『双頭の殺人鬼』 ('59、ロパート・ピクチャーズ)
誰が観てもバカげているフィルムに何らかの存在価値はあるのか。
答えは、たぶん消極的な“イエス”。
誰もがバカを観たがっている。慢性的にディスカウント化が進行し、効率のよい経済原理への従属が求められる現代社会において、何の為につくられたのかまったく意味不明な存在、「誰に観せたいのか」「この映画のテーマは何か」など数多くの疑問を呈示する正体不明の作品には、細いながらも確固たる需要がある筈だ。それが単なる隙間産業に過ぎないとしても。
この世の主成分は、およそ信じがたい戯言によって出来上がっているのだから。
【あらすじ】
冒頭ナレーション。
「これからお話するのは、最近、東京で実際起こった事件の全貌です。」
「あまりに怪異すぎて、俄かには真実だと信じられないかも知れませんが、私は確かにこの目で見た。」
「双つ頭を持つ恐怖の殺人鬼の、その顔を!!」
仕事、また仕事で極東を飛び廻ってきた米国某新聞社の海外特派員ラリー・スタンフォードは、取材で訪れた博士の研究所(富士山の火口壁近くに聳える、単なる山小屋)で謎の注射を打たれて、恐怖のモンスターに変身した!
宇宙線と地熱の平和利用を唱える博士は、趣味の人間改造が嵩じて、既に実の弟ケンジを獣人に、愛する妻エミコを片目が垂れすぎたアバンギャルドな狂女にトランスフォームさせていたのだが、結局いずれも失敗。彼らは最早人間とは呼べない、精神に回復不可能のダメージを負った、社会的にかなりの困ったちゃんに成り変ってしまった。
博士は彼らを檻に閉じ込め、なお研究を続けていたが、ケンジは鎖を引き千切って脱走。近隣の露天風呂を襲い、湯治に来ていた熱海の芸者衆を全滅させてしまった。
(無惨にも、お湯に浸かりながら事切れている芸者たち。高く結った髷が痛々しい。って、普通髪は下ろす筈。バカ度アップ。)
現場へ踏み込み、短い苦悩の末、あっさり銃の引き金を引いて弟ケンジを射殺する鈴木博士。非情である。こいつケンジの兄の癖に、自分はロバートと名乗っていのだから、ふざけている。
「あいつは完全な失敗作だった!」
「今度は、紛うことなき傑作を作り出して、奴らに目にもの見せてやるのだ!」
「なぁ、エミコ!!」
ウキャラキャラと狂った笑いを響かせる狂女。
ここで言及される“奴ら”とは何者か。映画は明確な回答を与えてくれないが、まぁ学会だとか、広い意味でのニッポン社会とか、徒党を組んだ組織っぽい感じの連中という理解で間違いないだろう。
かくて、取材に来たラリーは酒と称しておかしなクスリを飲まされ、寝ている間に右肩に正体不明の病原菌を注射されてしまう。
異変に気づかず、東京に戻ったラリーは人柄が変わった。
ニューヨークに残してきた妻を気遣う、真面目で優しい夫だった筈なのに、上司に無断でフレックスタイムで出勤し、ノーネクタイ、ワイシャツの胸元は常にはだけて昼間っから酒を飲む。というか、常に飲んでいる。それもスコッチとかバーボンとかではなくて、S・A・K・E。日本酒。まったくニッポンは最高だね。
そんなラリーのもとへ、ロバート博士が訪ねて来る。赤坂で芸者を集めてパーティーを催し、接待の限りを尽くす博士。月が出た出た、月が出た。芸者と共に踊り狂うラリー。やっぱニッポン最高。あの変な青いユニフォームだってうっかり勢いで着ちまいそうだぜ。HA-HA-HA!
にこやかに芸者の膝を撫でていた博士は、ここで最終兵器として自分の愛人タラを投入。同伴・お持ち帰り可。太っ腹過ぎ。すっかり意気投合したラリーとタラは男女混浴の銭湯へ向かうのであった。
(赤坂にあるこの銭湯、実際行ってみると、混浴とは真っ赤な偽り。男女別れて衝立で仕切られた個人風呂で、ラリーしょんぼり。)
一方ラリーとの国際電話で異変に気づいた異様に勘のいい妻は、急遽来日。さすがドル高の強み。しかし、夫は滞在先のホテルに不在。気遣って駆けつけた夫の上司に嫌味を連打で言いまくっていたら、ホロ酔い加減でタラを抱いてホテルへ帰って来た夫ラリーとバッタリ。あちゃー。
「・・・あーた!なによ、その女は?」
「ん・・・コレか、コレはなぁ、地元の観光協会の人だよ。親切に名所旧跡を案内してくれて、宿まで送ってくれたんだ。」
そんなワケはない。
東シナ海の如く大荒れになる妻。上司の渾身の説得にもまったく耳を貸さない大物過ぎるラリー。怒ったタラちゃんは、イクラちゃんでもないのに「バブー!」と叫びながら鯛子さん宅へ帰っちゃうし。
面白くないラリーは部屋中のグラス(※ホテルの備品)を叩き割ると、深夜の町へ飛び出して徘徊。当て所なく夜の街を歩いていると、真夜中なのに大声で読経しながら歩いていく怪し過ぎる坊主の大集団と遭遇。フラフラ附いていくと、これが潰れかけの廃寺に入った。
水木しげるなら今夜この寺で妖怪達の大集会が、となるところだが、そんな捻りの利いた展開はあろう筈もなく、本殿に座った僧侶がひとり、ごく普通に読経を開始。
「はぁー、むぅーだぁーらーく、さんぼーだーいら、あらくぅーだばぁー・・・」
日本人にも何を云っているのかわからない。
しかし、これがラリーのハートに火を点けた。居並ぶ無数の仏像。わけても仁王にズームイン。カッと双眸を見開いた凶悪すぎる仁王のご面相に、苦痛に歪むラリーの顔が下手糞なモンタージュで重なると、アレふしぎ、ラリーは獣の容貌に変わっている。
寺院(テンプル)。
呪文。
変身。
エキゾチシズムに対する西洋人の理解は、インドだろうがハイチだろうが迷いのない直線道路を描いている。まったく素晴らしい寛容さである。
唸り声を上げて、土人の如き真っ黒い顔で僧侶を羽交い絞めにし、殺害するラリー。
ジェリー伊藤の警部が通報を受けパトカーで飛んできたときには、奴の姿は既に闇に溶けている。
(つづく)
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