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2011年11月

2011年11月28日 (月)

「更新の方針に関する短い説明」

やや。
 実は、こんな格好悪い出方をする筈ではなかったのだが。

 川島のりかず『私の影は殺人鬼』は個人的に非常に重要な一冊であるので、そのレビューが完成するまで新しい記事をアップするのをやめよう、と思っていたのだが。

 そうこうするうち、どんどんネタが増え、滞留し、蓄積し、一週間経つ頃には非常に危険な状態になってきたので。

 新規記事を更新します。

 『殺人鬼』は書き足しするたび、ページの先頭へ位置するようにします。そうしたら、「書き足したんだな」と思ってちゃぶだい。

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若島正『乱視読者のSF講義』 ('11、国書刊行会)

 ディレーニイ「コロナ」に関する文章が素晴らしい。

 いや、読んだ人は御存知だろうが、「コロナ」自体が非常に感動を呼ぶ作品であって、これを正面から取り上げるだけで、充分優れた文章になりそうなものだが、これまで何故かそうはならなかった。
 この点は、関係するどこかの筋に抗議したいところだ。
 若島正の方法は、根源的かつ明快である。

 「わたしはいつでも、当たり前のことをわかりやすく書きたいと思っているので、今回書くべきことは最初からそのことしかない。」
 「なぜ、(「コロナ」に対して)「好きだ」とだけ言えばいいのか。それを説明するのが今回の唯一の目的である。」

 
 そして、作品内楽曲である「コロナ」に対する精緻な分析と、結論としてのふたりの登場人物同士での「好きだ」「ありがとう」の対比構造の焙り出しが行なわれる。
 感動的な作品を分析することは、それが正鵠を射抜いているなら、批評自体が感動を呼ぶものになる筈である。

 もし、そうならないとしたら、どこかで読み違えているのだ。

 私がここから直接連想したのは、黒沢清が著書『映画はおそろしい』の中で、ジョン・カーペンターに関して語った文章のことだった。

 「全世界の人間は一度彼の前で、「本当にありがとう」と頭を下げるべきだと思う。」

 これが無茶苦茶な決め付けに取れるとしたら、あなたはカーペンターと彼の映画について何も御存じないのだ。カーペンターは現在もそういう特殊な位置づけにある、殆ど唯一の映画作家だ。
 カーペンター映画を数本観終わったあとで、先の文章をもう一度読み直してみて欲しい。
 評論というものが本質的に根源的、かつ明確なものでなくてはならないことが首肯されるだろう。

 ところで、若島先生の本を読み終えたあとで、われわれは、「考えてみれば、SFって碌な評論がなかったんだな・・・」という当たり前のようで当たり前ではない、意外な事実に直面することになった。
 大学で教えるテキストに選ばれたから偉いのではない。
 偉い先生が論じているから、作品に箔がつくのではない。
 まともな評論がないことが切実な問題だ。世界は優れた評論に飢えているのだ。
 
 そういう意味で、これはまたしても否応無くわれわれの批評レベルに刷新を問いかける、嬉しい書物なのである。
 

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2011年11月20日 (日)

川島のりかず『私の影は殺人鬼』 ('88、ひばり書房)

 殺しに迷いがない。鉈包丁がスパッと閃いて、人体がサクッと切れる。

 マンガを成立させるお膳立て、ストーリーや登場人物の設定などをいっさいがっさい不燃ゴミとして焼却処分した上で、川島のりかずは純然たる殺意を描こうとする。
 ここにあるのは、殺しの為の殺し、アート・フォー・アートセイクだ。純粋なものは美しい。ゆえにこれは傑作である。
 確かにかなり呪われているが、それは読者であるわれわれが一般社会の規範にどっぷり首まで浸かっているせいだ。殺してはいけません。そんなこと、当たり前だ。
 社会を成立させているのは、相互理解と規約、調和である。ルールを維持するための交渉と懲罰である。つまりは万事コミニュケーション行動だ。
 前置きもなく、いきなり鉈でザックリ斬ってしまうのは、非常によろしくない。 

 だが、ひとつ、曇りのない目で真実を見据えて欲しい。
 もっともらしい正論が物事を本当の意味で解決したことなど、有史以来一度たりともあったろうか?(「十代しゃべり場」が、と言い換えてもいい。)

 話し合いが事態を紛糾させるばかりで、誰も結局救わないとしたら?
 とことん虐げられた人間が、恨みを晴らす正統な手段をあらかじめ奪われていたなら?
 もっともらしく平等さを押し売りする社会が、最終的に無力で、嘘と欺瞞に満ちたまったく信用するに耐えないシロモノだとしたら?


 この社会の問題の大半は、殺しによって解決できるのだ。死んでしまえば問題ない。

 そんな負の側面に特化した真実の物語を、川島のりかずは超適当に語りかけてくる。われわれは、その事実に戦慄するばかりだ。
  あぁ、おそろしい。かつて、こういう歌が流行った時代があった。

 ♪殺し、殺されて生きるのさ。
 
【あらすじ】

 夜の電車は、都会の雑然たるネオンの洪水から離れ、暗闇の中へ走り出していく。
 小学生岩本典子は、ひとり、一年前住んでいた地方都市へ向かっていた。
 車窓に映る彼女の横顔はフラット過ぎて、到底深いアンニュイを宿しているようには見えないが、彼女が旅に出るのにはつげ義春が放浪するより重たい理由があったりはするのであった。
 (※つげが放浪する本当の理由は、以下の言葉に集約されるように思う。これまた、ひばり書房刊、なかのゆみ『血に染まる月下美人』あとがき、「天才マンガ家つげ義春先生にお会いして」(!)に載っていたつげ先生の発言だ。「不安なんですよ。」)

 ・・・・・・一年前。
 絶望的ないじめられっ子だった典子は、クラスの女子三人組に主に雑巾と掃除にこだわった特殊な種類のいやがらせを受け続けていた。

 掃除当番の身代わりを頼まれる。
 断ると、顔を踏む。
 叩く。
 蹴る。
 雑巾を口に突っ込まれる。
 繰り返し。
 
 「なぜ・・・?!
 なぜ、常に、掃除絡み・・・?!」

 
鼻水とよだれを大量に垂らしながら、典子がこすり続けたもので教室の床は別の意味でワックス掛けが成され、テカテカと光り始める始末。

 「岩本さん。・・・ここ、汚れてる。」
 「ハイ、ハイ。ハイ、ハイ。」
 「ちょっと、あんた、なめてるでしょ?“ハイ”は一回でいいのよ!」
 「ハイ、ハイ。」

 
また、殴られた。

 担任教師は、墓場鬼太郎がマヌカン気取りでワンレングスに伸ばしたような、異様な髪形をしており、異様な髪形の持ち主の典型としていじめの解決にはまったく役に立たない。
 泣いて帰ってきた娘に気づいた母親が幾度陳情しても、いじめた相手すら特定できていない始末。刑事ならとっくにクビだが、教師なら許される。どうも、この辺に我が国の教育現場の抱える深刻な問題の病巣がありそうだ。
 (どの辺かといえば、そう、髪形だ。)

 「いいの・・・あたしが、ちょっと我慢をすれば済むことなんだから・・・」

 同情するクラスメートに対し、けなげに言い放つ典子だったが、既に目が死んでいた。
 
 そんな戦時下ヴェトナムのような悲惨な状況の中、クラスメートの財布が紛失するというお決まりの事件が発生。
 これまたお約束ではあるが、教師は生徒全員の持ち物検査を実施し、盗まれた財布は典子所有のマディソンスクエア・ガーデン・バックから発見される。
 嫌疑は当然、典子にかけられ、濡れ衣だと主張してもまったく聞いて貰えなかった。

 「ヒソ・・・ヒソ・・・」
 「典子が犯人だったなんて・・・」
 「人は見かけによらないわね・・・」


 「ち・が・う!!あたしは、やってない!!」
 
 クラスに蔓延する猜疑心の嵐の中では、どんな抗議も無駄。髪形のおかしい教師の単純過ぎる決めつけに、典子の母親も怒って公式に学校に抗議申し入れをするが、まともに取り合っては貰えなかった。

 ところで、典子の家はプレハブまがいの平屋建築で、土間と叩きのついた長方形の建物だ。
 道路に面した側に愛想のない灰色のブロックを積んだだけの塀が立てられ、舗装のない砂利道と申し訳程度の粗末な庭を分断している。
 昭和50年頃まではこうした長屋まがいの家は、まだあちこちにあった。住宅公団が分譲し庶民に配給したのは、無個性で耐久性に乏しい、屋根がにび色に塗られた木造の粗末な住居だった。区画で数個同時に建てられ、貧しいよく似た家族が入居してきて、やがてもっとましな環境を求めて出て行った。
 日本の経済状態はまだ右肩あがりの成長を続けており、人々の所得が増えるにつれ、こうした貸し住宅は潰され、もう少し見栄えのするモルタル塗りの建売一軒家に変わっていく。

 典子の家族がそんな旧態然とした貸家になお住み続けていたのは、彼女の家が圧倒的に貧乏だからであった。
 父親は、工場勤務。
 母親は主婦業の傍ら、裁縫で内職。
 稼ぎが少ないわりに攻撃的な父親は、口答えばかりする娘をよく殴った。酒に酔って暴れることもあった。
 だが、そんな家は当時ざらにあり、格別彼女の家庭が暗く荒んだものだったわけではなかった。この国の大多数がまだまだ貧しく、苛つきながらも勤勉に働き、日々を送っていたのだ。
 
 そんな家に、ある日突然、ボタ石を満載にしたトラックが突っ込んで来る。

 家屋は半壊、母親は落ちてきた梁の下敷きになり重傷。
 とある建設工事に絡んで、立ち退きを迫られていた典子家族だったが、生来負けん気の強いひねくれ者の父親が応じないと見るや、敵はいきなり強硬手段に打って出たのだ。
 相手は、町の建設成金、大野。
 恰幅のいい、非情な顔つきの典型的な悪党だ。金持ちの悪党の常として、自宅では豪奢なガウンを着用し、ワインを飲む。

 「岩本さんよ、ここらで折れねぇと、すべて失うことになるぜ!」

 先日も大野の使い、黒服・サングラス着用のスジ者が黒塗り乗用車でやって来て、ガラスを割り、憎憎しげにそう言い放って立ち去ったばかりだったのだ。

 「バッカヤロウ!!ウジ虫は死ね!!」

 その時は口先だけは威勢良く、言葉を返した典子の父だったが。
 妻は即刻入院。絶対安静。自身も包帯だらけになってしまった父は、すっかり弱気になり、しょげ返る。
 その傍らで、これまた包帯で腕を吊った典子、
 
 (ちくしょう、大野のヤツめ!ぜったい仕返ししてやる!)

 メラメラと復讐の闘志を燃やすが、なにぶん非力な女子小学生略してHJS、さしたる活躍も出来ぬまま、やがて数ヶ月。
 母親が退院すると、一家揃ってこの町を出て行った。

 ・・・それから一年。
 東京の片隅にようやく落ち着く場所を見つけた家族は、新しい暮らしにも馴れ、多少の明るさを取り戻しつつあるように見えた。
 しかし、理不尽な仕打ちを受けっぱなしだった典子の心は暗く歪み、受けた傷を癒しきれてはいなかった。
 というより、深い水底で澱み続けた感情の激流が迸る大瀑布となって、かつての加害者ひとりひとりの血行を停めに行かんとする、危うい精神状態の絶壁へ追い込まれつつあった。

 (来い・・・。)

 (この場所へ、戻って来い・・・。)


 内面の声に呼び立てられるかのように、夜の電車に乗り、かつて住んでいた町へ。

 この町がどこなのか、のりかずは明確な手掛かりを与えてくれない。
 駅舎の建物は線路上に不自然に張り出している(駅に到着する電車をメインに構図を決めた為だと思われる)し、ポケットに手を突っ込んだ冴えないサラリーマンやOLが散開して帰路に着く駅前は京王線辺りの、急行に飛ばされる駅のよう。
 さらに駅前から見た町の中心部は、4~5階建て程度の丈の低い無個性な雑居ビルが並び、並ぶ商店には歩道幅のアーケードが連なっている。これはご存知の通り、西武線沿線などに特徴的な構造である。
 そこから閑散とした住宅地へ踏み込むと、あっという間に道路の舗装はなくなり、路肩に旧い石碑が残るような田舎道に変貌する。年輪を重ねた樹木、瓦屋根のどっしりした家。
 次カットで突如、が顔を出すが、対岸の黒い山陰はすぐ間近に見えるので、まるで湖のようにも解釈できる。しかし、トーンで暗く塗られた水中には、幾本も海苔養殖の為の杭が打たれ架け棚が渡されているので、やはりこれは海でいいのだろう。中国・広島辺りの風景に酷似して見える。
 そろそろ、「のりかず、手元の資料を適当に繋げて風景描写こなしてるだろ」疑惑が真実味を帯びてきたが、無節操な風景写真の流用はここでピークを迎える。
 闇夜に浮かぶ京都五重の塔。修学旅行か。

 以上のデタラメを一切を無視して、クールに思い詰めた典子は夜の一番深いところへ足を踏み入れていく。

 にゃあ、と路肩で片目の猫が鳴いた。
 不吉だ。
 むしろ、不吉極まる、と云っていい。
 背後に煌々と照りつける満月を背負って、猫の影がくろぐろと地面に落ちており、その向こう側に、かつて馴染んだ風景がそのままあった。 

 廃墟と化しているのに、まだ取り壊されていない、かつて自分の住んだ家。
 あの運命の日、トラックが突っ込んだ大穴もそのままに、その場所でそいつは待ち構えていた。 

 「・・・よく来たわね。あなたは、わたしが呼んだのよ。」

 廃墟と化した家の中で、黒い影が手招きする。
 全身真っ黒で、鋭い双眸と吊り上がって笑う凶悪そうな白い歯しか見えない。身の丈は典子とさして変わらないが、不定形に伸び縮みするようで、壁いっぱいに膨れ上がったりもする。影法師そのものの特性を備えているのだ。

 「・・・あなたは、だぁれ・・・?」

 怯える典子。
 正体は解っているのに、絶対認めたくない。
 
 「フフ、知ってる筈でしょ?あなたが思っている通りの存在よ。
 今日は、あなたに面白いものを見せたくて、来て貰ったの。」

 
 影の声は怜悧で、曖昧さがまったくない。

 「この家がなぜ、事故当時のまま残っているのか。わかる?」

 確かに不自然だ。
 そもそも事の発端は、悪徳土建屋の大野が、マンションでも建てる積りでこの土地一帯に目をつけたのが始まりだった筈だ。
 なぜに工事は着工されていないのか。
 黙って睨みを利かせている典子に、影はフフンと嘲るように鼻を鳴らし、

 「私が呪ったからよ。」

 ズバリ、言った。
 あまりの単刀直入さに突っ込みを入れる余地もない。
 こいつ、できる。
 典子は持ち前の警戒心をさらに強める。

 「下見や測量の段階で、既に原因不明の事故が多発したわ。そして、連中がおっかなびっくり工事を始めたところで、」

 ザ ク リ ッ。

 「大野工務店の社員レベルの奴の片目に、ガラスの破片を突き刺してやったわ。もちろん、大判サイズの切れ端よ。眼底までしっかり届くように、角度はなるべく鋭角にしてね。
 それ以来、この土地に足を踏み入れた者は、皆んな片目を潰されるの。」
 
 典子は先ほど目撃した猫の姿を思い出し、心中凍る想いだった。
 影はまったく意に介さない様子で、

 「さぁ、私についていらっしゃい。ツィッター!」

 「え・・・?ツィッター?」

 「黙ってツィートしてればいいのよ!行くわよ!」

 ふたりは歩き出した。
 まともな道を外れ、藪を掻き分けて細い農道を進む。影は地理を熟知しているようで、夜目では捉えにくい雑草に覆い隠された分岐も躊躇いはしない。
 典子は、自分自身がそうだから、影もきっと同じなのだろう、と思った。

 「・・・あなた、あの事件の真相を知りたくない?」

 「あの事件・・・って?」

 「お財布盗難事件。あなたの名誉が名実共に完膚なきまでに息の根を絶たれた忌まわしい出来事よ。あの日から、あなたはクラスで少数の理解者すら無くし、失意と絶望の日々を送ることになったんじゃないの。
 まさか、忘れたの?」

 忘れたくても、忘れられない。
 だが、典子は気丈にかぶりを振って、

 「いいの。もう、どうだっていいの。」

 「本当に・・・?」

 影は暗がりでニンマリと笑ったようだ。白い歯が三日月状に大きく歪んだ。

 「さぁ、着いた。これが真実の法廷よ。」

 黒々と洞穴が口を開けていた。
 その上はちょっとした崖になっていて、戦時下の農民がこの場所を防空壕に使い、その後も農具や何やの収納場所として重宝されていたのを、典子は瞬時に想起する。

 「あなたは隠れてらっしゃい。良く見える場所にね。フフフ。」

 影はひとり、暗い穴倉へ入っていった。奥で、ヒッという押し殺した叫びが漏れた。
 典子が素早く岩陰に身を隠すと、後ろ手に縄で縛られ、数珠繋ぎになった小学生が三名、影にうながされて洞窟から現れた。
 あいつらだ。
 あたしをいじめて、雑巾を喰わせてた奴らだ。

 典子は思わず、ギュッと手を握り締める。

 影は、隠れている典子の位置が正確に解るらしい。丁度いい場所まで来ると、罪人達を止めた。

 「ホホホ。さぁ、一年前のことを話すのよ。
 クラスで財布が無くなったとき、本当に盗ったのは、あなたね?」


 真ん中に括られたキツネ目の少女が震えだした。

 「ち・・・違うわ!!」

 瞬間、影の平手が少女の頬を張った。パン、と乾いた音が山中にこだまする。
 勢いで少女は地面に跳ね飛ばされ、バランスを崩した仲間達もつられて転がる。地面は冷たく夜気を孕んでいた。

 「嘘をおっしゃい。
 あなたは、お財布を盗った。そして、先生が手荷物検査を始めると知って(そりゃあ、あなたが自首しなけりゃ何処かからお財布が出てくる訳がないわね)、慌てて典子のマディソン・スクエア・バッグの中に隠したのだわ!!」


 少女はキツネ目を潤ませて半泣き。
 残りの二名に顎をしゃくり、

 「それを知ってたあなた達も、共犯よ。罰を受けて貰う。」

 これが裁判ではなく、一方的な処刑であると知って、慌てふためく少女達。尤もらしい申し開きの余地さえ与えられないのか。
 影は唐突に屈み込み、手前の少女の細い足首を捉えた。何をされるかわからない少女が、ヒクッと一瞬動きを止めたとき。

 バキバキ、バキ、バキ。

 力任せに捻りあげて、少女の足首を折り切った。
 おそろしい怪力だ。
 切断するというよりは、捻じ切るに近い動きで、皮膚は無惨に裂けて血が噴き出し、白い骨がびきんと飛び出した。

 「・・・・・・!!」

 襲い来る激痛に呼吸が停まり、のたうつ少女。
 典子自身、驚きで声も出せない。だが、その瞬間脳内で、全裸に葉っぱ一枚の南原清隆が踊り狂うのが見えた。

 (やった・・・!!YATTA・・・!!やったわ・・・!!)

 影はためらいなく正確に処刑を遂行していく。
 次の少女の腕を逆拉ぎに取って、関節の望まない方向へ思い切り、引っ張る。

 「ギ、ギヤァァァァァァーーーッ!!」

 限界を越えた痛みで視界は一面、真っ赤に染まる。
 ブチン、ブチンと内部で腱の弾ける音がして、腕はだらんとぶら下がった。
 仲間達がありえない悲鳴を上げる横を、恐怖に駆られたキツネ目の少女は這いずって逃げようとする。
 影は傍らの石ころを持ち上げると、少女の両膝蓋を叩き割った。
 軟骨の潰れる、嫌な音がした。

 火の付いたように泣きじゃくるいじめっ子達を見ながら、典子は心中快哉を叫んでいた。

 「あんた達・・・」

 処刑を終えた影は、重々しく宣告した。

 「誰かに私のことを話したら、承知しないよ。今度は、生命を貰う。」

 ひくついて動けない三人を残し、影は一直線に典子の隠れている物陰にやって来た。
 息ひとつ乱れていない。
 この程度の刑罰を下すのは朝飯前といった感じだ。

 どう・・・?見た?」
 
 「・・・見たわ・・・・・・。」


 あまりの残虐さに言葉を接げない典子に、影はにこやかに微笑んだようだ。
 
 「じゃ、次行くわよ。ついておいで。ツイッター!!」


 影は先頭に立って歩き出した。

 

 


(つづく)

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2011年11月13日 (日)

鶴岡法斎『呪われたマンガファン』 ('98、ジャパンミックス)

 「グシューーーッ・・・おばんでやんす。」
 
 晴れた秋の日、薄曇りの空を破ってこの季節にしては暖かい陽光が差し込んでくる。
 マスクで顔を覆ったスズキくんが訪ねると、古本屋のおやじはカウンターでヴァン・ヴォークト『原子の帝国』を読み耽っているところだった。
 直ぐに気づいて面を上げ、

 「おぉ、どうした?ひさびさなのに、マスクで登場とは・・・?
 さては、近所で魚肉ソーセージ万引きしたのがバレて官憲に追われているのか?」

 「相変わらず失礼な人ですね。
 あなたの嬉びそうなものを拾ったので、ちょいと寄ってみたんです。最近顔を出してないので、てっきり孤独死してるんじゃないかと思いまして・・・」

 「きみ、それはもうじき洒落にならなくなるぜ。」 

 スズキくんは愛用のリュックを開けて、一冊の古本を取り出した。

 「どうですか、鶴岡法斎・編集『呪われたマンガファン』・・・。グジュッ。」

 「うわっ、汚い。
 
せっかくの状態のいい本に、鼻汁が跳ねたじゃないか?!」


 「気にせんでください。(この意味、そのうち分かります。)
 さて、これは、いわゆる再録本という奴でして、ひばり書房ばかり4作家・長編4本を一冊に合本したものなんですが・・・。」

 「あー、どれどれ。。
 ふーーーん、これなのか、『呪われた巨人ファン』の貴重な再録が読める本ってのは。噂には聞いとったが、現物は初めて見るよ。
 アレの原書は、確かキミが見つけてきてくれたんだったよな。500円くらいで・・・」

 「5千円です。」
 キッパリした口調で訂正したスズキくんは、目次を読み上げる。

 「城(きずき)たけし『呪われた巨人ファン』。
 さくらまいこ『呪い人形に皆殺された』。
 なかのゆみ『血に染まる月下美人』。
 川島のりかず『生首が帰ってきた』・・・。」


 おやじの顔がほころんで、

 「おおー、のりかずも入っとるじゃないか。しかも傑作『生首が帰ってきた』!こいつは嬉しい贈り物だぞ!」

 「そんなものを本気で喜ぶのは、あんただけです。
 でも、せっかくですから、確かに傑作『生首が帰ってきた』のさわりだけでも、ご紹介!」

 「中学生留名は歳の離れた兄と熱烈・近親相姦中!幼くして両親を亡くしたふたりは、周囲と隔絶された狭い世界で幸福に暮らして来たのだ。
 しかし、そんな兄に遂にまともな恋人が出来る。昆虫採集の趣味を通じて知り合った黒髪の美人里子。彼女には凶暴な知恵遅れの弟がいた。
 兄を奪われまいと必死の留名は、呪い好きの友人ミユキに教わったカラスの呪いをかける。新婚旅行先のニューギニアで、カラスの大群に襲われ半死半生、片目が義眼になって帰国する里子。
 さぁ、近親相姦JC対片目の新妻、地獄の呪術合戦の火蓋が切って落とされた!」

 「いや、そんなに景気のいいもんではないんですけど。」
 スズキくんはあっさり否定したが、
 「でも、発狂シーンも豊富だし、生首切断、顎したフォーク一気刺し、電車に飛び込み轢死体、と残虐度は意味なくヒートアップしてます。ある種の層にはこたえられない魅力があると思います。」

 「うんうん、これはいい。・・・しかし、だ。」
 おやじ、眉間に皺を寄せると、吠えた。

 「この欄外に書き込んである余計なキャプションは、なんなんじゃい?!」

 「編集した鶴岡の突っ込みコメントが、頻度は少なめですが、全編に登場するつくりになってるんです。
 例えば、有名な『巨人ファン』のひとコマ、飛んだ生首にびびるひろしの顔が一つ目のなっているカットの脇に、「ひろしの方が怖い!」・・・とか。」

 「まったく野暮な野郎だな。作品に対する愛が感じられん。
 所詮、てめえを大きく見せる為の道具扱いじゃねぇか。
 フルサイズの収録の箇所と、1ページに4頁分を分割掲載の部分が交差するつくりも、編集者に“ここが見どころですヨ”と指図されてるみたいで、気色が悪い。
 そこまで出来るんなら、鶴岡、お前、手塚治虫全集に同様の突っ込みを入れてみやがれ!」

 「ま、手塚は消息不明になってませんし、殆ど絶版にもなってませんし、第一、ひばり書房には一冊も描いてませんけどね!」

 「さくらまいこ先生だったら、『魔少女マヤ』!
 なかの先生なら、『あっ!私の顔が溶けていく』が代表作なんだぞ!」


 「それは、あんたの主観でしょ。・・・って、ありゃ?!」

 「どうした?」

 「なんか鼻が通ってきたみたいです。言いたいこと、喚き散らしたら何かスッキリしちゃったみたい。」

 おやじは得意げに肩を聳やかした。

 「ホレみろ。ひばりは、健康にいいのです。」

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2011年11月12日 (土)

「『ガメラ』の監督が・・・」

 (某マニア系大手古書店。
 どう見ても二十代の若者。二人連れで会話している。)

 「・・・そういや『ガメラ』の監督が亡くなったじゃない?」
 「へッ、あの人・・・?ホレ、あの、名前が・・・」

 金子修介だ。映画版『みんな、あげちゃう』でお馴染みの。

 「いや、平成ガメラじゃなくて。昭和のガメラ・シリーズの監督さんだよ。」

 「あぁ、あの湯浅・・・」
 「そう、湯浅憲明。」

 なんで、お前ら、そんな名前を知っている。
 
おかしいんじゃないのか。絶対、カタギじゃない。胸倉を掴んで奥歯ガタガタいわせてやろうかと。
 あたしは、そのとき偶然、自分が手にしていた古本の書名に目が行った。杉浦茂オンデマンド選集2巻「拳斗けん太」。
 
 
・・・あッ。



 そういや、佐藤師匠、中田ヤスタカって1980年生まれらしいですよ。世代論で作品分析するやりくちも、いまや難しくなりましたね。

 ところで、私と同じく衝撃を受けた皆さんが買っているのか、「ラーメンマン受」同人誌の買取値が高水準をキープしているのは喜ばしいことである。今後活躍が期待されるのは「プルシェンコ受」だろうか。高度に細分化された趣味嗜好の極北。
 だがそれは、いったい、どういう趣味だ。

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『宇宙水爆戦』 ('55、ユニヴァーサル)

 あまり実際的でない方法で、地球人科学者を星間戦争に協力させようとする宇宙人。数々の奇跡を見せたり、正体不明のデバイスを匿名で送りつけたり、効率の悪いこと夥しい。
 われわれは、こういう困った人たちをどのように扱うべきなのだろうか。

 a.徹底的に無視する。
 b.とことん忌み、嫌う。


 そういう常識的な反応を敢えてせずに、この映画の主人公達は宇宙人の秘密計画にボケーッと乗せられて、破滅間際のどこかの星に拉致されてしまう。実に夢のある展開だ。
 
 その惑星では、脳がふたつに割れた昆虫顔のミュータントを奴隷に使っていて、つまりこれぞかの有名なメタルーナ・ミュータントなのであるが、こいつが主人公達の周りをうろうろする。いや、本当、襲って来こない。うろうろするだけ。デザインは最高なのに、行動は最低。誰だ、演出家。
 他にも、三角形のTVスクリーンがついた惑星間電話とか簡素すぎて素敵なUFOとか、デザインセンスは一流なのに、使い方が三流以下の場面が続出するのには辟易した。頭悪いんじゃないのか。いい加減にしろ。

 という訳で、即座に「金返せ」と叫びたくなる筈が、最後まで楽しく観れてしまうのは、ヒロイン、フェイス・ドマーグのおっぱいの魅力である。川に飛び込んでズブ濡れになる場面もあるぞ。わかってるじゃないか、監督。
 私は慌てて、どこかに仕舞い込んである『水爆と深海の怪物』のDVDを探しにかかった。買ったもののまだ観ていなかったのだ。抜かった。
 この映画で、なんと彼女はハリーハウゼンの操る大蛸と共演している。大ダコ。おぉ、いいもんがあるじゃないか。

 それにしても、水爆、水爆とうるさい女優である。もしやスイカップとはこれか?

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2011年11月 8日 (火)

ジェームズ・ハーバート『ザ・ダーク(上)』 ('80、ハヤカワ文庫NV)

 英国お下劣ホラー小説界の巨匠、ジェームズ・ハーバート。

 特に独自性のある設定や登場人物、洗練された文体などは一切持ち合わせていないが、パンチの利いた残虐描写、最低の名に恥じないエロ方面への目配りによって一躍ベストセラー作家の地位を獲得した、端倪すべかざる人物である。
 名前の響きこそ端正で大英帝国の気品を感じさせるが、作品の内容はどれもこれもズバ抜けてくだらない。
 知性よりも人間の本能に直接訴えかけようという作品内容は、中学生程度の頭の持ち主には、深く心に突き刺さるサムシングを感じさせてくれる筈だ。

 例えば代表作『鼠(ねずみ)』!放射性廃棄物の影響で狂った鼠の大群が、とにかく人を襲う!うじゃうじゃたかって、人を喰う!とにかく人間がどんどん死ぬ!都市はパニック!
 そして問題作『霧(きり)』!突如地面から噴き出した正体不明の霧によって、人間がジャンジャン狂う!そして人を襲う!お互い殺し合い、どんどん人が死ぬ!都市はパニック!あぁ、愉快!

 確実に、親が子供に読ませたくない本にランクイン間違いなしの下劣に狂った内容は、素晴らしいとしか言いようがなく、お陰様で一時はキング並みに翻訳が多数出ていたにも関わらず、現在も刊行され入手可能な本は皆無。
 
完全に忘れ去られた作家扱いで、どこの物好きが再評価するでもなく、古本屋の書棚の隅に埋もれて腐って土に帰る日を待ち侘びているのであった。
 あぁ、もったいない。

 そこで、わが「神秘の探求」取材班では、発掘したハーバートを詳細に分析し最新の科学技術(テクノロジー)をもって、その内容のくだらなさを広く世間にお伝えすべく、密かに活動を開始した!
 その果敢なる取材活動の成果、第一弾「ザ・ダーク」は、なんと上巻しか入手できず!
 なんてことだ、これで記事を書くなんて、まさに最低!

【あらすじ】

 イギリス。
 とある宗教団体の信者37人が集団自殺した呪われた家。保険会社の依頼で調査に訪れた心霊研究家のビショップは、37人の霊に襲われ、命からがら這い出して路上にボケーッと蹲っているところを救助された。
 事件に関する記憶をいっさい失い、間抜けな聴衆相手にろくでもない心霊に関する講演会活動に日々を送るビショップのもとへ、大手心霊科学研究所の関係者ジェシカが尋ねてくる。
 実は、ビショップの調査後も、例の呪われた家を廻る怪奇現象は一層勢力を増し、周辺の住民の間では、原因不明の殺人、放火が相次いで発生しているという。

 「それも殺し方が、飼い犬の前脚を両方ともハサミで切断し、いきおいで妻の首を刎ねるとか、もう最低!」
 「むむゥ・・・確かに・・・」

 ということで、しぶしぶ再調査に乗り込んだビショップだったが、同伴した霊媒がいきなり悪霊に取り憑かれ、発狂!ジェシカの父、心霊界の大物の博士の首を締め上げる!さらに、近所に住む年金暮らしの老人を殺害した看護婦が、全裸で地下室に隠れていてドッキリ!
 
あまりに不甲斐ない調査結果に、依頼主の金持ちババア(大家)が怒り狂い、即座に幽霊屋敷を取り壊すことを急遽決定!ブルドーザーで呪われた家を取り壊してしまう!
 (この時点で、この作品は“呪われた家”ジャンルのホラーですらなくなる。)
 案の定、狂気は町中に感染し、いたる路地で殺人、暴行、強姦(5件中2件は被害者男性)が横行し、治安維持に乗り出した警察もお手上げ状態!
 そんな中、近所のサッカー競技場ではミスジャッジが原因で大暴動が巻き起こり、ドサクサに紛れてバカが照明用の高圧電線を引き千切ってしまい、折り悪く降り出した集中豪雨の中でスタンド一円に致死量の電流が流れて、600人余りが一度に感電死!景気よすぎる死に様を披露!
 
 さらに荒れ狂う37人の霊は、屋敷の調査に参加したメンバーの命を狙う!問題の家主のババアは、口から強制的に濃硫酸を飲まされ、胃袋も溶けて死亡!
 偽装依頼でおびき出されたビショップは散弾銃で狙い撃ちされるも、からくも逃げ、相手と揉み合い、暴発で敵の頭頂部を吹き飛ばして返り討ち!
 妻を心配して駆けつけた精神病院(※妻はそういう人である)では、精神的に不安定な人々が37人の霊の手先となり、看護人を次々ブチ殺してビショップを追う!
 トイレでボコボコにされる等、過酷な目に遭わされながらも、なんとか生き延びたビショップの目の前で、悪魔に操られた脳の悪い妻は焼身自殺で火だるまと化し、呆然としながらも心に深く復讐を誓うのであった以下下巻。

 これの続き、読みたい人。

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2011年11月 6日 (日)

大林宣彦『転校生』 ('82、A.T.G.、N.TV)

 恥ずかしいもの。
 世間の晒し者。
 それは、諸君が生きる上で必要とするもの。


 いささか奇抜な連想ゲームではあるのだが、佐藤師匠に薦められて先週聴き込んでいたパフュームのベスト盤(恐れ多くも佐藤氏手づからの編集)で、あたしが気に入った「マカロニ」のプロモクリップをYOUTUBEで検索してみたところ、8mm風の手持ちキャメラで懐かしい原宿から渋谷、東横沿いに代官山、多摩川へという風景が撮影されており(あたしは東横沿線にに十数年住んでいた)、あぁ、でも8mmで思い入れの有る町を撮るスタイルといえば、やっぱりこれが元祖かつ決定版でしょう、ということで大林宣彦『転校生』を久々に観たくなったのであります。

 いまさら『転校生』を傑作呼ばわりしても、誰も文句は云わないと思うが、それにしても不思議なバランスで成立している映画だ。
 そもそも一夫の家の玄関に貼り出してある『駅馬車』のポスター。あれはなんだ。
 白黒の現実から映画が始まり、カラーのファンタジーが展開して、再び白黒の現実に戻る。この構成は周知の通り、『オズの魔法使い』であるし、一美の兄は月刊スターログを購読している(あの表紙は「現代SFスター名鑑」特集の号である、と同じ愛読者ならスラスラ答えられるだろう)。
 しかし、いったい、いつの話なんだ、これは?

 この点、あたしは、無意識に間違いを犯していた。
 初めて(「A TELEVISION」のテロップが出る)TVで初見のとき、ノスタルジックな演出に乗せられてこの話がそれほど遠くない過去に尾道であった出来事のように錯覚したのだが、本当は違う。

 これは、幸福な記憶についての物語である。
 それゆえ、過去について語っても、現在性を喪わない。

 
 この映画における時間軸は、いわゆる時計刻みでの正確さを持ち合わせていない。
 すべては主観においてのみ捉えられ、時間経過は意味を為さなくなる。
 幸福とは、時間を永久に停止させる装置だ。
 人外魔境出身のあたしですら、そういう基本的な事実を知っているのだから、もう少し恵まれた人生を送っている筈の諸君がそれを知らん訳はないだろう。
 この宇宙は、なにもニュートンやアインシュタインの物理法則のみに従って動いている訳ではないのだ。

 さて、それでは冒頭に出てくるナレーション、「あっ、尾道だ」「懐かしいなぁー」は誰のモノローグであろうか。
 監督自身の呟きでも良いのだし、それが成長し商業映画の監督にまで出世した一夫自身の感慨であっても一向に不都合は無い。ここに作者と登場人物は融合し、一緒にカメラを廻しているという奇妙な関係性が成立する。
 だからこの映画は一種のプライヴェート・フィルムだ。
 それを劇場でかけようというのだから、そりゃ無理が生じる。こっぱずかしい。
 「しかし、そういうことを敢えてやる、というのにも意味があるんじゃないでしょうか?」
 どうも、大林宣彦はそう言っているように思われる。

 私も、そう思う。

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2011年11月 4日 (金)

YMO『(いわゆる)テクノデリック』 ('81、アルファ・ミュージック)

(池袋の夜。半年程度の活動休止となる佐藤師匠を迎え、ライブ後フリートーキング。)

 「いや~、客いなかったね!」
 「いませんでした。もう、会場を吹き抜ける風の音が聞こえるぐらい。」
 「東京ドームを満杯にとは云わないけど、もう少し入っても罰は当らないんじゃないかね?」
 「師匠がギターを持って演奏したら、仕事投げ出しても確実に来るってヤツを知ってるんですが・・・」
 「あぁ、目戸口?」
 「いや、ズバリそう云ったのは、にょこです。」
 「にょこ、か!ハハハハ!」

(串焼き盛り合わせが到着。)
 
 「フホホ、こりゃうまい。
 そういや、われわれの仲間ウチで、最近オムニバス出そうとしてるじゃないですか?
 ジャケット描かなくちゃならないので、サンプル盤を貰って、通して聴いてみたんですが・・・」
 「どうでした?」
 「並べて聴くと無惨に解ってしまうんですけど、師匠の音源が出てくると、そこだけ音楽レベルが違うんですよね・・・」
 「アハハハハ!」
 「こりゃ完全にまいったなー、と思いまして・・・」

(師匠、二杯目の焼酎をオーダー。)

 「レベル問題といえばさ、最近O氏がボーカロイドにはまって、自作曲をニコ動にアップしたりしてるじゃない?
 あれをきっかけにあれこれ、人気のあるやつをチェックしてみたんだけどさ、O氏も頑張ってるんだが、残念だが一線で売れてるやつらとでは明らかに力量に差がある。
 ってゆーか、やつら、うますぎ。怪しい。
 アレ、絶対プロが匿名でやってるだろ?」
 「可能性は高いでしょうね。しかし、さすが師匠、インド音楽ばかりかボカロまで射程に収めるとは・・・」
 「もともと、こだわり無い方だからね。最近のヒットは、パフュームです。」
 「パ、パフューム・・・?!」
 「あれもさ、手掛けてる中田ヤスタカが絶対YMO、ニューウェーブ世代だってわかるよね。単純に、曲いいじゃん。」
 「コンピュータじゃなく、人間の声を加工して使ってるとこがミソなんじゃないすかね。そこは、ちょっと面白い問題を孕んでますね。
 C.G.の人間って、いつまでたっても本物に近くなれないじゃないですか。画面に登場しただけで、あッC.G.!ってバレてしまう。映画は台無し。」
 「その点、人間以外を主人公にするPIXARは上手くやってるよね。パフュームだって、存在を知ったのが、『カーズ2』の主題歌ですよ。『ウォーリー』も良かったぞ!」

(若鶏の唐揚げ。子持ちししゃも。)

 「そういや、師匠。YMOのアルバム、何が好きでした?」
 「んー、『テクノデリック』だろ。やっぱり。あと、あの歯磨きのやつ・・・」
 「『B.G.M.』ですね。あたしも、そっち派で、なかでも圧倒的に『テクノデリック』の評価が高いんです。ちなみに、目戸口くんは単純バカだから、『パブリック・プレッシャー』って胸張って回答してましたけどね!」
 「バカだね!」
 「大バカ野郎ですね!
 ま、あたしも昔フォークギターで「バレエ」を演奏しようとして、目戸口くんに“それだけはやめてくれ!”って涙目で頼まれましたけどね!」
 「ハハハハハ!」
 「でも、この、人力でテクノを演奏しようというのは、実はYMOの基本に沿った考え方なんですよ。ユキヒロのドラム、ドンカマに合わせて叩き続けた結果、『B.G.M.』の頃には普通に素で叩いてもテクノ感を醸し出す域にまで到達していたらしいんです。」
 「ホホゥ?」
 「つまり、普通のアナログ楽器を使っても、テクノ感が出せるという。そこを全面展開したのが、『テクノデリック』だったワケですよ。「体操」の生ピアノとか、細野先生のファンキーベースとか。禁じ手だったリアル楽器を全面的に投入。それから初期のサンプリングマシーン。数秒しか録れないけど、ループで重ねて複雑な現実音を使える。
 「エピローグ」の工場音なんて、アシスタントが実際に芝浦工業地帯行って、録ってきた音をそのまま使ったって話ですよ。」
 「フーーーン、そーか。面白い。」

(師匠、三杯目を飲み干し、四杯目に突入。)

 「ボーカロイドもそうですけど、夾雑物のない正弦波だけで構成された音楽って、飽きるの早いんですよ。
 やはり、人間が聴く音楽は人間が演奏するのが一番なんじゃないですかね?」
 「そりゃ当然そうだろ。目戸口はわかっとらんな。」
 
 「ねぇ!
 バカですよね、目戸口!」
 「バカだ!バカ、バカ、バカ、バカ!超うすらバカ!」
 「ア、ハハハハハ!!」
 

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2011年11月 3日 (木)

村崎百郎・森園みるく「ヴァニシング・ツイン」 ('00、『フィータス』収録、筑摩書房)

 神の声が聞こえる女。問題は、その神の声が複数だったこと。そんなもん、信じられるか。
 われわれは、これが村崎百郎自身の妄想だったことを知っているし、彼が近年ファンに刺殺された事実も知っている。(嘘ばかり書いてあるのが基本の私のブログであるが、ときどき本当のことも載せている。どれがそうなのかは、お前、考えろ。)
 『鬼畜のススメ』『電波系』、リアルタイムで読む村崎の本は素晴らしかった。

 さて、このマンガは、なんというか、山岸涼子的自問自答の彼方を模索する試みである。
 山岸先生の『黄泉比良坂』は御存知だね?
 自分が死んでいることを自覚しない女が、湯灌着のまま町を彷徨う。おっとろしい短編だ。一人称というのは、おそろしい。主観が見ている風景をそのまま画面に焼き付けることが出来る。それが、現実の世界ではありえない光景でも。
 たとえば、死後に見る光。
 もちろん実体がない存在であろうと、地球上に等しく光は降り注いでいるわけだが、それを感受する網膜は既にこの世に存在しない。なんというおそろしい考えであろうか。幽霊の視界はどんな風に見えるんだろう。果てしない光源の乱舞?じわじわとした距離感の喪失?
 もっとおそろしいのは、外界が見えているということは、儚いながらも「それ」は確実に存在しているのだ。すなわち。
 幽霊は、この地球上に存在する。
 私は、その考えが、そしてそれを固持し続ける人たちがおそろしい。

 主人公・芙美子は常に幻聴、幻視に悩まされている微妙な女。二十代後半から三十代前半ぐらいか。もはや無邪気でもないし、楽しげでもない。たまにクラブへ出かけて、行きずりの男とセックスしたりするが、深い関係に陥らないよう周到に配慮している。別れ際に相手の男が事故死する幻覚を見たりするから。
 困ったことに、彼女はそれが幻覚だと知っており、事実がその通り運んだとしても予知だとは決して思わないよう、自分で努力しているのだ。
 これは意外と現実的、かつクレバーな選択である。
 未来が見える女として生きていくなら、占い師ぐらいしかなれるものがない。そんなステロタイプは御免こうむる。現実に生活していて、普通にOL暮らしを続ける為に、彼女は自分の妄想に飲み込まれない努力をしている。実践するには物凄く面倒だし、周囲から地味な女と呼ばれたりもするが、狂気に走るよりはなんぼかマシだ。
 
 「悪夢のような幻覚と幻聴の洪水を体験しながら/私はいつしか感情を実感できない、無感動な人間になっていた。」

 これが彼女の自己認識である。
 実体を持たない声は、そんな彼女を執拗に責め立てる。

 「お前は、自分が壊れていることを知っている。」
 「自分が壊れているからこそ、さらに壊れた危うい人間を自分の傍に置こうとする。」
 「お前は、どうでもいい相手としか性交できない。どうでもいい相手としか暮らせない。」
 「どうでもいい相手だからこそ、一緒に居られる。」
 「そんなものは、正常な人間の行動ではない。」

 以上の告発に対する彼女の答えは、全て「そうね・・・」「そうだろうね・・・」だ。
 山岸先生の傑作「天人唐草」で、主人公・響子を襲う内部告発と同種のものだ。その冷徹な自己認識に耐え切れない響子は崩壊し、さらにご丁寧に通りすがりの変質者にレイプされ狂気に走るのであるが、芙美子の場合はちと違う。
 責め立てる声に対し、彼女は冷酷に切り返すのだ。

 「それが、どうかしたの?」

 夢も希望もない回答であるが、現実とはそうしたものだ。われわれは誰かを殺したぶんだけ、余計に生き延びることが出来る。
 それを善とは呼ばないが、誰でもそういう選択を下したことはあるだろう。
 
 すべてが美しい夢の国は、いまだに虹の彼方に存在している。
 そこに到る道のりは険しいが、歴然と距離こそあれ、確かにこの世界に存在しているのだ。
 その事実を知りながら、人はこの現実を生きていかなばならないようだ。

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2011年11月 1日 (火)

杉戸光史『吸血紅こうもり』 ('83?、ひばり書房)

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 吸血こうもりは地獄の使者!闇の世界から恐怖を運ぶ!

 杉戸先生の世界的ベストセラー『吸血紅こうもり』は、そんな恐ろしい存在を少女がうっかり棒で叩き落してしまったことから始まる、例によって血も凍る復讐譚である。
 先生の執拗な反復技法は、謂わばトランステクノに例えることが出来る。いつ果てるともしれぬマシンビートの強引極まる繰返しが、聴く者をして酩酊させ法悦の無限空間へと誘う。
 あるいは、途轍もない脱力感に。
 人は、巨大な宇宙に対してまったくの無力だ。それを思い知らされる素敵な一冊。お子様の誕生日にどうぞ。
 
【あらすじ】

 散歩の途中。森を歩いていた少女さおりは、突如飛び掛ってきた吸血こうもりを棒で叩き殺してしまう。これが途方もない悲劇の幕開けだった。
 後も見ずに逃げ出したさおりには知る由もなかったが、彼女が去って数刻のち、空中より飛来する黒い影。伸びた二本の牙。真紅の口紅をバーのマダム風に濃く引いて、全身レオタード。その上から羽織る、奇術師の如く謎めいた黒マント。耳朶は鋭く尖り、恨みを呑んだ昏い眼差し。爛々と復讐の炎に燃えている。 
 
 「おのれ~!!」
 登場と同時にテンション全開。
 哀れ、撲殺されたコウモリの屍骸を軽く抓み上げ、
 「誰がチコを殺したんだい?!絶対に許さないよ!!」

 コウモリに名前をつけて可愛がっている時点で、既に只者ではないが、大体、日本にいる筈のない吸血こうもりが何故武蔵野近郊の森の中をひらひら飛んでいたのか。その理由が明らかにされるのは、物語の終盤だ。読者は置いてけぼり。
 
 「お前たち!」
 正体不明の怪人は周囲を舞う、コウモリの大群に恐怖の指令を下した。
 「犯人を捜しておいで!仲間の仇を討つんだ!」

 絆は固いようだ。
 一方、残虐行為のあと、急に恐ろしくなり村へ逃げ帰ったさおりは、十字路でいとこの昭男と出会う。風呂敷包みを提げ、葬式帰りでご機嫌の昭男は、そうしきまんじゅうをモシャモシャと頬張りながら、

 「ふーん、こうもりを叩き落したってのか。きみが。ふーん。」
 「・・・エエ・・・」
 「そいつはゴキゲンだぜ!」
 「え?!」
 
 提げていたまんじゅうの包みをさおりに預け、素早く駆け出す昭男。

 「おれ、実はそういうゲテモノ大好きなんだ。
 ちょっくら、行って拾ってくらァ!!」


 呆れるさおりを残し、走り去る青年。意外かつ無意味な展開に戸惑う少女は、思わず呟くしかなかった。
 
 「なんでやねん。」

 一方、趣味とセンスを疑われる男、昭男は快調にカントリーロードを疾走し、目的の場所へ辿り着いた。地面に転がるコウモリの屍骸。舌なめずりで見下ろす。なにをするつもりだ。
 唐突に、着ていたTシャツを脱ぎ出す昭男。え?読者の悪い予感は的中し、母親の子宮からこの世へデビューした当時の懐かしい姿となり、仁王立ちで叫んだ。
 
 「罰当たりさん、いらっしゃ~~~い!!!」

 両手を宙に高く差し上げ、ジャージャー放尿を始める。
 
 「人がいるから、掟ができるのか。
 掟が、人をつくるのか。
 俺は、この世の掟に背く男。一日一回、背信行為。処罰されるは覚悟の上さ。」

 
 戯言を呟きながら、全裸で、コウモリの屍骸に小便をかけ続ける。
 まさに、神をも恐れぬ無法者そのものだ。

 「見たぞ、見たぞ!粗末なチンチン・・・!」

 突如樹上から響き渡る大音声に、ビクリ身を堅くする昭男。
 刹那、バサリと舞い降りた黒い影が瞬時に彼の無防備な股間をギュッと掴み取ると、目の前に立ちはだかった。

 「略して、粗チン!!」

 ぐい、と力任せに捻った。

 「あ・・・うッ!!!」
 
 たまらず悶絶し、うずくまる昭男は既に涙目になっている。局部から最大級の激痛が走り、意識も朦朧とする体たらく。アァ情けなや。
 
 「フン、たわいもない。どうだ、このまま握り潰してやろうか?」

 無情極まりない黒い影のハードコア発言に慌ててかぶりを振る昭男であった。
 「・・・アウッ、アウッ!!・・・」
 
 「では、あたしの子分になるか?なんでも云うことを聞くか?」

 夢中で幾たびも頷くと、ようやく股間の激痛が遠のいた。
 瞬間、全身の血の気が引いて目の前がスーッと暗くなり、昭男は大地に倒れ伏していた。
 暗闇の中に遠のく意識の片隅に、やけに紅い色がチラついて見えた。
 それは、恐るべき攻撃で自分の自由を奪った怪人の、そこだけ別の生き物のように紅い唇だった。
 朱唇は左右に大きく引き絞られ、粗忽な昭男をいつまでもせせら笑い続けていた。

 ---さて、一方。こちら。
 どんなに待っても帰らない従兄弟を心配するさおりは、預かったまんじゅうを残らず平らげると、布団でスヤスヤ眠っていた。

 「ムニャムニャ・・・もう、おなかいっぱい・・・ムニャムニャ・・・」

(つづく)

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