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2012年8月11日 (土)

西郷虹星『聖(セント)アオカン』 ('73、虫プロ商事・別冊COMコミック)

 なにをやってるんだ。今すぐ、始めるんだ。
 何を? 
 決まってるじゃないか。
 激しいセックスさ。
 この世に他になにがあるというんだ。ゴー!


 このマンガにおいて登場人物達の思考は、単純にして豪快かつ歪み切っており、到底われわれ常人の理解し得る範疇を越えてしまっている。
 そこで、腐った肥溜めを暴き立て、此処に肥があると指摘することは容易いが、私はそういう迂遠な方法を採ろうとは思わない。
 諸君には、思いっきり肥にまみれてみて頂きたい。
 皆さんはそういう有意義な処遇に値する、素晴らしき人格者揃いだと確信している。

【あらすじ】

 青田寛一。通称・アオカン。

 ホレ開始早々嫌になったと思うが、続ける。
 この馬鹿は盛岡の大病院の跡取り息子のくせして、親への反撥から獣医学部を志願。微妙にセンセイと呼ばれる気が満々なところが小憎らしい。とにかく自分流を押し通したい。誤った自己主張が地球の裏側まで届いているような凄い奴だ。
 Tシャツ。
 ジーンズ。
 胸には大きな十字架。(但し信仰心ゼロ。)
 常に、脱いだジャケットを肩に掛けて。

 
 主義主張は特になし。信条は、行き当たりばったり。
 物語はこの人間のクズが念願の志望校に合格し、手荷物なしで新宿の街に現れたところから始まる。

 「持っているのは、大学の学生証と移動証明の届出用紙。」
 「それに、コンドーム一箱・・・!」


 威勢が良いのか、やりたい一心で脳が真っ赤に焼けてしまったのか。そのコンドームは十二個入りか。二十四個プラスワンなのか。余りに無防備過ぎるこの男、オリジナルな鼻歌を口ずさみながら、肩で風きり街を歩き出した。
 (曲調は腐れフォーク。) 

 「♪オレは盛岡の病院の跡取り息子
 オヤジは継げってうるさいけれど
 でっかい牧場を持つのがオレの夢
 胸の十字架、自由のしるし」

 「・・・さぁ、大学でも行ってみっか!メッチェン!」


 完全に脳が腐っていないと思いつけない素晴らしい内容の歌詞で心情を吐露しながら、聖地W大学へとやってきたアオカン、のっけから不良学生数名にプールサイドでレイプされている女学生に出くわす。
 (この描写、現段階では説明不足で脈絡が不明なのだが、のちの展開で青田が水泳部期待のホープと語られる。駄目だ。その水泳部。)

 「キャッ!イヤ!やめて!マジやめて!」
 「ヘッヘッヘッ、ねいちゃん、下のおケケも充分生え揃っとるやないか~!生娘気取りも大概にせいや~!」


 
「ゥ、待ってぃい!!!」

 格好良く舞台下手から登場したアオカン、競泳水着を破かれオッパイ剥き出しの女学生と、それにのしかかるケダモノじみた体躯の野獣系ゲリラ学生を軽く睥睨するや、

 「ニーチェいわく。」
 振り上げた拳で、プール周辺のフェンスを一撃で突き破った。
 「女を口説くときは、常に余裕が大切。」

 狂っている。こいつ、マジやばい。
 度を越したエキセントリックを見せつけられた不良学生達、ワラワラと逃げ出す。笑い笑いと書いて、ワラワラだ。そんな説明は要らない。

 「あ・・・ありがとうございましたぁ~」

 水着の切れ端で胸を隠し、慌てて立ち去ろうとする女の腕をムンズと掴んだアオカン、そのまま抱き寄せ、唇を奪う。

 「同志よ、求めよ。されば、開かれん。」

 「へ・・・?」


 救世主かと思いきや、実はダミアン100%。
 
白昼のプールサイドで、堂々と女を犯し始める青田寛一。
 それを物陰からジッと熱く見つめる腐った瞳があった。この学校のズベ公グループ、悪魔の三姉妹である。
 グラサンのお藤、サイケのミミ子、それにリーダー格の沢マタンキ。
 
大学生にもなって幼稚極まる反社会的行動を繰り返すことで、周囲の反感と軽蔑を一身に集める、呪われた武闘派集団だ。今風に言えば、戦闘美少女ってことだ。強烈にヤニ臭いが。

 「でかい・・・」

 「でかいわ、あいつのおチンチン・・・」


 魅入られたように、熱い視線(通称・熱視線)を送り続けるマタンキの頬を、堪りかねたミミ子が張った。

 「おねえさまッ!!
 あんたがボヤボヤしてるから、あの娘、まんまと犯されちゃったじゃないの!
 どーすんのよ?!」


 水飛沫に濡れ、水飛沫以外にも濡れ、今やプールサイドで全裸となりあらぬ嬌声を立てている娘は、実は三姉妹の手下なのであった。完全に見殺し。酷い話だ。

 「だって・・・あんまり、いい反り具合なんですもの。仕方ないじゃない?」

 「反り具合で人間の値打ちを決めるのはやめろと言うのに、まだ判らんのか。
 
このバカチンがー!!!」


 強烈な張り手が炸裂。マタンキの歯が二三本折れた。 

 「・・・そうだわ。」

 姉妹随一の知能を誇るグラサンのお藤が膝を打った。(もっとも三人とも幼稚舎からの内部進学組なので、平均知能レベルはちゅうがくせい程度。)

 「あたし達のボーイフレンド、カナダからの交換留学生・ロッキー風巻潤とあいつを戦わせてみてはどうかしら?」

 「え?いったい、何の必然性があって・・・」

 珍しくまともな発言をしたマタンキの腹に、強烈な飛び蹴りが食い込んだ。ゲボと胃の内容物を吐き出し、地面に崩れてのたうち回る。
 グラサンを外したお藤、到ってクールに、

 「もちろん、明確な理由はあります。人生は勝負に次ぐ勝負の連続。その厳然たる事実を、チンコの裏側を掻きながら寝っ転がってこのマンガを読んでいるような腐ったノンポリ学生どもに叩き込んでやりたいの。
 それと、やっぱり、お金ね!
 売れてるマンガは、なんたって常に戦ってるマンガよ!」


 かくて始まるロデオ勝負。
 対するロッキー風巻潤は、カウボーイハットにジージャン上下、ど派手なブーツでキメたカナダ国籍の癖にアメリカ本流を気取るザ・バンドみたいな度し難い奴。正直からみ辛い。
 三姉妹の送りつけた挑戦状(誤字有り)にいとも簡単に乗っかったアオカン、決戦の地・学校裏手の実験農場に意気揚々と現れるや、逃げる子山羊をロープでふん縛り、暴れ牛の背中に三分六十九秒(四分強とも云う)しがみつく快挙を達成する。
 さんざん前振りして登場したロッキーが完全敗退、一縷の波紋も残さぬまま闇へフェイドアウェイしてしまったので、これはマズイと思った沢(所属・なでしこジャパン)、

 「ふふふ、今までは、ほんのお遊び。
 聖アオカン!あたしの身体と対決してごらん・・・!」


 服を脱いだ。
 知ってる人は知ってると思うが、何気ない日常の野外で唐突に全裸が登場すると、「ウヒョーッ」となるより、実はちょっと気持悪い。
 背後で見守るお藤もミミ子も、ちょっと引いている。

 「デカルトいわく。」
 青田へこたれず、不敵な笑みを浮かべてチャックを降ろし、アオカン自身を剥き出しに。
 「毛を見て、為さざるは勇なきなり・・・!」

 なんかデカルトというより、中国の古代武将の発言のように聞こえるが、セックスにT.P.O.を問わない青田の余りの速攻に、沢は軽く制止をかける。

 「ただァーーーし!!
 条件があるわ。両手両足を使っては駄目よ!
 そのふたつの目だけで、あたしを犯してごらん!」


 一休さんのとんちか。お前は将軍・足利義満公か。
 度を越した無茶振りに却ってハッスルしたアオカン、眉間に皺を寄せ一世一代の熱い視線攻撃によって女の急所急所(全部で百八十八箇所ある)を責めまくる。
 
 「牝牛の疾患の特徴は、血液総量の増加並びに濃縮化・・・」

 唐突にトンでもないことを唱え出すアオカン。

 「すなわち、血の気の多い女の性感帯は、オッパイ・・・!!」

 表情ひとつ変えない沢に、悪びれず、

 「チイッ、ハズしたか・・・」

 頭を掻く。
 どんな攻撃なんだ。
 一糸纏わぬ全裸で、手入れしない陰毛を風に靡かせる女、そんな青田の発言に耳も貸さず、絶妙な反り具合加減を見せている股間の如意棒にひたすら着目している。

 「ならば、次は神経性リンパ腫瘍の原因、腋の下・・・!」

 これまた充分な刈り込みがされておらず、ふさふさの陰毛を蓄えた腋もあっさりスルー。
 それにしても、なぜ性感帯あてクイズ形式になっているのか。なぜことごとく病気の牛に例える必要があるのか。知能の低い地方出身者の考えることはまったく不可解だ。

 「・・・じゃ、本命。」

 指を弾いた。ラスト・オーダー、プリーズ。

 「これっきゃない。
 黄金の三角地帯で、禁断の違法植物大栽培だ・・・!!」


 残念、コレもハズレ。(エ・・・?)
 正解は内腿の奥にあるホクロの部分でしたー、って大人の週刊誌に載る人気風俗嬢インタビューレベルのくだらなさにシフトダウンしているが、対する沢マタンキも青田の逸物の反り具合に深い感銘を受けた御様子。しとど股間を濡らしてしまい、勝負は結局イーブンに。

 「強いな、あんた。」

 悪びれず、敵を褒め称えるスポーツマンシップに溢れるアオカン。

 「今度ゆっくり、ベッドで男と女の精神論を語り合おうや。」

 イヤだ、そんなベッドイン。
 相変わらず空を突いて反り上がるペニスを隠そうともせず、悠々と戦場を立ち去ろうとする青田を、突如現れた不良学生の集団が取り巻き、襲い掛かる。桶狭間もビックリ、こいつら、プールで女をレイプしていたスーパーフリーなイカ学生どもだった。
 展開の早さに唖然とする悪魔の三姉妹を尻目に、角材、ゲバ棒、チェーンを振り回し、京都の仇をローマで討つような無謀さで青田を襲うバカ集団。
 さすがに徒手徒拳では、得意の舌先三寸の暇も無い。一瞬、素になり蒼ざめるアオカンではあったが、救いの神は例によって思わぬ角度から訪れた。

 いつの間に現れた、精悍無比な学ラン角刈りの苦味走った男。青田の傍らで無限に拳を繰り出し、ファイトしている。

 「あ、あいつは・・・」

 露骨に恐怖の表情を見せながら、サイケのミミ子が解説する。

 「伝説の男。ゴウカンの政・・・!!!」

 ゴウカンの政。本名不詳。職業・学生、趣味・強姦。ってそのまんま。
 当るを幸い薙ぎ倒し、喰った女の数が五百人を越えるという。こうなるとしょっ引かれないのが不思議だが、政の毒牙にかかった女は異様な恋着を覚え、お上に訴えることもしないばかりか、かいがいしく身辺の世話を焼きたがるというから、こりゃ一種の超能力ではないかしら。マインドコントロールというのかしら。
 いずれにせよ、只の御仁ではない。

 「こいつらは全員、オレに強姦された女達よ!」
 
 え・・・?
 
 「女なんてもんは、一度犯してやると、例え相手がどんな男でも気持ちが動くものなんだ。」
 「初めはニ三人だったけど、いつの間にかこんなに増えやがったぜ!」


 実験農場での乱闘騒ぎを終え、蛎殻町にあるゴウカンの所有するフラットへやって来た青田、部屋中にたむろする女の数に目を剥いた。
 ゴウカン、エマニュエル椅子に腰を据えて、かしずく賎女に全身隈なく揉ませながら、

 「こうして、女どもに尽くされているとき、最高に男の生きがいを感じるね!
 フフフ、どうだい、アオカンさんよ?
 あんた、こういう極楽は味わったことがないだろ?


 ・・・オッ?!」


 女の一人が仕くじってゴウカンの足をくすぐってしまったようだ。
 間髪いれず、容赦ない本気の蹴りを繰り出すゴウカン。

 「てめえッ、このどん百姓の、ドジッ娘メガネ娘が・・・!
 今どき、少女マンガかァ?それとも、萌えマンガヒロインにでも立候補してみるつもりかよ・・・?!」


 ガシ、とその足首を掴んだアオカン、

 「野坂昭如いわく。」
 ぐいと引き寄せ、尻を抱えジーンズを引き降ろした。
 「♪ソッ、ソッ、ソックラテスか、プラトンかァ~~!!!」

 毛むくじゃらの臭い尻穴に唾を垂らし、いきり猛ったアオカン自身を抜き身で突き立て始めた。
 前後に激しく律動しながら、気をやる。

 「♪ニッ、ニッ、ニーチェか、サルトルかァ~~?!」

 「・・・ああッ!!!」

 居並ぶ女達は一斉にどよめき、嘆声を発した。

 「ゴウカン様が、強姦されている~~!!!」

 状況の解らぬまま一方的に肛門を酷使され、泡を吹いたゴウカン、おのれの得意技を自らにフルコースで振るわれるとは、まったくの想定外の事態。政府の危機管理能力を云々する前に、自分の立ち居振る舞いを強化しておけよ、といった教訓的事例であるが、それはともかく、多数の女達の嫌なものに目覚めた熱視線の裡に、悠然と白濁液を放出し、キッチリ中出しをキメたアオカン、

 「・・・ハァ~~ッ、キンモチ良かァ~~~

 切ない吐息を吐いた。崩れ落ちるゴウカンのボディー。
 それに構わずアオカン、何食わぬ顔でそそくさとズボンを履きながら、

 「ゴウカンさんよ、どうもキミとボクとでは考えが合わないようだネ!!
 ボクはこれから、水泳部の夏合宿へ参加して来る!
 
そこで、ジックリ、これからの男としての生きがいを見つけ出してきてやるつもりだ・・・!!!」


 勿論、行った先の地方都市でも、見つけた穴に突っ込む気満々なのである。


【解説】

 この作品、やもすると山上たつひこの超傑作「イボグリくん」シリーズに見える。
 というか、「イボグリ」自体が、こうした偽善的審美主義を看板に掲げる胡散臭い青春マンガ群のパロディーとして成立しているのであろう。
 (まさか居ないとは思うが、「イボグリくん」をまだ読んだことのない不勉強者は今すぐチェックしておくこと!さもないと石で頭を叩き割るゾ!)

 西郷虹星は、園田光慶門下の劇画家のひとりで、マイナー筋に有名なところでは、かの小池一夫の翻案問題作、劇画版「ハルク」の作画家として知られる。
 「プレイボーイ」誌に連載された、この『聖アオカン』が第一作品集となる訳であるが、格好いいのか悪いのか、読むべき深みまるで無しという潔い作風が災いしたのか、当然ながらのマンガ無間地獄の暗闇へと加速度をつけて消え去ってしまうのであった。

 ちなみに誰も気にしないだろう、この後の物語の展開は、以下の如し。

 ・海辺の合宿で、アオカン、意中の美少女に出会う。
  彼女は、暗黒素潜りで水泳部を永久追放になった男の妹だった。
  話はいつの間に真面目な水泳決戦となり、アオカン自慢のカノン砲一度も発射されず。
  百万読者、ガッカリ。

 ・自ら強姦され、禁断の快楽に目覚めたゴウカン、自分を見つめる旅に出る。
  旅先の北海道で、ヤクザの組長の娘と知り合い純愛に走るが、彼女は既に大手組長の息子との祝言が決まっていた。
  北海道へ、大挙して飛行機で押し寄せる追っ手のヤクザ千名。
  騒ぎが大好きなアオカンも、どさくさに紛れて渡航し、現地の女を喰いまくる。
 追い詰められたゴウカン、北海道の原野にひとり対1000人の無謀すぎる仁義なき戦いを敢行し半死半生になるも、突如現れた(事態の進行にまったく無関係の)アオカンが、「愛」について一席ぶったら、なぜか百戦錬磨の精鋭たちが急に涙ぐみ出して、本土に全員そそくさと帰っていってしまった。(チケット代、組持ち。)
 キョトンとするゴウカンと、百万読者。

  ・なにやらかしたのか、5人も揃って修道院に送られる肉欲強精シスターズの家に閉じ込められ、「ミザリー」状態で軟禁されたアオカン。
  連日連夜のおかわり地獄、精も魂も尽き果てて腎虚寸前、果たして奇跡の脱出はなるのだろうか・・・?
 って、この辺になってくると、青春とか説教とか既にどうでもいい感じ。フツーにたるいポルノっすー。抜けない百万読者の怒りが沸騰し始める。
  (室内では腎虚だが、青空の下に出るとみるみる精力復活・・・ってマンガ的にバカな下りも、なんか無理やりやらされてる感じだし。)

 ・打ち切り確定の最終話。
  横丁のバーの若女将と、飲んだ勢いでチョメチョメと・・・って、青春を微塵にも感じさせないサラリーマン臭さで、若者の性欲を見事に外し、ドブ板臭い日本の飲み屋街の闇に消えていった聖アオカン。
  結局、みんなサラリーマンになっちまいましたとさ。ホラ、きみの職場のデスクに未だにしがみついてる、皆に疎まれるご老体。アレがそうだよ。アオカンだよ。
  百万読者は直ぐにきみのことを忘れてしまうだろう。
 ボクも健康の為に忘れることにする。
  ありがとう、アオカン!

 なんか、こういう話って、どれも「カサノヴァ回顧録」みたいな終わり方をする。ゴダールは、『気違いピエロ』は正しいのかも知れない。
 爆弾一発でケリをつけるという、ね。
 
 それにしても、なんで虫プロ商事はこんなん出したんだろうか。お金に困っていたんだろうか。(思い切り困っている。)
 その辺の事情を遠慮なくズケズケ訊いて、手塚先生に思い切り叱り飛ばされてみたいところだ。

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