主人公は、杉戸光子。
これだけで『主人公は僕だった!』を120%越える衝撃。読むしかない。そんな切迫感に捉われる読者は数多いに違いない。(そう、希望する。)
しかも、無意味に二巻立ての構成だ。
元来スカスカでアバウト過ぎるストーリー展開と実りの無い内容がチャームポイントの杉戸先生、そんなに物語るべきネタがあるのか。大丈夫なのか。私は何を心配している。
この作品は貸本時代の復刻で、旧タイトルは『鬼』。従って実際の制作年月日は結構古く、たぶん70年代。原本が手元にないので詳細不明。
しかし発表当時から時代の先端とは真逆に位置していた筈の杉戸マンガにとっては、そんな事実など小さい、小さい。それよか、こんなどうでもいいタイトルを版形・題名も変えて、何度も繰り返し世に問い続けるひばり書房の一貫した出版姿勢には、完全に脱帽。敬意を表するものである。
・・・いったい、何を考えていたのであろうか?
【あらすじ】
江戸時代。
いきなり壮大な幕開きにクラクラするが、いつもならセリフのニ三言で語って済ませる部分をわざわざ数ページ費やして描写してみせているに過ぎない。
だが、逆もまた真実。普段の杉戸先生が「あ~、ここ、もっと膨らませられるのに惜しいなぁ~」と誰も喜ばない欲求を抱え込んでいた箇所が一層ボリュームアップして展開されているとも言える。
ファンにはまさに垂涎。必携。だが、この人のファンは一体誰だろう。
月夜。
ススキの生い茂る野原に、突如夜叉・般若スタイルの鬼が出現。
湯灌着らしき白い着物に、まっくろい蓬髪。
異様に伸びきった二本の角。鬼女だ。
鬼は、前置き一切無し(=ガチ)の唐突な展開に驚くうっかり八兵衛風の旅人を襲って、殺害。
喉笛を掻き切ると、腕だけ毟りとって喰う。
タイトルページ、どーーーん。
『人喰い女の館 作・構成・画 杉戸光史』
いきなりシャウトから入る展開。突如として最高潮に。杉戸先生がやって来るヤァヤァヤァ。
第一章
決してやってはいけない双子トリックを爆音全開でかっ飛ばす杉戸ミステリーの最高峰『血の蛇殺人事件~獄門狂介登場』、あれも細かい章立てがなされていたが、どうも杉戸先生、やる気のあるときは横溝正史を気取る癖があるようである。
「その日、わたしが鬼火村を訪れたとき、空には灰色の雲が重く垂れ込め、いまにも泣き出しそうな空模様でございました。」
泣き出したいのは、こっちだよ。
(ちなみに、こんな語り、最初だけ。最初だけね。あとはいつも通り、グダグダの展開になりますから、気にしないで。)
地平線までススキの穂が揺れる、ど田舎の野っぱらに、スーーーッと乗り合いバスが来て、格好よく主人公杉戸光子が登場。
黒髪ロングにハンチング。三度の飯よりマンガを描くのが好きな女子中学生。光史と名前が被っているのを気にしている。
「みんなに奥さんだって思われたら、どうしよう~」
画面外で目一杯ヤニ下がる光史。自作自演。
正気の読者なら、ここでページを破り捨てたい衝動に駆られるだろうが、あいにくそういうまともな手合いは、「神秘の探求」など読みはしないのだった。光史、セーフ。
バス停まで迎えに来てくれた従兄弟の中三佐藤哲也(『吸血紅こうもり』でこうもりの屍骸に向かって全裸で立ちション、紅こうもりの首領に怒られた男)と、その妹の中一石井明美(兄妹で姓が違うのは決して記述されない複雑な事情による)と共に、地元の神社に奉られている秘宝「鬼の面」を鑑賞する光子。
(まるで本物の人間の皮をはり付けたようだわ・・・。)
なんでまた、そんな『悪魔のいけにえ』チックな、不吉極まるシロモノが表立って堂々と公開されているのか。神社側の意図はまったく読めないが、そういえばこの神社、社務所の人も神主も一切姿を見せないのだった。無駄な背景的人物を徹底的に省いて話を進める、光史のソリッドかつ強引な姿勢にちょっと感動(嘘)。
と、そこへ神社裏の茂みを破ってまろび出て来る黒い人影。
それは、野良を着た近所の単なるおばはんだった!
「ひ、ひぃッッ・・・助けて!!鬼が・・・鬼が、あたしを襲う!!」
そのまま叫びながら全速力で、石畳の社殿から駆け出していくおばはん。
あっけにとられる主人公達。
「・・・・・・あれ、なに?」
「さァ・・・確かに近所の人だけど。ね、お兄ちゃん?」
「♪マジック・ウーマン~、シー・ハザ・ルック、ソー・ナイス~」
「は・・・?!」
顔を見合わせる光子と明美。キラキラ光る十代。
「♪いつも魅せられて~、だけど焦らされて~」
「まァ。完全な内輪受けだわ。これは日本が誇るインド音楽家、佐藤哲也さんのデビューシングル、名曲“マジック・ウーマン”じゃないの。」
物知りの光子が解説すると、深く頷く明美。
「そうよ!決して、“ブラック・マジック”ではないのね!」
エアギター片手に神社で熱唱し続ける佐藤哲也を、ふたりの若い娘はひたすら見つめているしかなかった。
第二章
翌日。
カラリと晴れ上がった季節感不明の田舎の村に、スケッチブック片手にひとり戸外を彷徨う杉戸光子の姿があった。
「フゥ・・・いいお天気ね。こうしてみると、この村に遊びに来てよかった気がする。
昨日は思わぬ暴走展開もあったけど、気を引き締めてかからないと直ぐに終わる紹介記事も永久に終わらなくなってしまう。けんのん、けんのん。」
「おーーーぃ、光子さぁーーーん!!」
遠くから手を振り近づく、従兄弟の石井明美。
「いいところがあるの。ちょっと行ってみない?」
「え・・・?」
「ススキ沼っていうの。
ススキがいっぱい生えていて、景色がとってもきれいよ!」
「ススキ=不吉=鬼の出現」。オープニングの惨劇を既にご覧いただいた読者諸賢には、ドゥールーズ=ガタリ張りの恐怖の方程式が既に算出済みだろうが、展開読めすぎる先行きに、光子はさらに余分な伏線を追加オーダー。
「いいわ。でも、沼が終わったら、昨日の神社へ行きましょう。あの鬼の面をもっと調べてみたいの。」
「エエッ、鬼面神社へ・・・?」
鬼の面が飾ってあるから、鬼面神社。はねにコンマで、はね駒(こんま)。
馬鹿げた会話を繰り広げる二名が沼に辿り着くと、暗く澱んだ水面にプカプカ浮いているのは、昨日鬼の恐怖を訴えながら神社を飛び出して行った野良着姿のおばはんであった。
「ああッッ!!し、死んでる・・・・・・!!」
恐怖に駆られ、ススキの中を全開でダッシュし出すふたり。まずい。ひばり書房的には死亡フラグがロックオンだ。
案の定光子は、突然足元に開いた空間に足を掬われ、そのまま漆黒の闇の中に転落してしまった。
「光子さァァァーーーん!!」
穴の淵から暗闇に向かって呼びかける明美。
「言い忘れたけど、この辺りは地下水脈の複雑な流れの影響で、あちこちに穴ぼこがあるのよーーー!!
いま、助けを呼びに行ってくるからねーーーッ!!」
・・・先に言え。
第三章
地下世界に転落した光子が目覚めると、闇に潜んでいた鬼が襲ってきた。迷路のような鍾乳洞の中を追いかけっこする鬼と光子。まさに、リアル鬼ごっこ。
ここで、またしても都合よく足を踏み外した光子、地下を走る激流に飲み込まれて意識を失ってしまう。そう、同じ手を何度も執拗にリピートするのが杉戸先生の特徴。トランス系恐怖作家の面目躍如。
「チッ・・・逃したか。」
悔しがる鬼。
冒頭の江戸時代のエピソードで見せた通り、白い着物に二本の角。
「仕方がない。館に帰るとするか。」
一方地下から湧き出る川のたもとで、気を失って倒れていた光子。
ようやく意識を取り戻すと、すっかり夜だ。周囲の景色は見慣れない山の中だし、途方に暮れてトボトボ歩くこと暫し。
山腹に抱かれて影のように聳える不気味な館に辿り着いた。
「ああッ!!これはもしかして・・・・・・!!」
窓から館を覗き、恐怖の予感に震える杉戸光子。
ご丁寧に、衣紋掛けに吊るされた白い着物。さきほど、鬼が身に着けていたものに非常に良く似ている。
しかし、気の利かない杉戸先生がそんなに早く解答をあたえてくれる筈がない。
光子は、館に雇われているらしきスキンヘッドのせむし男(※二重に差別的)に見つかって、こっぴどく脅しつけられ、ホウホウの態で村まで逃げ帰るのだった。
この時点では、館、単に出てきただけ。
第四章
さらに翌日。
夜中に鬼ごっこと水泳を同時にやらかした光子は、さすがに精も根も尽き果てて、昼間まで熟睡していたが、その夢の中では、またも鬼との不条理なデスレースが繰り広げられているのであった。
「ウィッ、ヒッヒッ、ヒッ!!
今度こそ、お前を喰ってやるよ・・・!!」
「キャアアーーーッ!!」
所詮、夢オチという展開に平気で数ページを使うのは、本気で勘弁してくれ杉戸先生。
読者の忍耐も尽きかけた頃、ようやく夢から目覚めた光子は、枕元に心配そうに付き添っていた佐藤哲也くん(中三)と、昨夜目撃した鬼の正体についてディスカッション。
「人間の顔が、鬼みたいになる筈ないだろ?
きみが見たのはただの錯覚。でなけりゃ誰かが鬼の面でも被っていたんじゃないのカナ・・・?!」
「鬼の面・・・お面にしては、やけにリアルだったわ!」
そのまま、面、面と呟きながら、寝床を離れ歩き出す光子。あきらかに、やばい人。そのまま戸外へ出て行ってしまう。
呆れて見守る佐藤くん。腕組みして嘆息、心機一転タブラを叩き出した。
一方、面は面を呼ぶのことわざ通り、謎の答えを求めて彷徨う光子は、鬼面神社に辿り着く。相変わらず人の気配はない。作者の先を急ぎたがる心情からすれば、通行人の一人を描写するのさえ惜しいのだろう。(単なる手抜きとも謂う。)
ようやく念願だった鬼の面をしげしげと観察することが出来た光子。
鬼の面は、昨夜暗がりから襲ってきた鬼の顔にそっくり。
(やはり、何者かがこの鬼の面を盗み出して被っていたのだろうか?でも、一体、何のために・・・?)
推理小説的な謎を与えておいて、非推理小説的な解決を与えることは、人を深く失望させる。決してやってはいけないと、『光の王』の解説に書いてある。
それを知ってか知らずか(知らんだろう)、依然悩み続ける光子の眼前に、あのスキンヘッドのせむし男が再び現れた!
「グゥエッ、ヘッ、ヘッ!!
お嬢さん、昨夜はよくも舐めた真似をしてくれたね!
・・・ありがとう!」
毛のない頭でお辞儀した。
「ついては、あんたにぜひとも見て欲しいものがあるんだ。
館まで、ご同行願えませんかな・・・?」
「エエエッッ!!」
「嫌がっても、連れて行くよ。たとえ腕ずくでも、な・・・!!」
カッ、と見開いたせむし男の双眸には、悪魔的な炎が燃えている。
これは最後、と光子が観念したその瞬間、空中を滑るように飛んできたインドの太鼓がせむし男の禿げ上がった頭頂部にガツンと激突した。
「待ちな!!」
逆光を突いて現れた人影が吠えるように叫んだ。
「その娘に指一本でも触れてみな、俺のタンプーラが黙っちゃいないぜ!!」
確かにその言葉通り、神社の森周辺の空間に既に異様なドローン音が満ちている。今にもシタールの弦が全解放で鳴り響きそうだ。
目に見えて狼狽を呈したせむし男、くるりと背を向けるとスタコラ逃げ出した。
「フン、口ほどにもない。」
現れた佐藤哲也は落ちた太鼓を拾うと、白い歯を見せて笑った。
「ケガはないかい、光っちゃん?」
「エエ・・・でも、驚いた。あなた、意外とやるのね!」
「インド音楽は、本来戦闘的な音楽なんだ。
瞑想だ、伝統だ、と適当なお題目を並べ立てているのは、その本質的な闘争的性格を周囲から上手くカムフラージュするためのものなのさ!
達人の域に達したインド音楽家なら、人を殺すのに数秒もあれば充分だ。」
「まァ・・・知らなかったわ。まさにセガールみたいな人間兵器なのね!」
「それよか、奴の言っていたことだけど。きみに見せたいものって一体何だろう?」
「さぁ・・・?」
第五章
見せたいものがあるなら、こっちから乗り込んでやるまでだ。少年ジャンプの影響大な短絡思考に陥った若者二名は、敵の居城、謎の館へ白昼堂々潜入することに成功。
盛大なうたた寝を繰り広げるせむし男の、隙だらけの監視の目をかいくぐり、屋敷中を隈なく見て歩くも、成果ゼロ。なんだこりゃ。普通に、他人の家じゃん。
家宅不法侵入という不吉な言葉にようやく思い当たった迂闊なふたりは、ソロリソロリと脱出しようとして、地下へ続く無気味な落とし戸が目に留まる。
「哲也くん、これは、もしかして・・・」
「もしかしてパートⅡ。パートⅠの存在はこの際、不問に処す!
・・・ついて来い!!」
地下室の床を埋め尽くす、無数の甕。また甕。アラビアンナイトか、麹工場か。寡黙に働く大勢の麹職人の姿が今にも瞼の裏に浮かび上がるようだ。
しかし、その甕の蓋を上げると。
「きゃああああーッ!!」
「うむむッ!!こ、コレは・・・!!
・・・連中、やりたがったなッッッ!!」
甕の首まで溢れかえっていたのは、大量の人骨。磨き上げられたように光るしゃれこうべ。ぶっ違いに挿された大腿骨。衣服の名残らしき布の切れ端と、干乾びた皮膚の残骸にへばりつく頭髪の残り。その数、百万体。
「・・・これぞ動かぬ証拠というやつ。この館の住人は、本物の大量殺人鬼だ。」
第六章
「現代は、携帯の時代である。」
と、杉戸先生は書いている。
「猫も杓子も携帯電話、取り憑かれたようにちいさい液晶画面とにらめっこ。ゲームも出来るし動画も観れる。インターネットでショッピングなんかも出来ちゃう。
便利、便利を追求すると只でさえ卑小な人間の存在がますます小さく感じられる気がするが、まぁ、いいじゃないの。
ボクと、メアド交換、しない・・・?」
杉戸光子は軽く首を横に振ると、110番で警官隊の派遣を要請した。たちまち頑強なトラックに揺られて米国海兵隊並みの体躯を誇る、我が国トップクラスの警視庁突撃隊員数名が現地に到着。見上げると、空にはヘリコプター数機まで飛んでいる。
執拗に鳴るサイレンと回転する赤いランプに辟易しながら、光子は屋敷周辺の警備を固める指示を出すと、エリート突撃隊員とスクラムを組んで固く施錠されていた正面玄関をこじ開けにかかった。
(なに、先ほど光子と哲也はどうやって侵入したかって?開いていた裏窓からこっそり入ったのだ。とんだご都合主義だが、本編に記載されている歴然とした事実だ。)
渾身の苦闘の末、玄関の重い樫材で組まれた扉が開いたとき、そこに立っていたのは、先程までは姿形も無かった、世にも胡散臭い奇怪な一家だった!
「まァ・・・!!なんザマスの!?
他人様の家の玄関を勝手にこじ開けるなんて・・・。」
きついパーマにトニー谷型の三角眼鏡。これぞ教育ママゴンといった風情の中年婦人が口を尖らせてまくし立てる。
「ホント!!とことん下品な人達!!いますぐ地獄に落ちればいいのよ!!」
娘は光子と同年齢くらいだろうか、赤のワンピースにお下げ髪。髪の毛をひっつめ過ぎて、両目が吊り上がっている。耳障りな声には、金属的な響きすらあるようだ。
「まァまァ、我が国が誇る低知能層の代表格である官憲の手先諸君に、そんなストレートな言質を浴びせても到底理解はして貰えまいよ。
この場は、知的エリートたる一流弁護士のこのワシ、熊ン蜂剛蔵が代表して皆さんのお話を聞こうじゃないの・・・?」
葉巻を咥えた、赤ら顔にどでかいタラコ唇がトレードマークのおやじが野太い声で言った。
「・・・あ、あの」
気勢を削がれた光子が、遠慮深げに切り出した。
「・・・おたくら、だれ・・・?」
「この状況を見て解らんとは、エジソン並みの発明王だね、お嬢さん。勿論、われわれはこの館の持ち主一家であーーーる!!究極超人あーーーる!!」
「えええっ!!!」
正直『究極超人あーーーる』の作者が誰であったか、即答できるほど余裕がなかった光子は、非常に焦った。内心の焦りはたちまち顔に出て、ボタボタと玉の汗が滴った。
(とりいかずよし・・・いいえ、そんなバカな。あさりよしとお・・・って、そんな路線だった気がするわ。でも、あさりは徳間書店の作家の筈・・・。ええい、平仮名よ、ともかく平仮名の人だったわ!!)
「ほんまりう・・・!!」
一番答えてはいけない方向に、解答してしまった。
いかにも成金そうな、悪趣味なスーツを着たおやじは両手を交差させて大きな×マークをつくった。その指に金無垢の太い指輪が光っている。
「ブーーーッ!!!
顔も悪いがアタマも悪い。いいことずくめだネ、お嬢さん!!
正解は、ゆうき・・・みつぐ先生でしたーーー!!
ハイ、残念!!」
瞬間床が開いて、警視庁突撃隊員ともども地下へ落とされる光子。
そのとき、思わず叫んでいた。
「料理、バンザァァァーーーイ!!!」
「・・・それは、滝田栄だ!!!」
独り地上に残された哲也の心底がっかりな突っ込みが、井戸のように窪んだ陥穽の中に響き渡った。
第七章
地下の川まで落とされ、濡れ鼠になって這い上がった警官隊と光子は、哲也と再び合流すると、館の主人を名乗るあやしい家族の説明に耳を傾ける。
商用で永らく留守にしていたが、此の程ようやくこの地に戻ってきた。ついては娘は地元の学校に通うことでもあるし、ひとつ仲良くしてやって欲しい。うんぬんかんぬん。
それでも当然疑惑を払えない光子と哲也は、あるじの許可を得て、警官隊を連れ地下室を捜索するが、大量の人骨の入っていた筈の壷は見事にからっぽ。あっけにとられるふたり。
「どういうこと・・・?!
ここは確かに鬼の棲み家だった筈よ!!」
実のところ、誰もが存在をコロッと忘れていた、あのスキンヘッドのせむし男がコント紛いの大騒動が起こっている隙に、きれいに片付けてしまっただけなのだが、もともと根が単純バカ揃いだったため、あろうことか見事に子供騙しのトリックが成立してしまった。
無駄足を踏むは、水に落とされるは、散々な目に遭った警視庁突撃隊員たちは、光子と哲也を徹底的にどつきまわし、桜田門へ帰っていった。ほくそ笑むあやしい家族。
「いかなる手段を使っても、アレの存在を守らなくては、な・・・」
去り行く人々を窓辺から眺めながら、自称弁護士の父親がタラコ唇で呟く。
娘は、憎々しげに去り行く光子たちを見つめ、拳を握り締めて叫んだ。
「そうよ・・・!
さもなくば、我が家の存在はなくなるわ・・・!」
第八章
この地方一帯に、墓地荒らしが多発しているとの情報をキャッチした光子。情報源である従兄弟の石井明美は、さらなるミスリードを誘発するような新規ディテールを追加する。
「鬼は死んだ人間しか食べられないの!だから、死体を狙うのよ!」
初耳である。鬼の食人行為にそんなバイアスがかけられているとは、我がシステム部もつと知らなかった。永井豪先生もさぞかし驚愕であろう。
そんな不確かな情報を頼りに、さっそく墓場に二十四時間監視体制を敷く光子。何のことは無い、食い物持参で墓地裏に籠城し、哲也と交代で用を足すだけのロウファイさ。特に意味はないのだが、双眼鏡を用意した。監視といえば、やはりこれだろう。
その効果は、すぐに現れた。
白昼堂々、鬼が現れ、墓地をほじくり返し始めたのだ。しかし、すぐには気づかない光子。双眼鏡越しにえらい遠方に蠢く小さな鬼の姿をようやく捉えたとき、彼女は藪の中に小用に行っている哲也に向かって、大声でまくし立てた。
「キャア!!鬼よ!!鬼よ!!
早く来て、哲也さん・・・!!」
だが、先に気づいたのは、遠方にいる筈の鬼だった。ギロリ目を剥くと、すぐ背後に潜んでいた光子の腕を掴んだ。
彼女は、望遠鏡を逆さまに覗いていたのだ。
「おのれ、にっくき小娘!今度は逃がさないよ!」
あまりの古典的ボケに怒り心頭の鬼は、全開のテンションで光子に襲い掛かり、その右腕をあっさりねじ切ってしまった。
「ぎょえええええーーー!!!」
絶望的な悲鳴をあげる光子。噴き出す血潮がボタボタ地面に垂れている。
目の前で、断ち切った腕をむしゃむしゃ頬張る鬼。
「モグモグ・・・ムシャムシャ・・・。ごくり、ごくり。
ホラ、こうして人体から取り外したパーツは、もはや死んでいますから、平気で喰うことが出来るワケです。」
要らん解説までしてくれる。意外と親切。
ヒロインが陵辱されるより過酷な仕打ちに泣き叫んでいる頃、哲也は放尿後チャックにシャツの裾を挟んでしまい、悪戦苦闘していた。
「テテテテ・・・クソ、締まらねぇ・・・!!」
第九章
哲也が社会の窓全開で駆けつけると、既に鬼はスティック状の肉を齧りながらいずこかへ立ち去った後だった。独り、腕をもがれた光子が地面に転がり、泣き叫んでいる。
ブチューーーッ、といきなりな接吻をかます哲也。
一瞬、動きの止まる光子。
「・・・・・・は??」
「完璧な美など、この地球上には存在しない。だが、片腕をもがれたきみは、本当に素晴らしい。まさに、ボクのストライクゾーン・・・!」
「キャーーーッ!!変態よーーーッ!!
離せ、バカ!!」
突如発情した哲也を振りほどこうと暴れる光子。貴重な血液がどんどん失われて顔色がみるみる蒼ざめていく。生命の危機だ。そんな状況など一切無視、出会って5秒で合体シリーズを試みる哲也は、熱心なAV実践主義者なのだった・・・。
・・・それ以前にこの場面、今更なんだが既に放送できない領域に足を踏み出し過ぎてはいまいか。そもそも女主人公が身体欠損。あまつさえその被害者を強制レイプしようとするヒーロー役の男。しかも、よく考えてみりゃ両者とも中学生。ありゃま。不謹慎極まりないではないか。誰に抗議されても抗弁できない。面白いと思ってやりました。だからお前はダメなんだ。大体現時点から全体を俯瞰して見れば、この話何パーセントが原作に忠実なんだ。誰も読まないと思ってデタラメ書くんじゃないよ。でも俺は好きだぜ、杉戸光史。だって本人なんだもん。え。
第十章(完結篇)
鬼の正体は、あやしい家族の長女であり、頭骨が角のように伸びる奇病に取り憑かれ発狂。夜な夜な人肉を漁っていたものナリ。
「・・・あたしはむしろ、被害者よ!
すべては生まれながらに生えていた、この二本の角が悪いんだわ!
人間の屍肉を食べると病気が治ると吹き込んだ、あのヤブ医者・・・それを真に受けて、地下室に閉じ込め、赤ん坊の頃から朝に夕に死体の肉を食べさせ続けたお父さま・・・。
その命令を聞いて、墓場から死体を盗み続けたじいや(※スキンヘッドのせむし男)・・・。
みんな、あいつら!!
みぃんな、あいつらが悪いんだ!!」
かくて、警官隊が再び駆けつけたときには、あやしい家族は全員撲殺され、地下室に転がる哀れな骸と化していた。死人に口なし。
しかし、さんざん他人はおろか肉親までも手にかけておいて、ここまで見事に責任転嫁できるとは、むしろあっぱれ。図太い根性。これは一流政治家の素養があると、鬼は人材不足に泣く現政権与党の打診を受け、花の都東京へ。その後消費税を上げたとか上げないとか。
一方、無事にすべての謎が解けたので、鬼火村の人々は笑い合い、もとの平和な暮らしに戻って行きました。
丁度その頃、村外れの墓地では、新しく出来た墓の前に線香を手向ける哲也の姿があった。
「光子さん・・・きみは本当に幸せだったのかい・・・?
結局、この話は、何がどうなったっていうんだろうか・・・・・・?」
春近い光漲る大空は、広漠たる山河を抱いて無限に拡がっていくようであった。
(完)
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