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2012年1月 7日 (土)

ラリイ・ニーヴン『中性子星』 ('80、ハヤカワ文庫SF)

 なんでもない普通にSFなのだが、妙に楽しい。
 SFプロパーの読者以外にはまったく認知されていないラリイ・ニーヴンの一体どこが面白いのか。

 例えば、臓器故買犯を扱った短編「ジグソー・マン」(短編集『無常の月』収録)というのがあって、内容が内容だけに絶対ダークになるしかない筈なのに、なぜかそうならない。読後感は妙にあっけらかんとして、お気楽な感じだ。ずうずうしい、というか、あくまで表面的というか。
 内臓が出ても、ドライだ。
 
同じドライにやるにしても、例えばハーラン・エリスンならば絶対どぎつい表現を入れるような箇所を平気で素っ飛ばしてしまう。
 人ひとり解体されているんですが。
 それでニーヴンの歩みが止まる訳ではない。陽気なしかめっつらをするだけだ。 

 典型的な世界破滅ジャンルのバリエーション「無常の月」も同様。深み、ゼロ。

 太陽表面の異常爆発(フレア)により、月は夜空に異様に輝き、地球の昼側の半球は完全に焼き尽くされてしまう。
 潮位に異変が起こり、やがて夜の側にあったニューヨーク市も大洪水に見舞われるだろう。

 
本来一番深刻になる筈の部分は、主人公のモノローグで数行で終わらせてしまい、本筋ではそれ以上の掘り下げは行なわれない。
 だいたい、この主人公、地球滅亡の危機に、飲んだくれてガールフレンドとベッドにいるような奴ですから。単なるボンクラ。でも、全地球的規模の災害に対して、いちばんリアルな対処じゃないですか。・・・あっけにとられる、というのは?

 短編をきれいに纏める為のテクニックにしては、ニーヴンのかわし方は、かなり堂が入っている。同じアイディアを処理するにしても、バラードならどうするか。短い中にも含蓄ある哲学的思考を必ず入れてくるだろう。詩的表現を多用し、キラキラした宝石のように磨き上げるだろう。
 その意味で、ニーヴンは無防備すぎる。マンガ的すぎる。

 結論から言うと、そこが魅力だ。

 想像力に対し一定の責任が伴うということはない。ニーヴンがいつも気にしているのは科学的整合性という奴で、それ以外は実はあんまり考えていない。理系だから。しょうがないんだよ。
 作品の舞台や意匠は毎回派手派手に変わるのだけれど、登場する人物や嗜好は毎度お馴染みのオール・アメリカン感覚に溢れたものだ。異様に親しみ易い。どこに行ってもアメリカ人がいる。星間ヨットの展示場なんて、近所のアメ車のディーラーショップさ。ドラッグストアだってあるし、かなり異様な外見の異星人も登場するけど、中味はよく知った人達。
 例えばディックは意図的にカリフォルニアの日常と地続きの火星や未来の地下シェルターを設定していたけど、あれは文学的深読みの余地があるじゃない?
 ニーヴンにそんなもの、ないの。そこが無条件に素晴らしい。
 同じように、“宇宙のどこへ行ってもアメリカ”という世界観は、フラッシュ・ゴードンの昔からスペースオペラがお得意の道具立てですけれども、完全にそれに連なるもの。
 タイトルを失念したんだけど、50年代・60年代の宇宙物のアメコミのアンソロジーでニーヴンが序文を書いている本があって、「あぁ、この人のルーツはこの辺か!」と深く納得した憶えがある。
 そりゃ、マンガ的なのは当然ですよ。原点がそれなんだから。
 ニーヴンは文字で書かれたアメコミ。
 
 ・・・それで、なにか不都合でも?

 そろそろ『中性子星』の話もしなくてはならないのだが、これは長大な連作・未来史シリーズの一冊で、二十六世紀を舞台にした宇宙での冒険譚が満載。お得感有り。
 超光速航法、ハイパースペース・ドライブが開発され、人類は宇宙に広がって通商したり戦争したり冒険したり。宇宙人種族も何種類も登場するが、共通するのは皆んな、あまり深刻ぶらずに生きている。偉い。美しい。
 例えば、人類の敵、クジン人なんか、身長2メートルの巨大なネコ。(毛皮はオレンジ色。)やたら好戦的で、最初の接触以降、何度も人類に戦争を仕掛けてくるんだが、種族揃ってあまりに喧嘩っぱやいもんで、前回負けてもまったく懲りない。自分の陣営の準備が整わないうちに、また次の戦闘を開始するもので、常に人類に負け続けている。
 
 
素晴らしいね。
 そういう宇宙であって欲しいものだ。
 

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