伊藤潤二『ギョ』 ('02、小学館)
「今年もいろいろ、世話になったな。」
290円均一の料理が並ぶ、豪勢な飲み屋の一角。さすがに暮れの最も押し迫ったこの日、昼間っから酒を飲むバカはそうそう居ない。
改まっておやじに切り出され、古本好きの好青年スズキくんは頭を掻いた。
「いやー、たいしたお構いも出来ませんで。
それに、こうして年末最後のお買物で、掘り出し物もありましたし・・・。」
スズキくんは、手に持った本を拡げて見せた。
「華倫変『デッド・トリック(下)』!!
去年の即買いは『高速回線は光うさぎの夢を見るか?』だったし、きみは年末、かならず華倫変を買う誓いでも立てているのか?」
「いや、いや。単なる偶然ですけれども。
ご存知の通り、華倫変は既に心不全で亡くなっておりまして、これが最後の作品辺りになる筈です。ボクの記憶では、確か死亡のニュースを聞いたのが、この作品の(上)が出た頃だった記憶があるのです。
ですから、今日、(下)巻を見たときには、心臓と膵臓の間に新しい臓器が見つかったぐらいの衝撃を受けまして・・・。」
おやじは、つまらなそうに酒を飲んだ。
「フン・・・。既に単行本一冊分の原稿は出来上がっておったのだろうさ!
それとも、なにか、死者が動いて原稿を寄越すとでも云うのかね・・・?
そりゃきみ・・・まさに『ギョ』の世界そのものじゃないかね・・・?!」
スズキくんが手を打った。蝶ネクタイを取り出す。
「ハァーーーイ、よいこの皆さん。
本日のお題は伊藤潤二先生、2000年代の傑作『ギョ』。名作『うずまき』に続き、「ビッグ・コミック・スピリッツ」に掲載された作品です。
沖縄のリゾート地で、海から上がってそこらを歩行して歩く不審な魚が発見される。
奇妙なことに、魚は既に死んでおり、立派に腐っていた。死体がなぜ動くのか?屍骸にガッチリ結び付いた奇妙な運動機械が、発生する腐敗ガスを動力源にして、意思を持っているかの如く、動き廻っていやがったのだ!
これ一匹かと思いきや、漁船の網には大量の歩行魚類が掛かる。大型魚、イカ、サメ。連中は続々上陸してきて町中がパニックに!こりゃ、たまらん!」
「まったくもって、奇想だな。」
おやじがポツリと述懐する。「屍骸に寄生する特殊な細菌がいて、猛烈なガスを発生させる。このとき、強力な臭気を放つ。このガスを利用して機械仕掛けの足を動かし、敵を奇襲するのだという。旧日本軍の残した大バカ兵器だ。」
「機械は勝手に増殖するらしく、奇怪な魚類の数は増すばかり。被害はやがて本土に飛び火し、九州、山口、四国、東海沿岸とドンドン混乱地域が北上していく。
遂に首都圏上陸となった頃、外気に触れて急速に腐敗の進んだ魚類の屍骸は、溶けて流れて水になる。やれやれ、これで一安心と思ったら、足台機械は自ら意志を持つかのように、人間を捕獲し始めるのだった!」
「この作品をジャンル分けするとしたら、人類終末テーマに分類せざるを得ないだろう。
物凄くバカげた世界の終わり方だがな!
しかし、それなら、核兵器の使用がこの世を灰燼に変えるのはバカげてはいないのか?
地球を何度も壊して、なお、お釣りがくる程、大量のエネルギーを人類が既に所持しているのは、完璧にバカげた状況ではないのだろうか・・・?」
「潤二先生のいつもの作品の如く、主人公は男女二名。潔癖症(腐臭嫌い)の女と同棲中なばかりに、さんざんな目に遭う主人公は、なんでか細菌に対し耐性がある・・・(笑)。」
おやじがピンと指を弾いた。
「こりゃ、キミ、あれだよ。『トリフィドの日』の主人公が偶然流星雨を見ないで済んだから、盲目にならなかったのと同じ理窟だよ!
ある、ある!そういう偶然って本当にありますって!」
「対して、女の扱いはホント酷いですよ。ヒロインとは到底思えない。全裸の腐乱死体で、全身ガスで浮腫んで膨らんで、始終放屁を繰り返す。最悪。
機械を動かす動力源は腸内に発生する腐敗ガスですから、この機械、死体の口と肛門にチューブを突っ込んで、これを採集する仕掛けになっている。」
「このチューブが異様に太い、洗濯機の排水パイプみたいな奴でな!
いや、こりゃ、アナルセックスのメタファーだろう、と言われても抗弁できまいって。」
「普通に生身の間は、伊藤先生の描き得るマックス美女の造形なんですから、いやいや、陰惨な感じはより強調される訳ですよね。ひでぇ話だよなー。
機械に合体した人間の姿は、なんだか、あれです。『漂流教室』に出てくる未来人のようにしか、見えません!」
「仲間を襲って喰っちゃうあたりも、そっくりだよね。円陣組んじゃったりもするし。
意図的にオマージュを捧げていると見て、絶対間違いないだろ。そもそも潤二先生、楳図賞出身の作家さんなことだし。里帰りってことで。」
「嫌な里帰りだなー(笑)」
歩行機械はそっから来てるとしても、途中でバカ博士が作り出す新種の飛行機械に到っては・・・。」
「あぁ、あれ、フランスの匂いがするねー(笑)。ヴェルヌの初版の挿絵とかにあるでしょ。最初は縦長の気球というか飛行船プラス海老蟹メカなんだけど、機械人の仲間から排撃され、気球部分を撃ち抜かれると・・・。」
「シャキン、と翼が生えて、宙に舞い上がって消えていく(笑)。
こりゃ、もう、お前はジェットスクランダーか、という感じで、伊藤先生、こりゃもう完全にギャグの感覚で描いてるでしょう。本人がたぶん、一番受けてる名場面ですよ。マンガそのもので。
そういうとこ、ホント憎めないんだよなぁー。」
「しかし、きみ、このとき博士のメカは、攫った寵愛する美人助手をガッチリぶら下げて飛行している訳だが、そんな緊迫する場面に、美人助手のミニスカの中央に太いパイプがにょっきり生えている描写を見落としてはならない。
美人助手は飛行中もしっかり、常時アナルを犯され続けているのだ。上のお口じゃ強制イラマチオもな!
ゲヒヒヒヒ!!
こりゃ、もう、たまんねーーーでガス!!!」
「最低ですね(断言)。
しかし、残念ですが、今回のあなたの指摘は実はマンガそのまんま。誇張なしの真実であるので、ボクも突っ込む余地がありません。品性の下劣さを指摘するのみに留めます。
総じてこの作品、通常のセックスに飽きた中年夫婦が初めて使った大人のオモチャ的なアブノーマル感に溢れていますしね。
うーーーん、やっぱり、道具っていいなぁー(笑)!!」
「そうそう、ドラえもん”夜のひみつ道具”大全集ということだよ!」
「例えば・・・?」
「どこでもドアーーー!!!」
「そのまんま、かい!!」
「いや、これがねー、実にスグレモノ。ホントどこでも開きやがるんですよー。
わかる?
♪あんなとこ、いいな、開いたらいいな、ってねー・・・・・・。」
二名が下らない猥談にのめり込んでいる頃、彼方の寺では坊主の読経が始まり、鐘が何本か衝き鳴らされると、唐突に新しい年が明けた。
何の感動もなかった。
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