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2012年6月23日 (土)

川崎三枝子『教師女鹿①』 ('78、芸文社)

 劇画は狂っている。狂って血に飢えている。
 なぜ往年の劇画がかくも凶悪な衝動に満ち溢れていたのか。その答えは測り知れない。だが、問題の根幹はどうやら“時代”とか“社会”とかいった凡庸なキーワードと、困ったことに本気で関係がありそうだ。そう、嘗てこの国には到る所で不満や欲望が焦げ付きドス黒い渦を巻いていたものだ。道に唾する者。酔ってパンティーを被る者。独身者のどくだみ荘。家族持ちの鬼畜。やがて小金を持った連中がしゃしゃり出て来てバブルの狂騒が始まり、洗練と趣味の追求が謳われて、いつしかすべては忘れ去られた。
 今夜、飼い馴らされた犬小屋を這い出せ。
 あんたの中に眠っている獣を目覚めさせるんだ。
 バースト・シティー。バーニング・デザイアー。街を廃墟に戻せ。


【あらすじ】

 東大合格者を昨年も5名輩出した名門私学・白汀学園に、水仙女子大を優秀な成績で卒業した新人女教師が赴任してくる。到着するなり凄惨なレイプを目撃。犯人の覆面を被った不良高校生3人組に、「いいわよ、あんた達。あたしは黙っててあげる」と強姦続行を許可し、自分はタバコ咥えて横目で見ている。いきなり常識の裏を掻く展開。犯られる水商売の女は悔しくて泣いてます。
 交代で中出し、なお精力に余裕のあるティーンエイジャー達は、行きがけの駄賃だ口封じとばかり一斉に女教師に襲い掛かるも、マンコ全開の状態で押さえ込んだ筈の相手に、僅かな隙にナイフを盗られて、逆襲を喰らう。全員生徒手帳を没収。逆に恐喝される側の立場に。情けな過ぎ。

 この明らかにデキる女の名は、女鹿冴子。大学の先輩でレズ達の緑川涼子が赴任早々廃人にされたお礼参りとして白汀学園に乗り込んできた、リベンジャー=復讐者だ。(お礼参りは日本の美しい習慣である。)
 白汀学園校長の狂った教育方針に負けて心身共にずたぼろにされた涼子は、終日自宅マンションに引きこもりとなり、セルフで麻薬を血管注射中。完璧に一級品の人間の屑と成り果てていた。まァ、日常的に麻薬の入手経路を持ってるだけで充分駄目ですが。

 「おやめなさい、冴子!あの冷酷非道な校長の鉄の教則には、あんただって歯が立たないわよ!」

 ・・・って、意味不明のギンギン過ぎるテンションで一方的な檄を飛ばす涼子。何かキメていないと到底出来ない飛ばしっぷり。一体何があったのだろうか。
 これから何と戦わなくてはいけないのか。そもそも相手は誰なのか。いや待て、第一何の為に戦うんだ。読者に巨大な疑問符を投げかけつつ、冴子は復讐心を燃え上がらせるのであった。
 
 さて、女鹿は生物教師の代役、非常勤の講師として着任したのだが、一身上の都合(※月給4万8千円では生活できない)により、もっと授業のコマ数が欲しい。そこで国体出場を鼻にかけ生徒を一方的にシゴきまくっているダサダサ女・片桐先生を罠に掛けて体育教師の座を貰い受ける作戦に。
 「いけェ、茂!不良の意地を見せてやれ!」
 授業でテニスボールの猛烈アタックを浴びてボコボコにされているのは、先日のレイプ犯達だった。艶然と微笑む冴子。場外に逸れた打球を持っていた樫の小枝で打ち返す。テンション高けりゃなんでもできる。
 唖然とする片桐先生の眼前に舞い降りた女鹿は、あらん限りのボキャブラリーを駆使して国体の税金無駄遣いぶりを徹底的に罵倒。怒った片桐先生は校長に猛烈抗議し、この三流私大出の生意気女をクビにするよう訴える。あたしは国立大学出身だし。
 かくて一旦は校長を味方につけ勝利したかに見えた片桐先生だったが、冴子の挑発に簡単に乗っかり、激昂の余り階段を踏み外して腕を骨折。病院送りとなる。
 「ホホホ、国体出場を鼻にかけるしか能のない片桐先生。もう国体には出られない。病院で自分の馬鹿さ加減をとくと反省することね!」
 わざわざ言うか、其処まで?悔しさに唇を噛み締める国体選手。
 校長としては、この限度を越えた怪しい女に生徒を任せて大丈夫なのだろうかと一抹の不安に駆られつつ、とりあえず体育教師もお願いするしかなかった。

 さて、女鹿先生は生物の授業をやらせても他所様とは一味違った。
 開始早々生徒の注意がブレていると見るや、ミニスカで教壇の上に登って、全開開脚。ウヒョー。
 「いい?これが大腿四頭筋よ!」
 わかってます。
 ・・・つーか、これが性器の構造を教えるコーナーだったら観音様拝めてたってこと?・・・って、ことだよね?
 だ・よ・ねー!D・A・Y・O・N・E~!
 そりゃ生徒はヒートアップ。ウキウキ・ウェイクミーアップ。
 これが豪ちゃんスタイルのギャグ絵だったりしたら新鮮味ゼロな感じですけど、どう見ても完全にギャグマンガのツカミとしか思えない異常な事態を、硬質かつシャープな劇画絵で展開させるところに川崎三枝子先生独自の女の美学がある。
 実は傑作『姫』も、『妖あどろ』も、全部が全部がそうなんですわ。原作がどうこうとか云ったレベルじゃありません。すべて無茶です。自然体の今どき風の女なんて一人も出て来ません。自己劇化の激しいワガママが過ぎる人たちが大暴れ。素敵。輝いております。

 そんな型破り教師(しかも教える内容は碌でもない)を貫く女鹿先生だったが、赴任初日に見逃したレイプ事件の被害者が、お礼参りとばかり、ヤクザ四名を引き連れて襲ってきた!(この作品では到るところで、この美しい日本の習慣が守られている。)
 ハードコアに、四名のヤクザに代わる代わるレイプされまくる女鹿先生。
 吉田秋生『吉祥天女』では、同様の事態を反則気味のアクションと恫喝によって回避していたが、そこはもう人倫とかいったヌルイものに容赦がない三枝子先生、ゴリゴリに突きまくられております。
 と、その現場(林の中)へバイク飛ばしてやって来る、医大を何十回となく浪人を重ね煮締まったような長髪学ランのむさ苦しい男。アルチュール・ランボー詩集をバサと投げつけ急場を救った彼は、先生を助けて自分のアパートへ。誰だこいつ。
 いわゆる“レイプ・シャワー”(※主にスラッシャー映画でレイプ後のヒロインがシャワーを浴びるアレ)で心身の穢れを清めバスタオル一枚で現れた女鹿先生に、かれは次々と恐ろしい言葉を投げつける。
 「俺の名は純一、ずっとあんたをつけ廻していたんだ・・・!」
 「明日っから、俺はあんたのいるあの学校へ転入する!」
 「あんたはさっき肉体は犯されても、精神は犯されなかった!」
 「だが、それも終わりだ!俺があんたの精神をコナゴナに打ち砕く!からっぽの肉体を刺し貫く!」

 「・・・俺があんたを殺してやるよ・・・!」

 完全にキマった三白眼でありえない発言を繰り返す相手に、女鹿は大爆笑。そして意味なくディープキス。重度のストーカーの心の傷口にさらに塩を重ねて擦り込むような真似をしてしまうのであった。

 翌朝。
 「おはよー、先生!」
 バイクで登校してきた純一は、いきなり女鹿先生を轢きにかかる。落ちたペンを拾おうと身を屈めたので間一髪危機を乗り切る先生。『ピンクパンサー』みたい。
 「女鹿先生!」
 いきなりバイクの上から指一本突き出し宣言する純一。
 「あんたは今日、白汀学園の教師をクビになる!」
 根拠不明の発言を残し、ハッハッハッと高笑いしながら去っていく後姿を見送りながら、「誰だ、あいつに免許取らせたのは?」と当然の疑問を呟くしかなかった。

【解説】

 登場人物が、全員キチガイ。
 そういう世界観がギャグマンガの根底にあることは既に承知していたが、実は劇画もそうだった。描き込み過剰なリアルな絵でやられるので、毒は一層根深い。
 このあと、校長の用意した刺客教師が次々と女鹿を襲う異常な展開に突入し、外人の夫との生本番を見せつける英語の先生(最終的に女鹿の罠にハメられ夫をスキーストックで刺殺)やら、柔道対決ではだけた豊かな乳房に鼻血ブーになる堅物先生(巨大コンツェルンの御曹司)やらバラエティーに富んだ対決、見せ場が用意されているので、三度の飯よりバカキチガイが大好きな人はぜひどうぞ。

 最後に女鹿先生の傲慢極まる教育方針を記述しておこう。

 「高校生といえば、立派な男。
 その男達があたしの魅力に参るのは当然なこと。
 犯したいと思うのも、不自然なことではないわ!」


 素晴らしい。姐さん、ありがとう。

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