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2012年3月17日 (土)

青木りん『Perfect Collection』 ('05、Livedoor)

 乳首について語らなくてはならない。乳首について語らなくてはならない。
 
その重要性と厳密な定義について全人類はあまりに知らなすぎる。
 私は激しい不安を抱え異様な衝動に突き動かされて、もう二十四時間以上も起き続けている。心拍数が急激に上昇し安定して眠ることができない。落ち着き知らぬ暴走機関車。目を開くと部屋の壁が迫ってくる。幻覚だ。握り締めた手のひら。滲む汗。水はもう何杯も飲んだ。お陰で気分が余計悪くなった。ついさっき、めざましテレビが「おはよう」と言ったが、それは単なる時候の挨拶。会社のロッカールームで誰もが交わすような。
 だが、乳首は違う。
 それは乳首ではないのだ。

 まず外堀から埋めよう。
 この世には二種類の女性がある。オーライ。乳首を隠す女と、乳首を公衆に晒す女。
 重要なのが問答無用で後者であることは言うまでもないが、だがちょっと待て。その結論は短絡的過ぎはしないか。
 見せない方がまだましな乳首も、この世には確かに存在するのだ。
 それは大いなるミステリー。神秘。謎だ。無条件に露出すればつまらぬ映画(例えばセガール『沈黙の戦艦』)も救済することが可能な、対男殺し用究極兵器おっぱいにどんな弱点があるというのだろうか。

 ここで持ち出す例が、青木りんだとしたら彼女のファンには申し訳ないような気もするのだが、そもそもそんな瑣末事にいちいち配慮していたらこんな嘘ばかりのブログは成立しないのだからしょうがない。
 (例を持ち出すなら、先行記事『悪魔つきの少女』に田中課長は登場しない。実際は小林課長だ。悪いが記事を再度読み返すまでまったく気づかなかった。だが、そんな良心ぶった賢しらな訂正を加えても本当にあのマンガを理解する上で適正な処置ということになるだろうか?・・・って、まァ、正直面倒臭いだけなんだが。)

 青木りんを持ち出すのが最適だと判断した根拠は、彼女がいわゆる水着主体のグラビア・イメージビデオから始めてAVへ転向した典型的なケースだからだ。
 巨乳について研究することに人一倍熱心な私も、いわゆる“樽”体型の巨乳はどうも苦手なのだが、青木に注目したのは乱雑な歯並びの悪さも含めて、下品でだらしない顔に特異な魅力を感じたからである。
 これは100%主観による謬察に過ぎないが“樽”の女たちは、どうも善良で間抜けな顔に偏る傾向がある。知能レベルはともかく人柄は悪くなさそうだ。与えられるお菓子はとにかく拒まない。どころか自ら積極的に摂取する。そういう学校で飼育している愛玩動物レベルのモラリティーが、気持ちよく肥え太ることを自らに許しているからであろう。名実共に“太っ腹”ってことだ。
 で、さらに偏見に満ちた意見を重ねるなら、善良なデブは手心加えない限り、エロくならない。
 これは非常に重要な観点である。根性が悪い顔をしているというのは、それだけでアドヴァンス大戦略に於いて持ち駒を一歩前に進めたも同じことなのだ。文章の意味はまったくわからんが。エロいということは、つまりそういうことなのだ。(説明放棄。)
 
 さて青木のデビュー当時、すなわち2000年代前半グラビアアイドル業界はまだまだ健全ムードが主体で、スポーツビデオの亜種的な胡散臭い閉鎖性を保ち続けていた。既にTVやVシネで活躍するような連中を多数輩出してきた業界も、セールの拡大につれ、Tバック学園など純然たる企画モノや小中学生Tバックといった話題性の高い、だけど決してオーバーグランド・メジャーに浮上することが出来ない(おもにTバック主体の)暗黒潮流を織り込んで一層の過当競争を激化させる方向へ推移しつつあった。
 
 乳首や陰毛や性器を見せない。
 ゆえに未成年層も取り込める。

 
 イメージビデオ産業の隆盛にはそんな警視庁との暗黙の切契があったが、同業他社の乱立、そうそうスター級のタマを仕込める訳がない、等々諸般の世知辛い事情により露出力アップ、メニュー内容の過激化、AVへの限りない接近を余儀なくされていく。

 具体的に言及するなら例えば、“食い込み”の激化、ありえないレベルまでの強化特訓。はっきり言って世界水準。オリンピックにだって出られる。
 選手たちは、ことさら股間を強調するアングルを取り、基本姿勢としてM字開脚、ヌーディストですら着用を拒みそうな過激なビキニ、ふんどし、単なる紐、しめ縄などを陰唇に喰い込ませ、前後に激しくずらしまくった。
 あるいは、単なるカラーの梱包用ガムテ、メタリックなダクトテープを、あとで剥がす苦労は忘れて(業界の基本アチチュードとしてここはパイパンが望ましい)、70年代ピンクの修正の如く局部に貼りまくり、官憲に対する自主規制として申し訳程度の修正を施した。
 付属の産物としてのアナル露出は、合法的に公開できる性器として適正に処理され、それどころではない事態の添え花程度の役割を負わされた。
 
 ここで参考意見として、当時のユーザーのコメントを掲載する。
 書いているのは、私ではなくて、せいぜい中学生。それ以下の疑惑も捨てがたい。正直過ぎて非常に困ったもんだが、貴重な歴史の証言だ。珍重するように。
 
 友達が持ってて「スッゲー抜ける」って言ってたから、そいつの家でオレも合わせて6人で見た。
 1人が始まってすぐにシコシコ始めると、もうそこからは、みんなガマン出来なくなってハァハァいって、やりまくった。みんな一回出しても、またすぐ始めて二、三回やってた。
 Tバックのところで出してるのが多かった。
 超オシリ好きのオレは、制服脱いでベッドの上でTバックでお尻突き出してるシーンで一回。バスルームでのオシリでもう一回やった。
 最高のdvd。みんなでシコシコしたんで、すげー興奮した。すごい光景だった。
 仲×みうの違うdvd持ってるヤツがいるんで、これかそいつの家行って、今から大シコシコ大会です。 』

 極端なレベルの仲良しグループ。
 傍から覗うとホモの集団にしか見えないが、本人達にはその自覚もないだろう。ゆえに作者は真に危険なレベルで幼いことが予想されるが、年齢に関する具体的な記述はない。
 出典は、×mazonのDVDユーザーレビューより引用。ちなみにこういう放送事故級の大惨事はさすがに担当者が気づいて即粛清してしまうので、もはや誰も読むことはできない。まぁ、理性的かつ当然の対応だろ。
 でも、コレ、当時人が何を求めてイメージビデオに群がったか、非常に解かり易く解説してくれてるでしょ?
 小難しい理屈を抜きにして、あんたも大シコシコ大会に参戦希望だったんだ。その事実はしっかり記憶に留めておいてくれたまえ。

 さて見せないことによって成立していた特殊なジャンルが、極力見せることを指向するようになると、どうなるか。
 しかも肝心の部位は映さずに?
 競争自体が捻くれ、本来の意味を無くし、とてつもない混乱と自己矛盾の道を辿るしかなくなるではないか。自家撞着。同語反復。
 以前別の記事でネタにしたことがあるが、背中に明白な透明なチューブの見え隠れする女がお風呂の床にジャーーーッと放水しておいて、放尿と偽るような面倒な倒錯性を演じるしかなくなるのだ。

 この場合、演出としてチューブは絶対見えてはいけない。
 だが、制作側の意図として、チューブを見せないとイメージビデオとしては成立しなくなってしまう。


 だから、この矛盾を同時進行として両方撮す。途轍もなくバカげた事態となってしまった。
 結果待っていたのは一族全滅という、経済原則最優先の結論でしかなかったとしても、まぁしょうがないじゃないか。繰り返しには当然飽きるし。「擬似は、しょせん擬似!さっさと本番に行ってしまえ!」というアメリカン・ハードコアな即物主義の正当化だ。
 だいたい、コンデンスミルクを精液と偽る必要性がどの世界にあるというのか。
 
本物の汁男優がカメラの外側に複数待機しているというのに?まったく馬鹿げている。出演女優の低年齢さ。警察による微妙な査察体制。視聴を制限するRナンタラやら条例による規制。
 ローカルな事情が作り出したそれは瞬間的な夢の王国だったのだ。
 (だから、最終的にはイメージビデオの撮影なのに、本当にファックしてしまうバカが現れた。断言しよう、それではただのAVだ。)
 そうこうするうち、光回線、100MB通信、YOUTUBE台頭や無料ストレージによるダウンロードの普及など、需要環境の地殻変動により安価なチチ、入手し易いケツがユーザーの許容限界を越えて過剰供給されてしまった。
 かくてイメージビデオ帝国は、いとも簡単に崩壊を遂げてしまったのである。堤防決壊は本当に早かった。実質3日ぐらい。
 ポンペイ最後の日。今日跡に残されているのは、悲しいかな、マヤインカの遺跡ばかり。今や世界遺産の仲間入りです。

 そんな不毛の荒野が待っているとは夢にも思わぬ、イメージビデオのセール拡大期、ホリエモン在籍以後のライブドアからなぜかリリースされたのが、青木りんの『Perfect Collection』であった。ちなみに、初回限定りんちゃんのナマ写真つき。
 いったい、どうしろというのか。
 
 だが、それでも『Perfect Collection』は傑作である。
 
 メインは、手ブラだ。本当にもう、ひたすらそれだけ。
 この専門用語を理解できない発展途上国の人々の為に解説すると、「手ブラ」とはラナ・ターナーやソフィア・ローレン、アヌーク・エイメ否アニタ・エクバーグが開発したとされる伝説の大量破壊兵器であり、主に豊満な乳房を手のひらでカバーすることにより、乳首・乳輪の露出を防止、同時に押さえつける行為自体によるセクシー度の強化を促進させるウェポンだ。我が国では、かの百恵チャン※注1も友和相手に使用し絶大な効果を見せつけている。
 ※注1・百恵たんではないのでお間違えなきよう。ま、誰も間違えないと思うが。
 卑怯極まる青木りんは、単なる手ブラに満足することなく、飽くなき揉みしだきをこれに追加オーダー。
 冗談じゃなくて、このビデオで手ブラ状態になった時のりんちゃんは、常時自分の胸を揉みまくっている。揉まないと死んじゃう生き物(どんな生物だ?)のようでもあるし、揉みしだく行為によって画面のこちら側にいるわれわれに何らかの呪術をかけようとしているようでもある。そして、あの根性悪そうな目線。
 ブードゥー。確かに、これは一種のブードゥーだ。
 その時われわれは、ボケーッとモニターの前に正座し、揺れ動き自在に形状を変える乳の海を観ていたのだった。海って、いいなぁー。加山雄三のように呟きながら。

 無論、冒頭シークエンスに現れるラメの水着越しにクッキリ浮かび上がるマンレツに対する的確な言及も無視できないし、ケツの割れ目は全面的に開放されている。業界のベストセラー佐藤寛子の『Pure Smile』をパクった“タンクトップで疾走しながらインタビュー!”も随所に挿入され、作品のバラエティー度をある程度上げる効果を果たしている。(少なくとも往年の深夜枠程度には見える。)
 SM業界から借りてきた拘束ベルトによる手ブラ、正しく入浴しようという心構え皆無のお風呂の使い方など、印象的な場面を経て、最終局面大ボス戦では、フキの葉っぱ一枚を巧みに使用しての、全裸披露シーン。アブストラクトにも程がある。乳首も乳暈も、ヘアーの一本すら画面に映さない効果的な画面設計。完璧である。この技術、ハリウッドに輸出できる。
 
 まー、このあと、『エイト』でも『女神の素顔』シリーズでもいいのだが、露出力の一層の強化に血道を挙げていた熱心極まる路線の会社で類似する作品を量産し、資本主義の王者として、大して好意的評価も受けていないのに作品数だけは膨大にある女優の仲間入りを果たした青木りんは、時代の要請、年齢競争のやむなき淘汰を経て、AV出演に漕ぎ着ける訳なのであるが。
 ここで、問題が生じた。
 その母体部分の圧倒的ボリューム感に比較してみると、彼女の乳首は、なんか形状のはっきりしない、国会答弁の如き曖昧過ぎるシロモノだったのだ!

 なんか、ボソッとしてるんですよ。乳頭。
 乳暈も散らばってて、裾野がハッキリしないし。色も薄い。


 スウェーデンとか、北欧のヌードモデルみたいな乳首なんだよね。金曜スペシャルにでも出てきそうな。日本も国際化が進みましたなぁー。って爺さんか。参った。
 乳房が大きいからといって、必ずしも乳首も立派という訳ではないのだ。
 
これはアインシュタインの熱力学第二法則として名高いところだが、にしても、この事態は厳しかったなぁー。新宿ショック劇場。そんな劇場はない。
 これなら、見ないほうがマシだった。
 そういうことって、人生に何度もあるじゃないですか。インディ・ジョーンズの新作とか。いや、ま、俺まだ観てないんですが。
 乳首がダメだと乳房自体の価値も下がる。アインシュタインの第三法則。
 
東証上場取り消し。ひたすら下品で嫌な女に見えてきた。ボテ腹もけしからん。
 ・・・って、我ながら不思議なもんだと思うんだが、乳首の失点だけで全人格否定レベル。コペルニクス的転回を遂げてしまったのである。こういう例は珍しい。
 かというと、そうでもない。イザベル・アジャーニの『殺意の夏』を昔レンタルで観たときも同じように感じました。樽桶で行水するシーン。殺意を感じましたね。去年DVD出てましたが、あの乳房何がダメだったのか。確認しておくべきだろうか。
 確か、極端に貧相なんだよ。

 ドリーム・イズ・オーヴァー。夢は終わった。
 かくて、われわれは明日の乳房を目指して再び、不毛の荒野を流離うローンレンジャーとなったのだった。
 そして、考えた。
 正しい乳房の有り様は、一体何処にあるのだろうか。
 次の町に辿り着ければ、その答えが解かるかも知れない。
 生きるって、おそらく、そういうことだ。

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