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2012年4月28日 (土)

川島のりかず『母さんが抱いた生首』 ('88?、ひばり書房)

 ウィ・ウォント・生首!ウィ・ニード・生首!!いわゆる<首切り3部作>(※いま名付けた)開幕篇にして、川島生首熱の最高峰!
 作中に登場する生首個数は世界記録更新!!
 さらに、絶叫・半身不随・暴行、かあちゃんの不倫を加え、意図せざる身投げまでプラスして、トドメはいわずもがなの発狂!!
 逆『サンゲリア』な目玉串刺しもあるよ!
 これぞパーフェクトのりかず!!Ohママ、世界の頂点だ!!
 

 ・・・それにしても生首って一体何だ?人はなぜそれに惹かれるのか?

 黒社会のエンコ飛ばしに始まり、切られた耳(『ブルー・ベルベット』)、手首(『本陣殺人事件』)、足(『オーディション』)など身体切断ネタは星の数程ありますが、とりわけて生首が格別の地位を占めるのは、マキシマムに残念な感じがするからではないだろうか。
 ちょっと考えて見て欲しい。(ドウエル教授以外の)生首は完全に死んじまってるワケだ。
 切断面から血とか零れ落ちてますよ。なんか紐状の器官の切れ端とかハミ出てちゃってる。これはもう、「助かる見込み100%無し!」って明確に断言できる状態なワケじゃないですか。
 これほど、ダメな感じって他にありますか?究極ですよ。究極。
 マインド・レイプ。
 人を絶望の淵に追い込むなら、近しい人間の生首を見せるだけでいい。
 これは豪チャンが『デビルマン』で発見した美樹ちゃんの法則、あ、でも『セブン』で中井美穂の生首を見たイチローも同じリアクション取ってましたな。ガキの頃読んだんでしょうなー。しかし、最近のハリウッドは生首そのものを見せんのがケシカランです。
 犬神家を見習え。
 南洋の首刈り族の研究では、なんか古代人は首に生命力の根源があると考えておりうんぬん、と尤もらしい謬説が飛び交っているようだが、それよりなにより、生首の持つ本質的な負のパワーは、地域社会を飛び越えて全地球的にダメな感じをダイレクトかつ強力に伝える、という点をまず押さえておく必要があるだろう。
 呪術の到来以前に人は生首にどこまでも心乱される生き物なのである。
 
 対人コミニュケーションの基本が顔対顔なのが原因のひとつなんだろうが、例えば、ホラ、現実に起こったあの児童惨殺事件を思い出してみて欲しい。どこまでも究極に無念な感じ。強力なマイナスの磁場の発生。
 勝てません。デビルマンでも。この世にはそういう圧倒的なパワーが多数存在し、ひとたび荒れ狂えば人倫は容易に踏みにじられる。われわれはそれに顔を背けて生きていくか、正直に向き合って深淵を覗き込み過ぎて発狂するか。
 そういう意味で、川島のりかずはとても心優しい作家なのである。いわばハッピーエンドの帝王だ。

 闇の淵をあなたが見つめるとき、
 闇もまた、あなたを見つめているのだ。


あらすじ】

 フラットな団地。街路。北区。写真コピー・貼り付けによる背景。かつて藤子不二雄Aが多用しわれわれをうんざりさせた伝説の技法で惨劇の幕が開く。
 (最近はより安価にスキャナー取込み出来るので、かつて写真取込みが持っていた解像度の荒いダルなテイストも喪われてしまった。白黒に焼かれた目の粗い写真を見たときのなんとも嫌な感じ、劇画の伝える手抜き紛いの迫真性、読者を無用に脅しつける高圧的な姿勢など、すべて今はもう懐かしいものに。ちなみに、のりかずの使用したゼロックスは安過ぎてスキャンに失敗した箇所があったらしく、白くボケた箇所はペンやホワイトで加筆してある。)

 さてさて、いつものように下校する小学生女子3人。このパターン多いなぁー。
 主人公有賀アヤは度を越した野球好き。左手にグローブを嵌めてソフトボールを転がしながら帰る。
 早くも「こんなやつ居るか!」と突込みが飛んできそうなところであるが、しかし、友人のおかっぱ頭はさらに凄い。金属バットを肩に担いで下校する。
 なんでこんな異様なキャラ設定にしたのか開巻早々に理解に苦しむところだが、女子もうっかり真似るくらい当時野球が異常に流行っていたとか、本当は少年物にしたかったがひばりなのでこうなったとか、まァそんなとこなんだろう。つまらん事情だ。
 仲間と別れたアヤは、塀にボールを当てては拾うひとりキャッチボールを繰り返しながら、無意識にいつもとは違う路地へ。
 それが彼女の運命を大きく変えた。

 人気の無い工事現場。プレハブ小屋から女の悲鳴が。
 好奇心に駆られ窓からこっそり覗き込むと。
 
 デコッパチでグラサンのヤクザが、床に転がした女の首を締めている。

 「お前の遺体は、この工事現場のコンクリートの中に葬ってやるよ!」
 親切そうに末期の女性に囁くヤクザ。
 顔面蒼白になるアヤ。


 うっかり物音を立ててしまった。
 はっと顔を上げるグラサン男。床に垂れ動かなくなる女性の手首。バッチリ、殺人直後の反社会勢力のエージェントと目をあわせてしまったアヤは脱兎の如く駆け出す。
 死体を放り出したデコッパチ、全速力で追ってくる。
 流線。
 流線。背景ナシ。ソリッド極まる手抜き展開だ。


 走りながらふと、左手にまだグローブを着けていることに気づいたアヤ、ソフトボールを取り出して背後に迫るヤクザの顔面に思い切り、ど真ん中ストレートを叩き込む。
 巨大すぎるデコにヒット。

 
「フフン、ハハハハ!!」
 性格のよさが偲ばれる飛び切りの悪相で嘲笑するアヤ。中指まで立てている。
 「クソッ!!」
 赤く腫れたデコを押さえ、子供相手に完全にマジ切れになるヤクザ。負けじと足元に落ちていた石を大人の腕力で、小学生目掛けて投げつける。
 これまた頭部にクリーンヒット。こいつら、無意味に野球レベル高い。

 脳震盪を起こしてフラフラになったアヤ、その場にドサリと倒れてしまった。

 「ヒーーーッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・!!!」

 性格悪いを通り越し、狂気の笑みを満面に浮かべて勝利の美酒に酔うデコッパチ男は、倒れた少女の身体を抱きかかえると、どうしてやろうかと視線を走らす。
 その間、瞬時の気絶から目覚めたアヤは、「放せ、バカヤロー!」と騒ぎ出す。
 ふと視界の隅に入ったのが、路地の切れ目にある建設途中の段差。下の草っ原までは数メートルの高低差がある。コンクリートの崖だ。
 
 「イヤッ!!やめてーーー!!」

 叫ぶ少女を完全に狂った笑顔で見下ろしながら、崖へにじり寄るヤクザ。デコの生え際は限界まで後退し危険過ぎる状態になっている。
 ハゲだ。
 こいつ、見事だ。完膚無きまでにハゲだ。


 「A・B・B・A、アバよーーーッ!!!」

 放り投げた。
 空中でジタバタしながら、まんまの姿勢で落ちていくアヤ。落下シーンが妙に長いことに注目。手元の時計で数秒のところ、たっぷり3ページ。

 (1ページ目)
 放り投げるデコヤクザ。「キャア」と極太手描き文字で絶叫するアヤ。
 上方俯瞰で落ちていくアヤの正面カット。描き文字「・・アアア!!」
 分割された描き文字で2つのコマは短い経過で繋がっていることを示している。
    ↓
 (2ページ目)
 上空から投げ落とされてくる少女の身体。
 2コマ目はしつこく、そのクローズアップ。激しい落下速度を表す流線とフラッシュ。
    ↓
 (3ページ目)
 空を掴む腕のクローズショットと、高低差を示す空間の空き。
 恐怖に歪んだ瞳のアップ。絶叫する口のアップ。
 暗黒の中に飛び散る血しぶき。ホワイトを叩きつけて表現。極太文字で「ギャア!!!」

 のりかずは、恐怖の瞬間を引き伸ばして描写することを好む。
 あたかも、それが作品の眼目であるかのように。

 特に、落下は彼の中で深いトラウマとなっていたようで、繰り返し他の作品にも現れて来ることになる。(『恐ろしい村で顔を盗られた少女』『私は生血が欲しい』『怨みの猫が怖い』・・・) 
 
 
かくて、かなりの時間的余裕をもって地面に叩きつけられた少女、背後に流れる黒い血。顔面は蒼白で、瞳孔が完全に開いている。
 こりゃ死んだろ、と読者もデコッパチヤクザも全員が思っていると、どっこい、彼女は生きていた。
 
 近所の親切な人に発見され、慌てて救急病院に担ぎ込まれたアヤは脊髄に強力な衝撃を受けた関係で、言語中枢も運動中枢も麻痺。言葉も喋れず、動くことさえままならない悲惨な状態で、かろうじて息を吹き返す。
 当然、ヤクザにやられた件も説明できない。事件はアヤの不注意から起こった悲しい事故として既に処理されてしまっている。そんな。

 一生、喋れない。
 一生、動けない。
 
 「エッ、これって難病モノだったの?!」ってぐらい意外な方向へ舵を切った物語は、突如として主人公と家族の闘病ドキュメントと化す。全身動かないのに、意識だけは普通にあるアヤは絶望し生きる希望を失くして過去の楽しかった想い出(主に野球)に縋るようになる。
 気休めになればと与えられたインコは、「おタケさん」しか喋れず、ガッカリ。大体、誰だよ、おタケって?
 母親は読唇術を習い、なんとか娘の気持を理解しようと懸命に努めるが、自分の状態について真相を知らされた娘は白目を剥き、声にならない絶叫を上げ、
 (ヒィィィッ・・・!!
   死んだ方がマシ!
   死んだ方がマシよ・・・!!!)

 と、憎っくき犯人を、家族を、友人を、世間一般を憎悪するようになり、日増しに痩せ衰えていく。食べても食べても吐いてしまい、栄養剤注射でかろうじて生きながらえているような状況だ。

 「彼女は、心の奥で死を望んでるんですよ。」
 医者は冷酷に分析する。
 「身体は栄養剤で持ちますが、心はそうはいきませんよ・・・。彼女には、もう望むものが何にもないんです。生き甲斐が何もないんです。」
 
 「どうしたいいんですか・・・?どうしたら・・・?」
 涙ぐむ母親。
 「生きる望みを見つけてやることです。」医者は背中を向けて語りかける。「そうすれば、彼女の身体も元通りになるでしょう。」

 
勿論、ここで医者が言う“元通り”とは、元通りの全身麻痺患者に戻れるという意味なのである。

 有賀家の父親は会社の重役。娘の世話を妻に任せっぱなしで、平気で部下とゴルフに行くような、よくあるタイプ。薄情さを妻になじられると、
 「わしァな、実はアヤを見ていると、辛くてな。胸が痛くなるんじゃ・・・。」
 なんだそりゃ。無言になる妻。
 「逃げてなどいるものか。これでも、お前とアヤのために頑張っておるんじゃ。」
 「ウソよ!!」
 妻の告発は絶叫に近い。
 「兎に角、何日掛かっても、アヤの生きる張り合いを見つけてやるよ。今までのことは、アヤに済まなかったと思っている・・・。」
 闇の中に、沈黙と一緒に取り残される夫婦。

 ---翌日。
 父親は部下と約束通りリムジンでゴルフへ出掛けるも、運転手の一瞬の操作ミスで前方の車と接触。高速道路のレーンを飛び出しガードを突き破ってしまう。
 空中を舞う大型リムジン。写真貼り付けによる大特撮。土蔵のある町並みへ一直線に落下していく車。真っ黒な背景に浮いた自動車の前方、後方ショット。
 「うぁぁぁっ!!」
 地面に触れんとする車の正面に、尖った建材の山が描き込まれているぞ。嫌な予感。

 フロントガラスを突き破り、侵入してきた先の尖った木材が、のけぞる後部シートの父親の顎下にめり込んでグィッと突き刺さる。
 ズブズブ、もぐり込む鋭利な切っ先。
 圧力で押し出された父親の目玉が、眼窩からはみ出してブチュッと破裂。
 幅広の先端はシャベルのように父親の首をきれいに掬って跳ね飛ばした。屋根に落ち、ゴロゴロ転がる生首。
 軒下で呑気に煙草盆を囲んでいた植木職人たちの足元に落下。


 「ひぇぇぇぇーーー!!!」

 驚愕するおっさん達を前に、生首は確かに口をきいた。

 「・・・アヤ・・・すまなかった・・・・・・。」

 恐怖に声も出せないおやじ世代。救急車のサイレン。パポパポパポ。怒声と騒乱。
 そのとき、遠く離れた有賀家の屋敷で窓辺に佇むアヤは、確かに父の詫びる声をそのとき聞いた。なんでって、聞こえたんだからしょうがない。
 (エ・・・まさか・・・?)
 そこへ、一瞬遅れて電話が。
 夫の唐突過ぎる死を知らされ、絶句する母親。

 身内だけの葬儀を済ますと、哀れ、有賀家の残された親子は、死人同然の状態になってしまった。

 ---それから数日後。

 あるじを亡くした広壮な屋敷を見下ろす斜路に一台のカローラがパーキング。
 ボックスから取り出したふさふさのヅラを装着し、ニヒルに笑うその顔は、無精髭まで仕立てて入念に変装しているが、紛うことなきアヤを破滅の淵へと追いやったあの憎っくきデコッパチヤクザ、その人ではないか。
 悪魔のようなこの男、ハゲを隠して何を企むのか。偽名・鷹山を名乗り、有賀父の旧恩を受けた身であることを説明。言葉巧みに未亡人に取り入ろうとする。

 「かつて、私が事業に行き詰り、こりゃもう死ぬっきゃない!と思って登ったビルが、奥さん、お宅のご主人が所有するビルだったんです。警備員に見つかってあわや警察沙汰になりかけたときに、ご主人は懇切丁寧に励ましてくれまして、」
 ここで、ヅラを一瞬掻いた。
 「当座の資金として、二十万円ものお金を恵んで下さった。」
 「それで、今は・・・?」
 「山小屋と運送業をやって結構稼いでおります。」

 くせー。なんか、うそくせー。

 ここで、冷ややかな目で見つめるアヤの肩先に止まったバカインコが、初めて「おタケさん」以外の言葉を力一杯シャウトする。

 「キー!キー!
 ひとごろし・・・!ひとごろし・・・!」


 さすがに血相の変わる偽名・鷹山。それでも所詮は鳥の発言だ、必死で平静な様子を装い、

 「人生、不幸ばかりは続かないんだ。元気を出して。」

 アヤの肩に手を置き、説得力の欠片もない暖かい言葉を投げかける。
 完全に目の死んでるアヤは、動かない唇を怒りに震わせて心の中でこの世の真実をフルボリュームで大放送。

 (うるさい・・・!!!
 人生なんて、不条理の連続よ!!!)


 それでも盛りの女の性(さが)っちゅーのんは、不思議なもんですなぁー、母親は軽薄極まる言葉に何か心を動かされたようで、しっとりと濡れた目線を鷹山に向けるのであった。
 かくて、線香の一本も手向けて供養で完結する筈だった鷹山の存在は、翌日の訪問へ延長戦、それからもちょくちょく顔を出すようになり、いつしか屋敷に居座るようになってしまったというのだから、とんでもない。

 それでも、頑なに身体だけは許そうとしない夫人に、

 「ケッ・・・いつまで生娘気分でいやがるんだ。オバハンめ・・・。」

 心中、悪意K点越えの罵りを浴びせながら、薄気味悪い眼つきをした車椅子の娘を散歩に連れていってやるなど、ひたすら献身的態度を示し、篭絡のチャンスを窺っていた。

 インコに速攻で見破られる程度のデコッパチの変装であったが、なぜか一向に正体に気づかないアヤ。敵は財産乗っ取りを最終目標に掲げ、幾度となく、アヤ殺害を企てる。
 ここで突然登場するヒッチコック・タッチ。
 『疑惑の影』ですな。身近な人に生命を狙われるという。そういえばインコの存在ってどことなく『鳥』を思わせなくもないし、のりかずって実は映画マニアだったの?という、実際どうでもいいような疑問が。

 しかし、散歩途中、坂道トップ付近にわざとらしく車椅子を置き去りにし、ストッパーを緩めた状態で煙草を買いに行く、という初歩的過ぎる殺害計画も、いきずりの熱血漢の予期せぬ乱入により容易く失敗。坂を転げ落ちるアヤの車椅子をジャッキー・チェンより素早い身のこなしで追いかけ、キャッチし見事に止めた。顔を上げると、この物語随一のイケメン。誰だ、こいつ。
 「・・・おいおい、気をつけなよ!」
 そのまま帰ってしまった。
 完膚なきまでに、見事に物語から消え去ってしまった。
 アヤも、われわれも、完全にポカーン。地団駄踏む偽名・鷹山。
 
 次の作戦は、たけし城で谷隊長が毎週使っていた、崖の上から落石を落とすという斬新極まるもの。ユニバーサルスタジオでもやってました。
 場所は屋敷の裏山。散歩道。相手は独りじゃ動けぬ車椅子だし、これは間違いようがニャイ。
 でも、外れた。
 大きく外れた。デコッパチの共犯者、センス無さ過ぎ。

 焦って駆け寄った真犯人、なぜか急にインコが一声啼いて飛び掛り、ヅラが持ってかれた。

 (アアアーーーッッ・・・!!!)

 声にならぬ大絶叫を上げるアヤ。
 ヅラの下には、年齢に似合わぬ見事なデコッパチ。こいつ、間違いない。あのときの悪党だ。
 では、先刻のアクシデントも、もしやこいつが仕組んだ。

 (ギャァァァーーーッッ・・・!!!
 ・・・助けて・・・!!!)


 最大限の恐怖に引き攣るアヤだったが、ちょっと待て。自分は半身不随。事の真相に気づいても、逃れようが無いではないか。他人に真実を伝える手段も無い。
 幸い、相手はなんとか合法的に事故に見せかけようと四苦八苦しているようだし、即刻ブスリということもなさそうだ。
 それよか、今は事の真相を見破ったのを知られる方がまずい。ここはひとつ、知らぬ顔の半兵衛を決め込もう。半兵衛が誰かは知らんが。それしかない。

 アヤはとっさに、心の中で泥鰌掬いを踊り出し必死に素知らぬ振り。不審げに見る鷹山だったが、インコはヅラを銜えて屋敷へ飛び去ったに違いないと気づき、車椅子を押しながら、その場を後にするのだった。
 まずはヅラが先決だ。ヅラ・ファーストだ。

 裏山から戻ってきた自分のかつて知らない鷹山の真の姿を見て、ハッと固まる夫人。ああっ。これは。
 「・・・・・・。」
 バツの悪くなったデコッパチ、困った顔をしてへへへと頭を掻く。
 その姿になんでか可愛さを見たのであろう、夫人、思わず笑う。

 え。

 受け入れた?

 この状態を受け入れたぞ、この女。
 想定外の許容範囲内セーフ。


 そこへ平和の青い鳥(実はインコ)がヅラを銜えて飛んで来た。ノアの大洪水は終わったのだ。

 戦々恐々とするアヤは母親に何とか事の真相を告げようと、動かぬ唇を必死に動かして、あいつこそが人殺しだと伝えようとするのだが、雌の本能が既に芽生えた夫人は本気にしようとしない。
 その姿を物陰から窺っていた、いまや公然と前髪の極端に少ない姿を露呈させている偽名・鷹山、公称・デコッパチ、ようやくアヤが自分の正体を悟っている事実に気がついた。
 ふたりきりになると、不気味な笑みを浮かべて、

 「ふへへへへ・・・。
 今すぐにでも殺してやろうか・・・。
 包丁でお前の身体を切り刻んでやってもいいんだぞ。」


 凄いことを言う。

 「近いうち、楽にしてやるぜ。そんな身体じゃ生きていても仕方がないだろう?」

 勝利を確信し笑いながら余裕で去っていく鷹山に、アヤ、怒り沸騰。マキシマム。

 (私の体の自由と言葉を奪った、あんな奴。最低。最低。
 殺してやる。殺してやる。殺してやる。
 あいつがこの家にいる限り、私は死ねないわ・・・!!)


 思わぬことから生きがいを取り戻したアヤ、翌日から驚くほど食欲が出た。

 ヅラを外して生活するようになった鷹山と、夫人の仲はさらに急速に発展。やはり、男は常に本音で勝負する生き物だったのか。しかし相手が「結婚しよう」と言い出すに及んではさすがの夫人も躊躇する。
 「でも、まだ、私・・・夫を亡くしたばかりだし・・・。」

 女学生に様に恥らう姿に、内心ダーティー極まる舌打をかます鷹山。

 (ケッ・・・!気取ってんじゃねーよ、ババア!
 俺なんか、ヅラをナシにしたばかりだぜ!!)


 それでも表層は笑顔を取り繕い、

 「わかったよ。きみの気持が固まるまで待つよ、フォーエバー!」
 「あぁ、鷹山さん・・・!!」


 ヒシと抱き合う大人二名に、カーテンの陰に収納されたアヤは歯噛みする。

 (うぅ・・・情けない・・・せめてテレパシーがあれば、ママに鷹山の正体を教えてやれるのに・・・。
 神様、わたしにテレパシーをください!!)


 そのとき、天上界のどこかで、陽気なラテン系の声がした。

 「オ ッ ケ イ !」
 

 願う者には奇跡が与えられる。これを称してファンタジーと謂う。理屈は家に置いて来い。
 その日からアヤは、テレパシー能力の所有者になってしまった。

 超能力少女・アヤ、否ここは80年代チックにサイキックA・Y・Aとぜひ呼びたいところであるが、彼女はまず何を行なったか。
 これまでコミニュケーション能力不足の為、充分に訴えることが出来なかった自分に起こった事件の詳細を、母親に伝えることに成功する。プレハブ小屋での覗き見から、地面への落下、殺人鬼・鷹山の再登場に度重なる暗殺劇の一部始終を。(忘れた人はこの記事をもう一回最初から読んでちょうだい。ちなみに俺はもう忘れた。)

 無言になる母親。
 娘が超能力を駆使して自分の愛人を告発する事態の奇天烈さに戸惑っているのかと思ったら、そうではなかった。

 「キーーーッ・・・!!!
 あんた、なんてこと言うのよ!!デタラメばっかり!!!
 鷹山さんは、決してそんな酷い人じゃないわ・・・!!!」


 そっちか。
 女としての本能に覚醒した(この物語、やたらといろいろ覚醒する)母親は、アヤの保護者としての立場を完全放棄、デコッパチヤクザ・サイドについてしまった。これは、遠山の金さんが悪に染まる程度に由々しき情況である。

 (ママ・・・目を覚まして!!
 あいつは、この家の財産を狙っているのよ!!
 狂ったさつじん鬼よ・・・!!!)


 「お黙り!!」

 バシーンと張られるアヤの頬。
 バーンとドアを開けて出て行く母親。目は吊りあがり、完全な悪相になっている。

 「フン・・・!!もう、今日から親でもなければ、子でもないわ!!お前なんか野垂れ死にすればいい・・・!!」

 ドアの外にはお手伝いのばぁさんが待っていて、なんでってアヤの心の声大放送は近隣一帯に筒抜けになるほど規模がでかいからに決まっているのだが、大人らしく、子供の告発を鵜呑みにするのではなく相手の立場も慮り、丁寧な口調で、

 「奥様・・・。
 アヤちゃんの気持も少しは思いやってください。
 もう少し、鷹山さんの様子を見るべきでは・・・・・・。」


 「シャラップ・・・!!お黙んなさい!!
 たとえ我が子でも、私たちの仲を邪魔するのなら、親娘の縁だって切ります!!
 カット、カット!!5分を10分に切りますわよ・・・!!」


 「奥様、それ、逆に尺が伸びてます。」

 「うるさい!!お黙り!!
 あたし、これからあの人とドライブに行ってくるから!!
 んでもって、関越道近辺のラブホに入って、バッコンバッコンにハメまくって来ますから!!
 今夜のお食事は結構よ!!
 フン!!あんたの造るご飯なんて、全部犬の餌、ネコの耳くそよ・・・!!」


 酷い捨て台詞を吐いて、意気揚々と屋敷を出て行く母を見ながら、アヤは訣別の刻を知った。これからは、実の親といえども赤の他人だ。むしろ、命を狙う敵なのだ。
 それにしても、なんでこんな酷すぎることに。
 彼女はベッドで泣き崩れたかったが、寝返りひとつ自由には打てない身体だった。天井を睨んで動けないアヤの頬を、大粒の涙の伝う筋が幾本も刻まれるのだった。

 ・・・情事の後の、気だるい空気が部屋を包んでいる。 
 薄暗がりに寝転ぶ女は、汗ばんだ身体を拭おうともせず、自堕落に時を数えているばかりだ。
 自称・鷹山、通称・デコッパチは男性ホルモン過多すなわち性欲異常昂進症により見事禿げ上がった広い額を撫でながら、カーテンの向こうを照らし出す西日の異様な赤さをじっと見据えて膝折り、タバコを咥えている。
 紫煙が渦巻き、先端の火が闇に踊る。

 「・・・上手くいくとは、思えないな・・・。」
 
 ハゲは低い声で言った。
 ベッドの反対側で項垂れる女の身体が、ビクリと震えたようだ。

 「あいつは、俺を嫌っている。」

 「そんなことないわ。一緒に暮らしていけば、あの娘もだんだん馴染んできて・・・。」

 「そんな可能性が全くない事くらい、きみこそ一番最初に感づいている筈なんだが・・・。
 駄目だよ、やっぱり。きみの家には住めない。」


 女は枕に顔を埋めて黙り込んだ。
 嗚咽が微かに聞こえる。

 「・・・ひとつだけ、方法がある。」

 機械のような声で、男は言った。

 「きみは、あの屋敷を捨てることが出来ない。僕だって、きみと一緒に居たい。
 だとしたら方法はひとつしかない。
 アヤちゃんにあの家から出て行って貰うことだ。」


 吐胸を突かれたように、女は振り返った。シーツからはみ出した意外に豊かな乳房が揺れた。 

 「アヤちゃんの処分は、俺に任せてくれ。悪いようにはしない。
 周りには、遠縁の親戚に引取られた、とでも言っておけばいいさ。」


 女は男の言葉の真意を汲み取って、身震いした。
 そして、迷った。
 ひとりの女として、この男と生きるのか。母親として、身体の不自由なアヤの面倒を一生見続けるのか。

 安っぽい造りのホテルの小部屋に、急速に闇の気配が濃くなってきたようだ。
 その中で闘魚のように絡み合う男女の肢体は、暗がりに紛れて最早窺うことすら出来ない。荒い息遣いだけが連続して異国の呪文のように響いている・・・。

 ---翌晩。

 (だ・・・誰ッ?!)

 「ヒイッ、ヒッヒッヒッ・・・」

 暗闇に目覚めたアヤは、闇の中に浮かぶふたつの白い顔を見た。

 見開かれた感情のない真っ白な目。眉は吊りあがり、般若の形相。背後からの照明に照らされて、グロテスクな仮面のように暗黒の中に浮かび上がっている。

 (・・・ママ・・・??)

 家人に気づかれぬよう、こっそり運び出されるアヤ。残念だがテレパシー大放送の届く範囲に人間が居ないようだ。まこと、便利な超能力。
 車の後部座席に寝かされ、抵抗ひとつ出来ないアヤに、既に鬼の形相になっている夫人は、

 「ホラ・・・!!これも持っておゆき!!」

 インコの入った駕籠を投げつけた。
 運転席のデコッパチが素早くイグニッション・キーを捻り、エンジン・スタート。地獄への容赦ないドライブが幕を開ける。
 壮絶に悔しいが、テレパシー能力では反撃できない。通行人の脳波を捉えてメッセージを送り込もうとしても、手繰り寄せた瞬間、相手は後方に遥か消え去っている。まこと、便利だ超能力。
 ぐんぐん加速度を増し、市街地を抜けて高速のレーンに侵入するカローラ。アヤの能力を警戒しているのか、やたら加速を上げるデコッパチ。深夜でも車の姿はチラホラあるが、見えたと思うや抜き去っているのでまったく隙がない。
 群馬方面を掲示する緑のプレートが見えた。すぐに埼玉に入る。そして、意外とそこから何処まで行ってもまだ埼玉県なのである。でっかいな!埼玉県。最高。

 「お前のママには、お前は養女としてある男に預けたと言っておく。そして、引取られてから数日後、ドライブ中に不運な事故で死ぬ。」

 ククク、と唇を歪めるデコッパチヤクザ・鷹山。
 根っからサディスティックな男らしい。明らかに楽しんでいる口調なのがむかつく。

 「さて、それでは、お前の終焉の地へ赴くとしようか。」

 鼻歌を奏で出した。

 「現場は、俺が昔パッとしない役者志望のタマゴだった頃、特撮戦隊モノのエキストラとしてよく駆り出されていた、埼玉県奥地の採石場跡ですよ。いわば特撮ファンの聖地ですよ。」

 あ、それ、知ってる。アヤは意外とオタク系の知識が豊富だった。
 それにしても、こいつ、どのシリーズに出演していたのか。こんな時だが、マニアの血が騒ぐ。
 元・出演者とマニア。同じ特撮を愛するふたりが何故こうまで憎み合わねばならないのか。アヤは余りの運命の皮肉に、心中、特撮の神様・円谷英二を激しく呪ったが、これはお門違いも甚だしい。英二も迷惑だ。

 そうこうするうち、かの採石場に到着。
 なにせ埼玉県の大半は電気が通っていない未開の地であるからして、こんな山間の奥まった土地は、当然真っ暗。人の気配どころか、虫の声すら聞こえない。
 幸いの月明かりに助けられて、聳える崖の袂を眺めると、フロントグラスのひび割れたいい感じに廃車寸前のバンが一台。

 「来たかチョーさん、待ってたドン。」

 奇妙な合言葉を口にしながら、デコッパチの手下の皮ジャンが駆け寄ってきた。
 先日崖で石を転がしてアヤ抹殺を図るも完全に失敗、殺しのシックスセンスに欠ける男だ。

 「ベンガル、オクレと無理心中。」

 これまた解読不可能な合言葉を返し、デコッパチ・鷹山は唇を窄めた。

 「ガソリンは、充分に撒いただろうな・・・?」

 「あぁ。大丈夫。・・・だが、一体どうする気だ?」

 「事故死と見せかけ、焼き殺す。」


 「・・・酷ぇな、あんた、マジ酷ぇっすよ!
 残虐非道だよ!とても同じ血のかよってる人間だとは思えねェ!
 この、冷血!!ヘビ男カッセル!!怪奇吸血人間スネークもいいとこだよ!」


 なおもカポーティー、カポーティーと間抜けな独語を繰り返す共犯者に舌打ちしながら、アヤの動けぬ身体を運んで、バンに移し変える作業完了。

 デコッパチ、その場に落ちていた角材をヒョイと拾い上げると、手下の後頭部に強烈な一撃をお見舞いする。

 「イテテテテッッ!!・・・何すンだ、兄貴?」

 「事故死に見せかけるにゃ、運転していた間抜けな継父の存在が欠かせないんだよ!!こんな全身麻痺の娘がひとりでドライブできるかよ!!いい加減気づけよ、ボケ!!育てよ、カメ!!」

 「おのれ、またしても円谷かッ・・・!!!」

 打たれた後頭部を押さえてバンの中に倒れ込む手下。顔面血塗れ。気絶。もはや絶体絶命。
 後部シートに寝かされたアヤはなんとか身を捩って逃げ出そうとするが、勿論の初期設定、全身ピクリとも動くワケがない。充満するオイルの匂いに鼻が捥げそうだ。
 ニヤリ笑って油を滲み込ませたハンケチに火を点けようとするデコッパチ。しかし、そのとき、夜を切り裂き、想定外の真っ黒い影が襲い掛かった・・・!!

 「イテテテテ、テテテ・・・!!!」

 インコだ。
 誰もが存在を忘れていたが、そういやコイツ、確かに一緒に乗っていた。
 なんでか知らん、羽根を逆立てる程猛烈に怒っているインコ、鋭い蹴爪を閃かせ、デコッパチの左目を思いっきり抉り出した。
 でろん、と眼球をはみ出させ、右往左往パニくるデコッパチ。

 「う、わわわわ!!なんだ!!なんだ!!」


 怒りに駆られ、役立たずとなったおのれの眼球をズルズル掴み出すと、地面に叩きつけた。
 「クソッ!!!」

 残る片目でインコの動きを見据えるや、ヘビより素早い一撃で拳を一閃。叩き落した。その顔は眼窩から零れる夥しい流血に染められ、地獄の悪鬼の形相を呈している。

 「A・B・B・A!!アバよーーーッ!!ダンシン・クィーーーン!!!」

 遂に放たれる火。たちまち車内に充満し、ゴウッと燃え盛る。
 その火を片目で眺めてほくそ笑む悪魔。だが業火の熱さにその場には居られない。
 流血によろめきながら、立ち去っていく。

 「火が・・・!!!」

 チリチリと焦げ出すアヤの髪。服も燃え出した。

 「イヤッ!!イヤッ!!イヤッ!!」
 「このまま、死んでしまうなんてイヤよーーーッ!!」
 「いつまでも生きていたーーーい!!!」


 本音だ。
 本能全開。すなわち、超能力フル回転。
 底知れぬ未知のパワーによって、完全に気絶していた筈のデコッパチの手下が目を醒ます。

 「・・・ウワワッ!!なんだ、なんだ?!
 アチッ!!アチッ!!」


 慌てて車から飛び出そうとして、傍らでもがくアヤに気づき、一瞬の躊躇もなく助け出す。
 あぁ、よかった。この人は善い人だ。

 助け起こされたアヤは、デコッパチに撃墜されたインコの屍骸が地面に転がっているのを目にする。クシャッと羽根を丸め、頸をあらぬ角度に傾けて完全に死亡している。
 のりかずは、ここで、読者の誰も予想しなかった意外な真実を述べる。

 “死んだインコに
 アヤの父親の霊魂が乗り移っていたことには
 誰も気づかなかった・・・。”

 そりゃ絶対、わかんないよ。
 アヤ達が安全圏まで逃げおおせたところで、バンがボカンと大爆発。
 道路の方向を目指し崖の登坂路を登っていくデコッパチ車のヘッドライトが彼方に閃く。

 (・・・助かった・・・。)

 危機に及んで急激に活性化された超能力により、いまや普通に会話できるアヤと元・手下の皮ジャン男、デコッパチの犯罪計画の全貌を明らかにする。
 愛人殺害を目撃されアヤを殺そうと図ったが、果たせず再度生命を付け狙う内に、有賀家が相当な資産家であることを知り、娘暗殺&財産乗っ取りに方向性をシフトチェンジ。おまけに性欲まで満たそうというのだから、見下げ果てた悪魔野郎なり。

 「・・・しかも、長年あいつの為に働いた俺まで殺そうとしやがった。クソッ。
 お嬢ちゃん、悪かったな。俺が間違っていたよ。
 あんな外道は生かしておいちゃいけない・・・!」


 何事かマジに決意したらしきドジ男を、不安げに見やりながら、アヤは不安に眉を曇らせる。

 (そんな何人も殺したような恐ろしい男と一緒に居るなんて・・・。
 ママは今頃、大丈夫かしら。
 ママ・・・!!ママ・・・!!)

 
皮ジャンは身を起こし、アヤを抱き上げた。

 「お前さんは病院に連れてってやるよ。そこでゆっくり休むといい。」

 岩陰に隠してきた自分の車へ歩き出した。この車の存在に気づかないなんて、兄貴はやっぱり迂闊な奴だ。埼玉県のような未開のジャングルを往来するのに公共の交通機関などあるものか。自分のアシ=ジープだけが頼りだ。
 
 (あの・・・それで、おじさんは・・・?どうするの?)

 男は、ニヤリ笑った。
 その顔に虚無的な影が滲む。

 「旧いヤツだとお思いでしょうが・・・。
 落とし前、キッチリ着けさせて貰います。」


 宵闇に、なぜかカラスが啼いたようだ。

 ・・・その日の深夜。
 有賀邸。
 パークウェイに駐車しているデコッパチのカローラ。山道を無理繰り疾駆したせいで、車体は跳ねた石ころでボコボコ。埃りまみれで無惨な様子。 

 傷ついて片目になり車を飛ばして戻った鷹山に、手負いの獣の激しさで、いきなり挑まれ犯されながら、ハッと夫人は虚空を見据えた。

 「・・・どうした?」

 「いま、確かにアヤの声が聞こえたの。ママ、ママ・・・って・・・。」

 「バカな・・・。あいつは、もう・・・。」


 死んでる。
 あやうく言いかけて、慌てて口を噤むデコッパチ。
 と、そこへ遠くからお手伝いのババアがシャウトする声が。

 「あッ!!誰ですか、あんた!!こんな夜中に!!警察、呼びますよ!!警察!!」

 「うるせーな、ババア。」
 
 ブスッ。
 鈍い刺殺音がした。


 「俺はこの世の正義を実行するため、埼玉の山奥から遥々駆けつけて来ました、ってんだ。
 大人しく道を空けなさいっての。」


 寝室のドアが蹴破られ、日本刀を持った男が乱入してきた。

 「き・・・きさま、生きていたのか!!」

 依然、夫人最深部に侵入したまま鋼鉄の硬さを保っているデコッパチの自慢の逸物ではあったが、さすがに声は狼狽している。

 「おっ、こりゃお楽しみの真っ最中だねェ、兄貴!!たまんないね!!ふるいつきたくなるぐらい、いい女(スケ)じゃねーですか!!
 へい、不肖あたくしめも兄貴の御尊顔、拝謁したくて地獄の一丁目から舞い戻って来ましたよ!!」


 結合した姿勢のまま身動き取れぬ夫人に向かい、洗いざらい、先刻の出来事を捲し立てる皮ジャン男。膣痙攣でも起こしているのか。
 さすがの夫人も顔色が変わっている。

 「・・・ってなワケでね、この人でなしに、あわやこの世とララバイさせられるとこでしたよ!!」

 「アヤ・・・御免なさい、アヤ・・・。」


 慙愧の涙を流す夫人。流石に、そこでまんこの締め付けが瞬間緩んだ。
 すかさず身を振りほどき、逆襲に転じようとするデコッパチだったが、皮ジャンの構える切っ先の方が僅かに早かった。裸の胸にスィーーーッと血の筋が滴り落ちる。

 「動くな、ネズミ!!」
 「・・・クッ!!!」

 ズバッッ。
 デコッパチの右腕が、付け根から斬られた。噴出する血しぶき。一刀両断。
 返す刀で左手首を斬り飛ばす。

 「ぐあぁぁぁーーーッッ!!!」


 床に倒れ臥し断末魔の絶叫を上げるデコッパチ。どしゃーっと血がしぶく。と睨み合う二名を尻目に、泣きながら身を起こした夫人、鮮血に染まりながら、素手で傍らのサッと刀身を掴み取るや、

 「でぃやァーーーッ!!」

 「あっ!!奥さんはやめろ、奥さんは!!!」
 瞬間、素に戻って制止する皮ジャンの言葉も耳に入らぬ様子で、

 ぐさッ!!ぐさッ!!

 狂気の形相あらわに内臓深く、刀身を幾度も突き立てる。しかも剥き身の刃を握って。
 腹膜は容易く破れ、ぬるぬると腸がはみ出し、夥しい流血に寝室は真っ赤に染まっていく。
 ご丁寧に、ぐちゃぐちゃになった腹腔に切っ先を深く埋めて、ぐりぐりとやり出した。

 「グ、ヒヒヒ、ヒヒヒ、ヒ・・・」

 夫人は髪を振り乱しモロ出し御開帳、憤怒と狂喜の入り混じったこの世のアウトサイドから来た表情で、なおも狂気の刃を奮いまくる。

 ・・・ブレイクだ。
 完全ブレイク状態だ。東京ドームは満員すし詰め。完パケだ。

 遂に待望の狂人デビューを飾った夫人、満を持してデコッパチの首に刃を潜り込ませる。

 「ウワァァッ!!やめろ!!やめろ!!」

 「イ、ヒヒヒ、ヒヒ。ヒヒヒ、ヒヒヒ、ヒヒヒ・・・・・・」


 スパーンとめり込み、グググィッと引かれる鋭利な刀身。
 デコッパチの生首は刃先に乗っかり、皮一枚、見事空中に斬り飛ばされた。

 胴体側の切断面からブブブッと噴出する無数の血潮。
 “青き美しきドナウ”の調べにあわせて虚空を回転する宇宙ステーションみたいに、スローモーに宙を舞い、クルクル回転する生首。

 のりかずは、冷静に記述している。
 「母親に戻ったとき、彼女は完全に気がふれた。」

 よだれを溢し、恋した男の生首を小脇に抱きかかえて、全裸で惨劇の部屋を後にした母親は、終始気味悪い笑いを繰り返し、豪壮な屋敷の中央階段へやってくると、ズルッとこけて退場していくのだった。
 
 皮ジャンは喪心状態で座り込んでいたところを、駆けつけた警察官により身柄確保され、留置場へ。現在、余罪の有無を追及中。
 母親は精神病院に収容され、アヤは身障者の施設で暮らすことになった。
 だが、アヤは幸福だった。
 他人に意思を伝えることが出来るようになったことで、再び、生きる喜びを感じられるようになったのだから。
 
 「神さま、テレパシーをありがとう
 でも、お金はとらないでね
                プリーズ


 
【解説】

 いやー長かった。
 
 今回は割りと原作に忠実だった気がするのだが、たぶん本人の錯覚だろう。
 なにしろ、いちばん書きたい場面がクライマックス部の母さん発狂であるため、全体をトレースせざるを得なかった。

 「川島先生が読んだら、怒ると思いますよ。」

 古本好きの好青年・スズキくんからは尤もな警告を受けたが、それもこれも原作への愛情のなせるワザである。
 なにか大事なものを捨て去った、爽やか過ぎる名作と評価したい。

 この物語の教訓を声高に語ろうとするのは、単なる偽善に過ぎない。精神病理学的に意味づけしようとするのも、無用な知識のひけらかしだ。
 現実とはこのようなものであり、事件はいつもこのように起こる。

 それだけ理解してくれれば充分だ。
 

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