杉戸光史『吸血紅こうもり』 ('83?、ひばり書房)
吸血こうもりは地獄の使者!闇の世界から恐怖を運ぶ!
杉戸先生の世界的ベストセラー『吸血紅こうもり』は、そんな恐ろしい存在を少女がうっかり棒で叩き落してしまったことから始まる、例によって血も凍る復讐譚である。
先生の執拗な反復技法は、謂わばトランステクノに例えることが出来る。いつ果てるともしれぬマシンビートの強引極まる繰返しが、聴く者をして酩酊させ法悦の無限空間へと誘う。
あるいは、途轍もない脱力感に。
人は、巨大な宇宙に対してまったくの無力だ。それを思い知らされる素敵な一冊。お子様の誕生日にどうぞ。
【あらすじ】
散歩の途中。森を歩いていた少女さおりは、突如飛び掛ってきた吸血こうもりを棒で叩き殺してしまう。これが途方もない悲劇の幕開けだった。
後も見ずに逃げ出したさおりには知る由もなかったが、彼女が去って数刻のち、空中より飛来する黒い影。伸びた二本の牙。真紅の口紅をバーのマダム風に濃く引いて、全身レオタード。その上から羽織る、奇術師の如く謎めいた黒マント。耳朶は鋭く尖り、恨みを呑んだ昏い眼差し。爛々と復讐の炎に燃えている。
「おのれ~!!」
登場と同時にテンション全開。
哀れ、撲殺されたコウモリの屍骸を軽く抓み上げ、
「誰がチコを殺したんだい?!絶対に許さないよ!!」
コウモリに名前をつけて可愛がっている時点で、既に只者ではないが、大体、日本にいる筈のない吸血こうもりが何故武蔵野近郊の森の中をひらひら飛んでいたのか。その理由が明らかにされるのは、物語の終盤だ。読者は置いてけぼり。
「お前たち!」
正体不明の怪人は周囲を舞う、コウモリの大群に恐怖の指令を下した。
「犯人を捜しておいで!仲間の仇を討つんだ!」
絆は固いようだ。
一方、残虐行為のあと、急に恐ろしくなり村へ逃げ帰ったさおりは、十字路でいとこの昭男と出会う。風呂敷包みを提げ、葬式帰りでご機嫌の昭男は、そうしきまんじゅうをモシャモシャと頬張りながら、
「ふーん、こうもりを叩き落したってのか。きみが。ふーん。」
「・・・エエ・・・」
「そいつはゴキゲンだぜ!」
「え?!」
提げていたまんじゅうの包みをさおりに預け、素早く駆け出す昭男。
「おれ、実はそういうゲテモノ大好きなんだ。
ちょっくら、行って拾ってくらァ!!」
呆れるさおりを残し、走り去る青年。意外かつ無意味な展開に戸惑う少女は、思わず呟くしかなかった。
「なんでやねん。」
一方、趣味とセンスを疑われる男、昭男は快調にカントリーロードを疾走し、目的の場所へ辿り着いた。地面に転がるコウモリの屍骸。舌なめずりで見下ろす。なにをするつもりだ。
唐突に、着ていたTシャツを脱ぎ出す昭男。え?読者の悪い予感は的中し、母親の子宮からこの世へデビューした当時の懐かしい姿となり、仁王立ちで叫んだ。
「罰当たりさん、いらっしゃ~~~い!!!」
両手を宙に高く差し上げ、ジャージャー放尿を始める。
「人がいるから、掟ができるのか。
掟が、人をつくるのか。
俺は、この世の掟に背く男。一日一回、背信行為。処罰されるは覚悟の上さ。」
戯言を呟きながら、全裸で、コウモリの屍骸に小便をかけ続ける。
まさに、神をも恐れぬ無法者そのものだ。
「見たぞ、見たぞ!粗末なチンチン・・・!」
突如樹上から響き渡る大音声に、ビクリ身を堅くする昭男。
刹那、バサリと舞い降りた黒い影が瞬時に彼の無防備な股間をギュッと掴み取ると、目の前に立ちはだかった。
「略して、粗チン!!」
ぐい、と力任せに捻った。
「あ・・・うッ!!!」
たまらず悶絶し、うずくまる昭男は既に涙目になっている。局部から最大級の激痛が走り、意識も朦朧とする体たらく。アァ情けなや。
「フン、たわいもない。どうだ、このまま握り潰してやろうか?」
無情極まりない黒い影のハードコア発言に慌ててかぶりを振る昭男であった。
「・・・アウッ、アウッ!!・・・」
「では、あたしの子分になるか?なんでも云うことを聞くか?」
夢中で幾たびも頷くと、ようやく股間の激痛が遠のいた。
瞬間、全身の血の気が引いて目の前がスーッと暗くなり、昭男は大地に倒れ伏していた。
暗闇の中に遠のく意識の片隅に、やけに紅い色がチラついて見えた。
それは、恐るべき攻撃で自分の自由を奪った怪人の、そこだけ別の生き物のように紅い唇だった。
朱唇は左右に大きく引き絞られ、粗忽な昭男をいつまでもせせら笑い続けていた。
---さて、一方。こちら。
どんなに待っても帰らない従兄弟を心配するさおりは、預かったまんじゅうを残らず平らげると、布団でスヤスヤ眠っていた。
「ムニャムニャ・・・もう、おなかいっぱい・・・ムニャムニャ・・・」
(つづく)
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