増して迫ってくる。

 大体なんで全米相撲協会なんだ。
 聖地デトロイト・スモー・ガーデンってなんだ。
 相撲48手に新たに加わる必殺技“デトロイト・スペシャル”って。
 そして謎の存在、石化して眠る“伝説の横綱”って誰?
 それを呼び起こす方法が、キリスト復活の秘儀相撲三種の神器のアバウト過ぎる照合である理由は? 
 
 本編をお読み頂ければ解るが、これらには一切説明がない。
 本当にないのだ。これが。
 諸星先生の傑作短編「マンハッタンの黒船」みたいな、架空の歴史を舞台に構築された世界ではないかと思うが、実は違うかも知れない。
 私が疑っているのは、作者の脳内では歴史が本当にこのように流れているのかも、という恐ろしい可能性だ。単なる妄想?確かに。
 だが、元を正せば、歴史とは情報の堆積である。相撲を深く愛する者の脳内イメージとして、現実の歴史がこのように歪んで理解されていてもおかしくないのではないか。
 いや、おかしいって。
 ありがとう。
 それでも、少年クリスと父親・五大湖関の物語は、その別れ際のせつなさ(爆弾が内蔵された頭部をできるだけ遠くに投げ捨てる!)も含めて、人の胸を打つに充分な出来栄えなのである。

 それが一番の不思議だ。

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2012年8月16日 (木)

マックス・エールリッヒ『巨眼』 ('49、ハヤカワSFシリーズ)

 地球が巨大な何かに衝突する物語には、二通りの結末がある。
 すなわち、

 1.本当に衝突し、何もかもがご破算となり、めでたしめでたし。

 2.衝突するかと思ったら、スカされてガッカリ


 正直生きてるのがドンドンしんどくなって来ている最近の世相を鑑みるなら、せめて小説の中ぐらいは見事なこの世の終わりを見届けたいのが人情偽らざるところ。
 現実には地球は終わる終わると云って、ちっとも終わってくれない。
 ノストラダムス、お前には物凄く失望した。
 
そして、その後も世界を終わらせるチャンスは何度も訪れたのだが、皆ことごとく外された。オイルショック。違う。円高。これも違う。冷戦・キューバ危機。古くなってどうする。あとなんだ。オウムのハルマゲドン?スケールちっちゃー。マヤの謎文字。あと三ヶ月の命か。火星の人面岩。これもなんか違う。
 世界には、派手にキッパリ、男らしい最後を迎えていただきたい。
 コレは、人類共通の願い、悲願と言っていいだろう。

 さて、話がわき道に逸れた。
 マックス・エールリッヒによる世界破滅テーマの古典『巨眼』は、太陽系に迷い込んできた大宇宙の放浪者・Y惑星に地球が正面衝突する、素晴らしい物語となる筈であった。
 「筈であった」と仮定法過去形なのは、そうならないからで、破滅を迎えるのは天文学者のジジイ一名。理由は長年連れ添った妻に死なれたから。
 
完全に自殺である。

 ソ連がニューヨークを爆撃するという噂が流れ、誰もが全面核戦争の恐怖にチンコも立たないほど震え上がっているさなか、博士が謎の天体を発見する。世界各国の天文学の達人が駆り集められ、必死の研究の結果、二年後のクリスマスに地球に衝突するという結論が発表される。
 誰もがあと二年しか生きられない。
 それを知った地球の人々は、揃いも揃って自堕落にグダグダする方向性を選び取る。農民は耕作を止め(倉庫には充分すぎる食糧備蓄がある)、駐留していた軍隊は解散し全員帰国する。会社はすべて休みとなり、学校は授業を放棄。
 世界経済は崩壊した。
 当然、犯罪も暴動も起こり、力こそすべて、悪いコトし放題のイカした世の中が世の中が到来しそうなものだが、なぜかそうならず誰も死なず、すべての国境は廃止されて、世界政府が樹立された。なんでやねん、と愚痴る間もなくY惑星は地球の傍をビュッと飛びすぎて宇宙の彼方へ去っていってしまう。
 地球最高の科学者チームが間違えたのか?
 答えはさにあらず、高まる冷戦の危機を鑑みた科学者集団は意図的に虚偽の発表をすることで、世界を戦争による絶滅から救ったのである------という、お話。

 ちなみに、一味のリーダーであったジジイは、妻に死なれたショックから惑星衝突のXデーを待たずに自殺してしまう。人騒がせにも程がある。一体何を考えてるんであろうか。
 でも、ま、いいか。
 主人公は、妻が妊娠中でセックスできないことにマジ腹を立てているような、器の小さい男。
 二年間、もう後がないと思い込み、酒にタバコにドラッグにフリーセックスにさんざん遊び呆けた人類がこれからどうやって復興するのか。
 この異様に重苦しいテーマに明確な回答を出さないまま、物語は幕を閉じてしまうのであった。

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2012年8月13日 (月)

尾玉なみえ『少年エスパーねじめ』 ('02、集英社ジャンプコミックス)

 ---いつもの古本屋にて---

  「スズキくん、スズキくん。
 キミ用に『少年エスパーねじめ』①②巻、仕入れといたから。」

 「ありがとうございます。ホント感激です。近所を幾ら廻っても、拾えなくてずっと悲しい思いをしてました。
 そういえば、マスターって、職業・古本屋でしたもんね。
  そういえば。」

 「最近、どうもその基本設定が忘れられて、困っとるんだ。
 こないだなんて、神父の仮装で派手に登場したのはいいが、最後まで正体明かされず。
 誰だアレ、ってマジ言われた。」

 「・・・楽しみにしてる人、いるんですか?」
 
 「いいんだよ。ウチの甥っ子は、オレのファンだから。絶対裏切らないんだから。」

 「・・・幾つなんです、その不憫な子?」

 「小ニ。」

 「あと、三年以内の寿命ですね。」

 「うるせえ。
 『ねじめ』はな、面白いけど、怖いんだよ。特に、エスパロイドのうーほー・がーる。アレが本気で怖かったなー。」

 「なんですか、ソレ?」

 「少年エスパーねじめは、エスパーである。この世を混沌に返そうとする、暗黒エスパーの勢力と日夜戦うのだ。」

 「はァ・・・」

 「エスパロイドは、そんな白エスパーを支援する目的で、どっかの科学者がつくったアンドロイドか何からしい。そんな背景設定に、尾玉先生はまったく関心がない。
 勝手にどっかでつくられ、現在は野良と化しているらしい。
 うーほー・がーるなんか、ねじめが住み込んでる子の家の花壇に首だけ出して埋まっている。菊、ラフレシア、チューリップ、ダリヤの隣に。」

 「既に充分怖い要素がありますね。」

 「こいつが完全にキチガイなの。やばい。
 一個として、マトモな台詞を喋らない。初登場するなり、子供を攫ってお腹の引き出しの中に格納しちゃう。」

 「引き出し・・・?」

 「四次元ポケットみたいなもんだろ。なんでも入る。気に入ったものは、なんでも仕舞い込んじゃうんだ。これは怖いぜ。
 出てくると、ミイラ化して廃人みたいになってる。」

 「・・・・・・。」

 「うーほーは、台詞すら尋常じゃなくてな、いきなりオリジナルソングを歌い出して、凶悪な行動を繰り返す。

 ♪かわゆい かわゆいメガネボーイ
  メガネ ボイボイ メガネボーイ
  メガネボーイは うーほーのモノ!!!


 んで、捕獲ですよ。引き出しに。
 他人に怒られると、頭部のシャッターを降ろして自分の殻に閉じ篭もる。まったくコミニュケーションが取れない。これはやばい。」

 「ソレって、単なるキチガイじゃ・・・」

 「その通りだよ。
 尾玉なみえの登場人物なんて、そんなのばっかしだよ。」

 「むむ・・・。それ・・・笑っていいんですかね?」

 「わからん。だが、掛け値なしで面白いのは確かだ。
 他の場面でも、うーほーが戦闘で役に立ってる描写なんか全然ないんだ。それどころか、爆発で首がもげたりして、マジ怖い。気色悪い。」

 「まるで、ホラーキャラ扱いですね。」

 「こりゃもう、読んでもらうしかないよ!なんか、嫌なリアリティーがあるんだよ!タマんねぇよ!
 読んで感想を言ってみろってんだよ!

 
 ・・・でも、甥っ子には読ませたくないなぁー・・・どうしよう?」

 「勝手にやっててください。」

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2012年8月12日 (日)

ドリヤス工場『あやかし古書庫と少女の魅宝』第1巻 ('12、一迅社)

 普通に行った新刊書店で、普通に棚に載っていた新刊本を衝動買い。

 なんでって、これが水木なんですよ。どう見ても。絵柄として完成度が高い。脱力期にあった70年代くらいの水木先生の絵にクリソツなの。
 同人誌作家としては活動スパンの長い方らしいんですが、アニパロにせよゲームネタにせよ、この絵を使うのは反則だね。そりゃ絶対、面白いわ。

 とはいえ、パロでは所詮ネット住民の喜ぶ共同資産にしかならない訳でして。
 この絵で敢えてオリジナルを描かせようと説得した編集さんの熱意に感服しますね。

 話はね、萌え系の絵でやったら誰の記憶にも残らないようなもんなんですけど。
 ま、アノ、世界を支配できる魔術系の古文書がありまして、それが主人公の実家の古本屋に所蔵されているらしい。それを探して日本刀持ったセーラー服の美少女戦士が上がりこんでくる。学校の先輩もやって来る。超能力者で、美少女の。
 んで、三角関係になるという。
 主人公も実は能力者で、という話の展開も含めて、どうです?絶対、見たくない筈でしょ?

 これが、水木というフィルターを通すと、ちゃんと面白くなっちゃうんだよね。
 そこに驚いた。
 多分、この本の最大の仕掛けはその部分にある。まったく、なんでだろ?
 
考えてみてくださいね。

 ・・・(三分経過)・・・

 考えました?本当に?
 あんた、嘘つきだからなー。まァ、いいや。
 いいですか、正解を発表しますよ。
 答えは、「水木というフィルター」は絶対面白いと確信する作者の目がそこにあるから。
 だから、これはちゃんと面白いの。
 作家として選び取った表現手段になっちゃってるんですよ。不肖水木が。フハッ。
 だから、これ、最早パロディーじゃないんです。
 少年が美少女に頬を張られるシーンの擬音が、「ビビビビビ」じゃないのはそういう理由からです。
 「べちん」です。「べちん」。

 あ、ちなみに、ここでの美少女の造形は、つげ義春が描いた寝子ちゃんみたいな端正さは一切なくて、うら若い女子を描くのが苦手な水木先生ご本人らしい、ぶっきらぼう過ぎる素敵な美人画になっておりまして、これ、実は格好の笑いのツボなんだよねー。
 幾らなんでもコレは・・・という無頼派の造形が、類型的なこの話にピタリと嵌って輝いております。
 
 脱力系水木ということで、時々川崎ゆきおに見えたり、杉作J太郎に見えたり。(J太郎に似た絵が描けるだけでたいしたもんである。)
 そういやお話なんか、道具立ては『猟奇王』シリーズっぽいやねー。
 いいよねー。
 要するに、芸風として完成度が高い。
 画像は簡単に検索できますので、勝手に探しといてねー。
 じゃ、また。

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2012年8月11日 (土)

西郷虹星『聖(セント)アオカン』 ('73、虫プロ商事・別冊COMコミック)

 なにをやってるんだ。今すぐ、始めるんだ。
 何を? 
 決まってるじゃないか。
 激しいセックスさ。
 この世に他になにがあるというんだ。ゴー!


 このマンガにおいて登場人物達の思考は、単純にして豪快かつ歪み切っており、到底われわれ常人の理解し得る範疇を越えてしまっている。
 そこで、腐った肥溜めを暴き立て、此処に肥があると指摘することは容易いが、私はそういう迂遠な方法を採ろうとは思わない。
 諸君には、思いっきり肥にまみれてみて頂きたい。
 皆さんはそういう有意義な処遇に値する、素晴らしき人格者揃いだと確信している。

【あらすじ】

 青田寛一。通称・アオカン。

 ホレ開始早々嫌になったと思うが、続ける。
 この馬鹿は盛岡の大病院の跡取り息子のくせして、親への反撥から獣医学部を志願。微妙にセンセイと呼ばれる気が満々なところが小憎らしい。とにかく自分流を押し通したい。誤った自己主張が地球の裏側まで届いているような凄い奴だ。
 Tシャツ。
 ジーンズ。
 胸には大きな十字架。(但し信仰心ゼロ。)
 常に、脱いだジャケットを肩に掛けて。

 
 主義主張は特になし。信条は、行き当たりばったり。
 物語はこの人間のクズが念願の志望校に合格し、手荷物なしで新宿の街に現れたところから始まる。

 「持っているのは、大学の学生証と移動証明の届出用紙。」
 「それに、コンドーム一箱・・・!」


 威勢が良いのか、やりたい一心で脳が真っ赤に焼けてしまったのか。そのコンドームは十二個入りか。二十四個プラスワンなのか。余りに無防備過ぎるこの男、オリジナルな鼻歌を口ずさみながら、肩で風きり街を歩き出した。
 (曲調は腐れフォーク。) 

 「♪オレは盛岡の病院の跡取り息子
 オヤジは継げってうるさいけれど
 でっかい牧場を持つのがオレの夢
 胸の十字架、自由のしるし」

 「・・・さぁ、大学でも行ってみっか!メッチェン!」


 完全に脳が腐っていないと思いつけない素晴らしい内容の歌詞で心情を吐露しながら、聖地W大学へとやってきたアオカン、のっけから不良学生数名にプールサイドでレイプされている女学生に出くわす。
 (この描写、現段階では説明不足で脈絡が不明なのだが、のちの展開で青田が水泳部期待のホープと語られる。駄目だ。その水泳部。)

 「キャッ!イヤ!やめて!マジやめて!」
 「ヘッヘッヘッ、ねいちゃん、下のおケケも充分生え揃っとるやないか~!生娘気取りも大概にせいや~!」


 
「ゥ、待ってぃい!!!」

 格好良く舞台下手から登場したアオカン、競泳水着を破かれオッパイ剥き出しの女学生と、それにのしかかるケダモノじみた体躯の野獣系ゲリラ学生を軽く睥睨するや、

 「ニーチェいわく。」
 振り上げた拳で、プール周辺のフェンスを一撃で突き破った。
 「女を口説くときは、常に余裕が大切。」

 狂っている。こいつ、マジやばい。
 度を越したエキセントリックを見せつけられた不良学生達、ワラワラと逃げ出す。笑い笑いと書いて、ワラワラだ。そんな説明は要らない。

 「あ・・・ありがとうございましたぁ~」

 水着の切れ端で胸を隠し、慌てて立ち去ろうとする女の腕をムンズと掴んだアオカン、そのまま抱き寄せ、唇を奪う。

 「同志よ、求めよ。されば、開かれん。」

 「へ・・・?」


 救世主かと思いきや、実はダミアン100%。
 
白昼のプールサイドで、堂々と女を犯し始める青田寛一。
 それを物陰からジッと熱く見つめる腐った瞳があった。この学校のズベ公グループ、悪魔の三姉妹である。
 グラサンのお藤、サイケのミミ子、それにリーダー格の沢マタンキ。
 
大学生にもなって幼稚極まる反社会的行動を繰り返すことで、周囲の反感と軽蔑を一身に集める、呪われた武闘派集団だ。今風に言えば、戦闘美少女ってことだ。強烈にヤニ臭いが。

 「でかい・・・」

 「でかいわ、あいつのおチンチン・・・」


 魅入られたように、熱い視線(通称・熱視線)を送り続けるマタンキの頬を、堪りかねたミミ子が張った。

 「おねえさまッ!!
 あんたがボヤボヤしてるから、あの娘、まんまと犯されちゃったじゃないの!
 どーすんのよ?!」


 水飛沫に濡れ、水飛沫以外にも濡れ、今やプールサイドで全裸となりあらぬ嬌声を立てている娘は、実は三姉妹の手下なのであった。完全に見殺し。酷い話だ。

 「だって・・・あんまり、いい反り具合なんですもの。仕方ないじゃない?」

 「反り具合で人間の値打ちを決めるのはやめろと言うのに、まだ判らんのか。
 
このバカチンがー!!!」


 強烈な張り手が炸裂。マタンキの歯が二三本折れた。 

 「・・・そうだわ。」

 姉妹随一の知能を誇るグラサンのお藤が膝を打った。(もっとも三人とも幼稚舎からの内部進学組なので、平均知能レベルはちゅうがくせい程度。)

 「あたし達のボーイフレンド、カナダからの交換留学生・ロッキー風巻潤とあいつを戦わせてみてはどうかしら?」

 「え?いったい、何の必然性があって・・・」

 珍しくまともな発言をしたマタンキの腹に、強烈な飛び蹴りが食い込んだ。ゲボと胃の内容物を吐き出し、地面に崩れてのたうち回る。
 グラサンを外したお藤、到ってクールに、

 「もちろん、明確な理由はあります。人生は勝負に次ぐ勝負の連続。その厳然たる事実を、チンコの裏側を掻きながら寝っ転がってこのマンガを読んでいるような腐ったノンポリ学生どもに叩き込んでやりたいの。
 それと、やっぱり、お金ね!
 売れてるマンガは、なんたって常に戦ってるマンガよ!」


 かくて始まるロデオ勝負。
 対するロッキー風巻潤は、カウボーイハットにジージャン上下、ど派手なブーツでキメたカナダ国籍の癖にアメリカ本流を気取るザ・バンドみたいな度し難い奴。正直からみ辛い。
 三姉妹の送りつけた挑戦状(誤字有り)にいとも簡単に乗っかったアオカン、決戦の地・学校裏手の実験農場に意気揚々と現れるや、逃げる子山羊をロープでふん縛り、暴れ牛の背中に三分六十九秒(四分強とも云う)しがみつく快挙を達成する。
 さんざん前振りして登場したロッキーが完全敗退、一縷の波紋も残さぬまま闇へフェイドアウェイしてしまったので、これはマズイと思った沢(所属・なでしこジャパン)、

 「ふふふ、今までは、ほんのお遊び。
 聖アオカン!あたしの身体と対決してごらん・・・!」


 服を脱いだ。
 知ってる人は知ってると思うが、何気ない日常の野外で唐突に全裸が登場すると、「ウヒョーッ」となるより、実はちょっと気持悪い。
 背後で見守るお藤もミミ子も、ちょっと引いている。

 「デカルトいわく。」
 青田へこたれず、不敵な笑みを浮かべてチャックを降ろし、アオカン自身を剥き出しに。
 「毛を見て、為さざるは勇なきなり・・・!」

 なんかデカルトというより、中国の古代武将の発言のように聞こえるが、セックスにT.P.O.を問わない青田の余りの速攻に、沢は軽く制止をかける。

 「ただァーーーし!!
 条件があるわ。両手両足を使っては駄目よ!
 そのふたつの目だけで、あたしを犯してごらん!」


 一休さんのとんちか。お前は将軍・足利義満公か。
 度を越した無茶振りに却ってハッスルしたアオカン、眉間に皺を寄せ一世一代の熱い視線攻撃によって女の急所急所(全部で百八十八箇所ある)を責めまくる。
 
 「牝牛の疾患の特徴は、血液総量の増加並びに濃縮化・・・」

 唐突にトンでもないことを唱え出すアオカン。

 「すなわち、血の気の多い女の性感帯は、オッパイ・・・!!」

 表情ひとつ変えない沢に、悪びれず、

 「チイッ、ハズしたか・・・」

 頭を掻く。
 どんな攻撃なんだ。
 一糸纏わぬ全裸で、手入れしない陰毛を風に靡かせる女、そんな青田の発言に耳も貸さず、絶妙な反り具合加減を見せている股間の如意棒にひたすら着目している。

 「ならば、次は神経性リンパ腫瘍の原因、腋の下・・・!」

 これまた充分な刈り込みがされておらず、ふさふさの陰毛を蓄えた腋もあっさりスルー。
 それにしても、なぜ性感帯あてクイズ形式になっているのか。なぜことごとく病気の牛に例える必要があるのか。知能の低い地方出身者の考えることはまったく不可解だ。

 「・・・じゃ、本命。」

 指を弾いた。ラスト・オーダー、プリーズ。

 「これっきゃない。
 黄金の三角地帯で、禁断の違法植物大栽培だ・・・!!」


 残念、コレもハズレ。(エ・・・?)
 正解は内腿の奥にあるホクロの部分でしたー、って大人の週刊誌に載る人気風俗嬢インタビューレベルのくだらなさにシフトダウンしているが、対する沢マタンキも青田の逸物の反り具合に深い感銘を受けた御様子。しとど股間を濡らしてしまい、勝負は結局イーブンに。

 「強いな、あんた。」

 悪びれず、敵を褒め称えるスポーツマンシップに溢れるアオカン。

 「今度ゆっくり、ベッドで男と女の精神論を語り合おうや。」

 イヤだ、そんなベッドイン。
 相変わらず空を突いて反り上がるペニスを隠そうともせず、悠々と戦場を立ち去ろうとする青田を、突如現れた不良学生の集団が取り巻き、襲い掛かる。桶狭間もビックリ、こいつら、プールで女をレイプしていたスーパーフリーなイカ学生どもだった。
 展開の早さに唖然とする悪魔の三姉妹を尻目に、角材、ゲバ棒、チェーンを振り回し、京都の仇をローマで討つような無謀さで青田を襲うバカ集団。
 さすがに徒手徒拳では、得意の舌先三寸の暇も無い。一瞬、素になり蒼ざめるアオカンではあったが、救いの神は例によって思わぬ角度から訪れた。

 いつの間に現れた、精悍無比な学ラン角刈りの苦味走った男。青田の傍らで無限に拳を繰り出し、ファイトしている。

 「あ、あいつは・・・」

 露骨に恐怖の表情を見せながら、サイケのミミ子が解説する。

 「伝説の男。ゴウカンの政・・・!!!」

 ゴウカンの政。本名不詳。職業・学生、趣味・強姦。ってそのまんま。
 当るを幸い薙ぎ倒し、喰った女の数が五百人を越えるという。こうなるとしょっ引かれないのが不思議だが、政の毒牙にかかった女は異様な恋着を覚え、お上に訴えることもしないばかりか、かいがいしく身辺の世話を焼きたがるというから、こりゃ一種の超能力ではないかしら。マインドコントロールというのかしら。
 いずれにせよ、只の御仁ではない。

 「こいつらは全員、オレに強姦された女達よ!」
 
 え・・・?
 
 「女なんてもんは、一度犯してやると、例え相手がどんな男でも気持ちが動くものなんだ。」
 「初めはニ三人だったけど、いつの間にかこんなに増えやがったぜ!」


 実験農場での乱闘騒ぎを終え、蛎殻町にあるゴウカンの所有するフラットへやって来た青田、部屋中にたむろする女の数に目を剥いた。
 ゴウカン、エマニュエル椅子に腰を据えて、かしずく賎女に全身隈なく揉ませながら、

 「こうして、女どもに尽くされているとき、最高に男の生きがいを感じるね!
 フフフ、どうだい、アオカンさんよ?
 あんた、こういう極楽は味わったことがないだろ?


 ・・・オッ?!」


 女の一人が仕くじってゴウカンの足をくすぐってしまったようだ。
 間髪いれず、容赦ない本気の蹴りを繰り出すゴウカン。

 「てめえッ、このどん百姓の、ドジッ娘メガネ娘が・・・!
 今どき、少女マンガかァ?それとも、萌えマンガヒロインにでも立候補してみるつもりかよ・・・?!」


 ガシ、とその足首を掴んだアオカン、

 「野坂昭如いわく。」
 ぐいと引き寄せ、尻を抱えジーンズを引き降ろした。
 「♪ソッ、ソッ、ソックラテスか、プラトンかァ~~!!!」

 毛むくじゃらの臭い尻穴に唾を垂らし、いきり猛ったアオカン自身を抜き身で突き立て始めた。
 前後に激しく律動しながら、気をやる。

 「♪ニッ、ニッ、ニーチェか、サルトルかァ~~?!」

 「・・・ああッ!!!」

 居並ぶ女達は一斉にどよめき、嘆声を発した。

 「ゴウカン様が、強姦されている~~!!!」

 状況の解らぬまま一方的に肛門を酷使され、泡を吹いたゴウカン、おのれの得意技を自らにフルコースで振るわれるとは、まったくの想定外の事態。政府の危機管理能力を云々する前に、自分の立ち居振る舞いを強化しておけよ、といった教訓的事例であるが、それはともかく、多数の女達の嫌なものに目覚めた熱視線の裡に、悠然と白濁液を放出し、キッチリ中出しをキメたアオカン、

 「・・・ハァ~~ッ、キンモチ良かァ~~~

 切ない吐息を吐いた。崩れ落ちるゴウカンのボディー。
 それに構わずアオカン、何食わぬ顔でそそくさとズボンを履きながら、

 「ゴウカンさんよ、どうもキミとボクとでは考えが合わないようだネ!!
 ボクはこれから、水泳部の夏合宿へ参加して来る!
 
そこで、ジックリ、これからの男としての生きがいを見つけ出してきてやるつもりだ・・・!!!」


 勿論、行った先の地方都市でも、見つけた穴に突っ込む気満々なのである。


【解説】

 この作品、やもすると山上たつひこの超傑作「イボグリくん」シリーズに見える。
 というか、「イボグリ」自体が、こうした偽善的審美主義を看板に掲げる胡散臭い青春マンガ群のパロディーとして成立しているのであろう。
 (まさか居ないとは思うが、「イボグリくん」をまだ読んだことのない不勉強者は今すぐチェックしておくこと!さもないと石で頭を叩き割るゾ!)

 西郷虹星は、園田光慶門下の劇画家のひとりで、マイナー筋に有名なところでは、かの小池一夫の翻案問題作、劇画版「ハルク」の作画家として知られる。
 「プレイボーイ」誌に連載された、この『聖アオカン』が第一作品集となる訳であるが、格好いいのか悪いのか、読むべき深みまるで無しという潔い作風が災いしたのか、当然ながらのマンガ無間地獄の暗闇へと加速度をつけて消え去ってしまうのであった。

 ちなみに誰も気にしないだろう、この後の物語の展開は、以下の如し。

 ・海辺の合宿で、アオカン、意中の美少女に出会う。
  彼女は、暗黒素潜りで水泳部を永久追放になった男の妹だった。
  話はいつの間に真面目な水泳決戦となり、アオカン自慢のカノン砲一度も発射されず。
  百万読者、ガッカリ。

 ・自ら強姦され、禁断の快楽に目覚めたゴウカン、自分を見つめる旅に出る。
  旅先の北海道で、ヤクザの組長の娘と知り合い純愛に走るが、彼女は既に大手組長の息子との祝言が決まっていた。
  北海道へ、大挙して飛行機で押し寄せる追っ手のヤクザ千名。
  騒ぎが大好きなアオカンも、どさくさに紛れて渡航し、現地の女を喰いまくる。
 追い詰められたゴウカン、北海道の原野にひとり対1000人の無謀すぎる仁義なき戦いを敢行し半死半生になるも、突如現れた(事態の進行にまったく無関係の)アオカンが、「愛」について一席ぶったら、なぜか百戦錬磨の精鋭たちが急に涙ぐみ出して、本土に全員そそくさと帰っていってしまった。(チケット代、組持ち。)
 キョトンとするゴウカンと、百万読者。

  ・なにやらかしたのか、5人も揃って修道院に送られる肉欲強精シスターズの家に閉じ込められ、「ミザリー」状態で軟禁されたアオカン。
  連日連夜のおかわり地獄、精も魂も尽き果てて腎虚寸前、果たして奇跡の脱出はなるのだろうか・・・?
 って、この辺になってくると、青春とか説教とか既にどうでもいい感じ。フツーにたるいポルノっすー。抜けない百万読者の怒りが沸騰し始める。
  (室内では腎虚だが、青空の下に出るとみるみる精力復活・・・ってマンガ的にバカな下りも、なんか無理やりやらされてる感じだし。)

 ・打ち切り確定の最終話。
  横丁のバーの若女将と、飲んだ勢いでチョメチョメと・・・って、青春を微塵にも感じさせないサラリーマン臭さで、若者の性欲を見事に外し、ドブ板臭い日本の飲み屋街の闇に消えていった聖アオカン。
  結局、みんなサラリーマンになっちまいましたとさ。ホラ、きみの職場のデスクに未だにしがみついてる、皆に疎まれるご老体。アレがそうだよ。アオカンだよ。
  百万読者は直ぐにきみのことを忘れてしまうだろう。
 ボクも健康の為に忘れることにする。
  ありがとう、アオカン!

 なんか、こういう話って、どれも「カサノヴァ回顧録」みたいな終わり方をする。ゴダールは、『気違いピエロ』は正しいのかも知れない。
 爆弾一発でケリをつけるという、ね。
 
 それにしても、なんで虫プロ商事はこんなん出したんだろうか。お金に困っていたんだろうか。(思い切り困っている。)
 その辺の事情を遠慮なくズケズケ訊いて、手塚先生に思い切り叱り飛ばされてみたいところだ。

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2012年8月 6日 (月)

トビーフーパー『レプティリア』 ('00、日本Victor)

 夏だ!人喰い生物が一番輝く季節の到来だ!

 それにしても、どこの間抜けが『レプティリア』など観たがるのだろうか。田舎の湖にはしゃぎに来た若者のグループを巨大な鰐が襲う。それだけの物語。愛すべき作品だ。

 しかしこの映画、もっとマシな作品になったのではないか、という疑惑があるにはある。
 脚本は未消化で使いこなせていないが、巨大鰐の誕生には暗い因果があるらしく、その生誕の秘密を握るホテルは廃墟となり、朽ち果てている。地元出身の青年が語るそこに纏わる怪談話はゴシックめいて魅力的だ。
 フーパーもそこに敏感に反応したのだろう、楽しく水遊びをする若者達を睥睨するように聳える焼け落ちた巨大な館(C.G.というか、書き割り)というノリノリのカットを入れている。
 問題は、この館がただ単に背景として出てきただけで、サッパリ本筋に絡んで来ないことだろう。
 お話は主として、若者たちと鰐とのデッドレースに終始し発展性がまったくない。
 曰くありげに登場し、いつも唾を周囲に垂らし続けるワニ狩り名人も、速攻で始末されてしまう。彼の住まう家の美術は、完璧に『悪魔のいけにえ』リスペクトで出来上がっており、骨が吊るしてあるわ標本が飾ってあるわ、地道に頑張っているのだが、でも残念ながら本家の万分の一も禍々しくない。
 足を怪我した友人を一輪車に載せて運ぶくだりは、まんまフランクリンへのオマージュ。
 面白いんだけど、出涸らしのお茶をさらに煮詰めた感じで複雑な心境。でも終盤、鰐の行動がどんどんデタラメ度を増し、一軒家を破壊しガソリンスタンドが爆発、車に乗ってた男が焼け死ぬ(『鳥』だ!)と、なんか突き抜けた明るさが映画に漂い始める。イルカショーよろしく鰐が水面からジャンプし、ボート上空で一回転してみせる物凄いカットやら、まんま『アナコンダ』な人間踊り食いなんか見せられると、これはもうフーパー先生、楽しんでらっしゃるな、と。
 最後の展開は『怪獣ゴルゴ』なんであるが、この映画、ひょっとしてフーパー流大怪獣映画なのかも知れんぞ、と憎めない気持になるのでありました。
 ホラーじゃないんだな。そう納得すると気持に余裕が出来て楽しく観れますよ、この映画。

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2012年8月 5日 (日)

『アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争』 ('06、Studio2.0)

 すべての燃料資源が枯渇し、使えるものが人糞だけになった未来。
 政府は効率よくウンコを回収するため、国民にケミカル系合成ドラッグを支給。通称“アイスキャンディー”と呼ばれるそれは、摂取し過ぎると人体に突然変異を起こす危険極まりない物質だった・・・。

 面白い設定だが、なんにも喰わなければウンコは出ません。従って人糞しか使えるものが無い世界というのは、ちょっと想像し難い。しかしここはちょっと大人に、「そこまでウンコが好きなんだ・・・」と呆れつつも、感嘆してみよう。それは愛のファンタジー。翼があれば飛べる!ってことさ。トイレットにいる博士号保持者は、皆んなトイレット博士なのさ。
 あ、でも作者は、このディストピアをあんまり深く掘り下げるつもりはありません。
 ウンコ版『ソイレント・グリーン』を期待しても無駄だから、そのつもりで。これはノンストップで動き回る『くれよんシンちゃん』劇場版であり、無駄なカッコつけを排除したStudio4℃作品であり、『アキラ』で『Mr.インクレディブル』で、『攻殻ナントカ』である。たぶん。(私は『攻殻』は実際観てないので、当てずっぽうだが。)

 実弾は出ません。
 その点は、安心して。

 お子様のいる家庭でも、『カンフーパンダ』並みに安心して視聴できることを保証します。細かいディテールに拘んなきゃ大丈夫。アフロのオカマが腰振って迫りますけど、なぁに、理屈は変なおじさんと同じですよ。
 ヒロインが大量のウンコを生産する特殊肛門を装着されると聞いていたので、てっきりトイレの個室のドアをぶち破り、マンションのワンフロアを壊滅させる黄色い大洪水を超期待してワクワクしてたのに、そういうモロで下品過ぎる画ヅラは無かった。残念。
 あと、ウンコに付き物の臭い系描写もないんだよね。韓国の人たちはキムチとか強烈な匂いで日々鍛錬を積んでいらっしゃるから、割と平気なのかも知れないな。民族性の違いなのか。そんなワケはない。 

 突然変異のミュータント(可愛い)や監視局の副指令が虫けら以下の扱いで、バンバン撃ち殺されるところが痛快。
 偉そうなことは一切言わないで、下品に徹した作劇もB級アクションらしくて好感が持てます。勢いだけは、無駄に豊富。
 これまた大量に出てくる他の映画のパロディー要素は、実のとこ何がしたいのか解りません。でも、たぶん深い意味なんか全然ないんですよ。その分、場面設計が楽になるじゃないですか。そんだけ。
 「こういうの、好きですよ!」って主張しても、それインディ・ジョーンズのトロッコ列車ですから。隠された深い意味などある筈がない。
 おしゃれも感動もまったく無いってのは、素敵なことだと思う。

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