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2011年11月 3日 (木)

村崎百郎・森園みるく「ヴァニシング・ツイン」 ('00、『フィータス』収録、筑摩書房)

 神の声が聞こえる女。問題は、その神の声が複数だったこと。そんなもん、信じられるか。
 われわれは、これが村崎百郎自身の妄想だったことを知っているし、彼が近年ファンに刺殺された事実も知っている。(嘘ばかり書いてあるのが基本の私のブログであるが、ときどき本当のことも載せている。どれがそうなのかは、お前、考えろ。)
 『鬼畜のススメ』『電波系』、リアルタイムで読む村崎の本は素晴らしかった。

 さて、このマンガは、なんというか、山岸涼子的自問自答の彼方を模索する試みである。
 山岸先生の『黄泉比良坂』は御存知だね?
 自分が死んでいることを自覚しない女が、湯灌着のまま町を彷徨う。おっとろしい短編だ。一人称というのは、おそろしい。主観が見ている風景をそのまま画面に焼き付けることが出来る。それが、現実の世界ではありえない光景でも。
 たとえば、死後に見る光。
 もちろん実体がない存在であろうと、地球上に等しく光は降り注いでいるわけだが、それを感受する網膜は既にこの世に存在しない。なんというおそろしい考えであろうか。幽霊の視界はどんな風に見えるんだろう。果てしない光源の乱舞?じわじわとした距離感の喪失?
 もっとおそろしいのは、外界が見えているということは、儚いながらも「それ」は確実に存在しているのだ。すなわち。
 幽霊は、この地球上に存在する。
 私は、その考えが、そしてそれを固持し続ける人たちがおそろしい。

 主人公・芙美子は常に幻聴、幻視に悩まされている微妙な女。二十代後半から三十代前半ぐらいか。もはや無邪気でもないし、楽しげでもない。たまにクラブへ出かけて、行きずりの男とセックスしたりするが、深い関係に陥らないよう周到に配慮している。別れ際に相手の男が事故死する幻覚を見たりするから。
 困ったことに、彼女はそれが幻覚だと知っており、事実がその通り運んだとしても予知だとは決して思わないよう、自分で努力しているのだ。
 これは意外と現実的、かつクレバーな選択である。
 未来が見える女として生きていくなら、占い師ぐらいしかなれるものがない。そんなステロタイプは御免こうむる。現実に生活していて、普通にOL暮らしを続ける為に、彼女は自分の妄想に飲み込まれない努力をしている。実践するには物凄く面倒だし、周囲から地味な女と呼ばれたりもするが、狂気に走るよりはなんぼかマシだ。
 
 「悪夢のような幻覚と幻聴の洪水を体験しながら/私はいつしか感情を実感できない、無感動な人間になっていた。」

 これが彼女の自己認識である。
 実体を持たない声は、そんな彼女を執拗に責め立てる。

 「お前は、自分が壊れていることを知っている。」
 「自分が壊れているからこそ、さらに壊れた危うい人間を自分の傍に置こうとする。」
 「お前は、どうでもいい相手としか性交できない。どうでもいい相手としか暮らせない。」
 「どうでもいい相手だからこそ、一緒に居られる。」
 「そんなものは、正常な人間の行動ではない。」

 以上の告発に対する彼女の答えは、全て「そうね・・・」「そうだろうね・・・」だ。
 山岸先生の傑作「天人唐草」で、主人公・響子を襲う内部告発と同種のものだ。その冷徹な自己認識に耐え切れない響子は崩壊し、さらにご丁寧に通りすがりの変質者にレイプされ狂気に走るのであるが、芙美子の場合はちと違う。
 責め立てる声に対し、彼女は冷酷に切り返すのだ。

 「それが、どうかしたの?」

 夢も希望もない回答であるが、現実とはそうしたものだ。われわれは誰かを殺したぶんだけ、余計に生き延びることが出来る。
 それを善とは呼ばないが、誰でもそういう選択を下したことはあるだろう。
 
 すべてが美しい夢の国は、いまだに虹の彼方に存在している。
 そこに到る道のりは険しいが、歴然と距離こそあれ、確かにこの世界に存在しているのだ。
 その事実を知りながら、人はこの現実を生きていかなばならないようだ。

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