マックス・エールリッヒ『巨眼』 ('49、ハヤカワSFシリーズ)
地球が巨大な何かに衝突する物語には、二通りの結末がある。
すなわち、
1.本当に衝突し、何もかもがご破算となり、めでたしめでたし。
2.衝突するかと思ったら、スカされてガッカリ。
正直生きてるのがドンドンしんどくなって来ている最近の世相を鑑みるなら、せめて小説の中ぐらいは見事なこの世の終わりを見届けたいのが人情偽らざるところ。
現実には地球は終わる終わると云って、ちっとも終わってくれない。
ノストラダムス、お前には物凄く失望した。
そして、その後も世界を終わらせるチャンスは何度も訪れたのだが、皆ことごとく外された。オイルショック。違う。円高。これも違う。冷戦・キューバ危機。古くなってどうする。あとなんだ。オウムのハルマゲドン?スケールちっちゃー。マヤの謎文字。あと三ヶ月の命か。火星の人面岩。これもなんか違う。
世界には、派手にキッパリ、男らしい最後を迎えていただきたい。
コレは、人類共通の願い、悲願と言っていいだろう。
さて、話がわき道に逸れた。
マックス・エールリッヒによる世界破滅テーマの古典『巨眼』は、太陽系に迷い込んできた大宇宙の放浪者・Y惑星に地球が正面衝突する、素晴らしい物語となる筈であった。
「筈であった」と仮定法過去形なのは、そうならないからで、破滅を迎えるのは天文学者のジジイ一名。理由は長年連れ添った妻に死なれたから。
完全に自殺である。
ソ連がニューヨークを爆撃するという噂が流れ、誰もが全面核戦争の恐怖にチンコも立たないほど震え上がっているさなか、博士が謎の天体を発見する。世界各国の天文学の達人が駆り集められ、必死の研究の結果、二年後のクリスマスに地球に衝突するという結論が発表される。
誰もがあと二年しか生きられない。
それを知った地球の人々は、揃いも揃って自堕落にグダグダする方向性を選び取る。農民は耕作を止め(倉庫には充分すぎる食糧備蓄がある)、駐留していた軍隊は解散し全員帰国する。会社はすべて休みとなり、学校は授業を放棄。
世界経済は崩壊した。
当然、犯罪も暴動も起こり、力こそすべて、悪いコトし放題のイカした世の中が世の中が到来しそうなものだが、なぜかそうならず誰も死なず、すべての国境は廃止されて、世界政府が樹立された。なんでやねん、と愚痴る間もなくY惑星は地球の傍をビュッと飛びすぎて宇宙の彼方へ去っていってしまう。
地球最高の科学者チームが間違えたのか?
答えはさにあらず、高まる冷戦の危機を鑑みた科学者集団は意図的に虚偽の発表をすることで、世界を戦争による絶滅から救ったのである------という、お話。
ちなみに、一味のリーダーであったジジイは、妻に死なれたショックから惑星衝突のXデーを待たずに自殺してしまう。人騒がせにも程がある。一体何を考えてるんであろうか。
でも、ま、いいか。
主人公は、妻が妊娠中でセックスできないことにマジ腹を立てているような、器の小さい男。
二年間、もう後がないと思い込み、酒にタバコにドラッグにフリーセックスにさんざん遊び呆けた人類がこれからどうやって復興するのか。
この異様に重苦しいテーマに明確な回答を出さないまま、物語は幕を閉じてしまうのであった。
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