ビーチ・ボーイズ『スマイル・セッションズ』 ('11、キャピタル・レコーズ)
究極のテーブル・ミュージック、『スマイル』。
世に知らん人のない有名盤なのに、実は一度も発売されたことがない、というね。
まったく落語みたいな話だ。
正規版が出るわけがないと皆んなが思っていたら、しかし昨年こっそりリリースされていた。
う~~~ん、キャピトルのいけず。
あたしはコレクターではないので、ビーチに関してはいい加減を貫いているが、それでも結構聴いてますよ。主要なアルバムは殆ど押さえたんじゃないかな。「ココモ」が入ってる奴は知らないけどね。
でも、信用しない方がいいですよ。呻吟懊悩の末いま考えたベストアルバム第一位が、『リトル・デュース・クーペ』だったりしますから。どう考えてもいい加減な奴だな。
あ、結構売れた箱の『ペット・サウンズ・セッションズ』、持ってないですよ。ボーカル・オンリー編集盤は一度聴いてみたいと思ってるんだけど。
あ、さて、『スマイル』が出るわけがない、と誰もが考えていたのは、このアルバムの制作中にブライアン・ウィルソンが完全に壊れてしまい、ピアノに砂を詰めて遊んでいたからなのだった。そういえば。
まぁー、全裸で歌入れする(ロバート・プラント)とか、交際中の彼女を連れてきて適当なこと喋らせる(ジョン・レノン)とか、ロック黄金期のミュージシャンはやりたい放題なのだが、さすがにピアノに砂を詰めてはいかんだろう。音、出ないし。
収録曲の順番も、否そもそも、どの曲を入れるのかという最低限の選択すら中途で放り出されて、哀れ『スマイル』は頓挫。空中分解。かくして伝説が始まった。
すなわち、
ミュージシャンが諸般の事情により途中で放り出したアルバムは、すべて『スマイル』呼ばわりされる、という悪夢のような現象が世界的に蔓延したのである。ナイス。
断片的にリサイクルされた『スマイル』収録音源は、ちまちまその後のビーチのレパートリーに加わっていったが、これが困ったことにクオリティーが高かった。アルバムの目玉扱い。
人々はその全貌をなんとか捉えようとし、星の数よりまだ多い海賊盤に群がった。
かくて『スマイル』の非正規盤は専門ショップの超定番商品として、出せば確実に売れる、安定セールスを続けてきたのである。
業界は砂の詰まったピアノに感謝状の一枚も贈呈するべきだろう。
じゃ、なんでキャピタルは今回、『スマイル』をリリースすることが出来たのか。
しかも、いまさら?
企業として恥ずかしくなかったのか?
その質問は「そもそも恥とか考えてたら、ロックビジネスなんか出来ねぇーだろーが、ベィビィ~!!」というアメリカンな態度に集約されると思うが、それはともかく、名プロデューサーとして高名なマーク・リネットがライナーで認めている通り、「今回のリリースはブライアン自身の2004年版を全面的に下敷きにしました!」ということなのである。
あー、きた。
2004年版スマイル。これ、傑作なんですよ、実は。
既に還暦過ぎのブライアンにとって、『スマイル』頓挫はその後の人生を狂わされた悪夢の一大ページェントなのでありまして、ビーチを抜けてソロ活動に入ってからも、なにかと節目節目で「スマイル!スマイル!スマイル!笑え、豚野郎!!」と罵られ続けた究極のトラウマなのであった。
(実際、ファースト・ソロの契約を結ぶにあたり、レコード会社が出した条件は、“スマイル期を彷彿とさせる楽曲を最低一曲入れること!”という無茶振りだったのである。これ、事実。)
その後、また精神科医と揉めたり紆余曲折あって、飛んで2000年代、人生何度目だか本人にすら解らない奇跡の復活劇を遂げたブライアンは、ちょっとじっくり考えてみた。
「今やらないと、もう二度と出来ないんじゃないの?
既に裏声、全然出てないし。
“ドント・ウォーリー・ベイビー”なんか、キー変わっちゃったしさ。ありゃ別の曲だよ、既に別の曲。
まったく、こりゃ人の心配してる場合じゃねぇーんだよなー!!」
で、かろうじて生きてたヴァン・ダイク・パークス(作詞)やら録音当時のスタッフを呼び寄せると、現在のツアーを全面サポートしてくれているオタク(ダリアン・サハナジャ)にMacで編集を依頼。オタクは、キーボードを華麗に操り、無限大にある過去音源をエディット。
他力本願もはなはだしいが、ブライアン・ウィルソンって人はそもそも孤高の天才肌じゃないんですな。実力を発揮するとき、いつも周囲に恵まれる。
実際いい人なんでしょうねー。
かくて、完成した2004年版スマイルは、なんとライブで再現され、客は熱狂。そりゃそうだろ。
確かな手応えを感じたブライアンは、そのままロスに帰ってツアーメンバーとレコーディング。「ブライアン・ウィルソン・プレセンツ」の冠をつけたアルバムは、当然大ヒット。全員号泣。
今回の『スマイル・セッションズ』は、だから「実録・スマイル」というか、「死亡遊戯」プラス「死亡の塔」というか。
過去音源を現在の視点で再編集したもの。
オリジナルが出る頃には、既にリメイクが絶賛公開された後だったという。
この構造の捩くれ具合が、実は一番面白い。
今の時点の耳で聴くと、『スマイル』の音源自体は、いろんなところに影響を与えまくり世に蔓延り過ぎていて、ちっともアバンギャルドには聞こえてくれない。
凄く性能のいいポップになってる。だいたい、コンセプト時点でビーチとか関係ねぇ訳だし。
それでも、この期に及んで、
「真の“スマイル”は違う!」
「俺の“スマイル”は何処へ行ったんだ?」
って強硬に言い張る、頭のおかしい皆さんの華麗なる巻き返しを期待しております。
「大団円になんてさせるかよ!
俺の“スマイル”∞(無限大)!!!」
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