ジョン・ウィンダム『海竜めざめる』 ('53、ハヤカワSFシリーズ)
近所で銀背のハヤカワSFシリーズが馬鹿みたいな値段で売っているので、ついつい集めて読んでしまっているのであるが、やっぱりウィンダム!カプセル怪獣として知られるあの男!憎いね!大好き!
異様に地味な作風で知られる、1903年生まれのこいつのどこが面白いのか。
【あらすじ】
宇宙から謎の発行物体が全国都道府県に降り注ぎ、全地球規模でちょっとした話題に。
主人公は、夫婦揃って新聞の外注ライターをやっているボンクラで、基本的に重要なことは何もしない。地球の運命を決める決断をしたり、手に汗握る大冒険を繰り広げたり。そういう派手な活躍は一切しない。
新婚旅行先のバハマで、偶然落下する光球を目撃し、関連する事件を追いかけ始める。識者に話を聞きに行く。現地体当たり取材に挑む。どれを取っても日常的で、特殊なことは全然なし。
それでも俄然面白いのは、特異な変化を起こすのは、外界であり情況そのものだから。
海中に落ちた無数の光る物体は、木星付近から飛来した宇宙生物の乗り物であったらしく(本人にインタビューできないので結局分からない)、人類に到達し得ない海溝奥地に拠点を築いて陸地侵略を着々と進めて来る。
まず、遠洋を航海する船が次々と沈没。離れ小島で村人全員が一夜にして消える。
この時点でみんなにバカ扱いされる気の狂った博士が警告を発するが誰も耳を貸さない。
海中の存在は深海でなにやら工事しているらしく、やがて海流に泥濘が混じり始めその存在を人々は認知せざる得ない状況に追い込まれる。
かくて、余りに頻発する被害に政府はようやく重い腰を上げ、海中に潜む敵目掛け機雷をガンガン投下、無差別爆撃を敢行。異星人はこれにマジギレ、遂に人類対エイリアン地球規模の戦闘が開始される。
「もっと前の段階なら対話の可能性もあったかも知れない。
だが、もう無理。マジ喰えねーーーよ!!!」
博士は要所要所に登場しパスタを食いながら何が起きているのか解説してくれる。
異星人側の武器は“海の戦車”と呼ばれるネバネバした白い半球体。大きさは実際の戦車ぐらい。どんな作動原理によるものか一切解らないが、砂浜から続々上陸し世界各地の沿岸を襲い出す。
主人公は編集長の命により現地で戦車を突撃取材。南スペインの長閑なリゾート地を妻と満喫するのも束の間、夜間上陸した敵の先鋒は観光ホテルの居並ぶ中心部まで進むと、お餅のようにプゥーーーッと膨れ出す。
なんだこりゃ、と好奇に駆られた人々が近づくと、ぱちんと弾けて無数の白い粘着性のある触手を周囲にバラ撒き、人類ゲットだぜ。(この部分は長新太先生のシュールな挿絵がバツグンにいいので、福音館が最近なんでか復刻した挿絵付きバージョンもご参照ください。)
主人公は触手に掴まれた妻を救おうとして悪戦苦闘。リーダーをやっていたバカ博士も後生大事なヅラを持っていかれる。
唯一挿入される派手でSFらしい場面だが、実のところ、主人公がアクションらしいアクションを演じるのはこの場面だけ。それも一方的に襲われて、からくも命が助かるという情けなさ。取材チームは博士と夫婦を残して全滅。悲惨極まりない。
(ちなみに捕獲された人々は、餌にされるとも研究材料として解剖されているとも考えられるが、真相は最後までわからない。生還者がいない以上、かなり悲惨なことになっているのではないか。と想像力の余地を残すあたりに、ウィンダムの奥ゆかしい巧さの本質がある。)
既にこれが『インデペンデンス・ディ』だったら大統領が潜水艦で突撃を敢行しているレベルだが、話はこれで終わらない。
“海の戦車”は戦闘機による爆撃など肉弾攻撃で倒せるので、政府は徐々に事態を収拾しつつあったその年の冬。極地付近で観測される氷山の量が例年になく増えている。気候も変化し、いつも薄曇り。気温は上がらず作物に甚大な被害が出た。
南極・北極にターゲットを定めた敵が海底で核融合反応を起こし、極地の氷をジャンジャン溶かし始めたのだ!
世界各地の海水面はどんどん上昇。テムズ河の堤防も危険水域を越えて決壊。ロンドンは海の底に沈んでしまう!
再び猛威を揮い始める“海の戦車”。人間の生きていける陸地はぐんぐん狭まり、食糧危機、燃料不足、住宅問題、治安の悪化と政府組織も致命的なダメージを受ける。
報道も電力もやられ、主人公は首都圏を脱出し、別荘に籠城。
食糧も水も尽きかけて最早これまで、と思われたとき、空からヘリコプターが飛んできてバカ博士がパラシュートで落下。再会を涙で喜び合う三名。
「やったぞ!最悪の状況はこれで終わりだ。
新兵器が開発されたんだ!」
危機的状況に燭光を見出したのは、チンチクリンの日本人科学者が作り出した超音波掃海装置。
超音波を当てると敵が溶けるのを確認した、と言い張っているらしい。
「え?マジ、大丈夫なんすか、ソレ?」
「さぁー・・・?
俺も自分で確認したわけじゃないからなー。
ま、多少の期待は出来るんじゃないの?
・・・じゃ、そろそろ迎えが来たんで、俺帰るわ。」
博士はヘリに乗って帰って行ってしまった。
【解説】
ウェルズ『宇宙戦争』のバリエーションとして構想されたこの物語では、戦争記事の報道を読むように世界各地の事件が連鎖し、主人公が次々それを取材していくという、心霊ドキュメンタリーなんかでもよくある形式の元祖的存在。
従って、真の主役が地球。規模でかすぎ。
対比される無力な一個人が、世界の命運を変える大活躍などそうそう出来る訳がない。これが50歳を迎えたウィンダム(従軍経験有り)の冷静な認識だったのだろう。その感じ、佇まいが明らかにラッパーよりもクール。
私の大好きな「人類皆殺し」テーマの金字塔的作品として、今夜お前にレコメンド。
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