『闇の国々』 ('11、小学館・集英社プロダクション)
ハイ。
去年の年末。店頭で、これを見つけてのけぞった人。
そして、余計な年末年始の行事などシカトして、せっせと読み込んでとっくに読破したという幸運なあなた。おめでとう。
いかんせん、あまりに地味過ぎるが、この本は傑作である。買って損なし。
あたしは、第一部の原書を二十年ぐらい前に購入した。
だが、いかんせんフランス語が読めず、英訳本も見つけられなかった。(メビウスは割りと英語になっていて、“Air-Tight Garage”も英訳で読んだのだった。)
本書は当時からB.D.の傑作として紹介されていたが、ビジュアル面の魅力のみ触れたものが大半だったように記憶している。
確かに、銅版画の挿絵のような絵柄も魅力だが、テキストも拮抗するぐらい重要である。シュィッテン(本書の表記はスクワイテン)の絵ばかりではないのだ。ペータース。もしくは、ピータース。物語と絵のコンビネーションが絶妙である。
内容はというと、架空の都市の年代記。
時代設定も、そこに住む人々の素性もよく解らない。近未来のようでもあるし、もっと旧い時代のエコーも聞こえてくる。
いずれにしても、その場所はヨーロッパだ。
実在しえたかも知れない、もうひとつのヨーロッパ。
歴史と蓄積。文化の混合。ユーラシア大陸の西方に位置する、われわれの知らない地方。
第一部「狂騒のユルビカンド」は、突然出現した立方体の骨組みが、テーブルに載るサイズからどんどん成長し、急速に増殖を繰り返し、都市をまるまる飲み込んでしまうという物語である。
大型の不条理劇のようでもあるし、一種のパニックものとも考えられるし、立方体に魅せられ破滅していく建築家の物語でもある。
絶対破壊できない未知の物質でつくられた物体が、勝手に巨大化するという基本設定がとても魅力だ。人々は混乱し、それと共存し利用するようになり、遂には立方体なしには居られなくなり、突然現れた謎の存在は再び不可知の領域へと去っていく。
これだけの物語。
比較してみると、同じ立方体の魅力で最後まで押し切ろうとするヴィンチェンゾ・ナタリの『CUBE』が、ひどく人間臭い構造を持っていて、ちっとも謎に見えなくなること、請け合いだ。
あれには、人を惑わすという意図がハッキリと見えますもの。残酷ではあっても、怖くはないです。やっぱり、人知は軽く越えてくれないと。
モノリスはオッケーで、ラーマはN.G.。わかる?
私の記憶するところでが本書の感触に近いものを探せば、例えば、クリストファー・プリーストの『逆転世界』で、最後のオチがない状態。(わかりにくい例えで申し訳ない。が、読んだ方ならきっと私の言わんとするところは解ると思う。)
サンリオSF文庫の一冊として紹介されていれば良かったのに、残念ながら本書はマンガだ。
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