ぜんきよし『あほ拳ジャッキー④』 ('85、小学館コロコロコミックス)
真の無意味さ、あほらしさへと到達する道は、長く険しい。
たいていは挫折し、途中で考え込んでしまう。オレは何をやっとるのだ。しっかりせねば。
おのれの創ったフィールドで自由に遊んでいられるうちはいい。その外側には恐るべき虚無の荒野が広がっている。虚無に触れると全ての意味は崩壊するのであるが、アホにはそれが見えない。理解できない。無意味が醸し出す領域は、それもまた、ひとつの立派な独立した世界ではあって、外界を無意味に侵蝕しようとする。
虚無に意味などない。だが、同時に、虚無は無意味ですらないのだ。
絶対的な死。停滞。永遠の孤独。それが虚無の正体だ。
意味は対抗するため、集合離散を繰り返し規範を形作る。国家。政治。宗教。あるいは家族一族。恋人。虚無との果てしなき闘争がわれわれの歴史であるなら、無意味とはこれにも敢えて背を向けるもの。
たった独り、徒手徒拳で屹立するエベレストに挑むが如き無謀な行為。意味の側からの止む事の無い嘲弄を浴びながら。いったい何の罰ゲームなのか。
だが、私の知る限り、世界の屋根に届きうる山はこの山しかない。すべての意味の暗雲を突き抜けて、宇宙の高みへ。
構えろ、あほ拳。たとえ、ギャグをしょっちゅうハズしても。
お前の狙いは狂っていない。
【解説】
ジャッキーは、小学生。
チョロQのような圧縮された肉団子体型でニ頭身。極太の眉毛につぶらな瞳。後ろ髪のみを伸ばした昔のロン毛は、なんだか木人相手に修行していたあいつに似ている。
かよっているのは、少林寺小学校。
なぜか師匠も一緒に登校する。老人なのに。師匠の名は、フェイフェイ。あほ拳のマスターだ。
飲めば飲むほど強くなる。あの拳法を教えていたのと同じ人だ。ゆえに、鼻の頭が赤い。
物語は、かれらが毎回あほらしい敵と遭遇し、相手を上回るあほらしさでこれを撃破する迄の過程を描く。極めて単純な繰り返しである。
ちなみに、女性キャラはいっさい登場しない。
エッチ方面への目配せはゼロだ。これは、真のあほを追求するには生殖衝動など邪魔なだけ、というストイックな信念なのか。単に作者が描き忘れたのか。第一次性徴など完全無視。ホモマンガと見紛うハードコアっぷりである。
(例)
学校は自習時間
→焼き芋の匂いにつられ、巨大なネズミ取りに引っかかるジャッキー
→ネズミ取りはロケット炎を吐いて裏山へ強制連行
→それは、百年に一度あほの血を吸うためによみがえる、あほ魔神の罠だった!
→生贄にされかかるジャッキーを、川口浩探検隊のコスプレをした師匠の老人一行が救う!
→あほ拳バトル開始!魔神の正体はおカマっぽい宿敵ブルース・ソー!(リーではないと但し書きがある。親切ですネ。)
→超合金チックなロボに化身したブルースとジャッキーの小競り合いは、最終的に全裸のブルースが山の彼方へぶっ飛ばされるという、意外性のまったくないオチがつく・・・。
キャラクター同士の徹頭徹尾馬鹿げた潰し合いという構造は、山上たつひこを嚆矢とし『マカロニほうれん荘』が抽象レベルで完成させた、70~80年代ギャグマンガの黄金律だ。
しかし、ぜんきよしのスタンスは、笑いの文脈としてこれらを継承しながらも、幼児性の肯定的展開として鳥山明『Dr.スランプ』の強力な影響を受けている。あれほどデザイン性が高くないので、パッと見わかり辛いが。(下手ともいう。)
従って背景の山には顔が描き込まれているし(4巻116ページ)、ブタの銀行員は服を着てポップコーンを焼いている(同88ページ)。大人も子供も全員豆タンクのような小太り体形なのは、キャラクターの寸法を決めるベースが全部スッパマンだから。
短躯のおとなはバカにしやすい。
目線の高さが子供と均一になるので、同じ画面に入れる苦労が省ける。
ここで重要なことは、それでもこのマンガにおいてジャッキーを襲う宿敵の大半は立派な大人達に他ならない、ということだ。
大のおとなが屁をかまし、妖怪食っとるケのコスプレをして給食室に潜んでいるのだ。こりゃ笑うしかないではないか。
ミニ四駆が実車のパロディーであるように、SDガンダムが等身の高いロボを子供の体形に置き換えたものであるように、立派なもの、格好いいものをお子様体形化することは、なめ猫の無理やりかつ動物虐待なコスプレと同じく、80年代文化が産み出した文化的発明である。
わたしは常々この風潮を酷く不快なものに感じてきていたが、そのルーツを求めれば、あぁそうか、鳥山のスッパマンか。
今日は、積年の宿便が一度に解消されたような心境である。
諸君も、同じ気持ちでお帰りください。
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